ドナとルイザが加入してから4年後。ダレルが突然二人に告げた。「休暇をやる。」「…は?」ダレルの前で棒立ちになる二人。
―――その数日後、その時と同じ姿勢・同じポジションで、列車のホームに立つ二人が。だが、その装いはその時と変わっており、二人とも仕事着ではなくお洒落な私服を着ていた。ドナは桃色の髪を肩までの長さのツインテールにまとめ、ルイザは銀髪のロングヘアをポニーテールでまとめていた。列車を待ちながら二人で会話をする。「しかし休暇だなんて…初めてだな。」「こんな遠出久々だぜ。」「…」ドナの様子を伺うルイザ。「準備は出来てんのか?」「あ?」その瞳には、ドナへの気遣いが見え隠れしていた。「…必要ねぇよ。」遠くを見ながら呟くように答える。
―――列車に乗り込み、ドナが窓際、ルイザが通路側に座った。暫くしてルイザがうとうとと舟を漕ぎだした。昨日も仕事で帰りが遅かったので無理もない。ドナはというと、ルイザと同時に帰宅したにもかかわらず、一切の眠気もなさそうに、心ここにあらず、といった状態で、窓枠に腕を乗せながら車窓の外を眺めていた。通り過ぎる景色を眺めながら、ダレルから告げられた内容を思い出す。
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「お前達に、話さなければいけないことがある。」いつか話そうと思っていたが、その時を逃し続けたダレルは、ドナ達が20歳になった節目でそれを伝えることに決めた。それは過去の真実。4年前、ドナとルイザがダレル達の組織に来ることになった理由と、その経緯だった。「実は、俺がこの組織を立ち上げる時に支援してくれた―――お前達を、初めてここに連れてきたあの老人…。…彼は、ドナの親代わりだったボスの古い友人であり、そして…ルイザのボスの、元上司だった。」元々三人は同じ組織に属していたが、ルイザのボスは組織の方針に不満を抱え離脱。ドナのボスも、自分の組織を立ち上げるべく、やがて組織を離脱した。だが、3人はその後も交流があり、たまに会っては飲みの席で互いの近況を報告していた。―――やがて、両者とも少女を保護していることを知る。たまたま、彼女たちがいる現場に居合わせ、たまたま、気が向いたから拾ってやったという。そこに互いに縁を感じた。会うたびに情報交換をするが、年々成長していく少女たちを見ていて、『自分達が拾ってやらなければ―――もしくは、しかるべきところに渡してやれば、"普通の女"としての道もあったかもしれない』と考えることも少なくなかった。表の世界へ戻してやろうという考えもあったが、一度手を血で染めてしまった人間は戻れないと思った。だからせめて、環境も、人も、仕事も、今よりはましな組織に送ってやれないかと考えていた。そんな時に、老人から新たな組織設立の話を聞く。信頼できる男をそのボスとして置き、仲間達も信頼の出来る人物を引き入れると。そうすれば、いくらか彼女達に伸び伸びとした生活をさせることができるかもしれないと。全ては、ダレルの理想を利用した形で、三人が共謀して立てた作戦だった。「でもいいのかよ?うちのルイザ、結構強いけど。」「舐めるな。…俺の娘だぞ。」「死んじまっても文句なしだからな。」ドナとルイザ―――二人とも、女だからと手加減する筈がないことは、どちらのボスも知ってた。だが、腕前も認めていたからこそ、死ぬことはないだろうと確信していた。
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「――…死んじまってたらどうするつもりだったんだよ…。」思わず呆れた笑みがこぼれる。「親馬鹿か?」そう言いながら微笑むドナは、憑き物の取れたような顔をしていた。
――――目的地の駅に着くと、完全に寝入っていたルイザを起こしてホームへと降りる。レンタカーの手配をして、車に乗り込んだ。二人ともサングラスを付けている。車はドナの運転で走り出す。「お前が運転買って出るなんて珍しいじゃねぇか。」「たまにはな。」「あぁ、障害物が少ねぇから安心して運転できんのな。」「うるせぇ!」小さな町を通り過ぎると、見渡す限り何もない荒野が続く。「あー、たまにはこういうのも悪くねぇな!」「あぁ。向こうでは見られない景色だな。」天気が良く、広い青空が180度見渡せる。そして前後左右に、どこまでも続く地平線。窓を開けると、カラッとした空気に、涼しい風が吹き込んできた。―――走行中、二人とも、あえてあの話はしなかった。あそこにあるアレはなんだの、このあたりの観光地はどこだの、この前あった面白い話や、仲間達の話、そして仕事の話――…等。普段なかなかのんびりと、落ち着いて話すことができないような会話に花を咲かせた。ダレルの言うように、これは『休暇』なのだ。目的地に着くまで、そうしてなんてことない雑談を繰り広げていた。
――――3時間ほど車を走らせると、やがて目的地周辺に辿り着いた。今日泊まる宿に車を停めて、荷物を預けると、そこから歩き出す。ドナにとっては見覚えのある道だった。思い出を辿るようにしながら足を進める。「!」ふと、バーガー屋を見て立ち止まる。突然、昔の記憶を思い出した。かつてのボス―――ドナにとっては父親代わりの男と二人、初の仕事帰りにここを通った時。ドナがバーガーを買ってくれとゴネた。初仕事の報酬にそれくらいいいだろ!といった具合に、しつこく食い下がるドナのわがままに、意外にも親父はすんなりと了承し、店へ連れて行ってくれた。店内で向かい合い、二人でバーガーに齧り付く。厳格なマフィアのトップが、バーガーに豪快に齧りついている様が面白くて、ドナはその記憶が忘れられなかった。親父はそんなキャラではなかった。ステーキを食って、酒をのんで、煙草をふかして、…なんてイメージしかなかったのだ。「(…思えば、付き合ってくれたんだな。)」父親らしいことを、なんて思っていたかはわからない。でも、ドナにとっては、そういうことに付き合ってくれるボスは、間違いなく父親だったのだ。
「…」そうして思い出に浸っていると、少し先で黙って待ってくれていたルイザの方へ歩き出した。
――――かつてのドナのホームの前で立ち止まる二人。「……」ドナは口を一文字に引き締めて、緊張した面持ちをしていた。「…緊張してんのか?」「しっ、してねえよ!!」「めちゃくちゃしてるじゃねえか。」胸がドキドキと早鐘を打つ。…ここに来るのは、あの日以来だ。「(…親父に、会える…。)」嬉しいような、怖いような。どんな顔をして会ったらいいのかわからない。「…」なんて言われるだろうか。『なんで帰って来た。』か?『お前に用はねぇ。』か。いずれにせよ、歓迎の言葉が返ってくるとは思えなかった。そうして心の準備を整えている時だった。「…お前、ドナか…?」「!!」背後から声をかけられて振り返る。―――と、「ゲイル…!!」大柄の白人の男がそこに立っていた。ドナは駆け寄ると、ゲイルと呼ばれた男は待ち構えるように腕を広げる。ドナはそこに飛び込んだ。二人は抱き合う。「…久々だな…!」「元気してたか!?」「あぁ、見ての通りだ。」「お前全然変わってねぇなぁ!」「そういうお前は、…――随分と大人の女らしくなったじゃねぇか。」そう言ってドナの髪を撫でる様子は、まるで妹の成長を喜ぶ兄のよう。それがなんだかくすぐったく、ルイザに見られているという恥ずかしさもあってか、ドナはゲイルという男の肩に片腕を回して、ルイザの方へ振り返った。「こいつが私にいろいろ戦い方を教えてくれたんだ!私の師匠ってヤツだな!!」ルイザに紹介するように言うと、ルイザは目を丸くした。「!あんたが…!」ドナの化け物みたいな動きを育てたのが、こいつかと。ゲイルはルイザを見てから、ドナに視線を戻す。「この子は?」「こいつは、あー…私の同僚だ。」何と言ったらいいか。友達…とも違う、と、いうことで『同僚』だと紹介した。「そうか…。俺はゲイルだ。」「ルイザだ。よろしく。」「会えて嬉しいぜ。」「私もだ。」そう言って二人は握手を交わした。
ゲイルに連れられて、ホームの中へ案内される。「…あの頃は悪かったな、ドナ。」「…もういいって。――…聞いたよ、なんで私を追い出したのか。」やってきたドナの様子に、なんとなく察しがついていたのか、「…そうか…。」とだけ溢す。「…それで、親父は?」ずっとそわそわと気になっていたことを、伺いながら尋ねる。「!」会う楽しみを隠せない、といったドナの様子に、ゲイルの表情が曇る。「…!」その様子に、目を見開き、見る見る青ざめるドナ。思わず手にしていたカバンを落とす。「……嘘だろ…。」ドナの心情を察するように、心配する目線を送るルイザ。
――――「…良かったのか?」ソファに座るルイザに問いかけるゲイルは、ルイザに、入れたばかりのコーヒーを差し出した。「ありがとう。…一人の方がいいだろ。」そう言ってコーヒーに口を付けた。
――――一人、道を歩いていたドナは、緑の多い丘の上に辿り着いた。ゲイルから聞いた目印を探す。そして。「―――…」丘の奥にある、大きな木の傍に、一つの墓石が立っていた。そこには、親父の名前が刻まれていた。―――『…病気だったんだ。お前がいなくなってから…一年もしない内に逝っちまった。――…もしかしたら、自分の死期を悟ってたのかもしれないな。だからあんなこと…。』―――ゲイルの言葉が蘇り、もうとっくに親父が死んでいたこと、もう二度と、親父と話すことができないという事実を突き付けられる。怒り、悲しみ、後悔、ショック、そんないろんな感情が渦巻き、立ったまま拳を握り締めるドナ。「…ッなんだよ、親父…ッ!!」連絡くらい寄越せ、そういう大事なことはちゃんと言え、そもそも私をここから追い出しやがって、そんな文句も沢山言いたかったが、それよりも涙があふれて止まらなかった。ただただ、親父にもう会えないという事実が悲しかった。話すことも、仲直りすることもできない。成長を見せることもできなくなってしまった。本当なら、会っていろいろと話したかった。組織を出た後のこと、仲間達のこと、自分の功績や、成長したこと。最近あったこと、楽しかったこと、面白かったこと、ムカついたこと、くだらないこと。そんななんでもない話がしたかったのに。…ダレルも悪い奴だ。―――いや、奴のことだから言えなかったのだろう。墓石を見ながら、暫く泣いて過ごした。
――――ひとしきり泣いた後、近くの木に寄りかかりながら、膝を立てて座った。「…ダレルのところにいて、なんとなくわかってたんだ。親父は、私を"普通"の生活に近づけたかったんじゃないかって。」優しい風に吹かれ、透き通るような青空を見上げながら、傍らの墓石に聞かせるように呟く。「…だって、組織の方針がまるで違う。ボスのダレルだって良い奴だ。…本当に、ただ捨てたかっただけなら、あんなまどろっこしいことして、あんなとこに拾わせない。」仕立てられた不自然すぎる状況も、老人が現れたタイミングも、組織に無理矢理入れられたことも、あまりにも出来すぎだ。「…同い年の友達なんて、一人もいなかった。…だから、ルイザと引き合わせたんだろ。」だがその問いかけは返ってくることはない。それが寂しくて髪を指先で遊ばせる。「…"普通"とか、"普通の女"…ってのがよくわからなかったから、取り敢えず髪を伸ばして、染めてみたんだ。」そして思い出したように立ち上がる。そして、両手を広げたり、服をつまんだりしてみる。「服も、最近ちょっと可愛いの着てみてるんだよ。女らしく、…スカートなんて、履いたこともなかったのにさ。…本当は、今日、それも見せに来たんだ。」俯くドナ。「…話も、沢山したかった。今の職場のこと、親父に教えたかった。」そう言って顔を上げる。「…今の生活、悪くねえんだ。兄貴みたいな奴等も沢山いるし、最近はクソ生意気な後輩もできた。…皆、良い奴なんだよ。毎日、賑やかにやってるんだ。」そしてぽつりと呟く。「…親父のおかげだよ。」だが、その拳は再び握りしめられる。「…でも、でもさ…」再び目には涙が溜まる。「私、もっかい、親父と一緒にバーガー食べたかったんだよ。」そういうささやかな愛情が嬉しかった。枯れたはずの涙がまた溢れてくる。いくら私のことを思ってのことだとはいえ、あんな別れ方なんてないだろう。「いつもみたいに、笑って話がしたかったんだよ。」過去の思い出が、走馬灯のように蘇る。親父はいつも、ドナが笑いながらする話に耳を傾けてくれていた。それを拒否されたのは、あの日だけだった。どんなにくだらない話でも、親父は必ずドナの話を聞いていた。それでよかったのだ。汚い仕事を任されようが、女としての生活が出来なかろうが、薄汚い毎日を過ごそうが、そんなことはどうでもよかったのだ。「今は今で楽しい。…でも、私は別に…親父とそのままいたって良かったんだ。」子どものように泣きじゃくる。「親父と一緒なら、それで良かったんだ。…親子って、…そういうもんなんじゃねぇの…?」膝から崩れ落ちるように座り込む。「このくそ親父……ッ!!」墓石を抱きしめるように、再びわんわんと泣きだした。
――――帰り道、ドナが目元を赤く晴らして歩いていると、途中まで迎えに来てくれたルイザと鉢合わせた。ルイザはドナの様子に何も言わず、「何食いたい?」とだけ聞いた。「…ハンバーガー。」
――――二人でバーガーに齧り付く。「話したいことは話せたか?」ルイザなりの気遣いに、黙って甘える。「…あぁ。」「…そうか。…ここのバーガー、なんかちょっと味薄いな。」「…ははっ、そうだろ。」味なんて関係なかった。親父との思い出というだけで価値があった。「…私がさ、煙草吸い始めた時…親父嫌がったんだよ。」「…」「私は…タバコ吸ってる親父がかっこいいと思ってて…親父に憧れて真似したんだ。」ふと懐かしむように笑う。「今思えば、そういうところだったのかもしれねぇな。」そう微笑むドナの顔は、爽やかなものだった。「…ちゃんと親父だったんだな。」ルイザも、ゲイルから二人の話を教えてもらっていた。「…あぁ。紛れもなくな。」ドナは残りのハンバーガーにかみついた。
「…そういや、お前はいいのかよ?」「何がだ。」「何って、お前のボスだよ!…お前も会いに行ったら?」「あー…私はいいかな…。」「はあ?なんでだよ!」「…そういうの、好かない奴だから。」ルイザは笑って「いつかまた、その内会えるだろ。」そう答えた。
「おら、お前ら!!土産だ!!!」数日後、ドナとルイザは大量の土産物を持ってホームに帰宅した。仲間達が勢ぞろいし、わいわいと集まりそれを眺める。「なんだよこの人形…。」「なんか部族の魔よけのお守りらしいぜ!」「いらねー…。」「これは?」「地元の名産らしい。」「なんだこのキャラクター。」「"ゆるキャラ"とかいうらしいぞ。」「か、かわいい…!」「トリシアが好きだと思って。」盛り上がるメンバーの脇で、ごそごそとカバンからスマホを取り出すドナ。「観光地も行ってきた!」そう言って現地で撮影した写真を見せようと操作する。帰る道筋で、普通にあちこち観光地巡りに旅行もしてきた。そのせいで帰る日にちが1日遅れたのだ。「お前ら結構仲良いよな…。」なんだかんだ年頃の同い年女子2人ともなると、それなりに盛り上がったようだ。「写真も撮ってきたんだ!」慣れたようにポーズを決めるギャルっぽいドナと、恥ずかしがりながら芋いピースをするルイザ。「あっはは!ルイザのこの写真慣れてない感なんだよ!」「うるせえなッ!!」写真を見ながら、楽しそうな笑顔を浮かべるトリシアに、「今度はトリシアも行こうな♡」と誘う。「ほんと!?」「当たり前だろ。」ドナとルイザが微笑むと、トリシアも嬉しそうに笑うのだった。「うんっ!」
そんな風に皆で楽しむ中、ダレルがドナに話しかける。「…悪かったな、ドナ。」「あ?…どれのことだ?」「全部だ。…と言いたいところだが、一番は親父さんの―――」そう言いかけたところで、ドナはダレルの胸に軽く拳をぶつけた。「そういうのはナシだぜ。」「!」「もう終わりだ、そういう湿っぽい話は。…ずっと悪かったな、ダレル。…いや、―――ありがとな。」「!」ドナの笑顔に、ダレルもほっとしたように微笑む。「あぁ。俺も肩の荷が下りた。」その言葉に意地悪そうに笑うドナだった。「そりゃよかった。」