2月下旬


最近、妹が学校に通っている。他所では当然のことでも、我が家では一大事だ。なんせ妹は、家にずっと引き籠っていたから。…一体、どういう風の吹き回しなんだろう。理由を聞いてみたいけど、妹とは、その…今は少し、距離があって。聞くに聞けなかった。妹が引き籠る原因は、私にもあったから。
―――私の髪は金色で、生まれつきそうだった。特異な髪で、色だけじゃなく、長さも異常だった。切っても切っても、数日でこの長さに元通り。でも、それにも限度があるようで、いつもこの長さになるとぴたりと成長が止まる。そんなだから、やがて切るのも面倒になって、それからずっと放置するようになった。それでも、色といい、長さといい、目立つのなんの。『変わった髪』の体質ってことで、テレビ番組やら、雑誌の記者が取材に来たこともあった。両親が全て拒否してくれていたけど。とにかくその目立ち具合は、学校の連中から反感を買っていて、絡んでくる奴等とは、しょっちゅういがみ合ったり、喧嘩していた。そんな時に私を助けてくれたのが、親友の陽葉だ。言い合いが起これば、陽葉が言い負かしてくれたし、喧嘩になれば私側で参戦してくれた。喧嘩の仕方、上手い逃げ方を教えてくれたのは彼女だった。彼女がずっといてくれたから、私はこんなに強くなれた。中学になってもそれは続いたものの、加えて清香も味方になって仲良くしてくれたし、私は本当に友人に恵まれた。でも、私が学校で目立った存在だったということは、妹の豊里にもその影響はいくというもので。あの子が小学生の時は、あまり私の存在が知られていなかったのに加え、近くにそう言った子達がいなかったお陰でどうこう言われずに済んでいた。でも、妹が中学2年生になった時。苛めを受けたらしい。私がそれを知ったのはずいぶん後で、しかも人づてだった。当の豊里は、そんなこと家では全然言わなかったし、暗い顔をすることもなかった。あの子なりに、必死に耐えて来たんだろう。その気持ちを考えると、とても申し訳なかった。でも、私に出来ることはなくて。いつしか学校に行かなくなった豊里にも、何も言えずにいた。
「瑞穂。」 これまでのことを振り返ってぼうっとしていたら、久方ぶりの呼び方が聞こえた。「みのり、―――やっ…大和!!?」数か月ぶりの妹の声に感動すら覚えながら振り返ると、彼女の傍らには何故か、私のストーカーがいることに気づいた。まあ、その表情を見て察するに、不本意ながらの登場なんだろうけど。っていうかなんで二人が!?いや、っていうか、なんで豊里―――…!久々に見た妹は、いつもボサボサになってた髪を束ねて二つに下ろしていて…その顔は、活気に満ちていた。何があったんだ。お姉ちゃん、何も聞いてないんですけど。「…言うのが、遅くなってごめんね。落ち着いたら、ちゃんと言おうと思ってたの。」「何…?」「私、これからはちゃんと学校行く。…今まで、心配かけて、ごめんね。お父さんとお母さんにも、後でちゃんと言うつもり。」「豊里…どうしたの、突然…。」「…大和が、私の考えを変えさせてくれたの。」「大和が!?っていうか、やまっ……ん!?大和って呼んでるし…、!?」「落ち着け。…私は、別に何も…。」「ちょっと待って!!まずそこ説明してくれないかな!!なんであんたと大和が知り合いな訳!?」「たまに部屋に入れてたの。…気づかなかった?」「!?…あんた…人の妹捕まえて…。」「なんで私が責められなきゃならないんだ…。」「大和は悪いことしてないよ。ただ、私の話聞いて、思ったことそのままに、意見を言ってもらってたの。…多分私には、第三者の意見が必要だったんだと思う。身近な人には、恥ずかしくて相談できなかったし…。」「…」「ごめんね。…私、瑞穂がずっと気にかけてくれてたこと、知ってた。なのに…、」「…っあんたが、謝ることじゃないよ…」 感極まって胸が詰まる思いだ。「わっ…私、豊里が苛められてるのは、私のせいだと思ってたから…っ、それで、ずっと何も言えなかったの…。」「…違うの。瑞穂は、関係ないの。アレは、私に原因があったの。…私、瑞穂はあんなに強いのに、妹の私は、どうしてこんなに弱いんだろうって、ずっと思ってた。瑞穂が馬鹿にされたり文句言われたりするのが許せなくて。私が瑞穂を守るんだって、昔からずっと思ってたのに…、何も、できなくて…。それに加えて、私自身は苛められてもどうしようもできなくて。弱い自分を自覚したら、嫌になって。挫折、だと思う。私、アニメとか漫画とか、好きでしょ?私にもきっと、主人公たちのように強いところがある筈だって、信じてた。…でも、違った。その時、ギャップを感じたの…。理想と現実は、違うんだって。…それで…逃げたの。」「…豊里…」「…でも、私が諦めただけなんだよね。大和に話を聞いてもらって…素直な意見を言ってもらって、わかった。…何も、最強になる必要なんてないんだから。私には私のできる範囲があって、その中ででも頑張ればいいんだって…。まだ若いし、いくらでもやりようはあるって。部屋に閉じこもってるだけじゃ何も変わらないし、…何より、私をこんな目に遭わせた奴等が学校で笑ってるってのに、私がこのまま引き籠って不幸を感じてるのがなんか無性にムカついてきてさ。私が家で閉じこもってる間も時間は変わらずに過ぎてて…それがもったいないなって。時間って常に流れてて、止まらないし、巻き戻らないし、限られてるんだもんね。…それに、自分の、自分だけの人生なんだから。出来ることはなんでもやっとかなきゃ損かなってさ。周りに迷惑かけても、わがまま言っても、どんな手を使ってもね。たった一回しかないんだしさ。…それも全部、大和が教えてくれたの。」豊里の言葉に、大和を見る。大和はどこか遠くを見ているようだった。「…それに、大和みたいな存在が本当にいるなんて、この世の中もまだ捨てたもんじゃないな、って思えたんだ。学校で何かあっても、また相談乗ってくれるって言ってくれたし。」「…私は別に…。」「…っ、」「遅くなって、ごめんね瑞穂。人生の休憩は、もう終わりだから。」豊里は、自分が泣くのを我慢しながら、みっともなく泣きじゃくる私を抱きしめた。
――――「…ありがとう。妹の傍にいてくれて。…ちょっと妬けるけどね。」私と大和は、また河原を散歩していた。豊里の心を取り戻したのは、姉の私じゃなく、外から来た大和だという事実が少しばかり悔しかったのは事実だ。「…最初にあいつがつっかかってきたんだ。お前に手出すな、ってな。」「…そうだったんだ…。」自分の知らないところであった出来事。私のためを思って…?豊里の思いに、つい頬が緩んでしまう。「面倒な姉妹だな。」大和が、夕日が沈みゆくさまを眺めながら、どこか柔らかい声色で呟く。私も彼女に倣って見る。オレンジ色に輝く景色は、とても綺麗だった。「本当にね。」私はこの一件から、なお一層、大和への信頼が芽生え始めていた。
――――「…にしても、まさかあいつがあんたの部屋に入り浸ってたとはね。」「最近はよく私の部屋で漫画読んでるよ。」「漫画読むのあいつ!?」「あとさ、瑞穂、気づいてなかったようだから教えとくけど…。大和、瑞穂が寝てる時もずっと外で見張ってるんだよ。」「――!」「大和には黙ってるように言われてたんだけど。なんかさ、大和、気温の変化に対応できる体らしくて。寒いとか暑いとか、あんまり感じないから心配はいらない、とか言ってた。なんなんだろうね。」「いや、本当になんなのよ…。」大和。あいつますます意味がわからない。本当に人間じゃない?「…それで?学校はどうだったのよ」「んー…今ははっきり言って、微妙ってとこ。あぁ、心配しないで。いじめとかはないから。クラス替えに期待、って感じ?まぁ、中学なんて高校に行くための過程でしかないんだから深く考えないでいくよ。」随分と達観している。「…随分ポジティブになったんじゃない、あんた。」「まあ…結構元からそうなんだけどね。まぁ、でも、瑞穂とか大和とか見てると、何もしないでただ悩んでただけの自分が馬鹿みたいに思えてきたしさ。」「ん?それどういう意味よ?」「やだなぁ!良い意味だって!」「…まぁ、とにかく。何かあったら、今度はちゃんと言いなさいよ」「…うん。ありがとう。…お姉ちゃん」

――――「で、さ。いろいろ考えたんだけど。」 豊里がそう切り出す。「何よ、急に皆集めて。」「情報を整理した方がいいと思って。」ここは豊里の部屋。私と豊里と、実はここに入り浸っていたという大和の三人がいる。「大和のこと?」「と、瑞穂のこと。」「私の…。」豊里はそこまで言うと、大和の表情を窺う。「…お前はおそらく、頭のいい奴だ。なんとなくお前が思っているそれは、大方は当たっているだろう。」それ以上言うことはない、といった風に、大和はそこで口を閉じた。…本当、いつの間に仲良くなったんだか、この二人は。「じゃあ、取り敢えず現状を言ってみるね。」大和に質問しても無駄だというのは豊里もわかっているようで、すんなりと本題に入った。「大和はなんらかの理由で瑞穂のことを守っている。今年の一月から。大和が現れたのは、元旦が初めて。そして、瑞穂が不運になったのもそれから。」「不運、」「…まさか、本当に全部が全部、ただの偶然で、不幸に見舞われてた、とか思ってないよね?」「…そんなわけないでしょ。どう考えても遭遇する率が今までに比べたら異常だし。」「そう。でも、誰かが意図的に狙ってそうなってるわけじゃない、と思う。交通事故だったり、チンピラが絡んで来たり、それぞれが自分の意志で行動してる、まったくの関係ない人達だしね。だったら、突然現れて瑞穂に近づいた大和が怪しい、ってなるよね。普通に考えて。」本人がいる前での直球な意見。だが、大和は一ミリも動じない。「でもそれも違う、と私は思う。実際、大和は瑞穂を助けて来たし、自分を不審者だと認識してて、瑞穂に己を信用させまいとしてるとこがある。大和が瑞穂を助けるメリットとは、って考えたけど、大和自身、瑞穂を助けること自体に悩んでるところがあるから、“瑞穂を守る”って行為は、大和だけの意志によるものじゃない。」なんだか話が難しくなってきた。「つ、つまり…?」「瑞穂が生きていることで、誰かが得をするんだよ。大和じゃない、誰かが。いや、逆も然り、かな…。」「はあ?…なんで高々普通の女子高生一人の生死でそんなこと…。別に、お父さんお母さん関連でお偉いさんがいるわけでも、裏に精通する人がいるわけでもないのに。あたしの友達だって、別に皆普通の子だし…。」「そこら辺は本当によくわかんないけど…私とか清香ちゃんが考えるとアニメ的な話になっちゃうし…。ねえ、大和?…私の言ってることって、間違ってないよね。」今まで壁際で腕を組んで立ち、下を向いていた大和は、重い口を開きながらも、肯定の返事をした。「…あぁ。だが、私の口からは詳しく話せない。」やはり、『言えない』、のか。「あれ。そういえば…前にルールがなんとか、って言ってたよね。アレは?」「…それも、詳しくは話せない。言ってしまえば、”全て”が”終い”になる。」やたらと”全て”を強調する大和。でも、宣言通り、それ以上は教えてくれなさそうだ。この話をする時の大和は本当に真剣で、慎重だ。言葉の一つ一つに重しがついているよう。
――――全てが、終い。私はその言葉を頭の中で反芻する。「…あと、気になったんだけど、」「大和の首の後ろに、数字が書いてあるよね。それ、不定期で変化してるでしょ。」首…?そんなもの、全然気づかなかった。「…」「その数字、何を表してるの?」「…今、いくつになっている?」大和は問いには答えず、質問で返した。豊里は素直にそれを確認しに行く。私もつられて行った。大和のうなじ、襟をめくったところに、何やら痣のようなものが浮き上がってる。確かに、数字に見える。「106、だって」「…!」後ろから見てもその横顔は、明らかに驚いていた。「そうか。」「何?なんなの?」大和は黙って服をただすと、体をこちらに、私達の正面に向き合った。その顔は、いつもより険しかった。「…時期が来れば、いずれ全て話すことができる。だがそれまでは無理だ。…瑞穂、お前はただ、生きていればいい。」『生きていれば』何故それを選んだのか。私には見当もつかなかった。だけど、そう告げた大和の顔が、言葉と一緒に焼き付いて離れなかった。

――――布団に入りながら、昼間の瑞穂と大和と話した内容を考える。…結局、まとめようと思っても何もわからずじまいだったな。特に判明した新情報もなかった。今日、今判明している事実を並べてはみたものの、一つだけ、指摘していないことがあった。大和が人間じゃない、ということ。それは事実なのか?と聞かれたら、紛れもない事実だと私は言える。飲食・睡眠をとっているところを見たことがないし、暑さにも寒さにも耐えられる。何よりあの人間離れした動き。普段、瑞穂の気づかないところに潜んでいながら、不幸が及べば、全て事前に回避させ被害を喰いとめる、なんて…。そんなの、ただの人間には不可能だ。…私は、もしかしたらこれが、大和の正体が、一番重要な鍵になるような気がしてならない。大和が何者かさえ判明すれば、きっと全て予想がつく。瑞穂が命を狙われ続ける理由が。…いや、瑞穂が突然、不幸体質になった理由が。犯人が。でも逆に、それがわからないことには真実に一切近づけもしないかも、ということ。…大和は、何も話せないと言った。”ルール”だと言って。
―――『生きていれば』―――…。大和はいつか必ず真相を話すと言ったが、果たして瑞穂はそれまで持つのだろうか…?…心配ばっかりしててもしょうがない。私は体勢を変えると、思考を停止させ、眠りについた。




<おまけ>
「もしかしてさ、私これまで気づかない内にも結構助けられてきたの?」「まあ…そうだな。」「どんなことがあったの?」「…この前は、爆弾解除したな。」「嘘ぉ!?あんたそんなこともできんの!?…ていうか、爆弾!!?そんな物騒なものがこの町に!?」「お前が学校帰りに友達と買い物しに行ったことがあっただろう。」「う、うん。」「クレープ屋の近くの広場にゴミ箱があったんだが、その中に仕掛けられてた・」「そんなバカな…!!そんな刑事ドラマでよくあるようなことが身近に…!!」「あと、1月にお前が電車乗って遊びに行った時。」「あれ、あんたあの時もいたの?」「あぁ。運転手が居眠りしそうになってたから壁叩いて起こして走らせた。」「危ない!!!…つくづく、私ってあんたに助けられてんのね…。」