【8話】嵐の前の静けさ


家や、柵、柱や、荷車―――――…周辺のあらゆる物が燃え盛っている。その中心には、地面に手を付いて項垂れる一人の少女がいた。彼女の名はヤオロア。彼女はたった今、全てを失った。家族も、親戚も、友も、仲間も―――…全て。その目に光は宿っていなかった。火の海の中、絶望に打ちひしがれている彼女の元へ、何者かの影が迫っていた。この事態を引き起こした張本人か、それとも生き残りの誰かか、或いは――――…おそらく前者だろうと、ヤオロアがゆっくりと顔を上げた時だ。そこには、自分と同じくらいの年齢であろう少女が佇んでいた。その目には憐みの感情が見て取れた。ヤオロアを見下ろす少女はまるで決意を固めるように、その悲し気な顔から意志の強い顔に切り替わる。「奴らに対抗できる手段が欲しくは無いか?」「…!」「君が―――…いや、我々が持つ本来の力だ。」そう言うと、ヤオロアに手を伸ばしてきた。
――――「――――…」そして現在。ヤオロアはシャツにズボンだけという軽装で、基地の屋根の上に立ち、朝焼けを眺めていた。顔を上空に向けると、美しい空の中、鳥が数羽飛んでいた。

「あら?」ユェルが廊下を通りがかると、憩いスペースのソファに、外交官がかしこまりながら座っていた。「こんにちは。」「あ、こんにちは、ユェルさん。お邪魔してます。」「セイド?」「えぇ。今日は、研究者の方がセイドさんにお話を聞きたいということでいらっしゃってまして…。私はただの案内人です。」「そう。お疲れ様ね。何か飲む?」「い、いえ、お構いなく!」「ふふ、大丈夫よ。地球で手に入れた食材とか飲料も取り揃えてあるから。得体の知れない宇宙食は、地球人相手に出さないわ。」「そ、そういうつもりでは…!」「冗談よ。じゃあ、コーヒーでも飲む?」「…すみません、いただきます…。」
――――そして、ユェルから出されたコーヒーを飲む外交官。「美味しい…。」「でしょう?地球人の女性からね、『助けてくれたお礼に』って貰ったのよ。」「そんなものをいただいてしまって…、」「いいのよ。沢山あるから。」「…でも、そういう方がいてくださるのは、私としては嬉しい限りです。」「え?」「セイドさん達皆さんが"良い方"だと言うのは…私が一番よく知っていると自負してますから。」「…」「…まだまだ世間の風当たりは強い。セイドさん達を良く思わない人や、疑わしく思っている人も多い。…そんな中で、そう言った方がいるのは――――…心強いです。」「…そんな風に信じちゃっていいの?」「え?」ユェルはどこか、掴みきれない笑みを浮かべる。「もしかしたらあなた達を騙してるだけの―――…"宇宙人"かもしれないのに?」「…」外交官は手元にあるカップに視線を落とした。黒い液体に、自分の顔が映る。「…正直私も、最初は懐疑的でした。…でも今は、あなた方を信じています。」「!」「…あの時がきっかけでしょうか。」そうして過去の出来事を思い出した。
~~
セイド達が地球に来たばかりの頃。今の場所に宇宙船を設置し、基地を構えて間もない時期だ。宇宙船が発する特殊電波等が、近隣の町や村、そしてそこに住む人々に影響が出ないか調査を実施していた時のこと。8人でぞろぞろと町の中を歩き、その後ろを外交官や自衛隊数人等の地球人が着いて行く。「うわぁ〜〜美味しそう…。」町の中でも主要道路なのだろう、車通りの少ない道の歩道側を歩いていると、ニセコがショーケースに並んだスイーツへ釘付けになった。ヤオロア「お前本当に食い意地張ってるな。」ホウリィ「だめよ。私達の体にどういう影響があるかわからないんだから…。」ノーディス「食べ物の調査についてはまだちゃんと進んでないみたいだしね~。」ニセコ「それはそうなんすけど…ここにいるだけでめっちゃ良い匂いしますよ!!地球人の食べ物のバリエーションすごいし!!」ムエラ「…彼らとは肉体構造が違うんだ、最悪もしかしたら…。」メルド「体が腐るかもな。」ニセコ「えっ」そんな会話を苦笑いしながら見ていた外交官だったが、後方からの「おい、あれッ!!」と言う声に振り返る。「!!」見ると、反対車線側でトラックがスピードを出したまま、勢いよく歩道に乗り上げようとしていた。次の瞬間、目の前にいた筈のセイド達の姿が無いことに気づく。再び反対車線側へ視線を移すと、ヤオロア、ムエラ、ノーディスがトラックの進行方向にいた人々を抱え、別の場所へ避難させていた。そしてそのままトラックの方を見ると、ニセコが丁度タイヤを切りつけ、パンクさせていたところだった。進行方向の先では、トラックの正面にメルドが立ち、トラックに対し垂直に武器を突き立てた。メルドは自らが支えとなり、道路上に摩擦痕を残しながらトラックの勢いを殺していく。暫くそうして引きずられた後、トラックはようやくその動きを止めた。
そして、辺りは静まり返った。その時ようやく、離れた場所でユェルとホウリィが、人や車が立ち入らないよう誘導していたことに気づいた。「あっぶな~~~!!」思わずノーディスが声を上げる。同時に、ガコッ、という音が聞こえて振り返ると、そこには、トラックの扉を強引にこじ開けるメルドの姿があった。「…操縦士は気を失ってるな。おい、お前らの医者を呼べ。」メルドに呼びかけられ、慌てて駆け寄る自衛官達。そして、トラックがぶつかりそうになった建物の中からはセイドが出てきた。どうやら、中にいた人々を避難させていたらしい。「皆無事か?」「靴が焼けた。」メルドの靴底を見て笑うセイド。「これは改良が必要だな。」「地球人は皆無事だ。そっちは?」「こっちも間に合った。」人々が騒めく中、セイド達の元へ、小さな女の子が母親の手を引きながら駆け寄ってきた。「ん?」女の子は、セイドに向かって元気よくお菓子を差し出す。「はい!」それを見て、セイド以外の皆が互いに目を合わせる。女の子と手を繋ぐ母親も、少し困ったように苦笑いをしていた。困惑した様子の彼女達のことなど露知らず、女の子は曇りなき笑顔で「おいしいよ!」と言ってくる。セイドはしゃがみ込むと、「『ありがとう』」と言って、それを受け取った。地球人はお礼を言う時にこう述べると学習済であった。だが、渡しただけでは満足できないのか、女の子はセイドが食べるのを待つように、じっと見つめていた。思わずノーディスがセイドに声をかける。「やめときなさいよ。」だがセイドは、お菓子の包装の封を切り、それをパクリと口に含んだ。それを見て皆が「げっ」といった顔をする。数回咀嚼して飲み込んだセイドは、「問題はないようだ。」と呟いた。「おいしい?」目の前の女の子がそう問いかけると、セイドの顔にはいつもの怪しげな笑みではなく、優しい微笑みが浮かんでいた。「…あぁ。おいしかった。ありがとう。」その光景を、あわただしく行きかう地球人の間から、外交官が離れた場所から見守っていた。
~~
「…セイドは…ただただ、真面目なのよ。」外交官と同じく、手にしたカップを見つめながら呟くユェル。その目はどこか遠い過去を思い出しているような、何かに想いを馳せているようにも見えた。「真面目で――――…、…ううん。…なんでもないわ。」何かを言おうとして、やめた。どこか切なそうなその顔に、外交官は何も言えずに黙る。きっと、彼女達にしかわからない何かがあるのだと思った。どこか重い雰囲気を紛らわそうと、外交官はふと思い出した疑問を投げかけた。「そういえばずっと疑問だったんですが…。どうして皆さんはこの国に拠点を?もっと他に都合の良い大国があったでしょう。」するとユェルは顔を上げ、遠くを見るような目をした。「理由はいろいろあるけれど…。…もしかしたら、どこか…故郷に似てるからかもしれないわね。」「故郷に…?」「…きっと、思い出させのよ。争いの無い…平和な日本が―――…。」
――――「やはり君と語り合うのは楽しいな。」「そう言っていただけて光栄です。私にとっても、教授と話す時間はとても有意義ですよ。」会議室では、セイドと年老いた男性が二人きりで話をしていた。「そうだ、ちなみにこれも聞きたかったんだ。君は"時間の流れ"についてどう考えている?」「あぁ…その話ですね。私も時間の流れは一方通行だと考えています。過去の故人が遺したとされる書類や書物等が今の我々に受け継がれていることを考えると、それが自然だと考えます。ただ…」「ただ?」教授に促され、セイドはいつもの笑みを消した。「…ただ、考えてしまうことがあるんです。…もしもその『過去』が、『未来』だったとしたら…。我々が今読んでいる過去の書物とされる物が、実は『未来に起こった出来事である』とするとどうでしょう。書物に書かれたことが、将来これから起こり得る出来事だとしたら…。」「…そう考える何かが、君にはあるのかな?」その言葉に、セイドは教授の方を見た。その表情を見た教授は、今この場に、等身大の彼女がいるような気がした。「…えぇ。たまに考えるんです。私はこれまで、人のため、自分のために文明を進める努力をしてきました。ですが、本来はそうすべきではなかったのではないか…と。」「!」「未だに考えます。そして、それが"良くない結果"に繋がるのだとしたら…どこかで手を止めるべきなのではないかと。…例えそれで、自分の存在が消えるとしても。」「…」「…でも、この世に生きる人類は私一人ではない。そして、友や仲間や、守りたい人々もいる。…私一個人の意思でどうにか出来るものではない。それに、他の人は違う考えかもしれない。……そういった価値観の相違が、新たな争いを生むことにもなります。」そしてセイドは、どこか悲しそうな笑いを溢した。「…難しいものですね、人間とは。」そんなセイドを見て、教授はずっと胸に引っかかっていた疑問を口にする。「…正直なところ、君の背後にある何かは私にはわからないが―――…君は文明が発達することを良くは思っていない節があるね。我々への技術提供について一部制限をかけているのも、それが原因かい?」「…」口を噤んだセイドに対し、教授は取り繕うように言葉を重ねた。「いや、私はそれが悪いことだとは思っていないよ。君も組織に所属する人間だ。色々あるんだろう。」その言葉に、セイドは一度視線を落とすと再び教授を見た。「…例えば、あなた方地球人は眼鏡をかけている方がいますね。」「あぁ。」「アフリカの原住民の方は、日常的に遠くを見る必要があるために、非常に視力が良い。対してあなた方は、その技術と文明を発達させるべく、代わりに視力を失った。…"退化"しているととってもいい。それは…人類が本来歩むべき進化だと思いますか?」「…」「文明を進めることが必ずしも良いことであるとは限らないと、…私は考えます。」「…だが君達は、文明を進めたおかげで、こうして宇宙へと進出できた。それだけ恩恵もあるのだろう?エネルギー問題の解決や、食料問題等…。そして、ゆくゆくは宇宙をも統治するという目的が――――」「…人は、変わりませんよ。」「!」「…確かに、そういったメリットはあります。ですが…惑星内で収まっていたことが宇宙空間へ進出したとして、人間がすることは変わりません。争いも、傲慢さも。―――…それに、人類の技術には"限界"がある。」「!」「教授。あなたは…人間の技術で、銀河の外へ出ることが出来るとお思いですか?」教授はその言葉に疑問を感じた。セイドは『宇宙統括本部』の所属で、責任ある立場にある人間だ。これまで本部への忠誠を誓うような発言も度々聞いてきた。それが、こんなことを言うなど―――…。今、本音を吐き出す彼女が目の前にいる。そう思った。その時、何者かが部屋に入室してきた。―――外交官だった。「すみません、教授。そろそろお時間です。」「セイドくん―――」「すみません、教授。」「!」彼女を見ると、いつもの貼り付けた笑顔を浮かべていた。「少し喋り過ぎてしまいましたね。…ありがとうございました。楽しかったです。」

それから数日後のことだった。「セイド。」ムエラが、自室で資料を読むセイドの元を訪れた。「派遣していた技術班が戻ってきたらしい。」その言葉に、セイドは笑みを深くする。そしてその後、いつもの会議室に8人全員が集められた。セイドは立ち上がると、テーブルに両手をついて身を乗り出した。「諸君。いよいよ準備が整った。」そしてメンバーの顔を見回す。皆、真剣な表情を浮かべていた。「計画を遂行する。」強気な顔でそう伝えるセイドに対し、ヤオロアが冷静に問いかけた。「いつだ?」セイドはそれに躊躇うことなく答えた。「明日だ。」

セイド達が地球を訪れてから、2年が経とうとしていた頃。地球ではなんの変哲もない、いつもの日常が流れていた。人々は会話をし、働き、勉強をし、遊んでいる。心地よい晴れの日で、見上げると青空が広がっている。昼に差し掛かろうという時間。突然、その美しい空が陰った。人々が訝しみ空を見上げると、地上に向かって巨大な影が迫っていた。よく見るとそれは、セイド達が乗って来たそれの、数倍はあろうかという大きさの宇宙船だった。人々はそれに恐れおののき、戦慄する。何故こんなところまで接近を許したのか、もっと早くに気づけなかったのか、防衛省は、特殊防衛部隊は何をしているのか。そう混乱が生じた時だった。「ようこそお越しくださいました、『宇宙統括本部』――総司令部の皆さま。そこで停止をしてください。」セイドの声が地上に響き渡った。人々は更に混乱する。どこから声が?気づくと、周辺のテレビや携帯といった電子機器を介して、セイドの声が聞こえていた。「あぁ、それと…それ以上の侵入は禁止します。小型船で降り立つなんてことも、くれぐれもしないように。」セイドは、本拠地とする宇宙船の屋根上に立っていた。片方の手には、上空へ向けて拡声器のような装置を握りしめている。そしてもう一方の手で、何かの端末を高く掲げた。「それ以上この星に近づけば――――…爆弾を起爆して、太陽系諸共吹っ飛ばします。」その言葉を聞いた途端、本部の人間だけではなく、地球人達も驚愕に目を見開いた。その反応を予期していたかのように、ほくそ笑むセイド。「地球人の皆さんも聞こえていますか。」今度は地球人達に対し呼びかける。「…もうおわかりでしょうが、あなた方は――――…我々の"人質"だ。」それを聞いた途端、各地で人々が呆気に取られていた。外交官は車を運転しながら「なっ…!?」と呟きハンドル操作を誤りそうになり、監理官のワナゼナは自分の宇宙船基地で窓の外を眺めながら「おーおー、やりやがったな。」と呟いた。町中では人々が「どういうこと?」とどよめき、騒めき、困惑している
やがて暫くすると、セイド達の元へヘリが飛んできた。テレビの中継だ。カメラには、いつも以上に怪しげな笑みを浮かべたセイドが映し出されていた。
やがてどこからか声が聞こえる。『…どういうことだ、セイド。』その声は、上空の巨大宇宙船の方から聞こえてきていた。『どういうつもりだ。』「おわかりでしょう。――――…我々『特殊防衛部隊』は、交渉をしたいんですよ…あなた方と。」そしていよいよこの時が来た、と言わんばかりに告げる。
「我々の要求は――――… 『故郷の星の解放』 だ。」


前ページへ戻る