7月下旬


今日は、陽葉と清香、豊里と海に来ていた。「めっちゃ天気良い~~!!」「夏、サイコー!!」「…なんで私まで…。」そう呟く大和はビキニに身を包んでいた。なんだか少し恥ずかしそうだ。「いいじゃんいいじゃん!折角の海なんだから!」「そうだよ!こんなところで“人為的な”不幸なんてそうそう無いって!」陽葉と豊里が畳み掛けるように大和を説得する。「大和さん、可愛いよ♡」清香がにっこりと笑う。その様にはあ~とため息をつく大和。そんな風に言われては大和が断れないのを、このメンバーはもうよくわかっていた。「大和だって泳ぎたいでしょ?」「…お前なぁ…」この間の話があって危機感が無いのか、とでも言いたげな表情。「大丈夫大丈夫!だからこうやって人の少なそうなビーチ選んだんじゃない!」「そうはいってもなぁ、」「いいからいいから!早くいこ!」渋る大和の背中を押して、海の方へと押しやった。その後、海を泳いだり、ボールで遊んだり、楽しい時間を過ごした。そんな最中、豊里は大和の首筋の数字に目が行っていた。「(また、数字が減ってる。)」そして、先日の出来事を思い出す。
――――「…それって…みーちゃんは、ずっと命を狙われてたってこと…?」秋津家に陽葉と清香を呼びつけて、瑞穂と大和は代表者と守護者についての真実を洗いざらい話した。二人は、もしかすると秋津姉妹よりもショックを受けていたかもしれない。そう呟いた清香は、泣きそうな顔で瑞穂に抱き着いた。…瑞穂が死ぬかもしれない、殺されるかもしれない、という事実が急に押し寄せた、不安のあまりの行動だったのだろう。それに慌てたように答える瑞穂。「なっ…何よ〜!大丈夫だって!大和が助けてくれるし、別に今までとなんにも変わんないわよ!」そう言って清香の頭を撫でていた。「…ごめんね。二人には聞いておいてほしいなと思って。…もしかしたら今後、私のせいで…」「そんなことっ…!」すかさず陽葉が口を挟む。「……そんなの、心配しなくていい。」自分のことを一番に、それくらいしか言えなかった。その日は、理解が追い付かずにお開きになった。
――――一通り遊んだ後、陽葉と瑞穂は浜辺に敷いたビニールシートの上に座り、休憩がてら話をしていた。視線の先では、清香と豊里と大和がビーチバレーをしている。「…そういえば、ご両親には話したの?」「…話せるわけないじゃない、こんなこと…。」笑うように言うが、その表情は暗い。「…そうだよね。」あの両親は、きっと信じてくれる。そう確信があった。だが、ただでさえ心配させているだろうに、それ以上のことは話せなかった。「…私さぁ、考えたんだよね。」瑞穂が口を開いた。「人類滅亡したら、お父さん、お母さん、豊里、陽葉、清香とか、クラスの友達とか…皆、この世からいなくなっちゃうのよね。私も皆に、二度と会えなくなっちゃう。―――…私、それは絶対に嫌。」思わず瑞穂を見る陽葉。「だから私、絶対生き残る。こんな馬鹿げたゲームに、私は絶対負けない。」必ず生きて、生き残ってやる。皆のために、大和のために、何より自分のために。その瑞穂の言葉と意思の強い目に、「…瑞穂らしいや。」と笑う陽葉。「…やっぱり瑞穂は、なんだかんだで強いよね。…私なんて、この前話聞いてから、ずっともんもんとしてるもん。」「そう?」「そうだよ。…ねぇ、私にできることがあれば…」そういいかけるが、瑞穂はそれを制止する。「いいのよ。あんた達はいつも通りで。私には大和がいるし。」それは陽葉にとってみれば、戦線離脱を勧告されたようなものだった。しかし、瑞穂の意図はそれとは違う。「巻き込みたくないの。…私のせいで、二人が危険な目に遭う方が辛い。…所詮、私達なんて…ただの学生で、子供なんだから。」瑞穂の想いもよくわかった。「私には、二人が必要なの。だから、怪我無く、無理なく、生きてほしい。」真剣な瑞穂の目に、陽葉も折れる。自分が下手なことをして、瑞穂を悲しませる事態は避けたい。「…わかったよ。そっくりそのまま返すけどね。」笑って答えた。「絶対死んじゃ嫌だからね。…私達にだって、瑞穂は必要なんだから。」この前の清香の涙を思い出す。「あったりまえじゃん!ていうか、私がそう簡単に死ぬタマに見える?」「あー確かに!」「でしょ?図太く生き残ってやるわよ!」二人でひとしきり笑い合う。「それに、名村さんたちに協力もお願いしてるし、そういうのは大人に任せる!」「大人…ねぇ。そういえば大和って結局何歳なの?」「20歳らしいよ。なんか、守護者はその国の成人年齢で生まれてくるんだって。」「へー!そうなんだ。」とはいえ、大和だってまだまだ若い。20歳そこらなのに、人類の命運を任されているだなんて、少し不憫に思える。そしてふと、大和のことを考える。「…大和も…ゲームってやつが終わったら…。」「…うん。」大和はどの道、ゲームが終われば役目を終えて消えてしまう。「…そっか、寂しいね。」陽葉の呟きに、大和を見る瑞穂。夏とは思えない涼しい風が、瑞穂を撫ぜた。

帰りの電車の車窓から、真っ暗になった外を眺める。2列ずつのシートがある車両で、瑞穂が窓側、大和が通路側に座り、後ろの陽葉や清香、豊里は疲れたのか寝息を立てていた。「あの家の明かりも…全部、人が住んでんのよね。」ふと、瑞穂がぽつりと呟いた。「…」本を読んでいた大和が、瑞穂の言葉につられて外を見る。「…私、正直今まで、夜景ってそんなに綺麗だと思えなかったのよね。自然のものが綺麗だと思ってたから、たかだか人工物じゃん!て思ってたの。」そう言って目を伏せる。「…でも今は、あの明かり一つ一つに、人がいて、人生があって、暮らしがあるんだと思ったら…。なんか、凄く素敵で綺麗なものに見えてきたのよね。」再び、窓の向こうを見つめる。「この電車も、あの建物も、東京タワーだって、人が建てた物だって思ったら、人がいなくちゃできないものだと思ったら、凄く凄く、尊いものに思えてきて…。」そこまで言って瑞穂は、大和の方へ振り向く。「あとね、嫌いな人もいるけど、好きな人もいるの。嫌な奴にも、良いところがあって、良い人にも、悪いところがある。…私から見たその人は良い人かもしれないけど、他の人から見たら悪い人かもしれない。…逆もそう。本当に、まるっきり良い人!とか、悪い人!なんていないと思うの。清濁併せもっての人で、…人って、そういうものなのかなって。…とか、最近いろいろ考えるようになった。」…きっと。例の話を聴いて、人とは、人が生きるこの世界とは、いろいろ考えるようになったのだろう。その瑞穂の思考については、大和も理解できた。「…結論は。」わかっていて先を促す。「…私、この世界から人がいなくなるのは嫌。」いつぞやにスカイツリーから見下ろした光景を思い出す。あの大勢の人が皆いなくなったら。あの笑顔がなくなったら。それはとても寂しいことだと思った。「…それは私も同じだ。」そう言って笑うと、大和は持っていた本を閉じた。