「毘沙門天様ッ!!!」自分の名を呼ぶ声が聞こえ、ベッドから飛び起きる毘沙門天。昨日出会った、真志の友達の妖怪が、部屋の窓を開けて訪れていた。「どうした?」ただならぬ様子を感じた毘沙門天は、すぐに本題に入る。「大変ですっ!また妖怪が現れて――…!」「…わかった。すぐに行く。」瞬時に状況を理解し、すぐさま布団を剥いで支度を始める。「真志、」「んあ…?」隣の部屋を訪れ、まだ寝ぼけている真志に声をかける。「急ぎの用事で、少し出てくる。両親にも伝えておいてくれ。」「ん…?あぁ、わかった。」段々と頭が覚醒してきた真志は、立ち去ろうとする毘沙門天に、慌てて声をかける。「気を付けろよ!!」毘沙門天はその言葉に体をピタリと止まらせると、顔だけ覗かせて「あぁ。」と強気な笑顔を浮かべた。そして、すぐに走り去ってしまった。「…大丈夫かよ…。」昨日も忙しかったようだし…。「(あいつ意外と真面目だからな…)」と、少し心配になる真志だった。
――――「人が襲われてるだと…!?」妖怪と共に駆けながら、状況説明を受ける。恐れていた事態が起こった。「はい…っ!なんだか騒がしいと思って外の様子を見に行ったら、体の長い、竜のような妖怪が街中に現れて…っ!アパートの住人達を襲っていたんです…!」「なんでまた、こんな朝っぱらから…!」「きゃあああああッ!!!!」「!!」悲鳴が聞こえた方角を見ながら、急遽立ち止まる。勢いが止まらず、草履が地面を滑った。「―――!」そこでは、道路の上でうずくまった女性に、宙に浮かんだ妖怪が襲い掛かろうとしているところだった。その妖怪はまさに竜のような容姿で、体長10Mはあろうかという長い体をしており、至る所から毛が生えていた。大きな一つ目をギョロギョロと動かしながら、歯をガチガチとかち鳴らす。やがてそいつは、塀の前に座る女性に向かって、勢いよく飛び出していった。電柱をなぎ倒し、塀に激しくぶつかると、その敷地の中へと突っ込んでいく。女性の行方はというと――――「…大丈夫か。怪我はないか?」毘沙門天が間一髪助け出し、道路の先でその身を抱えていた。妖怪へ攻撃したところで、勢いを殺せずに、女性を巻き込む危険性があったため、救助を優先したのだ。「えっ…、あ、…は、はい…っ、」毘沙門天は女性の無事を確認すると、その体をゆっくりと下ろし、すぐにこの場を離れるように指示する。女性が逃げていくのを見届けると、崩れた塀の間から竜の妖怪に向かって、「こっちだ。」と声をかける。妖怪は敷地内の駐車場で、破壊した石の残骸を咀嚼しながら、うねうねと宙を漂っていた。毘沙門天に呼びかけられて振り返る。おそらくこの敷地はどこかの会社のものなのだろう。妖怪の背後で、敷地の所有者であろう人間が、建物の中からなんだなんだ!?と言いながら出てくるのが見えた。「おい、お前!」毘沙門天はまず、意志の疎通が図れるか確認するため、龍の妖怪に向かって再び声をかけた。だが、妖怪は話が通じていないのか、きょろきょろと辺りを見回して始めた。「(…畜生へのなり損ないか…?)」ならばやむを得ないな、と槍を出現させると、すぐさま駆け出した。人がすぐ近くにいる。躊躇している暇などなかった。目の前の化け物が現実だと受け入れられなかったのか、はたまた正常性バイアスがかかっているせいか。人々はそこから逃げようとしない。「(全く…!!)」すると妖怪は、その人間達に近づこうと突然動き出した。大きな口を広げながら、人間達に突進する。それを見て、流石に人間達も危機感を感じたのか、悲鳴を上げながら散り散りに逃げ惑った。毘沙門天は急停止しながら竜の妖怪に狙いを定め、持っていた槍を思い切りぶん投げた。「ギャッ!!!」槍は妖怪の頭部分を貫きながら、そのまま勢いを落とさずに、建物の2階部分の壁に突き刺さった。妖怪はばたばたと逃げ出そうとするが、槍が深く突き刺さっており、抜け出せない。その背後――壁から突き出た屋根の上に、いつの間にか、刀を手にした毘沙門天が佇んでいた。何も言わずに毘沙門天は、容赦なく下から上へと刀を振るい、妖怪の頭部を斬り離した。切り離された体は2階から駐車場へと落下し、激しい地響きを鳴らしながら地面に血や肉をまき散らせて、そのまま動かなくなった。周りで目撃していた人間達は、脅えたように「ひっ」と声を上げる。毘沙門天は己の顔に浴びた返り血を拭いながら、刀についた血を振り払うと、駐車場へと降り立った。人々は距離を置きながら、困惑した様子で妖怪の残骸と毘沙門天を交互に見ている。妖怪が消えゆく様子を確認していると、毘沙門天をここに連れてきた妖怪が再び走ってくるのが見えた。その焦った様子に「まさか」と過る。「毘沙門天様!また別の場所で妖怪が…ッ!!」「おいおい…」流石にげんなりとした様子でその報告を受ける毘沙門天だった。
――――「(…なんか、今日は変だな…。)」登校のため外出した真志は、今日の町の空気がどこかおかしいことに気づいた。具体的に何がおかしいのかと聞かれると説明は出来ないが、とにかく今までになく異様なのだ。「(まさか、毘沙門天が今日駆り出されたのも…。)」そう考えると、急に胸がざわざわして不安になった。妖怪達や、毘沙門天の安否が心配になる。正直この状況、学校がどうなどとは言っていられない気がした。「(…やっぱり俺も、何か―――)」そう思い、来た道を戻ろうと振り返った時だった。すぐ目の前に、4Mはあろうかという巨大な鬼が佇んでいた。「……は…?」
――――「…こんなところか…?」続けざまに妖怪退治に向かった毘沙門天も流石に疲労を隠せずに、息を切らしていた。竜の妖怪の後にも2体、それぞれ別の場所に妖怪が出現し、討伐したのだ。「はい…今の以外は、大丈夫そうです。」「そうか…。…どう考えても異常だ。…一体何があったんだ。」「わかりません、…でも…もしかしたら昨日、『穴』を見つけたからでしょうか…。」「!何…!?あったのか!?」食って掛かるように尋ねる毘沙門天の勢いに、思わずびくついてしまう妖怪。その様子に、しまった、と身を引く毘沙門天。「――…すまない、」「いえっ!こちらこそすみません…!毘沙門天様のお気持ちは嬉しいですから…!…実は昨日、深夜にまた調査に出ていたら――――」妖怪が『穴』について話そうとした時だった。「―――!!」毘沙門天が何かに気づいたように、咄嗟に東の方向へ振り返る。「…しまった…!!」そして焦ったように言うと、その場から走り出した。「えっ、毘沙門天様!?」「すまない!後で隠れ家に行く!!」そう妖怪に言い残して、その場を急いで後にした。
――――「~~~~ッッ!!!」全速力で走る真志の背後に向かって、先ほど出くわした大きな鬼が走ってきていた。ずしんずしんと重量感のある足音を立てながら、真志を追いかける。般若の面のようなその顔は、何を考えているか読めない。「(なんでこんなでけぇ鬼が…ッ!!)」真志でも初めて見るほどの巨体の鬼。しかもこんな朝っぱらから、こんな町中で。「(―――…どこに行ったらいいんだ…!)」真志は走りながら逃げ場を探しあぐねていた。取りあえず神社に逃げ込めば間違いないだろうが―――…。「…!!」咄嗟に立ち止まる真志。まずい、このまま進めば大通りに出てしまう。この辺りは閑静な住宅地だったから、人と出会うこともなかったが…。「(人を巻き込んじまう…!)」どうする、どうする。焦る頭を必死に巡らせる。息が上がって、嫌な汗が体を伝う。心臓の音がうるさい。鬼も真志と同様に、減速した後、立ち止まった。真志は黙って振り返り、鬼と対峙する。面と向かって見て初めて、全身から鳥肌が立つような感覚が沸き起こる。「(阿形には、荷が重い。)」真志にとっての妖怪への対抗手段は、狛虎である阿形の存在のみだった。―――…だが、阿形ではこの鬼に敵わない。本能的にそう感じたから、あの場で逃げ出したのだ。真志は、毘沙門天の影響からか、ここ数日で妖怪の『強さ』というものが、その力を示す"気の量"でわかるようになっていた。特に昨日、あの弦蔵山の妖怪と出会ってからというもの、それが顕著になっていた。そして今ならわかる。この目の前の鬼は――――昨日の妖怪よりも、強いということが。「(でも、毘沙門天は多分、助けには来られない。)」もしかしたら今の自分の状況を察知しているかもしれないが、先ほどの様子だとこちらに時間を割く余裕などない可能性がある。だとすれば、「(自分でなんとかするしかない―――…!)」なんとかって、なんだ。どうすればいい。自分の中の自分が問いかけて来る。今まで、弱い妖怪なら阿形や吽形になんとかしてもらっていた。強い妖怪については対処のしようが無かったので、放置をしたり人を寄せ付けないよう噂を流す等しか無かった。「(くそっ…!今までのツケか…!!)」こんなことなら、強い妖怪への対抗策だとかを考えておくべきだった。今まで逃げてきたツケが、ここで回って来たのだ。対抗策を思いつけないまま、目の前の鬼が歩き出す。真志がなんらかの策を練っていると思い、様子見をしていたが、何も無いことを悟ったようだった。一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。「(…俺でも対応できるもの…何かないか、何か―――)」そう思って辺りを見回す真志。「!」真志が何かに気づいた瞬間、先ほどまでゆっくりと歩いていた鬼が、突如として走り出した。「な…ッ!」時間の無駄だとでも思ったのか。拳を振り上げながら、真志と距離を詰める。「うわッ!!」咄嗟に転がるように避けると、鬼の拳は家の塀をぶち壊した。「…!!」瓦礫と化した塀を見て、ぞっと背筋を凍らせる真志。「(あんなん当たったらひとたまりも―――)」そう思っていると、二撃目が待ち構えていた。「(やべ…ッ!)」あまりにも早すぎるその動きに、真志は一歩出遅れる。その時、「!」真志の首根っこが何かに掴まれ、体が宙に浮いたかと思えば、次の瞬間、鬼の追撃を避けていた。「…ッありがとう、阿形!!」退避後、阿形は加えていた真志の首元を離すと、こちらだと言わんばかりに走り出した。真志も慌ててそれについていく。鬼が攻撃を仕掛けてくれたおかげで、進む方向を変えることが出来た。「取り合えずこのまま神社に―――」逃げ込もう、そう思ったが。「!?」何かが飛んできて、咄嗟に横に避ける。ものすごい勢いで抜けていったそれは、「…ゴミ袋かよ…!!」道端に出されていたゴミ袋を、鬼が投げて来ていたのだ。そのせいで若干バランスを崩す真志。その間にも、鬼が近づいてくる。「おいおい…ッ!!」短期決戦を目論んでいるのか、先ほどとは打って変わり、急いているように見える。そして今度は、植木鉢が飛んできた。「うおわッ!!」たかが植木鉢、だがこのオートバイが駆け抜けるほどの速度であれば、凶器に匹敵するだろう。避ける間にまた、鬼は距離を詰めて来ていた。「(早…!!)」真志は塀の傍に追い詰められていたが、なんとか横に飛んでそれを避ける。その時、折られた電柱が倒れたことで、ケーブルが断線した。「(…来た…!!)」それを見た真志はすぐさま阿形に指示を出し、自分は塀沿いに走り出す。鬼は走り出した真志の後を追う。少し走ると突然真志が立ち止まり、鬼の方へと振り返った。鬼が再び真志に振りかぶろうとした時だ。「…!?」鬼は何かに気づいたように背後を振り返る。そこには、垂れ下がった高圧電線のケーブルを咥え、そのまま鬼の元へと突進してくる阿形の姿があった。真志は即座に距離を取る。阿形は鬼の方へとケーブルを振り投げると、自身は塀の上に着地し、そのまま近くの家の屋根の上に飛び乗った。「―――ッッ!!?」ケーブルの切れ端は鬼に当たると、激しい音と火花を散らせながら、閃光を放った。鬼は、音の出ない声を発しながら、全身を痙攣させた。「(よし…ッ!!)」息を切らしながら、作戦が上手くいったことを喜ぶ真志。阿形も真志の近くへと駆け寄ってくる。電気が妖怪に効くかどうかもわからなかったが、どうやら効いているようだ。全身丸焦げになって、煙が出ている。鬼だったものは、膝をついてそのまま動かない。「(…やった、のか…?)」だが、何故か胸がざわざわとする。…あれだけの強さの妖怪が、これだけのことでやられるんだろうか…?―――そう思い、念のため逃げた方が良いかと、阿形を連れてその場を離脱しようとした時だった。「!!」振り返りざまに、鬼の顔が見えた。黒焦げの中に、目玉が飛び出して、歯がむき出しになり――――それがこちらをぎょろりと見つめたのだ。「―――ッッ!!!!」瞬間、ぞわりと鳥肌が立った。「走れッ、阿形!!」何かヤバい、と思い全速力で走り出したその時―――鬼の手が、すぐ横から迫ってきていた。「え」あまりの速さに反応できなかった。状況を飲み込めない真志に向かって、その黒い手が伸びていく。その直後、真志の横から阿形が飛び出し、鬼の腕に噛みつく。慌てて立ち止まる真志。「阿形ッッ!!!」鬼は阿形を振り払おうと、自身の腕を右へ左へと振り回す。―――そして、阿形を塀にぶつけるように思い切り振り抜いた。「…!!」衝撃音と共に、噛まれていた鬼の右腕が引きちぎられ、阿形とともに崩れた塀の向こうへと吹き飛んだ。「阿形…ッッ!!」鬼は、右腕の断面を確認した後、再び真志にぎょろりと目を向けた。「…!!」次の瞬間、真志の体は塀に激突していた。「…!?」全身に激しく痛みが走る。どうやら鬼に横から叩かれたようだ。―――あまりにも、動きが早すぎる。…先ほどまで、手加減していたとしか思えない。それとも、電気のせいでリミッターでも外れたのか。だったら逆効果だったな、なんて、何故だか冷静に思考が巡る。塀を背にしながら痛む体を無理矢理起こし、立ち上がろうとした時、鬼が、真志の目の前で大きく左腕を振りかぶっていた。「避けろ真志ッッ!!!」道の遠くから、必死な形相で駆け寄ってくる毘沙門天の姿が見えた。まるでスローモーションのように、周りの景色がゆっくりと動く。―――あぁ、来てくれたのか、毘沙門天。流石俺のヒーローだ。この鬼が焦り出したのは、毘沙門天が助けに来る気配でも察知したからだろうか。―――さっきから、状況に似合わず、やたら思考が落ち着いている。前にテレビで、命の危機に直面した時は、景色がスローモーションに見える時がある、って聞いたことがある。まさかこれがそうなのか?―――…俺、このまま死ぬのか…?―――阿形は、大丈夫か。吽形は神社で心配してないか。父さん、母さんは無事か。…こんなことなってるなんて、小百合がまた心配する。学校の奴らは、友達は…町の妖怪達や、タマは―――――そんなことが頭を過っていた時だった。真志の体に、影が降りかかった。それに気づいた瞬間、スローモーションになっていた景色が、徐々に通常の速度を取り戻していく。ガッ!!と、何かと何かがぶつかる音が辺り一帯に響き渡った。想像していた衝撃は、真志の体には届かなかった。そして真志は、自分に落ちた影の正体を探ろうと、目の前の何かを見やる。――――人だ。人で、しかも、どこか見覚えのある服を着て、見覚えのある髪型をしている、人。その形を、その色を、認識するにつれて、「まさか」という感情が湧き上がる。でもそんな、あり得ない。「ご無事ですか?」頭上から声がかかる。後姿の人物から、真志に対してかけられた声だった。どこか聞き覚えのある、女の子の声だった。真志はその顔を見上げる。「―――…!!」それを見て驚愕する真志。何故ならそれは――――「もう大丈夫です。」真志が好きな、キャラクターの女の子であった。鬼からの攻撃を、その手に持った刀で受け止めながら、振り返りつつ真志に微笑みかけていた。そして、真志の無事を確認すると、今度は鬼に向き直る。「真志様を傷つけることは、この私が許しません。」そう言うと、刀ごと鬼の左腕を振り払い、そのままの動作で鬼へと刀を突き刺す。咄嗟にそれを防ごうと鬼は再び左手を構えるが、剣はそのまま左手を貫いた後、鬼の喉元をも貫通した。鬼が少しもがいたが、女の子は構わず、突き刺した刀を思い切り横に引いた。それにより、鬼の左手と、首が、抉れるように切り裂かれる。直後、鬼の首から大量の血が噴射された。周辺を自らの血の赤で染め上げると、鬼はやがて力なく項垂れ、その場に崩れ落ちた。女の子は鬼が霧散し始めたことを確認した後、付着した血を振り飛ばして、刀を鞘に納めると、真志へと向き直り、しゃがみ込んだ。「真志様、大丈夫ですか!?」「…えっ…、と…?」目の前の状況が呑み込めずに混乱する真志。目の前に、推しがいる。推しが、動いて喋っている。しかも自分の名前を呼んでいる。毘沙門天と初めて会った時よりも緊張していた。「…驚いたな…。」遅れて到着した毘沙門天が、女の子を見ながら唖然とする。―――推しが、二人…俺の推しが…。と、目の前の状況にぐるぐると混乱する真志。「…お前、九十九神か…?」その毘沙門天の発言で、急に平静を取り戻す真志。バッと推し(仮)の顔を見る。「初めまして、…になりましょうか、毘沙門天様。―――…そうです、仰る通り、私はこの―――真志様が大事に扱われていた、フィギュアなるものの九十九神でございます。」そう言って彼女が手にするは、真志がいつもこっそりとカバンに忍ばせていた小さなフィギュアだった。「うおわあああッ!!」咄嗟にそれを奪い取って隠す真志。「…お前、それ学校にまで持っていってたのか…。」呆れたように毘沙門天が言うと、「うっ、うるせぇな!!」と顔を真っ赤にして怒鳴る。声に誘われたように、阿形が物陰から現れた。その顔はどこか恨めしそうだ。「あっ、阿形!!無事だったんだな!!ほんとさっきはありがとう!!てかマジでごめん!!なんか状況が色々掴めなくて―――!!」あれこれと真志が阿形に言い訳を並べている間に、毘沙門天は推しの子に話しかける。「…真志がお前をいつから所持していたか知らないが、九十九神は少なくとも何十年かけてようやく"為る"筈だろう。…随分と早いもんだな。」「はい…。真志様が私を手にしたのは11年ほど前でしょうか。幼少期の真志様が、私をご両親に買っていただいて、とても嬉しそうにしていたのをよく覚えています。…真志様の、長年かけた彼女様への想いの強さと、真志様自身の強い力、そして―――毘沙門天様の絶大な力に充てられて、魂の成長が早まったのかと思います。」「…力の制御が出来なかったことが、こうも影響するとはな…。…しかも、人型で具現化して、別の存在として動けるなんて聞いたことがない。」「…あとは先ほどの鬼―――…。真志様の命の危機に対して沸き上がった、私自身の『真志様を助けたい』という気持ちと、真志様の深層にある危機察知能力と言いましょうか…防衛本能といいましょうか、それが合わさった結果、というのもあるかもしれません。…きっと、色んな要因が重なったからでしょうね。」彼女の力を目の当たりにした毘沙門天。…鬼をあっさり斬り捨てられるほどの力…。真志の潜在能力としての力が、彼女にそのまま戦闘力として引き継がれているのか…?阿形や吽形といい、使役に特化した力の使い方が得意なようだ。…だとしたら、こいつはどれだけ―――…。「?」黙って二人の話を聞いていた真志は、毘沙門天の視線を受けて戸惑う。―――…いや、今はいいか。毘沙門天は気を取り直すと、再び女の子へと向き直った。「…こんなことを言ってはなんだが、お前が来てくれて助かる。」「いいえ。本望でございます。…近頃のこの辺りの空気は私も感じておりましたから。私にも何かできれば…と、ずっとやきもきしておりました。ともかくこれで、毘沙門天様も町の守りへと集中出来ますでしょう。」町を調査し、守りつつ、神社や真志のことも気にかけねばならない状況というのは、狛虎や味方の妖怪達がいるとはいえ、一人では厳しかった。「…あぁ。真志のことは任せたぞ。」「はい。」「とはいえ、何かあればすぐに呼べ。」「わかりました。」「真志、」真志に呼びかける。「ともかく―――無事でよかった。」「!」先ほど、自分のために必死に駆けつけてくれた毘沙門天の様子を思い出す。「…ありがとな、助けに来てくれて。」「…この子がいなけりゃ、間に合ってなかったけどな。」「はは、まあそうだけど。…本当に、ありがとな。」「いえ!当然のことをしたまでです!」そうして二人で笑い合う。「…まぁあとは二人でゆっくりと話せ。積もる話もあるだろう。」そう言って背中を向けて歩き出した毘沙門天。「…また行くのか?」「『異所通道』を発見したという情報があった。」「!」「お前らは学校に行け。こっちは大丈夫だ。」そう言って手を振りながら、立ち去る毘沙門天。そんなに大変な時にわざわざ助けに来てくれたのか、とその背中を見ながらぐっと手を握り締める真志だった。
――――「そういえば、お前のことはなんて呼んだらいいんだ?」九十九神と二人で話しながら、学校への道を歩く真志。鬼から逃げ惑っている内に、遠くの方まで来てしまっていた。「そうですねー…。」真志の問いかけに、顎に手を当てながらうーんと悩む九十九神。「元の彼女様のお名前が 『まりあ』 なので… 『付喪神』 である私と合わせて…――――『まりも』 ではいかがでしょうかっ!!」そう言ってナイスアイデア!と言った風に満足気な笑顔を咲かせる。「いいのかそれで…。」俺は別にいいけど、と付け加える。九十九神は、真志の推しのキャラクターと同じ顔をしているが、性格は似ても似つかなかった。だがそのおかげで完全に別人だと割り切ることができた。それならば、確かに名前も別の方がいいだろうと思う真志。「まぁどうせ学校じゃあ俺しか見えないだろうしな…。―――…わかった。これからは『まりも』って呼ぶよ。改めてよろしくな、まりも。」真志がそう言うと、"まりも"は嬉しそうに笑った。「はいっ!」「…ところで、"様"呼びはやめないか…?」「えぇっ!でも私、ずっと『真志様』って呼んでたんですよ!今更変えられません!それに、私はあくまで真志様の従者、真志様は主人です!」「いつから俺は主人になったんだ!?」「ずっとですよ!私が九十九神として宿った、その時からずっとです。」そう言って、空を見上げながら遠い目をするまりも。それを見ながら、真志はふと気になった。「…まりもは、いつから九十九神になったんだ?」真志に問われ、まりもは再びうーんと考えながら過去の記憶を掘り起こす。「…自我を持つようになったのは、4年前からでしょうか。その時に己が九十九神となっていたことを認識しました。…ですが、過去を振り返ると、真志様と出会った11年前からその記憶自体はあったのです。…不思議ですよね。」「そうだったのか…。」よく、『物には魂が宿る』というが本当だということだろうか。ただの『魂』と『九十九神』の違いとは、その自我の有無ということだろうか。「…てことはずっと…。」真志は、まりもが宿るフィギュアを、ほぼ携帯していた。家では自分の部屋に飾り、外に出る時はカバンに忍ばせていた。「はいっ!真志様のことは、ずっと傍で見てきました!」その発言に頭を抱える真志。「どうしたんですか?」「いや…。」自分が変なことを言ってたりしなかったか不安に思う真志。そして、「…俺も流石にこの年齢になって恥ずかしいとは思ってるんだが…フィギュアを持ち歩いてる男子高校生なんてさ…。」「?そうですか?私は、大事にしていただいて嬉しかったですよ!」「!」自分が所持する"物"に言ってもらえる言葉としては、最上級のものだった。「…それに私は、真志様の『まりあ』に対する気持ちを知っています。」「…え?」「思いが、伝わるんです。"私"を手にしている時の真志様の想いが。それは―――『憧れ』とか『勇気』とか、『励まし』とか、そういった前向きな感情が多かったです。」「…!」「…例えば、そう…。…お守りのような。」まりもの発言に少し俯き、思い出すように呟く真志。「…子供の頃から見てたアニメのキャラクターだったんだ、まりあは。まぁ簡単に言っちゃえば、世界を救うために、悪い奴らと戦うって話だったんだけど…。マリアは主人公側の剣士で、強くて、真面目で、真っ直ぐで、優しくて…―――いつも一生懸命に頑張る女の子だった。"かっこいいな"と思ってたんだ。あぁ俺もこうなりたいなって憧れてたんだな。…まぁ、それに、…その……可愛いし。」「そうですよね。そういう感情も身に感じてました。」「!?」バッと振り返り何か言おうとした真志だったが、何をどう言っても言い訳にしかならなそうだったのと、まりもに馬鹿にする意図はなく、単純に事実だけを述べたのだろうと察して、諦める。「…昔、ガキの頃、俺気が弱かったし、…ほら、昔から妖怪とか見えてたから…人とは違うってことでも少し悩んでたりしてさ…。俺を妖怪が見える『嘘つき』だとか馬鹿にしてた男子共を、小百合が我慢できずに怒ってくれてさ。今度は小百合がちょっかいだされるようになって…。…そんな時に、"まりあだったらこんな時こうするんだろうな"って思って、真似したのがきっかけだったな。フィギュアを持っていれば、まりあが勇気をくれる気がしてさ。その後も、不安なこととか心配なこと、怖いことがあった時とか、まりあを真似して頑張って踏み出してみたら、乗り越えられたんだ。…初めての妖怪退治の時とかもそうだった。そうしたら段々と、『俺もやればできるんだ』って思うようになって…。そういうことが積み重なって、今の俺がある。…だから、確かにお前の言うように、俺にとってお前はお守りなんだ。」そう言ってカバンの中のフィギュアの存在を感じる。「…もしかしたら、これまでもお前が無意識のうちに助けてくれてたのかもな――――…なんて…。」そう言いながら、真剣に話を聞くまりもを見て、はっと我に返る真志。「…なんか恥ずかしいな…。」耳を赤くしてふいと顔を反らす。「…恥ずかしいことなんてないです。」その言葉に、再びまりもへ視線を戻す真志。「勇気を出すきっかけは、人それぞれです。その手段や道筋がどうであれ、『自分から前に進もう』という選択をしたこと自体が素敵なことで、褒められるべきことだと私は思います。…そして私は、真志様のそういう人柄に惹かれました。」「まりも…。」「…私としては、そのきっかけが私自身ということ自体が、喜ばしいですけどね。」そう言って微笑む。「…でも、まりあだけじゃないですよね。」「え?」「真志様の中には、もう一人いらっしゃる筈です。」「!…そんなこともわかるのか。」「はい。一応、『神様』ですから。」そう言って得意げにえっへんと言うまりもに、笑う真志。「―――…毘沙門天は『神様』だし、『最強』の『大人』で…――――憧れであるのは間違いなかったけど、俺にとっては遠い存在だった。マリアは、『人』で『子ども』で、等身大の強さを持つ女の子だったからさ。…でも毘沙門天は、この前初めて会って…こんな身近な存在だったんだなってわかったよ。人間味があって、俺達人間のことを想ってくれてて、…優しい奴なんだなって。それから、…あぁ、やっぱり"かっこいいな"と思った。…会ってみて、再確認したよ。―――…二人とも、間違いなく俺の"推し"だ。」柔和に笑った後、表情を切り替えると、真剣な眼差しでまりもを見つめる真志。「…俺、毘沙門天の力になりたいんだ。あいつみたいに、俺ももっと強くなりたい。」「…私にできることであれば、勿論ご協力します。」真志の決意に、まりもも力強い笑みを返すのだった。