【10話】決戦①(水曜日)


次の日の朝。居間に毘沙門天と、寝ぼけた真志がやって来ると、母親が慌ただしく朝食の準備をしていた。二人も手伝い、やがてそれら全てが並ぶ頃には、七福神達もやってきた。母親が「明日、朝食を作りますから!」と、遠慮する七福神達を押し切って準備をしたのだ。「…昨日から続き、悪かったな。」「大変だったでしょう。」「いいえ!張り切らせていただきました!」「君枝さんのご飯、本当に美味しいです…!昨日のも私、感動しちゃって…。」「布袋様…!そんな…大袈裟です!…でも、お褒めにあずかり光栄です!」寿老人、福禄寿、布袋の言葉に笑顔で答える母親。「本当にありがとう!…民にここまでしてもらうのも久々だったから…、私達、本当に嬉しかったの。」「うん。その気持ちだけでもね。…ありがとう。」弁財天と恵比寿が、優しく微笑みながら礼の言葉を述べると、母親の方が感動し、感慨に浸った。そんなこんなで食事をとり始めた一行。食べながら、真志が何かに気づくと、テレビ画面のニュースを箸で指した。「あ、ほらこれ見ろよ。」全員の視線がその箸の先に向く。そこでは、七福神達の乗った宝船が、上空から降りて来る様子を撮影した映像が流されていた。しかも、トップニュースとして取り上げられている。「おー、綺麗に撮れてるもんだ。」「いや、そこじゃなくて…。」「私達映ってる!?」「ついにてれび出演ですか…!?」「やだ~♡もっとちゃんと綺麗にしておけばよかったかしら?」「あんたら暢気だな…!?ネットでも結構ざわついてるんだぞ!?」「こうなってしまったものは仕方がないだろう。」「ただ、これが帝釈天とかの耳に入った時がヤバそうだね。」「これだけの騒ぎになったらもう入ってるでしょ。」「え~~?まさか連れ戻される可能性とかある?」「それはないんじゃない?あんまり地上のことに関与しないだろ、あいつら。」発生した事態の度合いに対して、あまりにも淡々と会話をする七福神達に、流石年の功か、それとも器の大きな神様達と言ったところか…と最早呆れる真志だった。食事を終え、昨日の手筈通りに、と調査に向かうため境内に出ると、既に狐や猫又達が待っていた。「案内するぜ。」「わざわざすまんな。猫又、お前も来るのか?」「俺も気になるからな。真志はどうするんだ?」「今日は学校行くよ。…つーか、皆が行けって言うから。」「青少年は学業優先だ。」「それでなくても昨日サボってんだろ。」「サボっ―――…まぁ、サボったけど。」「私達に任せときなよ。」「大丈夫大丈夫!私達福の神だしね!」「…まぁ、こんなに頼もしいことはねぇな。」真志の言葉に皆笑った。
―――次の瞬間だった。「!!!」七福神と、狐、真志が一斉に、瞬間的に何かの気配を感じ、毛が逆立つような感覚を覚えた。阿形と吽形、そして、まりもまでが現れ、周囲を警戒する。「なんだ…?」「―――…あそこだ。」真志が気配の出所を探っていると、狐が呟く。見ると、狐と七福神が、とある場所を睨みつけるように見つめていた。「……逆立山…!?」それは、今日調査に向かおうとしていた目的地だった。「…『混所通道』だ。」寿老人が呟くと、真志がまさか、といった表情で見る。「それって…別の世界に通じてるっていう…!?」「あぁ。」「…まさか開いたってのか!?―――!…待てよ…あっちには小百合の家が…!」そう言って真志はスマホを取り出し、咄嗟に電話をかける。が、コール音が鳴るだけで電話は繋がらない。「くそッ…!!」焦り、苛立った真志の様子に、狐と猫又は不安そうに七福神達を見つめるが、何も言わない。「大丈夫だよ。」振り返らずに弁財天が言い放つ。耳元からスマホを離しながら、何が、と真志が抗議しようとしたが、その前に寿老人と福禄寿、恵比寿が続く。「『穴』が開いたからといって、すぐに別の世界の奴らが来られるわけじゃない。特に危険性が高い『修羅界』や『地獄界』は、この世界から物理的に距離が離れている分、それだけ到達時間も遅くなる。」「…制限時間は、およそ1時間ってところかしらね。」「それまでの間になんとかすればいいってことだよ。」「…!」思わず狐を見るが、その回答に対して異論は無いようだった。そして七福神達は振り返ると、互いに目くばせをする。そして、毘沙門天が口を開いた。「私と弁財天、大黒天、布袋、恵比寿は、逆立山方面へ向かう。」「!…俺も…ッ!」「お前は駄目だ。」「なんでだよ!!」真志は毘沙門天に食って掛かるが、毘沙門天は黙ったまま何も答えない。代わりに寿老人が答える。「…悪いが、お前にはここを守ってもらいたい。人間達がここに避難してくるかもしれないからな。お前はここの狛虎を遣える唯一の人間だからだ。」「…!!」「大丈夫。私達が必ず、小百合ちゃんを連れて来るから。」「…お前を連れていきたいのは山々だが、そういうことだ。」毘沙門天は少し言いづらそうに伝える。真志の『小百合を自ら助けに行きたい』という要望は、この福の神様達の前では通らなそうだと気づき、絶望の淵で顔を伏せる。自分の立場をわかってはいる、そして七福神の方が信頼できるだろうことも。だが、真志の中で葛藤が渦巻き、弁財天の言葉も信用できない、と言った状況だ。その様子を見ていた狐が、たまらず口を開いた。「俺がここを守る。」「!」項垂れていた真志は咄嗟に顔を上げ、狐を見た。「お前は小百合のところに行け。」「…狐…!」狐は真志と目を合わせた後に、七福神の方へ向いた。「『穴』からここまでは距離がある。妖怪共がここに到達するまでにも時間がかかるだろう。真志が小百合を拾って、すぐに戻ってくりゃいい。それでどうだ?」その言葉に、七福神達は険しい顔で押し黙る。狐は更に詰める。「こいつには、狛虎2匹と付喪神までついてるんだ。…俺も、腐ってもこの地の『守り神』だ。1000年以上も守ってきた地主神様だぜ?なんとかするさ。」町の人間の保護と、真志の身の危険をも考慮しての判断だった。揺らぎつつある七福神達に向かって、狐に後押しされ、意気盛んになった真志も続く。「俺は行きたい。小百合が危険な目に遭うかもしれない状況で、こんなところでただじっと黙ってるだけなんて無理だ。自分のことは自分でなんとかする。狐の言う通り、小百合を拾ったらすぐにでも戻ってくる!自分の責任は必ず果たす!約束する!だから、頼むから一緒に連れて行ってくれ!!」真志は力強い眼差しで毘沙門天を見つめる。毘沙門天も、その熱い目線をまっすぐに受け止めた。「…寿老人。」そして毘沙門天は寿老人に目くばせをした。皆の視線が寿老人へと集まる。寿老人は目を閉じ、ため息をつく。「…何かあっても、私達が助けに行ける保証は無いぞ。」「わかってる。」真志の即答に、寿老人はゆっくりと目を開けた。「…危険を感じたらすぐに撤退すること。それが条件だ。」「!…あぁ!」「…時間も無い。そうと決まれば、さっさと行動するぞ。」そう言って再び皆に向き直る寿老人。「毘沙門天達に加えて真志も逆立山方面へ同行。私と福禄寿は少し遅れて向かう。狐はここに残って、逃げてきた民達を守ること。猫又は別に相談があるから、私達と一緒に来てくれ。」「あぁ。」「わかった。」やることは決まった、というところで、ふと毘沙門天が布袋に呼びかける。「布袋、占ってくれるか。」いつもそうしているといった風に、布袋に頼む毘沙門天。「勿論です。」問われた布袋がその場で瞑想のようなことを始める。皆の視線が集まる。数秒ほどそうした後に目を開くと、布袋は口元に笑みを携えながら、自信たっぷり言い放った。「私の見込みでは、吉です。」その言葉を聞いて笑みを浮かべる七福神。「なら、大丈夫ね。」「布袋の占いは外れたことないもんね!」そう言いながら歩き出した七福神の様子を見て、真志達は戸惑う。そこに、弁財天が声をかけた。「私達は福の神だから。民に幸せをもたらすのが私達の仕事だよ。だから―――任せて。」七福神達の、事態は解決できると思わせるその態度と、弁財天の、不安など払拭してしまうその力強い笑みに、不思議と真志の不安と焦りは落ち着くのだった。狐と猫又も同様に力を貰う。「行くぞ。」毘沙門天の言葉を皮切りに、皆それぞれ動き出した。
――――「…にしても、随分と判断が早かったな。」逆立山方面へ走りながら、真志が独り言のように呟く。それに対して隣を走っていた毘沙門天が答えた。「そりゃ何年一緒にやってると思ってんだ。―――…と言いたいところだが、万が一に備えて、昨日身内で少し打ち合わせをしてな。」猫又と狐を見送った後に、七福神のみで念のため作戦会議を開いていたのだ。「そうだったのか…。」昨日小百合を送って帰って来た後に、七福神達が『夜も遅いから』とさっさと自分を家に戻らせたのはそういうことだったのか、と納得する。「夜に私達のところへ奇襲でも仕掛けてくるかと思ったんだけどね。」「人が出て来る時間帯を狙ったのかもしれませんね…。」「あれ、なんだろう。」先頭を走っていた恵比寿が、ふと何かに気づいたように指を差す。「あれは―――…」「てれびの人じゃないですか?」「…!」そこには、テレビの中継をしているのだろう、カメラマンとレポーター、そして数名のスタッフがいた。カメラで周囲を映しながら、辺りをリポートしている。どうやら、最近の動画―――毘沙門天の戦っている様子や、空飛ぶ宝船を納めた映像―――をネタに、視聴率稼ぎのため、取材に来ているらしかった。「なんでこんなところウロウロしてるんだろ。」「船目当てかなぁ。今は船隠してるし…行方がわからないからかもね。」「…ちょうどいいな。」そう言って駆け足のままメディアの方へ近寄る毘沙門天。「!?おい…っ!」真志の制止も聞かずに、毘沙門天は構わずレポーターに話しかけた。「おい、これは今放送が流れてるのか?」「なに―――…!?例の着物の…!?」「テレビに映ってるのか、って聞いてるんだ。」「は、はい…!今、中継してますが…。」「そうか。」そう言ってカメラを掴んで覗き込む。「えっ!ちょっ…!!」「いいか。この町に住んでる奴はよく聞け。」そして勝手に、テレビを見ているだろう先の人々へ呼びかける。「今すぐに福護神社へ逃げろ。今に、逆立山の方から妖怪や悪神共の大群が押し寄せて来る。死にたくなければ、言うことを聞け。一刻も早く行動しろ。」「えっ…、えっ!?」戸惑うカメラマンやレポーター達をよそに、言いたいだけ言ってカメラを乱暴に手放すと、「行くぞ。」と、再び走り出した毘沙門天。そしてそれに続いて弁財天と布袋も走り際にカメラに向かって呼びかける。「皆!お願いだから逃げてね!!」「妖怪達は危険です!命を落とす恐れがあるので、絶対に近づいたりしないでください!!」大黒天と恵比寿は何も言わずにスルーして走り、真志もそれに続く。その場には、ぽかんと呆気に取られるテレビクルーだけが残されていた。
――――「…にしても、あいつら大丈夫か?毘沙門天の強さは俺も分かってはいるけどよ…他の奴らも戦えんのかよ?」福禄寿と猫又、そしてのちに合流した座敷童は、林の中を足早に歩いていた。猫又からの問いに先頭を歩く寿老人は顔だけ振り返りながら答える。「問題ない。確かに私や福禄寿、布袋は、戦闘という分野においてはあまり得意とは言えないが…。毘沙門天、弁財天、大黒天――――"あの方達"は、天上でも名の知れた戦闘神だ。―――侮るなよ。」顔だけ振り返り、自慢げににやりと笑う寿老人に、猫又は「そうかよ。」と答えた。そして寿老人は再び前を向く。「…ところで、これから何を…?」座敷童がおずおずと尋ねる。それに対し、寿老人が静かに答える。「…考えていたんだ。万が一『混所通道』が開いた場合、今の狐と布袋の力を合わせたとて、それを短時間で塞ぐことは難しいだろう、とな。」「…じゃあ、今回のはどうやって塞ぐんだよ?」猫又の問いに、寿老人が歩いたまま何事かを伝えると、猫又と狐は驚愕の表情を浮かべた。「…マジで言ってんかよ…!」「大マジだ。」「そ、それは…本当によろしいのですか!?」「私達の総意だ。構わん。」一切躊躇の無い二人の様子に、猫又は思わず笑う。「…流石、七福神様は発想が違うぜ…。」
――――「神社の方へ逃げて!」道行く人がいれば、神社の方向へ逃げるように誘導をかける。だが、呼びかけても殆どの人は、ぽかんと呆気に取られるだけでその場を動こうとはしなかった。「…全く、ほんとに面倒だなー。」「いっそ放火して『火事だー!』って逃げてもらう?」「だっ、駄目ですよ!こんなに住宅が密集していては、延焼しちゃいます!」「冗談だって、冗談。」「お前らが言うと冗談に聞こえねぇぞ。」そうこうしているうちに、毘沙門天達は逆立山付近の住宅地にまで近づいていた。「…手筈通りに行くぞ。弁財天と布袋はこのまま東へ、私は南へ向かう。大黒は北、恵比寿は後方支援と民達の誘導を頼んだ。真志は、一先ず弁財天と布袋にそのままついて行け。」「わかった。」「了解。」そしてそれを合図に、遣いのいる者は各々それを呼び出す。毘沙門天は虎を、弁財天は大蛇を、大黒天は沢山の鼠達を引き連れて、散らばった。真志はそれを見ながら目を見開く。「…!」「気を付けろよ。」去り際、毘沙門天が真志に声をかける。「…お前もな!」その真志の言葉に、少し驚いた素振りを見せた後、毘沙門天はふっと笑って走り去っていった。
――――弁財天と布袋の後に続いて、走り続ける真志。前を走る弁財天のぼそりとしたつぶやきが耳に入った。「もうこんなところにまで――…」「え?」「真志くん!」「!はい!」「減速して!」「!?―――…はいッ!!」弁財天の指示通りに減速する真志。弁財天と布袋はそのまま走っていく。その直後だった。進行方向の先から、何かが走ってくる足音が複数聞こえてきた。「…!」少しして人影が見えてくる。そこでは、3Mはあろう巨大な二頭身の妖怪が、短い手を伸ばしながら逃げ惑う人々を追いかけ、こちらへ向かって走ってきていた。人々は悲鳴を上げ、必死に逃げ惑っている。「布袋!!」「はいッ!!」弁財天が十字路付近で足を滑らせながら急停止し、すかさず指示を送ると、同じく急停止をした布袋が妖怪に向かって手をかざした。何かを掴むような動作をした後、思い切り腕を横に振った。すると、近くにあった大きなブロックが、妖怪の頭に勢いよく直撃する。妖怪は派手な音を立てて塀へぶつかると、勢いを止めることなく、そのまま敷地の中へと突っ込んだ。「すげぇ…」真志は呆気に取られながら、十字路に佇む弁財天の近くまで走った。その間、布袋は逃げてきた人々に対し、神社の方へ逃げるよう誘導していた。「真志くん、小百合ちゃんのところに行ってあげて。」「!」弁財天はその手に刀を出現させながら、真剣な表情で告げた。「ここは大丈夫だから。」「…!」昨日見た、幼い雰囲気を感じる彼女とは違い、ぐんと大人びた印象を受けた。冷静で、淡々としていて落ち着きがあり―――その目つきからは、どこか非情さも垣間見えた。確かに『神様』が、そこにいる。真志にそう思わせるほどの、圧とオーラがあった。「…わかった。ありがとう!!」弁財天の言葉に甘えた真志は、十字路を道を右に曲がって走り出した。走り去る真志を見送ると、弁財天は妖怪の方へと向き直る。「…ごめんね。」弁財天は手にした刀を掲げると、刀身を鞘から引き抜く。「悪いけど、容赦はしないから。」そう言って刀を構えるその表情は、いつもの人懐こい優しいものではなく、鋭く険しい捕食者のようであった。
――――外の騒ぎを聞きつけて、家の玄関から外に出た男性が一人。「…!!」そんな男性の目の前に、2.5Mほどの高さがある、ヒト型の―――真っ黒な"何か"が立っていた。「えっ?な―――」男性がぼうっとしている間に、その"何か"は、長く巨大な手を素早く振りかぶっていた。だがそこに、大槌を肩に担いだ大黒天が飛び込んできたかと思えば、その異形に対し、横から飛び蹴りを食らわせた。異形は、大黒天に吹っ飛ばされ、道路上を20Mほど直線的に飛ぶと、突き当りの塀に派手にぶつかった。塀は音を立てて崩れながら、煙をまき散らしていく。大黒天は勢い余り、滑るように道路へと着地する。停止した後、立ち上がりつつ異形の様子を見ていたが、突然ぐるりと男性の方を向いた。「ヒッ…!」その異質な目に、思わず男性はびくりと体を震わせる。「おい、ぼさっとしてないでさっさと逃げな。」「えっ…」「西の神社の方が安全だ。家族がいるなら一緒に連れて行けよ。ついでに他の人間達も。」そう言って大槌を構える。その次の瞬間、大黒天のすぐ目の前には、いつの間に近づいて来たのか、先ほどの異形が。上空から、長い手を振り回しながら飛び掛かってきていた。大黒天はそれを見上げながら呟く。「邪魔だからさ。」
――――脅えて座り込む人の前で、妖怪を斬り倒した毘沙門天。すぐ近くでは虎が妖怪を威嚇していた。背後の人間達に向かって、「早く逃げろ。」と呼びかけると、人々は慌てて立ち上がり、その場を逃げ出していく。それを確認すると、虎が牽制している妖怪の方へと走っていった。
――――「…毘沙門天様…!」神社の境内で、真志の両親がスマホのニュース動画を見ていた。先ほど、毘沙門天がテレビ中継に乱入した際の映像が映し出されている。「なるほどな。」それを覗き込んでいた狐とぬらりひょんが呟く。「…でも、これを見て町の人がここに避難してくるかは…。」「…まぁ、信じない奴が大半だろうな。」「…あれ?あの人は…。」石段を登り切り、はぁはぁと息を切らしながら、人間の女性が駆け込んできた。「大丈夫ですか!?」慌てて母親が駆け寄る。続いて父親と狐も走り寄った。見たところ、怪我はないようだ。「…どうしてここに?」父親の問いかけに、女性は顔を上げる。「…私、この前…あの着物の人に助けてもらって…!」その女性は、毘沙門天が数日前に竜の妖怪から守った人だった。
――――小百合の家に向かって、全速力で走り続ける真志。「(頼む、何も起こらないでいてくれ…!)」小百合の家までもう少し、という地点で、祈りながら曲がり角を曲がった時だった。「…小百合!?」見知った少女が、とある家の門から出て来るところに遭遇した。「真志くん…!!」真志は小百合の近くまで寄ると立ち止まった。急いできたせいか、ずっと休むことなく走り続けたせいか、それとも小百合が無事でほっとしたせいか。疲労がどっと押し寄せる。その場で膝に手をついて、呼吸を整える。一先ず、小百合が生きていたことにほっとする真志。「……取りあえず、無事でよかった…。」「…もしかして、助けに来てくれたの…?」「!…当たり前だろ!」少し照れたようにしながらも、まっすぐとした目で小百合を見ながら答える真志。それを見て小百合は、胸の奥からこみあげる感情を噛み締めながら「…ありがとう…。」と、嬉しそうに笑った。そんな小百合を見て、恥ずかしくなった真志は目線を反らすと、体を起こして問いかける。「…おじさんとおばさんは?」「もう仕事に出てたから、チャットで逃げるように伝えたら『わかった』って言ってたの。だから大丈夫だと思うんだけど…。」そこではたと気づいた。まだ何も説明していないにも関わらず、会話があまりにも嚙み合いすぎている。「あっ…!?つーか、今どんな状況かわかってんのか!?」真志の言葉にきょとんとする小百合。「テレビのニュース見てたら、毘沙門天さんの映像が流れてたから…。真志くんからの電話も、このことかなと思ったんだけど。」「さっきの見てたのか…。」「チャットも送ったよ?」「えっ!?」慌ててスマホを見ると、確かに小百合からチャットが来ていた。「…焦ってて気づかなかった…。」それほどまでに必死だったということか…と苦笑いする真志。その時、はっとした小百合が、そんな場合じゃない、とばかりに真志の腕を掴んだ。「そうだ!それでね、真志くんの家に逃げようとしたんだけど…、この辺りの人達がなかなか避難してくれなくて…!」「!」確かに真志が到着した時、小百合はこの家から出てきていた。小百合の家は、もう少し先の筈だ。「毘沙門天さんのこととか船のこともあったし、中には信じてくれる人もいるんだけど…皆がそうじゃなくて…。声はかけてるんだけど…。」「…」それはそうだ。『妖怪が出た』なんて、実際にその目で見たことがある人や、元々そういった存在に理解がある人でないと、信じるのは難しいだろう。辺りを見ると確かに、どこかへ逃げようとする人もいれば、のんびりとそこらを歩いているような人もいる。「俺も手伝うよ。」「うん!」そうして二人、動き出そうとした時だった。遠くから悲鳴が聞こえた。「!!」小百合と目を合わせ、声のする方へ駆けて行く。「(まさか―――…)」胸騒ぎを覚えながら、真志はその先の十字路を左へ曲がった。「…!!」そこには、3Mほどの巨大な青色の鬼が1体と、2M弱の中型の赤色の鬼が3体、道路の真ん中に佇み、子供を含んだ人間達4人を取り囲んでいた。鬼に囲まれた人間達は、脅えたように身を縮こませて、固まっている。「お、また来たナ。」そう言って一番大きな鬼が、真志達を見つけて呟く。それにつられて、他3体の鬼も「エ?なに?」「人間ダ!」と口にしながら真志達の方へと振り返った。「……!!」その巨大さと異質さに、真志はぞわりと肌を粟立てる。「先にこっちだナ。」そう言って巨大鬼が目の前の人に向かって手を伸ばす。「ひいッ!!」中央にいた男性が縮こまりながらそれを避けようとする。「――ッ!!」その時、真志の意志に呼応するように、その脇から阿形と吽形が飛び出していった。「!!」2匹は勢いよく駆けていき、地面を蹴って跳ねると、それぞれ鬼に飛び掛かって行った。「ワワッ!」「ギャッ!!」阿形に襲われた中型の鬼達は、悲鳴を上げながら逃げ回る。対照的に巨大鬼は、迫る吽形に対し、冷静に自らの腕を差し出して、そこに噛みつかせた。そして痛みを諸共しない、といった様子で腕を大きく振り回し、すぐさま吽形を振り払った。吽形はパッと腕を離すと、後方へ滑りながら着地する。「おいおい、邪魔するなヨ。久々の"祭り"なんだからナ。」巨大鬼は噛みつかれた腕をさすりながら呟く。「祭り…?」「…しかし、現代にもこういう人間がいるとはナ。―――!」巨大鬼が真志に気を取られている間、狛虎達は他の鬼を蹴散らし、まりもは人々を避難させていた。遅れて巨大鬼はそのことに気づく。そして、「皆さん!!早く逃げて!!」という小百合の呼びかけに、鬼に囲まれていた人だけではなく、その光景を目撃した周囲の人々も、次々と逃げ出していった。その様子をぽかんと見ていた巨大鬼は、真志に背を向けながらぽつりと呟く。「…余計なことをしてくれたナ。」「…!!」
――――町の至るところに妖怪が現れ、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。七福神達は人々を守りつつ、次々と迫る妖怪を斬り伏せていく。その応酬が続くうちに、騒ぎはみるみる大きくなり、ようやく人々は事態の深刻さに気づき始めた。そうして少しずつ避難する者が出てきたものの、未だ外の惨状に気づいていない人々も多かった。「早く!神社の方へ逃げて!」そんな中、避難誘導をしていた恵比寿の背後に、塀の向こうから現れた影が忍び寄っていた。「!!」それに気づいた恵比寿は反射的に振り返る。しかし次の瞬間、両腕と両足に糸のようなものが絡みつき、身動きが取れなくなる。塀には、下半身が蜘蛛となった妖怪―――巨大な絡新婦(ジョロウグモ)が張り付いていた。「…まさか"あの"七福神がいるなんて聞いてなかったわ。」絡新婦は嬉しそうに笑い、その8本の足を自在に動かしながら地面に降り立つと、恵比寿の眼前まで迫った。「食べたらさぞ、大きな力を得られることでしょうね…。」指先で恵比寿の顎をぐいと持ち上げ、その顔を確認する。そのまま品定めでもするかのように、恵比寿の全身へと視線を移していった。「―――…とはいえ、例の3人ならともかく…ただの釣り好きの『恵比寿』を食べたところで…といったところかしら。」「…いくらなんでも、私を馬鹿にし過ぎじゃない?」「え?」直後、恵比寿を捉えていた蜘蛛の糸は、飛んできた高速の"何か"によって、一斉に切り裂かれた。危険を察知した絡新婦は、咄嗟に後方へと飛びあがる。「…!!」屋根に着地した時、自分の腕が鋭利なものに切り裂かれ、多量の血を垂れ流していることに気づいた。「…は…」絡新婦は拘束が解け、自由になった恵比寿を見る。その時、彼女の周囲を纏うように、水が宙に浮いていることに気づいた。「『ただの釣り馬鹿』だとでも思ったのかな。」やがて恵比寿の周りを漂っていた水の塊は、次第に形を成し、弾丸のように高速で絡新婦へと撃ち出された。「!!」それを横に飛びながら避ける絡新婦。「!?」だが直後、逆側から大量の水の塊が押し寄せて来る。からがらになってそれを避けると、また別の方向から水流が迫ってきた。「…!」絶え間ない攻撃に翻弄されて視界が狭まっていた絡新婦は、それを避けた後、ようやく周囲の異様な光景を認識した。複数の大量の水が、まるで龍のようにうねりを上げながら、空中を自在に移動している。恵比寿を中心に、辺り一面水の龍が泳ぎ、その数と量は視界を埋め尽くされるほどだ。更に上空を見上げると、この一帯だけが真っ黒な雲に覆われ、雷が轟いている。「なっ…なんなの…!?」戸惑っている絡新婦に向かって、再び水龍が襲い掛かる。絡新婦が、このままではまずい、と逃げ出そうと方向を変えた時だった。逃さないとばかりに、複数の水龍が交差しながら、その行く手を阻む。「くっ…!」その時、水のうねりの奥から、刀を構えて斬りかかろうとする恵比寿の姿が現れた。「なッ――…!!」絡新婦が認識する間もなく、彼女の首は切り離され、宙を舞って飛んだ。大量の水は、それを合図にゆっくりと崩れ落ちていく。着地する恵比寿と共に、バタバタバタと大きな音を立てて、その辺り一帯に降り注いだ。「…」刀をしまった恵比寿は、自分の手を握って開いてと動かし、感覚を確かめる。地上で力を使うのは久々だったが、特に問題ないことが確認できた。視線を上げると、黒い雲は風の流れに従いながら徐々に消えていくのが見えた。次に、絡新婦の頭と体が消えていく様子を見つめると、背後にいる何者かへと問いかけた。「…それで?」「ひっ!!」恵比寿の問いかけにびくりと肩を震わせる何者か。それに振り返る恵比寿。「さっきのてれびの人達だよね。」「…はい…!」そこには、カメラを回すテレビクルー達の姿があった。恵比寿と絡新婦の戦いは、途中からではあったものの、きっちりとそのカメラに納められていた。彼らも、目の前で繰り広げられた妖怪達との戦闘を見て、事態の重さと、これが現実であるということを理解したようだ。「…良かったら、少し手伝ってくれる?」「!な、なにを…」「さっき毘沙門天が呼びかけたように、一刻も早く、人間達を避難させたいんだ。…だから、力を貸してほしい。」「…!」「お願い出来るかな。」「―――は、はい…ッ!!」
――――『皆さん、これは現実に起こっていることです!!撮影でも、CGでもありません!!』テレビの画面から、切羽詰まったようなレポーターの声が響く。そのレポーターの先では、着物を着た女性が刀で妖怪達を斬り倒していた。『逆立山から妖怪達が現れて、縁坂地区の住宅地に押し寄せています!!今は着物の女性たち数人がそれを必死に喰いとめていますが、救助が間に合わない可能性があります!!縁坂地区の皆さんは、一刻も早く、福護神社へ避難してください!!』そのテレビを見ていた子供が「おかあさーん、ひなんしてください、だってー。」と母親に声をかけると、母親はその映像に釘付けになる。「なに、…え?…これ本物…?」―――別の家では、「これヤバイんじゃない…?なんか血とか本物っぽいし…。」「いいから早く逃げようよ!!なんかもう、皆逃げてるっぽいよ!!」―――「仕事が…」「それどころじゃないでしょ!!こんな時に馬鹿なの!?」―――レポーターの呼びかけにより、避難せずに残っていた人々もようやく動き出し始めた。妖怪を斬り伏せた毘沙門天の近くにも、住民が通報したのだろう、警察官達が現れた。「これは一体…。」戸惑いを見せる警察官達に、毘沙門天は大声で呼びかけた。「こいつらのことはいい!私が対処する!お前達は一刻も早く住民達を避難させろ!!そっちが最優先だ!!」「…!!」「死にたくなけりゃ、妖怪達には近づくな!!―――ッ早くしろ!!」急き立てるように怒鳴ると、訳が分からないといった様子で、それでも町民達を守るために警察官達も動きだした。それを見届けた瞬間だった。「―――…!!」毘沙門天は何かを察知すると、すぐにその場を駆けだした。
――――「小百合、逃げ――――」巨大鬼の様子に嫌な予感が過った真志が、振り向きざまに小百合へ『逃げろ』と言おうとした時だった。「真志くんッ!!」「!!」青ざめながら叫ぶ小百合に気づき、すぐさま視線を戻すと、巨大鬼がいつの間にか目の前まで迫っていた。振りかぶった拳は、真志目掛けて一直線に振り下ろされている。避ける間もなく、咄嗟に両腕を掲げて防御の姿勢を取る。瞬間、まりもが真志の前に現れ、鬼の攻撃を防いだ。「…ッ…!!」剣で拳を受け止めたものの、そのあまりの力強さに押され、次第に姿勢が傾いていく。「まりも…ッ!!」「きゃあッ!!」「!?」小さな悲鳴に再び振り返ると、中型の鬼が小百合の体を肩に担ぎ、そのまま道の向こうへと走っていくのが見えた。「小百合ッッ!!!」「小百合様ッ!!!」辺りを見回すと、狛虎二匹が他の中型の鬼に翻弄されている様子が見えた。目の前では、まりもが依然として巨大鬼の攻撃に耐えている。すると、巨大鬼が口を開いた。「見たとこロ、あの子も少しは力があるみたいだからナ。食っテ、俺達の栄養にすル。」「……!!!」食う?今食うって言ったのか?小百合を…?ぞっと血の気が引いた真志が、小百合を助けに行くため走り出そうとした時だった。「!!」巨大鬼は、まりもと交えている方とは逆の手で、まりもに張り手を食らわせた。「ッ!!!」「まりもッ!!」まりもは全身でその張り手を受け、塀に激しく激突してそれを貫通すると、そのまま家の中へと突っ込んだ。「…!!」そのあまりのパワーに鳥肌を立てる真志に、巨大鬼は素早く距離を詰める。「なッ…!!」図体に似合わぬ速さに驚きながらも、再び振り下ろされた拳をギリギリでかわす。「良い動きだナ。でも、」「!!」避けた方向から蹴りが迫ってきていた。「…ッ…!!」今度は避けきれず、わき腹に激しい衝撃が走った。そのまま勢いよく転がり、地面に叩きつけられる。眼鏡が飛び、視界がぼやける。内臓が揺さぶられ、思わずその場で吐いてしまった。「…あ~…蹴りは苦手なんだよナ。」余裕そうな巨大鬼の様子に絶望する真志。息が苦しく、ひゅっひゅっという、か細い呼吸でなんとか酸素を供給しようとする。口の中がツンとした香りで充満し、気持ちが悪い。「(やばい、やばい。)」小百合を早く追わなければ、と焦る真志の頭の片隅に「敗北」と「死」のニ文字が浮かぶ。頭と体が急速に冷える感覚がして、小百合が連れ去れた方向を見る。「…!!」ぼやけた視界の中、どんどんと小さくなる小百合が見えた。焦る気持ちと絶望が加速し、心臓が早鐘を打ち始めた。―――『食っテ、俺達の栄養にすル。』―――待て、待ってくれ。頼むから。激痛の中、片手をついて立ち上がろうとする。が、巨大鬼の片足が真志の背中を踏み、阻まれる。「ぐあッ…!!」「無理ダ。」身を捩るが抜け出せない。どころか、相手はまだ加減しているようにも見える。まりもは来ない、狛虎達も他の鬼の相手で手一杯だ。俺が行かなければいけない。早く追わなければいけないのに、体が言うことを聞かない。小さくなる小百合に気持ちだけが焦る。「…ッ頼む!!あいつだけは見逃してくれ!!」「ン?」「俺のことは食ってもいい!!だからあの子だけは見逃してくれッ!!」その言葉に、鬼は一時きょとんとするが、その後笑い出す。「…は…」「嫌ダ。」「…!!」「今日は祭りだからナ。」先ほどと同じ台詞を放たれ、真志の中でぷつりと怒りが湧く。―――…ふざけんな、…ふざけんなよ……ッ!!何が祭りだ、何がそんなに楽しいんだ…ッ!!人の命を何だと思ってるんだ―――…ッ!!そして、小百合の笑顔が思い浮かんだ。優しく、誠実で、人の良い少女。命を奪われる道理などない。―――…こんな奴らのせいで小百合が死ぬなんて、そんなこと―――――「……あって良い筈ねぇだろ……」「ン?」その瞬間、真志の目の色が変わった。「…!?」鬼も真志のおかしな様子に気づく。その直後だった。「!!!」横から飛び込んできた何かに首元へ噛みつかれ、鬼はそのまま地面へと倒れ込んだ。「ぐぅッ…!!!」鋭い爪が体に突き刺さり、身動きが取れない。腕を伸ばそうと必死にもがくが、腕が、全身が、重量感のあるそれに押し潰され、それも叶わない。首元の牙も奥深くまで突き刺さっており抜けない。「うがああああアッッ!!!」鬼は半ばやけになりながら大きく四肢を暴れさせる。皮が裂けようが肉が引きちぎれようが構わず、ただ敵を振り払うことだけに集中する。必死にもがいた末になんとか腕を振りほどくと、鬼は続けざまに、噛みついてくる頭部を掴もうと手を伸ばした。だが、敵の方があっさりと口を離す。鬼は咄嗟に距離を取ると、よろめきながら立ち上がった。息も絶え絶えになりながら、目の前の光景を見て凍りついた。「…!!」そこには、姿形がまるで変わった狛虎二匹を従えた真志が佇んでいた。背後では、中型の鬼二匹が血だらけで地面に突っ伏し、消えかかっている様子が見えた。阿形と吽形は、体躯がひと回り以上巨大化し、目つきは鋭く、牙は伸び、逆立った毛がうねりを上げていた。そのさまはまさに猛獣だ。「そんな…まさか…!!」血塗れの状態で家の中から這い出して来たまりもも、その光景を目の当たりにして驚愕する。
――――その時、狐も遠隔の地でそれを察する。「…」隣にいたぬらりひょんが呟く。「…やっぱりあいつなんだな…。」
――――別の場所。弁財天が駆けていくと、道端に怯える子供が座り込んでいた。静かに近づき、子供の正面にしゃがみ込むと、優しく聖母のような笑みを浮かべて話かける。「…大丈夫だよ。私達がなんとかするから。…立てるかな?」そう言って俯く子供の頭をよしよしと撫でる。子供は涙でぬれた顔を上げながら、こくりと頷いた。「よし!良い子!」そうして両手を取って子供を立ち上がらせると、通りがかりの女性に声をかける。「ごめんなさい、この子を一緒に。」女性と一緒に走り去る子供を見届けると、何かを察知したようにはっと息を呑む。「弁財天!」声のした方を振り返ると、弁財天の元へ寿老人と福禄寿が駆け寄ってきていた。「二人とも!」「…気づいたか。」「うん。」「…奴の見込みは、間違っていなかったようだな。」そうして、苦笑いを浮かべる寿老人。――――前日の宴の席。「寿老人、福禄寿。真志に"気の使い方"について助言してやってくれないか。」毘沙門天の言葉に、寿老人と福禄寿はきょとんとする。真志も、「お前まだそんなこと言ってんのかよ…。」と半ば呆れ気味だ。だが、そんな真志に寿老人が釘を刺す。「いや。奴の言うことはあながち間違っていないぞ。」「は?」「確かに君の中には潜在的な力がある。それは間違いないだろう。…まぁ、私達も会得に時間を要したから、そうすぐにできることではないと思うがな。」「…」「それに、私と君では"気の使い方"が異なる可能性もあるから、参考になるかはわからない。」「…ふーん…。」「具体的に、彼は何が出来ると見込んでるんだ、毘沙門天。」「"使役の力"だ。」「使役か…ふむ。」「まぁそれなら、似たようなことは教えられるかもね。」それを聞いて、寿老人は真志に向き直る。「ともあれ…私達の場合は、何よりもまず『思い描く』ことを第一に考えている。実現した時のイメージを、具体的にかつ強く思い描いた上で気を込める、というのがまず基本だ。」「あとは深呼吸して、力を抜いての精神統一と…自分の体の一部を明け渡す感覚かしらね。まぁ慣れればそんなことも必要なくなるけど。」「…毘沙門天にも一度教わったけど…そんなんわかんねーよ!!」「まぁこの感覚は出来るようにならないとなんともねー…。」「なんなら修行を付けてやってもいいぞ。みっちり飯も食わずに何時間もな。」「勘弁してくれ!!」――――「…大した修行もしていないにも関わらず――…まさか、やってのけてしまうとはな…。」真志のいるであろう方角を見つめながら、寿老人はぽつりと呟いた。
――――毘沙門天も真志の気配を感じ取ると、駆けていた足を減速し、やがて立ち止まった。何かを考えるように少しの間逡巡すると、その後踵を返して、元来た方向へと戻ろうとする。―――が。「…おいおい…。」視線の先では、巨大な髑髏が住宅の屋根の上に乗りこんでいた。
――――「思ったより妖怪の出現が多いと思ってたけど…。」「…あんなものまで現れるか…。」弁財天、寿老人、福禄寿も同様に、巨大な骸骨を眺めていた。現代で言うところの、『がしゃどくろ』だ。その大きさは20Mはあろうかというほどに大きい。「随分と大物が出てきたわね。」「…だが、逆に助かるかもしれんな。」「え?」「目印にはいい。」骸骨が響かせる轟音に、残っていた人々も外に出る。音の出所を探りながら周囲を見渡し、その異形を目にした瞬間、次々と逃げ出していった。駆けて行く人々を横目に、弁財天達は目くばせする。「あれは私がなんとかする。寿老人達は山に向かって!」「わかった。」―――そして同じ時、布袋も別の場所で何かを察する。近くにいた弁財天の蛇と目を合わせた後、布袋は山の方向へと走り出した。


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