『瑞穂ッ!!大丈夫!?』「へーきへーき!見て!!もうピンピン!!ほらっ!!――――…あいたァッ!!」「調子に乗るな。」パソコン画面の向こうには、お父さんとお母さん、豊里、更に陽葉と清香が映し出されていた。後で聞いた話だけど、私が入院しているこの病院は、警察庁とか防衛省が共同で運営している『極秘の病棟』らしい。しかも、表向きには存在していない病院だとか。通りで普通の病院とはちょっと違う気がしたわけだ。そんなところに泊まれる機会なんて無いから、正直ちょっとわくわくしたけど、2週間もいたらすっかりと慣れてしまった。豊里と清香がここに来られたら、さぞ興奮していたに違いない。ともかくそんな秘匿施設だということもあって、お見舞い、もとい面会は当然完全謝絶。だけど、条件付きのリモートだったら…ってことで許可を下ろしてもらえた。『相変わらずそうで良かった…。』画面越しに皆のほっとした顔が見えて、私と大和も微笑んだ。皆には当然、この前の事件の詳細なんて話せなかった。これ以上の心配なんてかけたくなかったし、悲しい想いなんてさせたくない。だから名村さん達警察の人には、「ちょっと怪我をした」くらいの説明で収めてほしいと頼んでいた。皆の様子を見ると、どうやらその要望には応えてくれたみたいだ。「そっちこそ大丈夫?何にもない?」『こっちは平和だよ。瑞穂が心配するようなことは何もないから!』それが本当のことなのか、私達を気遣っての嘘なのか、それはわからない。私の治療を優先してか、大和の人間への不信感を膨らまさないようになのか、はたまた私達に余計な心配をかけないようになのか。名村さん達警察の人は、私達からネット情報を完全に遮断していた。だから、世間がどういう状況で、私達が人々に何て言われているのか、全然知らない。―――…でも、豊里がそう言うのなら、それを素直に受け止めてやる方が良いのだろうと思って、私は「そっか。」とだけ答えた。『でも、クラスの皆は心配してたよ。』「あー…まぁ、そうよね…。そういや学校行けてないし、なんなら勉強も全然してない…。」「このまま行くと留年だな。」「えっ!?それはヤバくない!?私陽葉と清香より後輩になるってこと!?」「そうだ。陽葉先輩、清香先輩って呼ばなきゃいけなくなるぞ。」「そんなのやだ~~!!」私が大和といつものやり取りをすると、皆が笑う。―――…久々に皆の顔が見れて、皆の笑顔が見れて、嬉しかった。…ほっとした。ここ数か月、非日常な出来事ばかり起こってたから。まだ私は生きていて、皆も生きてる。改めてその確認が出来た。それに、こういうやり取りをすると、いつかは日常に戻れるだろうっていう、希望になる。皆が傍にいないのは寂しいけど、これも私に課せられた試練だと思うことにする。何より私には、大和がいてくれるから。―――そんな風に楽しく会話をして過ごした後。「瑞穂ちゃん、そろそろだ。」名村さんに声をかけられた。楽しい時間はあっという間に過ぎる。名残惜しかったけど、皆の無事と笑顔を確認出来ただけでも十分だった。それは皆も同じだったようで。私がこのまましばらく帰れないことは、皆悟っているようだった。『…瑞穂、大和くん。くれぐれも自分を大事にな。』『二人とも、本当に気を付けてね。無事でいて。無理しないで。』お父さんとお母さんの言葉に、思わず泣きそうになるが、ぐっと堪える。ちらと隣の大和を見ると、同じようにその瞳が揺れていた。―――…私のことだけじゃない、大和の身を案じる二人の言葉とその想いは、ちゃんと本人に届いていた。「…皆も、気を付けてね!!…本当に!その内帰るから!!大丈夫!!私には大和がついてるんだから!!」そう言って大和の腕を取る。「警察の人も味方になってくれたの!!名村さんもついてくれてる!!だから、大丈夫!!―――…私、絶対に負けない!!もうへこたれない!!だから、心配しないでっ!!」「…!」精一杯の元気と笑顔でそう宣言すると、隣の大和が目を見開くのが見えた。それを見てにっと笑って見せる。それを見て大和も笑った。それから皆が、口々に励ましの言葉や気遣う言葉を投げてくれる。豊里や陽葉、清香達も少し泣きそうになりながらも、それでも最後まで笑顔で声をかけ続けてくれた。
――――「ふう…。」通信が切れて、しんと静まり返る。「…相変わらず、騒がしかったな。」そう呟く大和の口元には笑みが浮かんでいた。「…そうね。」私も思わず微笑む。「取り敢えず、皆元気でよかった!」「…あぁ。安心した。」そんな風に振り返る私達に、名村さんが申し訳なさそうに近寄って来る。「余韻に浸っているところ悪いんだが―――…。」そして私達は、名村さんが何を言わんとしているかを察した。「大和くん、俺もちょっとせっつかれててな。…そろそろ時間、いいかい?」それを見て、大和が少し間を空けてから返事をした。「……わかった。」苦虫を嚙み潰したような顔をする大和に、つい吹き出してしまう。「そんなに嫌なの?」「…体をあちこち弄られて、解明されて、…良い気分はしないな。」「あー…そういう認識ね。」実は数日前から、大和は警察の人に協力をしながら、色んな検査を受けさせられていた。まぁ言っちゃえば、『大和が人間じゃない』検証をしたいのだという。勿論、大和が私から離れるわけにはいかないから、自然と私も同行することになる。まだ脚の具合が万全じゃないから、車椅子に乗って、名村さんに一緒に連れて行ってもらう。準備をして、3人で警察の人数人と一緒に、病室を出る。歩きながら大和が名村さんに質問をした。「そういえば、この前の検査結果はどうだったんだ。」血液検査に、DNA検査、CTやMRI等の画像診断、脳波測定―――…と、まるで人間ドックみたいな検査項目を実施していた。それを聞いて名村さんは、警察の人に指示を出す。「これだよ。」そう言って取り出したのは、よくある人間ドックの結果報告をまとめたような冊子。私は大和より先にそれを受け取ると、文句を言う大和を放って中身を確認し始めた。「…なにこれ?エラーばっかり。」「あぁすまない、そっちじゃなかった。」今度は報告書のような紙が手渡される。今度は大和がそれを瞬時に受け取る。文句を言う私を放って中身を読み進める大和。「結果を見た専門家達が、『血液型が人間のそれのどれとも当てはまらない!』とか、『染色体の数が違う!』とか、『塩基配列が未知のものだ!』『臓器や脳の構造がおかしい!』…とか。色々大騒ぎみたいだったよ。」「へ~~~!!」そして興味無さそうに眺める大和の手から報告書を奪い取ると、名村さんと一緒に、面白そうにその結果を眺めた。「…随分楽しそうだな…。」呆れる大和を尻目にはしゃぐ私達。「いや、改めてみるとすごいなと思ってな。」「ここに豊里と清香がいないのが悔やまれるな~。」「全く…人の体をなんだと思って…。」でも、それだけやったのにまだ何かやるのか、とふと疑問に思ったのか、大和が名村さんに追加で質問する。「で?今日の検査はなんだ。」「てんこ盛りだよ。その結果を見た国や情報機関が早く情報を欲しいって聞かないらしい。」その言葉にげんなりとした表情を浮かべる大和。「今日は治癒能力検査と、身体能力検査だな。動体視力、瞬発力、握力・腕力・脚力…って感じで。あとは銃検査―――…」「おい待て。今日それ全部やるわけじゃないだろうな。」「出来るところまでやるぞ。」「……昨日は知能テストやら、言語能力検査、心理検査もやったんだぞ。」「残念だが大和くん、俺の一存じゃ止められない。ちなみに君に拒否権も無いぞ。」「……………」「やめなさいよ、無言の抵抗。」「やかましい。お前は検査を受けてないからこの面倒さがわからないんだ。」「拗ねないでよ。」「拗ねてない。」
――――そして大和の反抗空しく、検査は淡々と進められていった。治癒能力検査では、故意に体へ傷を付けて、それがどれほどの時間で治癒するかが測定された。「痛ぁ~~~…。」大和の腕に刃物で切り傷が付けられる。だがそれも、30分もすれば傷は跡形も無く消えていた。「!?…!!?」傷跡が残る筈の場所を見て、慌てふためく専門家の人達。それを鬱陶しそうにしている大和を見て、私は、ショッピングモールの火災から助けられた時のこと、殺し屋に狙われた時のことを思い出した。「すご…。ほんとにこんなすぐ治っちゃうんだ…!」「これくらいの傷ならな。まぁ、損傷が大きければ、流石に治らないと思うが。」その大和の言葉が印象的だった。
――――身体能力検査と銃検査についても、またしても人々が驚愕して目を見開く結果となった。身体能力検査については、そのどれもが同年代の女性の数倍の結果が出たし、銃検査においては、射撃の精度も、反応も、完璧な百発百中で、分解・組み立てもお手の物だった。それを見て、名村さんは電車テロの一件を思い出していたようだ。「…はは、通りで…。」爆弾を遠方に投げるその腕力と、精密性の高い射撃技術。既にその潜在能力を目の当たりにしていたみたいだ。にしても、だ。銃なんて触る場面なんて殆ど無かったのに、何でここまで出来るのか?「なんなの?ヒットマン?」「…実は黙ってたんだが、前世は殺し屋でな…。」「嘘ぉ!!?」「嘘だ。」「このッ…!!」振り上げた拳は、あっさりと大和に受け止められる。「冗談抜きでだが、守護者はおそらく、大体はここまで出来ると思うぞ。知識として組み込まれている。」「!マジ…?」「あぁ。個々人によって実力や得意分野は異なるだろうがな。」「…昨日、大和は他の国の言葉も話せてたけど、他の守護者達もそうってこと?」「そうだ。」「へ~。」「さて、次だぞ、大和くん。」「まだあるのか…?」「まだまだあるぞ。」「……………」「なんか私も疲れてきちゃったな~。」「悪いな、瑞穂ちゃん。寝てても良いぞ。」「私も気になるから起きてる。」「お前…。」
――――そうしてその後も検査は続き―――…。全部終わって、げっそりする大和の姿が。私の座るベッドの上に突っ伏してる。「疲れた…。」「珍しいもの見れたわね~。」ベッドに座りながらその姿をにやにやとしながら見ていたら、いつもの如く頬をつねられた。「いたぁ!!何すんのよ!!」「ムカついたから。」やいやいと文句を言う私を無視して、大和の目線は私とは逆の、部屋の向こうへと向けられた。「おまけに監視カメラで監視される生活か…。」私もその視線を追うと、天井近く、壁の角に設置されたカメラが目に入った。大和の首の数字を観測するため、私達の生活は常にカメラで監視されることになった。数字が変わる瞬間の日時と、減少した数字を記録しているのだという。「…アレ、私だって嫌なんだからね。着替えの時とかどうすんのよ!!」「流石に着替えの時は撮らないだろ…。あとは一応、女性が監視していると聞いた。」「って言ってもね~~…。まぁ、私達の身の安全を管理する意味でもある、とは言ってたし…。しょうがないか。」そう言って私はお菓子を口にする。「……お前、すっかり元気だな…。」「おかげさまで!も~お腹空いちゃって!大和も食べる?美味しいわよ!」「…いらない…。」そう言ってまたしても突っ伏す大和。余程疲れたみたいだ。「でも、一応これで終わりなんでしょ?検査。お疲れ様!一先ず良かったじゃない!…これで皆も納得してくれるだろうし。」きっとこれでわかってくれるだろう。大和の言っていたことが真実だって。大和は少し考え込むように黙ると、ぽつりと呟いた。「…さっさとこうしていれば良かったまであるな。」「あはは、確かにそうかもね。」「他の国の守護者はここまでやっていなかったのか…?」「どうなんだろうね。他の先進国とかやってそうな気もするけど。」その後も私と大和はなんてことない談笑をしていた。
――――大和の検査結果を見る名村。とある一つの写真に目を奪われる。「…」その数を見て、名村兄は眉間に皺を寄せた。今日も検査中に、実際に目にしていた数字だ。大和の首元の数字、“24”――――…以前よりも、着実に数を減らしていた。