【9話】過去回想①


地球時間でおよそ30年前ほど前。ここはとある星の、とある建物の一室。部屋には複数の巨大な本棚が設置してあり、その中には書物がぎっしりと詰められていた。部屋の中央で、椅子に座った若かりし頃のセイドが、真剣な顔で資料や端末のデータを読み耽っていた。「…」そんなセイドの元へ、一人の男が近づく。その気配に気づいたセイドは、振り返るとその男に声をかけた。「父さん。」男はセイドと目元が似ていた。
―――――「私達の人類は、今でこそ農耕や遊牧を生業にする民族が多いが、遥か昔の祖先達は、高度文明を利用して他者を蹂躙する"戦闘民族"だった…。」セイドと父は部屋を移して、テーブルに座り話をしていた。セイドは、先ほどの部屋にあった書物等で得た知識を、父に披露していた。「▲▲星(恒星)を中心にしたこの●●エリアには全部で3つの惑星があり、それぞれに人類が居住している。だが元は皆、一つの惑星に住む、同じ民族だった。当時は今よりもはるかに高度な技術と文明が存在していて、人類はそれを利用して、惑星間の移動は勿論、兵器の開発や、遺伝子操作による肉体改造なども行っていた。得られた武力や軍事力等の戦闘力を以て、惑星間だけではなく他のエリアにおいても戦争を繰り広げ、その権力を誇示していた…。」セイドの説明を、父は黙って聞いている。「…だが、戦いの果てに得られるものは何も無かった。荒廃した大地と多くの屍を見て、争いに意味など無いと悟った私達の祖先は、文明に関わる全てを破壊し尽し、その全てを『リセット』した。だが、一部の人類は私達子孫のことを考え、同時に、同じ過ちを繰り返さないようにと、この歴史の軌跡と、古く存在した技術の片鱗を、この書物やデータに遺した。…それを読むことは、『来たる"もしもの時"』を除いた"禁忌"であるとして。だから他の民族には、その存在すら知らない者もいる。」「…それを知って、お前はどう思った。」ようやく放たれた父の言葉に対し、セイドは冷静に答えた。「…確かに、私達が知識と技術を得れば、再び文明を再建させてしまうことだってあり得る。それはかつて、過ぎた文明を手に入れたばかりに破滅し、後悔に苛まれた先祖達の想いに反することになる。―――…だが、もしこの●●エリアに脅威が訪れた場合、今の私達にはそれに対抗出来る手段が少ない。それでは何も出来ずに滅ぶだけだ。」「私達も同じことを考えた。」「!」「文明は、正しく使えば私達のためになる。」それ以上語ろうとしない父に対し、セイドは問いかける。「父さん。」「なんだ。」「私にこれを解読させた意図はなんだ?」「…」「皆はこれを"禁忌の書"として遠ざけていた。だが父さんは、私が幼い頃からこの存在を教えてくれた。私に何かを"期待"していたからじゃないのか?」「お前はそんなことまで見抜くか。」幼い頃から賢く好奇心が旺盛だったセイドに、父は様々な書物と知識を与えた。やがてセイドが「禁書を読みたい」と、恐る恐るでも申し訳無さそうでもなく、はっきり堂々と告げた時にも、父は躊躇うことなく禁書を読ませた。「お前は昔から頭脳が秀でていたからな。」過去を振り返るように遠い目をする父。そしてテーブルの上で両手を組み、厳かな眼差しでセイドを見る。「私達は、祖先が危惧する"もしもの時"にいきなりそれを読んだとて、すぐに使える代物なのかと疑問に感じていた。」"私達"とは、父の友人含めた仲間達数人のことを指していた。セイドもよく見知った大人達だ。父達はよく、集落の人間から隠れて何かをしていた。「何も無ければ良いんだ。だが、何かあってからじゃ遅い。例えば、宇宙からの外敵や、内からの脅威等な。…だからこそ読み進めた。そして私達は、"その時"に備えて、秘密裏に文明を進めている。」「…!」そして徐に立ち上がる父。「来なさい。」そうして歩き出した父に、セイドは付いて行く。石造りの廊下を歩き、更に地下へと進むと、奥の部屋へと辿り着いた。重厚な扉を開けるとそこには、広い空間が広がっていた。それを見て目を見開くセイド。「……!」そこには、様々な機材や機械があり、文明再興へ試行錯誤している様が一目でわかった。「お前も読んでわかっただろうが、書物やデータは古代の文字で書かれていた。危惧していた通り、解読と実現に時間を要した。」そうして父はとある機械の近くに足を運ぶと、剣のような武器を手にした。「これは、昔の先祖達も使用していた武器だそうだ。書物に書いてある通りに、この星で採取できる鉱物を使って作製し、再現したものだ。これは、私達の"力"をよく伝導するそうだ。」その言葉でセイドは、父の言わんとすることを察した。振り返った父は、武器を手にしながらセイドを見つめる。「私達もまだすべてを解き明かしたわけじゃない。寧ろまだ3割にも満たないだろう。私達だけでは限界がある。お前の頭脳を借りたかった。」そして禁書の中に、一部どうしてもわからない箇所があったという。「お前が知ったのはあの歴史だけじゃない筈だ。――――…この、"力の解放"のことだ。」「…」「お前ならそれが何なのか読み解けると思った。」「…」「教えてくれ。何がわかった?」父からの問いかけに、セイドは重い口を開いた。「――――…"個体番号"と、"解錠"だ。」あまりにもすんなりと出てきたその単語に、今度は父が驚愕で目を見開く。概要だけでも、と思ったが、セイドの様子から、その具体的な内容まで解き明かしているだろうことは見て取れた。まさかそこまでとは、と思いつつも、その単語が気がかりになり、問いかける。「個体番号…?…まさか、遺伝子操作というのは―――」父の問いかけに、セイドは説明すべく口を開いた。

それからセイドは父達に交じりながら、古代文明の復活に向けて、密かに様々な研究を進めた。書物を読み解き、機材を作り、その過程で様々な知識を手に入れた。そしてセイドは、『解錠』について更に解き明かしていく。やがて解錠の方法や、解錠番号の確認方法なども突き止めることが出来た。
――――森の中。セイドを中心に、父を含めた大人達数人が円状に取り囲んでいた。セイドの初の"解錠"だ。書物から得た知識をもとに、セイドは解錠番号と「解錠」の言葉を呟く。一見何の変化も無いセイドに、周りの大人達は興味深げに問いかけた。「どうだ、セイド。」「どんな感じだ?」「……」瞳孔が開いたセイドは、ある1点を見つめたまま動かなかった。だがその脳内は、凄まじい速度で目まぐるしく活動する。頭が冴え渡り、感覚が研ぎ澄まされる。直後、周囲の複数の虫を、手にした武器で瞬時に仕留めた。おぉ、と声が上がる。そして観衆に向け、セイドは冷静に自己分析をした。「……私の場合は、脳の処理能力が向上するみたいだ。皆の会話も一つ一つがよく聞こえるし、周囲に何がいて誰がいてどんな状況で、風がどのくらいの速度で吹いて、自分の体温がどれほどで――――なんてことが、感覚で理解できた。そしてそのそれぞれに対して、何をすべきかも瞬時に計算が出来た。」その解説に感嘆の声を上げる皆。「…セイドにしか無理だな。」と、笑う声も聞こえた。「持続時間はどのくらいだ。」父の問いに答える。「30分、といったところだな。それなりに疲労も伴う。そう何度も使えはしないだろう。もしかしたら、訓練次第で伸ばすこともできる可能性はあるが。」そしてそれ以降から、徐々に解錠が出来る人間が増えていった。
そんな風に、少しずつ、少しずつ、古代文明の復活を進めていた時のことだ。そんなセイド達を見越していたかのように、やがて恐れていた事態が訪れる。

今から20数年前。突如、セイド達の住む星々に、複数の巨大な宇宙船が迫って来た。奴らは交渉の余地なく、突然セイド達に対し攻撃を仕掛け、襲って来た。セイド達の住む恒星系は、人が住める環境の惑星が3つもあり、豊かとは言えないが資源も多くある。各惑星の人類の数はそれほど多くはなく、支配するのには容易いと判断されたのだろう。宇宙人類から見れば、"格好の標的"だったというわけだ。後でわかった話だが、敵は複数組織が結託しており、「領地を分割する」ことを条件に共闘していた。その中には、居住していた星が環境破壊により住めなって逃げ出してきたり、超新星爆発の余波を受けるために避難してきた人類達がいた。皆一様に、セイド達の星と、そこにある資源を乗っ取ることを目的に戦争を仕掛けてきたのだった。そして奴らは、セイド達よりも進んだ文明を持っていた。宇宙船は勿論、小型移動機や、大幅なダメージを与えられる強力な武器、攻撃を軽減できるスーツ、何物も通さない堅い防御壁、どこからでも連絡が取れる通信機器―――…。その全てを、セイド達の人類は有していなかった。それだけではない。失われた文明と失われた戦闘意欲により、セイド達は穏和な非戦闘民族に変えられてしまっていた。その文明と戦力差によって、敵にされるがまま、一方的に蹂躙されてしまうのだった。
――――「戦うしかない。」いざ訪れた"もしもの時"に動揺する父達に対し、セイドははっきりと告げた。「私達には、戦闘民族だった祖先の血が流れている。そして、力を解放する手立ても見つけた。抵抗しなければ滅ぼされる。」「だ、だけどセイド…!」文明の再興は間に合わなかった。いや、もしかしたら間に合うのかもしれないが、時間と戦力が大幅に足りない。「体と血と、遺伝子が覚えている。」「お前…!」セイドの瞳に揺るぎは無かった。そしてセイドは、とある書物を手にした。「それは…!」解錠の他にも、書物やデータには戦闘に関する知識も多く記述されていた。戦い方や戦法、体の動かし方、攻撃や防御の方法――――あらゆる知識が記されていた。セイド達は以前からその内容についても試しており、戦い方についても学びを得ていた。「…だが、知識と実戦は違うだろ…!」「なら、私が実践して見せる。」「…!!」
そしてセイドは有言実行する。迫りくる敵に対して、"解錠"を活用しながら、単独で数十人もの敵の部隊を壊滅させた。セイドはその頭脳や解錠の能力もさることながら、戦闘におけるセンスも突出していた。「我が娘ながら…なんて才能だ…。」恐ろしいくらいのセイドの才能に、仲間はおろか、父さえも驚愕していた。
――――「部隊を立ち上げる。」父は仲間達に言い放った。「奴らへの対抗部隊だ。」セイドの父は仲間たちを中心に、対抗組織を立ち上げた。実質のリーダーはセイドの父だったが、セイドは研究や戦闘面でのブレーンとして頭角を現し、戦場では指揮を執ることもあった。さらに、敵の武器や防具を回収して分析し、自分たちの装備を改良するだけでなく、兵器開発にも活かしていた。組織は人手を集め、単に武器開発に注力するだけではなく、解錠や戦闘に関する知識を広めて訓練を施すことで、人材を育成し、その戦力を着実に増やしていった。
――――開戦当初は圧倒的劣勢だったセイド達だったが、次第に力を伸ばしていった。これは、戦闘民族の血を引いているという特性によるところが大きく、少し教えただけで戦い方を理解できる人々が多かったことが影響していた。セイド達は更なる領地や人員を獲得するため、各地へ移動を始めていた。そんな中で出会ったのが、ヤオロア、ムエラ、ノーディスだった。
ヤオロアは故郷を敵に襲撃され、家族や友人、住処をすべて失い、火の海の中に一人取り残されていた。そんなときに現れたのが、セイド達だった。地面に手をつき俯いていたヤオロアに、セイドは手を差し伸べ声をかけた。ヤオロアはその手を取ったのだった。
ムエラは、セイド達が組織を結成するのと同じ頃に、別の地域で同じく対抗組織を立ち上げていた。ムエラが敵と交戦している最中に、セイド達が現れて助太刀をした。死んだ魚のような目をしたムエラは、疲れた表情と声で、訝し気にセイドを見た。「…お前達は?」「南の町から来た。おそらく、お前達と目的は同じだ。」「!」
ノーディスはセイド達の組織の噂を聞きつけて、家族と共に避難をしてきた。セイドと二人で話していた時、皆、戦闘の歴が浅いと聞いたノーディスは、セイドに問いかける。「じゃあ私も…戦えるってこと?」「素質はある筈だ。」セイドの言葉に、ノーディスは「私もやる」「私にも教えて」と言った。思わぬ言葉に、セイドは思わず言葉を返した。「…死ぬかもしれないんだぞ。」「妹が死んだ。」「!」「あいつらを許せない…!」大家族の長女であったノーディスのその瞳は、怒りで満ち溢れていた。
そうして心強い仲間も増え、組織としての戦力は増強していった。
――――「何してんだ、セイド。」ヤオロアがセイドを探しに基地の一室を訪れると、そこには、銃を工具で分解するセイドの姿があった。「敵の武器の構造を調べてる。…前回使われていたものよりも改良されているな…。高エネルギー粒子を放つタイプのものだ。体に当たれば一溜りもないが、この鉱石を使えば、このビームを弾く盾が作れる。例の試作機を使えば、模倣して同じような構造の武器を作ることも可能だろうな。」聞いてもいない説明をし出したセイドへ、ヤオロアは呆れたように言い放った。「お前いい加減休め。さっき戦場から戻ったばっかりだろ。」「大丈夫だ。それほど疲れてない。」「お前…。」「お前達がいてくれるからな。」黙り込んだヤオロアに、セイドは続けた。「何度でも言うが、助かってる。」3人の加入は組織にとっては勿論、セイドにとっても非常に有難いものだった。他の仲間達も戦力になるが、この3人は特に突出していた。自ら動いて対処できる3人のおかげで、セイドの負担が減っていたのだ。「おかげで研究に労力を割ける。」その言葉を聞いてヤオロアは諦めたようにため息をつくと、近くの椅子に腰かけた。そして、破壊された壁の外に視線を移すと、星空を眺める。まるで戦争なんて起きていないと錯覚するほどに、平和で、落ち着いた、美しい星のきらめきが広がっていた。「…お前、すげえよな。指揮もして…戦って…武器も作って…。」「私は私の出来ることをしてるだけだ。」「普通の奴はそれができないんだよ。」ヤオロアはそんなセイドに尊敬の念を抱いていた。対してセイドも、そんな風に寄り添い、共に戦ってくれるヤオロアと他の二人に対して、心強さを感じていた。セイドにはこれまで歳の近い友人がいなかったこともあり、一層それを強く感じさせた。
そして、そんなセイドの想いに呼応するように、ヤオロア、ムエラ、ノーディスも何か助けになりたいと、戦闘技術を磨くだけではなく、勉強も始めるのだった。そうして組織として、さらに力を付けていった。

「セイド、もう限界だ。」「…」「よく耐えた方だ。」ムエラが深刻な顔で告げる中、セイドも険しい表情を浮かべていた。傍にいたノーディス、ヤオロアも同様だった。戦争は、地球年数で換算するとおよそ3年にも渡っていた。最初は圧倒し、いくつもの部隊も壊滅出来たセイド達の軍勢だったが、圧倒的な人数と文明の差は、結局埋めることが出来なかった。敵の軍事力は強大で、セイド達の人類は疲弊しきっていた。「…結局、軍事技術、医療技術、戦闘技術も、…全部あっちのが上。私達には、もうこれ以上は…」「おまけに人質も取られている状況だ。」ノーディスとムエラの言葉に、ヤオロアとセイドは言葉が出なかった。敵には自由に移動できる宇宙船が何隻もあり、多くの兵器と武器、そして情報ネットワークがある。そこに加えて人員の数。いくらセイド達側の人類の知能が高く、人をかき集めたとしても、失われた文明のせいで基礎的な知識さえ奪われた者達だ。一から学び、研究者や技術者として育成するには、時間があまりにも足りなさすぎた。そして何より、戦闘経験の差。セイド達側人類の戦闘経験が浅く、発展途上だったことも足枷になった。戦闘における統率力も、戦場を経験していないセイド達にはほとんど備わっていなかった。更に、進んだ医療技術を持つ敵は軽い怪我なら容易く治すことができるが、セイド達は怪我の回復に時間を要するだけでなく、下手をすれば命に関わる。こうしたあらゆる"差"をまざまざと見せつけられ、初めから勝ち目のない戦いだったことを思い知らされたのだ。
――――「敵の停戦案に対して、降伏しようという声が大きくなっている。…お前はどう思う、セイド。」セイドは他の誰も来ない個室で、父と娘、二人きりで話をしていた。父の問いかけにセイドは、友人達の前では開けなかった重い口をようやく開いた。「……奴らが本当に約束を守るとも思えない。かと言って、あの提案を鵜呑みにするほど憔悴しきっている皆を、…これ以上戦場には出せない。」「…」父は黙ってセイドの意見を聞いた。「人も多く死んだ。もう私達には、対抗できるだけの体力も、…人員も、残っていない。私が奴らの本部に突撃することも考えた。…だが、それで上手くいくのかもわからない。」「…」「私達は、あらゆる分野において劣勢に立たされている。それは戦争が始まった当初から、…何も変わらなかった。…文明も、軍事力も、情報戦も、全て……。―――…今なら、わかる。」戦争当初は知らなかった。自分達の星のことしかわからなかった。だが、見て、聞いて、触れて、調べて。そうして知識を得た今――――…"敵わない"、ということが理解できた。出来てしまった。もうこれ以上、対抗出来得る資源も、策も、時間も、ここには無かった。もう間に合わないのだ。セイドの表情と声からは、諦めと、疲れた様子が見て取れた。「父さん、私達は……どうしたらいい。」珍しく気弱になり、判断を委ねる様子のセイドに、父はここが限界なのだと悟った。
そんな時だった。「おい!!」父の友人が慌てた様子で、二人のいる部屋に入って来た。「来てくれ!!!」「!?」セイドは父と顔を見合わせると、すぐに部屋を出た。そして、仲間たちが集まる屋外で、皆の視線の先を見つめた。「…アレは……!!」


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