【2話】 療養と適応(金曜日)


「あれ…結局その着物かよ。」次の日の朝、真志が食卓に行くと、既に両親と毘沙門天は起きていた。毘沙門天は昨日と同じ着物を着ている。昨夜、姉の部屋へ案内した時に、『服は、姉ちゃんの置いてったやつ使っていいから。』と伝えていた筈だったが。「お前の姉貴の服、小さすぎて入らなかった。」「あぁ…。」確かに身長あるしな…。と思いながらも、視線はちらと胸元に行く。「(確かに姉貴、身長俺より小せぇし、胸もそんなになかったな…。)」にしてもなんつー乳してんだよ…グラビアアイドルでもここまでの見たことねぇぞ。青少年にはちょっと刺激が…。「(やべ)」神様をなんつー目線で見てんだ!とフルフルと頭を横に振ると、黙って毘沙門天の隣に腰をかけた。「(若いな…。)」真志の視線に気づきつつも、敢えて触れない大人な対応をして、飯にありつく毘沙門天だった。
――――「で?今日どうするつもりだ?」朝食を食べながら真志が毘沙門天に問う。今日の朝食は、ご飯、みそ汁、魚と各種漬物だ。毘沙門天がいるから和食にしたのだろう。「何がだ?」「ずっとここにいるか?俺は学校があるし、父さんと母さんも仕事行かなきゃだし。」今日は金曜日。皆それぞれ用事があった。「お前の学校はともかく…仕事?神主以外のか?」そう言って毘沙門天は両親の方へ視線を移す。何故か二人は申し訳なさそうにしている。「…昨日ちらっと言っただろ。最近参拝者が減っちゃってさ。賽銭と、お守りとかお札の収益だけじゃ、やりくりできねえんだよ。副業でもしないとやっていけないからさ。」「…そうか…。」少し寂しそうに手元のみそ汁へ視線を移す毘沙門天。「そこまでして…すまないな。生活も大変だろう。」そして申し訳なさそうに両親に謝る。「そんな…とんでもない!」「代々家で守ってきた神社です。どんなことがあろうと、この先もずっとお守りいたします。」「…感謝する。だが、無理はしてくれるな。お前たちの身銭を削ってでも祀ってもらおうなどとは私も思っていない。それは私の本望じゃない。それに祀らずとも、私はお前達のことを見守っている。」そう諭す毘沙門天は、本当に神様のようだった。そして再び真志へと向き直る。「話を戻そう。私は今日、この家で休養するつもりだ。回復と環境への適応を優先しなきゃならないからな。それに、ここは比較的安全だ。」「?そうなのか。」「あぁ。だからお前は、私に構わず行って来い。」「ふーん。わかった。」「私は今日残ります。」真志の母親が名乗り出る。「…母さん、今日仕事だろ?」「今日は休むわ。体調不良だなんだと理由をつけてね。」いつも皆勤で真面目な母さんが珍しい、と驚く真志。「…別にいいんだぞ。」毘沙門天が遠慮しがちにそう言う。だが、母親は凛として固く譲らなかった。「何かあっては困ります。本調子ではないと仰いますし…。怪我から完治しておらず、まだ地上にも慣れていないということであれば、誰かが傍に付いて見ていた方がよろしいでしょう。お傍にいさせてください。―――毘沙門天様に何かあっては、私は悔やんでも悔やみきれません。」母親の力強い目線に押し負けたように、「わかった。」と微笑む毘沙門天。「それだったら俺が…」「あの、僕も…」真志が名乗り出ると、父親もおずおずと言い出した。が、「真志は学業優先!あなたは駄目よ!今日は大事な取引があるんでしょう!?」と母親に叱られ、父親がしゅんとなる。昨日から、毘沙門天といろいろ話をしたくて仕方が無いようだった。「まぁ、また明日にでもよろしく頼む。」毘沙門天がその気持ちを汲み、気を回してそう言うと、ぱあと父親の表情が明るくなった。「(わかりやすいな…。)」我が両親ながらそう思う真志であった。
――――真志と父親を見送った後、自宅の縁側で休む毘沙門天。神社側が南に面しているのに対して、住居側は敷地奥の東側に面していた。広い庭の先には、木々が立ち並んでいる。母親はある程度家事を片づけた後に、毘沙門天の傍へ近寄ると、暖かい茶を提供した。「…済まないな。」「いいえ。」そして毘沙門天の隣へ腰をかける。共に外を眺めながらゆったりとくつろぐ。「…ここは、お前の家系の神社なのか?」毘沙門天が勘づいていたことを口にする問。「はい。夫は婿養子でございます。」「そうか…。いつも神社を綺麗にしているのはお前か?」「家族皆でやっております。夫は仕事が忙しく、平日はなかなか時間が取れないものですから。真志も、昔からよく手伝いをしてくれています。」「…そうか。…昨日、真志には言ったんだがな。お前達がそうして清廉な気持ちで神社を管理し、絶えず祈りと供物を捧げてくれているおかげで、ここの空気は淀み無く…とても綺麗なんだ。力も備わっているしな。―――…改めて、感謝する。」毘沙門天の優しい微笑みに慌てて頭を下げる母親。「いえ、そんな…!勿体ないお言葉です…!!」ふと、思い出して顔を上げた。「――…昔父から、『天上の方々は、私達の祈りを以て力としている』と聞きました。…本当だったのですね。」「…あぁ、その通りだ。私達は人の信仰心や祈りをもとに、己の力としている。」そう言いながら己の右手のひらを見る。―――だが、最近では信仰する者、祈る者が減ってしまった。「…」母親に見えないよう、眉間に皺を寄せる。嘗てよりも力が衰えているのは明らかだった。「祈るとは、どこまですることを言うのでしょうか。」母親に話しかけられ、ぱっと表情を戻し、手を下ろす毘沙門天。「そんな大層なものでなくてもいいんだ。ただ手を合わせて祈る、それだけでも私達の力になる。同時に祈りは、私達にとって民への道標ともなる。」「…それならば…。」早速、毘沙門天のために手を合わせて祈る母親。「…」それを見て、どこか懐かしさを感じる毘沙門天。昔はこうして、多くの民に慕われたものだ。あたたかなまなざしで母親を見ていた毘沙門天だった。―――しかし次の瞬間。ふいに何者かの気配を感じ、北側の林へと振り返る。毘沙門天の様子を見て、心配そうに声をかける母親。「どうされました?」「いや…。」見たが、そこには何もいなかった。「…獣か何かだろう。」母親を心配させまいと、そう呟く毘沙門天。「…ところで気になっていたのですが…。久々の地上、と仰っていましたが、暫く地上にはお越しになっていなかったのですか?」「…あぁ。」母親の問いかけに、体を元の位置に戻す毘沙門天。「平安時代から江戸時代にかけては、それこそしょっちゅう地上に降りていたんだがな。―――…私達は福の神で、人々に福を届けるのが仕事だ。天上海を宝船で航行しながら福をふりまくだけではなく、地上に降りて、祈りをささげる民たちへ直接福を授けることもしていた。…だが、」そこまで言うと、顔に少し陰りが出る毘沙門天。「…明治になった頃だったか。人は、他国の文化を取り入れながら変わっていった。その頃から、仏教を弾圧する動きが活発になってきてな。」「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)―――…でしたでしょうか。」「よく知っているな。…それを以て、天は地上への『降臨禁止令』を敷いた。」「!」「やがて戦争が始まり、その禁止令はより厳格なものになった。一方的な搾取ならともかく、基本的に私達は『人同士の争いには関与しない』ことになっている。―――どちらが正しいなどと、私達が判断できることではないからな。」「…そういうことでしたか…。…となると、かれこれ―――」母親が計算しようとすると、「…150年ぶりくらいだな。」毘沙門天が答えた。「まぁ…!」「だが、恵比寿―――七福神の一人が、地上に精通している天人から地上の情報を得たり、民が作り上げた物を貰ってくるから、ある程度の情報は知っているつもりだ。…だが、まさかこうも変わっているとはな…。」昨日クレーターから這い上がった後に、山の頂から見下ろした街並みに驚愕した。「しかも技術の進歩が目まぐるしすぎてついていけない。」昨夜、部屋にあるものを一つ一つ真志に尋ねていた。その後毘沙門天は、「今日はもう疲れた」と言ってすぐに寝てしまう始末。おかげで真志は、天上の話をまだ一度も聞けていなかった。「…確かに、何千年と生きてきた毘沙門天様から見たらそうでしょうね…。―――でも、通りで"体が慣れていない"わけですね。」「あぁ…。天上と地上とでは、空気や環境が異なるからな。体が適応するまでに少し時間がかかるんだ。感覚を取り戻さないといけない。」「…なるほど…。…ところで、天の方に、毘沙門天様がここにいらっしゃることがバレてしまったら…。」「…私は処罰を受けるだろうな。」げんなりとした顔で言う毘沙門天。「しょ、処罰ですか…。」「説教を受けるのは必至だとして、…反省文をかかされるか、討伐退治を依頼されるか…。前例がないからわかったもんじゃない。」そう言って毘沙門天が気だるそうにため息をつくと、思わず笑ってしまう母親。「…なんだか、人とそれほど変わらないのですね。」そしてはっとすると慌てて訂正する。「しっ…、失礼しました!神様を人と同等だなんて…!」その様子を見ていて、ふっと笑みをこぼす毘沙門天。「いや…構わない。実際そうだ。私達はお前達とそれほど大差はない。…力の有無を除いてな。」ふと、母親を見やる毘沙門天。―――だがこの母親…。人にしては少し力が備わっているように見える。昨日自分を疑いもなく『毘沙門天』であると認めたのも、そういうことだろう。そして真志も、母親ほどではなかったが、潜在能力があるように感じた。「…そういえば昨日真志が、『この辺りは最近変だ』 と言っていた。」「!」その言葉に、驚くような反応を見せる母親。「お前も気づいていたか。」「はい…」「具体的には何がおかしいんだ。」「…最近、多いのです。」「多い?」少し言いづらそうに口を開く。「―――妖怪などの、妖かしが…。」「!」ざあっと風が吹いた。見上げると、上空にカラスが飛んでいる。「…つまり、これが正常ではないということだな。」久方ぶりの地上で感覚がボケていたのかと思ったが、そこかしこに感じた気配は間違いではなかったのだと確信した。「…確かに、人の変化に伴い、私達の力と同様に、そういった目に見えない存在も減っていっていると聞いたが…。」「…はい。しかもそれは、ここ数週間の間の話です。」「――…」ふと考え込むような仕草をする毘沙門天。「(やはり調べる必要があるな。…さっきのもそれか…?)」だが、母親はその気配に気づいていないようだった。やはりこの町、何かがおかしい。
――――影から覗き込む人影が一人。「ふふ、ふふふ…」そこには背の高い、笑う女が。黒い着物を身に着け、長い髪を垂らしながら遠くにいる毘沙門天を見つめる。「…楽しみだわ。ようやく来たのね…。」そして今度は睨みつけるように見つめる。「…今度こそ…叩き潰してあげますわ…。」その顔は、憎悪に染まっていた。

学校の休み時間。真志の元へ小百合が歩いてきた。「昨日、大丈夫だった?」「へっ!?」思わぬ質問に、どきりとつい飛び上がる真志。「おうち、被害とかなかった?ご両親も…。」「あぁ、…あぁ、それね…。」昨日話していた落下物のこと―――とはいえ、それも彼女の話であるのは間違いなかったのだが。「全然問題なかった!」笑顔で答えてやる反面、内心冷や汗をかいていた。…他の人には言えるわけがない。そもそも一般人からしたら、『毘沙門天?てなんだっけ?』 レベルの話で、更に神様だの、天上から落ちてきただの、そんな話できるわけがなかった。「(そもそも年上高身長な爆乳お姉さんと同居してるだなんて口が裂けても…!!)」特に目の前の幼馴染にそんなことを言えるわけがなかった。「?」小百合が不思議そうに見つめてきたが、鐘がなったおかげで事なきを得た。
――――夕方、真志が自宅に帰宅する。「よう、毘沙門天。元気か?」「あぁ。まあな。」居間の畳の上で寝ころび、新聞を読みながらテレビを眺めている毘沙門天は、まさにおっさんのようだった。「お前…」「あ?」「天下の毘沙門天様がそんなんでいいのかよ。」「あ?――…勉強だ、勉強。久々の地上だ。情勢の確認と知識をつけとかなきゃな。今後のためにも。」理由を聞いて意外と勉強熱心なんだな…、と思っていたところだったが。「お前が見てんのお笑い番組じゃん。」「いや、意外と面白くてな。たまに内容がわからない時もあるが。」「どこが勉強だよ!!」「昔からこういう娯楽は付き物だ。現代の民はこういうので"楽"を得てるんだな~っていう情報収集だぞ。」「ああいえばこういう…!!」ぐああと頭を抱えてながら、神様ってみんなこんな感じなのかよ…!と思っていると、ハッと気づいた。荷物を下ろして、さっと毘沙門天の傍らに座り込む。「そういや、他の七福神のメンバーってどんな感じなんだ?」その問いかけに毘沙門天が振り返ると、真志のキラキラとした好奇心旺盛な目が飛び込んできた。「…」その瞳に穢れは無く、いたって純粋なものだった。それを一瞥すると、再び前に向き直る毘沙門天。「…その前に、私も一つ聞きたいことがある。」そう言ってむくりと起き上がると、胡坐をかいて真志に向き直った。思わず正座になる真志。「昨日、私の素性を教えた時…なんであんな落ち込んでたんだ。」その問いかけに若干口ごもるが、毘沙門天の視線に逃れられないとわかるや否や、正直に白状した。「…そりゃあ、…毘沙門天が…女だったことにショックで…―――認めたくなくて…。」「…」「…だってよ、毘沙門天っつったら…男らしくて、強くて、四天王の一人だとかかっこいい称号を持ってるし…。おまけにその四天王でも最強と謳われ、武神として多くの人に畏れられ崇められ―――…って。…ガキの頃から、そう教えてこられたからさ、俺…。昔からかっけー!!って憧れてたんだよ…。…俺にとっては、ヒーローだったんだ。」「…」紛れもない本心を吐露するが、直後、申し訳なさそうに眉を下げる。「…いや、でも…女だから失望するとか、失礼な話だよな。…悪い…。」そう頭を下げて謝罪する真志に、「別に気にしてねぇよ。」と声をかける毘沙門天。真志が顔を上げると、確かにそこには、言葉の通り平然とした顔を浮かべた毘沙門天がいた。「昔からそういうことはあったしな。今に始まったことじゃねぇよ。」「…そう、なのか…。」「伝聞で聞いた噂から民が仏像や絵画を作って、それを周りに広めて…―――なんてのはよくある話だ。そういう時だって、ほっといて特に訂正もしなかった。」「え…なんでだよ、嫌じゃねえのか?」「…弁財天も昔言っていた。『私達は姿形に拘らない。皆のそれぞれが望む姿であればいい。救いになるのならそれで。』―――…ってな。」「…!」「信じるもの、見えるものは人それぞれだ。私達が縛る必要はない。」――…昨日から感じていたことがある。この目の前の―――毘沙門天という女は、ガラの悪い態度とは裏腹に、その奥底には寛大な心を持っていた。「(それが神様になる所以か――…?)」「まぁ、理由がわかってよかった。」「え?」「私を慕ってくれていたことは事実だろ?」「…!」「…それでいい。」満足そうに笑う毘沙門天に、思わず真志も顔が綻ぶのだった。「言いそびれたけど―――…俺も、会えて嬉しいよ。」
―――――「で?誰から聞きたい。」母親も混ざって、三人で座敷に座り、茶をすすりながら談話する。母親も興味津々そうだ。「そうだなぁ…。―――そもそも、七福神って他にも女は…。」「全員女だ。」「マジでッ!?」思わず立ち上がる真志。「全員!?一人残らず!?」「全員だ。」「は~~~…。」気の抜けたように座りなおす真志。「びっくりね~。」「わかんないもんだな、世の中って…。」「驚くのも無理はねぇがな。」世に伝わる七福神像だと、弁財天を除く6人は男性として描かれているからだ。「じゃあさ、まず恵比寿は?」「恵比寿は釣りが好きでな。よく天上海で釣りをしてる。」「お、解釈一致。」「さっき母親にも言ったんだが、他の天人やら神やらとの交流をよくやっていてな。よく民――地上の情報を皆に共有したり、民の作った物を持ち帰ったりしてくれる。」「あぁ、だから携帯とかも知ってたんだ。」「だが何分情報が遅くてな。私達の手元に届くまでに、地上では更に先に進んでいる…ということも少なくはない。」「なるほどな~。で、どんな人なの?」「普段は穏やかで淡々としているが、よく冗談を言っている。なかなか面白い奴だぞ。」「ふむふむ」「…何書いてるんだ。」「メモしとかねぇと。その内会った時のために。」「あぁ…。」あまりに伝わっている姿と違いすぎて、実際に会った時にどれが誰だか見分けがつかなくなりそうだった。「大黒天様はどのような方なのでしょうか。」「あいつはヤバい。」「やばい…?」「そうだな…。我が道を行くタイプというか…。悪く言えば自分勝手。性格が悪い。口も言うことも一々キツイ。」「ひえ…」「とても大黒天様のイメージとは…。」地上に伝わる大黒天といえば、ふくよかな体型で朗らかに笑っている印象だ。「そうだな。民の中の想像と、一番差が激しいのは奴かもしれない。かつては破壊神として恐れられていた時期もあったからな。」「た、確かにヤバそうだ…。」「奴は一目でどいつかわかる。」「そ、そう…。」「…とはいえ、そこまで悪い奴でもない。私達と長年、福の神としての仕事を全うしてきた奴だ。信頼していい。」「って言ったって…。」今の話を聞いた後にそう言われても。「…奴を端的に話すとそうなってしまうんだ。悪いな、会う時には忘れてやってくれ。」「…わかったよ。…そしたら次は…布袋は?」「布袋は良い奴だ。礼儀正しく、真面目で、優しく、思いやりのあるやつだな。私達に対してまだ敬語が抜け切れていないほどだ。生前、人間時代には和尚として各地を周り、人々に教えを説いたり、善行を積んできたという。…それが今や天人になっているんだから、相当の努力家だな。」「へぇ~毘沙門天がそんなに素直に褒めるなんてな。逆に欠点とかはねぇのかよ。」「…食欲旺盛すぎるのは玉に瑕なくらいか。」「はは、なんだそりゃ。」「身長は一番小さいが、大きな心を持っている奴だ。」「へぇ~。」「福禄寿様は、どのような方なのでしょうか。」「あいつは明るく、…なんというか、女性らしいな。よく美容には気を遣っている。言葉遣いも砕けていて、若々しく子供っぽくもあるが、大人らしい慈愛のある一面も兼ね備えてる…そんな奴だ。あと少しだらしがない。」「へぇ~。」またしても現実は想像の遥か先を行く。「そして胸がでかい。」「むっ…―――!!」「そのデカさは天上一と名高い。いつも着物を着崩しているからよくはだけている。」「天上一…!?」思わず口元を抑える真志。「ちなみに寿老人とは双子の姉妹だ。」「あっ!寿老人は?」「奴は――――とにかくガミガミとうるさい。」
―――――「へぷしっ」寿老人がくしゃみをする。「やだぁ~寿―ちゃん風邪~?」「…いや…誰かが噂してるのかもしれんな…。」
―――――「何かにつけてガミガミと…。やれ仕事が終わってないだの、だらしないだの、煙草はやめろだの、一々小言がうるさい。真面目なのは良いことだが、奴は口やかましくてかなわない。」「おいおい、ただの愚痴になってるぜ。」「…まぁ、民への想いは間違いないがな。福禄寿共々。奴らは人間であった時代に、山籠もりをして修験者として長く辛い修行を耐え抜いた。それは紛れもなく、世のため人のために行っていたことだ。その優しさや思いやりというのは、私達が思い描くよりもずっと深く広いものだろうな。」「…そうか…。…なんだか、良い人ばっかりなんだな、七福神って。」「まぁ、そうだな。…でなければ、何千年と福の神等やってはこれないだろ。」「そうだ。最後に弁財天は?」「弁財天は―――いつまで経ってもただのガキだな。」「は?」「いつも騒いではしゃいでうるさいし、背は小さいし、胸も小さい。――――ちんちくりんだ。」
―――――「へっくしょい!!」「うわーやめてよ弁財天。こっちにまで唾飛ぶじゃん。」「う~~…ごめんごめん。」「寿老人といい、やめてよねー。風邪蔓延させるつもり?」「だって~こんなに外にばっかりいたらそりゃ風邪もひいちゃうよ!」七福神の面々は、宝船の外から地上を見下ろしていた。「結局船内に毘沙はいなかったし、どこかに落ちちゃったのは確実だとはいえ…―――こんな虱潰しに探すことある!?」航行したルートを戻りながら、総動員で毘沙門天の気配を探す七福神の面々。「仕方がないだろう。落ちたとして、場所の検討がつかないのだから。」「いつ、どこでいなくなったのか情報がありませんからね…。」「4時間も経ってたから、相当距離も進んでたしね。」「うぅ~~~~もう~~早く出て来てよ~~毘沙~~!!」「あはは、こんなんじゃいつになるやらだね。」「おい大黒天!!貴様サボるなッ!!」背後でわいわいやっている喧騒を聞きながら、「無事だったらいいけど…。」と、心配そうに地上を見下ろす弁財天。その呟きに皆が静かになる。気持ちは皆同じだった。だが、弁財天の視線の先には、雲海が広がっているばかりだった。
―――――「―――ところでさ、本当に助けは来るんだろうな?」「あ?」「七福神。お前の居場所わかってるんだろうな?ちゃんと迎えとやらは来るんだよな?」「・・・・・・・・・あぁ。」「なんだよ今の間!!」「…何分、連絡手段がないからな…。…あいつら、暫く私が落ちたことにさえ気づかないかもしれない。」「おいおいマジかよ…。」「…まぁ、なんとかなるだろ。」助けが明日来るのか、はたまた1週間後か、1か月後か。全く見通しのついていない状況だった。「…まぁそれか、出歩けるようになったら周りにいる奴らに聞いてみるかだな。」「周りにいる奴ら…?」「町の妖怪たちだ。」「!」「お前も見えるんだろ?」「…あぁ。隠してるつもりじゃなかったんだ。ただ、いつもの癖で。ちなみに見えるだけじゃなくて話せもする。」「そうか。…まぁ、見えない奴が大半だろうからな、今の世の中じゃあ特に。」「その点お前は助かったよ。皆に見えるみたいだしな。」「はっ、…まぁ、私達は人に見えてなんぼだからな。」「それもそうか。」「…それならそうと話は早い。お前の方でも、無害そうな奴らに聞いてみてもらえないか。」「あぁ。当たってみるよ。…あんまり期待しない方が良いだろうけどな。」「そうだな。」
――――その日の夜。晩飯の食卓で、昼母親に聞かれたような内容を再び真志や父親に聞かれて、うんざりとする毘沙門天の姿があった。「また同じことを話さなきゃならねぇのか…。」慌てて母親が間に入り、「私から説明するわ!」と二人に話した。その後、両親と毘沙門天は酒を酌み交わし、三人とも、べろべろに酔っぱらっていた。「お前らのなれそめは何だ?」「え~~それ聞いちゃいます~~?」「いやはや、あはは、毘沙門天様にお話しするようなことでは…!」照れながらどもる両親に毘沙門天がにやにやとしながら追撃する。「いいから話せ。」風呂上りに廊下を通り過ぎた真志が、3人を陰から見て呆れる。「(酔っ払いども…。…つーか、意外とそういう話好きなんだな、毘沙門天…。)」どこか楽しそうな毘沙門天の様子につられて笑みをこぼすと、さっさと自分の部屋へと戻っていく真志だった。


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