9月中旬


オバサン襲撃事件もあったし、警察は本格的に動いてくれるだろうと思っていた。――が、実際はその動きはお粗末なものだった。
瑞穂周りのパトロールをしてくれるということで、警察から申し出があった。どうやら近頃の瑞穂関連の話は両親の耳にも入っているらしく、両親もすぐに承諾―――どころか、警察側へ逆にお願いをする形だった。だが実際のところ、パトロールと言っても名目に過ぎなかった。付きっ切りの張り込みや監視などは殆ど無く、家の周辺を警察官がたまに巡回するだけだった。というのも、警察自体が、瑞穂と大和を訝しんでいる節があったためだ。ネット上の噂に関して、根も葉もない噂が広がるわけも無いだとか、悉く狙われることに関しても、「狙われるようなことを何かしているのでは?」など、まるで瑞穂達に非があるかのような見方を向けられていた。更に警察の中には、何者かの襲撃に遭うのは"たまたま"であり、特定の犯人の仕業とは限らないのでは、といった考えをする者もいた。
――――ベンチに座る大和と名村兄。大和は前かがみになりながら呟く。「あれじゃあ何の意味もない。」「…悪いが、現状日本の警察にできることはあの程度だ。…警察って組織は基本的に、事件やら犯罪やらが発生した"後"じゃなければ、興味を示さないもんだしな。まして、瑞穂ちゃんの場合は『不幸』もある。…瑞穂ちゃんの不幸ってのは、場所も相手も定まってない上に、不定期だ。『意図しないもの』と『不幸』が重なれば…"命を狙われているから助けてほしい"と相談したところで、被害妄想と片づけられるのが―――…」「御託はいい。」大和は顔を俯かせたまま、名村の言葉を冷たく切り捨てた。そして少しばかり顔を上げながら、名村に目線だけ送り、続けた。「私が未然に防いでるから、警察は協力してくれない、…とでも言いたいのか……?」その大和の発言は、この前のようにオブラートに包んだものではなく、敵意が剥きだしだった。その様子に思わず名村も驚く。「おい…どうした?マジで最近変だぜ。」名村の問いかけに、再び項垂れる大和。髪の隙間から見えたうなじは、いい加減、もううんざりだ、とでも言いたげだ。「…お前らは…生きたくないのか……?」「…」「少なくとも、瑞穂は生きたがってる。…それに、瑞穂の―――代表者達の命を脅かすのは、人類の"自殺"を意味するようなものだ…。それを人類自らが危険に晒して…。」そう言って拳を握りしめる大和。大和の、人間に対する不信感が募っているのは明らかだった。見るからに正常ではない大和の様子に、名村兄が慌てて取り繕う。「…なぁ、悪かったよ。一度落ち着こうぜ。…妹も交えて、皆で一度冷静に話をしよう。」「…いい。無駄だ。」そう言って名村兄の手を振り払って、大和は歩き出した。

「…なんか、最近変なんですよね、大和…。」いつものカフェに豊里を呼び出した名村兄妹。「感情的になってることが多いっていうか…とにかく怒ることが増えてるし、常に余裕がないっていうか…。…私も、どうしたらいいかわからなくて…。」それは、以前の大和だったら考えられないことだった。「…君たちの前でもそうなのかい。」「…はい。この前も、うちに放火しようとした奴がいて、その人に対しても…」――――『誰のせいで…瑞穂がこんな役目を負っていると思うんだ…。お前等のような奴等がいるからだろう。…それなのに、何故こんな行為を続けるんだ。瑞穂は生きたいと願ってるのに…お前等はそうじゃないのか。人間はそうじゃないのか……?』――――「…!」名村兄妹は二人して顔を見合わせる。先日、名村が言われたような内容だった。「この前も瑞穂がちょっと怪我して、大和が暴走しそうになって。瑞穂が慌てて止めに入ったりとかして。――…多分だけど、瑞穂のことは勿論そうだろうけど…。結局、この勝負が始まった理由だとか、瑞穂達が代表者に選ばれた理由だとかって、全部人間のエゴとか、悪い思考、行動のせいじゃない?…神様だって、人間に譲歩しようとしてくれてのルールだった筈なのに…。当の人間達がそんなことばっかりで…許せないんじゃないかな。」大和の気持ちはよくわかる。立場上、特に強くそう思う部分は大きいだろう。以前彼女が吐露した考えからも、そうした結論に辿り着くのは無理もないと思った。―――…だが。「…まずいな…。」今の大和の状況がよろしくないのは明白だった。大和が冷静に判断ができないこの状況で、『敵が仕掛けてきたら』と思うと不安が過る。「あと、なんか最近疲れてるみたいでそれも心配。…3月の時のこともあったから。」これまでの大和の情報については、名村兄妹にも共有済みだった。「瑞穂ちゃんの方から、なんとか出来ないのかな。」「それは…瑞穂もずっと、どうにかしたがってるんだけど…。」瑞穂でも難しいとは余程の状態だ、と名村兄妹は頭を悩ませるのだった。

秋津家にて。イライラしてるようで、大和は額に手をやりながら思わずため息をこぼした。「ねぇ大和…大丈夫?」「…平気だ。」「…ちょっとさ、休んだ方がいいんじゃないの?なんか具合も悪そう――」「大丈夫だって言ってるだろ。……私が気を抜いたところを狙われたらどうする。」まるで最初期の頃の冷たさ。瑞穂に怒っているわけじゃない、寧ろ瑞穂のためを思ってのことだからこそ、尚更心配だった。大和は、自分一人でどうにかしようと考えているようだ。瑞穂を守れるのは自分しかいないと。当然だ。警察は機能してくれないし、狙ってくる輩の数に対して、頼れる味方も少ない。…それに、彼女は人間と近しいとは言っても、やはり決定的に違う存在なのだ。人間よりも圧倒的に力もあるし、能力もある。この国でたった一人の存在。たった一人の、守護者という立場。そういった意味では、彼女に味方などいないのだ。
―――…なるべく考えないようにしていたのかもしれない。考えたところで、どうしようもなく辛くなるだけだ。本人が一切気にしていないとはいえ、こいつの立場は考えれば考えるほどに悲しいもので。たまにふと考えると、当初疑ってばかりだったことを申し訳なく思うくらいだ。突然生まれて、突然消える存在。しかもそれが全て、本来自分とは関係ないはずの、人間のため。それでも大和は、私を守ってくれる。私や、人間のためにと。…これまで、神との勝負や自分のことについて話す時、大和はいつも、信じてもらえない、理解してもらえないことを前提にした話し方や態度をしていた。まあ実際、彼女の言うような馬鹿げた話だったから、仕方ないとはいえるけど。ただそれは、大和の根底に、"人間自体を信用していない"という思いがあるからなんじゃないかと感じた。それでも、私や豊里、私の両親、陽葉や清香や、名村さん達…―――そんな"信用できる人間達"と出会って、触れ合って、認めてもらって―――…。ようやく、その不信感を拭える、というところまで来られた。…にも関わらずだ。そんな大和を裏切るような、この数週間の人間からの対応の数々。―――信じてもらえないことが悲しいんじゃない、大和が、人間を信じられないことが悲しい。…それも、人間側が大和のことを信用しないせいというのは勿論あるけど。―――もっと、私が強ければ。もっと、周りの人間に協力を仰げれば。もっと、人間達が一致団結して、苦難を乗り越えようとしてくれれば。もっと皆が、大和のことを信じてくれれば。大和の負担だって軽くて済むのに。…大和や大人達に任せてばっかりじゃなくて、もっと私も、行動すればよかったのかもしれない。
「大和っ!!!」私は大和の頬を両手で挟むと、その顔をこちらに向けさせた。久々に大和の呆けた顔を見た。何日かぶりに、ちゃんと目が合った気がする。まっすぐ目を見ながら、はっきりとした声で言い放った。「ちゃんと私のこと見て。」そこで大和は、はっと、自分に余裕がなくなっていたことに気づく。次々に襲われ、本来はこちらが気にかけてやるべきであった瑞穂に、逆に気にかけられてしまっていたことにも。快活な姿に思わず忘れてしまいそうになるが、彼女は命を狙われる立場にあるのだ。「…悪い。」しゅんと落ち込む様子を見せた大和を見て手をおろすと、微笑みかける瑞穂。「いいよ。そもそも大和が謝ることなんて何もないんだから。大和は頑張ってくれてるだけだし。…だけど、このままだとあんま良くないかなーって思ったから。」「…」「ね、あっち行こうよ。ちょっとお茶しよう?」そう言って大和の手を取る瑞穂。「…あぁ。」大人しく従う大和を見て、明日名村さん達に相談しようと決意する瑞穂だった。


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