【11話】決戦②(水曜日)


「あれをご覧ください!!巨大な骸骨が住宅の屋根の上に乗りこんでいます!!」テレビのレポーターが叫びながら数百M先を指す。上半身だけの骸骨が巨大な手で住宅を鷲掴みながら進路を進んでいる。「皆さん!!一刻も早く逃げてください!!」その時別の場所では、弁財天が巨大骸骨に向かって駆けていた。その道の先で、4M弱ほどの大きな黒い牛鬼が弁財天に対して真正面に体を向けて立っていた。「おいおい、七福神さまよォ、俺と一緒に楽しもうぜ。」弁財天は走りながら刀を出現させると、その刀身を抜き出し、横に向けて構える。牛鬼は斬りかかろうとする弁財天の動きを読み、近づいてくる直前、それを避けようとした。が、「!?」弁財天は足でブレーキを踏むと、振り回そうとして方向とは逆側へ体を回転させ、そのまま回し斬りをした。牛鬼は思わぬ方向からの攻撃に追い付かず、そのわき腹を切り裂かれた。「クソッ…!!」目の前まできた弁財天を掴んでやろうと手を伸ばすが、弁財天は刀を引き抜きながら流れるような動きでそれを躱し、今度は柄の末端に片手の掌を当ててそれを牛鬼の腹部へと突き刺した。「ぐあッ!!」すぐさま引き抜くと、今度はその宙に浮いた腕を斬り落とす。「なッ…!?」牛鬼の反応は弁財天の一手も二手も遅れている。そのまま止むことなく、弁財天は華麗な動きで次々に鬼の体を斬りつけていった。それは優雅で美しく、とても敵を斬り殺す動きとは思えない程であった。終始圧倒した動きで、そのまま弁財天は牛鬼の首を斬り倒した。そして走り去り際に、「あなたに構ってる暇は無いの。」とつぶやきながら冷徹な流し目で見やると、再び巨大骸骨に向けて走り出した。
――――「(…アレは、ヤバい…!!)」目の色が変化し、じとっとした目でどこかおどろおどろしい雰囲気を纏わせる真志と、大きく変容した狛虎二匹の異様な気配に背筋をぞっとさせる巨大鬼。本能的にその強さを理解する。そしてそれを理解した瞬間、咄嗟に真志達とは逆側へと走り出した。「あっ…!!」まりもが声を出すと同時に、狛虎二匹が勢いよく走り出す。「!?」巨大鬼も相当の速さがあった筈だ。しかし狛虎達はそれよりも早く、走り出して僅か2秒で、走り去ろうとした巨大鬼の元へ辿りついた。阿形がその腿に噛みつき、吽形がその肩に噛みつく。「ぐあアッ!!!」そしてそのままうつぶせに倒れこんだ。それからは一方的な蹂躙だった。鬼が抵抗する間もなく、阿形と吽形はその体を貪り喰っていく。まさに弱肉強食を表しているかのような光景だった。巨大鬼は、喰うどころか喰われてしまった。やがて阿形がそこから先に走り出した。その光景を遠目に見て言葉を失うまりもの横で、真志も走り出す。巨大鬼“だった”残骸の隣を通り抜け、阿形が向かった先へと行く。走っていく途中で吽形が真志に追いつき、自分の背中に乗るよう促した。真志はそれに応えて、長い毛を掴むとその背中に乗った。「!!」超スピードで駆け抜けると、あっという間に小百合を担いだ鬼の元へとたどり着いた。「…!!」「真志く――――」真志が、小百合がまだ無事であったことを確認すると同時に、先に到着していた阿形が鬼の前方へ回り込み急ブレーキをかけて立ち止まった。それに応じて、鬼も足を止める。鬼はぜーぜーと息を切らしながら大量の冷や汗をかいていた。どうやらこの鬼も、真志と狛虎達の雰囲気を察知しているらしい。「その子を離せ。」真志が淡々と声をかけると、前方にいた阿形が毛を逆立て、牙を見せて威嚇しながら、低い姿勢でゆっくりと鬼の元へ近づいていく。「……は、離したら、見逃してくれるカ…?」鬼は真志の方へ振り向きながら恐る恐る尋ねる。真志は吽形から降りながらやむを得ず答える。「…人を食わない、って約束できるんならな。」小百合の命が優先の判断だった。「すっ…すル!約束すル!!」「じゃあいいぜ。」真志が言うと、すぐに鬼は小百合を下ろした。小百合はすぐさま真志の元へ駆け寄ると、その背後に回り、背中にぴたりとくっつくようにして鬼を覗き込んだ。「さっさと行けよ。」真志の言葉に、すぐさま挟まれたのとは別方向へ逃げ出す鬼。だが、「!!!」その先には、剣を振りかざすまりもの姿があった。真志達に気を取られていた鬼は、まりもの存在を認識する間もなく、その首を斬り落とされた。まりもはそのまま真志の目の前へと着地する。「まりも…!」「…約束したのは真志様です。これは私の意思で、関係の無いこと。」そして真志の方へ振り向く。「放っておけば、別の人間を食っていたでしょう。」「…ありがとう、まりも。」そして真志は目を閉じると、ぶはっと息を吐き出しながらその目を見開き、膝に手をつきながら深呼吸を繰り返した。その瞬間、真志の目の色が元に戻る。「だ、大丈夫…?」その様子を後ろから見ていた小百合は心配そうに真志の前側へと駆け寄り、その顔を覗き込む。すると、「きゃっ!」真志は体を起こすと、がばりと目の前の小百合を抱きしめた。「…っ真志くん…、」「…良かった…。」「…っ…」普段なら絶対にそんなことしないのに。と、その抱き締める力の強さに小百合は真志の感情を察する。そしてその暖かさに、自分と、そして真志がまだ生きているのだということを実感し、ほっと安心するのだった。そして自分も真志の背中に手を回して、優しく抱き締め返した。「…ありがとう、真志くん。…真志くんも、無事でよかった。」「…」抱き締める力により力が入るのを感じた。それを見てまりもは微笑む。「それから―――」阿形と吽形、それからまりもにお礼を言おうと顔を横に向けた時だった。「…あれ、」その時はたと気づく。自分を助けに来た時の二匹は、いつもと様子が違っていたように見えたが、今見ると元に戻っている。小百合の様子に気づいて、真志は狛虎を見ながら小百合を抱きしめていた力を抜く。「…多分、俺が力を送るのをやめたからだ。」「え?」「…ブちぎれて、必死になって、『阿形と吽形に“気”を送る』ことに集中したら、…あんなことになった。」そう言って真志は阿形と吽形の元へ歩いて行く。その頭を撫でてやると、二匹は気持ちよさそうに目を細めた。「…維持するのに、ものすごい集中力が必要なんだ…。集中力を説いたらこうなったってことは…一時的なものなんだな。もしかしたら俺が、まだ初心者だからかもしれないけど…。」だから先ほど様子が違っていたのか、と納得する小百合。「すっ…すごいよ!そんなことまでできるなんて…!」その時、はっとする真志。「そうだ…!早く神社に戻らないと!」その時、ずきりとわき腹が痛み、手で押さえる真志。「真志くん!?」「…ッてぇ…、」先ほど巨大鬼に蹴られた箇所だ。先ほどまで必死になって忘れていたが、思い出した途端ずきずきと痛み出した。「その様子だと、走ってはいけないでしょう。もう一度この子達に乗るのがいいかもしれません。」まりもが真志に提案する。「出来そうですか?」「…やってみる。」そう言って真志は目を閉じ、集中する。「(イメージ…イメージだ…。さっきの二人の様子を思い浮かべて…。)」そして精神統一、自分の力を預ける感覚…――――。カッと目を見開くと、再び目の色が変化していた。そして阿形と吽形は、見る見る姿かたちが変わっていく。「わあっ…!」「…すごい…。」そして先ほどと同じく変容した二匹が座り込む。小百合がそれに乗りかかろうとした時だった。「!」小百合は、遠く、家の上に乗っていた巨大骸骨の首元に何かがキン、と通り過ぎる様を見た。「え…」小百合の驚いた様子に、手を貸していた真志も気づいて振り返る。「!」真志が振り返った時には既に、巨大骸骨の首は落下寸前、というところだった。
――――別の場所、開けた交差点で、弓を構える弁財天の姿があった。弁財天の放った弓矢が、巨大骸骨の首の骨を貫き、その繋がりを断ち切ったのだった。首はずどんと住宅の上に落ちると、煙をまき散らせながら、辺り一帯に激しい風を巻き起こした。
――――巨大骸骨の頭が巻き起こした風が、二つの三つ編みを揺らした。「…この修羅が…ッ!!どこが“力が衰えている”だッ!!」もげた腕の断面を抑えながら、血だらけの妖怪が苦し紛れにそう叫ぶ。「そう言ってもらえて何よりだよ。」それに相対して立つのは、大槌を肩に担いで返り血だらけの大黒天だった。その背後には、霧散しつつある妖怪達の体が死屍累々としている。「この化け物…ッ!!」「あははっ、お前がそれ言う?」近づいて来ようとする大黒天を見て、その場を逃げ出そうとする妖怪だったが、「!!」いつの間にか、自分の足元に無数のネズミ達がまとわりついていることに気づいた。その力強さと結束力により、足を微塵も動かすことができない。「なっ…!?こいつら…ッッ!!」「おいおい、標的が動くなよ。」「…!!」気づいた時には、目の前を大槌を振りかぶった大黒天が迫っていた。妖怪はヒュッと短く息を吸い込んだ直後、頭が大槌に潰される。あまりの勢いに、頭は肉片を残すことなく跡形もなく消えていた。消失していく体を見つめながら大黒天が呟く。「まぁ、力が衰えていようが、負けるつもりなんてこっちはさらさらないけどね。」
――――「…ッなんだ、これ…。」その凄惨な現場に、吽形に乗った真志と、阿形に乗ったまりもと小百合が辿り着いた。「あぁ、無事だったんだ。」顔の返り血を拭きながら大黒天が真志と小百合を見る。「…あぁ、さっきのそういうこと。」真志の目と、容姿の変化した阿形と吽形を見て、即座に状況を理解した様子の大黒天。「用が済んだならさっさと戻りな。そろそろ人間達も集まってる頃でしょ。」神社に戻るよう促した大黒天が、真志と小百合を置いて歩き出そうとした時だった。「!?」その先に、黒い着物を纏った長髪の女性が佇んでいた。「え…」その出で立ちは、妖怪や悪神というよりも、七福神達と近しいもののように感じた。「…吉祥天。」「!!」大黒天が呟くと、真志が反応する。「吉祥”天”…?…って、もしかして…。」小百合が呟くと、真志が答えた。「…天部だ。毘沙門天達と同じの。…確か、毘沙門天の奥さんだとか言われてたような…。」「あぁ、地上ではそう伝わってるんだよね。」大黒天が割って入る。「実際は吉祥天の一方的な片思いだよ。」「片思い!?」「今の言葉で言うと、ストーカーなんだよ、あいつ。」「ストーカー!?」「昔、毘沙門天によくしてもらったことがあって、それで惚れちゃったらしいよ。自分で毘沙門天の嫁だって触れ回ってるほどだからね。当の毘沙門天は全くその気は無くて、何度も振ってるんだけど。」「そ、そうなのか…。」「まぁ、私としては面白い限りなんだけど。」またしても新事実が発覚した真志。だがそれよりも、本人の前でそんなことをべらべらと喋っても良いのかと不安になり、吉祥天の様子を伺った。当の吉祥天はというと、暗い表情でこちらをただただじとっと見つめていた。彼女の纏う、重く湿った雰囲気に、ぞわりと鳥肌が立つ感覚がした。「…でも、なんでこんなところに…。それに…」小百合はそう言いながら、ちらりと吉祥天の手元にある刀を目に入れる。「…あの様子、こっちの加勢に来てくれた…ってわけでもなさそうだね。」そう言って吉祥天を真正面に見つめながら、肩に担いでいた大槌を下ろす大黒天。まさか、と大黒天を見る真志。やるのか?…同じ天部同士で?緊迫した雰囲気の中、真志の背中に冷や汗をが流れた時だった。「私に用があるんじゃないのか。」「!!」声のする方を見ると、そこには腕を組み、吉祥天を見つめる毘沙門天が立っていた。「毘沙門天…!!」「…」毘沙門天は吉祥天の方を向いたまま、真志達の前に出ていく。そして、吉祥天に反応が無いことを確認すると、顔だけ振り返り、後方にいる真志達に指示を出した。「…ここは私が引き受ける。お前らは行け。」先ほどの大黒天の話を聞いた後だ、ここは毘沙門天に任せるのがいいのだろうと真志も小百合も感じた。「じゃあよろしく。――――お前らもさっさと行きな。」大黒天は真志達を促すと、自分は別の場所へ走っていった。毘沙門天の視線が真志から狛虎に向いた後、小百合へと移る。「…無事で良かった。」毘沙門天が微笑むと、小百合が泣きそうな顔になる。「!毘沙門天さん…!」そして今度は真志を見る。「お前も、よくやったな。」「…!」笑みを浮かべて真志を見た後に、狛虎の頭を撫でてやった。直後に、表情を引き締め、「行け。」と再び促した。「…わかった!」毘沙門天の言葉に、真志は狛虎に指示を出して走り出した。毘沙門天がその背中を見送っていると、背後から声がかかる。「…随分と、お優しいことですね…。」毘沙門天は吉祥天のその言葉に振り返った。「…私には、どうしてそんなに怖い顔なさるんですか?毘沙門天様…。」「…お前か、奴等の手引きをしていたのは。」「…何のことか量りかねます。」「とぼけるな。…何故お前が奴等に加勢する。」「…私は民を傷つける真似などいたしませんわ…。」「結果として、こうして民が襲われているのにか?」「…」吉祥天は刀を構える。「…私に吐かせたいのでしたら、無理矢理でないと。」それに対して、毘沙門天も刀を出現させた。「…なら、やるしかないな。」そう言って鞘から刀身を抜き出した。
――――別の妖怪討伐に向かった大黒天に、何者かの黒い影がとびかかってきた。大黒天はそれを避けながら後方へ一回転して飛ぶ。「…あぁ、そうだよな。吉祥天がいるならお前もいるよな。」「あっははは!!――――…久しぶりじゃない、大黒天…ッ!!!」そこには、先ほどと同じく、黒い着物に身を包んだ女性が。だがその気質は、吉祥天とは真逆のように見える。「懲りないねー、黒闇天。昔痛い目遭わせてやったのもう忘れたの?」「さぁ、なんのことかしら。…『破壊神』だか何だか知らないけど、その鼻へし折ってやるわよ!」「へー。…面白いじゃん。やってみろよ。」そう言って大黒天は手元に刀を出現させる。「…!?」その様子に目を見張る黒闇天。「私の武器が、槌だけだとでも思った?」そう言いながら刀身を引き抜く。「こっちのが小回り聞いて良いんだよね。」そして刀を顔の前に構えると、目を細めて黒闇天を見やる。「悪いけど、お前に時間かけてる暇ないからさ。」「…!!」その目つきにぞっと背筋を凍らせる黒闇天だった。
――――山を駆け上る寿老人福禄寿の元へ、布袋が合流した。「布袋か!」「遅くなりました!」「!待って!」福禄寿の制止に二人も立ち止まる。その先では、3人の行く手を阻むように、着物に身を包んだ女が3人佇んでいた。「貧乏神か…!!」「…お久しぶりです、寿老人様。…それから、福禄寿様に…布袋様。」それは、毘沙門天がかつて対峙した3人だった。
――――壁に追い詰められ、脅えた様子の黒闇天の顔のすぐ横に刀が突き刺さった。「ひッ!!」刀が突き刺さった箇所から大きな亀裂が走り、一部壁が崩れ落ちた。黒闇天の様子はというと、服はボロボロに切り裂かれ、痛々しい傷を抱えて、息を切らし疲労が隠せない状況だ。しかも辺りは何故か瓦礫の山になっている。先ほどから10分も経っていないにも関わらず、この状況だ。「なんだよ。偉そうにしてた割にもう終わりか。つまんないな。」大黒天は、黒闇天の横から刀を引き抜くとその刀を消失させる。嫌な予感を感じて、拒否するように、身を守るように、体の前で両手を振る。「ひっ、…ぁ、ちょっと待って…!!」「さっき私が言ったこと聞いてなかった?」そして大黒天は、黒闇天の首元目掛けて容赦ない蹴りをくらわした。「…ッ!!!」10Mほど吹っ飛んだ後、地面をゴロゴロと転がる。息苦しさと痛みにもだえ苦しむ黒闇天を、近寄って見下ろしながら問う大黒天。「お前さー、ほんと懲りないよね。まだこんなことやってんの?」「…ッぐッ…あ“ぁ…ッ!!」「もっと痛い目見ないとわからないかな。」「ヒッ…!!」そう言う大黒天の顔は影になりその不気味さを一層引き立てた。「ッひっ、ぁっ、も、やめ…ッ!」「え?聞こえない。」そう言って大黒天はその腹に思い切り足を落とす。内臓が押しつぶされる音と、骨が軋む音が聞こえた。逆流した体液が口からあふれ出る。「あ“あ”ぁあッッ!!!!あっ、ひぃッ…!!うぐっ、ぅ、ご、ごめんなさいッ!!ごめんなさい!!!!ゆるし…っ、ヒッ、も、やめてえっ!!!」泣きながら彼女が見たのは、太陽を背に、陰りを帯びた悪魔のような笑顔。そして、目には見えない筈のドス黒いオーラであった。それはとても天上の者が放つものではなかった。鬼神。邪神。魔。修羅。黒闇天の脳裏にそういった単語が浮かび、ひゅっと小さな呼吸が出るのと同時に、全身に鳥肌が立つ。「主犯は誰だ?それと、何が目的だ?」その問いへの拒否は許さない、と言わんばかりの圧。息苦しさと寒気が黒闇天を襲う。体は小刻みに震えていた。恐ろしい。こんな奴に喧嘩を売るんじゃなかった。数千年前も、同じことを思っていた筈なのに、すっかり忘れていた。こんな化け物、私なんかじゃ全く敵わない。圧倒的力量差と、禍々しいオーラ、そして無機質で張り付いた笑顔に恐怖を感じ、ついに黒闇天は失禁してしまった。「おいおい…。」笑顔を消し、それを呆れた様子で見つめる大黒天。だがその時だった。「!!」大黒天が何かの気配に気づき、山の方へと視線を向ける。「…ふふ、ふふふ…!!」「!」そして突然笑い出した黒闇天に視線を戻した。まるで勝ち誇ったように笑いが止まらない。「あんた達は間に合わない!!!」「!」「今に『穴』から、修羅やら鬼やらが押し寄せて来るわッ!!」
――――吉祥天が地面に伏し、そこへ毘沙門天が刀を向ける。「…」「…」しばし無言で互いを睨みつけた後、毘沙門天はその手にした刀を引くと、それを鞘に納めた。吉祥天はその様子に驚くでもなく、まるで毘沙門天がそうすることを分かっていたかのように、体を起こして座り込み、俯いた。「―――…斬っては、くださらないのですか…。」「…お前を罰するのは、私の仕事じゃない。…それに、己のしでかしたことを悔やむ者に、刃を向ける趣味はない。」「・・・・!!」「…お前の私への行動は、たまに度が過ぎる時がある。…だが今回は、それとは関係のないことなんだろう。」「…」「何か理由があるんじゃないのか。」無言を貫く吉祥天に背を向ける毘沙門天。「…話は後で聞く。」そう言って立ち去ろうとする。吉祥天がおめおめと逃げ出すような女ではないと知っていたからこその判断だった。「…どうして、」吉祥天の呟きに立ち止まる毘沙門天。「…どうしてあなた様は…こんな私めを、…嫌っては、くださらないのですか…。」その問いに少し考えた後、毘沙門天は再び吉祥天に向き直った。「お前の人柄は信用しているからだ。」「…!!」「お前の、民と、この世を想う気持ちは理解しているつもりだ。…お前の想いに応えられないのは申し訳ないと思う。だが、それでも私を思ってくれると言うのなら―――…真正面から来い。そして、他の奴を利用するのはやめてくれ。」「…っ…」「…また後で話をしよう。」そう言って再び立ち去ろうとした時だった。「…ッお待ちください!!」
――――「…悪いが、お前達に構っている暇は無い。」「あらあら、お冷たいですねぇ。…何百年ぶりかの再会だというのに…。もう少しゆっくりお話ししませんこと?そうですねぇ…そこの木陰で、お茶でも嗜みながら―――」「あなた達が開けたの?あの『穴』を。」福禄寿からの問いに眉間に皺を寄せ嫌悪感を隠さない表情を浮かべる貧乏神。「…本当に、相変わらず遊びを知らない真面目ぶりに反吐が出ますねぇ。」「遊びなら今度相手してやる。」そう言って寿老人が貧乏神達に手をかざすと、福禄寿と布袋も臨戦態勢に入る。だが、貧乏神は余裕そうな笑みを崩さない。「…ふふ、もう遅いですわ。」「何?」寿老人が問いかけると、貧乏神は懐から懐中時計を取り出して開き、その針が指す数字を見る。「ここから『穴』まで―――急いで行ったとしても、精々5分…と言ったところでしょうか。…でも、それよりも早く、悪しき者達がここへ到達するでしょう。」「…」「今から急いだところでもう間に合いません。…あなた方も、この町も、ここで終わるんですよ。」その時、一筋の風が吹いた。木々がざわざわとざわめき、木葉が舞う。寿老人はそれを肌で感じながら目を瞑ると、ふ―…と息を吐いた。そして目を開く。「…それはどうだろうな。」その言葉に貧乏神の眉がピクリと動く。「は…?」次の瞬間、貧乏神達は上空を見て目を見開く。寿老人達の背後――――遥か上空で、突如何もない空間から、宝船が出現した。「…!?」何故、こんなところに…と困惑する貧乏神達は、視線を寿老人達に移した。「何をするつもり…?」「さて、なんだろうな。」貧乏神からの問いかけに、寿老人はにやりと笑ってみせた。その直後、空の上で浮遊しているように見えた宝船が動き出し、その角度を変える。船頭はやや下方へ向くように調整された。「!?まさか…!?」「そのまさかだ。」寿老人が手を上げると、船が前進し出す。その速度は徐々に上がっていき、加速していく。寿老人の元から風が吹きあがると、船を後押しするように風が後方から船を包んだ。「…ッ!!」貧乏神は咄嗟に手をかざしてそれを食い止めようと攻撃をしかけてくる。が、布袋が結界を張りそれを跳ねのける。すぐさま福禄寿が両手を貧乏神達の方へかざすと、貧乏神達の動きが鈍った。「なッ…!?」「何百年も会ってなかったんだもの。新しい力を習得してるなんて思わなかったのかしら?」そう言って寿老人と同じくにやりと笑って見せる福禄寿。貧乏神達は体に重しが乗ったかのような重力感と息苦しさを感じながら、それに耐える。それでも手を伸ばそうとする貧乏神達を見て、福禄寿は片手で貧乏神達を抑えながら、もう片方の手で横一文字に切るように振り払う。布袋も両手を広げた後、それを交差させるように勢いよく振った。その直後、「!!」福禄寿の風の力によって斬り倒された樹木が、布袋の念力によって寄せ集められ、貧乏神達に降り注いだ。
――――宝船内部の猫又と座敷童は、高速で走る宝船の中で必死に舵を取っていた。先ほどの寿老人達との宝船内での会話が思い出される。――――操舵室にて、寿老人が猫又と座敷童に告げた。「この船ごと突っ込んで、『穴』を塞いでほしい。」「…本当に良いんだな?」「あぁ。この宝船は天上の素材で作られたものだ。おそらく『穴』も塞がるだろう。上手くいかなくとも、布袋も行かせて、何かあっても対応できるようにはする。…これが確実で、一番手っ取り早い。時間も無いことだしな。」「まぁ1000何百年もこれだったし、そろそろ新しい船にしてもいいかなーって思ってたのよ♡」福禄寿が冗談交じりに言うが、それだけの長い年数使っていたものだ、愛着も強い筈だ。だがそれよりも、民の命を優先するという判断なのだろう。「これだけ練られた計画だ。おそらく『穴』の周囲に敵が潜み、穴を塞ぎに来た私達を妨害してくる可能性が高い。私と福禄寿、それから布袋も合流して、そいつらの気を引く。その間にお前達には、船の透過機能で穴の付近まで密かに移動してもらった後、自動操縦機能へ切り替えて、穴へ船を突撃させてほしい。脱出には、福禄寿の鶴に協力してもらうから安心してくれ。」「…わかった。」重要な役目だ。絶対に失敗は出来ない。だが、真志も、狐も、皆頑張っている。自分達もやらなければ、と腹を括る猫又。「…でも、上手くいくでしょうか…。」不安そうに俯く座敷童の前にしゃがみこみ、その小さな肩に手を乗せる寿老人。「そこは私達の力で出来る限りサポートする。…こんなことを頼んですまない。だが、町と、人と、妖怪達を守るにはこれしかない。」「大丈夫よ!布袋の占いってよく当たるのよ。『吉』って出たからには、上手くいくわ。私達も付いてるから!」二人に励まされ、座敷童も気合を入れる。「…っわかりました!私も、頑張ります…!」「その意気だ。」そう言って微笑むと、立ち上がる。「それと、船の存在やこの企てを事前に悟られると、船自体を攻撃され、計画が破綻する可能性がある。その点についてはくれぐれも注意してほしい。」「あぁ、わかってるぜ。」――――キャパオーバーの速度と寿老人の追い風に、船が限界と言わんばかりにガタガタと揺れる。二人で暴走しそうになる舵を必死に抑える。「いけえええぇぇぇッッ!!!」その時、鶴が一声鳴いた。――――外では、船が落ちる様を心配そうに眺める寿老人と福禄寿、そして両手を合わせて祈る布袋の姿があった。「…お願い…!」そして船は高速で山の奥へと落下し、見えなくなる。そして――――激しい轟音と爆発音を響かせながら、大きな砂煙が舞い上がった。直後、激しい風が吹き、バラバラになった船の部品が勢いよく辺りに散らばる。布袋が両手で結界を張り、その衝撃に耐える。そして町にいる七福神達や、人間達、神社で避難していた人々もその光景を見ていた。「なんてこった…。」人であふれ返る神社でそれを眺めながら、狐が呆然としたように呟き、神社へ向かっていた真志と小百合も思わず立ち止まってそれを心配そうに見ていた。
――――爆風が落ち着き、寿老人達が空を見回しながら探していると、「あそこよ!」福禄寿がある一点を指さして叫ぶ。寿老人と布袋もつられてみると、そこには、背中に猫又と座敷童を乗せて空を飛ぶ鶴の姿があった。どうやら三人とも無事なようだ。それを確認してほっと胸を撫でおろす3人。「…それで、どうだ?福禄寿。」「…狙いは完璧よ。あの子達、ちゃんと『穴』のど真ん中を狙ってくれたわ。完全に塞がってる。」鶴と視界を共有した福禄寿は穴の様子を確認して二人に共有する。「ともあれ、念のため現地でちゃんと確認した方がいいわね。」「そうだな。」「行きましょう!」そう言って走り出そうとした時だった。別の地点へ逃げ出していた貧乏神達が、恨めしそうに寿老人達を睨みつけていた。攻撃が少し直撃したようで負傷している様子だ。「…やはりあなた方はイカれてらっしゃいますね…!!」貧乏神が悔しそうに呟くと、「ありがたい誉め言葉だな。」と寿老人達が返す。その返答が気に入らない様子だったが、貧乏神達は消えて去っていった。
――――「…それで?」山の方を眺めていた大黒天の呟きに、座り込んでいた黒闇天がぎくりと体を跳ねさせる。「勝ち誇ってたようだけど、まさかこれで終わりじゃないよね?」「…ぁっ…、ぁの…っ、」ひくひくと苦笑いを浮かべ、涙目になりながら冷や汗を噴きだす黒闇天。「さて…と。」そう言ってまたその手元に刀を出現させる。「ヒィッ!!」「今回の悪だくみの内容について、吐いてもらうよ。」近づいてくる大黒天に手を伸ばして止めるように懇願する。「や…っ、やめ…っ!」次の瞬間、強い風が吹きすさぶ。「!」大黒天が一瞬、思わず腕でその風を防ぐ。はっとして腕をどかし目の前を見ると、黒闇天がその場から姿を消していた。己の失態にチッと舌を打つ。と同時に、「(今の―――)」どこか覚えのある感覚に違和感を覚えるのだった。
――――「弁財天!」「恵比寿!」弁財天の元へ恵比寿が駆け寄ってくる。「…上手くいったみたいだね。」「多分ね。あとは寿老人達がきっとなんとかしてくれるよね。…は~~~…取りあえずは良かったぁ…。」力が抜けたように恵比寿にもたれかかるように抱き着く弁財天。「…民達も、被害は最小限に抑えられたみたいだしね。」「それが何よりだよ~!先手取られちゃったから民達に被害があったらって気が気じゃなかったんだもん~!それも恵比寿がてれびの人達に協力してもらったおかげだよ!ありがとね!」そう言ってだら~っと恵比寿に絡む弁財天。恵比寿はそれを受け止めながらぽんぽんと背中を優しく叩く。「まぁ元は毘沙門天がけしかけたからだけどね。」その恵比寿の発言に弁財天がはたと気づいて起き上がる。「あれ?そういえば毘沙と大黒は?」「大黒はあのあたりにいたの見たよ。なんか黒闇天がいたみたい。」「げっ!!黒闇天!!?…ってことは…」「吉祥天もいるかもね。」恵比寿の答えに、苦虫を嚙み潰したような顔をする弁財天。「すごい顔してるよ。」「…私あの子苦手…。」「そりゃあんな噂流されちゃね。」「…じゃあ、吉祥天といるってことなのかな。なんだろう。…もしかして、今回のって…。」「それはわからないけど…毘沙門天なら何か聞き出してくれるんじゃない?」「どうかなぁ…。」「ともあれ、私達は残党退治といこうか。」「あっ!そうだよね!住人も避難して、この辺りは大方片付いたとはいえ…。残りも片づけて、神社の方へ行こうか。」「うん。」そう言って残りの妖怪達の元へ走り出す二人。
―――――寿老人、福禄寿、布袋、そして猫又と座敷童は、『穴』があった箇所へ辿り着いていた。「おぉ…これは…。」宝船“だった”残骸は、見るも無残な姿になっていた。船体の半分が地面から生えているような状態になっている。残った部分も、落下の衝撃で亀裂が入ったり穴が開いたりとボロボロだ。「どうだ、布袋?」寿老人は、『穴』の周囲を歩き回り、その様子を見ていた布袋に呼びかける。「宝船の部品が何重にも折り重なったことで、天上物の作用により自動的に穴が塞がったようです。問題ないとは思いますが、念のため結界を張りますね。」「そうしてくれ。」「ふー…一先ずこれで安心ね~。」そう言って伸びをする福禄寿。「二人とも、危険な任務だったがよくぞ完遂してくれた。助かったぞ。本当にありがとう。」「…何、礼を言うのはこっちの方だぜ。町を助けてくれたんだ。ありがとな。」「成功してよかったです…!早く町の皆の顔が見たいです…!」嬉しそうに笑う猫又と座敷童を見て微笑む寿老人だったが、こそりと隣の福禄寿に話しかける。「…とはいえ、主犯が見つからない以上、解決に至ったとは言えないな。」「…そうね。正直、あの貧乏神達がそうだとは思えないわ。町にも誰かが来ているようだし…。」「…貧乏神達に関しては、過去の行動から見ても、あれ以上のことはしてこないように思う。…全く、今回の犯人も目的も全く見当がつかんな。」「さっきの子達、とっ捕まえておくべきだったかしら。」「捕まえたところで、あいつらがそう簡単に吐くタマだと思うか?」「大黒とか~明王様達とか~…、閻魔天なら一発じゃない!?」「…お前も随分えぐい人選をしてくるな…。」「そう?」次の瞬間、
その場にいた全員に、ぞわりと嫌な予感が駆け巡った。「なッ…!」「何…!?」咄嗟に気配のした方向を見る。「まさか…」
―――――同じく気配を感じた瞬間、神社にいた狐とぬらりひょんが石段の前まで駆けていく。「稲荷様!?」真志の両親がそれを追いかけていくと、石段を見下ろした二人ははっと何かに気づいた。そこには神社の石段の手前で佇む、顔に面のようなものを付けた、天衣らしき着物を纏う人型の男の姿が。「…!!」それを見下ろす狐の頭の中では激しい警鐘が鳴り響いていた。


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