『今度の夏祭りどうする?』「あー…それなんだけどさ。二人には悪いんだけど、…今年は、大和と二人で行こうと思うのよね。」真実が明かされてから二カ月経とうという時期だった。もうすぐ夏休みも終わり、という時期にも関わらず、世間は静かで、未だ自分達が平和に過ごせているのが不思議なくらいだった。でも、平和は平和なうちに享受するべきで、どうなるかもわからない先の不安に無駄に神経すり減らしているよりは、今できることを、目の前の楽しいことを全力で楽しんでおくべきなのだ。そもそもこんな、人類規模の、しかもファンタジックなこと、ただの一市民が今どうこうできるわけでもないんだから。“今年は”―――陽葉も何となく何かを察する。「そっか。わかった。」
―――「陽葉と清香は良かったのか?」「うん。人混み行くし…、毎年一緒だから。今年くらいいいかなってね。豊里も友達と行くって言ってたし。」取りあえずいつもの私服で、夕方は屋台を回ることにした。その後一度帰って、二人で浴衣に着替え、夜に土手で花火見る予定だ。屋台でガス爆発が起きそうになったり、食中毒の危険があったりと相変わらず不幸は身近にあったが、それなりに楽しい時間を過ごした。
<射的>「ね、ね!大和!アレほしい!とって!」「…仕方ないな。」私が所望したぬいぐるみを、いとも簡単に取る大和。…5月のヤクザ相手の時も思ったけど、やっぱり銃の腕前もすごいんだ。「す、すごい…。」「次は何がいいんだ。」「…なんか、屋台のおじさん可哀想だからこの辺でいいよ…。」
<金魚掬い>「あっははっ!大和また破った~!」「…このポイ、不良品なんじゃないか。」「何言ってんのよ。私は三匹掬ったもん。」そう言って私はドヤ顔で金魚を見せつけた。「…」破れたポイを見ながら眉間に皺を寄せる大和。「…あんたにも、苦手なことあるんだね。」その様子を見ながらついにやけてしまった。大和はというと、そんな私を一瞥して、再びポイに目をやると、どこか寂しそうな表情を浮かべた。「…そりゃな。私にだって…できないことくらいある。」その時大和が何を思ったのか。…思い過ごしかもしれないけど、これまでのことからなんとなく察した。なんであれ、今ここで突っ込むことではないだろうと思い、その先を深く聴くことはなかった。「なんだ。幻滅したか?」質問を投げかける大和は打って変わっていつも通りになっていた。「ううん。寧ろ良いなって思って。なんか。」私も、そう返しながら、先ほどのように明るい表情を浮かべる。「…なんだそれ。」だからさっきにやけてたのかと。でも何が“良い”んだかさっぱりわからない、とでも言いたげだ。「さあね。」私ははその先を答えるつもりはなかった。一人満足したように微笑むと、立ち上がり大和の手をとって「もう行こ」と言った。――そういうところがあるからこそ良いのよ、なんて、そんなこと言ってやらないけど。完璧じゃない、長所も短所もあるのが人間臭くて良いと思っていた。
その後も、「大和はなんか食べてみたいのないの?」と言って、りんご飴やらチョコバナナやら、たこ焼きやら食べ物巡りをしていた。私が夢中で綿あめを食べていた時。“また”大和がどこか別の方向へ視線を動かしながら、何かを気にする素振りを見せたから、声をかけようとしたけど、「―――…」なんか、怒ってる?と思って、すぐに声をかけられなかった。その気持ちが表情に出ていたのか、大和はこちらに気づくと、いつもの顔に戻った。「どうした。」「なんか今、怒ってた?」「怒ってない。」「…うそだぁ。」「…人が多くて、ちょっと疲れただけだ。」「あっ…」そうだ。楽しくてすっかり忘れてた。バツの悪そうな顔をすると、大和が訂正する。「いや、悪い。そういうことじゃない。」「まぁでも、そろそろ時間もいいし、戻ろっか。」「…あぁ。」「そういうことは今後、早く言ってよね!!私も気づかない時あるし。…ごめんね。」「…お前が謝ることじゃない。」なんとなく気まずくなって、その後あまり話さないまま帰路についた。
―――私も大和も、どこかピリピリしてるのかもしれない。平気なフリをしてるけど、『もしかしたら何か起きるかもしれない』…なんて不安を、心のどこかで抱えたままなのかもしれない。
―――「へ?」「大丈夫よ!きっと。だから大和ちゃんも♡絶対可愛いわよ~!」家に帰ると、お母さんが浴衣を準備して待っていた。…しかも、大和の分まで。渋る大和を説得する。「折角のお祭りくらいいいじゃない。大丈夫よ、いつもの土手だし、周りには危なそうなものなんて何もないから!」「そうよ。お母さんも大和ちゃんの浴衣見たい~♡」二人でお願いするように言う。私達の押しに負けたのか、ため息をついて受け入れる大和。お母さんと二人、顔を合わせて笑い合う。―――「ほらやっぱり可愛い~♡」「へ~!いいじゃんいいじゃん!」薄紫の浴衣を着て、お母さんに髪を結いあげられた大和はどこぞの大和撫子の風貌だった。…流石、こういう恰好をすると綺麗な大人の女性感が溢れる。そして私は、青色の浴衣。「…苦しい。」「そういうもんだから!浴衣って。」「動きづらい…。」「大丈夫大丈夫!」照れ隠しのつもりなのか、ぐちぐち文句を垂れる大和を引っ張って外に連れ出していった。「お母さんはいいのか。」「お父さんと二人で見るからいいの。」いつもの土手に行くと、他にも人がちらほら来ていた。大和と並んで座ると、花火が始まるまで待つ。「…こんな時になんだが、ずっと疑問に思ってたことを聞いてもいいか。」「何?」「…お前は、『どうして私が』…とは、思わないのか。」あまりに素っ頓狂な質問に、一瞬呆けてしまったが、真剣な大和の様子に真面目に考えることにした。だけど、「そういえば、思ったことないかも。」きょとんとした顔で答えた。「だって、大和がいるから。」大和がいてくれるから、大和が守護者でいてくれるから、そんなこと考えもしない。私も頑張らなきゃ、と思える。その私の答えに喜ぶどころか呆れる大和。「…そうか…能天気というかなんというか…。」「何それ!?ちょっとは喜びなさいよねっ!!」グーパンチしようかと思ったが受け止められた。そうこう言ってるうちに、花火が始まった。二人して、花火に見とれる。誰かが「た~まや~」とか言ってるのが聞こえた。「…すごいな。人間ってのは。」「ん?」「自分達で何もかも生み出してしまうんだからな。」「…何もかもでは、ないよ。」私の言葉に、大和が振り返った。「あ…いや、ごめん。なんでもない。」「なんだ。言ってみろ。」「んー…いやでも…。」「いいから。…聞きたいんだ、お前の意見。」少し渋ったが、口を開いた。「…私達って、元々地球上にあったものを応用したり、利用したりで新しい何かを作ってるわけでしょ?だから…完全に人間が作り出したものかって言うと、そうだともそうでないとも言えるっていうか…。…そりゃ良い物ばっかりじゃないし、地球とか、他の生き物とかに悪影響与える物だったりもするけどさ。…貪欲というか、好奇心旺盛というか…出来るかもしれないことはやりたくなっちゃう質なのね、人間って。でも生き物なんて、みんなそんなもんでしょ?自分の限界に挑戦したくなる時とかあるじゃない。…別の可能性が生まれる期待だってあるし…。そもそもが、何か良いことに使おうと思っての研究だったのに、悪用されて…なんてこともあるし…。でもそういうのって全部、人間がたまたまそういうことをできちゃう能力を持って生まれたからで…。」黙ってその続きを促す大和。「…何が言いたいかっていうと、…正直さ、人間のしてることも、『自然の一部』とはならないのかなって。…人間だって、『自然から生まれた』『自然の一部』なんじゃないの…?…地球の営みの一つなら、私達人間の行いだけが咎められるのって、なんなんだろうって。…とか、なんかどっかから怒られそうなこと言ってるけど…。」「…なるほどな。そういう見解もあるか。」「!…ね、そう思わない!?」私が前のめりに言うが、大和は冷静に返す。「…どんな生物だって争い事はする。人間にはたまたま武器も兵器も作れる技術があったというだけで、やってることの本質は変わらない。お前の言う通り、素材が元々存在していて、そこに人間の知恵が加わることで人間の創造物は完成する。0から作った物なんかじゃない。この花火だってそうだ。それが良いか悪いかなんてともかく、作れたから作った、それだけの話だ。…そもそも、良い悪いの基準なんて、人間が勝手に決めた縮尺だしな。」うんうん!そういうこと!そういうことが言いたいのよ!と首を縦に振る。「まして、こんなにも複雑な思考や感情を持った人間すべてに良識的な行動を、と言ってもそんなのは無理な話だ。完全に統率のとれる生物なんていないし、誰かがやらずとも、別の誰かがやる。「異」というのは、必ずどこにでも存在するものだ。…悪いことばかりでもないしな。医療を充実させたり、環境を再生させたりと、技術や思考は良いことにも使われている。」そこまで言うと、目線を花火に向けた。「…まあ、こんな理屈が彼に通用するかはさておきだがな。あくまで一つの視点の話だ。しかも、人間に大分肩入れしたな。」「まあ、そうよね…。」「でも、お前の気持ちはわかる。そういう考えも、悪いものだとは思わない。何より私は、お前たち側の存在だしな。」そう言って笑う大和に、私は満足して座り直し、花火を見上げる。「…私達って、感性が似てるのかもね。」「――…」それは確かに、そうかもしれない。だからこそ、話を理解し、通じ合えるのかも。「似た者同士、ってことね!」「…なんか腑に落ちないな。」「なんでよ!?」「お前みたいな単細胞と一緒にされたらかなわないな。」「はぁ~~~!?」怒る私に笑う大和。「冗談だ。――そうかもな、似た者同士なのかもな。」その顔は、どこか嬉しそうだ。「…あんたは、一度ふざけないと気が済まないタチなわけ?」「瑞穂をいじるのが私の生き甲斐だからな。」「得意げに言うな!!ていうかそんなもん生き甲斐にすんな!!」―――…あぁ、こんな日がずっと続けばいいのになんて。
そして、楽しい思い出に溢れた夏休みに終わりが近づいていた。
【小話】
<夏休みの宿題が終わらない>
夏休み前半:「瑞穂、そういえば課題はいいのか。」「いーのいーの!後でちょっとずつやればいいのよあんなの。」「そんなこと言って、後で泣きを見ても知らないぞ。」「あのね、こっちは長年の『夏休みの宿題経験者』なんだから!ペース配分くらいわかってるわよ!」
夏休み終盤:「…」「このペースだと終わらないぞ。」「今集中してるんだから話しかけないでっ!!」「だから言ったんだ、先にやっとけって。」「ぐぬぬ……!!」