【12話】交渉と結果


数日前、統括本部の総司令部が入る巨大宇宙船が太陽系付近にまで到達したため、『特殊防衛部隊』の技術班の一部人員が小型船に乗って訪れていた。その主な目的は、地球に関する詳細な事前情報の共有だった。大気の構成や重力の強さ等、本部の人間が地球に降り立てるかを判断するための基礎データや、セイド達が行った地球での活動内容とその進捗状況が報告された。共有が終わると、技術班は地球へ帰還する前に、とある装置を本部宇宙船に残していった。セイドからの「地球人を安心させるため、地上に降りる前に"本部宇宙船が味方である"ことを示すべきだ」という提案を受け、遠隔拡声装置を設置していったのだ。その装置は、音声を入力すると統括本部で使われる言語と地球の言葉を自動変換し、周囲に拡散できる仕組みになっていた。
セイドと通信機器での個別通信が遮断され、直接会いにも行けないこの状況では、この装置を使う他無かった。
―――「我々の要求は――――… 『故郷の星の解放』 だ。」反応のない本部の様子を見て、セイドは更に続けた。「具体的に言えば、≪我々の故郷の星からの統括本部基地の撤退≫だ。―――…あぁ、そうだ。大事なことを言い忘れた。もう一つ、≪『宇宙統括本部』からの『特殊防衛部隊』の脱退≫もあるな。」そこまで言って、ようやく本部が反応を見せた。『…謀反を起こそうということか。』「そう取っていただいて構わない。」『船員は皆、了解の上か?』「既に全員に確認は取ってある。皆、私に賛同してくれている。」『…応じなければ、爆弾を爆発すると?』「あぁ。」『しかも太陽系を巻き込むほどの…か。』そして司令官と思われる男は渇いた笑いを出した。『ハッタリだな。』「…」『我々はそのような稚拙な要求に応じるわけにはいかない。』だが、本部のその回答も織り込み済みだとばかりに、セイドの顔から笑みが消えることは無かった。そして次の矢を放つ。「監理官から報告が行っていませんか?"近頃、この太陽系で数件の爆発騒ぎが起こっている"と。」『なに…?』「あれは我々が試験的に起こした爆発です。」その会話を聞いていた、皆が思い出した。山奥でのクレーター騒ぎ、小惑星の爆発――――…。「何ミクロンもの小さな爆弾でもあの威力だ。それを数万倍にしたものを、我々は開発した。」『……!!はッ…ハッタリだ!!そんな強大な爆発、起こせる訳が…!』満を持して、といった顔でセイドが自信満々に答えた。「我々は【反物質】を見つけた。」『……!!?』その言葉には、本部の人間だけではなく、地球の研究者達も驚愕した。「まぁ、この星ではありませんがね。」『…ば、馬鹿な…!!そんなもの、存在する筈が…!!!』「と、私も思っていました。ですが実際に見つけてしまいましたよ。…地中深く、特殊な構造の結晶の中に閉じ込められていました。掘り起こすのも、回収して利用するのにも苦労しましたよ。…だからこそ、これだけ時間がかかってしまった。」『……!!』【反物質】とは、普通の物質と電荷が逆である粒子のことを言う。普通の物質と反物質が出会った場合、莫大なエネルギーに変わって対消滅する。その際に出るエネルギーは、核爆弾よりも桁違いだという。そんな大規模な爆発を起こせば、地球は跡形もなく吹っ飛ぶだろう。大げさだが、確かにセイドが言うように太陽系全体へ影響が及ぶ可能性も捨てきれない。ましてこの太陽系が亜空間の流れ着く先になっている現状、その他の宇宙空間にもどんな影響が出るかわからない。量子レベルで異常が発生する可能性だってあり得る。爆発に伴うリスクが、あまりにも大きすぎた。「我々は本気ですよ。」『…!』セイドの顔から笑みが消え、真面目な表情になる。「人間の欲望は変わらない。過ぎた文明は必要無い。…あなた方はこれ以上何を望む?」セイドの言葉に、皆が目を奪われる。「私達の祖先は、過ぎた文明を得て自ら身を滅ぼしました。あなた方は、過ぎた文明を求めるがあまり、他者を踏みにじり、利用し、搾取し、食い荒らしている。そして、この"地球"さえも植民地化しようとしている。―――…我々の故郷のように。資源を求め、暴虐の限りを尽くし、その先に何があるというのか。」そして一呼吸置くと、凛とした態度で告げた。「断言しよう。人類は銀河を出られない。どれだけ文明を高度化しようと、技術を磨こうと、人類にそれを実現することは不可能だ。あなた方が他者を犠牲にしながらしているそれら全てが、無駄なことだ。」そして怒りを込めて、吐き捨てるように告げた。「――――…何が“宇宙統括本部”だ。…この広い宇宙を統括しようなど、驕りが過ぎる。」『…!!貴様…!!』だが、本部はふと冷静になった。今の発言。守るべき地球諸共爆発させるなど、セイドがそんな選択をするのだろうか?そう気づき、司令部はほくそ笑む。『…君の言い分は十二分にわかった。…だが君は、我々が要求を飲まなかったとして、その爆弾を本当に起動出来るのか?』「できますよ。」『!』即答だった。「私は、あなた方のような、人類のそういった"愚かな考え"がまかり通る宇宙であれば、いっそ滅んでしまえば良いと思っている。文明の発展とは、犠牲の上に成り立つべきものではない。ここで文明も人類も、全て『リセット』してしまった方が、他全ての人類のためだ。」『……!!』セイドは、至って冷静だった。「ここで終わりにする。我々も、あなた方も。…地球人の皆さんは巻き込んでしまって申し訳ないが―――大きな"銀河"や"宇宙"という単位で見れば、尊い犠牲だ。」その目と表情からは確固たる意志が感じられた。『…っ…だ、だが、君の要求はあくまで"故郷の解放"と"君達の部隊の脱退"だけだ。それでは君の望む、我々の思惑の歯止めには――――』「あぁ、そうだ。だから当然、我々は敵対組織になる。」『……!』「本当であれば≪『宇宙統括本部』の解体≫が我々の本懐だが…それにあなた方は応じないだろう。これは"譲歩"だ。」『……ッ…』「"銀河最強"の名を持つ我々と、戦争する気はありますか?―――と言いたいところだが、あなた方が交渉に応じてくれた場合は、地球人の手前、ここで争う気はない。次会う時まで、一先ず休戦することをお約束しよう。」ふと本部は、セイド以外のメンバーが見当たらないことに気づく。もしや小型船で、各地に隠れて待機しているのか。もしもの時は、宇宙船に乗り込んでくるつもりなのかもしれない。爆弾以外にも仕掛けはしてあるということか。「…」何か手立ては無いかと、思考を巡らせる。そこでふと気づいた。『…そもそも、何を以て"故郷の解放"と判断するんだ?あれだけの基地を動かせと?』「駐留している部下達を全員撤退させてくれればいい。」『はっ!何百光年も先の星のことだぞ?通信にどれだけの時間がかかると――――』その問いに、セイドはポケットから小型端末を取り出した。『…それは…?』「これで私は、故郷にいる父と通信が出来る。」『何…?』「あなた方も使っている、特殊粒子を用いたリアルタイムのビーコン通信だ。」『……!』「技術を転用させていただきました。尤も、暗号化通信をしているのであなた方は気づいていなかったかもしれませんが。父には、『部隊が撤退したら通信を送る』よう伝えてあります。…同じ技術で、あなた方もすぐに撤退命令を出すことは可能だ。」『…!』手は全て打ってある、ということが理解できた。
―――本部は通信システムを利用し、地球人達の反応を確認する。地球人達は口々に「ふざけんな!!」「やっぱりあいつら俺達を利用してやがった!!」「ただの巻き添えじゃん!!」「余所でやれよ!!!」といった声が聞こえてきた。地球人としても、セイド達とは文明も、軍事力も、戦闘力も、全てに差があることを理解しているため、手出しが出来ない状況なのだ。そもそも手を出してしまえば、爆弾を起爆されて終わりだろう。地球人の中で、これまで燻っていたセイド達への不信感が、ここにきて一気に爆発していた。その反応を見て、本部の人間達もセイド達に対して「奴ら本気か…?」という思考が増大していく。そういえば監理官から『セイドは思想の強いところがある。何をしでかすかわからない。』といったことも聞いていた。「司令官…。」部下が皆、心配そうに声をかけてくる。そして、暫く思案した後、司令官はついに判断を下した。「…『特殊防衛部隊』は惜しいが、リスクを取るくらいなら―――…やむを得ないだろう。こちらには技術も、軍事力もある。基地も後で取り戻すことも可能だ。…ここは一先ず、話に乗る"フリ"をしよう。」「…そうですね…。」そして周囲の人員達と合意をすると、通信装置に顔を近づけた。
―――『……わかった。要求を飲もう。』その言葉に、セイドは口角を上げる。「では、一刻も早く基地へ司令を出してください。」『…わかった。』
そこからは、とてつもなく長い時間が流れているように感じた。本部の人間達も、特殊防衛部隊の船員達も、地球人も、そしてセイド達も。皆、緊張しながら、ただ待つことしか出来なかった。風は吹き、鳥が囀り、太陽の光が降り注ぐ。こんな状況でも、地球は何も変わらない。ふとセイドは、手にした小型端末に視線を落とした。見つめても、何も反応がない。内心、早く、早くと、はやる気持ちが抑えきれない。そしてそれから更に数分経った時だった。―――小型端末が、反応を示した。「…!」そして、ある特定のリズムで、ランプと音が、点いたり消えたりした。それが数回繰り返されると、やがて反応が消えた。それを確認した途端、セイドの目が感慨深げに細められた。そしてセイドは、ゆっくりと拡声器を上げる。「――――…今、父から…『隊員が撤退した』と、連絡を受けました。」それを聞いた途端、ムエラ、ノーディス、ヤオロア、ユェル、メルド、ホウリィ、ニセコが、それぞれの場所で目を見開いた。特殊防衛部隊の基地内では船員達がわっと湧き、地球人達もほっと胸を撫でおろす様子を見せた。そんな皆の反応が聞こえているかのように、セイドは感情を押さえながら告げる。「…これを以て、我々『特殊防衛部隊』は『宇宙統括本部』を脱退します。あなた方が太陽系を出るまで、手出ししないとお約束しましょう。そして、あなた方も二度と、我々の故郷と、そしてこの地球を訪れないことを誓ってください。」『…わかった。』「…二度とお会いしないことを祈ります。」『…我々もだ。』そうして統括本部の宇宙船は動き出した。上空へと向けて。どんどん遠くなっていく宇宙船を、じっと見つめながら見送るセイド。それは、地球に残る皆も同じだった。―――暫く見送った後、やがて本部の宇宙船は、空の彼方へと見えなくなった。それを確認してから、セイドは別の通信端末を取り出し、連絡を入れた。「通信班、どうだ?」『そろそろですね。』それから少しして、通信班からの合図を受け取ると、セイドは拡声器を掲げ、いつもの笑みといつもの調子で告げた。「あぁそうそう、もう聞こえてはいないかと思いますが、言い忘れました。」その発言に、地球人達は皆「え?」と言う顔をする。――――「『リセット計画』は、実行させてもらいます。」「は?」セイドの言葉を聞いて、外交官は思わず声が出る。次の瞬間、あらゆる映像端末に衛星画像が表示され、そこには、先ほどの本部の宇宙船が映し出されていた。そして―――…宇宙船の一部が、爆発した様子が収められていた。
―――――「な…ッ、なんだ!?どうした!?」本部の宇宙船内は混乱を極めていた。「通信機器がやられましたッッ!!」「クソッ…!!他には!!」「爆破されました!!!」「何!!?どこをだ!!」「研究の中枢にかかわる施設――――…全てですッ!!!」「なッ…!!」「研究ラボも、データセンター…それから、製造区画…!!!全てやられましたッ!!!!」「……!!!」「司令官!!」「なんだ!!」「宇宙船の制御が出来ませんッ!!!」「なにィッ!!?」「自動で航行を始めていますッ!!ウイルスか何か入れられたのかも…!!!」「…!!!」本部宇宙船は、船員達の意図とは別に、どんどんと違う方向へ進んで行く。やがてとある亜空間に入り込むと、そのままどこかへと消えていった。
―――――「…彼らは別の地域へ送り込んだ。これでしばらくは、会うことも無いだろう。」そしてセイドは再び拡声器を上げる。「あぁそれから――――…我々の会話を聞いていた、"地球外人類"の皆さん。」それを聞いていた、どこかの宇宙船の人々が反応する。「そういう訳で、あなた方がこの星に危害を加えようとすれば、我々が容赦なく対応します。もしかすると…この爆弾を起動する可能性もありますので。」そしてにやりと笑うと、更なる牽制をした。「お忘れなく。」

「バッチリだったな。」「あぁ。ありがとう。おかげで上手くいった。」宇宙船の屋根上に留まるセイドの元へ、色黒の女性二人が近づいてくる。「こいつが手間取るから焦ったぜ。」「お前が下手くそだからだろ。」「あ?やんのか?」~回想~「おい、早くしろよ。」「今やってんだろ。」「ぐずぐずしてると見つかっちまうぞ。」「だったらお前がやればいいだろうが。」「ここまで船員誤魔化してこれたのは誰のおかげだと思ってんだ。」~回想~技術班と共に本部宇宙船内に潜入し、爆弾とウイルスを仕込んだのはこの二人だった。セイドは二人を、"隠密班"と呼称している。「…危険な任務を任せたな。悪かった。」「お前には恩義があるからな。」「良いってことよ。これまでの旅も悪かなかったしな。」「ところで、お前の故郷の方は大丈夫なのか。」「あぁ、それなら――――」「セイドさんッッ!!!!」セイド達のいる下方から、声が聞こえてきた。見ると、宇宙船の遥か下の地面から、外交官がセイドに声をかけてきていた。
――――「どッ、どういうことですかッ!!?!?」セイド達が地上に降りると、外交官がものすごい剣幕で迫ってきた。「すみません、計画を漏らすわけにはいかなかったので。」「あッ…あんなことしたら、一層地球人から顰蹙を…!!というか、なんでこの星であんなことを!?」「すみません。爆弾が完成するタイミングもありましたが、本部の宇宙船をこちらまで動かすためには、地球の資源を餌におびき寄せるしか方法が無かったんですよ。地球の皆さんには、後で謝罪させてもらいます。」「そッ…~~~~~!!!」「おーおー葛藤してら。」セイドと共に降りてきた隠密班の二人は、外交官の様子を見て苦笑いを浮かべる。外交官はセイド達の故郷への想いも汲み取り、何も言えなくなると、その場にへろへろとへたり込んだ。「そっ…、そもそも、あんなことして…故郷の星は大丈夫なんですか…?」外交官の言葉に微笑むセイド。「ご安心ください。そちらも既に対策済みです。」「!?」
――――およそ3年前。「お前に頼みたいことがある。お前自身にも関わる重要な任務だ。」「あ?なんだよ?」セイドに呼ばれたヌアラは、会議室で説明を受けていた。セイドの故郷の星へ赴き、仕掛けをしてきてほしいというのだ。「!故郷の星って言うと…。」「そうだ。お前の仲間達が捕われている星だ。」「…!――――…で、お前の故郷てどんくらいで行けるんだよ?」「そうだな…。ここから最短でもざっと1年はかかるか。」「…そこそこ遠いな…。」「私達の船は本部に補足されてしまっている。本部が把握していない、ステルス機能を備えたお前の船でしか行けないんだ。」「…」ヌアラは少し悩んだ後、強気な表情を浮かべた。「任せとけって。」「!―――…ありがとう。」そして二人、握手を取り交わす。「頼んだぞ。」「あぁ。」
そして1年以上をかけて、ヌアラはセイドの部下数人と共に故郷の星へと辿り着いた。「やっと着いたぜ…。」「遠かったですね…。」「ほんとだよ!!」そして、作戦内容を説明するセイドの言葉を思い出した。『基地が設置された私の故郷がある星は、おそらく本部の人間が周囲を警戒しているだろう。近づこうものなら補足される危険性がある。そこでだ。ニセコとホウリィの星であれば、私達の星から距離もあるし、敵の管理の手も殆ど及んでいない筈だ。そこへ資材を投下する。私の父にも、指定の座標へ向かうようメッセージを送っておく。』「…本当に上手く行くのか…?」――――父は父で、セイドの指定通りに準備を進めていた。本部には「物質調査がしたい」等と理由をつけて、仲間をつれて派遣に出た。日頃の献身的な働きぶりのせいか、それほど疑われることなく許可は下りた。勿論、逃亡しないように発信器を付けるよう指示はあったが。セイドと、そしてその仲間達を信じ、父達は指定された座標へと向かった。「!」そして、少し場所はずれたものの、ヌアラが投下した資材は無事、セイドの父達の元へと投下された。中を開くと、そこには多くの資料の束と、なんらかの物質が。資料の中身を確認すると、作戦が記された指示書と、付属された物質を利用した"爆弾"の作り方が書かれていた。しばらくして父からセイドの元へ、資材を受け取った旨と、作戦内容について了承した旨の通知が届いた。
――――「ぬッ…ヌアラさんも味方だったんですか…!?」「そういう訳だな。」「うわッ!?ヌアラさん!!?」「よう。セイド!!お前やりやがったな!!」「あぁ。お疲れ。」そう言ってハイタッチをする二人。そしてセイドは肩にヌアラの腕を乗せながら、話を戻そうと外交官に向き直る。「父達には、本部の指示通りに部隊が撤退した後、"基地の中枢部を爆破せよ"と指示を出していました。更に、敵と争うことがあれば、その対応をせよとも。」「なッ…!?だ、大丈夫だったんですか!?」外交官の言葉に、にやりとするセイド。「彼らは私達と同じ遺伝子を持つ人類ですよ?舐めないでいただきたい。本部には、『"解錠"は出来る者と出来ない者がいる』と伝えていましたが、実のところは違う。漏れなく全員、出来るんですよ。しかし、本部にはそれを隠し、非力なフリをしてもらっていました。本部の目の届かない場所で、隠れて力を磨き上げ、反乱の時に一斉に襲いかかるようにね。」「そ…そこまで計算して…、」「そして我々には味方もいる。―――ヌアラの船員達ですよ。共に協力するよう伝えていました。」「まぁオッサン達もそれなりにやるからな。」「おかげで、先ほど父からも『作戦成功』のビーコンが飛んできました。」「おっ、マジ!?」「おぉ…!」「ちなみに奴らはコールドスリープも想定して準備を進めていたようですが、それらも全て破壊させてもらいました。」「あはは!ざまーねぇな!」「う…うわあぁ…。」そんな風に説明をしていたところ、ムエラ達の小型船が戻って来た。皆それぞれ、船を降りてぞくぞくとセイド達の元へ歩いてくる。宇宙船基地の窓からは、博士や主任、ケォン達なども見守っていた。歩いてくる仲間達にセイドは問いかける。「―――…聞こえてたか?」通信機をオンにしていたため、これまでの会話は全て、仲間達には共有されていた。ずんずんと足早に向かってくる仲間達の顔は、どこか険しい。そして――――…。ノーディスとニセコが、二人して真っ先にセイドに抱き着いた。「うぅ~~~~…!!あんたよくやった!!!ほんとすごい!!天才!!!!」「わああ!!セイドさんほんとすごいっす!!まさかほんとにやっちゃうなんて…っ!!!付いてきてよかったっす!!!」一瞬驚いたような顔をしたセイドだったが、泣きながら抱き着いてきた二人と、憑き物が落ちたように目の前で優しく微笑む仲間達の、嬉しそうな顔を見て、心からの微笑みを浮かべるのだった。
――――そうして作戦成功を喜んでいた時だ。バタバタバタ、と音がしたかと思うと、上空に自衛隊機や戦闘機やらが飛んできていた。それを見て、外交官が叫ぶ。「ほら言わんこっちゃない!!!!」だが、皆は動揺することなくそれを見上げていた。セイドはいつもの挑戦的な笑みを浮かべる。その顔は、あらゆるしがらみから解放された、爽やかなものだった。
「奴らを相手にするより、よっぽど容易いものだ。」

「どうしてくれるんだよ。お前らのおかげで私達皆、職と居場所失っちまったじゃねぇか。」そう言う割には、どこか楽しげな表情を浮かべるワナゼナ。あの一件から数日後、ワナゼナがセイド達の元へ姿を現した。セイドは真面目な顔でワナゼナに告げる。「…わかっていただろう、本当は。」「あ?」「何故私達を泳がせた。」「…はっ。」ワナゼナは図星だと言わんばかりに口元を緩めた。セイドが続ける。「お前には"特異"な能力がある。」「…おいおい、お前こそ知ってたのかよ。」その言葉に、セイドはいつもの怪しげな表情で応える。「…あなたの性格を考えると、不自然なボディタッチが多いものでね。…大方、"触れた相手の思考が読める"だとかそんなものでしょう。でなければ、本部がここまで私達を野放しにするとは思えない。あなたに全幅の信頼を寄せていなければ、出来ないことだ。」全てお見通しだった。「あなたのおかげで奴らも騙されてくれました。」その言葉にワナゼナは、過去を振り返るように遠い目を向ける。「面白そうだったからな。」「…」「お前ら――――…いや、お前なら何か仕出かしてくれるんじゃないかって期待してた。」「…結果はどうでした?」セイドはいつもの怪しげな笑みを浮かべ、問いかけた。それに対し、ワナゼナも性格の悪い笑みを浮かべて、返す。「期待"以上"の結果だ。」―――「で?お前らはまだこの星に留まるのかよ?」「えぇ。やることがあるのでね。」「そうか。精々頑張れよ。これからも楽しみにしてるぜ。」去っていくワナゼナの背中に、セイドはどこへ行くのか、とは聞かなかった。見届けながら、セイドはつい昨日のことを振り返る。
―――――記者会見のような場所で、地球人達から質問攻めに合うセイド達。セイドが壇上で演台に手を付き、それを他のメンバーが後ろから取り囲む形だった。「皆さんも聞いていらっしゃったかと思いますが、我々の部隊は『宇宙統括本部』から脱退しました。…国連総本部でもお話ししましたが、もしあなた方地球人の総意で、我々に『地球から退去』するよう要望があれば、応じることも厭いません。」セイドは真剣な表情で続ける。「だがこの星は、あの本部の人間達のように、他の宇宙生物や、人類達が依然として狙っています。それに対抗できる手段を、あなた方はまだ取り揃えていない。」一人の記者が尋ねた。「故郷の星には帰らないのですか?」それにセイドは淡々と答える。「あちらは私の父や、仲間達に任せています。無事奪還も果たしたようなので、問題はないかと。」その後もいくつもの質疑応答は続いた。そして粗方質問に答えると、会見場はお開きとなった。
最後に一言、セイドから語られる。「もしあなた方がお望みとあらば――――…我々はこれからもこの星を守りますよ。」そしていつもの怪しげな笑みを浮かべた。
「我々は、"防衛部隊"ですから。」

セイドは宇宙船の基地の屋根上に立ち、美しい青空を見上げていた。そしてふと、ポケットから小型端末を取り出して、見つめる。「……遅くなってすまなかった。…父さん。」その時のセイドは、『特殊防衛部隊』の長ではなく、ただ一人の、娘の顔をしていた。
そして時を同じくして、故郷の星ではセイドの父が、地上から空を見上げていた。見えない筈の、娘がいるという"地球"を見つめて。「……ありがとう、セイド。」そうして微笑んだ父は、今までに見たことがないほど、優しい笑みを浮かべていた。


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