その後も、まりもと積もる話をしながら歩いていたら、学校に着いたのはもうお昼頃だった。遅れて到着した真志を友人たちが出迎える。「なんだよサボりか?」「それとも寝坊か?」「まぁそんな感じだ。」挨拶もそぞろに席に着くと、昨日の友人達が近づいてきた。その手にはスマホが。…あぁ、なんかこのパターン覚えがあるな、と真志は毘沙門天と初めて会った日のことを思い出していた。興奮気味に友人がその画面を見せて来る。「なぁこれ、お前の親戚の姉ちゃんじゃね!?」「!?」毘沙門天が戦っている様子を納めた動画が、ネットニュースに取り上げられていた。それを見て、何故だか無性に恥ずかしくなる真志。着物の大人の女性が、槍やら刀を手に戦う様子は、動画として見てしまうと、どうしても撮影やらCGにしか思えない。普通の人であれば、こんなのありえない、とでも一蹴するところだろうが…。「つーかさ、―――やっぱりあの人、毘沙門天って神様なのか?」友人が、若干小声になりながらそう言った。昨日の光景を目の当たりにした彼は、この動画の内容が事実であることを理解していた。そのこと自体は嬉しかったのだが―――「(…あぁそっか。普通の奴は『毘沙門天』がどういう神様なのか知らねぇのか…。)」女であること自体は特に疑わないんだな…と、そこはオタクとしては若干気になるところではあった。真志は、説明しようと口を開く。「…そうなんだよ、実は…」「昨日の、めちゃくちゃかっこよかったんだよな…。」「は?」友人の顔を見ると、昨日の出来事を思い出しているのか、恍惚とした表情を浮かべていた。「戦い慣れしてる感じが。しかも、あの妖怪相手に全然動じてなかったし。懐もでかかった。」―――昨日の夜。事態が解決した後、毘沙門天相手に何度も頭を下げてお礼を伝えていた友人3人。毘沙門天は「夜も遅い。さっさと帰れ。」とだけ言って、しっしっと3人を追い返したのだった。―――思い出すように目を閉じながら、友人はうんうんと頷く。そしてもう一人の友人も同じように、頷きながら近づいてきた。「あの気の強そうな感じが、また良い…。」どうやらこちらは歳上好きセンサーに引っかかってしまったようだ。その顔は少し赤らんでいる。「…つーかお前らそういう反応?もっとねぇの、いろいろ?」真志の呆れた様子に、友達二人が顔を見合わせた。「…まぁ、なんだ。あんなもん見せられちまったら逆に冷静になるっつーか…。こんな動画も出てるし。」「…見間違いとか、夢じゃなかったんだなってなってさ。"そういうもんなんだな"って思うしかない。」「…まぁ、それはそうだな…。」否応なしに現実を突きつけられ、受け入れざるを得ない状況、といったところか。「いや、しかしすげぇな神社の息子。まさか本物の神様呼び出すとは。」「いや…呼び出したわけじゃなくて…。」勝手にきたっつーか…とも思ったが、そこはややこしいので割愛した。あぁそうだ、と友人が突然真志に向き直る。「ごめん、大事なこと言い忘れた。…ああいう存在とかあんまり信じてなかったのもあって、面白半分であんなことしたけど、…反省したよ。…お前の忠告も、ちゃんと聞かなくて悪かった。…ああいうのが昔から見えてて、神様がいて、…って環境だったなら、そりゃ警告するよな。俺達のことを想って言ってくれてたのに、…悪かった。」真志は一瞬驚いた表情をするが、表情を緩めるとふっと笑った。「…いいんだよ、別に。無事でよかったよ。」「…ありがとな、いろいろと。…本当に。」「…あぁ、」「今度、毘沙門天サマにも改めてお礼言いに行くよ。」「そうしてやってくれ。多分喜ぶぜ。」そう言って笑い合うと、再び動画を見る友人。「…でも、なんか大変そうだよな。」傍らでそれを見ながら、真志も眉間に皺を寄せる。「…あぁ。」「…もしかして、お前が今日遅れたのも――――」友達が言いかけた時、誰かが近づいてきた。「真志君、大丈夫…?」その声の主は、小百合だった。どうやら彼女も動画を見たようだ。友人達と同様に、真志が学校を遅刻したのは妖怪が原因だったのでは、と心配していた。「…無事でよかった。」真志の顔を見て、ほっと胸を撫でおろす小百合。友達は空気を読んで「また後でな。」と言ってその場を退散した。「あっ…、ごめんね、話し中だったのに…。」「いや、全然。」「…スマホで連絡しても全然既読つかなかったから、心配しちゃって…。」「え…?あぁ、ごめん!!」慌ててスマホを確認すると、確かに何件か通知が来ていた。「…悪かったよ。」「ううん。大丈夫だったならいいの。…毘沙門天さんは、大丈夫?」「あいつも平気だ。…まぁちょっと、いろいろあって…。」「えっ!?あれっ!?」小百合が突然、驚いたように真志の背後を見る。「え?」振り返ると、そこには驚いたような顔をしたまりもが立っていた。
――――場所を移した3人は、屋上で会話をしていた。柵に寄りかかりながら、昨日から今日にかけての一連の出来事を説明していると、チャイムが鳴った。「…おい、良かったのかよ?」小百合は優等生で名が知れていた。このままでは授業がサボりだ。「大事な話だもん!」まぁどうせ道徳の授業だしいいか…と、真志の方はサボる気満々だった。「…でも、そんなことがあったなんて…。結構大変なことになってたんだね…。」「…それもそうだが、俺はまりもが見えるお前にびっくりだよ。」クラスの連中はまりもが見えていなかったし、小百合も、昔から妖怪達が見えていなかったはずだ。「…毘沙門天さんと会ってからかな、なんだか私にも見えるようになって…。」「なんだよ!そうならそうと言えよ!」「…えへへ、ごめんね。見間違いとか、幻覚じゃないかなーとか思ってたから…。」「…まぁ、普通はそう思うよな…。」もしかしたらこれも、毘沙門天の力の影響なのか…?と真志が考えていた時だ。突如として、阿形がその場に現れる。「!?」真志と小百合が驚いていると、阿形は小百合の元へと近づいていく。「えっ、えっ!?虎さん!?」小百合が戸惑っている間にも、歩きながら距離を詰める形。そして―――小百合の手に、通り過ぎざまに頭を擦り付けた。「!?」二人が困惑している間にも、阿形は方向転換しながら更に体を小百合に擦り付ける。そしてその場にごろりと寝転ぶと、小百合にお腹を見せつけた。「こいつ…!」幼いころから真志と共にいた阿形は、当然、小百合のこともよく知っていた。真志は、小百合が傍にいる時、阿形がどこか甘えたそうにしているのを、何度も目にしてきた。阿形からしたら「ようやく」といったところなのだろう。「えへへ…かわいい~~♡」相手が虎であるにもかかわらず、自分に甘えてきているのだと理解すると、小百合はその場にしゃがみ込み、とろけたような顔で頭や体を撫でてやった。阿形はゴロゴロとのどを鳴らす。「お前…。」真志が呆れたように見下ろすが、阿形は気にも留めない。「この子は?」小百合の問いに、真志が答える。「…あぁ、『狛虎』だ。俺の神社の、…まぁ守り神みたいなもんだ。ずっと昔から俺と一緒にいてくれた。こいつが阿形で、もう一人、似た奴で吽形っていうのもいる。」「狛虎って、神社にいる、あの…!?―――…そうだったんだぁ。…ずっと傍にいたんだね。」そう言って優しい笑顔でよしよしと撫でてやると、阿形は嬉しそうに目を細めて身を捩った。―――…受け入れるのが早すぎる、と真志は毘沙門天の時にも想ったことを改めて感じた。…小百合…こいつ、意外と大物かもしれない。「ふふ、ずっと見てきたから、私もわかりますよ。小百合さん、優しくて良い人だから甘えたくなっちゃうんですよね。」「…まぁ、小百合に見えるようになって嬉しいんだろうな…。」「えっ?まりもちゃん、…だっけ。あなたも私のこと知ってたの?」「勿論ですよ!真志様の傍にいれば、小百合さんのことも自ずとわかってきますから!」そうして今度は、まりもが小百合に昔の話などをし出す。段々と盛り上がっていき、「あんなことやこんなこともありましたよね!」「あぁ、確かにあったー!」などと思い出話に花を咲かせ始めた。阿形を取り囲みながら、きゃっきゃと楽しそうに仲睦まじく話す二人の様子を見ながら、一人取り残されているような気になる真志。「…あれ?なんか二人とも…俺より先に仲良くなってないか?」まりもと小百合も、清楚で良い子同士、どうやらすぐに意気投合したようだ。「ほんと女子はそういうの早いよな…。」ため息をつきながらも、二人の様子を眺めて、真志は嬉しそうな表情を浮かべるのだった。
――――まりもと阿形が戯れているのを眺めながら、真志と小百合は並んで空を眺める。「…私、真志くんと同じものが見えるようになって良かった。」「!」「…ずっと、真志くんが置かれてる状況とか、…真志君の気持ちとか、わかってあげられなかったことが辛くて…。」「小百合…。」「…今までごめんね。」申し訳なさそうに謝る小百合に、「…何言ってんだよ。」と言って笑う真志。「お前はずっと、わかろうとしてくれたよ。…それだけで、俺は十分嬉しかったよ。」「!―――…真志くん…。」そうして二人で笑い合った。「…それにしても、毘沙門天さんのこと、心配だね…。」「…あぁ。」「私達にも、何か出来ることないのかな…。」小百合の発言に、真志は何か考えるように空を見上げた。
「ここか…。」毘沙門天は、猫又や妖怪達に連れられて、『穴』の場所へと案内された。廃墟となったビルの中にそれはあった。「なるほど確かに…これじゃあ察知できねえ筈だ。」周辺には強力な妖怪が配置され、呪物が置いてあったりと、ここの気配が紛れるよう幾重にも細工がされていた。勿論それらも、既に毘沙門天によって掃討済みだ。「全く小賢しいな…。」「あぁ。どこの誰がこんな面倒なことを…。―――ともかくだ。まずはこれを塞がなきゃならねぇ。」「あぁ。結界を張る必要がある。」「…お前の神社の神主に頼むのは駄目なのか?」「聞いてはみたが、小さな神社だからな。そういうのはやったことが無いと言っていた。」「…そうか…。このあたりには他に神社とか寺もねぇしな…。昔にあった神社も、……今はなくなっちまったし…。」猫又のその発言が気がかりだったが、それよりもと、毘沙門天は自宅から持参した、大きな袋状の鞄を肩から下ろした。「…さっきから気になってたんだが、なんだそれ?」「借りられるもんは借りてきた。…私も専門じゃないから、見よう見真似だがな。」そう言って鞄の中から、神社から拝借してきたのだろう、札や数珠、しめ縄、筆等を取り出した。―――穴の周囲にしめ縄を張り巡らせ、何事かを筆で記した札を張る。「…まぁ、多分…こんな感じだろう。」「…おいおい、本当に大丈夫か?」毘沙門天の曖昧な発言に不安になる猫又。「かなり昔だが…一応、梵天に教えてもらった正式なやり方だから大丈夫な筈だ。…だが、あくまで『仮』で塞いだだけに過ぎない。本当に簡易な結界だ。完全に塞ぐには、正式に結界を張るか、天上のものがあればなんとか出来るんだが…。…ともかく、あいつらがさっさと早く着いてくれりゃな。」「七福神様なら塞げるのか?」「布袋なら結界を張れる。」「そうか…。」「…そもそも、今まではどうしてたんだ?…見たところ、この辺りは妖怪が好む空気だし、『穴』も比較的開きやすい地域に感じるが。」毘沙門天の問いに、猫又と妖怪達は暗い表情を浮かべる。「…昔は、この町にも『守り神』がいたんだ。」「…地主神か。」地主神とは、その土地を守護する神のことをいう。「…"昔は"――――…ってことは、今はいないのか。」当然、いればこの現状をもっと早くどうにかしていた筈だ。毘沙門天の問いに、小さな妖怪が近づいてきて言う。「怒ってどっか行っちゃったの。」「…その神を怒らせるような何かがあったってことか?」その問いかけに、妖怪同士目を合わせる。理由を知らないのか、それとも彼らの口からは言いづらいだけなのか。「…ぬらりひょんなら知ってるぜ。」猫又が口を開く。「…ぬらりひょんだと?」「あぁ。…ちょうどいいな、今ぐらいの時間だったらあそこにいる筈だ。行ってみるといい。…お前にだったら、話してくれるだろうよ。」そう言って猫又は、ぬらりひょんがいるという場所を教えてくれた。
――――「あんたがぬらりひょんだな。」山の中腹―――山道から外れて暫く歩いた先の崖の上―――その大きな岩の上に、ぬらりひょんという妖怪はいた。小さな体に大きな頭の、伝承の通りの容姿だ。ぬらりひょんはゆっくりと振り返る。その顔は見るからに頑固な老人、と言えるほど強面で渋い。「…ようやくおいでなすったな。」まるで待っていたかのように呟く。まぁあれだけあちこちで騒ぎを起こせば気づきもするか、とその時は特に気にしなかった。だが、ぬらりひょんの次の言葉で、その発言の真の意味を知る。「俺のことは覚えちゃねえかい。」「!」過去に会ったことがある物言いだった。正直なところ、初手その顔を見た際に、『どこかで会ったことがある気がする』という感覚があったものの、確証が持てなかった。「…すまない。何せ1200年も各地を回っているから――――」そこまで言ってはっと気づく。「…待て。お前に会ったことがある…ということは、私は以前もここに…?」毘沙門天が問いかけると、ぬらりひょんはふっと笑った。「あぁ。…なんなら、一緒に『穴』も塞いだぜ。」そう言ってぬらりひょんは、毘沙門天に向けていた体を元の位置に戻す。それにつられるように、毘沙門天は歩みを進めると、その横に並んで町を見下ろした。―――『穴』を、"一緒に"塞いだ…。言われてみれば、この場所から見える地形には少しだが見覚えがある気がした。その時、毘沙門天の古い記憶がうすらぼんやりとだが、呼び起こされる。「…!」そこから芋づる式に、かつての記憶が頭の中を駆け巡った。咄嗟にぬらりひょんの顔を見る。「…お前、あの時の…!!」およそ1000年前。七福神一行は、『穴』や妖怪達の気配を察して、確かにこの地を訪れていた。そして、ぬらりひょんや他の妖怪達と共に、妖怪退治や『穴』の封鎖に尽力していたのだった。「…はっ、流石の毘沙門天様だな。1200年の記憶からよくも思い出すもんだ。」自分から持ち掛けておいて何だが、まさか思い出すとは思っていなかった様子のぬらりひょん。毘沙門天のその脅威の記憶力に思わず笑ってしまうのだった。
――――大岩の上に座るよう促された毘沙門天は、ぬらりひょんの隣に腰をかけて町を見下ろす。「…全く気付かなかったな…。」「当時から随分と変わっちまったからな。無理もねぇ。」「…あぁ。あんたに言われなければ、二度と思い出せなかっただろうな。」この辺りはかつて、山間で森ばかりが広がる静かな田舎地帯だった。だが今では、山は切り開かれ、木々は伐採され、土地は均さられ、ビル群が立ち並び―――随分と開拓されてしまった。視界に入る景色のうち、かつて山だった場所の4割ほどが、今は人の居住地へと変わってしまっている。元々村があった場所も近代的な建物に取って代わられ、すっかり様変わりしてしまっていた。嘗ての面影は、ほぼ見る影もない。「お前さん達がこの辺りを通りがかったのも、『何かの縁』だな。」「…そのようだな。」そう言って毘沙門天はふっと笑った。そして当時のことを思い出す。「確かあの時も『穴』が開いていて、あんたらと一緒にそれを塞いだんだったか。」「あぁ。…この辺りは、『穴』が空きやすいからな。」そして、記憶を掘り起こすように、顎に手を当てながら考える。「…確か、その時に『狐』もいた筈だな…。」毘沙門天の発言にぬらりひょんがぴくりと反応する。「…あの一件があって、それ以降はそいつがこの土地を守るようになったんじゃなかったか?」先ほどの妖怪達の言う『守り神』がそうなのだろうと確信する。だがそれは同時に、七福神達が去った後の1000年の間で、"神がいなくなった"、"神を怒らせた" 理由に繋がる何かが、事実起こったことを意味していた。「…それがな…。」ぬらりひょんが重い口を開く。「初めこそ人間どもは"奴"を祀り、それはそれは大切にしていたんだが…。」村は過疎化が進み、次第にこの土地を離れていく者が増えていった。人口の流出とともに、守り神にまつわる歴史を知る者も減っていき、村はゆっくりと衰退していった。更に近年、土地の有効活用にと目を付けられ、開発の手が伸びる。山が削られ、住宅地が整備され、やがて"町"が形成された。その最中に神社も取り壊されてしまい、今ではビルの屋上に設けられた小さな社として、ひっそりと祀られているという。それを聞いて、はっとする毘沙門天。「…あぁ、そうか…。」確かにと、その狐を祀っていた神社のあった場所へ視線を向ける。かつての山は切り開かれ、今ではすっかり住宅地へと変わり果てていた。おそらくそのどこかのビルの屋上に、彼の小さな住処があるのだろう。それを知って、どこかやるせない気持ちになる。「ここ100年くらいの話だ。…それまでなんとか頑張ってはいたんだがな。神社が取り壊されちまったことで、奴の中で何かがぷつんと切れちまったんだろう。」なるほどそういう経緯であれば、彼が今この町で起こっていることに一切関与しないのも頷けた。「お陰で奴は、すっかりへそを曲げちまった。人間に対して愛想をつかしちまったんだな。俺の言うことも一切聞かねぇようになった。今やどこにいるかもわからねぇ。」「…お前はどうなんだ。」「…俺も…もう疲れちまったよ。」彼がいない間、もしかするとこのぬらりひょんはじめ、嘗ていたという妖怪達がなんとか頑張ってきたのかもしれない。「…今のあいつらには悪いがな。」それはきっと、猫又達比較的若い妖怪達を指しているのだろう。それに対して、毘沙門天は何も言うことが出来なかった。
――――「…ともかく、『狐』を探してみる。」ぬらりひょんに見送られながら、毘沙門天はその場を後にしようとしていた。「ちなみにだがな、」そんな毘沙門天をぬらりひょんが引き留める。呼びかけられ、毘沙門天も振り返る。「お前さんは、あの少年を知っているぜ。」"あの少年"とは、真志のことを指していた。「…なんだと?」「正確には、『少年だった奴を』だがな。」「…!!」「お前さんにはまだ、思い出していないことがあるぜ。」そう言うとぬらりひょんは、大岩から飛び降りるようにしてそのまま姿を消した。毘沙門天はその後もしばらく、呆然と立ち尽くしていた。
夕方、真志が家に帰るのと同時刻に毘沙門天が帰宅してきた。「毘沙門天!その後大丈夫だったか?」「あぁ。」二人で廊下を歩きながら居間へと向かう。『大丈夫』とは言いつつも、どこか表情が晴れない様子の毘沙門天。不思議に思う真志だが、毘沙門天の方からその理由を持ち掛けてこないことを察すると、先に自分から用件を話すことにした。「そういえば、小百合が心配してたぜ。なんか今日は用事があるからこっちに寄れなかったみたいだけど。…っていうのもさ、」そう言ってスマホを取り出して操作しようとした時だった。居間に辿り着くと、テレビのニュースにとある映像が流れていた。そこには、顔にモザイクがかかった毘沙門天が、妖怪と戦っている様子が映し出されていた。「あら、これ…毘沙門天様…ですか?」テレビを見ていた母親が『おかえり』どころではないと、振り返って問いかけた。「…そのようだな…。」何とも言えない表情をする毘沙門天。「…だからさっきやたらと民に見られていたわけか。」テレビの中では、何人かの証言者が『アレは本物だった!嘘じゃない!』と興奮気味に話している様子が流れている。「あまり目立つのは…。…だがこれを見て、あいつらが気づいてくれればいいんだがな。」「あ。そっか、確かにそうだな。」七福神達の元にもこの映像が届くことを祈った。
――――母親は夕食の準備をしに台所へ。毘沙門天は真志に、今日判明した内容を説明していた。「…そうか…。取り敢えず『穴』ってのが見つかったのは良かったな。」「一先ずはな。現状、仮で塞いだだけだが。」「…それで結局、その"狐"ってやつは見つからなかったのか?」「あぁ。」毘沙門天はぬらりひょんと別れた後、残党処理をしながら、猫又達妖怪と共に街中を探し回った。だが、何一つ情報を得ることができなかった。「…なんか、その狐可哀相だな…。俺達人間のために頑張ってきてくれたんだろうにさ。」「…」「…なんか、俺も気になるから探してみようかな、明日。」そう言いながら真志はちらりと毘沙門天の表情を伺う。やはりどこか上の空の毘沙門天は、視線を落として何やら考え事をしている。そして少しの間の後、ぽつりと答えた。「…そうだな。」意外にも真志の提案を断ることはしなかった。それに真志は面を食らう。「…珍しく止めねえんだな。」いつもだったら、『学業を優先しろ』だの『危険だからダメだ』などと言うのに。その指摘に、ようやく毘沙門天が顔を上げ、真志と視線をぶつけた。「お前が探した方がいいかもしれない。」「え?」じっと見つめる毘沙門天の様子は、真面目そのものだった。「…やっぱり、『地元の守り神』だからか?」人に愛想をつかして姿を消した神。ならば信頼を取り戻し、説得するのであれば人間の方が適任だろうという考えからか。「それもある。」それも?と真志が疑問に思い、問おうとしたが、続く毘沙門天の言葉に遮られる。「…ところでだ、真志。」話は変わるが、と真剣なまなざしで真志を見つめる。「お前に話しておきたいことがある。…夕食の後、時間を貰えるか。」「!」真志がそれを断る理由は無かった。
時は遡り、昼過ぎ――――閑静な住宅街が広がる町中で、人々に毘沙門天の行方を尋ねて回る七福神達の姿があった。「黒髪で長髪の…着物を着てて、背が高くて!あと目つきが悪い女の人なんですけど!」だが、いくら探し回っても、有力な情報は得られなかった。「あんなに目立つ見た目してるのに、こんな見つからないことある~~!?」6人は公園の休憩スペースに集まり、捜索状況の報告をし合っていた。弁財天がベンチに座りながら、手足を投げ出すようにして伸びをする。「本当にこの辺りなのかな…。」「…でも、布袋が教えてもらった住所はこの町なのよね?」「はい…。間違いは無いと思うんですけど…。」その言葉に、大黒天が珍しく口を閉じている。そんな中、恵比寿が一つの提案をする。「取り敢えずちょっと休憩しない?」「あっ!私ねー、さっき気になったお店があって…。」「私も私も!」「…貴様ら…。」ランチをどこにするかで盛り上がる面々に、寿老人が呆れたようにため息をつく。「えー!だって、久々の地上で大分体力も使ったし…。」「実際問題、流石の私達も食事して栄養補給しないともたないと思うよ。」体力が無くなっては捜索も何もない。突然妖怪に襲われる可能性もあり得る。そして―――…。寿老人はちらりと様子を伺うように、一番の食いしん坊である布袋を見る。「…」布袋のその顔は、何事かを耐えているかのような様子だった。お腹が空いて、すぐにでも何かを口にしたいが、一刻も早く毘沙門天を見つけなければ―――という葛藤がにじみ出ていた。黙っていたが、実はかなり我慢をしていたようだ。他のメンバーにはその配慮もあるのだろう。「…わかったわかった。」それを見てお手上げだ、とばかりの寿老人。「…すぐに食べて出るぞ。そうしたらまた捜索だ。」「やったー!!」
――――「お、美味しい~~~!!♡♡」「これが今どきの民の食べ物か〜!」「おいひぃれす…!こんな…こんなに…っ!」「布袋が感激のあまり泣いてる。」どこで食べるか揉めた末に、結局定食屋で食べることになった七福神達一行。それぞれが食べたい気分で料理を選べるほど、メニューが豊富だ。和食も洋食も中華も揃っており、まさに町の定食屋さん、と言ったお店だった。「まぁまぁだね。」「大黒厳しい~!」「まぁ大黒の腕からしたらね…。」「なかなか美味だな…。」「寿―ちゃんの一口ちょーだい♡」「あっ!私も~!」「あっ、こらそんなに…!ならそっちも一口寄越せ!」「私は…民の料理の進化に感服致しました…。人々の飽くなき探求心は、やはり技術の向上に繋がるのですね…。そして、この150年…この味を口にすることが出来なかったことを、今とても後悔しています…!!」「これから取り戻していけばいいじゃん。」「!!流石です、恵比寿…!!」「やっぱり食のことになると人が変わるね、布袋は…。」「でもそこが可愛いのよね~♡」「ギャップってやつ?」食べ物に夢中の七福神達の背後で、テレビのニュース番組に毘沙門天が映し出されいたが、誰も見ることはなかった。