【11話】決戦②(水曜日)


「あれをご覧ください!!巨大な骸骨が住宅の屋根の上に乗りこんでいます!!」テレビのレポーターがカメラに向かって叫びながら、数百M先を指す。上半身だけの骸骨が、巨大な手で住宅を鷲掴みながら進路を進んでいた。「皆さん!!一刻も早く逃げてください!!」
――――その頃、別の場所では、弁財天が巨大骸骨のいる方角へ向けて駆けていた。その進路の先では、全長4Mほどの黒い体毛に覆われた牛鬼が、正面から立ちはだかっていた。「おいおい、七福神さまよォ、俺と一緒に楽しもうぜ…!!人を食いに―――」弁財天は走る速度を落とすことなく刀を出現させ、刀身を抜き出すと、横に向けて構えた。牛鬼は、弁財天が繰り出そうとする斬撃の軌道を見切り、避けるべく身を構えた。が、「!?」弁財天は牛鬼に向かって振り抜こうとした刃をあえて止め、足で地面を蹴って反転する。体をひねりながら逆方向へ回転し、遠心力を利用しながら、やや下方から斜め上へと斬り上げた。不意を突かれた牛鬼は反応できず、わき腹から大きく切り裂かれる。「…クソッ…!!」目の前まで来た弁財天を掴んでやろうと牛鬼が手を伸ばす。が、弁財天は流れるような動きでそれを躱すと、今度は刀の柄の末端に掌を当て、牛鬼の胸部へと深く突き刺した。「ぐあッ!!」すぐさま引き抜き、弁財天は刀を回転させながら持ち手を変える。そして今度は、その宙に浮いた腕を一瞬で斬り落とした。「…!!」牛鬼の反応は、弁財天の一手も二手も遅れる。そのまま止まることなく、弁財天は華麗な動きで次々とその体を斬りつけていった。それは優雅で美しく、とても人を斬り捨てる所作とは思えないほどだった。終始圧倒した動きで攻めると、やがて弁財天は―――牛鬼の首を斬り落とした。弁財天は去り際、牛鬼"だったもの"に対し、「…ごめんなさい。あなたに構ってる暇は無いの。」と冷徹な流し目で見やると、再び巨大骸骨に向けて走り出した。

「(…アレは、ヤバい…!!)」目の色を変え、じとっとこちらを見つめておどろおどろしい気配を纏わせる真志。そして、姿形が変容し、先ほどまでとは明らかに異なる気迫を放ち始めた二匹の狛虎。その異様な気配に背筋をぞっとさせた巨大鬼は、本能的にその強さを理解し、瞬時に真志達とは逆方向へと走り出した。「あっ…!!」まりもが声を出すと同時に、狛虎二匹が勢いよく走り出す。「!?」巨大鬼も相当な速さがある筈だった。しかし、狛虎達はそれを遥かに上回り、走り出して僅か2秒でその背に追いついた。そして、阿形が腿に、吽形が肩に、鋭く噛みつく。「ぐあアッ!!!」痛みに声をあげた巨大鬼は、そのままうつぶせに倒れこむ。それからは一方的な蹂躙だった。巨大鬼が抵抗する間もなく、阿形と吽形はその体を貪り喰っていく。まさに弱肉強食を体現する光景だった。巨大鬼は、人間を喰うどころか、あっという間に自らの体を喰らいつくされてしまった。巨大鬼が無力化したのを確認すると、阿形は即座に道の先へと走り出した。その光景を目にし、言葉を失っていたまりもの横で、真志も走り出す。巨大鬼"だった"残骸の横を通り抜け、阿形が目指す先へと向かう。走る途中で吽形が真志に追いつき、自分の背中に乗るよう促した。真志はそれ応えるように、長い毛を掴んでその背中に乗り込んだ。「!!」超スピードで駆け抜けると、ものの数秒で、小百合を担いだ鬼の元へと辿り着いた。「…!!」「真志くん…!」真志は、担がれた小百合と目を合わせ、その無事を確認する。その直後、鬼の前方へと回り込んだ阿形が、急ブレーキをかけて立ち止まった。それを見た鬼が、慌てて足を止める。吽形に乗った真志がその背後に立ち、鬼は前後を塞がれた。鬼は、ぜーぜーと息を切らしながら、大量の冷や汗をかいていた。どうやらこの鬼も、真志と狛虎達のただならぬ気配を察しているらしい。「その子を離せ。」真志が淡々と声をかけると、阿形が毛を逆立て、牙を見せて威嚇しながら、ゆっくりと鬼の元へ近づいていった。「……は、離したら、見逃してくれるカ…?」至近距離に迫る獰猛な猛獣に脅えた鬼は、真志の方へ振り向きながら恐る恐る尋ねる。真志は吽形から降りると、やむを得ないといった様子で答えた。「…人を食わない、って約束できるんならな。」小百合の命を優先しての判断だった。「すっ…すル!約束すル!!」「じゃあいいぜ。」真志が言うと、すぐに鬼は小百合を下ろした。小百合はすぐさま真志の元へと駆け寄る。そして、その背後に回ると、背中にぴたりとくっつき、鬼を覗き込んだ。「さっさと行けよ。」真志の言葉に、鬼は咄嗟に横へ飛び出すように逃げた。―――だが、その時だった。「!!!」鬼の行く手には、刀を振りかざすまりもの姿があった。真志達に気を取られていた鬼は、まりもの存在を認識する間もなく、その首を斬り落とされた。まりもはそのまま真志の目の前へと着地する。「まりも…!」「…約束したのは真志様です。これは私の独断で行ったことで、真志様には関係の無いこと。」そして真志の方へと振り向く。「…放っておけば、別の人間を食っていたでしょうから。」「…ありがとう、まりも。」真志は一度目を閉じると、直後、ぶはっと息を吐き出し、その目を見開いた。そして、膝に手をつきながら深呼吸を繰り返す。いつの間にか、真志の目の色は元に戻っていた。「だ、大丈夫…?」その後ろから様子を見ていた小百合は、真志の正面へ駆け寄ると、心配そうにその顔を覗き込んだ。すると―――「きゃっ!」真志は体を起こし、がばりと目の前の小百合を抱きしめた。「…っ真志くん…、」「…良かった…。」「…っ…」普段なら絶対にそんなことはしないのに、と思いながらも、小百合は抱き締める力の強さから、真志の想いをひしひしと感じていた。そしてその暖かさに、自分も真志もまだ生きているのだと実感し、ほっと胸を撫で下ろした。真志の背中に手を回し、優しく抱き締め返す。「…ありがとう、真志くん。…真志くんも、無事でよかった。」「…」抱き締める腕に、より一層力が入るのを感じた。そんな二人を見て、まりもは微笑んだ。―――暫くそうした後、小百合が、阿形と吽形、それからまりもにお礼を言おうと顔を横に向けた時だった。「…あれ、」目に入った光景に、はたと気づく。自分を助けに来た時の狛虎二匹は様子が違っていたように感じたが、今は元に戻っている。小百合の様子に気づいた真志は狛虎を見ると、抱きしめていた腕の力を抜く。「…多分、俺が力を送るのをやめたからだ。」「え?」「…ブちぎれて、必死になって、『阿形と吽形に"気"を送る』ことに集中したら、…あんなことになった。」そう言って真志は阿形と吽形の元へと歩いて行く。その頭を撫でてやると、二匹は気持ちよさそうに目を細めた。「…維持するのに、ものすごい集中力が必要なんだ…。集中力を説いたらこうなったってことは…一時的なものなんだな。もしかしたら俺が、まだ初心者だからかもしれないけど…。」だから先ほどの真志も様子が違っていたのか、と小百合も納得する。「すっ…すごいよ!そんなことまでできるなんて…!」その時、真志がはっと思い出した。「そうだ…!早く神社に戻らないと!」その時、ずきりとわき腹が痛み、咄嗟に手で押さえる真志。「真志くん!?」「〜〜…ッてぇ…、」先ほど巨大鬼に蹴られた箇所だ。先ほどまで必死になって忘れていたが、思い出した途端、ずきずきと痛み出した。「その様子だと、駆けていくのは難しいでしょう。もう一度この子達に乗せてもらうのがいいかもしれません。」まりもが真志に提案する。「出来そうですか?」「…やってみる。」そう言って真志は目を閉じ、集中する。「(イメージ…イメージだ…。さっきの感覚で、二人の様子を思い浮かべて…。)」そして精神統一、自分の力を預ける感覚…―――。カッと目を見開くと、再び目の色が変化していた。そして阿形と吽形は、見る見る姿かたちが変化していく。「わあっ…!」「…すごい…。」先ほどと同じく変容した二匹が座り込む。小百合がそれに乗りかかろうとした時だった。「!」小百合は、視界の端で何かがキン、と通り過ぎる様を見た。「え…」小百合の驚いた様子に、手を貸していた真志も気づき、振り返る。「!」その時には既に、遠く、家の上に跨る巨大骸骨の首が―――地面に向かって落下していた。
――――別の場所、開けた交差点で、弓を構える弁財天の姿があった。弁財天の放った矢が、巨大骸骨の首の骨を貫き、その繋がりを断ち切ったのだ。首はずどんと住宅の屋根の上に落ちると、煙をまき散らせながら、辺り一帯に激しい風を巻き起こした。

巨大骸骨の頭が巻き起こした風が、二つの三つ編みを揺らした。「…この修羅が…ッ!!どこが"力が衰えている"だッ!!」もげた腕の断面を抑え、血だらけの妖怪が苦し紛れにそう叫ぶ。「そう言ってもらえて何よりだよ。」その目の前に立つは、大槌を肩に担ぎ、服を返り血で真っ赤に染め上げた大黒天だった。その背後には、霧散しつつある妖怪達の体が死屍累々としている。「この化け物…ッ!!」「あははっ、お前がそれ言う?」近づいて来ようとする大黒天を見て、その場を逃げ出そうとする妖怪だったが、「!!」いつの間にか、自分の足元に無数のネズミ達がまとわりついていることに気づいた。その力強さと結束力により、足を微塵も動かすことができない。「なっ…!?こいつら…ッッ!!」「おいおい、標的が動くなよ。」「…!!」気づいた時には、目の前を大槌を振りかぶった大黒天が迫っていた。妖怪はヒュッと短く息を吸い込んだ直後、頭が大槌に潰された。あまりの勢いに、頭は肉片を残すことなく、跡形もなく消えていた。消失していく体を見つめながら大黒天が呟く。「まぁ…力が衰えていようが、負けるつもりなんてさらさらないけどね。」
――――「…ッなんだ、これ…。」その凄惨な現場に、吽形に乗った真志と、阿形に乗ったまりもと小百合が辿り着いた。「あぁ、無事だったんだ。」顔の返り血を手で振り払いながら、大黒天が真志と小百合へと振り返る。「…なるほどね、さっきのはそういうことか。」真志の目と、容姿の変化した阿形と吽形を見て、大黒天は即座に状況を理解する。「用が済んだならさっさと戻りな。そろそろ人間達も集まってる頃だろ。」真志と小百合に対して神社に戻るよう促し、大黒天がそのまま歩き出そうとした時だった。「!」その先に、着物を身に纏った長髪の女性が佇んでいた。「え…」その出で立ちは、妖怪や悪神よりも、七福神達と近しいものに感じた。「…吉祥天。」「!!」大黒天が呟くと、真志が反応する。「吉祥"天"…?…って、もしかして…。」小百合が呟くと、真志が答えた。「…天部だ。毘沙門天達と同じの。…確か、毘沙門天の奥さんだとか言われてたような…。」「あぁ、地上ではそう伝わってるんだよね。」大黒天が横から入る。「実際は吉祥天の一方的な片思いだよ。」「片思い!?」「今の言葉で言うと、ストーカーなんだよ、あいつ。」「ストーカー!?」「昔、毘沙門天によくしてもらったことがあって、それで惚れちゃったらしいよ。自分で毘沙門天の嫁だって触れ回ってるほどだからね。当の毘沙門天には全くその気が無くて、何度も振ってるんだけど。」「そ、そうなのか…。」「まぁ、私としては面白い限りだけどね。」新事実に好奇心が芽生えたものの、そもそもそんなことを本人の前でべらべらと喋っても良いのかと不安になった真志は、ちらりとその様子を伺う。当の吉祥天はというと、黙ったまま、暗い表情でじとっとこちらを見つめていた。彼女の纏う重く湿った雰囲気に、ぞわりと鳥肌が立つ感覚がする。「…でも、なんでこんなところに…。それに…」小百合の視線は、吉祥天の手元にある刀へと吸い寄せられた。小百合の言わんとすることを察した大黒天は、吉祥天をまっすぐ見つめながら続けた。「こっちの加勢に来てくれた…ってわけでもなさそうだね。」そう言って、肩に担いでいた大槌を下ろす。まさか、と大黒天を見る真志。―――やるのか?…同じ天部同士で?―――緊迫した雰囲気の中、真志の背中に冷や汗が流れた時だった。「私に用があるんじゃないのか。」「!!」声のする方を見ると、そこには、吉祥天を見つめる毘沙門天が立っていた。「毘沙門天…!!」「…」毘沙門天は吉祥天の方を向いたまま、真志達の前に出ていく。そして、吉祥天に反応が無いことを確認すると、後方の真志達へと振り返り、指示を出した。「…ここは私が引き受ける。お前達は行け。」先ほどの大黒天の話を聞いた後だ。ここは毘沙門天に任せるのがいいだろうと、真志も小百合も感じた。「じゃあよろしく。―――お前らもさっさと行きな。」大黒天は真志達を促すと、さっさと別の場所へ向かって走っていった。毘沙門天の視線が真志から狛虎に向いた後、小百合へと移る。「…無事で良かった。」毘沙門天が微笑むと、小百合が泣きそうな顔になる。「毘沙門天さん…っ…!」それを見た後、再び真志に視線を戻した。「お前も、よくやったな。」「…!」凛とした笑みで真志を称えてやる毘沙門天。真志がその言葉を噛み締めていると、毘沙門天は続けて狛虎たちの頭を褒めるように撫でた。直後、表情を引き締めると、「行け。」と改めて促した。「…わかった!」毘沙門天の言葉に、真志は狛虎に指示を出して走り出す。真志と小百合は狛虎の背中に飛び乗ると、やがてそこから遠ざかって行った。毘沙門天がその背中を見送っていると、背後から声がかかる。「…随分と、お優しいことですね…。」毘沙門天は吉祥天のその言葉に振り返った。「…私には、どうしてそんなに怖い顔なさるんですか?毘沙門天様…。」「…お前か、奴等の手引きをしていたのは。」「…何のことかわかりかねます。」「とぼけるな。…何故お前が奴等に加勢する。」「…私は、民を傷つける真似などいたしませんわ…。」「結果として、こうして民が襲われているのにか?」「…」吉祥天は刀を構える。「…私に吐かせたいのでしたら、無理矢理でないと。」それに対して、毘沙門天も刀を出現させた。「…なら、やるしかないな。」そう言って鞘から刀身を抜き出した。
――――別の妖怪討伐に向かった大黒天に、何者かの黒い影がとびかかってきた。大黒天はそれを避けながら後方へ一回転して飛ぶ。「――…あぁ、そうだよな。吉祥天がいるならお前もいるよな。」「あっははは!!―――…久しぶりじゃない、大黒天…ッ!!!」そこには、黒い着物に身を包んだ女性が。だがその気質は、吉祥天とは真逆のように見える。「懲りないねー、黒闇天。昔痛い目遭わせてやったのもう忘れたの?」「さぁ、なんのことかしら。…『破壊神』だか何だか知らないけど、その鼻へし折ってやるわよ!」「へー。…面白いじゃん。やってみろよ。」そう言って大黒天は、手元に刀を出現させた。「…!?」その様子に目を見張る黒闇天。「私の武器が、槌だけだとでも思った?」そう言いながら刀身を引き抜く。「こっちのが小回り聞いて良いんだよね。」そして刀を顔の前に構えると、目を細めて黒闇天を見やる。「悪いけど、お前に時間かけてる暇ないからさ。」「…!!」その目つきに、ぞっと背筋を凍らせる黒闇天だった。
――――山を駆け上っていた寿老人と福禄寿の元へ、布袋が合流した。「布袋か!」「遅くなりました!」「!待って!」福禄寿の制止の声に、2人も立ち止まる。その先では、3人の行く手を阻むように、黒い着物に身を包んだ女が3人、佇んでいた。「貧乏神か…!!」「…お久しぶりです、寿老人様。…それから、福禄寿様に…布袋様。」それは、毘沙門天がかつて鳥居の前で対峙した3人だった。
――――壁に追い詰められ、脅えた様子の黒闇天の顔のすぐ横に、刀が突き刺さった。「ひッ!!」刀が突き刺さった箇所から大きな亀裂が走り、一部壁が崩れ落ちる。黒闇天は、先ほどまでの威勢が嘘のように消え失せていた。服はボロボロに切り裂かれ、体にはいくつもの痛々しい傷が刻まれている。息を切らし、疲労も隠せない。辺りは瓦礫の山となり、戦闘の激しさを物語っていた。先ほどからまだ10分も経っていないにも関わらず、この状況だ。「なんだよ。偉そうにしてた割にもう終わりか。つまんないな。」大黒天は、黒闇天の横から刀を引き抜くと、それを消失させる。嫌な予感を感じ、拒否するように、そして身を守るように、体の前で両手を振った。「ひっ、…ぁ、ちょっと待って…!!」「さっき私が言ったこと聞いてなかった?」そして大黒天は、黒闇天の首元目掛けて容赦ない蹴りをくらわした。「…ッ!!!」黒闇天は10Mほど吹っ飛んだ後、地面をゴロゴロと転がる。息苦しさと痛みにもだえ苦しむ黒闇天を、見下ろしながら問う大黒天。「お前さー、ほんと懲りないよね。まだこんなことやってんの?」「…ッぐッ…あ"ぁッ…!!」「もっと痛い目見ないとわからないかな。」「ヒッ…!!」大黒天の顔が影になり、その不気味さを一層引き立てた。「ッひっ、ぁっ、も、やめ…ッ!」「え?聞こえない。」そう言って大黒天はその腹に思い切り足を落とす。内臓が押しつぶされる音と、骨が軋む音が聞こえた。逆流した体液が口からあふれ出る。「あ"あ"ぁあッッ!!!!あっ、ひぃッ…!!うぐっ、ぅ、ご、ごめんなさいッ!!ごめんなさい!!!!ゆるし…っ、ヒッ、も、やめてえっ!!!」泣きながら彼女が見たのは、太陽を背にした、陰りを帯びた邪神のような笑顔。そして、目には見えない筈のドス黒い気配であった。とてもではないが、天上の者が放つようなものではなかった。鬼神、邪神、魔、修羅―――…。黒闇天の脳裏にそんな単語が浮かび、ひゅっとか細い息が出る。同時に、全身の毛が逆立った。「主犯は誰だ?それと、何が目的だ?」その問いへの拒否は許さない、と言わんばかりの圧に、黒闇天は息苦しさと寒気に襲われた。体が小刻みに震え出す。―――恐ろしい。こんな奴に喧嘩を売るんじゃなかった。数千年前も同じことを思っていた筈なのに、すっかり忘れていた。こんな化け物、私なんかじゃ全く敵わない。圧倒的力量差と、禍々しい気配、そして無機質で張り付いた笑顔に恐怖を感じ、ついに黒闇天は失禁してしまった。「おいおい…。」大黒天は笑顔を消し、それを呆れた様子で見つめる。―――だが、その時だった。「!!」大黒天が何かの気配に気づき、山の方へと視線を向けた。「…ふふ、ふふふ…!!」「!」突然笑い出した黒闇天に視線を戻す。まるで勝ち誇ったように笑いを止めることはない。「あんた達は間に合わない!!!」「!」「今に『穴』から、修羅やら鬼やらが押し寄せて来るわッ!!」
――――地面に伏した吉祥天へ、毘沙門天が刀を向ける。「…」「…」しばし無言で互いに見つめ合った後、毘沙門天は刀を引き、それを鞘に納めた。吉祥天は驚くでもなく、まるで毘沙門天がそうするとわかっていたかのように、ゆっくりと体を起こし、俯いた。「…斬っては、くださらないのですね…。」「…お前を罰するのは、私の仕事じゃない。…それに、己のしでかしたことを悔やむ者に、刃を向ける趣味はない。」「・・・!!」「…お前の私への行動は、たまに度が過ぎる時がある。…だが今回は、それとは関係のないことなんだろう。」「…」「何か理由があるんじゃないのか。」無言を貫く吉祥天に、毘沙門天は背を向けた。「…話は後で聞く。」そう言って立ち去ろうとする。吉祥天がこの状況で逃げ出すような女ではないと知っていたからこその判断だった。「…どうして、」吉祥天の呟きに立ち止まる毘沙門天。「…どうしてあなた様は…こんな私めを、…嫌っては、くださらないのですか…。」その問いに少し考えた後、毘沙門天は吉祥天に振り返った。「お前の人柄は信用しているからだ。」「…!!」「お前の―――民と、この世を想う気持ちは理解しているつもりだ。…お前の想いに応えられないのは申し訳ないと思う。だが、それでも私を思ってくれると言うのなら―――…真正面から来い。そして、他の奴を利用するのはやめてくれ。」「…っ…」「…また後で話をしよう。」そう言って再び立ち去ろうとした時だった。「…ッお待ちください!!」
――――「…悪いが、お前達に構っている暇は無い。」寿老人は貧乏神達にはっきりと告げた。「あらあら、お冷たいですねぇ。…何百年ぶりかの再会だというのに…。もう少しゆっくりお話ししませんこと?そうですねぇ…そこの木陰で、お茶でも嗜みながら―――」「あなた達が開けたの?あの『穴』を。」福禄寿からの問いに、貧乏神は眉間に皺を寄せ、嫌悪感を隠さない表情を浮かべる。「…本当に、相変わらず遊びを知らない真面目ぶりに反吐が出ますねぇ…。」「遊びなら今度相手してやる。」寿老人が貧乏神達に手をかざし、福禄寿と布袋も臨戦態勢に入る。だが、貧乏神は余裕そうな笑みを崩さない。「…ふふ、もう遅いですわ。」「何?」寿老人が問いかけると、貧乏神は懐から懐中時計を取り出し、その針が指す数字を見た。「ここから『穴』まで―――急いで行ったとしても、精々5分…と言ったところでしょうか。…でも、それよりも早く、悪しき者達がここへ到達するでしょう。」「…」「今から急いだところでもう間に合いません。…あなた方も、この町も、ここで終わるんですよ。」その時、一筋の風が吹いた。木々がざわざわと音を立て、木葉が舞う。寿老人はそれを肌で感じつつ、目を瞑る。そして、ふ―…と息を吐き、再び開いた。「…それはどうだろうな。」その言葉に、貧乏神の眉がピクリと動く。「は…?」―――次の瞬間、貧乏神達は上空を見て目を見開いた。寿老人達の背後―――遥か上空で、突如として、何もない空間から宝船が出現した。「…!?」何故、こんなところに?と困惑する貧乏神達は、視線を寿老人達に移した。「何をするつもり…?」「さて、なんだろうな。」貧乏神からの問いかけに、寿老人はにやりと笑ってみせた。直後、空の上で浮遊していた宝船が動き出し、その角度を変える。船頭はやや下方へ向くように調整された。「!?まさか…!?」「そのまさかだ。」寿老人が手を上げると、船が前進し出す。その速度は徐々に上がっていき、加速していく。寿老人の元から風が吹きあがると、船を後押しするように風が後方から船を包んだ。「…ッ!!」貧乏神は咄嗟に手をかざして、それを食い止めようと攻撃をしかけてくる。が、布袋が結界を張り、それを跳ねのけた。すぐさま福禄寿が両手を貧乏神達の方へかざすと、貧乏神達の動きが鈍った。「なッ…!?」「何百年も会ってなかったんだもの。新しい力を習得してるなんて思わなかったのかしら?」そう言って、寿老人と同じくにやりと笑って見せる福禄寿。貧乏神達は、体に重しが乗ったかのような重力感と息苦しさを感じながら、それに耐える。それでも手を伸ばそうとする貧乏神達を見て、福禄寿は片手で貧乏神達を抑えながら、もう片方の手を横一文字に切るように振り払う。布袋も両手を広げた後、それを交差させるように勢いよく振った。その直後、「!!」福禄寿の風の力によって斬り倒された樹木が、布袋の念力によって寄せ集められ、貧乏神達に降り注いだ。
――――宝船内部の猫又と座敷童は、高速で走る宝船の中で必死に舵を取っていた。先ほどの寿老人達との会話が思い出される。
――――宝船の操舵室にて、寿老人が猫又と座敷童に告げた。「この船ごと突っ込んで、『穴』を塞いでほしい。」「…本当に良いんだな?」「あぁ。この宝船は天上の素材で作られたものだ。天上のものには、悪しきものを封じる効果がある。穴も塞がる筈だ。上手くいかなかった場合に備えて、布袋も同行させる。何かあっても対応できるようにはしておこう。…これが確実で、一番手っ取り早い。時間も無いことだしな。」「まぁ1000何百年もこれだったし、そろそろ新しい船にしてもいいかな~って思ってたのよ♡」福禄寿が冗談交じりに言うが、それだけの長い年数使っていたのなら、愛着も強い筈だ。だがそれよりも、民の命を優先するという判断なのだろう。「これだけ練られた計画だ。穴の周囲に敵が潜み、塞ぎに来た私達を妨害してくる可能性が高い。私と福禄寿と布袋で、そいつらの気を引く。その間にお前達には、船の透過機能で穴の付近まで密かに接近し、自動操縦機能へ切り替えて、船を穴へ突撃させてほしい。脱出には、福禄寿の鶴に協力してもらうから安心してくれ。」「…わかった。」―――重要な役目だ。絶対に失敗は出来ない。だが、真志も、狐も、皆頑張っている。自分達もやらなければ、と猫又は腹を括る。「…でも、上手くいくでしょうか…。」不安そうに俯く座敷童の前に寿老人がしゃがみこみ、その小さな肩に手を乗せる。「そこは私達の力で出来る限りサポートする。…こんなことを頼んですまない。だが、町と、人と、妖怪達を守るにはこれしかない。」「大丈夫よ!布袋の占いってよく当たるのよ。『吉』って出たからには、上手くいくわ。私達も付いてるから!」2人に励まされ、座敷童も気合を入れる。「…っわかりました!私も、頑張ります…!」「その意気だ。」寿老人は微笑み、立ち上がった。「船の存在やこの企てを事前に悟られた場合、船自体を攻撃され、計画が破綻する可能性がある。その点については、くれぐれも注意してほしい。」「あぁ、わかってるぜ。」
――――キャパオーバーの速度と寿老人の追い風に、船が限界だとばかりにギシギシと悲鳴を上げて揺れる。2人で暴走しそうになる舵を必死に抑える。「いけえええぇぇぇッッ!!!」その時、鶴が一声鳴いた。
――――外では、船が落ちる様を心配そうに見つめる寿老人と福禄寿、そして両手を合わせて祈る布袋の姿があった。「…お願い…!」船は高速で山の奥へと落下し、やがて見えなくなった。そして―――激しい轟音と爆発音を響かせながら、大きな砂煙を舞い上がらせる。直後、激しい風が吹き、バラバラになった船の部品が勢いよく辺りに散らばった。布袋が両手で結界を張り、その衝撃に耐える。そして町にいる七福神達や人間達、神社で避難していた人々もその光景を見ていた。「なんてこった…。」人であふれ返る神社でそれを眺めながら、狐が呆然としたように呟く。神社へ向かっていた真志と小百合も思わず立ち止まり、心配そうに見つめていた。
――――爆風が落ち着いた頃、寿老人達が空を見回していると――「あそこよ!」福禄寿がある一点を指さして叫ぶ。寿老人と布袋もつられて見ると、そこには、背中に猫又と座敷童を乗せて空を旋回する、鶴の姿があった。どうやら3人とも無事なようだ。それを確認し、ほっと胸を撫でおろす寿老人達。「…それで、どうだ?福禄寿。」「狙いは完璧よ。あの子達、ちゃんと『穴』のど真ん中を狙ってくれたわ。完全に塞がってる。」鶴と視界を共有した福禄寿は、穴の様子を確認して2人に共有する。「ともあれ、念のため現地でちゃんと確認した方がいいわね。」「そうだな。」「行きましょう!」そうして走り出そうとした時だった。別の地点へ逃げ出していた貧乏神達が、恨めしそうに寿老人達を睨みつけていた。福禄寿と布袋の攻撃が直撃したのか、負傷している様子だ。「…やはりあなた方はイカれてらっしゃいますね…!!」貧乏神が悔しそうに呟くと、「ありがたい誉め言葉だな。」と寿老人が返す。その返答が気に入らない様子だったが、貧乏神達はその場から消えて去っていった。
――――「…それで?」山の方を眺めていた大黒天の呟きに、座り込んでいた黒闇天がぎくりと体を強張らせる。「勝ち誇ってたようだけど、まさかこれで終わりじゃないよね?」「…ぁっ…、ぁの…っ、」ひくひくと苦笑いを浮かべ、涙目になりながら顔を青ざめさせる黒闇天。「さて…と。」そう言って再びその手元に刀を出現させる。「ヒィッ!!」「今回の悪だくみの内容について、吐いてもらうよ。」近づいてくる大黒天に手を伸ばし、止めるように懇願する。「や…っ、やめ…っ!」次の瞬間、強い風が吹きすさんだ。「!」大黒天が一瞬、思わず腕でその風を防ぐ。はっと腕をどかして目の前を見ると、黒闇天がその場から姿を消していた。己の失態にチッと舌を打つ。と同時に、「(今の―――)」どこか覚えのある感覚に、違和感を覚えるのだった。
――――「弁財天!」「恵比寿!」弁財天の元へ恵比寿が駆け寄ってくる。「…上手くいったみたいだね。」「多分ね。あとは寿老人達がきっとなんとかしてくれるよね。―――…は~~~…取りあえずは良かったぁ…。」力が抜け、恵比寿にもたれかかるように抱き着く弁財天。「…民達も、被害は最小限に抑えられたみたいだしね。」「それが何よりだよ~!先手取られちゃったから、民達に被害があったらって気が気じゃなかったんだもん~!それも恵比寿が、てれびの人達に協力してもらったおかげだよ!ありがとね!」そう言ってだら~っと恵比寿に絡む弁財天。恵比寿はそれを受け止めながらぽんぽんと背中を優しく叩く。「まぁ元は毘沙門天がけしかけたからだけどね。」その恵比寿の発言に、弁財天がはたと気づいて起き上がる。「あれ?そういえば毘沙と大黒は?」「大黒はあのあたりにいたの見たよ。なんか黒闇天がいたみたい。」「げっ!!黒闇天!!?…ってことは…」「吉祥天もいるかもね。」恵比寿の答えに、苦虫を嚙み潰したような顔をする弁財天。「すごい顔してるよ。」「…私あの子苦手…。」「そりゃあんな噂流されちゃね。」「…じゃあ、吉祥天といるってことなのかな。なんだろう。…もしかして、今回のって…。」「それはわからないけど…毘沙門天なら何か聞き出してくれるんじゃない?」「どうかなぁ…。」「ともあれ、私達は残党退治といこうか。」「あっ!そうだよね!住人も避難して大方片付いたとはいえ…まだ終わってないもんね。残りも確認して、神社の方へ行こうか。」「うん。」そう言って2人は、妖怪達が残っていないか確認すべく、その場から走り出した。
―――――寿老人、福禄寿、布袋、そして猫又と座敷童は、『穴』があった場所へと辿り着いていた。「おぉ…これは…。」宝船"だった"残骸は、見るも無残な姿になっていた。船体の半分が、地面から生えているような状態になっている。残った部分も、落下の衝撃で亀裂が入ったり穴が開いたりとボロボロだ。「どうだ、布袋?」寿老人は、『穴』の周囲を歩き回り、その状況を確認していた布袋に呼びかける。「宝船の部品が何重にも折り重なったことで、天上物の備わる作用により、自動的に穴が塞がったようです。問題ないとは思いますが、念のため結界を張りますね。」「そうしてくれ。」「ふー…一先ずこれで安心ね~。」そう言って伸びをする福禄寿。寿老人は猫又と座敷童に向き直った。「2人とも、危険な任務だったがよくぞ完遂してくれた。助かったぞ。心から感謝する。」「…何、礼を言うのはこっちの方だぜ。町を助けてくれたんだ。ありがとな。」「成功してよかったです…!早く町の皆の顔が見たいです…!」嬉しそうに笑う2人を見て微笑む寿老人だったが、こそりと隣の福禄寿に話しかける。「…とはいえ、主犯が見つからない以上、解決に至ったとは言えないな。」「…そうね。正直、あの貧乏神達がそうだとは思えないわ。町にも誰かが来ているようだし…。」「…貧乏神達に関しては、過去の行動から見てもあれ以上のことはしてこないように思う。…今回の犯人も目的も、全く見当がつかんな。」「さっきの子達、とっ捕まえておくべきだったかしら。」「捕まえたところで、あいつらがそう簡単に吐くタマだと思うか?」「大黒とか~明王様達とか~…、閻魔天なら一発じゃない!?」「…お前も随分えぐい人選をしてくるな…。」「そう?」―――次の瞬間だった。その場にいた全員に、ぞわりと嫌な予感が駆け巡る。「なッ…!」「何…!?」咄嗟に、気配のした方向を見る。「まさか…」
―――――同じく気配を感じた狐とぬらりひょんが、石段の前まで駆けていく。「お稲荷様!?」真志の両親がそれを追いかけていく。石段を見下ろした狐とぬらりひょんは、はっと何かに気づいた。2人の視線の先には―――…神社の石段の手前で佇む、顔に面を付けた、天衣を纏う人型の男の姿が。「…!!」それを見下ろす狐の頭の中では、激しい警鐘が鳴り響いていた。


前ページへ戻る