廃墟となった巨大ビルに辿り着くと、車を降りて各々準備をし出した。廃墟は真っ暗で灯も何もなく、月明りが照らすだけだった。「この中のどこかに、エマがいるんだな…?」「…随分と広いな…。」「昔多額の資金を借りて設立された会社らしい。倒産してこのザマだ。」「なるほどな。」「当初の作戦通り、二人組で探索をする。」「了解。」組み合わせは、ドナ・ルイザ、エルバート・グレッグ、ギル・ロイド、ダレル・ブレットだ。「準備は。」ダレルが見渡すと、全員万端だった。「それじゃあ、行くぞ。―――お前達、死ぬなよ。」目で合図をし、各人バラけた。
――――どこからかダレル達を画面越しに見張る男。「――まルで、君たチのため、に、準備しテきたみ、タい、ダ。」まるでわくわくとするかのように腕を振る男。「精々、楽しマせてく、レ。」
――――敷地に入り、各チーム探索していく。建物は大きく3棟に分かれており、その内の2棟は渡り廊下で繋がっている。真っ暗なため、ライトで辺りを照らしつつ、警戒しながら進んでいく。どこをどう進んでも、人気が全く感じられなかった。本当にここで合っているのか?と疑ってしまうほどだ。ふと、他チームの状況が気になり、エルバートが無線で呼びかける。「おい、皆―――」だが、無線は奇妙な雑音を繰り返すばかりで、その向こうからは何も聞こえない。「…おいおい、まさか…。」「…やられたな。」―――時を同じくして、ホームではジョンが立ち上がり、テーブルに拳を打ち付けていた。「クソッ…!!」GPSも、通信も、追えない。――――「通信妨害だ。」グレッグが冷静に判断する。敵はたった一人。仲間がいないからこその対策だ。――――「これじゃあ何にもできねぇじゃねぇか…!!」ジョンは歯を食いしばり、自分だけ何も出来ない歯がゆさに、ただただ打ちひしがれることしかできなかった。――――「…クソッ…!」悔し気なドナにルイザが「仕方ねえだろ。」と返す。―――「…全くやってくれる。」「やむを得ないな。」ダレルとブレット、そしてギルとロイドは特に気にせず足を進めていた。
―――が。ギルの耳に突如、微かに聞こえた『ピピピ』という電子音。「!!」音のする方向を察知し、咄嗟にロイドを突き飛ばした。「…ッ!!」直後、突然の爆発。その音は他の場所にいる全員に届いていた。「…!!」「なんだぁ…!?」――――「…くっ…!」ロイドはギルのおかげで、爆発と、天井の崩落に巻き込まれずに済んだ。だが爆風と飛んできた破片に少しばかり負傷をしていた。痛む体を起こして振り返ると、そこには瓦礫の山が。「ギル…ッ!!」焦ったように瓦礫の方へ向かうと、「…俺は大丈夫だ。」瓦礫の向こうからくぐもった声が聞こえた。「…ッごめん、俺のせいで…!」「俺も巻き込まれてはねぇ。動ける。」その向こうでは、足を負傷したギルが座り込んでいた。「お前は別の班と合流しろ。」「…!でも、」「どの道合流するには遠回りしなきゃならねぇ。」ここは2階で、1階から回り込んでいこうにも、階段は随分と離れた場所にある。「今回の目的はガキの救出だ。」「…!」「俺は問題ねぇ。後から行く。」「…ッ…」「さっさと行け。」ギルも、この状況で自分に構われるのを嫌がった。「…後で、必ず助けに来る…!」そう言ってロイドは走り出した。その遠ざかっていく足音を聞いたギルは、はぁ、と手をついて上を見上げた。「さて、どうすっか…。」下手に動いて罠に引っかかる可能性もある。この足じゃあ避けるのも難しいだろう。無駄死にだけは避けたかった。
――――「いッ…――!?」エルバートが咄嗟に避けると、壁にボウガンの矢が突き刺さった。「おいおいおいおい、罠だらけかよ…!しかも殺意高ぇ!」「随分と周到に準備されてんだな。」部屋を覗きこみながらグレッグが呟く。「早いとこエマ見つけねーと、マジで全滅もありえんじゃねぇの…!?」「…」3階の渡り廊下を歩いている時だった。「!!」突如爆発音が鳴ったかと思えば、床から天井に向かって亀裂が走り、床が落ちていく。「…!!!」「おいおいおいおい、マジか…ッ!!!」慌てて両者別方向に走り出す。前を走っていたグレッグは前方へ、遅れて後ろを走っていたグレッグは後方へ。渡り廊下はすべてが完全に落下し、地面で粉々になった。二人とも、崩落に巻き込まれずには済んだが、お互い別の棟で離れ離れになってしまった。「――…仕方ねぇ。こっからは別行動だ。」そう言って先に進もうとするグレッグに思わず制止の声をかけるエルバート。「おい、待てよグレッグ!!」呼びかけに立ち止まると、顔だけ少し振り返るグレッグ。「…さっきの爆発、ロイド達が気がかりだ。お前はあいつらと合流しろ。」「―――!!お前も一人じゃ危ねえだろうが!!」「俺は先に行ってる。」そう言ってさっさと走って行ってしまった。どうするか迷ったが、確かにロイド達も心配だ。「チッ…!!あの勝手野郎~~!!」グレッグを見届けると、エルバートも逆方向に向かって走り出した。
――――「一体どこだ…?」ダレルとブレットは探索を続けていた。あちこちから聞こえる爆発音。早い所エマを探し出して皆で退避しないと、負傷者どころか、犠牲者が出るかもしれない。「ジョンが頼れない以上、どうにかして推測するしかないな。」「あぁ。当初想定していた場所はどこも見当たらなかった。」爆発音から、他チームそれぞれの現在位置はおおよそ検討がついていた。ということは、それより前のルートではエマは発見できなかったということだ。ふと、奴の手口を思い出す。「奴は暗号やら謎、トリックに拘る性質がある。…さっき入ってくるときに気になったんだが…この会社のロゴだ。」「ロゴ?」「この敷地とロゴを重ね合わせた時に―――」「!」―――二人は検討を付けて走り出す。「…なんだか懐かしいな。」「ん?」「警官時代、こうやって二人で犯人を捕まえたものだ。」「…懐古だなんて、随分と余裕だな。」「すまん、そういうわけじゃない。」そうして二人並んで、エマを探しに向かった。
――――「ロイド!!」「!!エルバート…!!」廊下の突き当りでロイドを発見したエルバート。「ギルは!?」「…俺のせいで、負傷して、瓦礫の向こうに閉じ込められた…。」「…!!」そう呟くロイドの顔は悔しそうな表情を浮かべていた。「…お前のせいじゃねぇよ。」そう言って肩をぽんと叩くエルバート。「…グレッグは?」「同じく、爆発で離れ離れにされた。だけど安心しろ、奴は無事だ。」その言葉で少しほっとするロイド。「あっちは一通り見てきたが、エマはいなかった。」「こっちもだ。」するとまた爆発音が。おそらくあちらの方は、ダレル達が探索する場所だ。「…早いとこみつけねぇとな…。」「あぁ。」「こっち行くぞ。」エルバートの呼びかけに頷くロイド。走り出す二人。会議室のような部屋、プロジェクター室のような部屋、研究室のような部屋…あちこち見て回るが、どこにも見つからない。「(そもそも本当にここにいるのか…?)」もしかしたらそれさえも罠かもしれない、と思い始めて来る。エマがいるなんてのは嘘で、ただ俺達をこの場に誘い込むためだけの罠だったとしたら?俺達は袋のネズミ、なんて可能性だってある。「(そうなら、俺達はとんだピエロだな…!!)」そう思って笑っていると、ふと、月明りに照らされた何かが一瞬見えた。「…!」ワイヤーだ。そこに向かって、前方のロイドが走っていく。気づいた時には、ロイドの足に触れるところだった。エルバートは咄嗟に、ロイドの背中に覆いかぶさるように飛び込んだ。二人が接触するのと同時に、爆発が起きる。爆風に巻き込まれ、やや吹っ飛ばされて床へ滑り落ちた。「…!!」ぞっとするロイド。まただ、また俺が――そう思ってバッと起き上がるとエルバートを見る。「…!!」エルバートの背中には、爆弾の破片らしきものが突き刺さっていた。咄嗟にエルバートに駆け寄るロイド。「エルバート…ッ!」「…ッてて…。」どうやら意識はあるらしい。「…背中が痛ぇーんだけど…。」起き上がろうとすると激痛が走った。顔だけ起こして周りを見ると、泣きそうなロイドがそこにいた。「俺…さっきからただの足手纏いじゃねぇか…っ!」そんな素直なロイドを見て、思わず可愛い奴だな、なんて思う。「馬鹿だなぁ。可愛い弟分を守らねぇで、何が兄貴分だって。」そう言って笑うエルバートに、先ほどのギルが思い出された。「お前らの、そういうところが…嫌いなんだよ…っ…」「はは、そりゃ光栄だな。」
――――至るところから爆発音がしている。今もこうしている間に、もしかしたら仲間達が危険に晒されているかもしれない。…奴は、「私だったらどうする?」が通用しない相手だ。もしかしたら、そこかしこに何か仕掛けられてるかもしれない。奴が、すぐ傍に潜んでいるかもしれない。どこに足を踏み入れるのにも、躊躇してしまう。「…」ドナを見て困惑するルイザ。…やはりどう考えても、ドナの様子がおかしい。「ドナ!」一度足を止める。「!」ルイザに倣ってドナも少し先で足を止めた。「落ち着けよ。…あいつらなら大丈夫だ。ただで死ぬタマじゃねぇのは、お前もよくわかってるだろ。」「…」「奴に何をされたか知らねぇが、お前、心配しすぎだ。」「…っ、」「グレッグも言ってただろ。『考えたって仕方のねぇこと考えんな』って。今はエマの救出と、奴を見つけ出すことだけに集中しろ!」そう言って再び走り出すルイザ。「…っわかってるっつーんだよ!!」そう言ってルイザの後を追うドナ。―――複数の部屋を探す。「!!」扉を開けた瞬間に飛び込んでくる銃弾。機械仕掛けのショットガンが備え付けられていた。警戒し、しゃがみ込んで扉に隠れながら開けたからよかったものの、そのまま開けていたら…。「…ほんと、どんだけ仕掛けられてんだよ…。」ルイザが呟きながら部屋に入ると、そこは巨大な資料室だった。銃を構え、互いの死角を埋めるようにしながら二人で進む。大きな棚の収納スペースは、人一人なら入れそうな大きさだ。中に隠されていないか、一つずつ開けて確認をする。「(キリがないな…)」似たような部屋がいくつもあることを考えると、効率が悪すぎる。ましてや、この中に罠が仕掛けられているとすれば、開けるリスクも高い。「エマ!いないか!!」ルイザが大声で呼ぶ。―――が、反応はない。気絶していれば声も出せないだろう。仕方がないと、また扉を開ける作業に戻る。「…駄目だな。多分ここじゃねぇ。」一通り調べたドナがルイザの元へ駆け寄っていく。「あぁ。次の部屋に行くか。」しゃがんでいた体勢からルイザが立ち上がろうとした時だった。「―――!!」ルイザの背後に、何者かの影が近づいていた。棚の後ろから音も無く、ぬるりと出てきたそれは、間違いなく―――「ルイザッッ!!」ドナの声と視線に、ルイザは立ち上がりかけた体を再びしゃがませつつ、ドナの方へと足を踏み出す。ドナも咄嗟に、ルイザの背後へと銃口を向けると、弾丸を発射した。ルイザの背後にいた男は、大振りで、手にしたナタ包丁を横一列に振り回した。同時に、異様な動きでドナの銃弾を避ける。ナタ包丁は行き場を失うと、ガシャン!とけたたましい音をたてて、棚のガラス窓をぶち破った。床に手を着きながら、ドナの方へ駆け寄るルイザ。「なん…ッ、」あんなもの振り回す敵など今まで見たことがない。ドナも銃を持つ手を握りなおす。その手は少し汗ばんでいた。「おしい、ナ。おシ、い。」その声にはっとすると、ルイザは銃を構えて即座に発砲した。男は素早い動きで棚の後ろに隠れる。「まずい…ッ――ルイザッ!!出るぞッ!!」この狭い資料室で、死角に隠れられるのが一番厄介だった。二人して、すぐさま男がいた方とは逆方向に走り出す。罠にも気を付けつつ、急いで部屋から出るルートを駆ける。―――が、「ッ!!!」ドナの走る横道から気配が。ナタ包丁が飛び出してくる。咄嗟に体を反らしてそれを避ける。再び勢い余ったナタ包丁は棚に激突する。それで体制を崩したらしい男は、「お、オ、お、」等と溢しながらふらふらとしながらバランスを整えていた。これを好機と、ルイザと共に部屋の外へ。廊下を走りながら、思わずルイザが冷や汗をかき、溢した。「…ッあいつやべぇな…!!」それに対し、ようやくドナがいつもの笑みを浮かべる。「ようやくわかってくれたか。」そう言って振り返ろうとした時だ。「――!!」男は銃を構えようとしていた。「やべ…!!」ここは3階。外に飛び出ることはできない。ドナはルイザの腕を掴み、低い姿勢で近くの部屋に飛び込んだ。が、しかし。廊下側で銃がパンパンと鳴り響くのと同時に、足元でピン、という音が聞こえる。「…ッ!!!」扉にワイヤーが仕掛けられていたらしい。ルイザの背中に腕を回すと、そのままの勢いで奥の方へと飛び込んでいった。床に滑りこみつつ、二人は、すぐ傍にあったデスクの裏に身を隠す。背後では仕掛けが作動したのだろう爆発音が聞こえた。「おかし、ナ。ちょっト。遅カった、ナ。」廊下の奥から声が聞こえる。爆発の直撃は免れたが、二人とも息が上がっていた。入った部屋は、どうやら広いオフィスのようで、ずっと先までデスクが並んでいる。しゃがみ込んでデスクの裏をこそこそと移動しながら、男と距離を取る。―――奴も銃を持っている。だが、今回はルイザがいる。…いけるか…?と、いつものドナであれば思っていたことだろう。だが今のドナには、この場を切り抜けられるビジョンが見えなかった。「(どうする、どうする…ッ…!)」焦りばかりが先走る。奴は一歩も二歩も先を行く。地下鉄での奴とのやり取りが過る。まるでこちらの動きが手に取るようにわかるみたいだ。今だって、こちらが何をしようとしているのか、筒抜けなんじゃないか?そんな不安が頭の中を占める。ドッドッと心臓が早鐘を打ち、ぐるぐると思考が悪い方ばかりに巡る。「ドナ、」隣のルイザがドナに小さく声をかける。その目は、覚悟が決まっていた。「私が囮になって引き付けるから、お前は先に逃げて、体制を立て直せ。」「…!」思わぬ提案だった。ルイザと一緒に7年やってきた中で、初めての提案だった。いつも一緒にやってきたのに。「何言っ…!!」「シッ!」遠くで、「どこ、か、ナ。どコか、ナ。」という声が聞こえる。―――今のドナは、明らかに自分の腕に自信を無くしている。本当であれば二人同時に攻撃をしかけたいところだが、ドナがこんな状態では、上手く行くものもいかない―――だけではなく、二人諸共やられる気がした。この狭いごちゃごちゃとした部屋が続く中、ドナがやられてしまえば、接近戦が苦手なルイザに勝ち目はない気がした。ましてあの奇妙な動きをする男だ。銃弾が命中する可能性も高くはないかもしれないし、もし銃の腕前も良いと来たら…。全ては賭け。ならば、少しでも可能性にかけたかった。自分が囮になり、敵を引き付けている間に、ドナには目を覚ましてもらう。「今のお前じゃ、正直足手纏いだ。」「…!!」グレッグと同じだ。真剣な顔で、ルイザに突き付けられた言葉に、ドナは息を呑む。だがルイザは続ける。「やるしかないんだ、ドナ。」「…!!」「お前が一番わかってるだろ。ここは、生きるか死ぬかの世界だ。ごちゃごちゃ考えてる暇なんかない。―――…落ち着いて見てみろ。相手はただの人間だ。」「…ッ!」「いいか。合図したらお前はあっちの扉から逃げろ。」そう言うルイザの顔は、戦場で生きてきた者の目をしていた。「待てよ、私も…ッ!」「大丈夫だ、私もすぐに追う。」そう言って強気に笑うルイザは、どこまでも頼りになる女だった。「(戦場でもこういう奴がいた。)」ふとしたことをきっかけに、精神がやられてしまう人間が。そしてそこは敵が付け入る隙となる。「いいか、お前はうちのエースだ。」「!」「皆を助けろ。」そして顔を引き締めると、ルイザはドナに合図を送る。「…!」しゃがみながらルイザは自ら男の方へと走り出す。「ルイ…ッ―――!!」「走れ!!」そう言って立ち上がると、きょろきょろと背中を向けていた男に連射した。数発掠ったように見えたが、男はすぐさま物陰に身を隠す。「早く行けッ!!」男を追うため走り出すルイザ。追い立てられるように、ドナはその場から走り出した。それを横目で見ながら、ルイザはマシンガンからショットガンに代えつつデスクの上に乗りこみ、男のいる方へ撃ちこんだ。隙を与えないように連続して撃ちこみながら、距離を詰めていく。男はデスクの影から走り出す。「罠だケじゃ、ないンだ、ナ。」そう言う男の手には、爆弾が。「―――!!」ルイザがそれに気づいた時には、爆弾が宙を舞っていた。
――――ドオォン!という爆発音が鳴り響く。後方から聞こえたそれに、思わず立ち止まるドナ。振り返り、先ほどの部屋から煙がもくもくと立ち上がるのが見えた。「(――待てよ、なんで私は逃げてんだ?)」いつも真っ先に突撃している自分が今、ルイザを囮にして逃げている事実に気づき、どうしようもなく冷静になった。一体、いつも対峙してる敵と何が違うっていうんだ。なんで私はあんなに怯えてたんだ?ルイザはいつも通りだった。他の仲間達だって。「――…」私だけだ。私だけが、弱虫だった。相手はただの人間だ。化け物なんかじゃない。まして心が読めるわけもない。たった一人のイカれた殺人鬼ってだけだ。ドナは唾を飲み込むと、自分が走ってきた方向に向かって、体を正面に向けた。肩から下げていた銃を手に、リロードをする。煙の出る部屋から、男がぬらりと出てくるのが見えた。
――――ダレルとブレットはサーバ室の床の蓋を順番に開けていた。「――…ロゴで指される末端の場所は複数ある…そしてこの会社名。"スリー"が入っている。エルバート達が探索した場所にエマはいなかった。となると…」5つ目の蓋を開けたところで、ダレルとブレットが目を合わせる。
――――男が部屋を出ると、その先で銃を両手にドナが待ち構えていた。それは、闘志に燃え、生気の宿ったいつものドナのものだった。男はぞくりと粟立つ。その時だった。「エマは保護した!!無事だッッ!!!」離れの棟から、大声で叫ぶダレルの声が聞こえた。その声を聴いたドナは落ち着いていた。「(――…となると…)」あとはこの犯人をぶちのめすだけだ。「あーぁ、バレちャった、ナ。」ふらりと揺れる男に構わず、ドナは銃を構え、発砲した。男はゆらりゆらりと素早く揺れながら、階段の踊り場へと隠れる。弾はいくつか当たっている筈なのに、その動作に淀みはない。「(こいつ――…この前から思ってはいたが…。)」もしや痛みを感じないのか…?すぐに追いたてるように曲がり角へ近づこうとした時。「――ッ!!」男が素早く近づいてナタ包丁を振り回してきた。咄嗟に後方へ飛びのき、それを避ける。連続して攻撃してくる男の奇妙な動きに、また恐怖心が駆り立てられていく、―――が。「(余計なことは考えんな…ッ!!)」グレッグとルイザの言葉を思い出しながら、振り回されるナタ包丁を、銃身で受け止める。「…ッ!!」あまりの力の強さに、押し負けそうになる。「(エースだ、エース…ッ!!エースが負けるわけにいかねぇだろッ!!!)」得意の蹴りを男の股間に向けてお見舞いする。が、男は後方に飛びのけてそれを避ける。そして、銃を構える。今度はドナがそれを避けようと、別の部屋の中へと入っていく。銃弾が背中を掠り、ボウガンが飛んでくるが、気にせず避ける。今のドナには、目の前の男を倒すことしか考えていなかった。男も後方の扉から部屋に入ってくる。その瞬間、ドナは再び銃を構えて男に撃ち放った。男は扉付近の棚の裏に隠れる。銃は残弾が無くなればどうにかなる。だが、問題は「(あのナタ包丁が邪魔だ…!)」ここは先ほどの資料室と同じような造りをしていた。本来であれば、ドナお得意の地形。先ほどの男の様子を見ていると、力任せに大振りにする傾向がある。利用するしか手立てはなかった。ショットガンに切り替えてリロードをする。銃を構えたまま歩き出す。――と。棚の横を走り去る男が見えた。その方向に向けるが、既にいない。と、今度は遥か遠くに男が佇んでいるのが見えた。そこに構わず銃を撃ちこむ。が、また陰に隠れる。「(何考えてやがる…?)」また横から出てくると、そのまま通りぬける。「(消耗戦に持ち込むつもりか…?)」もしそうであれば良い策略かもしれない。何故ならドナは、既に息が上がっていた。早い所ケリをつけなければ、体力面で負ける可能性が高い。そんなことを考えていると、横から男が飛び出してきた。「(さっきと同じパターン…!!)」なんだ、パターンに当てはめてんじゃねぇか!!と思いつつ攻撃を避ける。その威力はやはりすさまじく、当たったらひとたまりもなさそうだ。またしても棚にガシャンと当たる。その肩にはいつのまにか銃がない。邪魔だと思ったのか、近接戦で仕留めるつもりなのか。「(でも、ただの人間――…!!)」自己暗示をかけて思考を振り切る。続けて2発目が来るため、後ずさりしながらそれを避ける――が、少し変な角度で振りかぶったせいか、ドナの持っていたショットガンに若干当たる。あれだけ巨大であれば、その重量は相当なものの筈だ。にも拘らず、男の勢いは衰えることを知らない。ドナは避けるので精いっぱいで、攻撃する暇がない。どんどんと後方に追い詰められていく。「ッ!!」包丁が腕に少し掠った。そして背後には壁。そしてドナは、男の攻撃を見極める。縦か、横か、はたまた―――「(斜め…!!)」咄嗟にそれを避けるドナ。「!!」男が振り回したナタ包丁が、壁に突き刺さった。―――のを、ドナは見逃しはしなかった。その瞬間、男に回し蹴りをお見舞いする。「(入った…――!!)」初めてまともに直撃させた蹴りは、見事に首に入る。そのまま転がる男。ドナはすかさず銃を向けて撃ち込もうとする。―――が、「…ッ!!」ショットガンから弾が出ない。「!!」先ほどナタ包丁に掠ったのを思い出す。「(マジかよ…ッ!!)」まさかこの男、それを狙って――…と思い一度逃げようと体をずらした瞬間、ダンダン、と銃が撃ちこまれた。「は…?」肩と腹部に激痛が走る。「…ッ!!」痛みを感じる場所に、銃弾が命中していた。そのまま走りぬけようとする。その時。宙を浮く四角い箱が目に入る。その瞬間、ドナは気づく。おそらく先ほどのルイザも、こうやって…―――。
そして、爆発音が鳴り響いた。
――――埃まみれの部屋で、棚に寄りかかるようにして、頭から血を流すドナ。倒れてきた棚と天井の瓦礫が体と頭を直撃したのだ。倒れて支え合う棚の隙間から、男の足が通り過ぎるのが見えた。その足は部屋の外へと向かっている。それを追う気力も体力も、もう無い。血が額から頬を伝い、顎から垂れていくうちに、頭がすーっと引いてくる。『お前が躊躇うと、仲間が皆死ぬぜ。』ふと、昔親父に言われた言葉を思い出した。『悩んで怯えてる暇があったらすぐにでも行動に移せってんだ。でなきゃその後一生後悔することになる。余計なことなんか考えるな。』「(あー…馬鹿だな。)」何年も前に親父に言われてたんじゃねぇか。何を今更。そのせいで、ルイザも、エマも、仲間も、危険に晒されてる。「(私もこのまま死ぬか?)」こんなとこでか?あんな奴に殺されてか?―――『…今の生活、悪くねえんだ。』いつだったか自分で言った言葉を思い出す。―――仲間達の顔が浮かぶ。―――『私がお前の右目になる。』ルイザは、私を信じて送り出した。―――『お前はうちのエースだ。』うちの…―――。ふと、思った。あそこに帰りたい。
――――男がよろよろと部屋から出ると、廊下には服はズタボロ、傷だらけのルイザが佇んでいた。銃を構えようとするが、何かに気づいたように目を丸くする。男は、ルイザの視線を追うように、ゆっくりと背後を振り返った。―――男の背後では、部屋の出入口で頭から、肩から、腹から、血を流しているドナが銃を構えて佇んでいた。その目は、獣のような鋭い眼光で、男の脳天まで射貫くような冷たさがあった。その目に恐怖か、興奮か、ゾクゾクと背筋を粟立たせる男。もうとっくに、限界は超えている筈だ。にも拘らず、ドナはそこに立っている。ドナは今までの戦いがなんだったかのように、あっさりと銃弾を男の額に撃ちこんだ。男は額に穴をあけて、後ろに倒れこむ。ドタン!と音を立てて、虚空を見つめるその顔は、何故か満足そうだった。ドナは銃を無造作に下ろすと、腹を抑えながら、気が抜けたようにふらふらとよろけ始めた。そして壁に背を着くと、そのままずりずりと座り込む。そしてふーっと長い息を吐きながら、俯いた。そんなドナにルイザが呼びかける。「…どうやら、正気に戻ったみてぇだな。」「…おかげさまでな。」俯いたままドナがぽつりと言う。「…そう言うそっちは生きてたんだな。」「…おかげさまでな。」「…悪かった。」「…」「どうかしてた。」「…あぁ。知ってた。」「…あぁ。」「…まぁ、気にすんな。」「…」「誰だってそういう時期はある。」「…」「…生きててよかった。」「…お前も。」「…まぁ、この後、出血多量で死ななきゃ、の話だが。」「それもそうだ。」その時、遠くからファンファンとサイレンの音が聞こえてきた。「――…ジョンのやつ、余計なことしやがって…。」ルイザが呟く。大方、心配で現場に駆けつけたジョンが、ダレルの言葉を聞いて警察を呼んだのだろう。サイレンを聞きながら、ドナはふと顔を上げた。窓の外では、満月が煌々と輝いていた。綺麗な夜だった。
「ともかく、皆無事でよかった。」「あぁ、本当に。」「良かった…。」そう言うダレルとジョン、ニール、そして心配そうなトリシアの前には、包帯まみれの仲間達が集っていた。ドナ、ルイザ、エルバート、ギルがあちこちに包帯が巻かれていた。ギルは松葉杖を傍らに置いている。結果的に、負傷者は少なく済んだ。「無事か、これが!?――痛ッ~~~~!!」「そんだけ元気があれば十分だろ。」「あれ、ロイド…あの時の可愛げはどこへ?」エルバートの発言に、いつも通りにツンとするロイド。「そもそも俺は、ダレルとブレットが無傷なのが気に食わねぇんだが。」珍しくそう言うのはギル。そう言われて互いに目を合わせるダレルとブレット。「まぁ…警察時代にああいう輩は相手にしてたからな。」「特殊犯罪者の考えることだ。」「そもそも慎重にやれば大した仕掛けじゃねぇだろ。」同じくその後無傷だったグレッグが続く。「なんか私が馬鹿みてぇだな…。」無傷メンバーの言葉の数々に、なんだか落ち込むドナ。「めっちゃビビってたしな。」と、グレッグ。「心配になるくらいだったな。」と、ブレット。「あんな気弱なドナ初めて見たぞ。」と、ルイザ。「なんか様子おかしかったもんね…。」とトリシア。「くっそ~~~!!」悔し気に呻くドナの肩をぽんと叩くエルバート。「ま、今回の件でお前もまた一つ成長できた、ってことで。良しとしようぜ。」「あぁ。大人が何人も犠牲になった犯人だ。お前は十分よくやった。」「…」そうなのだ。彼らからしたら、自分はたかだか"23歳のガキ"なのだ。特にダレルからしたら、倍とまではいかないが、20も下の子供。経験がどうのとか、驕っていた自分が恥ずかしい。「(…まだまだ勉強だな…。)」世界は広いし、知らないこと――経験していないことばかりだ。それを今回思い知らされた。そして―――ふと、談笑する皆の中にいるルイザを見る。ルイザが自分よりもいくらか、人生経験も、精神年齢も上だとも気づかされた。それを自覚してしまったことが、とてつもなく悔しい。「くそ~~~~」何やらまた悔し気にしているドナを不思議そうに見るルイザ。ドナは一通り反省を終えると、ふっと一息つく。そして、再び皆を見た。―――最後に、今回の件でよくわかったことがもう一つ。――…私は思っていたよりも…――こいつらを大事に思っていたってことだ。笑い合う皆を見ながら、ほっとしている自分がいることに気づく。…本当に、全員無事で戻れて、何よりだった。
「ドナッ!ルイザッ!!大丈夫!?」そんな余韻をぶち壊すように、カランカランと勢いよく入って来たのはエマ。「…懲りねぇな、あのお嬢も。」「だ~かぁら!!なんでお前は来るんだよッ!!今回の件があっただろうが!?」「なんか回数を経るごとに慣れてきたわ!!」「こいつ…!何もされなかっただけ運が良かっただけなのによ…!!こっちはあんだけ心配したんだぞッ!!」「えっ!?何、心配してくれたの!?」「たりめーだろうがッ!!」「きゃー♡嬉しい!!」「いッ~~~てェ!!!馬鹿ッ!!抱き着くな!!いててて!!」いつもの様子のドナを、皆笑いながら見ていた。
糸目の女が、公園の花壇に軽く腰掛けながら誰かを待っていた。女に人影が近づいてくるが、女はそれに気づかないフリをする。「ここ最近の事件に絡んでたのはてめーかよ。」あちこちに包帯を巻いたドナは、煙草をふかしながら現れると、糸目の女の隣に立ち、同じ方向を向きながら話しかける。目の前では、緑が多い公園の中を、多くの人が行き交う。「おかしいと思ったぜ。ここ数か月、こっちの情報が相手に筒抜けだからよ。随分隠れるのが得意なこった。」「…よくわかったね。」女は隠しもせずに認める。それに対してドナも驚くでもなく話を続けた。「知り合いに、情報屋に精通してる奴がいてな。」「―――…『マイラ』、かな?」「―――」そこでようやくドナが糸目の女を見る。その目はまさに女を射貫こうかというほど、真っ暗に染まっていた。「おー怖い怖い。…で?私のことを調べあげたって?」女が問いかけるのと同時に、ドナの背後からルイザが現れる。―――そこには、銃を突き付けられ脅える少女―――ミリアムが。女はその様子に特に驚く様子はない。「おかしいと思ったんだよな。…この子、たまに見かけたんだよ。臓器運ぶ時の病院のロビーとか、エマを護衛してた時のショッピングモール、それからこの前の爆破の時―――…もしかして、セルネス製薬の奴らの件も、お前ら見張ってたのか?」その質問には答えずに、ルイザの元でぶるぶる震えるミリアムに、首を傾けながら話かける女。「あーあ、バレバレじゃん、ミリアム。ほんとに尾行下手だねぇ。」ごめんなさい、とでも言いたげにふるふると顔を振る少女。「こんな目立つ見た目のガキ、情報屋を以てして見つからないわけがねぇよな。」つまりはミリアムから辿ったと。女はそのミリアムの様子を見ると、今度はドナをうかがうように見た。「それで?何が目的?」ドナは女を冷めた目で見下ろしながら告げる。「金輪際、他所の組織にうちの情報を流さないと約束しろ。」「…約束を破ったら?」「その時は探し出して―――…そうだな、まずはこのガキから始末してやるよ。」「…そんなこと出来るの?」情報を集める過程で、ドナ達の人となりを知っていた女は問う。「やれるぜ、私は。」そう言い放つドナの目と声はどこまでも冷酷だった。隣に立つルイザも、同様の目をしている。「なんなら今やったっていい。お前諸共な。」そう言ってドナは、懐から出した銃をミリアムの頭に突き付ける。びくりと体を震わして、ミリアムは涙目になる。ドナ達にも守るものがある。なりふり構ってはいられなかった。今回のように、仲間や友人の命が危険に晒されるリスクを考えれば、見ず知らずの一人の少女の命を奪うことなど容易い。今回の件で、それがよくわかった。二人の本気さと、根っこにある彼女達の冷酷さを間近で見て、「…わかったよ。」降参のポーズを上げる女。「今後は君達の不利益になるような行動はしない。」「…誰かの依頼か?」「いや?ただの私の興味本位だよ。」その目を、表情を見つめて、その真意を探るが、読み取ることは出来なかった。「…そうかよ。」そう言って銃を上げるドナ。続いてルイザもミリアムを解放する。ミリアムは女に駆け寄ると、女に抱き着いた。女もそれを受け入れる。「…その子、喋れないんだな。」銃をしまいながらルイザが呟く。「私が初めて会った時には、もう声が出てなかった。いつもは筆談してるんだ。」無線や電話等での合図にはクリッカー音を使っていた。「…お前、名前は?」「…静麗。そう名乗ってる。もう本名は忘れた。」「東人か。」「故郷にも随分帰ってないよ。もう今やここが本拠地だ。」「本職はなんだ。」「まぁ、基本は情報屋だね。ちなみに私はそっちのマイラとは認識無いよ。」「…らしいな。」「まぁ、一つだけ教えてあげると――」その言葉にドナとルイザが耳を傾ける。「同業で君らを気に食わない連中もいるってことだよ。君らの活躍ぶりに―――この辺りの仕事は、今や割喰ってるからね。」「…ま、恨みも大分買ってるだろうしな。」「わかってるならいいんだけど。…まぁ、私が今回限りで降りるから、今後は連中も大人しくなると思うけどね。卑怯な手で陰からこそこそ手を回すような連中だからさ。」「そりゃよかった。」「寧ろ、君らにつく方が面白い気がしてきたよ。」「…勘弁してくれ。」「まぁ、正体がバレちゃった以上、これからはよろしくね。」「よろしくしたくねーがな…。」「今後は協力してあげるよ。」「信用できねぇな。」だが、彼女が凄腕なのはわかる。「まぁ、何かあったら連絡してよ。」そう言って電話番号を書いたメモを差し出してきた。ドナは黙ってそれを受け取る。「君らの仲間にもよろしく伝えておいてよ。」そう言って振り向きざまに立ち去る。ミリアムも、ドナとルイザを恐る恐る一瞥すると、慌てて静麗の後を追った。
――――「…良かったのか?」車を運転するルイザが、助手席に座るドナに問いかける。ドナは窓の外、遠くを眺めながら答える。「…あのミリアムとかいうガキ…―――あんな、足手纏いでしかないようなガキ連れてるような奴だ。どんなに仕事では冷酷だろうが、あの子にだけは思い入れが強いんだろうよ。」「…弱点にしかなりえないしな…。事実、あの女に辿り着いたのもあの子のおかげだ。」あんな、白髪オッドアイの少女がウロチョロしていれば、他の情報屋の耳にも届く。「…ま、直接会って話した分、いくらかましになんだろ。」「そうだといいがな。」今後しばらくは平穏―――とはいかなくとも、仕事が楽になることを望んで、車を走らせた。