しばらく妖怪退治だの呪物破壊等で町を廻った後、日が傾き始めた頃に隠れ家へと戻ってきた毘沙門天達。「…随分と懐いたもんだな…。」毘沙門天の周りには妖怪達がくっつき寄り添っていた。「…そのようだな。」「青坊主はじめ、何人か斬ってくれたんだってな。流石毘沙門天様だ、仕事が早い。感謝の言葉もねぇよ。…それから、悪かったな。手を汚させるような真似―――」「いや…。…奴ら自身、このまま生きていても悪業を重ねるだけだ。…だったら、別の世界に送ってやり直す機会を与えた方が良い。」その言葉に猫又は驚く。周りへの被害を抑えるためだけじゃない、当人達のためをも想っての行動だったとは。「(悪い奴にまで慈悲を与えるのかよ…)」と、そのお人好しさに最早呆れる猫又だった。「…ところで、ここに来た妖怪達は口々に『迷い込んだ』だの、『いつの間にか来ていた』だの言っていたぞ。―――…それから、おそらく『穴』から迷い込んだんじゃないか、とも。」「…あぁ。俺もその可能性は考えた。これだけの妖怪や呪物―――意図的に誰かがそうしたのなら、そいつを隠すためだったんじゃねぇか、ってな。」「…『穴』を見つけにくくするためか。」「おそらくな。だがその肝心の『穴』が見つからねぇ。」そんな風に真面目に議論を進めていた時だった。遠くから誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。皆、特に焦るでも驚くでもなく、その足音が近づいてくるのを待った。「探したんだぞッ!!」バンっと激しい音を立てて扉を開けてきたのは、真志と阿形だった。「真志じゃねえか。どうした。」真志は息を切らして、へとへとになりながら部屋の中へと歩いてくる。「真志だー。」「どうしたの?」妖怪達がわらわらとへたり込んだ真志を取り囲んだ。「ずっと…ッ、お前のこと探してたのに…、見つからなくて…!!こいつらに聞いて…教えてもらったとこ、行っても…お前いねぇしよ…!!」探して追いかけては移動済みで、更に探して追いかけては移動済み、の繰り返しだった。「そりゃ悪かったな。で?私に何の用だ。」「頼みたいことがある…!!」そう言って目の前に立つ毘沙門天を見上げる。「友達を…助けてほしい…!!」「!」
―――一先ず真志の件を優先するため、この場を後にしようとする毘沙門天。振り向きざまに、猫又に声をかける。「おそらくどこかに、『異所通道』が開いている可能性が高い。無理なく、出来るところまででいい。探しておいてくれないか。」「あぁ。お前さんのおかげで少しは絞れて来れたからな。見てみるぜ。」「頼む。」その会話を聞いていた真志は、『異所通道』という聞きなれない言葉に引っかかっていたが、友達の件が先だと、その場で質問することは無かった。
真志に連れられていくと、日が陰り出した頃に大きな公園に辿り着いた。その中の休憩所スペースに、真志の友達が集まっていた。
――――「この人が親戚の霊媒師の人?」その言葉に毘沙門天からの視線を感じたが、真志は気づかないフリをして「そうだ。」と答えた。「それで?なにがどうした。」「それが―――…、」毘沙門天からの問いかけに真志が言いづらそうにしていると、真志の友達が口を開いた。「…俺達、昨日肝試しに言ったんです。」「肝試し…?」その時、毘沙門天の眉がピクリと動く。真志の方を見ると、眉間に皺を寄せながら頭を押さえていた。毘沙門天の視線に気づいた真志は、重い口を開いた。「西の方の山に、『弦蔵山』って山があってさ。…昔から幽霊の目撃情報が多くて、心霊スポットとして有名なんだ。」「…」真志の説明に黙る毘沙門天。「…それで昨日の夜10時過ぎくらいに、俺達3人…そこに肝試しに行って…。」「それで1人、襲われたってわけか。」この場にいるのは真志を除いて2人だ。毘沙門天の問いに、2人が黙ってうなずく。「よくわからねえんだけど、暗闇の中に、大きな"何か"がいたんだ。それがいきなり、草むらの影から襲ってきて…。咄嗟にスマホを落としちまって、何も見えない中、必死で逃げてたら…悠真の奴がいないことに気づいて…。」3人が暗い表情を浮かべる。「警察とか大人達に言っても信用してもらえないと思って…、まずはそういうのに詳しい真志に相談しよう、って思って…。」「…でも、俺には手に負えない。」真志は毘沙門天の方を見る。「…そうだろうな。」毘沙門天も、真志の見解を肯定する。「そうしたら、…お姉さんなら助けてくれるだろう、って言うから、呼んできてもらったんです。」「…ッお願いです、何とか助けてくれませんか…!」そうして3人の視線が毘沙門天へと集まった。その視線を受け止めた毘沙門天は、はあ…と一つ大きなため息をついた。「そんなん知るか。お前らもさっさと帰れ。」「はあッ!?」思わぬ言葉に、3人ともつい大声を上げる。「こっちは忙しいんだ。そんなくだらねぇことに付き合ってられるか。」機嫌が悪そうな様子で、追い打ちをかけるようにチッと舌打ちをする。「なっ…何言ってんだよ!!人の命がかかってるかもしれねえんだぞ!?」「もうあいつがいなくなってから16時間は経ってる!!もしかしたら―――」「そうか。残念だが手遅れだな。」「なんなんだよこの女ッ!!」毘沙門天を指さしながら真志に怒鳴る友達。「ま、まぁまぁ…。」友達をなだめるように言う真志。毘沙門天が『拒否するのではないか』というのは想定はしていた。何故なら――…「…大方、一度こいつに止められてるんだろうが。」そう言って真志を親指で指すと、友達2人はギクリと体を強張らせる。図星だった。以前、肝試しの話を真志にした時に「やめた方がいい」と忠告を受けていたにも関わらず、今回実行に移したのだ。「『そういうことに詳しい』真志に忠告されていたにも関わらず、危険を承知で―――…"自分達の意志で"、その心霊スポットとやらに行ったんだろ。…なら、何かあっても最後まで自分達の責任だろうが。」毘沙門天の正論に黙りこくる友達。毘沙門天は近くのベンチに座り、足と腕を組んだ。「…確認だが、その妖怪だか幽霊だかは、その『弦蔵山』以外の場所でも目撃情報はあるのか?」「いや…、」「…だったら、そいつの領地に勝手に踏み込んだお前等が悪いだろう。自業自得だ。」何も言えずにいる男子生徒3人。「おそらくそこ一帯はそいつの縄張りなんだろう。…この辺りは100年ほどで土地開発が急速に進んだって聞いたからな。人間であるお前達が領地を広めるもんだから、居場所を追いやられてそこに住み着いた可能性だってある。もしかすると、侵入者を排除して、自分のその残り少ない領地を守ってるだけかもしれない。お前等だって家の中に虫が湧いたら殺すだろ?それと同じことだ。お前ら二人、生かされただけ儲けもんだと思え。」「そんな…!!」「それに相手は、お前達―――そういった力を持たない人間でも姿を認識できるほどの妖怪だ。相当な力を持っていると考えてもいい。『真志が手に負えない』って言ったのもそういうことだ。」「…!」「…そんなにヤバい奴なのか…?」「…わからねぇが、…結構ヤバいと思う。」その発言に、絶望した顔を浮かべる二人。「…こういっちゃなんだが、最近の人間は、世の中のルールも守らず、相手を恐れもせず、面白半分でその境界を壊そうとするのが欠点だな。そういう類のものを信じなくなってきてる、ってのも考えもんだな。」そう言って頑として動こうとしない毘沙門天と、拳を握り締めて俯きながら、後悔にさいなまれる友達二人を見かねて、真志が毘沙門天へ声をかける。「…お前の言ってることはわかる。こいつらが勿論悪いってことも。…でもさ、助けてやってくれないか。確かにやっちまったことは悪いかもしれねぇけど、今は反省してるんだ。…そういう奴を助けてやるのが福の神様じゃねえの?」『福の神様』というワードが聞こえた気がしたが、気が動転していてそこに気が向かない友達2人。「…」「強いったって、…お前でもヤバそうなのかよ?」「…話の通じる奴ならいいがな。…そもそも、どういう奴かもわからないから、交渉出来る相手なのかも不明だ。」「…っ…」真志の友達二人の様子を伺う毘沙門天。二人とも、嫌な汗をかきながら『俺のせいだ』と頭を抱えている。「…確かに、ちゃんと反省はしたみたいだな。」「…え?」「…まぁいいだろう。」そう言って立ち上がると、毘沙門天は歩き出した。ぽかんとする3人に、「さっさと案内しろ。」と呼びかける。慌てて毘沙門天についていく3人。「えっ、な、なんで、」歩いて道案内しながら話しかける。「先の段階へと進みたいのなら、反省は必ず必要だ。したならそれでいい。私としても、一言言ってやらなきゃいけない立場なもんでな。お前らの友達は、…まぁおそらく、無事だろう。」「…!?」「なんでそう言えるんだよ!?」「さっきお前の知り合いの妖怪達から、この辺りに昔から住んでいる妖怪達の情報を一通り聞いた。」「!」「『弦蔵山』の妖怪についても教えてもらった。己の領地を踏み荒らした人間を捕らえては、獲物を一晩寝かせて、次の丑三つ時に食すらしいな。奴の拘りなんだろう。」「…!」真志達にとっては、『人が食われる』という情報が衝撃的すぎてそれ以外の情報が入ってこなかった。「人を食う妖怪や悪神は強力だ。食った人間を己の力として蓄積していくからな。確認されているだけでも400年近く前からいるようだから―――…それなりに強い筈だ。」その言葉に3人はぞっと背筋が凍えるようだった。
――――「ここから山道に入っていくんだ。」薄暗い山道の入口に、毘沙門天達は辿り着いていた。「幸いにも今日は月明りがあるな。」月が煌々と辺りを照らしている。最悪灯がなくなっても、周囲の状況が良く見えそうだ。「お前達は帰ってもいいぞ。」「で、でも…!」「下手にこの辺りをうろついて、奴に気づかれでもしたら狙われるぞ。」「…!」足手纏いになる可能性もあるため、『ついていく』とも言えなかった。それに何より、例の妖怪が恐ろしい。…だが、友達が危険に晒されているというのに、自分達だけおめおめと帰る気持ちにもなれなかった。迷っている二人を見かねて、毘沙門天が提案をした。「…それかまぁ、着いてきても構わんが。」「いいのかよ…?」真志が心配そうに耳打ちをする。「こいつらもいる。最悪乗せて逃げればいい。」そう言って自分の相棒と阿形を指さす。「それに、傍にいてくれた方がこちらとしても守りやすいしな。」「そうか…。」「お、俺達も行く!!」「ついて行かせてください!」「よしわかった。離れるんじゃねぇぞ。あと、下手なことはするな。何かあった時は私の指示にちゃんと従え。」「はいっ!!」「真志、もしもの時は頼めるか。」「わかった。」そうして、4人で歩いて行くことに決めた。
――――鬱蒼と生い茂る森の中で、真志がスマホのライトを照らしながら進んでいく。暗い山道を進んでいくにつれて、『どこから敵が現れるかわからない』『すぐに後戻りはできない』という状況が3人の心を蝕んでいった。「大丈夫だ。」そんな3人の精神状態を察してか、毘沙門天が声をかける。「私がいる。…恐怖心は、己の心を疲弊させるだけだ。ただ私を信じろ。」そう言い放つ毘沙門天の言葉は、不思議と『必ずなんとかしてくれる』という安心感を与えてくれた。心が軽くなる。―――途中から山道は"道"の様相を呈していないものになっていた。道なき道を行く。「…この辺りだ…」友達の一人が緊張した面持ちで呟いた。「そうみたいだな。」「!」毘沙門天がそう言うと、目の前の草むらから何かの影がぬっと飛び出してきた。「どうやらここがこいつの餌場らしい。」影が近づいてくると、3人は毘沙門天の背中の裏に慌てて隠れる。毘沙門天は毅然とした態度で、妖怪に面と向かって対峙した。真志のスマホが、相手の妖怪を照らす。「…ッ!!」思わず男3人息を呑む。そこには、4Mはあろうかという巨体に、みすぼらしい着物を纏った、頭の大きい3頭身の妖怪が佇んでいた。大きな目が4つ並び、その頭頂部には髪と思われる毛が生えており、元が人間であったことが窺えた。「…それ、眩しいからしまってくれねぇか…。」「!!」まさか言葉を話せるとは思っていなかった。ゆったりとした口調で、異質な声質で話しかけられた途端、3人の体は硬直し、嫌な汗を噴きだす。判断を委ねようと毘沙門天を見ると、「言う通りにしろ。」と指示があったため、すぐさまスマホのライトを消した。「…驚いたなぁ。俺の姿を見ても逃げねぇとは…。…ん?そっちのは…。」一人一人見定めるように顔を眺めると、やがて毘沙門天の背後にいる男子学生2人を見つける。「昨日の…。」そう言ってニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。その気味の悪い笑みにぞっと肌を粟立たせる3人。「…突然の訪問ですまないが、頼みごとがある。」毘沙門天がそう言うと、妖怪はその視線を毘沙門天へと向けた。そして毘沙門天は妖怪に向かって、深々と頭を下げた。「…すまない。お前が、領域を踏み荒らされて憤っていることはわかっている。こいつらには悪気もあった。面白半分で訪れたこと、この土地の歴史について無知であったことは、大いに咎められるべきことだ。十中八九、こちらが悪い。…ほら、お前等も謝れ。」そう言って促すと、3人も慌てて頭を下げる。暫くして、毘沙門天はその頭を上げる。「…だが、同時に無知であることは考慮の余地もあるということだ。…こいつらはまだ若い。若さ故の過ちというのもあるだろう。お前に襲われ、こいつらも大いに反省した。…ここは一つ、私の顔に免じて怒りを収めてはもらえないだろうか。また同じようなことを繰り返せば、今度は容赦しなくていい。だから、今回ばかりは許してはもらえないか。」"あの"毘沙門天の腰の低い頼みを見て、余程のことを犯してしまったのだと気づく3人は、緊張が走る。「ふーー…む…。」手を顎へ持っていき、考え込むようにして上を見上げる妖怪。「…もう一人、昨日訪れた者がいた筈だ。そいつのことも出来ることなら返してほしい。」その発言に、ぎょろりと目玉が毘沙門天へと向く。じっ……と見つめるが、毘沙門天は決して動じない。後ろの三人は、その時間が長く続けば続くほど、恐怖が倍増していく。だが突如として、その妖怪は明るい表情でにかっと笑った。「わかった、わかった。素直に謝れる奴は嫌いじゃねぇ。その女に免じて、許してやる。」「…!」3人はまさかの返答に驚きを隠せない。妖怪は手を挙げて降参のようなポーズをとりながら話を続けた。「昨日の子供は、俺の巣にいる。着いて来れば、返してやる。」「!」思わず真志は毘沙門天を見る。だが当の毘沙門天は、「わかった。」と言って、奥の方へと歩き出した妖怪に着いて行こうとしていた。―――…絶対、罠だ。そう思うものの、毘沙門天がそれに気づかない筈がないだろうと、彼らの後に続いて、真志も歩き出すのだった。
――――それから数分歩いた場所―――山の奥深くに、年数が経ちボロボロになった小屋のようなものが佇んでいた。おそらくは昔、林業のために使われていた小屋だろう。その扉は板によって塞がれており、密閉されていた。もしや、と真志と友達2人が駆け寄る。そして、窓のところから中を覗きこむと―――「悠真!!」その中で、探していた友人が横になっているのが見つかった。「おい、悠真!!起きろッ!!」友達が必死になって声をかけていた時だ。その様子を見つめる毘沙門天の背後で、妖怪が何事かを呟く。「俺は――――…女の肉の方が好きなんだ。」その言葉にハッとして振り返る真志。「毘沙門天ッ!!!」そこには、毘沙門天を今まさに襲わんとする妖怪の姿が。だが次の瞬間。「!!!」毘沙門天へと延びていた妖怪の手は、毘沙門天が構えた刀によって防がれた。「―――…ただもんじゃねぇと思ってたが…まさか"あの"毘沙門天とはなぁ…。」力が拮抗しているのか、ギリギリと両者、手と刀を交らわせたまま動かない。友達二人も驚きながらその光景を目の当たりにする。「…昔は守り神だったと聞いたが…。何がお前をそう変えた?」「!…余計な話を聞いたようだな…。」そう言って妖怪は、空いているもう片方の手を伸ばしてくる。毘沙門天は、刀を片手で握ったまま、もう片方の手に剣を出現させてそれを防ぐ。「ははっ!これを防ぐなんてなぁ!」今度は毘沙門天が若干押されているように見えた。「…確かに昔、俺はこの土地の守り神だった…。この山の動物や妖怪だけじゃなく、人間だって守っていたんだぜ。…だが、人間どもは山を荒らし、汚して、動物達や妖怪達の住処をどんどん奪って行った…。人間どもの悪行を見過ごせなくなった俺は、ついに『人殺し』に手を出しちまった。」真志が助太刀しようかと阿形に突撃させる準備をする。だが、毘沙門天の目くばせに気づいて、留まった。「そして山に立ち入ったヒトを殺す毎に、ヒトを殺す快楽を、ヒトの肉の美味さを、覚えちまったってわけさ。」「…改める気はもう無いのか?」「ないねぇ!!こんなに楽しいことはねぇよ!!…特に近頃の人間は気に入らねぇ。どんどんと物を山に捨てやがって山を踏み荒らす。…態度も気に入らねぇな。でもだからこそ、殺す前の命乞いだとか悲鳴だとかが心地いいんだ。」完全に化けの皮が剝がれ、嬉々として話す妖怪に、3人はごくりと唾を飲み込んだ。「――…そうか。」毘沙門天はそう言って、いとも簡単に妖怪の手を振り払う。「?」何が起きたかわからない、といった様子の妖怪に、既に斬りかかる準備を整えていた毘沙門天。「それなら心置きなく斬れるな。」その発言通り、邪魔な手を斬り落とすと、そのままの勢いで妖怪の脳天に刀を突き刺し、思い切り横に引いて切り裂いた。「???」頭が追い付いていないのだろう、妖怪はその状況を認識することなく、背中から力なく倒れこんだ。毘沙門天は刀を振り、それに付着した血を飛び散らせる。そうして毘沙門天が刀を鞘に納める間に、妖怪は霧散して消えていった。そのあっけない幕切れを、ぽかんと見ていた3人。しかしやがて脳の処理が追いつくと、真志はこちらに歩いてくる毘沙門天の勇姿に目を奪われる。「(これが…『戦闘神』…毘沙門天―――…!)」体が震えるような感覚を覚える。普段のだらしなかったり、ガラの悪い様子とは違った、『福の神』『戦闘神』『四天王』としての毘沙門天が、そこにはいた。その仰々しい名は伊達ではなかったのだ。「(…素直に、かっこいい、と思っちまった。)」そして真志は改めて再認識するのであった。やはり毘沙門天は―――『俺のヒーロー』なのだと。――――すたすたと歩いて行く毘沙門天は、今度は手に宝棒を抱え、振りかぶって扉の板をぶち壊した。「!?」その後扉を無理矢理こじ開けると、「おいガキ!さっさと帰るぞ!」と眠っていた悠真に呼びかける。「んあっ!?」その声に悠真は寝ぼけながら飛び起きた。その様子に真志は「(台無しだ…)」と思ったものの、慌てて小屋の中へ駈け込んだ友達二人が、泣きそうになりながら悠真を抱きしめている様を見つめれば、そんなことで台無しになることも無いか、と思うのであった。
――――「話の通じない奴だったり、理由もなく人間に手酷い危害を与えるような相手なら、さっさと斬り倒しちまうんだがな。…全ての妖怪が悪い奴なわけじゃない。」友達3人と別れた帰り道、神社の石段を登りながら毘沙門天と話をする真志。「見極めのために、って感じか?」「まぁそんなところだ。」最初に下手に出たのはそういうことか、と納得する。「アレで理解を示してくれる奴もいる。人食いだとかも、ただの噂だってこともあるからな。」「そうか…。」「…まぁ、今回の件は人間側にも色々と非はあるんだろうが…。だからといって殺しを容認することはできない。」そんな毘沙門天の言葉を聞きながら立ち止まる真志。「毘沙門天。」「ん?」「…本当に、ありがとな。おかげで助かった。」毘沙門天が立ち止まり振り返ると、真剣な眼差しで感謝の気持ちを伝える真志の姿があった。毘沙門天はそれを一瞥すると、再び階段を登り始める。「あいつは、お前が『助けたい』と願い、私に助けを求めたから助かった。お前のおかげだ。」「!」そんな毘沙門天の背中を、笑みを浮かべて追いかける真志だった。
――――境内までたどり着くと、ベンチの上で丸くなった猫又がいた。「タマ!どうしてこんなところに…。」真志の呼びかけに気づき、大きくあくびをして伸びをすると、二人の元へ近づいてきた。「どうやらお疲れのようだな。」正確には、毘沙門天の方に用があったらしい。「『穴』の場所がわかったのか。」「おっと、その話はまた明日だ。今日はもういい。ゆっくり休め。」「!」その一言で、猫又がここに来た理由を察した毘沙門天。「…だが、」「あんたに倒れられるのが一番困るからな。…今日の昼だって、相当働いてくれただろう。回復してまだ初日だってな、無理は禁物だぜ。」妖怪を倒し、呪物を破壊し、更に妖怪を倒し―――と動いてきた毘沙門天は、正直なところ既に疲労が溜まっていた。だが、早いところ自分が動かなければ、と焦りを感じていたのも事実。「それから、今回のことはお前達七福神のせいじゃねぇ。」「!」「貧乏神達だけでこんな大層なことが出来るとは思えねぇ。それに、お前らへの復讐が目的なら、ここまでのことはしない筈だ。…もっと何か、別の大きな思惑がある気がするぜ。」「…全部お見通しだった、ってわけか。」「そりゃな。貧乏神が来ていたことは俺達も知っていた。お人よしの毘沙門天様のことだ。あれこれ考えて行動に移そうとしてんじゃねぇかと思ったから、わざわざ釘を刺しに来たってわけだ。」「…はっ、」その心遣いに、毘沙門天は思わず笑みがこぼれる。「猫又に気を遣われる日が来るとはな。」「おうよ。感謝してくれよ?」「勿論だ。…今日は、ゆっくり休ませてもらう。」「あぁ。明日、またあの廃墟に来てくれ。話はそれからでいい。」「…わざわざ悪かったな。恩に着る。」「あぁ。真志も、毘沙門天サマのこと、よろしく頼んだぜ。」「お、おう…。」まさか逆に毘沙門天のことを頼まれるとは。こいつらいつの間に仲良くなってんだよ、と去っていく猫又とそれを見つめる毘沙門天を見ながら思った。
――――母親に作ってもらった料理を食べながら、真志が毘沙門天へ話しかける。「で?今日の成果はどうだったんだよ。」「そうだな…。」今日の出来事を一通り話す毘沙門天。その話を聞いている中で、ハタと気づく真志。「そういや…『イショツウドウ』とか、『穴』ってなんだ?」猫又との去り際の会話を思い出して問う。「その話の前に、今回のこの町で起きているだろうことについて説明しよう。」そう言って箸を置いて、片手を出す毘沙門天。「妖怪や神が、地上のとある一箇所に集まってしまう原因は、主に3つある。1つ目は、『その土地が元々妖怪の集まりやすい土地である』こと、2つ目に、『何か、もしくは何者かに引き寄せられている』こと。そして3つ目に、『"異所通道"が開いている』ことだ。」指を1、2、3と変形させながら説明する。「1つ目についてだが…。妖怪にとっても『住みやすい環境』というのはあって、例えば過去に人が大勢死んだ場所とか、何か壮絶な悲しい出来事が起きた場所とか、そういったところが多い。つまりは、『負の力が留まりやすい場所』ってことだな。」「あぁ…なんかそう言うの聞いたことあるな。」「そもそも妖怪とは何か、というところから説明すると、六道の"道"と"道"の間で彷徨っている存在だ。例えば天狗なんかは、六道の外側の世界にいるとされている。…妖怪に"為る"原因は様々だが、大体は迷いのある者が、負の感情に苛まれて道を外れた末になる。だからこそそういう、同調しやすい負の力が強い地域に引き寄せられて、集まりやすいんだ。」「なるほど…。」「そして2つ目だが、妖怪の特性として、『力の強い妖怪に引き寄せられる』という習性がある。理由としては、強い奴の下につきたいという気持ちが働いていたり、逆に引き寄せる側の妖怪が、他の妖怪を取り込んで己の力としたいがために、おびき寄せている、といった場合がある。」「え…それって今日の山の妖怪みたいな…。」「そうだな。人でも妖怪でも、同族を食う奴もいるってことだ。」「うわぁ…。」「そして最後の3つ目の『異所通道』だが…。…この世では、『歪み』が発生した時に、ある地点と別の地点を結ぶ『道』が出来てしまう場合がある。例えば、東京と京都、みたいにな。」「えっ!なんだそれ…ワープゾーンみたいなもんか?」「わーぷ…とかは知らねぇが…。…そうだな、『どこでもドア』みたいなもんだ。」そう言えばこいつ、この前テレビでドラえもん見てたなと思い出す真志。「別の場所―――『異所』を、『通る』『道』で、『異所通道』だ。道が出来た場所にはぽっかり穴が空いたように見えるから、通称『穴』って呼ばれてる。それを通って妖怪やらが、遠隔にある別の地点に移動する場合があるんだ。」「へ~。…つーかさ、それって、地獄とか、修羅とかとも繋がる可能性ってあるのか?」「良い質問だ。―――…昨日話した通り、六道では生きとし生けるもの達が、輪廻転生を繰り返して互いの世界を行き来している。それぞれの世界は当然だが、密接に繋がっている。…お前が言うように、最悪な場合は、時空が歪んであらゆる道が繋がってしまう、『混所通道』というものが発生する場合もある。」「えっ!?マジであんの…!?」「とはいえ、地上から地獄界、地上から天上とかの、距離が大きな世界同士はそうそう繋がることは無い。天上については相当そのあたりの監視がキツイしな。そもそも『混所通道』自体が滅多に発生することはないし、兆候が現れた時点で私達天人も早い段階で感づく。」「へぇ…。それって例えば、人為的にっつーか、悪い妖怪とかが無理矢理開けるとかも出来んのか?」「できる。…が、余程の力が無いと出来ないのと、さっきも言ったように、私達天人や地元の妖怪達は基本的に事前に感知ができるから、そうそう開けることは出来ない筈だ。」「そうなのか…。」「…とまぁ、この町に妖怪が集まる原因について考えられる可能性をざっと説明したが…。ここからが本題だ。」その言葉に、真志が姿勢を正す。「…今回の場合、正直私は…今言った原因について、その全てが当てはまるんじゃないかと考えている。」「…!」「…言い忘れたが、負の感情が集まりやすい地域は、『通道』も開きやすい。そして、妖怪達の発言から考えても、何者かに引き寄せられてここを訪れた可能性が高い。…不可解な点としては、通常、『穴』があればすぐにわかるものなんだが…その存在を感じられないのと、この町に長く住む妖怪達でさえ見つけられていないというところだな。―――…もしかしたら、妖怪達をおびき寄せた"誰か"が、その存在を隠しているのかもしれない。」「…誰かって…。」「さあな。あくまで私の推測だ。…尤も、『穴』の存在を私達に悟らせないようにするのは、余程強い力を持った者でなければ不可能だ。…貧乏神共か、その協力者か、…はたまたもっと別の何かか、だな。」一通り話し終えると、箸を手にし、すっかり冷めてしまったみそ汁に口をつける毘沙門天。「…なんかでかい話になってきたな…。」そう言って真志も同様に、お椀に口を付けた。
――――その日の夜、縁側に座って煙草を吹かす毘沙門天の姿が。そこにふろ上がりの真志が、髪の毛をタオルで乱雑に拭きながら通りかかった。「結局買ってたのかよ!」「まぁな。」「ったくよ…毘沙門天様がそんなんでいいのかよ…。今日、妖怪どもに言われなかったか?『毘沙門天様、煙草くさーい!』とかよ。」「…」近からずも遠からずなことを言われたことを思い出し、押し黙る毘沙門天。「…にしても、ちょっと嫉妬だな。」その発言に、手をつきながら後ろの真志を見上げる毘沙門天。「…何がだ?」そこには、少し不貞腐れたような顔をした真志の顔が。「たった一日で、あの妖怪共と随分仲良くなってたじゃねぇか。…俺の友達とよ!」「なんだ。そんなことか。」毘沙門天が煙草の煙をふーっと吐いていると、毘沙門天の隣に腰を掛ける真志。「…良い奴らだったろ?」星空を見上げながら、毘沙門天は今日出会った妖怪達の顔を思い出す。「…あぁ。」「…子供の頃に、あいつらが友達になってくれたんだ。昔からよく遊んだり、話を聞いてくれた。」真志の方を見やる毘沙門天。毘沙門天の視線に気づくと、真志も毘沙門天を見る。「…そんなに大変なことになってるなんて、知らなかった。」どうやら真志は、妖怪達から町の現状を―――引き起こされている要因を、一切聞かされていなかったようだ。「…奴らも、お前を巻き込みたくなかったんだろう。」「…つったって、…友達なのに…。」そう言って項垂れる真志。「…友達だからだろ。」「…っ」毘沙門天の言葉に、真志は言葉が詰まる。手を握りしめながら、地面を凝視する。「…皆には、これ以上…危ない目に遭ってほしくない。」まるで祈るように呟く。「…俺にとっては、妖怪達も、友達も、両親も、…皆大切なんだ。」「…」黙る毘沙門天に身を乗り出して問いかける真志。「…っ俺にも、何か出来ることはないか?」言うと思った、という風に毘沙門天が落ち着きながら煙を吐き出す。「お前は学業に専念しろ。」「…でも、」「そのうち助けが必要になる時も来るだろう。その時は、昨日みたいに頼みたい。一先ずは私に任せておけ。」それでも引かない真志に毘沙門天は目線を合わせる。「お前の友達がお前を危険から遠ざけているのに、私が勝手な真似は出来ないだろう。」そう言って微笑む毘沙門天。「…!」「…それはまぁ、私がここに居る時点で…というところだがな。だが、そこについては私も同じ気持ちだ。」毘沙門天は短くなった煙草を携帯灰皿の中に潰すと、真志に向かって真似るように身を乗り出した。「…言っただろ。私を信じろ。」自信に満ちた毘沙門天の顔は、真志の不安を少し落ち着かせてくれた。
――――真志が立ち去り、一人煙草をふかす毘沙門天。「こういうのも、出会いだよな…。」と、『Peace』と書かれた箱を眺めた後、今日出会った人々や妖怪たちの顔と、先ほどの真志の発言を思い出していた。「…早いところ、どうにかしなきゃな…。」そうを想いながら、ぼうっと月夜を見つめていた。
時は少し遡り、七福神達。予定通り、地上での毘沙門天捜索を開始した一行。だったが…「やっ…やばいよ〜〜!!久々の民だよ!!なんか緊張する~~!!」まるで推しに会うかのように興奮し、緊張する弁財天は、傍らの布袋の服を摘まんでいる。七福神達は人通りの多い大きな通りに出向き、行き交う人に片っ端から聞いて回る作戦を立てた。「皆さん、昔とは大分装いも違いますしね…。」「前に恵比寿に買ってもらった雑誌だと、『黒ギャル』とかがいるって聞いてたのにいないじゃん!!」「あの雑誌もうだいぶ古いみたいですし…。」「…っていうかさ、私達…。」「…なんか、浮いてなぁい…?」道行く人、皆七福神達を不思議そうに見ている。無理もない。様々着物に身を包んだ、個性的な女が6人、道の往来で右往左往しているのだから。「何あれコスプレー?」と、スマホ片手にかしゃりと写真を撮る女子学生もいるが、大半の人間は不審な者を見る目で見ていた。「…やっぱり変わっちゃったんだね…。」その訝し気な目線に、どこか寂しさを感じる七福神達一行。「こんなことしてても仕方ないし、さっさと聞いて回ろう。」大黒のその一言で、皆聞き込みに動き出した。
―――「ねぇ、お兄さん♡」「へあっ!?」福禄寿が通り過ぎざまに会社員と思われる男性に声をかける。男性は、急に話しかけてきた綺麗な女性に体を強張らせた。「最近、人が空から落ちてきたとか…そういう情報知ってます…?♡」そう言って前髪を耳にかけながら近寄って聞くが、「えっ、あっ、えと……!?」男性は目の前のはだけた胸元が気になって仕方がない様子だ。質問された内容が、頭に入っていない。「こら福禄寿!!貴様…っ!民を誘惑するな!!」思わず別の人に聞き込み中の寿老人が突っ込む。「やだもう〜!そんなんじゃないわよぅ〜!」寿老人の指摘にぶーぶー文句を言う福禄寿だった。―――「ねぇ。」「!?」大黒天が若い青年に声をかけるが、相手は何故かビクつく。「聞きたいことがあるんだけど。」「ヒッ!!」そう言って距離を詰めようとするが、大黒天のオーラか、もしくはその吸い込まれそうな目を見てか、更に脅えるように後退する青年。見かねた恵比寿が声をかける。「なんか怯えてるからやめてあげなよ。」「なんでだよ。別にまだ何もしてないだろ。」「多分伝わるんだよ、大黒の人柄が。」「…それどういう意味?」――――その後もめげずに声をかけていく七福神達。「あの、人が落ちてきたとか、なんかそういう話ありました!?」「うーん知らないなぁ…。」「そうですか…ありがとうございます!」お辞儀をして聞いた人を見送る弁財天。「…本当に、地上に落ちたのかな…。」あまりの手がかりの無さに不安になってくる。「(まさか本当に…)」大黒に言っていた通りじゃ、と頭を過るが、頭を振ってその考えを払拭すると、再び聞き込みに戻った。――――「もし知っていたら教えてください!」布袋がOLに声をかけた時だった。「あぁ、そういえば…」女性は思いついたように、スマホを操作し出すとその画面を布袋に見せた。「これは…!」そこには、山の中に大きな穴が開いている写真が。「人か何かはわからないけど、落ちてきたんですって。住所は―――」布袋は女性から住所を教えてもらうと、「ありがとうございます…!」と笑顔を咲かせ、嬉しそうにぺこりとお辞儀をした。日時も、毘沙門天がいなくなったタイミングと重なる。慌てて七福神メンバーへ情報を共有しに行った。「本当か…!」「あの方が教えてくれたんですっ!!」そう言って後方にいる女性を指す布袋。話を聞いた寿老人達が、軽く会釈をすると、女性もそれに返し、方向を変えて歩き出していった。「早速行ってみるぞ。」と、女性とは反対方向へと歩き出した七福神達。ふと、大黒天が何かを気にするように振り返るが、女性はいつの間にか姿が見えなくなっていた。「…」大黒天も体を元の方向へ戻すと、七福神達の方へ歩いて行った。――――ビルの屋上で、七福神達が船が置いてある方向へ歩いて行くのを確認すると、女性はにやりと怪しげな笑みを浮かべていた。