「変な奴に付きまとわれてる?」昼休み、私は最近頭を悩ませてるある出来事について、親友の二人に相談した。話しにくいことだから、教室のガヤはありがたい。ちなみに、今言葉を発したのは陽葉(あきよ)。小学生の時からの付き合いだ。「そう。なんか無愛想で、変なコスプレしてる奴なの。もうなんていうか、すべてが変!」「それってストーカー?恐い…。」不気味がってる清純派美少女は清香(せいか)。この子とは、中学の頃から仲良くさせてもらってる。「ストーカー並みにいんのよ、本当!気持ち悪い!しかも普段ついてきてる感じしないし!」「いやいや、ちょっと意味わかんない。付きまとわれてるんでしょ?」「そう!多分、ずっと私に付きまとってんのよ。でも、普段姿はどこにも見えなくて…。私になんかあった時だけひょっこり出てきて、何故か助けるの。で、済んだら何もなかったようにいなくなってんの!」私のわけわかんない話を聞いて、頭上にハテナマークが出てるんじゃないかってくらいに、不思議そうな顔で見合わせる二人。そりゃそうもなるわよね!私だって意味がわかんないもん。わかんないけど本当のことだし。「そうだ!肝心なこと忘れてた!そんでそいつ、今年の初詣の時にはもう既に会ってたのよ!!ほら、階段混んでてぎゅうぎゅうになってた時!!あの時に私、階段踏み外して…後ろで私のこと支えたのがあいつだったのよ!!そのあとすぐにいなくなって…よくわかんなかったけど、多分アレが最初だった!―――で、その日からなんか…やたら不幸な目に合うんだけど、そいつがいつも助けてくれて…。」私が素直に本当のことを話しているというのに、疑念の表情を浮かべ―――…あれ。おかしいぞ、清香が何故か目を輝かせているような気がする。「なんだろうそれ、なんか、ごめんね。みーちゃんには申し訳ないけど、凄いわくわくする!」何を言ってるんだ、この子は。「厨二心を擽られた訳ね。」「うんっ!」そうだった。この子はうちの妹と同じ人種だった。こんな話、期待しないわけがない。「なにがわくわくよ!いい迷惑でしょ!?」「えー!だって、その人助けてくれるんでしょ?別に危害加えてくる訳でもないし。も、もしかしたら、みーちゃんが実は何か鍵を握る人物で、みーちゃんのことを守る為にどこかの組織から派遣された、人ならざる者…!?」ダメだ。恒例の妄想が始まった。私と陽葉は呆れた反面、微笑ましく清香を見つめた。でも、少しして陽葉はふと思い出したように私に向き直った。「瑞穂、その不幸、って、例えばどんなことあった?」「え?えーと…そんな大したことじゃないんだけど、ナンパされたとか…物が落ちて来たとか…あぁ、事故りそうになったこともあっ―――」そこまで言うと、二人は身を乗り出して慌て出した。「えっ…、えっ!?事故!?」「そんな危ない目に遭ってたの!?なんでもっと早く言わなかったのよ!!」―――…しまった。口が滑った。二人はきっと、"不幸"と言っても、ちょっとした不運レベルだと思っていたに違いない。例えば、財布を落としたとか、雨の日に傘を忘れたとか、そんなもん。でも実際は違った。だけど、二人をこれ以上心配させまいと、取り繕うように笑う。「や…そ、そんなに大事じゃないのよ!?それに、そいつがいつも助けてくれるから、全部未然に防止できたっていうか…!」流石にその異常さに気づいたのか、二人は複雑な表情を浮かべ、困惑していた。「…私、思ったんだけど…その人がその"不幸"って奴を演出してるなんてことは?」思ってもなかったことに、私も清香も目を丸くした。「そんなことは…え、まさか?でも、そんなことしてどうすんのよ。何したいわけ?」「それはわからない。ただ、そういう可能性もあるな、ってこと。」流石の清香も薄気味悪さを感じたのか、少し顔が蒼くなった。だって、もし本当にそうなら、私のこと、殺す気で―――…。「取り敢えず、その人と一回話をしてみたほうがいいと思うよ。」「話すって…まともに話せるとは思えないんだけど…。そもそも話してどうにかなるもん?」そこまで話したところで、チャイムの鐘がなった。
―――――放課後―――…私は、周囲の気配を探りながら、学校からの帰路についていた。陽葉と清香が心配して、『ついていこうか?』なんて言ってたけど、『誰かいたら出てくるもんも出てこなくなるかもしれないし、大丈夫!』と断った。塀や建物の影、屋根の上、電柱の上!――は、流石にないか――を注力するものの、どこにもあの女の影は見当たらなかった。いなくてほっとすべきか、いなくて不安になるべきか…。「何か用か?」「うひゃあああっ!!!」声のした隣を見ると、いつの間にか例の女がいた。「いきなり出てこないでくれる!?」慌てて距離を置く。あまりに驚きすぎて、心臓がバクバクと音が鳴っている。「……私に話があるんだろ。」まるでさっきの友人達との会話を聞いていたかのようなその台詞に、うすら寒さを感じる。「――っ…なに、盗み聞きでもしたわけ?」「いや、単にお前がきょろきょろと挙動不審になってるもんだからな。…まぁ、そりゃそうか。こんな不審者につけられたら。」「はっ!自覚はしてるってわけね。」皮肉も込めて言うが、女の表情に変化はない。まるでそんなことさえも、興味がないという風に。そして、諦めにも似た台詞を吐き出す。「話すことは何もない。…言ったところで、どうせ信じないだろうしな。」『信じない』――…とは?「はぁ?…何それ、どういう…、」「お前はただ、適当に生きていればいい。」「なっ…!」何よそれ!何故だか、なんとなくだけど、なんか馬鹿にされたような気持になる。「あぁ、それから…お前に降りかかる不幸は、私がやったものじゃない。」そう言って女はまた背を向けて立ち去った。「やっぱり聞いてたんじゃない!!!」その言葉が女の耳に入っていたかはわからなかった。
―――――その日からも、女は以前と変わらず、事あるごとにひょっこり出てきては、助言やら救出をしてくれた。「そこへは入るな。死ぬぞ。」「ぎゃっ!またあんた!?」―――「こっちのルートから帰れ。」「はあっ!?指図しないで――…ちょっと!話聞きなさいよッ!」―――「ちゃんと交通ルールくらい守れ。」「~~~うるさいなぁっ!!」―――助けてもらって話し掛けるが、女は逃げる、の繰り返しで、ろくに話も出来ない。助けてくれるのはありがたいけど、本当に意味がわからない。そもそも私は、あの女に助けてもらう理由がない。それに何より、ストーカーされているという事実がなんとも気持ち悪い。「―――…」信号無視の車が突っ込んできたところを、間一髪、またあの女が助けてくれた。ほんと、意味がわかんない。「なんだ。」顔を凝視してくる私を、いつになく訝しげに見てきた。「…あんた、ほんとなんなのよ。」「…」「もう私に近づかないで。」「…そういうわけにもいかない。」「はぁ?」「私にも私の都合がある。」「その都合がなんなのか教えなさいって言ってんのよ!!」そう怒鳴ると、今までとは違い、瞳の奥が揺れる感じがした。だが、それ以上何も言わず、女は私を離すと、またどこかへと行ってしまった。
―――――「…まだつきまとわれてるの?」心配そうに、というか、最早呆れたように問いかけてくる陽葉。「うん~~~。」「この前二人に言われたようにさぁ、あいつが"演出"してるんじゃ、と思ってそういう目線で見てみたのね?でも、どう考えてもあいつが仕込んだようには思えないのよね~。関わったどの人も、どう見てもただの一般人。そもそもわざと起こせるようなことでもないし…。」「そうなんだ…。」「なんなんだろうね、本当に。…みーちゃんと友達になりたい、とか?」「あー…それはないない!こっちが話しかけると、めちゃくちゃ嫌そうな顔するもん!どっちかというと嫌われてる!」「嫌う相手をなんでわざわざ監視して守るかな…?」「ほんとそれ…!ほんとに!!それが一番意味わかんない!!」『近づくな』なんて言ったけど、もしあいつが助けてくれなかったら自分はどうなってたんだろう。思い返すと、死んでたんじゃない!?っていうような出来事ばかりだった。死ぬところを助けてくれてたんなら、やっぱり良い奴なんじゃ…?とにかくやっぱり、それ含めて聞きたいことありすぎ!なんで私に付きまとうのかとか、なんでそんな格好してんのかとか、いつ寝てんのとか、お風呂は入ってんのかとか!でも全然話す機会くれないし!「じゃあさ、無理矢理作っちゃえば?」「はぁ?」「お菓子とか然り気無くあげて、食べた後に『お菓子あげたんだから洗いざらい話せ!』とか言って」「えー…。そんな手にかかるとは思えないけど…。」「…でも、ちゃんと話さないと、これからも変わんないと思うよ?」「それは…、そうだけど…。」
―――――「ねぇ、いるんでしょ!」休み時間、人気のないところで女に呼びかける。「なんだ。」「うわぁっ!!」本当に出て来るとは思わなかった。ここ学校よ!?不法侵入じゃない!!――…と言いたい気持ちをぐっと抑えて、言った。「話があるの。放課後、校門で待っててくれない?」「…」「返事は?」「…わかった。」
―――――目を覚ますと、狭い個室の中で倒れていた。あれ…?なんで私、こんなところに…。重い体を起こしながら、ぼやけた思考の中、ここがエレベーターの中だと認識する。「いッ―――…!」頭がずきりと傷んだ。頭を打ったんだ…なんで…。―――…そうだ。あの女に、校門前に待つように嘘をついて…一人でショッピングモールに…。ショッピングモールの中にいつの間に紛れ込んでたら、流石のあいつも見失うでしょ!って思って…更に人込みで巻いて…エレベーター乗ったんだ。そしたら…「!!」…そうだ、爆発音。どこからか爆発音が鳴って…。そこまで思い出してはっとする。その衝撃でエレベーターが揺れて、頭を打ったんだ。気づくと、エレベーターは停止している。「えっ…嘘でしょ…?…ちょっと、洒落になんないじゃん…。」慌てて立ち上がり、階数のボタンのところへ駆け寄る。エレベーターの電源は切れているようだ。カチャカチャボタンを押しても反応無し、どこかに連絡が繋がる様子も無かった。扉をこじ開けようと引っ張るが、びくともしない。しかも、「焦げ臭い…?」鼻をかすめる匂い。…まさか、先ほどの爆発で火災が起こってるんじゃ…?嫌な予感が体中を駆け巡る。でも、まさか、そんなこと本当に…―――?テレビ越しでしか見たことのなかった状況に、自分の身には起きるはずはないと思っていた出来事に、私は今、巻き込まれてるっていうの…?体がぞわぞわと震えだした。頭が急速に冷えていく感覚。心臓もバクバクとうるさく鳴りだして、呼吸が浅くなり、苦しくなってくる。―――爆発の起きたデパートで、エレベーターに閉じ込められた。しかも火事になっている。このままここにいては、煙が回って、窒息死するのか。はたまた、火が回ってきて焼死するのか。いずれにせよ、辛くて苦しいのは間違いないだろう。そこまで考えが至った途端、ぶわっと汗が噴き出した。どうしよう。どうにかしないと。どうする、どうする、どうするどうする―――…!!そこまで考えて、はっとする。「…あいつは…っ!」例のあの女は、と耳を澄ますが、何も聞こえない。この狭い個室に、たった一人だった。まるで、世界から隔離されて、私一人だけになってしまったよう。「…っ…!!」こんなことなら、女を巻くんじゃなかった。こんなことなら、女の忠告をちゃんと聞いておけばよかった。後悔が押し寄せる。…やっぱり、あの人は私のことを助けてくれていたのか。―――…彼女に、謝りたい。「助けて…、」届く筈のない声を出す。「助けて…ッ!!!」一抹の望みをかけて、大きな声で助けを呼ぶ。お父さんとお母さんに会いたい。陽葉と清香とももっと一緒にいたい。―――豊里と、仲直りもしたかった。
その時、「!!」エレベーターの天井の方から、ゴン、と何かが軽く落下するような音がした。その音を聞いて、恐怖に慄いた。まさか――爆発の影響で何かの部品が落下した…?「そんな…っ…」そう、不安が押し寄せたのも一瞬だった。その後、明らかに人の足音だろう音がゴンゴンと聞こえた。「え…?」そんな…まさか。だって、こんな危険なところに、わざわざ…?ガチャガチャ、ガコガコ、何やら作業するような音が頭上から聞こえた。そして―――「…大丈夫か。」上の点検口が開いたかと思えば、そこから例の女が顔を覗かせていた。ぽかんと呆気にとられる私をよそに、女は、エレベーターが揺れないよう慎重に着地すると、私の元へ近寄ってきた。「…頭を打ったのか。」私の頭を見ながら呟く彼女。その頬には、切り傷がついているのが見えた。誰かが助けに来てくれた安心感と、命の危険を冒してまで助けに来てくれた様子の女に、私は思わず―――彼女に飛びついてしまった。触れた人肌の体温が安心感を更に加速させ、私は子供のように泣きじゃくった。危機的状況に陥ると、人は何を仕出かすかわからない。でも、彼女はそんな私を引きはがすでもなく、されるがままになっていた。抱き返してやるものか逡巡している様子が感じられた。惨めにも震えてた体は、彼女の暖かさに包まれて、段々と平静さを取り戻していった。―――が、いつまでもそうしていられないことは明白だった。どこからか小さな爆発音が聞こえると、彼女は私を体から離した。「…悪いが、まずはここから出るぞ。早くしないと落下する。」そう言われてはっと正気に戻った。こんな緊急時に、子供みたいにみっともなく泣きじゃくったのが恥ずかしくて、制服の袖で慌てて顔の涙をぬぐった。女は私の様子を確認した後、上を見上げた。私も、彼女が下りてきた穴を見上げた。「取り敢えずここを上がるぞ。」「えっ」「持ち上げてやるから、よじ登れ。」この高さを!?ていうか高校生にもなって―――そこで、ん?と疑問に思う。「いくらなんでも持ち上がんないでしょ…。」確かにこれまで幾度となく助けられてきて、女の万能さは理解してきた。でも、高校生の私をこの高さまで持ち上げるだなんて、流石のこの女でも…。「いいからまずここに立て。」女の有無を言わさないその言い草に、私は言われるがままその地点に立った。「ちゃんと捕まれよ。」「!?わわッ!!」すると女は、後ろからいきなり私の腰を掴んで、その体を持ち上げた。「えっ…、わっ!!すごっ!!」女性だし、どちらかというと細めの体躯だというのに、なんという筋力。思わず感嘆の声を漏らしてしまう。「いいから早く上がれ。」「…重くないの?」「重い。だから早くしろ。」女が苛立ったように言うので、慌てて点検口の縁に手をかけた。一々癇に障る言い方をするけど、私を助けようとしてくれていることは間違いなかった。―――私は必死の思いでよじ登ったけど、女は私の手も借りずに、これまた軽々と上に飛び乗った。…前々から思ってたけど、こいつの動き…人間じゃない…!「ハンカチは持ってるか?」「持ってるけど…。」「多分火の回りが近くまで来てる。煙を吸わないように――…」そこまで言って、はっと気づいたように上着を脱ぎだすと、それを私に渡した。「それを頭から被れ。あと髪は結べ。」「あんたはどうすんのよ。」上着を脱いだ彼女の上半身は、見る限りシャツ一枚。どう考えても彼女のほうが危ない。彼女は長袖を捲りながら、平然とした顔で「私は大丈夫だ。」とだけ言って、斜め上部にある扉らしきものに手をかけた。左右に押し開き、エレベーターの扉が開いていく。まだ見えはしないけど、熱気が漂ってくる。彼女が言ったように、もう火が回っているようだった。っていうか、そもそもこいつはどこから来たの?「今度は私が先に出る。待ってろ。」まず彼女が先に登り、振り返ってしゃがむと、手を差し伸べてくる。私は素直にそれを取った。引き上げてもらうと、むせ返るような空気が漂っている。「…っ!」煙で隠れたその先は、真っ赤に燃え上がる炎で埋め尽くされていた。「行くぞ。」「行くって…この中を!?」「大丈夫だ。通れるルートがある。」懐疑的な私の様子に、彼女は真っ直ぐな目で私を見つめて言った。「…今は私を信じろ。」これまで助けてもらったこと、こんな危険な状況でも助けに来てくれたこと、抱き着いた時に引きはがさなかったこと。それが一瞬で頭を過った。彼女の言うように、今は信じるしかない。彼女から差し出された手を取り、私達は火の中へと走り出した。
―――――「しっ…死ぬかと思った…!!」膝立ちにぜーぜーはーはーと息を切らしながら、呼吸を整える。非常階段が火の海になっており、別の逃げ道もなく。結局、窓から布を繋ぎ合わせた即席ロープを垂らしてそこから降りたのだった。「今回ばかりは駄目かと思ったな。」火が燃え盛るショッピングモールを眺めながら彼女は呟く。「…ごめん。」私のつぶやきに、彼女が振り返った。「…いや、ありがとう、だね。…いつも、助けてくれて。」なんとなく顔を見るのが恥ずかしくて、目線を外しながらそう言うと、私は彼女の上着を脱いだ。「これ、綺麗にして返――…あれ?」汚れていたり破けていたりしないかと上着を広げてみるが、あれだけ火の海の中を駆け回ったというのに、上着は綺麗なままだった。「あれ、これさー…」そう言って女の顔を見るが、「…?っていうか…ほっぺに傷無かったっけ…?」女の顔も、煤がついているくらいで綺麗な状態だった。「…見間違いだろ。」女はぱっと私の手から上着を奪い取った。…どこかの切り傷の血が、顔についていただけだったのだろうか?「今日は取りあえず帰れ。頭も怪我してるんだ、ちゃんと手当してもらえ。」そう言っていつものように立ち去ろうとする。「えっ、ちょっ…!あんたこそ、」「話ならまた明日聞いてやる。」「!」どういう心境の変化か、女はそう言い残して立ち去った。
―――――女は、翌日確かに私の呼びかけに応じて現れてくれた。「ん。」出会って早々、私はデパートで買った小袋を女に差し出した。「…なんだ、これは。」女は訝し気な顔をして受け取らないもんだから、無理やり手を掴んで持たせる。「いつも…と、昨日のも含めての、お礼。…ありがとう。」そこまで言って、ようやく封を開けてくれた。中から出てきたのは、ヘアピンと、ヘアゴム。そしてお菓子だった。なぜヘアピンとヘアゴムかというと、細く頼りない糸のようなもので髪を縛り上げているものだから、それがどこか頼りなさげに見えたのだ。予想はしてたけど、それを見てもやはり女の表情は変わらない。「…昨日ね、本当に嬉しかったの。助けに来てくれたこと。」その言葉に、女の視線は私の方へ向いた。なんだか照れくさくなり、思わず顔が熱くなる。恥ずかしくなって目を反らす。「そ、そんなもので悪いけどさ、…代わりといっちゃなんだけど、質問に答えてよ。」慌てて話題を変えると、視線を女に戻した。向かい合って見つめ合う。「これだけ確認させてほしいの。…これからも、私に付き纏うの?」私の質問に、女は少しだけ考えてから口を開いた。「…あぁ、そうなるな。」その回答は概ね予想通りだった。質問を続ける。「あんたの正体は?」「…言えない。」「助けてくれる理由は?」「それも言えない。」ここも予想通り。それ以上の追及は諦めて、別の質問に移ろうとした時だった。珍しく女の方が言葉を続けた。「…『言わない』じゃなく、『言えない』んだ。」そう言う彼女の目と表情は、とても嘘をついているようには見えなかった。…本当、どういう心境の変化なんだろう。私は、彼女のその言葉を素直に受け入れた。「…わかった。じゃあ最後に、一番肝心なこと聞く。あなたが私に付き纏うことで、私の周りの誰かが被害を受けたり…危ない目に遭ったりする?」「それはない。」即答だった。そして続けて口を開く。「私の第一の目的は―――…」何か言いかけたものの、そこで口を噤んだ。彼女としては、本当は『言いたい』ことなのかもしれないと、その時ふと思った。「…いや、なんでもない。とにかく私は、誰かに危害を加えるつもりはない。それはお前も例外じゃない。」「…それも、信じていいの?」「あぁ。嘘偽りはない。誓ってもいい。」じっと目を見つめる。だが、女は逸らすどころか、私の視線を真正面から受け止めた。「…わかった。…思えば、ずっと私の命を救ってくれてたんだしね。」「…」それに対しては女は何も答えなかった。だがここにきて、ふと思ったことがある。「…逆に、私のせいで…あんたが危険に晒されてる可能性ってのは、ないの…?」今まで考えもしなかったこと。私のここ最近の不運と言ったら、異常な頻度だ。私を守ることで、彼女は毎度危険に晒されている。もしかして、私のせいで…?私の不安げな様子を感じ取ったのか、女は何かを言いかけるが、やはりまた口を噤んだ。「…そういうわけじゃない。」なんとか取り繕って絞り出した答えがそれなのかも、と思う。昨日の態度といい、こいつ案外悪い奴じゃないのかもしれない。「…そういうことにしておく。」私は思わず笑ってしまった。そんな私の様子に驚いた様子の女。爽やかな風が私達の間を駆け抜けた。―――なんだか、すっきりした。