6月30日の夜中―――大和は読んでいた本から目を離すと、時計に視線を移した。そしてしばらく秒針を目で追う。やがてそれが12を差し、日付けが変わったのを確認すると、やや目を細めて、憂いを帯びた表情で思案する。だが暫くそうした後、何事もなかったかのように再び本に目を落とした。
次の日の朝―――「瑞穂、頼みがある。」「何?」「名村の兄妹を呼んでくれないか。」「なんで?」その時、豊里が部屋に入ってきた。「…お前等に、全てを話す。」私と、豊里の息をのむ音が部屋に響いた。
――――「それで…何故、今日になって話す気になったんだ?」名村刑事の提案で、名村さんの家に集まった。「…これまで話せなかったことが、今日、ようやく話せるようになった。それだけだ。」「…と言うと?」「それについて話すには、先に説明することがある。…だが、その前に。一つ断っておく。今から話すことは、お前等人間の理解を超えることばかりだと思う。お前等からしたら、俄かには信じられないことだとも。…多分、馬鹿げた話だと感じるだろう。当然だ。あまりにも非現実的だからな。だが、全て事実なんだ。…信じられなくとも、理解はしてほしい。初めから嘘だと疑う前に、まずは素直に話を聞き入れてほしい。」「…」大和の言葉でその場にいる全員にやや緊張が走った。豊里は生唾を飲み込む。「まず、この世界で何が起こっているかについて話そう。」そうして大和は話し出した。
「その前提として、…いきなりで悪いんだが…この世界には、…いや、この地球には、お前等が『神』と呼ぶものが確かに存在する。」「――…!!」4人に衝撃が走る。「…早速だね。」豊里が、まさかいきなりとは、と言いたげに冷や汗を流しながらつぶやく。「…言っておくが、ここからはもっと理解を超えるぞ。」ごくりと生唾を飲み込む瑞穂と豊里。対して、名村兄妹は平静を装っている。「…地球を統べる、超次元的な存在だ。地球の神、とでも言うのか。彼は、ずっとこの地球を管理していた。彼はここ最近の人間の行いに嘆いていた。自分達の種の生活向上のため、必要以上に他種を排除し、土地を支配し、環境を破壊、地球を壊していった。更には同種で争い、滅ぼし合う始末。他にも―――…まぁ、おそらく言わなくてもわかってるだろう、お前らは。」“お前ら”とは、“人間”を指していた。「今まで傍観していた神も、流石にこのままではいけないと考えた。彼の手に余った人間達をもうこれ以上野放しにはしておけない。神の我慢の限界が来て、…滅亡も考えた。」あまりに突飛な事実の羅列だが、どうしてかその内容については、そうだろうなと素直に受け入れられた。それは、人間自身が自覚し、それでも止めては来なかった、ごくごく当たり前の事実だったからかもしれない。よくある創作物でも出てくるような、在り来たりな内容だった。「だが何故だか、彼は単純に人間を滅ぼすことはしなかった。それどころか、とある“ゲーム”を思いついたんだ。」「ゲーム…?」そこから風向きが変わる。大和は、いよいよここから本題と言わんばかりに表情を引き締めた。「国ごとに一人、人間の代表者を選出し、彼らを利用したゲームの結果により、今後の人間の行く末を判断しようとした。」「!!」「はぁ…?」…まるでアニメや漫画のような話だ。思わず瑞穂からも間抜けな声が出る。だが、大和は構わず続けた。「期間は一年。今年の1月1日から、12月31日まで。代表者がゲーム終了後、一人でも生き残れば、人間の勝ち。人類滅亡は回避され、神は再び傍観に入る。ただし全滅した時は――――神の勝利となり、同時に人類の滅亡を意味する。」「!」「ゲームを実行するにあたって、神は様々なルールを設けた。まず、代表者達には期間中、各々の国で起こりうる様々な不幸が降りかかるようにした。具体的に言うと、その国で起こりやすい事件や事故に巻き込まれる確率が、代表者だけ極端に高まるようにした、ってことだ。それには誰か明確な敵がいるわけじゃない。操られているわけでもない。あくまで、ただ偶然に、代表者は”巻き込まれやすくなるだけ”。しかもそれは、“人間が起因として”起こるものに限る。…おそらくそうしたのは、人間側の”自滅”を意味させるためだろう。」ふと、これまで起こった不幸を振り返る。確かに、自然災害や動物被害によらず、何らかの形で人が介在したものばかりな気がする。「勿論、このルールによって人間側が圧倒的に不利になった。まして、代表者は完全ランダムで選ばれる。老若男女問われないんだ。そうなると当然、身を守る術を持たない一般人が多くなる。…あくまで、ゲームとしての体裁は残したいんだろうな。両者にとって平等となるような案を考えた。それが、人間側のハンデとして、『守護者』という存在を代表者の傍に置くことだった。」「…!」「守護者は、お前らが察しているように、正確に言うと人間じゃない。体内構造や性質、能力、他にもいろいろ…人間のそれとは異なる。ただ、見た目はほとんど人間で、思考や考え方も人間のそれと酷似しているがな。―――つまり、世界には存在する国と同じ数だけ、守護者と代表者のペアが存在する、ということだ。」そこまで一気に話したところで、大和は瑞穂へ目くばせした。「これで大まかなことは話したが…――もう、わかるだろ。」瑞穂も冷静にそれに応える。「…つまり、あんたが守護者で、私がこの国―――日本の、代表者、ってことね。」「そういうことだ。」しばし、その場に沈黙が下りる。最初に口火を切ったのは、名村兄だった。「…悪いが、その話を信じろと言われても、『はいそうですか』とはいかないな。」それには他の3人も同様のようだった。「…まぁ、無理もない。特に日本人はこういった話は信じがたいだろう。…正直、私も話すのが嫌だった。」それにも関わらず、真面目に淡々と説明をしてくれたのかと、瑞穂は少し大和に同情した。だって大和が、冗談でこんな事いう筈がない。無いのだが…。「…突飛もない話過ぎて…っていうか、思ってたよりずっと壮大で…。」理解が追い付かない、と豊里。「…そうね。神様とか…その神様が仕組んだゲームだとか…人類滅亡とか言われても…。…全然ピンと来ないわ…。」と、名村妹。だが、このまま悩んでいても仕方がなかった。少しして、再び名村兄が口を開く。「…まぁわかった。取り敢えずは事実がそうだとして、一度受け入れよう。その上でいろいろと聞きたいことがある。」「あぁ。なんでも来い。」「そうだな…。まず、今日になって全部話せるようになったってのは、どういうことだ?」「半年が経過するまでルールの詳細を話してはならないという決まりがあった。そして、先日の7月1日にそれが解禁された。」大和のその発言に、えっ、と瑞穂が噛みつく。「その時に言いなさいよ!!」「平日だっただろ。それに、今更詳細を話したところで状況は何も変わらないからな。多少遅くなっても構わないと判断した。」「…まぁ、そう…なのか。」そんな大事なこと、と呆れたような瑞穂の隣で、名村妹が質問する。「…ちなみに、話していたらどうなっていたの?」「ルール違反ということで、その時点で私の存在は消滅していた。」「!!」当初、何度も言っていた『言えない』という言葉の数々―――…「…だから慎重になってたんだ。」「そうか。守護者がいなくなってしまえば、非力な代表者はすぐにでも…――あ、いや、すまん。」名村妹、兄に肘鉄 だが瑞穂はあっけらかんと答える。「いいよ、事実だし。そういうとこはぼやかさずはっきりさせとこうよ。…それに、もう何度も死にそうな目に遭ってきたわけだし、今更よ。」先ほど、『一人でも生き残れば』という話があったにも関わらず、そう言う瑞穂に名村兄妹も覚悟を決めたのか、戸棚からホワイトボードを取り出し、マジックの蓋を取りながら大和に向き直る。「ちょっと整理したいから…ゲームについて、もう一度簡潔に説明してもらえる?」「…いいだろう。」
◆ルール
・ゲームの期間は一年。元旦から、その年の大晦日まで。
・ゲームの期間中、国の代表者である人間一人の、その国で起こりうる不幸の遭遇率が高まる。
・代表者は国ごとに一人ずつ存在し、生まれつきこのゲームのための役割を担っている。
・代表者が全滅すれば、人類の負け。人類は全て滅亡する。
・代表者が一人でも生き残れば、人類の勝ち。人類は存続できる。
・ゲームとしての均衡を保つため、人類側のハンデとして守護者なる存在を作り、各代表者の元に一人置く。
・代表者が不幸により死ぬと、その時点で守護者も消滅する。
・守護者はゲームに関する詳細を代表者に話してはならない。ただし、半年経てばその制約は解除される。
「こんなところか。」書き出した文字の羅列を見て、名村妹が不思議そうにつぶやく。「待って。肝心の、『守護者は代表者を守ること』っていうのがないわ。」「単に言い忘れただけでしょ?」瑞穂の質問に、大和は口を開いた。「いや。その通りだ。そんなルールは存在しない。」「へ?」「そこに関して、明確な決まり事というのはないんだ。私達は自分を、”守護者という存在”、だと認識しているにすぎない。言わば、名前だけの役職。つまり、守護者が代表者を守ろうが守るまいが、ルールとしてはどちらでもいいんだ。」「それって…。」「さっき言ったように、守護者は人間と中身が大差ない。自我があり、それぞれに考えがある。守護者の人間性…と言っていいのか。だから、己の考え・判断で行動することができる。自由意志でな。」「じゃ…っじゃあ、あんたの言う守護者が、人間嫌いの奴だったら、代表者を自分で殺しちゃっても構わないってこと!?」瑞穂の言葉に、重い口を開く大和。「…ちなみにだが、ルールは今言ったもので全てになる。逆に言えば、守護者及び代表者は、それに抵触する行為以外、何をしても問題はないということだ。行動に制限が少ない。…そして、『守護者は代表者を手にかけてはならない』なんていうルールは存在しない。」「「…!!」」「守護者には、代表者を守る”権利”はあっても、”義務”はないということか…。」「そうだ。」「…」それで合点がいった。出会ってから数か月の間の、大和の様子。自由意志だからこその、『悩み』や『葛藤』。「じゃあ…守護者の『守護』って、本来は何を守護するって意味なの…?」「…さあな。私達にはわからない。さっきも言ったように、『私達は“守護者”という存在だ』ということしか知らない。…すべては、神のみぞ知る、ってやつだ。」困惑する4人。「…それって、このゲームは、守護者によって命運が左右されると言っても過言じゃないじゃない…。」名村妹の呟きに、大和も「そうかもな。」と答えた。重い雰囲気の中、それをぶち壊すように瑞穂が一人、口を開く。「じゃあ私は幸運だったってことね!」「…は?」思わず豊里が間抜けな顔で言葉をこぼす。「だって、大和が守護者になってくれたんだから。」「!」確かに今の話だと、守護者それぞれにも人格や価値観、信念などがあるようだ。人間達と共に暮らし、それが確固たるものになる者もいれば、揺らぐ者もいるだろう。そんな中で、『瑞穂を守る』と志した大和が傍にいることは、何よりも幸運と言えた。瑞穂の発言にふっと笑った大和は、「当たり前だろ。」と得意げに笑った。そんな二人の様子に、どこか安堵する3人。「ちなみにだが瑞穂、勘違いしないでほしいことがあるんだが…。」ふと思い出したように話を変える大和。「何よ?」「お前が巻き込まれている不幸については――…お前が、周りを巻き込んでるというわけじゃない。それぞれの不幸は、起こることが確定している事象なんだ。本来は別の人物に降りかかる筈のそれ、その対象・被害者が、お前に切り替わるというだけだ。」それも大和の優しさなのだろう。それが事実だとしても、そうじゃないとしても、そういったことをはっきりと言ってくれる大和に、瑞穂は信頼を寄せていた。「それなら…まだ気楽かな。」瑞穂と同様に、豊里と名村妹もその情報にほっと胸をなでおろす。大和を見ていた豊里が、ふと思い出した。「そうだ。その首の数字は結局なんなの?」言われて目線の先を見る。「あぁそうだ、忘れていた。これは――――…“生き残っている代表者の数”だ。」「!!」「なんでそんな大事なこと!!」「だから忘れてたって言ったろ。」「ちょっ…見せて!!」皆して大和の首元に近づく。やれやれといった風に襟元をどかす大和。「今、どうなっている?」大和の問いかけに、豊里が答える。「・・・・五十、二」「―――!!」その場にいた全員が目を見開く。「…って、世界って何か国あるんだっけ?」豊里が質問すると、名村兄が答える。「…国として承認されているか、というのもあるが…少なくとも190以上はあった筈だ。」「!えっ…?じゃあ待ってよ…たった半年で、もう三分の一以下になってるってこと…?」「…そうなるな。」大和はそう答えはしたものの、瑞穂の問いかけに目を見ては答えなかった。…いつの間に。そう言いたげな顔をして。「…まぁ、日本よりも治安の悪い国の方が数としては多い。それだけとは言えないかもしれないが…。」名村兄がフォローとでも言うように付け加える。「って言っても、半年で残り僅か52…。」「…ってことは、140以上の代表者が、もう…。」瑞穂の呟きに4人の視線が集まる。それに気づいた瑞穂は慌てて取り繕う。「えっ?やだ!大丈夫よ!別に気にしてるわけじゃないし!」手を横に振って、皆が思っているであろうことを否定する。だが、明るく取り繕ってもその空気が変わらないことに気づいた瑞穂は、暫くして諦めて手を下ろした。「…いや、他の国の代表者たちも、今頃この話聞いてるんだろうなーって思って。…私には、皆がいてくれるけど…。もしかしたら、孤独に頑張ってたり、怖くて脅えてる代表者もいるのかなって。…亡くなった代表者の人達も、…本当はもっと、生きたかったでしょうに。こんなことに巻き込まれて…。…なんか、酷いよね。」神とやらに対し、若干の怒りを滲ませる瑞穂。「っていうか、このゲーム理不尽すぎじゃない?ゲームのプレイヤーである人類側には半年経つまで何も知らされないっておかしいじゃない。ゲームを公平にするために守護者を、って言っても、その守護者の役目の設定も曖昧じゃあさ、」「…これは、神なりの譲歩だ。」瑞穂の言葉を遮り、やや言いづらそうに大和が答える。「…譲歩?」「昔からよくあるだろう。良くない行いをした人間には罰が下る、と。…これまで、人間が何をしようと、いつか改心してくれるだろうと思い、目を瞑ってきたんだ。…にもかかわらず、人間達は変わらなかった。」「…」「…言わずともわかっている筈だ。人間達は、わかってる。わかってて、これまで何もしてこなかった。」まるで神の代弁だとでも言うように語る大和は、どこか物悲しそうだった。名村兄は、先日の殺し屋襲撃の件を思い出した。『人間』という大きな括りで見た時、その中には『悪意のある人間』も含まれている。―――ここまで急激に代表者が激減した原因の中に、その『悪意のある人間』がいるかもしれないと感じていた。そして、これから先の半年、そんな輩が瑞穂を狙う可能性も―――。…おそらく、大和もそう思っているからこその発言。はっとして大和はバツの悪そうな顔をした。「…いや、悪い。別に私は…」他の代表者を想う瑞穂の気持ちを否定するようなことを言ってしまったことを謝罪する大和。…しかも、話の流れからまるで代表者に非があるように捉えられても仕方がなかった。それは、巻き込まれてしまった瑞穂自身にも当てはまることで。「…わかってるよ。」不幸に出会う過程で、『悪意のある人間』にも出会ってきた瑞穂は、大和の言わんとしていることがなんとなくわかっていた。だが、その言葉を挟み込むタイミングが悪かった。少し気まずくなってしまった空気に、再び瑞穂が慌てて話題を変える。「…取りあえず!今の話で、これまで意味のわかんなかったことも全部説明ついたし、大和と私のこともよくわかった!これからのことは、またこれからじっくり話せばいいわけだし…。ともかく、私はスッキリした!」だが、他の3人はそうもいかないらしい。大和に目を配ると、『致し方ない』とでも言いたげだ。そんなみんなの様子に、落ち着いたように呟く。「…何より、今始まったことじゃないじゃない。これまでずっと、向き合ってきたことだし。変わらないわよ。このことをいつ知ったところで、私に何ができそうもなさそうだし。」そんな瑞穂の肩を掴み、3人の方へ向く大和。「今日は取りあえずこの辺りにしよう。整理したいこともあるだろう。…何かあれば、また聞いてくれ。」そうして、この場はお開きになった。
――――――「…どう思う。」ソファに座り込み、ウイスキーを片手に、名村兄が問いかける。「…とてもじゃないけど、信じられない。…と言いたいところだけど、辻褄は…あうわね。」テーブルに突っ伏し、片手でワイングラスを遊ばせながら名村妹が答える。二人とも、先ほどの話に頭を悩ませていた。酒でも飲まなければやっていられない。「瑞穂ちゃんの不幸だって…、大和ちゃんのことだって…、そうじゃなきゃ、説明がつかないもの…。」「…俺も、彼女の人間とは思えない動きを見てきた。」名村妹はワイングラスの中で鈍く輝くワインを見つめる。「でも、人間らしいところも私は知ってる。」「!」「大和ちゃんが嘘をつくような子には見えない…。」瑞穂とのやり取りからしても、真実としか思えなかった。そんな妹の言葉を否定するでもなく、兄は残り少なくなったウイスキーを一気に飲み干した。
――――――3人で家に一度帰ってから、私と大和は外に出た。珍しく、大和の方から誘ってくれたのだ。豊里は私達に気を遣ってか、ついてこようとはしなかった。しばらく歩いて、私達二人は高台に上った。そこで、柵に寄りかかりながら町を眺める。もうすっかり日が暮れてしまった。天気は良いようで、空にはちらほらと星が出始めている。「…悪かった。」しばらくぼうっと眺めていると、大和の方から声がかかる。その声には覇気がない。何のことを言わんとしているかはすぐにわかった。「もー、気にしすぎ!大丈夫だってば!」そう言ってバシッと背中を叩く。「…それもそうだが…。」そう言う大和の表情は変わらなかった。…きっと、今日の話全般を言っているのだろう。「何、私がショック受けてるとでも思ってんの?」「何も思わないことはないだろう。」「それはそうだけど…」そう言われて、夜空を見上げながらもう一度考える。「別に不幸は、今に始まったことでもないし…。そもそも、私達が皆死んだら、人類全員道連れだし…、私だけ死んで、他の人が生き残ったらそれはそれでよかった!ってなるし…。まぁ、もうなるようにしかならないでしょ!」もしかしたらまだ実感がないだけかも、なんて言う風にも思うけど、今はそう思っていることは間違いないから、そのままの気持ちを述べる。「…それよりも私はさ、」「…なんだ。」少し言いづらいが、言葉に表す。「――…さっきの話だと、一年経ったら大和は…」先ほどの話だと、大和――守護者は、ゲームの“駒”として召喚されただけの存在。ということは、ゲームが終わったらお役御免ということだ。つまり…。私の言葉に、驚いたような顔をする大和。そして次の瞬間、「…お前って奴は…。」はぁ~~~…と大きなため息をつきながら、片手で頭を抱えた。「なっ、なによ!」「そんなことよりもっと重要な話がいっぱいあっただろ…。」まさかそんなことを…、とか、気にするところはそこか?とでも言いたげだ。そんな大和の様子になんだか無性に恥ずかしくなって、柵から身を離し、大和に仁王立ちで向き合う。「あ、あのさぁ!!私にとっては大事なことなのっ!!」やけくそに思いのたけをぶつける。「だって、あんたがいるのが当たり前になってて…!まさか、いなくなるなんてこと…!!」そんな私の言葉に、大和が顔をこちらに向けてきた。―――今まで、意識したことがなかった。大和が、いなくなる。いつの間にか、こうやってこいつが隣にいることが当たり前になっていたし、これからもずっと一緒にいるものだと思ってた。でも、さっきの話を聞いて、これがゲームだってことを理解して…。―――勿論、死ぬかもしれない、とか、人類が滅びるかもしれない、家族や友達とも離れ離れになるかもしれない、というのが怖いのは間違いない。それはそうだけど…。大和は、この半年、私のずっとそばにいて、ずっと守ってくれていた。そしてようやく、信頼関係を育んできたというところで、この話だ。私にとっては、一番イメージがしやすくて、一番身近な問題だった。「…本当に、馬鹿な奴だな。」ふと気づくと、大和は私の目の前にいた。見上げた大和は、優しい笑みを浮かべていた。そして大和は、やや乱暴に私の頭をなでる。「うぅ~~~~」子供扱いしやがって、と抗議の声を上げるが、少しこみあげてくる涙にそれ以上の言葉が何も出てこなかった。またしても大和は笑って、私の目元を拭った。――――「…そういえばさっき、代表者は生まれつき決まってる、って言ったけど…もしかして、私のこの髪って代表者っていうのに選ばれたせいだったりする?」気を取り直して、再び二人して柵に寄りかかり、話の続きをする。「あぁ。代表者は全員、生まれつき特殊な髪を持っている。特にその色、…擬態、というものがあるだろう。本来生物は、天敵から身を隠すために派手な体色は避け、周りに溶け込めるような目立たない色になるものだ。代表者は、不幸の標的として機能するためにそうなっている。特にお前はアジア人だからな。」「ふーん。だから染められもしなかったんだ。」「そういうことだ。」「…なんか特別なもんだと思ってたけど、そういう意味の特別だったとはねー…。」「でも、お前にはこっちの方が似合ってるな。」「…そりゃどーも、…っていうか、それ褒めてる?」「性格に合ってる。」「どういう意味…?」「フッ、どうだかな。」殴り掛かるフリをするが、あっさり拳を止められる。「それにこっちとしても見つけやすいしな。」拳を下ろされ、解放された。「ん?もしかして、本来はそのためなんじゃないの?」「…そう言われると、そんな気もするな。もう何がなんだかわからないな。」「あはは!”神の遣いの守護者”なのに?」「さっき説明しただろ。いろいろと雑で説明不足なんだよ。」この世界の行く末を決めるゲームなのに。プレイヤーにこんな風に言われちゃうような仕様だなんて、なんだかおかしくなって笑ってしまう。当事者の私達がこんな軽いテンションで話しているのも変な話だろうけど。「なんか、名村兄妹はあんまり信じてなさそうだったね。」「そりゃそうだろ。人類滅亡だぞ。その上神だゲームだなんて…。私が同じ立場でも信じるか怪しいな。」そう言いつつ、少し考えるそぶりを見せる。「まだ、奴等に言うのは早かったか…?」「別に良かったんじゃない?ずっと大和の正体も知りたがってたし。言うなら早い方が良いでしょ。疑われたままってのも、大和だって良い気しないでしょ。」「…」その瑞穂の発言に少し黙る大和。「?どうしたの?」「…今だから言えるが…私はずっと、私が“人間じゃない”、ことを自ら明かそうとはしなかった。お前達人間からしたら、“異質な存在”だろうと思っていたからだ。…だが、お前や豊里達は、あっさりと見抜いた上に、何の問題もなく受け入れただろ。正直、拍子抜けしたんだ。」「…そういえばあんたさ。さっきから、自分が人間じゃないっていうけどさぁ、…いや、あたしも結構…ううん、かなり言ってたし思ってたけど…。…今は違う気がするのよねー」「…っていうと?」「いや、勘が鋭くて、大分体が頑丈なだけの、ただの人間、って思ってる。」「・・・」そう言われて、大和はどんな気持ちなんだろう。私はただ、率直に思ったことを言ったけど、大和にとってそれが、好意的な表現だったのかはわからない。沈黙する大和を見ながら、私はふと、ずっと聞きたかったことを思い出した。「そういえば…。あんたが言ってた『迷ってる』っていうのは…やっぱり、『人類を助けるかどうか』って話だったの?」私の質問に大和は考え込んだ。頭を切り替え、昔の記憶を辿っているのだろう。「…正直最初は、いっそ滅亡した方がいいのかとも思っていたんだ。」「!」「人間達の行いを良く思っていなかったのは私も同じだった。」…だから、さっきの発言だったのかと改めて認識した。「…だが、神の意志と関係なく、自分をこの国の守護者としてみなし、私の意志で考えた時…。日本人はもしかしたら滅んでしまった方が楽なんじゃないかとも思ったんだ。生きることを、心の底から幸せだとは思っているのか?本当に人生を楽しんでいるのか?そう思わずにはいられなかった。鬱病患者や精神疾患者、自殺者も多く、勤勉が故に追い立てられる様も知っている。時間や何かに追い立てられる日々では、生かしていても辛いだけなんじゃないか、…とかな。」「…そっか。だから…。」私は、スカイツリーで話したこと、そして、お花見の時の台詞を思い出した。「でも、お前を見ていて、お前と話してから、考え方が変わった。いや、見方か。…私は、”人間”と向き合って来なかっただけなんだと、気づかされた。」「ふーん…。じゃあ私のおかげ!?」ばっと自分を指さす瑞穂。いつぞやの温泉でのやり取りを思い出す。そんな大和に、体ごと向き直る大和。「そうだな。」またしても、優しそうな笑顔で答える大和。―――そんな大和の大きな決断に自分の言葉が影響していたのか、と驚く瑞穂に、大和は構わず続ける。「そもそも私は、お前を気に入ってしまった。―――お前を死なせたくないと思ってしまった。」なんて爽やかな笑顔だろう。まるで、憑き物が落ちたみたいだ。「勿論、お前のおかげで人間を生かしたいと思えたのは事実だし、沢山の人間と関わって、死なせたくはないと思える者も大勢できた。―――…だが、最早それ以前の問題なんだ。」その遠い目の中には、両親や豊里、陽葉や清香達も含まれているのだろう。そして、最後に瑞穂を見つめる。「私はただ純粋に、お前を守りたいから守るだけだ。」夜風が体を駆け抜ける。―――…今は桜の花びらもないし、周りに人もいない。本当なら、恥ずかしくてしょうがないのかもしれないけど―――…。…今はただ素直に、大和の気持ちが嬉しかった。最初に神社の階段で会った時の冷たい目からは、考えられないほど優しい目をしている。…大和は、出会った頃から明らかに変わった。1月に出会ってから今日までの大和との出来事が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。その果てに伝えられた、大和の瑞穂への想い。その言葉を感慨深く噛み締める。そして、「…私さ、あんたが守護者で本当によかった。」一度伝えたことだが、もう一度―――今度は、大和の想いに応えるように、飛び切りの笑顔で言い放った。そんな瑞穂の返答に、大和も応える。「…私も、お前が代表者でよかった。」そうして二人で笑い合った後、瑞穂は大和へ手を差し出す。「これからもよろしくね!」大和も同じく、手を差し出した。「あぁ。」そう言って握手を取り交わした。
―――――「…ほんっと、あんたらびっくりするくらい変わらないね。」そういう豊里の視界には、いつものようにだらしなくソファに座り、テレビを眺める大和と瑞穂の姿が映っていた。
―――――「まさか君に呼び出されるなんてね。」そう言う名村刑事の前には豊里の姿が。「なんか期待させちゃいました?」「おいおい、勘弁してくれよ。俺にそういう趣味はない。」「冗談です。名村刑事なら、どうせわかってると思いました。何の話か。…先日の件、どうせ信じてないだろうなーって思ったんで。念のために。」そう言って携帯を操作する豊里。「まあ…これくらいしか用意できませんでしたけど。」と言うと、それを名村刑事に差し出した。受け取ると、そこには写真が。「これは…。」「3月に撮った、大和の首筋の写真です。日付、入ってますよね。」「!」 そこに刻まれているのは、先日自分の目で見た数字よりも数が多かった。「それから…こっちが、大和が怪我をした日の写真と、治った日の写真です。」「―――…切り傷が、たったの3日で跡形もなくなっているな…。」「はい。その後も何度か撮ってあります。」――――『ねぇ大和、首筋の数字と、怪我のところ写真に撮らせてくれない?』『写真?』『そ。もしもの時のために、大和が人間じゃないってことを証明するために必要かなって。他に証拠っていう証拠ないでしょ?』『…そういうことか。』『動画とかも考えたけど、CGって疑われると思うからさ。携帯で撮った写真なら、いくらか信憑性あると思うんだよね。まあ、大して効果はない気もするけど…。一応ね、一応。』『確かに必要かもしれないな。』『…大和の今までの言動から、今起こってることが非現実的なことかもしれないってことはわかるよ。だからこそ、何かあった時――誰かを理解させたいって状況になったら、大和が人間じゃないってことをわからせた方が手っ取り早いと思ったからさ。…きっと、そういうことなんでしょ?』『…お前は本当に、瑞穂のことを思ってるな。』『…べ、別にそういうわけじゃ…。…でも、そう言う意味なら、大和のことだって思ってるよ。』『!』『私も、何か役に立ちたいの。』『…ありがとう、豊里。』 ――――加工アプリをダウンロードした形跡もない。「なるほど…。しかし、何故あの時に見せてくれなかったんだい?」「お二人は結構瑞穂たちと接触してきたって聞いたんで、大和が人間じゃないことはどうせ薄々気づいてるだろうなと思ったんです。証拠としては弱いし、わざわざ見せるものじゃないかなって。あの話で肝心なのは、ゲームの話の方だったし。…でも、後になって、やっぱり見せておいた方がいいかなって。折角撮り溜めてたから。」「…そうか。」「…そりゃ信じられないかもしれないけど…、私達…いえ、瑞穂と大和にとって頼りになれるのは…、お二人くらいしかいないんです。だから…何かあった時は…どうか、お願いします。」眉間に皺を寄せ、険しい顔で頭を下げる豊里。これから二人に降りかかるかもしれない出来事を危惧して不安に思っているのだ。一番近くにいて、誰よりも二人の身を心配する豊里。己の無力さを自覚しているが故の頼みだった。他に大人の知り合いなどいない。名村兄妹は、彼女たちにとって唯一の頼みの綱なのだ。その小さな体にどれだけの気苦労を抱えているのだろう。悟った名村は、豊里の頭に手をのせると優しく撫でた。少しでも安心させられるようにと「ありがたく受け取っておくよ。」