「―――…悪いな、突然。」「いや。」秋津家に、名村兄妹が訊ねてきた。大和が玄関の扉を開けて出迎える。
――――『少し、話をしたいんだ。』瑞穂がインフルエンザで寝込んでいる中、名村兄からの電話での申し出だった。豊里が母親に「友達が来るから外出していてほしい」とお願いをしたため、家には自分の部屋で寝込んでいる瑞穂と、豊里、大和の3人だけが残っていた。大和がリビングに二人を通すと、そこにいた豊里がお茶を出す。どこかピリッとした雰囲気に、豊里は緊張した面持ちでどうするべきか迷っていた。と、名村兄が優しそうに、豊里に呼びかけた。「悪いんだが、少し大人の話をしたいんだ。…少し、席を外してもらってもいいかな。」そう言って豊里を促す名村兄。妹もそれに同意のようだった。戸惑う豊里は大和の様子を伺うが、「…悪いが、上で瑞穂の様子を見ててくれ。」と言われ、大人しく2階への階段を上がる。だが少しして、大和が「豊里。」と名を呼んだ。すると、階段の上の方で慌ててばたばたと逃げるように遠ざかっていく足音が聞こえた。「…盗み聞きとは、油断できないな。」はは、と笑いながらもてなされた茶を一口飲んだ。
――――「俺達も、あの後色々考えたんだ。」あの後、…とは、大和が真実を話した日のことだった。それから2週間は経っていた。「悪いが俺らもしばらくは受け入れられなくてね。」「…当然だろう。」名村兄妹の気持ちを察する大和。「それで?」「…まぁ、やっと考えに整理がついたってところかな。二人とも。…意思表示に来たんだ。」「意思表示…?」「俺は、君たちの味方だ。」「!」「俺達も、瑞穂ちゃんのため、…人類のために、協力できることはしよう。」名村兄の発言に、妹が続く。「…あなた達が信じられる大人なんて、私達くらいなのかもと思ったら…出来ることがあるなら、なんとかしたいと思ったの。…頼ってくれてるなら尚更ね。」その二人の発言に、大和の表情は少し和らいだ。そんな大和の様子に、今度は名村兄妹が安心する。「受け入れてもらえないと思ったかい?」「…まぁな。あまりに馬鹿げた話だ。子供のあの二人ならともかく…大人のあんた達にはなかなか難しいと思った。」「…そういう意味で言うと、俺ら以外の大人を説得するのは骨が折れるかもしれないな。」「…」皆、これから先に起こり得ることについて考えていた。「7月頭に真実が明かされて、今後残り半年。何も起こらない、…ってわけにもいかないだろう。」兄の発言に妹が訝し気に問う。「…この前言ってた、真実を知った代表者達が、何らかの行動を起こすかも、ってこと…?」「あぁ。…瑞穂ちゃんだからああいった程度の反応で済んだが、海外の代表者達も同じように、ってわけにはいかないだろ。宗教色の強い地域も多いし、日本人と違って、オカルトじみた話を普通に信じる人種も多い。それに、俺達みたいに第三者がこのことを聴いて、何か…悪用したり、企んだりする可能性だってある。」「…人類滅亡…だもんね…。ふざけ半分で言ったりする人もよくいるけど、…まさか…」「…本気で願っている奴が、行動を起こさないとも限らない。5月の殺し屋事件のこともあったんだ。それが今ならば尚更だろ。」「その殺し屋の件なんだが…」大和が口を挟む。「私はあれが、守護者の仕業なんじゃないかと睨んでいる。」「!」「…ずっと疑問に思っていた。ゲームのルールの中で、『代表者が“不幸により”死ぬと、その時点で守護者も消滅する。』―――とあるが、この部分、何故“不幸により”と限定的なのかと。…そして、お前達と話していて思った。ならば――――…『“守護者が”“代表者を”“殺した時”』はどうなるのかと。」「なっ…!」「…守護者には、人間のような思考回路が備わっている。この前も言っていたように、人間嫌いの守護者がいれば、人類滅亡を企ててもおかしくはない。もし万が一、その守護者が自分の代表者を殺しても消えなかった場合…守護者単独での自由行動が可能になる可能性がある。」「…!」「…わかるように、守護者は人並み外れた能力が備わっている。それは身体能力に限った話じゃない。その能力についても、人間同様個体差があるだろう。…もしかしたら、話術に長けた守護者や、犯罪計画の立案が得意な守護者、ハッキングが得意な守護者もいるかもしれない。」「…その能力を活かして、国の代表者達を殺すって?」大和はそこから一呼吸おいて、二人に問う。「4月のチャーター機墜落事故を知っているか?」「あ、あぁ…、何やらいろんな国の人間が乗ってたとかいう…―――まさか、」「あぁ。おそらくアレもそうだろう。…何せ私も、あの事故の数日前に、アメリカの守護者に声をかけられ、勧誘されたからな。」「…!」「渡航が危険だからと断ったが。…そもそも、集まるほどリスクが高まるに決まっている。」「おいおい、その話は初耳だぜ…!」「当時話したところで私に対する疑念が深まると思った。」「まぁ、それは…。」名村兄は図星だとでも言いたげに言葉に詰まる。「まぁアレも、アメリカの奴が企てたものか…それとも別の誰かに利用されたかはわからないがな。」「でも、確かに…あぁ、」一人何かに気づいたように口に手を当てる兄。「大和くん。…君はもうすでに気づいているだろうが…近頃、何やら公安が嗅ぎ回ってるようだ。」「えっ……!?」「…だろうな。何度かつけられていた。向こうから接触してくる様子はなかったから、特に何か話したでもないが。」それこそ、暗殺者に襲われた時や、名村妹と会った時だ。「何を調べてるのか、何を掴んてるのかは知らないが…、その4月の件をきっかけに動き出した可能性はある。」「ネットでもその時期には私達のことがうっすらと噂で広がっていたしな。」一番情報が拡散しうるのはネットだ。大和もたまに家族の共有パソコンでチェックをしていたが、ネットでは、有名人の代表者が死亡した3月頃から、他の代表者の話も出てきており、少しずつ噂が飛び交うようになっていた。『先天性毛髪異常症』の人間がなんらかのターゲットで命を狙われており…傍には軍服を着た人間ではない何かが…ほかの国でも同様に狙われていて…等。だが、内容が非常に信じがたく、非現実的であること、オカルトマニアや陰謀論者等、癖のある連中がアングラで盛り上がるような内容であったことから、表立って出てくるような噂ではなかった。今のところも、7/1に明かされた真実が流れている様子も無い。「だが人命に関わる出来事だ。しかもそれは、月日を追うごとに無視できないほどの事態に発展している。そんなものを国が“そんな馬鹿な”と放っておくこともできないだろう。もしかしたら公安以外にも、防衛相情報本部が動いている可能性だってある。しかも世界規模の話題だ。もしかしたらCIAが噛んでいる、なんてこともあり得るかもしれない。」「えっ…CIA…!?」「4月の件の調査なんて、特に海外が所掌だからな。…例えば、CIAが4月の行方不明者の動向を調査した際に、『突然現れ、消えた、軍服の男または女が近くに』いて…、『行方不明者が突然命を脅かされるように』なんて情報を得ていたら…。」「そして、首謀者が対象者リストなんてものを持っていた日には、私達にも辿り着くな。」「…CIAの情報収集技術は世界最高峰だ。ハッキングのエリートも大勢いるっていうしな。元々、『先天性毛髪異常症』っていうのは、世界でも稀な症例として論文やメディアに露出する機会も多かった。代表者が一般人とは言え、個人情報を集めることも可能だろう。…もし、CIAの調査が進み…全世界の代表者が特定できれば、各国の公安組織と連携を取って―――」そこまで言ってはっとする。「…いや…。どんなに守護者に能力があったとしても、たかだか一人の人間が、一般人ばかりの代表者のすべての情報を把握するなんてことは困難だ。少なくとも、1年っていう短い期間の中では不可能に近い…。」「えっ…?まさか、CIAもグルってこと…!?」「…流石にそれは無い、…とは思いたいが…。CIAだって馬鹿じゃないだろう。あるとすれば、CIAが4月の事件をきっかけに単独で調査を開始して、その情報をなんらかの形で、その守護者が得るかもしれないってところか。」「…」沈黙が下りる。そうなると、その守護者が有利な立場となることは明白だ。『一人でも生き残れば』なんてのは言ってられない状況になる可能性が高い。「…それに、代表者の数を減らす方法はそれだけじゃないしな。」「それは…、」その後の大和の発言を聞いて、驚愕する名村妹。兄は、その可能性も考えていなくはなかったようだ。「―――まぁ、あくまで全て私の想像だがな。代表者を殺した時、守護者が残るかもわからない。すべては最悪の場合を想定した想像だ。」「…」頭を抱える名村兄。「…この話を職場の連中に話したところで、俺の頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。公安とコンタクトを取るなんてことも難しいだろうしな。奴らが君らのことをどう考えているのかもわからない。」「だろうな。…まぁ、何事もなければいいんだ。今話したことも、ただの私の杞憂で終われば。だが…」そこで大和は少し悲し気な顔をする。「もし本当にそうなった場合…私一人では瑞穂を守りきれる自信がない。殺し屋に狙われた時も、不幸が重なった時も思った。…もし、『悪意のある人間に』『能動的に』…瑞穂の命が狙われた時、…そして、私の命が狙われた時――…私の対応が間に合わない可能性も出て来るんじゃないかってな。」そして、名村兄妹に向き直る。「だから、その時は協力を頼みたいんだ。」自分一人の非力さは理解していた。今までも、もしかしたらだた運が良かったからなんとかなっていただけなのかもしれない、なんて思うこともある。大和の言葉に、二人は「…言っただろう。俺も、『協力できることはする』と。…出来る限りのことはしてみせるさ。」「もっ…勿論、私もよ!私だって記者なんだし、何かしらは出来ると思うの!」二人の様子に、少し顔を緩める大和。「頭がおかしくなったと思われない程度にな。」「…そこなんだよな…、塩梅が…。下手したら休暇を取らされる可能性だってあるぜ。」その後は、どうやって警察を説得してくか相談する3人だった。