4月下旬


ある日。リビングで、豊里、大和と一緒に寛いでいた時のこと。「あ。瑞穂、そういえばもうすぐ修学旅行じゃん。どこ行くんだっけ?」「え?沖縄~。でも私、行かないよ。」「はあっ!!?なんでよ!!」私の発言に、豊里だけじゃなく大和までが驚く。「えぇ?だってさぁ、沖縄だよ、沖縄!飛行機移動だよ?最近私、不幸体質だしさぁ、私のせいで飛行機事故とかテロなんか起こりでもしたら、学校の子だけじゃなくてそこに乗ってる人全員を巻き込むことになるじゃん。」「…」「…大和だって、付いてくるの難しいだろうし。ましてやそんな大規模なこと、流石に防げないでしょ?」「…だってさ、大和。」「…航空事故に遭遇する確率は、毎日飛行機に乗っていると仮定しても、438年に一回だそうだ。万が一巻き込まれても、95%の確率で生き残れるという話だ。ましてや行先は沖縄…国内線だ。テロなんてのはありえないだろう。…そもそも、勿論私もついていくから、何かあれば私がなんとかする。」「当然私もちゃんと気を付けるけどさぁ。…でも、無事向こうに上陸できたとしても、私は友達と行動するんだよ?大和はどうするのよ。…この前みたいなことになるんじゃないの?3泊4日だよ?…どう考えても、大和の負担が大きいでしょ。」「…なんとかする。」「…」「…」「どうやって飛行機乗り込むのよ。セキュリティ厳重なのに。」「なんとかする。」「移動のバスとかは?」「なんとかする。」「…いやいや、不安過ぎ。」「いいからお前は、私のことは気にせず楽しめ。」「…でもさぁ…。」「折角の修学旅行だ。本当は行きたいんだろ。」「…」「変な奴だな。そもそも、私のことより自分の身を心配するところじゃないのか。」「………別に、そういうわけじゃないし。」「なんでそこでツンデレ発揮させるかな。」「違う!!」「いいから行ってこい。わかったな。」「……」

そして、修学旅行当日。私は、飛行機に搭乗していた。もう、本当、気が気じゃない。これから2時間弱…か。割り切ってしまえば大丈夫かと思ってたんだけど、いざシートに座ると不安が膨らんでくる。大和、集合場所で別れてから姿が見えないし…。「もしかして、瑞穂って飛行機初めて?高所恐怖症?」私の様子に気づいたクラスメイトが、気を遣って声をかけてくれた。「飛行機は乗ったことあるんだけどねー…久しぶりで・」「わかるー!何度乗っても慣れないよねー。落ちちゃうんじゃないかとか考えちゃってさぁー。」「そうなの!それ!だ、大丈夫だよね!?」「あはは、大丈夫だよ!飛行機ってさ、一日に何千便も飛んでるんだって。その中で事故が起こるのなんて、何日に一つとかでしょ?そう考えたら、全然大したことないよ~!」そう言えば大和もそんなこと言ってた。…そうだ。大丈夫。そんな低確率の、遭遇する筈がない。例え私が不運だとしても、だ。…それに、大和が何とかしてくれる、って言ってたんだから。私が修学旅行を楽しむためにそう言ってくれたんだから、私はあいつの思いを汲まなきゃ。「それもそうだね。」 優しい友達に笑いかけて気をしっかり持つ。それにしても、あいつ今どこにいるんだろう。
――――皆の言うように、私の心配は杞憂に終わった。飛行機は何事もなく、無事に沖縄に着いた。浮き立つ皆は、ずっとテンションが上がりっぱなしで。空港に到着した時にはそれが最高潮になっていた。初めて沖縄を訪れた人が殆どで、空港前のヤシの木を見るだけではしゃいでいる有様だった。沖縄の温暖な気候は心地よくて、天気に恵まれて良かったと心の底から思った。今日訪ねるのは、ひめゆりの塔と平和記念資料館。昼食を食べてから、バスで向かった。修学旅行らしく、ちゃんと学ぶべきところだとはわかっていたけど…。廻っている途中は、申し訳ないけど大和のことが気がかりで資料読むどころじゃなかった。最中、何度も周りを見渡した。でも、全然現れる気配はない。その私の挙動不審さは、クラスメイトに心配をかけてしまった。でも、事件や事故が起こらなかったのは幸いだ。…ここで起きそうなこともないけど。とにかく何事もなく、無事予定は終えた。次に、ホテルに向かうべく私達は再びバスに乗り込む。旅行効果だろうか。皆、テンションが一向にさがらない。車内のいたるところで煩いくらいのおしゃべりが繰り広げられていた。私も周りの子と、どんなホテルなのか、夕食は何が出るんだろ、といった話をして盛り上がっていた。大和、ちゃんとついてこれてるのかな。今日は何事もなく終わりそうだけど、…と思い始めていた頃だった。突然、急停止するバス。体が前につんのめり、あちこちで甲高い声があがる。「どっ…どうしたんですか!?」 咄嗟に先生が運転手を問い詰める。「い…っ、今、車道に人が…!!!!―――…、あれ…?いな―――」運転手が窓の外を覗き込もうとしたその時、前方からとてつもない衝撃音が聞こえた。車内に二度目の悲鳴が響く。目を開けて音のした方を見ると、交差点四隅にある電柱の内の一つに、大型トラックが衝突して止まっていた。相当の勢いでぶつかったのだろう。その車のものと思われる破片が周囲にまき散らされ、車体は大きくへこんでいた。「信号無視…、ですかね…。」「…っ…今、止まっていなかったら…このバスにぶつかってましたよね…。」先生のその一言で、車内の空気が凍り付いた。その様を想像してしまったのだろう。皆、血の気が引いた顔をしている。…そんな中、そういった出来事になれてしまった私は、冷静に別のことを考えていた。―――大和だ。今、運転手が見たというのは、きっと大和のことだ。…本当に、助けてくれた。そう言えばあいつは、約束を破ったことはなかった。ちゃんとついてきてくれていたことに一先ず安堵はしたものの、運転手の言うように姿がどこにも見当たらない。それが不安だった。せめて一目でも見られれば…。だけど、大和は見つからず。バスはその後しばらくしてから、再び発進した。
――――ホテルに着くまで、バスの中は静かだった。事故を目の当たりにすることなんて、普通はない。ましてや女子ばかりだ。ショックだったに違いない。でも、そんな皆も、ホテルに入って夕食をとる頃にはすっかり元気になっていた。そんな皆の明るい顔を見て、少しほっとした。そして、夕食を食べ終え、ようやく自由時間が取れた頃。私はこっそりとホテルを抜け出した。ホテルの外の、人に見えないであろう位置にあるベンチに腰を下ろす。「楽しんでるか。」 意図通り、大和が隣に座ってきた。…本当、こいつどこから見張ってたんだか。「…まぁ、それなりに?」 不貞腐れたようにそう言うと、久しぶりな気がするその顔を睨みつける。「あんたが気がかりでそれどころじゃなかったからね。」「そう言われても。」 口元に手を当てながら大和が言う。「何笑ってんのよ!!」「いや、だってな…、今日のお前、親とはぐれた子供みたいで…。…ふっ」「・・・・・・!!!」 つまりは思い出し笑いか。…今日の私、そんなに変だったのか!?今日の自分の様子を思い出すと、途端に恥ずかしくなって顔が熱くなった。その熱を逃がすように、両手を振って風を送る。「…なんだ、寂しかったのか?」ニヤニヤと笑いだしそうな顔で、大和が聞いてくる。「違うわよッ!!」それにムカついて、思わず大きな声を出してしまい、はっと口を押える。周りを見るが、誰もいないことに安心する。「言っただろ。旅の間、私のことは忘れろってな。」そう言って、さっさと立ち去ろうとする大和の腕を慌てて掴んだ。「…ちょっと、どこ行くのよ。今会ったばっかりなのに!」「同じ部屋の奴が心配するだろ。早く戻ってやれ。風呂の時間も決まってるんだろ。」「…そうだけど、」「瑞穂。」名を呼ぶたった一言。大和にしては、やけに優しかった。また、私を気遣ってる。「…わかった。…本当に、ありがとう。いろいろと。」「それは、無事に帰ってから言うことだろ。」「…それもそっか。」私が手を離すと、大和は一瞬目を合わせた後、あっという間にいなくなってしまった。…ああは言ったけど、悔しいけど、…やっぱり私自身、心細かったのかもしれない。最近ずっと、大和とは四六時中一緒にいたし、こんなに姿を見ないことはなかった。だから、余計不安だったんだと思う。これじゃいかんと、自分の頬を両手で軽く叩くと、言われたようにホテルの方へと戻っていった。――――深夜。私達の部屋では、怖い話大会が繰り広げられていた。「ちょっとさぁー、疲れてるんだから他の部屋でやりなよー。なんでここでやるわけ!?ていうか、なんでやるわけ!?初日に!!」「何言ってんのよ!修学旅行といったら怖い話でしょうが!!これをやらずして何をやるかッ!ちなみに明日は恋話だから♡」「あんたの中の修学旅行の定義ってなんなのよ…。」「ほら、清香怯えちゃってるしー。よしよし。」清香は怖いものが苦手だというのに、無理やり怖い話に参加させられた清香。すっかり怯えちゃってるじゃん!陽葉に抱き留めてもらい、よしよしされている。「清香、知ってる?」「ふぇ?」そんな清香の背後に一人のクラスメイトが近づき、無表情で囁く。「怖い話してると、霊が集まりやすいんだって。もしかしたら、今ここにも・・・・」「!?!!?」「やめなさいッ!!」 私はその子の頭に手刀を振り下ろした。可哀想に。知りたくもない噂話を聞かされ、更に怯えている。集まった子らは、懲りずにそのまま怖い話を続行した。それを流しながら、私達三人は、泣きそうな清香を挟んで川の字になって眠りについた。

二日目。本日も見事に快晴。海に出て遊ぶ予定だ。私の班は、午前はビーチで自由行動、午後にマリンスポーツをやることになっていた。「ぐっ…頭痛が…!!」「まさか霊障…!?」「夜更かしなんて慣れてる筈なのに…!」昨日夜更かしした子の中には、寝不足の疲れが出て頭痛を引き起こしている子がちらほら。「へへへっ、ざまあみろ!清香をいじめた罰ね!」「そっ、そうだよ!皆がいじわるするからだよ!!」「ぐっ…やはり天使を苛めてはいけないということか…!!」海は、本土で見るそれとは大分違い、澄んでいてとても絵になる風景だった。私は、陽葉や清香、そしてクラスの子達と、童心に帰ってはしゃぎまくった。こういう時、女子高で良かったって本気で思う。何の気兼ねもなく遊べて、最高に楽しめる。貝殻拾い、ビーチバレー、ビーチフラッグ、砂遊び――――私達は、時間も忘れて遊んだ。流石運動神経の良い陽葉は、ビーチフラッグで勝ちまくり。清香は拾った綺麗な貝に目を輝かせていた。ある子が作った砂の城のあまりの完成度に、周囲からは拍手が巻き起こった。クラスの子達大勢とビーチボールで遊んで、そこに加勢した先生がこけた時、皆して笑った。私達は、充実した時間を過ごした。気づくと、いつの間にかお昼になっていた。昼食を食べて、再びビーチに戻る。が、私はまた、こっそりと抜け出し、別のビーチへ向かった。すると、歩いてる途中で、誰かが隣に並んできた。「…いいのか。」 勿論、大和だった。「いいのいいの。あれこそ、何かあったらどうしようもないしねー。陽葉と清香に誤魔化してもらったから、そこも大丈夫。クラスの友達とももう十分、楽しんだし。」「…そうか。」「うん。それに、私は大和と楽しんでくる、って言っちゃったし?」「!」「ふふん、何その顔。」「お前な…。」「いーじゃん!折角だしさ!」そう言って大和の手を取る。「…やれやれだな。」そんなこと言いながら、実は嫌そうじゃなかったのを私は知ってる。大和はそういうタイプではないし、そもそも水着着てないから…さっきみたいにはしゃぐことはなかったけど、貝を拾ったり、砂や海でちょっと遊んだり、海を見て話をしたり…それなりに、楽しく時を過ごした。時間が来た頃、私はまたこっそりと皆に合流し、何事もなかったかのように旅行に戻った。
――――その日の夜。ホテルの部屋の一室に集まり、修学旅行定番の恋話をしていた。皆が順々に自分の恋愛経験の話をしていく中、いよいよ私の番が回って来た。皆、高校生だというのになかなかな経験をしてきたようだ。陽葉や清香でさえもそうだってのは、中学の時から知ってはいたけど。だけど、残念ながら私にはそういったものは何もない。この髪と性格のせいで、男子と喧嘩はしても、愛を語り合う、なんてことはありえなかった。少女漫画は読んでたけど。「悪いんだけどさー、私、なんっにもないんだよね。本当に。」「うっそだぁー!そんなこと言って!瑞穂って恋多き女、って感じするよー?」「えぇー?何そのイメージ。本当だって!ねぇ?陽葉、清香。」「残念ながら本当だよ。この子、好きな奴いたこともないもん。男は皆敵!みたいなもんだったし。」「でもさ、一人くらい、いいなーってなる子いたでしょ?」「うーん…あぁ、でも確か…あ!」「いた!?」「小学生の時見てたアニメのキャラにさぁ、」「あっ…」 皆して何かを察し、呆れてすぐに別の子に話題を振った。「無視することなくない!?」一人、興味津々の清香だけが私の話を聞いてくれた。

三日目。今日は、午前に美ら海水族館とフルーツランドってところに行って、午後はタクシーで班別行動、という日程だ。残念ながら天気は曇り。美ら海水族館。マンタの顔の間抜けさに皆で笑ってしばらく眺めた。ジンベエザメの大きさに驚いたり、サンゴの美しさに見とれたり。面白い魚がいれば、皆で見て笑って、初めて見る魚がいれば、皆して感想を言い合った。そんな風に見ていると、各々好きなように見始めたので、皆から少し離れて大和を探す。そしたら、あいつなんか普通に鑑賞してやんの。後ろからわっと脅かしてみたら、本気で見入ってたようでびっくりしてた。その反応にこっちがびっくりだよ!まぁ、水族館じゃそりゃ何もないだろうけどさ…。「何よそ見してんの。」って言ってやったら、ちょっとバツが悪そうな顔をしながら素直に「すまん。」って言うもんだから、調子乗って小突いてみたら、デコピンで返された。その後。マナティーやらウミガメ、イルカを見に行った。特にイルカショーは、いくつになっても楽しい。その後は、フルーツランドに行って、更にその後は、タクシーでの班別行動となった。
――――私と陽葉、そして清香の三人の班だ。「瑞穂。大和、呼んじゃいなよ」「え?でもいいの?」「うん!折角だもん。一緒に楽しもうよ!」「ねぇ運転手さん!」「ん?」「ちょっと学校側には内緒でさぁ、一人追加で乗せてほしいんだー。いいかなぁ?」――――「…悪いな、二人とも。気を遣わせたようで。」「いいよ。気にしないで!大和も、たまにはこういうのいいでしょ?」「そうですよ!大勢の方が楽しいですし!」「…ありがとう。」「ふっふっふ…こういうこともあろうかと、お金を多めに持ってきていたのさー!」「へぇー、瑞穂にしては準備いいじゃん。」「にしては、って何よ!」「あ。ありがとうございます、運転手さん。我が儘きいてもらっちゃって。」「なに、3人が4人になったくらいでかわりゃしねぇさ。それに、お嬢さんたちが旅を満喫できるように努めるのが、俺の仕事だからな。」「かっこいい…!!」「それで?どこに行くつもりだ?」「午後だけだからねーあんまり遠くまで行けないんだよ…っと、こんな感じ。」「場所もそんなに周れないしねー。」「でもって、後で学校帰った後に発表できるようなところじゃないといけないし…。自由行動もっと多かったら良かったのに。」「私本当は、南部の方に行きたかったなー。」「あ、それ皆言ってたよねー!結構あっちの方が面白そうなところいっぱいあってさぁー」楽しそうな私達の様子を見て、大和は微笑んでいた。
――――「今帰仁城跡って世界遺産なんですよね。」「そうみたいだな。おおよそ13世紀に築かれたものらしいから、歴史的価値は十分にあるだろう。…にしても、城と言っても本土のそれとは大分違うな。」「そうですね…。お城って、沖縄では『グスク』とも呼ぶそうですし…やっぱり、沖縄独自の文化が発達していたせいでしょうか。」「そうだな…。かつて琉球王国という名で別の時代を歩んできた沖縄は、」「ねぇ!難しい話は抜きにしてさー、早く行こうよ!」興味津々の大和と清香は入口からなかなか動いてくれそうにない。はっきり言って、そういうのにあまり興味のない私と陽葉は、入る前から退屈でしょうがない。そんな私達を見かねて、真面目な二人が注意してくる。「お前ら…もう少し興味を持ったらどうだ。清香を見習え。」「そんな。でもほら、私達帰ったら学んだこと発表しなきゃならないんだよ?ちゃんといろいろ知っておかなきゃ駄目じゃない。」「いいよー。後でパンフとかネットの情報でも調べればさー…・」「私にはちょっと難しくてわかんないんだよ…歴史とか大っ嫌いだし。」「…お前、苦労してるだろ。」「はい…それなりに…」「ちょっと清香!?」

そんな感じで私達はその後も、ワタミ大橋、古宇利島と、4人での旅を満喫していった。なかなか無い機会に、皆心から楽しそうにしていた。古宇利島からの帰り道。運転手さんのおすすめで、夕日が綺麗に見えるというビーチに寄った。タクシーから降りて4人で歩いて移動をしていた時、清香が「ごめんね、ちょっとトイレ行ってくるね。先に行ってて!」と言ったため、私達三人は先にビーチに行くことになった。
――――トイレで用を済ませた清香は、手を洗った後に小屋を出た。すると、物影から何者かが現れ、清香の背後に立った。「!?」そして、首元に何かを突きつけられていることに気づいた清香は、身動きが出来なくなった。「そのまま前に進んでね。」そして、自分に突きつけられたそれが何か気づくと、血の気を引かせるも、従う他無かった。
――――「清香遅いねー。」3人でビーチから夕焼けを堪能しつつ、清香を待っていた。だが、いくら待っても一向に清香は現れない。その時、大和は嫌な予感が過り、周囲を隈なく見渡した。「…しまった。」そしてとある光景を目に入れると、瑞穂ばかりに集中して、他を疎かにしてしまったことを後悔した。「え?…何、どういうこと?」大和の呟きに不穏な物を感じた瑞穂が問いかけ、その視線を追う。と、「―――…!!」大和の視線の先――――…橋の方を見ると、見知らぬ男と一緒に橋の上を歩く、清香の姿が見えた。「ちょっ…、どういうこと…!?」陽葉も目を丸くして、顔を青くし、それを見る。何故なら男の手には、大きな刃物が携えられていたからだ。「陽葉、瑞穂を頼む。」大和はそう言いながらすぐさま歩き出した。頼まれた陽葉も、「任せて…!」と言うと、瑞穂の傍へと近寄る。「瑞穂、くれぐれも気を付けろよ。」「…わかってる!あんたもね!!」「あぁ。」そうして大和は姿を消した。
――――「ひっ…、」清香は恐怖で脅え、泣きそうになりながら男に従うしかなかった。男はどんどんと人のいない方へ進んで行く。どうすれば、どうしたら。誰か――――…。そんな時だった。1台のタクシーが高速で走ってくると、清香達の傍でキキ―ッとブレーキ音を響かせ、急停止をした。そこから出てきたのは――――「大和さん…っ…!!」「すまなかった、清香。」大和は清香に一言謝罪すると、男に向き直る。「その子を離してもらおうか。」「……へへっ…、だ、誰が…っ…!!」「今ならまだ許してやる。だからさっさと離せ。」「どッ…どうせ俺はもう終わりなんだッ!!今更何やったってもう関係ねぇ!!!」そう言って清香に刃物を向けたまま、男は橋の欄干を背に後ずさりをしていく。「…」それを追うように、大和もじりじりとにじり寄っていく。それを見て逃げられないと悟ったのか、自嘲するように笑い出す男。「もう俺は駄目なんだ…、こんな可愛い子となら死んでも本望だ…!!」「!」「ひゃ…っ!」そう言って男は次の瞬間、橋の欄干から体を後方へ傾けると、清香を道連れにして、そのまま海へと落ちて行った。男と清香の体が宙に舞う。その後を、すぐさま大和が追った。重力に引っ張られ、体は下降する。体が空を切りながら、どんどんと下へ落ちていく。怖くて目が開けられない清香が、もうダメだ、と思った時だった。「…!!」何者かの手が清香に届いた。そして、優しく包み込まれると、そのままその人物が自分の体を庇うようにして下に潜り込んできたのがわかった。
――――「大和ッ!!!」私は陽葉と二人で、清香達の元まで橋の上を走って追いかけていた。そしてその途中で、大和が落ちながら清香を庇い、自らがクッションとなるように背中から着水する様を見た。直後、タクシーの運転手さんが浮き輪を二つ、橋の上から水面に向かって投げ入れた。多分大和が、こうなることを予測して用意していたのだろう。大和たちが落ちた地点まで辿り着くと、欄干から身を乗り出してその水面を見つめる。「瑞穂、気を付けて!」「わかってる!!」姿が見えないことに対して不安に駆られていると、やがてうっすらと影が見えてきた。かと思えば、大和が清香を抱えて水面から顔を出した。それを見て、私達はほっと胸を撫でおろした。大和は清香を浮き輪の上に乗せると、今度は浮かんできた男の方をもう一つの浮き輪へと乗せた。――――大和が岸まで二人を連れて行ったので、私と陽葉は泣きそうになりながらそこに駆け寄った。「清香…ッ!!!」清香は目が覚めない。息を飲む二人に、大和は安心させるように告げた。「…大丈夫だ、気絶しているだけだ。」
――――その日の夜。クラスメイトから話を聞いた。「本土で指名手配されてた逃亡者だってさ。逃げるのにも疲れて、死に場所を探してたところに清香を見つけて…。“どうせ死ぬなら可愛い子と死にたい”って。全く、いい迷惑よ。」「警察の人達にもいろいろ聞かれて、結局晩御飯食べ損なっちゃったしね。運転手さんのおすすめのお店いこうと思ってたのに…。」そんな呑気なことを呟いたのは、当の被害者である清香だった。思わず私は勢いよく突っ込む。「いやいや!!それどころじゃないから清香!!あんた危なかったのよ!?」「勿論、あの時はすごく怖かったよ?でっ…でも、後から振り返ってみると…貴重な体験だったっていうか…。な、なんか、漫画の出来事みたいで…別の意味でドキドキして…。」その言葉にクラスメイト皆が呆れたように呟く。「意外と強かだわこの子…。」「てっきりトラウマにでもなったかと心配したってのに…。」「ごっ…ごめんね!本当に!心配かけちゃったのは申し訳ないって思ってるよ~!!」「いや、あんたが元気ならそれで十分なんだけどさ…。」そうして慌てて謝る清香を見て、私と陽葉は顔を見合わせ、苦笑いをするのだった。
――――「大和、背中大丈夫…?」私は皆の就寝後、部屋を抜け出して、またしてもこっそり大和と会っていた。「大したことはない。すぐに良くなったしな。」そう言う大和の様子に嘘は無さそうだった。しかしあれだけの高さから落ちて無事なんて…。「それなら良かったけど…。」まぁ怪我が無くて何よりだった。大和の無事を確認すると、私は気がかりにしていた質問を投げかける。「…ねぇ大和、今日のことって…私の不幸に清香が巻き込まれたってことじゃ…。」だがその心配を、大和はきっぱりと否定した。「いいや違うな。今回は本当にたまたま、偶然が重なっただけだろう。じゃなければ、あの場所にいた筈なのはお前だ。そもそも私も事前に察知できる筈だからな。」「それか、私の不幸が清香に移ったとか…。」「それは無い。」大和は遠く、海の向こうを見つめながらまたしても言い切った。そして私の視線に気づくと、振り返り、目を優しげに細めながら言った。「余計な心配はするな。」あの大和が、言葉につかえることもなく、はっきりとそう言い放った。であれば、それが真実なのだろうと思う。大和がそう言うならそうなんだろうと思って、大和の言う通り、それ以上のことは考えないことにした。「…それにしても、本当に良かった。」大事な親友を失ってしまうかもしれなかった。「怖かった。…すごく。本当に、…本当にありがとう、大和。」「…あぁ。」自分だけじゃない、妹や、親友まで助けてもらった私は、大和がいてくれることに改めて、心から感謝をするのだった。

四日目。この日の旅行のことは、正直もうあまり覚えていない。四日目でもう疲れてるし、清香にあんなことがあったし、大和のことは気がかりだしで――――…正直最早、修学旅行どころじゃなかった。それはどうやらクラスメイト達もそうみたいで。昨日の事件に加えて、皆疲れが溜まってきたようで、全体的にやや元気がなさげな様子だった。ただ、首里城に到着した時の、「すごーい!これが首里城…!」「なんか意外と小さいね。」「私、もっとこの…前の道、長いもんだと思ってた。」そんな皆の呟きだけは覚えていた。
そうして最後の沖縄旅行を満喫して、私達は無事、沖縄とお別れをすることができたのだった。
―――そして帰路。「大和、お疲れ様。…本当に、ありがとね。おかげですっごく楽しかった。行って良かったよ。」「そうか。」「うん。またなんかお礼するよ。」笑ってみせると、大和も笑みを返してきた。大和の笑顔は何度か見るようになったけど、毎回どことなく違っている。というのも、笑顔に含まれるそれぞれの意味が段々と分かってきたような気がするからだ。「その必要はない。」「ん?」
「私も楽しませてもらったからな。…お前のおかげだ。」思ってもみなかった台詞。素直に嬉しかった。「へへっ、そりゃ良かった。」いたずらっぽい顔で笑った。「あぁ。」学生生活の、クラスメイトや友人たちとの思い出が作れたのは勿論、大和との思い出が作れたことも嬉しかった。それだけ、今の私にとって大和は近しい存在になっていた。「大和がちゃんと休めるように、休みは家でおとなしくしてるかなー。」「どうせいつもと同じだろ。」「そんなことないから!」「あ。…そう言えばさ、飛行機が着陸する時、ちょっと揺れたけど――あれって別に、なんもないよね?」「パイロットが直前に発作を起こしたんだ。代わりに私が運転した・」「へ。は!?いっ…いやいやいや!!嘘でしょ!?」ちなみに行きの時も飛行機の不具合があったらしい。その他にも、駅で爆発物を通報しておいたり、放火を未然に阻止したり―――…私の知らないところでも、暗躍している大和だった。「…ほんとに、ありがと。」