3月下旬


秋津家で花見。「うわぁーお、すごい。」私達が見上げる先では、満開に咲きほこった桜が、空を覆いつくさんばかりに広がっていた。今日は、家族でお花見だ。休日で満開時期だからか、公園には大勢の人が来ていた。あちこちでブルーシートを広げて、宴会で騒いでるところもあれば、家族でのほほんと寛いでいるところもある。「ねぇ、知ってる?桜の花びらが散って地面に落ちるまでに、3枚キャッチできると願いが叶う、ってやつ!」「そんなの楽勝じゃん。3枚でしょ?」そんなドヤ顔を言っていた豊里。なかなか上手くつかめないようで、花びらに翻弄されてやんの。「ぷぷっ、あれぇ~?楽勝じゃなかったの~?」「うっ…うるさいッ!なんか花びらが逃げるの!私のせいじゃない!!…そういう瑞穂はどうなの?」「わっ、私はまだ途中だし?まぁ?でも、あと一枚だけだから~」豊里を馬鹿にしていたら背後からピーッという音がした。見ると、大和が花びらを笛代わりにしてならしていた。「知ってるか?吹くと音がなるんだ。」「そのくらい知ってるわよ。昔よくピーピー鳴らしてたしね。」と言って、私達も一枚取り出し、唇に当てて吹いた。が、私は力加減を誤って花びらを破り、豊里からは、さっきの大和みたいな軽やかな音でなく、ブーッという濁った音が聞こえて来た。「本当にお前ら姉妹だな。」 噴き出しそうな顔でそう言った大和は、確実に私達を馬鹿にしていた。「何よ!!大和は桜キャッチはできるっての!?」「瑞穂、大和にそれを聞くのは野暮ってもんだよ。」私の指摘直後、降ってくる花びらを漏らすことなく、ごく自然な動きでキャッチしていく大和。「飽きたから笛吹きに移行したんだが。」「もうなんなのよ本当、あんた…。」「そもそもいい歳したやつがやることじゃないだろ。」「うるさいな!!!」「瑞穂、豊里、大和ちゃん。」そのいい年して桜ではしゃいでいた私達のところに、お母さんが来た。しまった。お花見の準備、一切手伝ってなかった。「あのね、お弁当は作って持ってきたんだけど、飲み物持ってくるの忘れちゃったみたいなの。お小遣い渡すから、誰か買ってきてもらえない?」「じゃあ私、行ってくるよ。」 私は自分で名乗りを上げた。「だとしたら必然的に大和が行くことになるね。いってらっしゃーい。」「豊里、あんた自分が行きたくないだけでしょうが!!」
―――「今日来て良かったねー。天気も良いし。桜も映えるってもんだよ。」「そうだな。」大和と二人で、桜道を歩く。もうすっかり春だ。まだ少し寒さが残るけど、気になるほどじゃない。「皆、楽しそうだね。」「あぁ。」「…そういえば、大和の悩みは、少しでも解決したの?」ちらりと横顔を見るが、大和はまっすぐ前を見つめたままだ。「そうだな。ある種、お前のおかげでな。」「そうなんだ。ふふん!流石私…って、ある種ってなに?」感謝しなよ、とでも言おうとしたら、大和が急に立ち止まった。私もつられて止まる。少しばかり強い風が吹いて、桜吹雪が舞う。太陽の光を浴びた花びらたちは薄ピンクに色づいて、あちらこちらで踊っている。いつもとは違う光景。幻想的な雰囲気が漂っている。
「瑞穂。」名前を呼ばれて、大和を見る。いつになく真剣な表情。でも、気のせいかそれは、初めて会った時のそれよりずっと、柔らかく見えた。
「…決めたんだ。ここに、お前に、宣言する。」まっすぐ私の目を見て話す大和に、私も応える。「私は、秋津瑞穂を死なせはしない。必ず、お前を守る。」突然のその台詞。きっと、私の知らないところで、彼女の中で何かが変わったんだろう。そんなことを言うなんて、これまでの彼女だったら考えられなかった。しかも、この景色の中で、そんな台詞。本来、恥ずかしい思いをする筈なのに。―――今はただ、大和が素直にかっこいいと思った。でも私は、そんな彼女の意図をなんとなしにわかっていたにも関わらず、わざととぼけてみせた。「何言ってんの?あんたはずっと、私を守ってきてくれたじゃん。」そんなこと、言われなくてもわかってる。そう笑ってやると、察しのいい大和も「そうか」と言って、―――…笑った。桜の効果だろうか。それとも、その表情を浮かべる大和が珍しいからだろうか。人並みな表現だけど、その時の大和の笑顔は、とても綺麗だった。
―――その後飲み物を買って戻った私達は、家族皆でお母さんの手作り弁当を突きながら楽しんだ。正直、食べてる時はまさに花より団子。大和も珍しく口にして、「うまい」と言ったもんだから、お母さんは大層喜んでいた。ビール片手に酔っ払ったお父さんは上機嫌になって、くだらないことを言っては豊里に突っ込まれ、呆れられていた。豊里もずっと明るくて、またこうやって笑い合える日がきたことが心の底から嬉しかった。大和もなかなか楽しんでいるようだった。お父さんとお母さんがいて、豊里がいて、…まだよくわからないところもあるけど、大和もいて。楽しくて…こんな時が続けばいいのに、心からそう思った。そんな、いろいろあった春休みは、終わりに近づいていた。