【5話】宇宙人


広大な宇宙の中を、一隻の宇宙船が静かに漂っている。背後には、青く美しい地球が佇んでいた。―――船内では、忙しなく会話が飛び交っている。「酸素濃度が高すぎるな。調整してからでないと降りられないぞ。」「重力は比較的強いわね。体の重さにも慣らしておかないと。」「でもまぁ、生身で降りられるだけましだな。」「この星だけで言語どれだけあるんだよ…。」「えぇ~~~!?こんなにっすか!?」「だが、主要言語だけ覚えれば良さそうだ。習得は比較的容易だな。皆しっかり頭に入れておくように。」「だるいな…。」「歴史はそれほど古くはないみたいだな。」「セイド、任せたわよ。私達には無理。」「出来る限り入れておく。」「食べ物はどうなの?」「それも含めて、調査班と生物研究班が絶賛確認中だ。」「なんか美味しそうものがいっぱいありますね…。」「ね。見た目にこんなに拘ってるのすごいわ。」「でも私達が食べられるとは限らないわよ?」「それにしてもなんだかすごいわね、この星。人間の数は多いし、気候も文化もバラバラ。」「文化か…。技術も知能も低いが、資源が豊富なおかげか、生きるためのそれよりも多種多様な娯楽に対して時間を割いているように見える。人類は環境に恵まれるとこうなるんだな。」「となると…今後危ういかもしれないわね…。」「そうだな。」「それで、セイド。どうやって入り込むんだ?この星、統括的に管理する単一組織があるわけじゃなさそうだぞ。」「星の中に沢山の国があって、それぞれの国をそのトップが仕切っているみたいだな。」「厄介だな…。」そしてセイドは“地図”のある一点を指差した。「この島国が、何かと都合が良さそうだ。」「"日本"、ってところか?」「あぁ。」「こっちのでかい国じゃなくていいのか。」「その国だと、私達を脅威とみなす可能性の方が高い。国民性や、軍事力、地形、行動の自由度等…総合的に考えると、ここが良いだろう。地質的な話もある。」「そうか。まぁお前がそう言うなら間違いないだろ。」「流れは?」「いつもの通りだ。だが、降りるまでに時間を要すからな。その間でイレギュラーが発生する可能性もあるだろう。細かい部分は、後でまた話し合おう。」「りょーかい。」「そうよね~。だって、引き続きの情報収集と、勉強と、体の調整とーって――――…あ~~!!いつにもましてやることが多い!!!」「それまでにこの星の人間にバレねぇか?」「こいつらの技術的に心配はいらねぇだろ。それに、バレたところでだ。」「そもそも既に調査班が侵入出来ているわけだものね。」「盗聴もしまくってるしな。」「じゃあ早速勉強するか~。…やりたくないけど。」「なんかこの星、ルールとか制度とか仕組みとか…複雑ね。」「ありがたいことに調査班が本を手に入れてきたぞ。」「なんか凄い量だった気がするんすけど…。」そう言いながら、他のメンバーはぞろぞろとその場を立ち去っていった。皆が去った後、セイドは窓辺に立つと、じっと地球を見つめていた。やがて目を細めて微笑むと、ぽつりと呟く。「それにしても――――…美しい星だ。」
―――――時は戻り現在。『特殊防衛部隊』の"戦闘班"全8名は、宇宙船基地の会議室にて、定例会議を開いていた。まず、宇宙情勢や他の惑星の状況について報告がされる。「統括本部の支援部隊が助力してくれたおかげで、**エリアの★★星は復興が大分進んだようだ。それと、最近@@エリアでは、■■賊の動きがまた活発化してきたそうだ。」「▲▲エリアはまた戦争が始まりそうな気配だって言ってたな。あと、〇〇星が超新星爆発を起こしたらしい。また宇宙構造が変わらなければいいがな。」「『第三調査部隊』が未開エリアを調査したところ、そっちでも人類の生息反応があったみたいよ。まだ調査中だから、詳細はわからないって言ってたけど。」ある程度の情報共有が完了すると、話題は地球へと移った。お互いの持つ情報を出し合いながら、今後の動きについて話し合う。「船の定期点検は特に問題無しだ。先日、一部の地球人が密かに偵察に来ていたみたいだが、特に何もせずに立ち去ったらしい。」「最近若い子もよく見かけるわ。興味本位で見に来るんでしょうね。」「まぁ普段は危険ってことは無いが…有事の際は気を付けてもらいたいな。」「そこは地球人に注意喚起しておく。」「資材班、食料班、医療班からも、特に不足してるって話は出ていない。元々それほど貯蔵物資に困ってはいなかったが、地球人側からも補給物資を貰うことがあるそうだな。そこはありがたい話だ。」「技術班と医療班から、地球人への技術提供に関する進捗報告があったが、特に問題は無かった。恙なく進行している。技術班については、例の共同開発中の兵器がもう少しで使えそうだ。」「生物研究班からの報告だと、この前私とメルドが対処した宇宙生物も、何者かに送り込まれた可能性が高いって話よ。ちなみに他の個体は今のところ確認できなかったって。」ユェルの言葉にも、メンバーたちは"いつものことだ"とばかりに、落ち着いた様子を見せた。「まぁ探査機の精度も少しずつ上がってきてるから、侵入者の事前発見、事前対処も、前よりはスムーズになるだろ。そこまで心配する必要もないんじゃないか。」「この前、やっとアフリカにも探査機が設置できたんでしょう?」「あぁ。」「最近探査班によく呼ばれるんだが、既に色々と引っかかってるみたいだ。」一通り情報交換を終えたところで、メルドが呟く。「そういえば、ワナゼナがあちこち調べてるな。」その言葉に、皆の表情が引き締まった。「対策はしてある。関係各所にも通達済みだ。皆も、いつものことだが発言等には気を付けてほしい。」セイドの言葉に皆が頷く。「それと計画についてだが――――…一先ず見通しがついた。」それを聞いて、皆の目が見開く。「じゃあ…」「あぁ。そう遠くない未来に実行することになるだろうな。…絶好の機会だ。」ニセコが生唾を飲み込み、他のヤオロア、メルドを除いた4人も、どこか緊張した面持ちになる。「それから例の件については、侵入して設置することにした。」「…リスクが高くないか。」「彼女達なら問題ないだろう。"あちら"の準備も、"奴"が上手くやってくれたしな。」それは、計画が着々と進んでいることを示していた。「…いよいよなんすね…。」皆、真剣な面持ちで思い思いに馳せる。
そんな中、会議室へ訪問者が現れた。扉を開けると、そこには調査班の助手が。「セイド、地球人が呼んでるぞ。」「あぁ…もうそんな時間か。」「え?なに?この後も予定あるの?」「あぁ。今日は地球人向けの講義を行う予定だ。」「うげ~~…。あんたって奴は…。」「今日くらいは休んで行けよ。」「大丈夫だ、問題ない。それに、今日は日本国内だからまだましってものだ。地球人が送迎してくれると言うからな。」「小型船の方が早いのに…。」セイドは、気遣うメンバーに対して笑みを浮かべると「後は任せた。」と言い、部屋を出て行った。

黒い高級車の後部座席で、セイドはぼうっと窓の外を眺めていた。その視線の先では、青い空に緑色の田んぼと、田舎の景色が広がっている。運転席の男――――外交官は、何か気にする素振りで、バックミラー越しにちらちらとセイドを見ていた。それに気づいたセイドが声をかける。「何か?」「あっ…い、いえ、すみません!…セイドさんとはこれまで何度もお会いしていますが、いつもはお忙しそうなのに、今日はどこか落ち着いているなと思いまして…。」彼は、日本でセイド達が地球人と交流する際の、橋渡し役になることが多かった。セイドも彼の優秀さやその人柄を認めており、セイド側から彼に対して依頼や提案等を行うこともあった。彼の言うように、移動や打ち合わせで共に時間を過ごすことも何度かあったが、いつもセイドは、張りつめたように書類や端末に目を通し、一人の世界に没頭していた。そのため、今日のように気を抜いていることは珍しく――――否、外交官からすると、初めてのことのように思えた。「…色々と一段落しましてね。」どこか肩の荷が下りたようなセイドの笑みを見て、外交官は同情したように眉を下げる。「…この星に来てから…大変でしたもんね。あちこちに飛んで、説明と協力と…。なかなか理解を得るのが難しい場面も多かったことでしょう。」「えぇ。でも、あなたのような協力者がいてくださったおかげで、我々はここまで来られました。」「…そう言っていただけるのなら、光栄です。」「本当に感謝しています。」「そんな…。」そんな謙虚な外交官の様子を見て、セイドは一つ提案をした。「どうせ時間もありますし、この際、何か気になることがあれば、遠慮なく聞いていただいて構いませんよ。」「えっ!!あの!!……もしや、お察ししていましたか…。」「えぇ。」彼はセイドに対して、度々何か聞きたげにする様子を見せていた。だが、セイドが忙しそうにしていたことと、こんなことを聞いては失礼なのでは、という意識から遠慮をしていたのだ。「あれだけ見られていれば誰でも気づくと思いますよ。」「す、すみません…!」「謝ることはありません。地球外生命体を初めて見たあなた方の思考や感情は、…私も理解できます。」そう言ってどこか遠い目をするセイド。
外交官はハンドルをぎゅっと握りながら、好奇心が抑えられない、といった様子で問いかける。「ではお言葉に甘えて…。早速ですが、以前セイドさんは『他の星をいくつも渡り歩いてきた』と仰っていましたが、その時はどんなお仕事をされてきたんでしょうか…?」「あぁ…。そうですね。まず前提として、我々は『特殊防衛部隊』を名乗っていますが、実は別名、『先遣調査隊』とも呼ばれています。私達の主な仕事は、本部においてまだ調査の手が入っていない"未開エリア"について、実際に現地へ赴き、エリア一帯の宇宙空間やそこに存在する星々を調査して、調査結果を本部に報告する、というものになります。具体的な調査内容としては、星を構成する物質の割合や、資源の有無、生物や知的生命体―――人類の有無等を確認しています。その過程で、人類が存在し、何らかの脅威にさらされていると判明した場合は、その脅威を排除する、といったこともしています。」「今の仕事もそれと言うわけですね。」「えぇ。…ただ、そもそも人類が立ち入ることの出来ない環境の星が多かったり、生命体の居住する星の割合が少ないこともあって、"調査"が主な仕事にはなっていますね。」「地球以外にも、"人類が脅威に晒された"場面はあったんですか?」「えぇ。とある星では、現地住民が他の星から来た"賊"に襲撃されていたので、その賊を無力化したり…、宇宙生物に浸食されつつあった星では、現地住民と協力しながら、その生物の殲滅をしましたね。」「その話は本当だったんですね!?で、では、『とある恒星系の争いをたった8人で制圧した』という噂は…!?」「それはすこし大げさですね。内戦が勃発していた星の争いに"巻き込まれてしまった"ので、やむを得ず動いた結果、たまたま争いが収束した…というだけの話です。」「は~~~…。ちなみに他の星の文明と言うのも、やはりセイドさん達のように進んでいるのでしょうか。」「いえ。寧ろあなた方より低いレベルの星が大多数ですよ。中には狩猟を生業にしている原始的な星もありました。確かに、我々と同じくらい文明が進んでいる星もありましたが、数はかなり限られます。だからこそ、あなた方の星もこれまで発見されてこなかったとも言える。文明の発達した星ばかりであれば、もっと銀河は混沌としていたでしょうね。」「なるほど…!あ、あとすみません!星の数って、銀河の中だけでも数千億個あると聞いたことがあるんですが、中には面白い星とかもあったんでしょうか!」「それはもう!超巨大生物が数多く住みつく星や、独特の植物が支配する星などもありましたね。気候が数秒毎に変化する星や、巨大な大穴が開いている星、独特の地形により歪な形をしている星等…尽きることはありませんでしたよ。特に私が興味をひかれたのは、明らかに"人工的であろう"建造物があるにも拘らず、人のいた痕跡が全く見つからない、という奇妙な星ですね。」「えぇっ…それは恐ろしいですね…。」「えぇ。あれは非常に興味深かった。仕事さえなければ、いつまでも調査していたかったくらいですよ。」そこで外交官はふと気が付いた。「この広い宇宙の中、それだけ多くの星を訪れたということは、それなりの年数を要した、ということでしょうか…?セイドさん達の技術を利用した高速航行を以てしても、なかなかの時間がかかるかと思いますが…。」「そうですね…地球時間に基づいた計算で算出すると――――…20年以上は航行しましたね。」「にっ、20年!!?あ、あれッ!?セイドさんって、失礼ですがおいくつなんですか…!?」その外交官の驚きぶりに、セイドは口元を緩める。「あぁ…。私達はあなた方の倍近くは生きますからね。」「ばっ、倍も…ですか!?」「年数で言うと40年以上は生きているかとは思います。…そうですね、成熟の進行速度が異なるので一概には言えませんが…地球人の年齢で換算すると、我々特殊防衛部隊の戦闘班は皆30代前半というところでしょうか。」「は、はぁ~~…。」「宇宙には我々より長命な人類も、短命な人類も存在しますよ。」「そうなんですね…!」驚きつつも、"宇宙"という未知の情報に心を躍らせている外交官の姿を見て、セイドは静かに微笑んだ。その後も外交官の好奇心は止められず、質問は続く。「あ、あと!ずっと気になっていたんですが、たまに戦闘の時に戦闘班の皆さんは何かを呟いていますよね!あれは何なんでしょうか!?その瞬間に、何か強大な力を手に入れるように見えるのですが…!」「あれは自身の『解錠番号』を口にしています。」「『解錠番号』…?」「我々は遺伝子レベルで個体番号が刻み込まれています。そうですね…。あなた方の言葉で言うと、“A-320✕✕✕…”と言った、意味のない言葉の羅列です。古い祖先が、今より更に高度な技術を使って、私達の人類に刻み付けた番号なんですよ。」「今のセイドさん達よりも、更に高度な文明があったってことですか…!?」「えぇ。当時の人類達は、様々な遺伝子操作を繰り返していたみたいですね。おそらくこの丈夫で効率の良い肉体も、そうして作り上げられたのでしょう。そういった技術を使って、『解錠番号を唱えることで、潜在能力を解放する』という"設定"をした。」「はぁ…!だからセイドさん達はあれだけ強い力をお持ちなんですね…!『解錠番号』とは個人個人で決まっているものなのでしょうか?」「えぇ。個体ごとに異なるので、それを確認する方法もあります。でも、要はなんでもいいんですよ。とにかく能力発動において、自分の中でスイッチが切り替えられれば。」「なるほど……!!」そうして目を輝かせながら、外交官はセイドとの会話に花を咲かせるのだった。

やがて車は目的地に到着した。セイドは、大きな講堂の壇上に立ち、各国から集まった研究者や技術者に向けて、堂々と講義をしている。外交官はその様子を陰から見守っていた。「(この人は…戦闘だけじゃなく、一人で外交も、調査も、技術提供もしている…。どこまでオールラウンダーな人なんだ…。)」先ほどの話に加えて、外交官はセイドの凄さを改めて見せつけられたのだった。
――――帰りの車内で、外交官はハンドルを握りながらセイドに呼びかける。「本当に…すごいですね、セイドさんは。」「そんなことありませんよ。…この世は、私だけでは実現できないことばかりです。仲間や、他の人員達に支えられながら、これまでやってきました。」「あぁ…部隊の方々ですね。」「えぇ。…優秀な人材ばかりですから。」そう語るセイドの目元は、どこか優しく感じられた。「…地球以外の星の人類も、セイドさん達のように知能が高いのでしょうか…。」「そうとも限りませんよ。同じ地球人の中でも異なるように、宇宙規模で見てもそれは同じです。…それに、我々にもまだ解明できないことは山ほどありますから。私達はただ、あなた方より多くのことを"知っているだけ"だ。」そしてふと、車窓の奥に目を向けた。そこでは、橙に輝いた夕陽が沈もうとしている。「…ただ、私は常々…『これは本当に解明すべきことなのか』と疑問に感じています。」「え?」「…技術の進歩は、良い方向ばかりに進むわけではないですから。」外交官がバックミラーに目を向けると、セイドは窓の外を見たまま呟いた。「あなた方には、そのままでいてほしいとさえ思う。」「それはどういう…?」振り返ったセイドは、どこか寂しそうに笑った。

同じ頃、とある宇宙船に乗っているワナゼナは、船員から報告を受けていた。太陽系近郊の小惑星が、爆発により消滅したとの知らせだ。それを聞きながら、訝し気な表情を浮かべるのだった。


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