「…すみません、セイドさん…。」ケォンは申し訳なさそうに項垂れていた。そんなケォンに対し、優しい言葉をかけるセイド。「…気にするな。お前も組織の一員だ。…仕方のないことだ。寧ろ、既に色々と協力してもらっているしな。」「~~~~…セイドさん…、」8人は一先ず、関係の深い4人――――博士や、調査班の主任と助手、そしてケォンを呼んで、本部の真の目的について確認をしていた。「勿論知っていた。私もこの目で見てきたからな。」「…当然よ。あなた達に会うまでに、組織は何度も同じことを繰り返してきたもの。」「奴らの手口は毎回同じだ。資源は奪うためにある。そこに人類がいるなら、使える者は使役し、そうでない者は故郷を、…命を奪う。…組織に反すれば、反逆罪で終わりだ。」長年組織にいた4人も、本部の思惑や本来の目的を知っていた。そして、本部が過去にしてきた行いも知っていた。高い文明を見せつけ、戦意を喪失させる。その上で資源を奪い、人材を奪い、土地を奪う。―――…果ては、命さえも。皆、言える訳が無かった。自分達の身の安全のため、そしてセイド達のためにも。それはセイド達も理解していた。助手が続けて口を開いた。「お前達の気持ちもわかる。…実際、船員の中でも同じ目に遭って来た者も多くいるしな。だが、どうするつもりだ。お前らが故郷を取り戻そうと思っても、ワナゼナが言うように私達は見張られている。本部は見てわかるように、技術も、人数も多くいる。反逆した奴が見せしめにされてきた様も私達は見てきた。」助手の言葉に、セイドは目を細めた。
ワナゼナから真実を聞いてから数か月間、セイド達は任務をこなしながら、更にエリアを広げて調査を進めていた。船員達と協力し、共に研究を行い、共に開発し、共に作り上げ、共に戦い、コミュニケーションを図っていった。そうしている間に、セイド達が宇宙を出てから2年が経とうとしていた。
――――「皆さんに意見をお聞きしたい。」ある時セイドは、とある惑星に降り立つと、船員全員を集めて話をしていた。その数、数百名。ワナゼナから聞いた真実と、それに対する想いを洗いざらい話した。博士達から聞いたが、数多くいる船員の中には、この現状に対し不満を抱えている人間が多くいることがわかっていた。その人々に向けて、セイドは告げる。「私は、故郷を取り戻したい。…いや、それだけでは足りないな。」これはセイド達人類だけの問題ではなかった。このままでが犠牲者が増える。被害にあった船員達も、報われなければならない。セイドは、強い意志の篭った鋭い目と、声色で言い放った。「本部を壊滅させる。」その瞬間、ざわっと船員達がどよめいた。あの聡いセイドが、何を言っているのだと。その光景を、緊張した面持ちで見ていた7人。その中でムエラは、数か月前の出来事を思い出していた。
――――「私に考えがある。」「!」「考えって…?」そうしてセイドは、今考えている作戦を皆に話した。それを聞いて、その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべる。「…おいおい…。」「本気か…?」「そっ、そんなの…!」一様に困惑した様子を見せる皆に対し、セイドは「大真面目だ。」と、至って真剣にそう答えた。冗談ではない、ときっぱりと言い放ったセイドを見て、一斉に押し黙る。そんな皆の様子を確認すると、話を進めるべくセイドは再び口を開いた。「だがこれは、船員達の協力なしでは成し得ない。」その言葉に、皆が俯かせていた顔を上げる。「彼らに、"私達になら実現できる"と思わせる必要がある。そのためには、私達は技術と、知識と、力を、今まで以上に身につけなければならない。…そして何より、彼らの信頼を勝ち得る必要が――…。」ニセコがごくりと唾を飲み込んだ。皆、冷や汗をかいていた。「いきなり信頼させるのは難しいだろう。時間をかけなければ無理だ。数ヶ月後、まずはそのきっかけを作る。」
そのためにこの数か月間、セイドが言うように皆、目的に向かって己の知や力を向上させるべく、日々奮闘をしていたのだ。
――――そして時は戻る。船員達はセイドの言葉を聞いて、見るからに動揺していた。当然だろう。中には反対する者もいるかもしれない。やがて、ざわざわとした声が聞こえてくる。「そんなことできるわけがない」「自分達は研究ができれば良い」「安全に、平穏無事に生きたい」「死にたくない」―――…。本部にあれだけの技術力と軍事力を見せつけられ、セイドは何故そう言い切れるのか、そう疑問に思う者もいた。「ほっ…本気か…!?」遂に一人の船員が叫ぶ。セイドはその船員の目をまっすぐと見ながら「私は本気だ。」と、あの時と同じく、きっぱり言い放った。だが、他の船員が叫んだ。「でも…ッ…!君達は、…負けたじゃないか…!」彼らも見てきた。セイド達が賊との戦いに負け、本部に助けられた姿を。「確かにあの時の戦争は、私の力の至らなさもあったかもしれない。」「…」ヤオロアはそんなセイドを黙って見ていた。再びざわざわと騒ぎだす船員達の中で、ケォンと同じ技術班に所属する主任が、セイドの先の言葉を促すように、冷静に問いかけた。「…どうするつもりだ。」それに対し、セイドは揺るぎない瞳で答える。「我々は独自に、文明を発展させる。」「…!!」『先遣調査隊』という強みを生かして、新たな知見、新たな技術、新たな志で、本部とは独立した文明の進化を目指し、それを利用しながら、統括本部を潰すために画策をするという。そんなセイドの言葉に、誰もが息を呑んだ。たった2年だが、その間に目の当たりにしてきたセイド達の知能、技術、戦闘力―――そして意志の強さが、言葉に重みを与えた。場が静まり返ったのを確認すると、セイドは自信満々に言い放った。「今度はきっと、上手くいく。あなた方のその技術と、知識があれば。我々は皆で、奴らの文明と想像を超える。」そして堂々とした態度で、にっと笑った。「諸君、私についてきてくれれば、面白いものをお見せしよう。勝利と、自由と、平和を。」この瞬間、セイドのあの不敵な笑みが生まれた。
―――――「私達はお前に従う。」「!」数か月前のセイドの提案に、一番にそう告げたのはムエラだった。ヤオロアとノーディスは勿論、ユェルもメルドも、ニセコホウリィも頷き、賛同してくれた。皆、力強い目線でセイドを見つめる。それは紛れもなく、セイドに対する信頼の証だった。そんな仲間達に、セイドは驚いたように瞳を揺らすと、再び表情を引き締めた。「時間はかかるかもしれない。」「覚悟の上だ。」「『二度と帰れない』より、そっちのがましでしょ。」「びっくりしたけど…やるしかないわよね。」「お前を信じる。」心配していたニセコも、声を張り上げて言う。「私も、…っやります!!セイドさんについて行くっすよ!!」そんなニセコの言葉を聞いて、微笑むセイド。皆の意志を確認すると、改めて作戦について話し出した。「『先遣調査部隊』としての利点を活かす。」
演説から数年後のことだった。父と繋がる小型端末を手に、セイドが険しい表情で皆に告げた。「奴らが本性を現したようだ。」「…!!」父から飛んできたビーコンを読み解くと、『本部が動き出した』と書かれていた。
―――――「その森は神聖な森なの!!ご先祖様が作り上げて、守り抜いてくれた…!」「そこの鉱山は侵してはならないと、先祖からの教えがあるんだ!!」「やかましい!抵抗するなら反逆罪でひっ捕らえるぞ!!」そうして本部は、次第にセイド達の故郷の星の資源を食い荒らしていった。そして、『使える者は使う』―――その精神で、人々を使役するようになる。鉱石の採掘、研究や調査の手伝い、戦闘員としての確保――――…本部の良いように労働をさせ、利用していった。家族や仲間達に対し、手の届かない場所で行われる蛮行に、皆歯がゆい思いをせざるを得なかった。
――――それから数年、セイド達は引き続き任務をこなしながら、研究を進め、自分達の技術や文明レベル、戦闘力を上げつつも、故郷を取り戻す方法を模索していた。星を探し、資源を探し、船員達ともアイディアを出しながら奮闘する。だが、決定的な何かを掴めずにいた。故郷では資源が奪われ、人々は使役され、本部の良いようにどんどんと浸食されていく。それがセイドの焦りを煽るのだった。
――――いつもの憩い室で、険しい顔を浮かべながら大量の研究資料に目を通すセイドの姿があった。そんなセイドの近くに腰を掛けるヤオロア。「焦んなよ。」「!」資料から顔を上げたセイドは、バツの悪そうな表情で視線を落とす。「…わかってはいるんだが…。」そう言うセイドの手元では、資料がくしゃくしゃになるほど、強く握られていた。そんな様子を見て、ヤオロアは呟く。「時間がかかってもいい。それは皆同意の上だろ。」「…」「これは、この船に乗る全員で背負った計画だ。」そしてまっすぐとセイドの目を見つめる。「お前一人で全部背負うな。」「…!」「…言っておくが、お前の悪い癖だからな。」少し呆けた後、暫くしてから笑みを浮かべるセイド。「…ありがとう、ヤオロア。」「…わかったら、今日はさっさと寝ろ。」「……そうさせてもらう。」だが、そう呟くセイドの表情は浮かないものだった。計画は確かに、暗礁に乗り上げていた。
――――そんな頃だった。セイド達はとある星に到着した。そこでは人類が定住しており、文明のレベルは低いものの穏やかな生活を営んでいた。だがそこに、別のエリアから流れてきたのだろう「賊」が訪れており、その星の人々を襲っていた。「……!」その光景に、故郷の戦争が重なるセイド達。当然、助けに乱入する。幸いにも賊の規模はそれほど大きくなく、文明のレベルも今のセイド達よりは劣った。一部特殊な能力を持つ人間もいたが、戦闘力を上げたこの時のセイド達にとっては敵ではなく、8人だけであっという間に制圧をしてしまった。賊たちを捕えて本部に報告したところ、ワナゼナから「本部が引き渡せって言ってるから迎えに行ってやる。」と連絡があったため、ワナゼナが到着するまでの間、しばしこの星で待機をすることになった。宇宙船の外で現地人にその説明をするセイド達を、物陰から見つめる影が一つ。「!」セイドが気配に気づき振り返るが、既に影は姿を消していた。
ワナゼナが来るまでの間、セイド達はこの星の生態系や地質、鉱物等の調査を行うことにした。セイドが一人、調査に出かけたところを狙って、何者かが襲撃してきた。咄嗟に反応するセイド。「(なんだ…?今、何かが飛んで―――…)」謎の、"物を浮遊させる"能力を持つ相手に、戦闘を繰り広げるセイド。手こずるかと思いきや、セイドは数分後には襲ってきた相手をあっさりと組み伏せていた。「!」犯人は女だった。セイド達とそれほど歳が変わらないように見える。その頬には、例の賊達と同じような入れ墨が掘ってあった。「…ッおい!!あいつらを解放しろッ!!」「…お前、あの賊の…」その時、突如天候が崩れ、ばたばたと大雨が降ってくる。「!?おいッ!!」暴れる女の手首を後ろ手に縛り上げると、セイドは女のフードを掴みながら、引きずり移動をし始める。「おいてめぇ!!この…ッ!!運び方雑過ぎだろッ!!!おいッ!!聞いてんのかッ!!!」そして近くにあった洞窟へと避難した。女を投げて入れると、セイドも中に入った。「お前…ッ!さてはわざと俺をおびき寄せたな!?」キャンキャンと喚く女の問いには答えず、セイドは女に近寄って見下ろすと、自分の質問を投げた。「お前、名は?」「あぁ!?…ッヌアラだよ!!」「そうか。私はセイドだ。」「セイ……―――ッ…なんなんだよお前――――いや、お前らはッ!!いきなり現れてひっ捕まえやがって!!何様のつもりだッ!!」「私達は『宇宙統括本部』だ。その中の『特殊防衛部隊』に所属している。」「『宇宙統括本部』だぁ?随分と御大層な名前名乗ってやがるじゃねーか!!」「私もそう思う。」「はあ…?」怪訝な顔をするヌアラに対し、セイドは冷たい目で見降ろした。「だが、そもそもお前達がこの星の人々を襲撃したのが原因だろう。」「!」「人の物を強奪して他者を踏みにじり、その犠牲の上に生きる奴の方が、私からすれば余程"何様だ"と思うがな。」「…」ヌアラはバツの悪そうな顔をして目を逸らした。「チッ…うるせぇな…。説教かよ。」「説教じゃない。…私の故郷も、賊に襲われた。」「!」「3年にも渡る争いの中で、大勢の仲間が死んだ。土地も荒らされた。」「…」セイドの言葉に、何か考え込むような様子を見せるヌアラ。「……確かに俺達は、ああしていくつもの星を襲った。食糧や資源を奪うためにな。そうすることでしか生きてこられなかったからだ。…だけど言っておくが、俺達はよっぽどの畜生相手でもなけりゃ、殺しなんかしねぇ。」「!」思えば、被害はあっても死者の報告は無かった。幸いだ、と思っていたが、わざとだったのか。どうやら賊は賊でも、どこか奴らとは違うようだ。「……俺の生まれ故郷も、賊に襲われたらしい。」「!」「物心ついた時からあの船の中にいたから、俺自身詳細は知らねぇが…。仲間のオッサン達が言うには、元々俺達もどこかの星に住んでいたが、他の惑星の奴が襲ってきたから逃げるように脱出したらしい。…それもあって、外の奴らは皆そうして生きてるんだと思ってた。……奪わなきゃ生きていけない。そう教えられたからな。」そしてセイドを睨みつけるように見つめる。「だから俺には明確な"故郷"なんてものは無い。もう俺にとっちゃ、この顔の入れ墨だけが故郷の忘れ形見だ。あのオッサン達と船が、俺の故郷だった。…それを、お前らが奪おうとしてんだよ。」「…だが、共生という道もあった筈だ。どこかの星で、どこかのタイミングでそれを手にする道が。それを取らずに強奪という道を取ったお前達を―――」その時、自分で話していてハッとするセイド。『共生』―――…「(…もしかして、私達に足りなかったのは…)」外部の協力者―――…?顎に手を当てて考え込むセイドに、眉間の皺を深くするヌアラ。「おい、お前―――」「おそらく奴らは、すぐには殺されないだろう。」「は?」「"使える者は使う"の精神で行動している奴らだ。"殺害"などという非生産的な選択を安易にするとは思えない。」訳がわからない、といった様子のヌアラに、顔を近づけるセイド。そしてあの怪しげな笑みを浮かべた。「お前の故郷、どちらも取り戻したくはないか?」「…!」そして自信満々な悪い表情に切り替わる。「私達に協力しろ、ヌアラ。お前の頭脳と力は私達も欲しい。」「何言って―――…」「いつかはお前の仲間達も助けてやる。だから…お前の知っている情報を全部話せ。」そうして、ヌアラと協力関係を築くことにしたのだった。
―――ヌアラの登場によりある程度策が定まったのだろう。セイドは作戦遂行のため、更なる情報と資材集め、そして技術改良に奮闘した。他の協力者も集めつつ、計画の内容も次第に具体化させ、実現に向けて着々と準備を進めていくのだった。
「およそ20年だ。」時を超えて現在。セイドの背中が映し出される。「地球時間で換算すると、だが。」その顔から笑みは消え失せ、真剣な表情に変わっていた。
「我々はずっとこの時を待っていた。」そして総司令部のある宇宙船を睨み付ける。
「返してもらうぞ。―――…私達の故郷を。」