「零どこにいる?」昼休み。花生が教室の友達に話かける。「零ちゃん?また男子達とサッカーしてたよ。」――「零先生どこ!?」「零先生なら、さっき図書館で勉強教えてたぜ。」――「零は!?」「さっき女子達に絡まれてたな。」――「ぜ…零は…。」「部室の方に歩いてったと思うけど…。」「~~~~ありがとうっ!!」疲れた足を引きずりながら走っていく花生。――――「はぁ~~最近のフィギュアは良く出来てんなぁ。これも3万とかすんの?」「これは3000円ですよ。」「3000円!?それでこの出来かよ!?」「ここのメーカーは本当に出来がいいんですよ。ところで先生、そろそろ模型作りの方…。」「あぁ、そうだったな!悪い悪い。それで今日はどこから…」「…そもそも零先生。思ってたんですけど、こんな風に手間かけて手作りなんてしなくても、先生ならぱっと作れるじゃないですか。なんでこうして…」「あぁ?何言ってんだよ!手作りすることに価値があるんだろうがよ!」そして、何気ない生徒の質問を皮切りに、零の熱弁がまた始まった。「一つ一つ手作業で作り上げたものには、その労力と努力が詰め込まれてて、俺は好きなんだよ。何日、何年、何十年と時間をかけて物を作り上げた時、その間に得るもんと、培うもんがいくらでもあるだろうぜ。達成感も感動も数万倍だ。一から試行錯誤を重ねて完成させたもんの方がよっぽど価値があるんだよ!」そんな零の意見に同調する部員がいた。「いや~流石零先生わかってますね!俺はわかりますよ!!」「そういうもんですかねぇ…。」「そういうもんだって!なんでもすぐできちまうっつーのもつまんねえぞ。構造と素材さえわかりゃあとはどうとでも作れるから、便利ではあるけどよ。」その時、どこからともなく足音が聞こえてきた。「探したよ零っっ!!」声のした方を見ると、部室の入口に息を切らした花生が来ていた。「おう花生じゃねえか。どうした?そんな急いで。」「話したいことがあるのにあっちこっち行って~!!」そしてずんずんと部室に入っていくと、零の腕を取る。「は?」「ちょっと来て!!」「はあ!?俺これからプラモ――」「いいからっ!!」そうして花生は、零をずるずると引きずるようにして部室を出ていく。模型部員は、ハンカチをフリフリと振りながらそれを見送った。
――――屋上で風に吹かれながら、零と花生は二人きりで話をする。「昨日市庁舎に行ったって聞いたよ。」「はあ!?おいおい、どこから聞いたんだよ…。」「風の噂で。」「ったく…。」「それで!?市長と話したの?」「話せなかった。そもそもあいつは俺に会う気すらない。」「…そっかぁ…。」花生の残念そうな表情を横目で見ながら、零は手すりに寄りかかって、町を見下ろす。「…その後も時の野郎と話してみようと思って、色々当たってみたんだ。…勿論、正攻法でな。ご近所の婆さんに相談してみたら、なんでも市庁の『秘書課』に相談するといい、だとか言ってたから、連絡を取ってみたんだがお払い箱でよ。あとは市長と話せるイベントがあるっつーから応募してみたけど速攻拒否。もう一回市庁舎行ってみたが、もう中にさえ入れさせてもらえなかった。…とまぁ、そんなこんなで、なんかあほらしくなってきてな。」「…零…。」努力しても報われない零の姿が、花生には不憫に思えた。「…私ね、色々考えたの。」そう言って零の横に並び、柵にもたれる。「神様が、零達の世界と時市長の世界の間に地上を置いたのって…天と地を分けるためじゃなくて、零達皆が『共存出来るように』するためだったんじゃないかなぁって。」「…なんでそう思った?」「人間が生まれるのは"必然"だったんじゃないのかなって思ったの。人間は、お互いの良いところも悪いところも受け止めて一緒にいる。そんなところを学んでほしいな~なんて思ったんじゃないのかな。」「…」いつもの零であれば「んなまさか」と笑い飛ばして終わりだっただろう。だが、今の零は違った。先ほどのものづくりの時と同じように、『人間達に見習うべきところがある』―――そう感じていたからだ。「零は変わろうとしてる。そうしたらあとは、時市長…。」花生がそう言いかけた時、零は一歩踏み出すと、大きく伸びをした。はあっと息を吐き出しながら手を下ろすと、その手をそのまま腰に当てた。「…あと一つだけ、…考えてることがある。」「それって…?」零は、花生の問いかけに少しだけ振り返りながら「まぁ見とけって。」と言うと、にやりと笑った。
休みの日。市の中心部の大通りで、とあるイベントが行われていた。市のシンボルである"名物大通り"の20周年の記念式典である。そこではちょうど、市長の講演会が行われていた。仮設ステージに時市長が登壇し、講演が始まって数分経過した時だった。突如として、大きな黒いオオカミたちが数匹、会場の中へと流れ込んできた。「きゃっ!?」「な、なに!?オオカミ!?」ステージ前に集合していた数百人の観客が、悲鳴を上げながらそれを避けていく。その中心には人がいなくなり、ぽっかりと『穴』が生まれた。そこへ、黒いスーツを着崩した長身の人物が歩いて現れる。「よう、時。久しぶりだな。」「―――…零。」時は笑みを崩すことなく、現れた零と向き合った。その後ろからは、聿、新、燦も姿を現した。壇上で待機していた護衛達が動き出そうとするが、時はそれを制止する。――――一方その頃花生は、自宅で飲んでいたお茶を噴きだしていた。市長の講演会は、地元のテレビ局が生中継を行っていた。零の件で興味が惹かれた花生は、たまたまそれを視聴していたのだ。「えっ!?ぜっ…零!?」慌ててテレビにかじりつくように見る。―――――「久しぶりだね、零。」「あぁ、本当だな。…市長ともなると、下級市民とは簡単に会ってもくれねぇもんだからな。『話をしたい』って申し出ても取り合ってももらえず、何度追い返されたことか。こうでもしねぇと、"時市長"と面会してお話することもできねぇからよ。」「それは君が【悪人】だからだろ、零。」時のその言葉にぴくりと反応する零。「…まだそんなこと言ってんのか。こっちはいい加減、てめぇのくだらねぇ創作話には飽き飽きしてんだよ。」「創作…ね。」「だってそうだろ?【良人】だの【悪人】だの、そんなおかしな括り、俺達の中には無かったはずだ。…確かにお前らと長い間争ってきたが、派閥が違うってだけで、俺達とお前ら、やってきたことに何も違いは無かった。同じ立場で、平等だった。…なのに地上に来てからいきなり、しかも勝手にそんな分類なんてされちまってよ。」「…」「地上に来てからの数年、そこにいる3人も含めて、俺の仲間達が不当な扱いを受けてる。…お前が【良人】とする奴らの長であるのと同じように、俺も【悪人】達の長だ。…頭として、いつまでもあいつらにこんな扱い受けさせてられるかよ。」「…つまり言いたいのは、『現在の制度』と、『【悪人】への不当な扱い』に対する"抗議"…ってことかな?」「わかってるじゃねぇか。」「…」「…それに、一応俺も教師やってるもんでな。生徒に言われちまったよ。『人間は話し合いで解決する』…ってな。良い大人が、良い教師が、こんな理不尽な立場に置かれたまま何もしないでいたら、生徒達に偉そうなこと言えねぇだろ。」「…すっかり"先生"だね。」その時、時がゆっくりと目を瞑った。そこに一筋の風が吹く。時の様子を見ながら、その心中を見極めようとする零。「…それで?俺と話をする気になったか?」「…」周囲の人間達や、聿達が、時の返事を固唾を飲んで見守る。―――が。目を見開き、時が言い放った言葉は、冷たく淡々としたものだった。「ないね。」「…」「…!」その言葉に人間達がざわざわと騒ぎ出す。対して零達は予想通り、といった風に、特に反応を示さなかった。「…まぁ、そうだろうな。お前のことだ。」「話は終わりかな?」「いや。」そして零は懐から何かを取り出すと、それに向かって何かを話し出した。「それならしょうがねぇ。――――…聞こえたか?」その次の瞬間、どこか遠くから爆発音のような音が聞こえた。「えっ…、な、なに!?」市民達が動揺して何事かと騒ぎ出す。だが時は、特に取り乱すでもなく、いつもの余裕そうな笑顔を浮かべながら、零に問いかける。「…今度は何かな?」だが零は、無表情のまま何も言わない。「とっ…時市長!大変です!!」すると側近の一人が、慌ただしく時の元へと駆け寄った。「どうしたの?」「刑務所や留置所に捕らえていた【悪人】達が―――…脱走したそうです!!」「!」その言葉に市民達が動揺する中、時は零を見下ろした。「いいの?こんなことして。人間達からの反発は大きいと思うけど?」「他に方法が思いつかなかった。」「はっ、…本当に短絡的だなぁ。」「このまま現状に甘んじてるのが最善とも思わねぇ。何よりお前らの下に居続けることが気に食わねぇ。」「…それはそうだろうね。」「それにな、」そう言って零は、にやりと笑みを浮かべる。「これが俺ら流の『話し合い』だろ?…違うか?」零の挑発的な言葉に、笑みを深くする時。「し、…市長…。」周囲の人間達の視線が、時に集中する。皆の視線を受け止めながら、時は演説台の上に両手をつくと、マイクに顔を近づけた。「市民の皆さん、今すぐここから――――周囲半径500Mの範囲から避難してください。」その"時市長"の言葉に、周囲にいた市民全員が戦慄する。「ここは戦場になります。」そう言って時はマイクをオフにし、演説台を避けて前に出ると、自分が着ていたスーツをその場に脱ぎ捨てた。そして腕をまくり、ネクタイを緩めると、零に対して挑発的な笑みを浮かべた。「来いよ。」その直後、市民が一斉に悲鳴を上げながら、その場を逃げ出していく。人々が逃げ惑う中、両者は動かない。「皆も逃げていいよ。」時は首だけ後ろに向けながら、"人間の"側近達に呼びかける。「大丈夫、気にしないでいいから。何より――――君達じゃ話にならない。」そう言うと側近達は顔を合わせ、慌てて走り去っていった。そして時の背後からは、どこから現れたのやら、季、末、遷が顔を出した。零の後ろにも、聿、新、燦が並ぶ。「はっ!久々に暴れられるってもんだな!」「加減しろよ。」「加減?んなもん必要ねえよ。」「あ~あ~、野蛮で嫌になっちゃう。」周囲でも、人間達と入れ替わるようにしながら、ぞろぞろと人影が現れ始めた。この町に住む、全ての【良人】【悪人】が勢揃いしようとしていた。
――――暫くして、人々の避難が終わる。静寂が広がる中、頭上を飛ぶヘリの羽音だけが、ばたばたと響き渡った。そしてやがて、『時は来た』と言わんばかりに、時が口火を切った。「それじゃあ始めようか。――――"話し合い"ってやつを。」その一言を合図に、戦いの火ぶたが切られた。両者駆け出して交戦を始める。
――――「あわわわわ…どういうこと!?なんでこんなことになってるの!?"話し合う"んじゃなかったの零!?」テレビで中継されている映像を見ながら、青ざめた顔で頭を抱える花生。「ていうか喧嘩のレベルが違いすぎるよっ!!」町のあちこちで、ビルに人影が突っ込み、車が宙を舞い、瓦礫や破片が飛び散り、電灯と樹木がなぎ倒されていく。テレビの向こうで、町は破壊の限りを尽くされていた。――――市に住んでいたあらゆる【良人】【悪人】達が、次から次へと現れては交戦し始める。まさに戦争状態。両者とも、待ち焦がれた瞬間が訪れた、とでもいうように、嬉々として交戦していた。何年もの間、溜まりに溜まり続けた鬱憤を発散するかのように、激しい戦闘が繰り広げられる。
―――そんな戦いの渦中、零と時は向かい合ったまま、未だ佇んでいた。ふと、時は言葉を発さず、頭上に鳥のような、黒く巨大な使い魔を8体出現させる。その1体1体が、およそ3Mほどの大きさをしている。直後、使い魔達は、斜め下方向先にいる零に向かって、まるで隕石のように次々と高速で落下していった。激しい爆発音とともに地面がめくれ上がり、破片と煙をまき散らせる。2発、3発、…6発と、次々に零のいた場所へ降り注ぐ、鳥の弾丸達。時が煙の中で零の姿を探っていると、突如その中から、大きく口を開けた蛇の頭が飛び出して、時に向かって噛みついてきた。「!」不規則的な動きをしたそれを、咄嗟に避ける時。10Mほどの長さの首が地面から生えているのが見えた。それを避けながら、零が先ほどまでいた場所を見ると、巨大な金庫のような"箱"が出来上がっていた。時はそれを見て笑みを浮かべながら、次に繰り出された攻撃を避ける。しかし蛇の使い魔は1体だけでない。2体、3体…―――と、四方から複数体が押し寄せてきた。それを右に、左に、上に、避ける内に、横から現れた零が、拳を振りかぶってきていたことに気づいた。「!」避けきれずに時は、自らの腕で攻撃をガードする。が、そのあまりの衝撃の強さに後方へと吹き飛ばされた。飛ばされた時の体は、街路樹をなぎ倒し、ビルのショーウインドウへと突っ込んだ。ガラスが大きく割れる音と共に、一瞬の静寂が訪れる。零は様子を窺いながら、煙が立ち上るビルへと近づいて行く。「!」すると、煙に紛れ、いつの間にか零の足元に潜んでいた時が、零の脛めがけて足払いを放つ。「おわっ!」間抜けな声を上げながら倒れ込む零に対して、時は、地面に手を着きながら、その首目掛けて回し蹴りを食らわせた。「ッ…!!」そのまま、お返しだ、とばかりに、時は零をビルの壁に向かって蹴り飛ばす。そのまま数部屋分ぶち抜かせ、壁に大きな穴を開けさせた。「…ッは、」時が立ち上がりながら、ざまあみろと笑っていると、すぐさま煙の中から零が駆け寄ってきていた。再び放たれた零の拳を、自分の手で受け止める時。零は、まずい、とすぐさまその手を振り払い距離を取った。その後も、拳や蹴りを互いに繰り出す二人。だが、攻撃は避けられ、受け流され、なかなか直撃しない。代わりに、避けた際に当たった街灯や建物の壁が次々と破壊されていく。ならばと時は、零に拳を避けられた直後、投げ出した体を反転させ、その手元に木刀のようなものを創造して、回転しながら振り上げた。零はそれを避けながらニヤリと笑うと、その真似をするように、自身も棒状の武器を創造して、次の攻撃を防いだ。人間離れした俊敏さと圧倒的なパワーで、二人は武器を交差させながら激しくぶつかり合う。やがて時の振り上げた攻撃が、零の顎にクリーンヒットする。「…ッの…!!」頭がぐらついた零だったが、次に繰り出された時の攻撃を回避し、棒で時のわき腹を直撃させる。「…!!」二人は一度距離を取り、それぞれ顎とわき腹を押さえながら立ち上がる。「…ッてぇ~~~…。」「……っは…、」両者、服は汚れ、息は乱れており、既にボロボロの状態だ。零が口を開く。「…銃とか飛び道具は作らねえのか?お前なら作れるだろ。」「まだ扱いに慣れてなくてね。何より性に合わなくてさ。やっぱりムカつく奴は、自分の手でぶん殴りたいだろ?」「そこは同感だな。」二人は笑い合うと、どちらからともなく再び走り出した。
―――――別の場所では、聿が使い魔のオオカミを使役して、末に攻撃を仕掛けていた。オオカミは合体と分裂を繰り返しながら、末に襲いかかる。合体すれば体積が増し、より巨大な個体になるのだ。大きな一体が末めがけて走り出す。「はッ!使い魔ごときにやられるかってんだよ!」末は飛び掛かって来たオオカミに対し、拳を振るう。しかし、「!!」拳はオオカミを捉えることなく空を切った。オオカミは真ん中から分裂して2体となり、両側から挟み込むようにして末に噛みついた。「…クソッ…!!卑怯な手使いやがって…!」「お前らだけには言われたくないな!!」聿が走って末に迫るが、その目前に豹のような使い魔が現れ、行く手を阻む。まるで液体のように柔らかいその使い魔は、聿のオオカミたちに噛みついた。オオカミが咄嗟に口を離した隙に、末は怪我など物ともしない様子で、聿めがけて走り出した。振り出された拳を聿は両腕でガードするが、勢い余って後方へ吹っ飛ぶ。そのままベンチに激突し破壊すると、ようやく止まった。「正々堂々やろうじゃねえか!!」「チッ…!」
―――――そしてそのすぐ近くでは、遷と燦が戦闘を繰り広げていた。「…相変わらず馬鹿の一つ覚えみたいに…。殴ることしかできないのか?」「俺にはこれくらいしかないんで…!」周囲のビルを足場にして、飛んで跳ねてを繰り返しながら交戦し、上空へと辿り着く二人。そんな中、空中へ飛び上がった燦に対し、遷はその頭上に"巨大な船"を『創造』した。「!!」燦は、圧し潰さんと迫ってくるそれを避けきれずに、そのまま飲み込まれていった。
――――「ほんっと相変わらず…!」「そっちこそ。」季が従える狐のような使い魔が、新めがけて攻撃を繰り出す。だが、新は周囲に車や壁を作り出しながら、それを防いでいった。やがて新が建物の中へ入ると、それを見た季も後を追う。―――新の行方を捜す季を、物陰から覗き込む新。その手には、手榴弾のようなものが握られていた。新は、直接季にではなく、周囲を破壊するように―――季の周辺めがけて、それを投げつけた。「!」爆弾が激しい音を立てて起爆すると、天井が崩れ落ちていった。「爆弾なんてすごい物作るわよね、人間って!」新は建物を出て、自分だけ安全圏へと避難していく。と、建物が激しい音を立てて倒壊していく様子が見えた。「やば…やりすぎちゃったかも…。」
――――殴り飛ばされた零はビルの中央階に突っ込むと、そのまま複数のビルを1棟、2棟、と貫通し、3棟目のフロアで滑るように転がって止まった。「~~~の野郎ッッ!!!」がばりと起き上がった瞬間だった。「…!」いつの間にか目の前まで迫っていた時が、追い打ちをかけるように拳を振りかざしていた。零はその拳を受け流しながら、素早く時の胸元のシャツを掴む。足も使って蹴り上げながら、自分の後方へと勢いよく投げ飛ばした。「!!」為すがまま投げられた時は、そのまま背中から壁に激突して、貫通していった。すぐに時の後を追おうとした零だったが、鳥の使い魔が勢いよく突進してくる。「おわッ!!」それを避けている間に時が再び迫って来たため、零は咄嗟に攻撃を避ける。だがその直後、下から繰り出された時の蹴りが、思い切り零の腹部に命中する。蹴り上げられた零は天井をぶち抜き、9階から13階まで舞い上がる。ようやく勢いが収まると、宙を浮き、そのまま床へと転がり落ちた。「げほッ!!…げほッ…!!~~~ックソッ…!!」後を追って来た時に対し、今度はこっちの番だ、とばかりに零は蛇の使い魔を素早く伸ばし、思い切り攻撃を仕掛ける。「!!」それを避けようとして、次第に窓際まで追いつめられる時。そこに零が咄嗟に掴みかかる。「…!!」空中に投げ出された二人は揉み合いながら、そのまま地面へと落下していく。「ッ…!」時は態勢を立て直せず、背中から地面に激突した。直後、すぐに距離を取る二人。零は使い魔に、手近の瓦礫を咥えさせると、弾丸のように時めがけて投げさせた。勿論時はそれを避けようとする。――――しかし。「やべッ…!!」零の声と焦った表情を見て、咄嗟に後ろを振り返る時。そこには、逃げ遅れた人間―――母と小さな娘の親子連れが、縮こまっていた。「…!!」慌てて走り出す零。だが、時の方が動き出すのは早かった。素早い動きで人間を抱え上げると、降り注ぐ瓦礫を避けながらそのまま安全な場所へ着地した。零がほっとしたのも束の間、目の前で思わぬ光景が繰り広げられた。「…ごめん、大丈夫だった?怪我はない?」いつもの胡散臭い笑みではなく、申し訳なさそうな表情で二人を気遣う時。それを見た零は、先ほど二人を助け出した、時の姿を思い出す。その動きや表情には、打算も下心もなく、本能のまま行動しているように見えた。「だっ…、大丈夫です!ありがとうございます!」恐怖で泣き出す娘と、礼を言う母親の姿。その時、零の脳裏に自分の生徒の言葉が蘇る。――――『さっき零が言ったことって、時市長も同じこと思ってるんじゃないのかなあって。』――――「…はっ、お前…。」近くにいた仲間を呼び付け、二人を避難させるよう指示を出す時を見て、零は笑った。時はただ、人間を自分達の都合の良いように利用しているだけだと思っていた。人々に向ける笑顔も、放つ言葉も、全ては自分の計画を遂行するため、計算の上で作られた嘘っぱちのものだと。「…なんだよ。」零の考えを見通しているのか、不機嫌そうな表情を浮かべる時。「お前こそ、ちゃんと"市長"やってたんだな。」その言葉にチッと舌を打つと、「うるさいな」と言って、時は使い魔を呼び出した。そして二人が交戦を再開しようとした、その時だった。「いい加減にしないさいッッ!!!!!」「!!」突如、町中に響き渡る大きな声が聞こえ、時と零はぴたりと動きを止めた。同時に、戦っていた他の仲間たちも、全員動きを止める。何事かと、皆辺りをきょろきょろと見回す。声の出どころを探すと、上空のヘリコプターから身を乗り出し、拡声器を使って怒鳴る初老の男性の姿が見えた。「知事…。」「知事!?」時の呟きに零が咄嗟に振り返る。そんな零を、時は呆れたような顔で見た。「お前、知事の顔も知らないのか…。」「いや知らねえよ…。なんだその"常識だろ"とでも言わんばかりの顔は。」「君達は!!どれだけ町を壊せば気が済むんだ!!!?」知事にそう言われて、二人は周囲を見渡す。建物は倒壊し、道路は陥没。配管が破裂したのか、あちこちから水が噴き出している。破壊の限りをつくされて、すっかり瓦礫の山と化してしまった町の様子が目に入った。何故かこの場にある筈のない、船や自由の女神像のようなものまで落ちている。「「…」」気づかぬ間にここまで荒らしてしまったのかと、ふと冷静になる。どこからか、建物が崩れ去る音も聞こえた。「今すぐ交戦をやめて!!時市長と、零先生は、一先ず県庁舎まで来なさーーーい!!!!!!」「「…」」思わず顔を見合わせる二人。「言うことを聞かないのならば、我々人間側も実力行使に出る!!!!!」そう言うと、あちこちから様々な機械音が聞こえてきた。そして現れたのは―――…「!」自衛隊の戦車や、戦闘機だった。「「…」」再び目を合わせる零と時。
ここは県庁舎。そして会議室には、知事、零、時が集められていた。他にも、知事の秘書や側近、警察や自衛隊の面々なども見える。「…それで、言い訳はあるのかね。」「…知事、私はこの野蛮な反逆者達を鎮めるために行動したまでです。勿論他の【良人】達も。」「はあ!?この期に及んでまだそんなこと言ってんのかよ!?知事!!こいつらの差別的ともとれる【悪人】の扱いは知ってんだろ!?俺達いい加減うんざりなんだよ!!何にも悪いコトしてねえのに、職業制限だー、不利な条約だー、なんて!」「いい加減にしろよ。そもそもはお前らが、」「いい加減にしなさいッッ!!!」「!!」「いい歳した大人がいつまでぴゃーぴゃーと言い争ってるんだね!!君達!!歳はいくつだ!!」「えっ…と…多分数万…数億かな…。」「大人どころか仙人の域じゃないか!!年相応にもっと成熟したらどうだね!!!」それに対して何も言えず、二人とも口を噤んだ。「そもそも私達人間からしたら、君達は何ら変わらない!!」「!」「元々この世界は私達人間が住んでいた場所だ!それを突然君達が現れて…。友好的に共存出来ているのであれば、不満等なかった!だがしかし、こうやって君達が自分の都合で争う度に、人間達が被害に遭い、危険に晒される!!いい加減君達の内輪な争いに私達を巻き込むのはやめてくれ!!それが出来ないのなら、それぞれ自分達の世界に帰りなさい!!『共存』とはそういうことだ!!」「…」「…この町には、私の妻と娘も住んでいる。君たちの戦いに巻き込まれて、死ぬようなこと等あってはならない。他の市民だって皆同じだ。この場にいる彼らにも、家族や大切な人がいる。…君達にとっては取るに足らない命かもしれない。たった数十年しか生きられない、どうでもいい命かもしれない。だが皆、生きている。日々を大事に、一生懸命に生きているんだよ。」「そんな…、俺達そんなことは、」「思ってなくとも、君達の行動はそう受け取られかねないのだよ。そして、あれだけ大きな力が衝突すれば、そんな最悪の事態が起こらないとも限らない。」「…!」知事の剣幕に圧されて、黙り込む零と時。「さて、本題だが…。…そもそも時くん。君のやり方に異を唱える市民も多くいることは把握しているね?【悪人】の方は勿論、人間達もだ。」「…えぇ。」「!」「【悪人】は本当に"悪"なのか?という意見も多いんだよ。市民から私の元へも多数の疑問の声が寄せられている。近頃は、『流石に可哀相だ』という意見も聞かれるよ。…副市長、そうだろう?」そして知事がちらりと視線を移すと、時の背後にいた副市長がこくりと重く頭を縦に振った。「…そうですね。」「君達がここへ来る前のことを私達は何も知らない。だから君が話す内容でしか、判断が出来ないんだ。…だが、制約があるとはいえ、共に生活をする中で、【悪人】達はとてもそんな大罪を犯した人物には見えないんだ。寧ろ、彼らに対して不当な扱いを働く【良人】達の方が良くない印象を受けるよ。君達のしていることはまるで…"弱い者いじめ"だ。」「…」「…私も、日頃からよく話を聞いていてね。入ってきなさい。」知事がそう呼びかけると、扉の向こうから一人の女生徒が現れた。その人物を見て零が驚愕する。「花生!?」「あはは…こんにちは、零。」「…知らなかったのか?彼女は知事の娘さんだぞ。」「知事の娘!?!?」「えへへ、実はそうでした。」「…この子からよく話は聞いているよ、零先生。」「!」「勉強を教えるのが上手なだけじゃない。どの生徒に対しても分け隔てなく接し、生徒のためを思って言葉をかけてくれる。時には相談に乗り、時には話を聞き、寄り添おうとしてくれる―――"良い先生"だ、と。」「花生…。」「えへへ…。」「そして君と共に地上へ来た彼らについても、少し調べさせてもらった。…聿くんは、生活安全課の警察官として、市民一人一人に真摯に対応してくれると聞いた。どんな相談にも乗り、きちんと話を聞いた上で、誠実に対応してくれると。新さんは、気さくで礼儀正しく、人が良いと聞いている。軟派な見た目に反して仕事ぶりも真面目で、裏表のない性格が評判だと。燦くんは、いつも明るく笑顔で、どんな仕事も文句を言わず、しっかりとこなしている。どんな客に対しても朗らかに接し、売り上げにも貢献をしていると。」「そ、そんなことまで…。」「…花生からの話を聞いて、そして市民の声やネット上に書かれる言葉たちを見て思ったよ。我々は、先入観だけで物事を見てはいけないんだ。」「知事…。」「…時市長、」先ほどから黙ったままの時が、知事の呼びかけで視線を知事に移す。「私はね、君の真面目で有益な仕事ぶりと、市民のために尽力してくれるその姿勢を評価しているんだよ。」「…」「…勿論、全ての人間や【良人】を納得させるのは難しいかもしれない。だが…少しは考えてみてはくれないか。」知事からの提案に、その場にいた全員の視線が時の元へと集中する。「…検討してみます。」
次の日の朝。【良人】と【悪人】達が総出で町の修復に追われていた。昨日の県庁舎での会議において、最後に知事から告げられたのは、『罰として、町を荒らした張本人である君達でこの町を元通りに直しなさい』という指示だった。「クソッ!!なんで俺達がこんなこと!!」スコップで瓦礫をかき分けながら、末が叫ぶ。【良人】と【悪人】達は「修復組」と「瓦礫撤去組」に分かれて作業をしていた。特に破壊に関わった幹部達メンバーは、より面倒な「瓦礫撤去組」の方の作業を受け持つことになった。「しょうがないでしょー。なんせ"知事"の命令なんだから。」「"知事"ってのはそんなに偉いのかよ!?あぁ!?」「この地域一帯を取り仕切ってる長だから、一応偉いんじゃないか。」季と遷が気だるそうに末の愚痴に付き合ってやる。「はっはー!【良人】様方はこんなことさえ出来ない程お偉いんすね~!あっ!偉かったらこんなことしてないか!」スコップを肩に担いだ燦が末達を煽る。「んだとォ!?」「ちょっとやめなさいよ~また片づけ範囲広がるじゃない!」「全く…。」新と聿が呆れたように、横目で離れた場所にいる零を見やる。その足元では、崩れた建物で仕事や居住をしていたのだろう人間達が数人、瓦礫の山をかき分けていた。「あーあー…。仕事の大事な資料が…。」「…ごめん、やり過ぎた。」「困るよ君ぃ!取引先との大事な書類もぐちゃぐちゃにしてくれちゃってさぁ!」「いや、すんません、ほんとに…。」「大事なものだったのに…。」「わ、悪い。どういうやつだった?思い出してくれたら元通りに…。」「思い出が詰まってたの!見た目が全く同じでも、…それは私の思い出の品じゃない!馬鹿!!」「ぐっ…そう、だよな…。…ほんとに悪かったよ…。」人間達からのクレームを一身に受け止める零。それを不憫そうに眺める聿。「馬鹿真面目な奴…。」「まぁ今回の大騒動の"首謀者"だものね、零は。しょうがないわよ。」「にしてもすっかり人間式謝罪が板についてきたな。」「私達のリーダーとしては情けない限りだけど…。」「ううっ…零さん…!零さんのそんな姿俺見たくなかったっすよ…!」そう言いつつ、聿も新も燦も、人間に責められた際にはぺこぺこと頭を下げるのだった。
――――「あーあー、クソッ!!こんなん何日かかるんだよ!!」「やった張本人が何言ってるんだか。」「お前もだろ!!」陽が傾いてきた頃、零と時は同じ場所で瓦礫の撤去作業を行っていた。時は一旦休憩、とばかりに、スコップを地面に突き刺すと、赤く染まる夕陽を眺めた。「…にしても驚いたな。まさかあんなに怒鳴られるとは思ってなかった。」時の言葉に、零も手を止めた。そして、夕陽を見る時の背中に視線を向ける。「全く情けない話だよ。たった数十年しか生きてない人間に、説教かまされるなんてさ。」「…そりゃあ…。お前が"力で"、人間を支配してきたわけじゃなかったからだろ。」「!」零の言葉に振り返る時。「あれだけの力を見せても、あいつらは俺達に対して怯むことなく意見をした。"そうしても問題ない相手だ"って判断したからだ。それは…ある種の信頼だろ。」「…さぁね。単にあの人達の肝が据わってただけだろ。」「…それとな、前に先生達がよく言ってたよ。…『期待してない奴には怒りもしない』らしいぜ、人間は。」「…」「―――…ところでよ、」そう言って零は首元のタオルで汗を拭きながら、スコップを地面に突き刺した。「お前、こうなることわかってただろ。」「…」零の問いかけに、真っ直ぐ目線を合わせる時。「つーか、俺をお払い箱にしたのも、もしかしてわざとか?」「…なんのことだよ。」「今更はぐらかすなよ。」そう言うと、足場の悪い瓦礫の山を登り、時の横に並んで夕陽を眺める零。黙ったまま、時の答えを促す。時は一瞬、隣の零を見やった後に、ズボンのポケットに手を突っ込むと、再び夕焼けに視線を戻した。「…そろそろ潮時だと思ってたのは間違いないね。長い時を経て、人が入れ替われば、"思想"や"風潮"も変化する。最近は、与えられた情報を懐疑的に見る人間達が多い。私達が数十年前に埋め込んだ教育を疑問視する声も多く聞こえて来たからね。…馬鹿正直に信じるんじゃなく、"真実をまず疑う"っていうのは、人間の良い所だと思うよ。」風が吹いて、二人の髪が揺れる。「…まぁ、私も一応こっちのリーダーだからね。その上、今は"市長"だ。皆が受け入れてくれるような結論にしなきゃいけないから、―――…大変なんだよ。」零達【悪人】達と触れ合ったことのある人間であれば、彼らの人となりを知っている。その中には、零達が不遇な扱いを受けていることに対して不満を感じ、時達が流した噂について真実であるか疑う人間が多くいた。そして、そういった人々の、零達を支持する声や、時達を非難する声は、時の耳にも届いていた。世間では、『零達【悪人】らが反逆するのも"仕方がない"』といった風潮が大きくなっていた。そんな中での、零の行動と、それに対する時の対応。「…それは俺も『お察しします』ってやつだな。」零がそう言うと、時はその場に胡坐をかいて座り込んだ。「…なんかさ、」「あ?」「地上で色々見てたら―――…お前らと争ってるのが馬鹿みたいに思えて来てさ。」「…そりゃ奇遇だな。俺もだ。」思わず零を見る時。「日々を一生懸命に、頑張って生きてる人間達を見てたら…、こんなくだらねえことで争ってるのが馬鹿みたいに思えてきた。」「…はっ、…だよな。」再び時は、遠い目で夕焼けを見つめた。「命が短いながらも、…いや、短いからこそ、一分一秒も惜しいと言わんばかりに、自分のしたいこと、為すべきことを追及する姿勢…。そしてその中で学んで、培った知識や技術を次世代に繋いでいく。そういう人間達の生き方が私は好きだし、美しいとさえ思うよ。」「…それも同感だ。」「『この世界は面白いことで溢れてる。』」「!」時が放った言葉に、零は反応する。それは、かつて自分が口にした台詞と重なるものだった。「この世界を見ていて思ったことがある。私達が長年争ってた理由は…―――ただ暇だったからなのかも知れないなって。」「…」「私、本を読むのが好きなんだ。…生きてきた人間達の思いや考えなんかが沢山詰まってるからかな。美術品だとかを見るのも楽しい。それだけじゃない。そこらの人間が描いた日記だ手作りの何かなんてのも、私は全部価値があると思ってる。人間はあらゆるものを自らの手で作って、残してる。」「…俺達は争うことばっか考えて、何かを『作る』とか『残す』とか、そんなこと頭に過ることさえなかったからな。破壊の限りを尽くしてきただけだ。」「…人間の言葉に、『争いは何も生まない』って言葉がある。…確かにそうかもなって思ったよ。…寿命が長い上、高度な知能があるにも関わらず、現状に甘んじていただけの私達への…―――神なりの罰だったのかもね。」そしてそのまま、二人で沈みゆく夕焼けを眺めていた。「…人間達には教わることばっかだな。」零の呟きに無言で肯定をする時。暫くそうしていると、頭上に星が現れ始めた。それを見て、ふと時が口を開いた。「制約は取っ払うよ。」「!」「反発もあると思う。私の仲間からも、人間達の一部からもね。」「ほ、本当かよ…!」「お前らが嫌いなのは相変わらずだけどね。」「…そりゃこっちの台詞だ。」「でも、こうなったら仕方ない。」そうして時は立ち上がり、零に手を差し伸べた。「"一時休戦"だ。」「…はっ、"一時"かよ。」「なんかやらかせばまた抑圧してやる。"市長権限"でね。」「おーおー怖ぇな。」そう言いながらも、零の顔には笑みが浮かんでいた。そして、時の差し出した手を取るのだった。
そうして時は宣言通り、【良人】【悪人】などといった括りを無くし、それに関わる全ての制約を取っ払った。そこには勿論、居住地域および職業制限の撤廃や、行動制限・GPS管理の廃止等も含まれていた。またそれと同時に、【良人】【悪人】とされていた人類に対する、共通の制度が新たに制定されることとなった。人間と共存するために、安全に、平和に暮らすための制度だ。「人間に危害を加えない」「騒動を起こさない」「公共物を破壊しない」――――…等、人間に適用されるそれと同じような内容が盛り込まれた。
だが、時の言葉を信じていた一部の人間達や、今回の騒動で時や零達の危険性や有害性を提唱する人間達の反発も、少なくは無かった。時に対しては責任を追及する声があったものの、市民からのこれまでの政策を支持する声に支えられ、退任を免れることが出来た。―――――「【良人】と【悪人】は地上から出ていけー!」「人間に危害を加えるなー!」町中では、抗議デモをする人間が、数人徒党を組んで練り歩いていた。それを眺めながら町中を歩く聿と新。「…またやってるな。」「…まぁ、人間達からしたら無理もないわよね。」「あぁ。まぁあとは…俺達の行いで理解してもらうしかないな。時間はかかるかもしれないが。」「そうね。」ふと新が感慨深げに微笑む。「……でも、本当に良かった。皆憑き物が落ちたような顔をしてるし…それぞれやりたいことも出来てるみたいだものね。燦も『今度、旅行に出かけるんすよ!』とか楽しそうに言ってたわ。」「…そうだな。」聿の顔には笑みが浮かんでいた。「時にも感謝しないとね!」「…まぁ、あいつに礼を言うのは癪だが。」「それは同感だけど。」その時だった。道の向こうに何者かの男2人が現れる。「あッ!!あの野郎!!」二人は聿と新を指差していた。明らかに【良人】だ。「あぁ…?」聿と新もすぐさま警戒する。互いにずんずんと歩きながら距離を詰めると、至近距離でにらみ合う。「この野郎…ッ!制度とっぱわれて早々、早速デートかぁ~~~!?調子乗りやがって!!!良いご身分だなァ!!!」「誰がデートだ!!!なんでこんな奴と!!!」「ちょっと!?こんな奴ってどういう意味!!?!?」そんな風にぎゃーぎゃーいがみ合い、さて手を出そうか、というところだった。周囲の人間達の視線を浴びて、両者固まる。「「………」」振り返ると、いつの間にか野次馬が出来ていた。しかも人だかりの向こうには、誰かが呼んだのだろう、警察官が駆け付けてきている。それを確認すると、どちらからともなく舌を打ち、やがて何もしないまま互いに通り過ぎていくのだった。制度は変わったものの、【良人】と【悪人】の関係性は暫くは変わらなそうだ。
―――――そして同じくらいの時刻。零は林部家を訪れていた。優悟は、訪問した零を拒否するでもなく部屋へと招き入れた。零は優悟の背中に話かけようと口を開く。「…あのな、優悟、」「…見たよ。」「!」「零が頑張ってたところ、動画とかで色々と見た。」優悟はそう言って振り返ると、申し訳なさそうに目を伏せた。「…ごめんね、この前は。…あんなこと言って。」「…謝ることねぇよ。俺もお前のこと、わかったような気になって勝手なこと、」「ううん。零が僕のことを想ってくれてるっていうのは、すごくよくわかった。…ううん、わかってた筈なんだ。零のあの時の言葉で、それがわかった。」「!」「…すごいよ、零。【良人】達に面と向かって立ち向かって、本当にどうにかしちゃうんだもん。」そして独り言のように呟いた。「…零だって戦って、状況を変えたんだもんね。」「優悟…、」「…なんだか、あれだけすごいものを見たら…僕の悩みなんてちっぽけなのかもとも思ったよ。」「…そんなことねぇよ。本人にとってどれだけ重要かって話で、悩みに大小なんかねぇ。…でも、…はは、確かにアレは流石にやり過ぎちまったな。後片付けも大変だったし…。」「2週間くらいかかってたよね。」「あぁ。しかも帰してもらえなかった。元々俺らのせいとはいえ、人遣いが荒いにもほどがあるぜ!!おかげで全員くたくただ。」そうして二人で笑う。ふと気づくと、優悟の顔からはいつもの陰が消えていた。「行くよ、学校。」「!」「零のいる学校に行ってみたい。…零の授業、受けてみたいんだ!」優悟のその言葉に少し驚いた顔をした後、泣きそうな顔で零は微笑むと、晴れやかな顔をした優悟の頭を撫でてやった。
―――――「やるじゃねぇか花生。万年補習のお前がそんな点とるなんてな。この調子でもっと点数伸ばせよ。」屋上で零と花生が、優しく吹く風を浴びながら、柵にもたれかかっていた。そんな花生の手元には、「45点」の文字が書かれた答案用紙が。「うんッ!!」得意げに満面の笑みを浮かべる花生を見て、優しい笑みを浮かべる零だったが、すぐに呆れたような表情に変わる。「しかし知事の娘がそんな点数でいいのか…?」「うっ、うるさいなぁ!他の教科はもっと点数いいもん!」「だからそれが腑に落ちねえんだよ!!」テストの答案の話も一区切りつくと、話題は【良人】【悪人】に移った。「…良かったね、零。」「お前の言う通り、確かにあいつは『話の通じる奴』だったな。」「でしょ!?だから言ったんだよ!!」「でもまさか本当に、"全部が創作話だった"ことまで言うとは思わなかったな。…少しは誤魔化すかと思ったのによ。あいつらの中でも反発があるだろうに。」「…時市長なりの、"誠実な対応"なんじゃないかな。あとはきっと、ここで全部、ちゃんと綺麗にしておきたかったんだよ。」「!…そうかもな。」意外にもそういうところを察している花生に、零は尊敬の念を抱く。そして言いそびれていたと、花生に向き直った。「ありがとうな。…お前のおかげだ。」だが花生は、すぐにそれを否定する。「違うよ。私は本当のこと言っただけだもん。」「!」「私が伝えたことでお父さんが納得したのは、零達がこれまでちゃんと、頑張ってきたからだよ。」その言葉に、一瞬呆気にとられた零だったが、暫くして笑い出した。「…お前は大物になるよ。」「ほんと!?」「本当だ。俺が保証してやる。」「じゃあずっと見届けてね!私の『成長』ってやつ!」「あぁ。――――…当たり前だ。」そう言って綺麗な青空を見上げる零。その時ふと思い、意地悪い顔で花生に向き直る。「お前が知事になれば、時の野郎に復讐出来るんだけどな~。」「もう~~!またそんなこと言う!!」「あはは!冗談だって!」「もうっ!」そうして青空の下、教師と生徒は、二人で笑い合うのだった。
おわり