とある小学校で、男性教師が生徒達に対して授業を行っていた。「テレビやネットで見てよく知っているだろうけど、およそ1年半前に、『宇宙統括本部』の『特殊防衛部隊』の人達が地球にやってきた。彼らは遠い宇宙からやってきた、僕たちとは違う惑星に生まれた人類で、宇宙からやってくる有害生物とかの“敵”から、僕たち地球人を守ってくれているんだ。有害生物っていうのは、地球資源や地球人、果ては地球自体を狙って僕たちを襲ってきている生物を指すんだ。地球上で生きる生物達と同じように、自分達が生きるため、種の繁栄のために、彼らは、自分たちの環境に合った星を探し求めて宇宙を彷徨っているんだって。水も空気も無い、真空の宇宙を移動出来るなんてすごいよね。まぁ、宇宙に出られる生物自体は、それほど数は多くないみたいだけどね。」そしてまた別の中学校では、女教師が説明をしていた。「彼女達の話だと、この宇宙には私達の他にも僅かだけど人類が生息していて、他の星で暮らしていたり、宇宙船で宇宙を移動しながら生活したりしているんですって。というのも、生き物が住める環境が整う星自体が稀みたいなの。例えば、星全体が人間には毒にしかならないようなガスが充満していたり、近くの恒星の熱でとても高温だったり、私達には考えられないほどの高速の暴風が降り注いだり…なんてね。」そして大学の老講師が説明をする。「『特殊防衛部隊』の彼らを見てわかるように、地球外の人類は、見た目は私達と似通っているが、遺伝子や生きてきた環境の違いから、肉体構造や体を構成する成分が地球人とは異なっているらしい。とはいえ、同じ“人類”と括れるほどにその共通点は多いことから、もしかすると我々故郷は、古くは同じなのかもしれないな。」遥か太古の昔――――何億年も前に既に高度な文明が存在していて、その時に既に宇宙航行はされていたのかもしれない、という説が唱えられている。そしてまた場面は小学校へと戻る。「そうした体のつくりが違うっていう理由もあって、『宇宙統括本部』の『特殊防衛部隊』の人達は、地球人に比べてとても強いんだ。身体能力も、体の丈夫さも桁違いだ。だから宇宙生物とも生身で戦うことが出来る。そしてとても頭が良い。彼らは僕たちよりも数年先を進んだ文明を持っていて、だからこそ宇宙を船で航行することができるんだ。彼らが持ち込んでくれた技術や知識提供のおかげで、地球の技術レベルも上がってきていて、医療やインフラ、情報技術が発達しつつあるんだよ。」そしてそんな教師の話を、目を輝かせながら聞く小学生男子が一人。「宇宙って、すごいんだ…!」
――――そして数時間後。小学生男子は、道端で高所を見上げながら、再び目を輝かせていた。周囲では彼と同様に、大勢の人々が同じ場所を見つめていた。彼らの視線の先では、複数のビルを跨るように覆いかぶさって纏わりつく、スライムのような巨大な生物がいた。体から出した無数の触手で、周りの建物を破壊していく。そんな中、二人の人影が生物周辺を飛び回っていた。二人は、ある程度状況を確認した後、少し離れたビルの屋上に着地した。その二人とは、ユェルとメルドだった。「随分とでかいな。」「それにこの子の触手、斬っても斬っても多すぎてキリがないわね。一本一本が複雑な動きをするから邪魔で近寄れないし。」「ユェル。」「わかってるわ。」ユェルが何事かを呟く。「“ ”」そしてその直後、敵に向かってユェルが走り出した。それにメルドも続く。ユェルの目の色が変わり、視界が開ける。ぎょろぎょろと周囲を見渡しながら走る中、敵の体の上に飛び乗ると、敵の触手がユェル達に向かってくる。高速で動く多数の触手、全ての動きが見えているかのように、ユェルはそれを次々と避けては斬り落としていく。メルドもそれに続きながら、サポートする。「あそこだわ。」やがて走りながらユェルは一点を指した。そこでは、一段と太さのある触手が生えていた。「この子の動力エネルギー全部があの部分に集中してる。皮膚下7Mくらい下ね。」「そうか。あの触手…邪魔だな。」そう呟いたメルドも、走りながらユェルと同様にある言葉を呟く。「“ ”」二人で素早く目標地点に到達すると、ユェルは辺りを警戒し、メルドは触手を自らの両手で掴んだ。そして一気に触手を引き抜く。すると、ぶちぶちと千切れる音が聞こえたかと思うと、ずるりと内臓のようなものが飛び出し、生物が耳を劈くような悲鳴を上げる。引きちぎられた触手を投げ捨てると、メルドは武器を手にしてその奥へと深く突き刺した。先日のノーディスの時と同様に、スイッチが入ると、剣先がぐんと体内の肉をかき分けながら伸びる。またもや生物は悲痛な叫びをあげる。だが、びちびちばたばたと暴れるだけで、なかなかその命は息絶えようとはしない。「駄目だ。お前のも貸せ。」「わかったわ。」周囲の触手を斬り落としたユェルがメルドに武器を渡す。と、メルドはすぐさま2本目を突き刺した。更に生物は苦しそうな声を上げた。「いい加減くたばれ。」そう言って両手に持った剣を握りこみ、それぞれ別の方向へと掻っ捌いて行く。すると、体をびくりとしならせ、ひと際大きな声を上げてから、生物は急激にその活動を落ち着け、しおしおと弱まっていった。「ようやくか…。」「お疲れ様。結構かかっちゃったわね。まぁ、おかげで避難も出来たんでしょうけど。」やがてぴくりとも動かず、体をだらんと弛緩させて変色したその生物の様子に、周りで見ていた人々も「終わった」ことを察した。思わず「おぉ~…」「すげぇ…」「かっこいい…!」と声を上げるような人もいた。そして例の小学生男子も、更に目を輝かせるのであった。「お姉さん達、かっこいい…!!」
宇宙船基地の憩いスペースで、ソファに座ったノーディスがタブレットで動画を探していた。おすすめに出てくる動画のサムネイルには、似たような文字が並んでいた。『宇宙人達の本当の目的とは!?』『地球を乗っ取るために派遣された!?』『あなた達は彼らを信用しますか?』と言った文章が並んでいる。地球外生命体という脅威から防衛してくれるセイド達に対して感謝や信頼を寄せる人々がいる一方、その存在に対して疑問を呈する人々がいることも事実だった。それを明示しているかのように、ネット上では「Metuber」始め一部のインフルエンサーたちが口々に発現する。『地球人類の基盤に侵入して、何かしでかそうとしてるんじゃないのか?』『宇宙生物も、「奴らが寄越してるんじゃ」、なんて噂もあるからね。』そしてどんどん話は飛躍していく。『奴らはそもそも本当に宇宙人なんでしょうかね?どこかの国の人間が開発した“新人類”なんじゃないか?』『もしかして宇宙生物が擬態して、私達を騙しているのかも。』『彼らを信用しちゃいけない。我々は自分達で自分の身を守らないと!』
動画に飽きたのだろうノーディスは、今度はリモコンを手にしてテレビを点ける。ニュースでは宇宙特集が組まれていた。専門家が何やら主張をしているところだった。『確かに彼らの協力によって、我々は多くの課題を解決しつつあります。科学技術は飛躍的に進歩し、医療やエネルギー、インフラの面でも恩恵を受けているのは事実です。しかし一方で、こうした急速な進展を全面的に委ねてよいのかという懸念も存在します。彼らの真意がどこにあるのか、資源の確保や社会基盤への浸透、あるいは人類としての主導権をいかにすべきか…。彼らを全面的に拒む必要はありませんが、無条件に信じるのもまた危うい。利点を享受しつつも、常に検証と監視を続ける姿勢が不可欠だと言えるでしょう。』ノーディスは興味がなさそうに欠伸をして、チャンネルを回していく。ファッションの話題や、美容の話題、スポーツの話題、等様々切り替わるが、どれも興味を持てない様子だった。「地球人ってよくわからないものに興味持つわねー…。やっぱり文化が違うわ。食べ物とかはまだわかるけど。」すると、最後に回したチャンネルでは動物特集が組まれていた。「…」そこには可愛い犬や猫の動画が映し出されていた。「…まぁ、これは、わかるわね…。」そしてその愛らしさを食い入るように見つめていると、廊下の奥からホウリィがやってきた。「あれ?今日セイドは?」「んー?確か、地球人の偉い人達の集まりに呼ばれてたんじゃなかった?」その言葉に眉を下げるホウリィ。「そう…大変ね…。」「今日はムエラが一緒の筈よ。」「それならまだ良かったけど。――――あら、それは?」「ふふ、見てみなさいよ。可愛いでしょ。」「ほんと。地球の生物は可愛い子が多くて癒されるわね。」そうしてホウリィもノーディス一緒にテレビ画面にくぎ付けになるのだった。
セイドは一人、待機室のような部屋の中で、手元の小型端末を眺めていた。「……」すると部屋の扉が開き、そこからムエラが現れた。「セイド、そろそろだ。」ムエラが入り口からセイドに声をかける。セイドは端末をポケットに戻すと、椅子から立ち上ってムエラの方へと歩き出した。セイドはムエラと共に、国連本部を訪れていた。
セイドは壇上に上がり、その後方にはムエラが立っている。各国の重鎮からの質問を一挙に受けるセイドは、いつになく真剣な表情でそれに答えていた。「『宇宙統括本部』―――…と聞くが、君達防衛部隊の人間以外を我々はまだ見ていない。本当にそんな大層な組織があるのか?」「勿論です。本部の所属する巨大宇宙船が、この地球に向かって現在も宇宙航行中の状況です。」「だが君達が来てもう1年半も過ぎた。そんなに時間がかかるのか?」「あなた方もご存知のように、宇宙は広く、遠いのです。我々の技術や亜空間航行を以てしても、移動には数年の単位を要します。…仰るように、『宇宙統括本部』なんて仰々しい名前をつけていますが、実のところ、あなた方の呼称する“銀河系”を出ない範囲でしか未だ調査は進んでいない。宇宙間の移動も、高速航行と亜空間頼りが現状で、『ワームホール』と言った転移技術の研究も進めてはいますが、検証段階で移動先地点の指定が困難であることから、何度も試しては失敗している、というの現状です。…地球上など、特定の条件下の短距離走行であれば、我々が行っているような小型船による『ワープ』での移動は可能ですがね。」その言葉に質問者は押し黙った。セイドは演台に両手をつくと、身を乗り出して話し出した。「そして何より、本部は忙しい。他にも調査や防衛対象の星が複数ありましてね。現段階ではこの辺り一帯のエリア調査については、我々に一任されている状況です。特定の恒星系にのみ、かまけていられるほど暇では無い、ということですよ。」その言葉に若干の威圧感を受けている様子を見て、体を起こすセイド。「まぁ尤も、本部もじき、こちらへ到着予定のようですが。」「それはいつ頃なんだね。」「先日通信班に連絡がありました。おそらく2、3か月以内には到着するかと思います。」その言葉に会場が静まり返る。そんな中、一人が率先して重い口を開いた。「…私達が何故こんな質問をしているか、君ならばわかるだろう。」「…」その言葉にセイドは笑みを消し、目を細めた。「世間の君たちに対する風当たりは強い。勿論、外敵の襲撃を防ぎ、さらには情報や技術まで提供してくれる君たちに、感謝を抱いている人間は少なくない。我々もその恩恵を十二分に実感している。しかし、それでも拭いきれない不信感があるのだよ。君たちの正体や、目的がつかめないのだ。……それは、我々の知識や技術の水準が低いせいもあるのかもしれない。だが、君たちの様々な“力”を目の当たりにすると、すべてを我々に開示しているわけではない、と感じざるを得ない。例えば、軍事力などは――――」「あなた方の知識や技術水準に応じて、我々も情報を提供しているにすぎません。」きっぱりと告げるセイド。「あなた方の研究がさらに進めば、我々もより多くの知識を分かち合えるでしょう。」安心させるようにそう言った直後、目を細め、再びあの不穏な笑みを浮かべながら続ける。「ですが我々も一つの組織です。そして地球の各国と同じように、我々の組織にも“価値観”と“方針”がある。そして当然、“機密”も存在する。――――我々もまだ、あなた方地球人を完全に信用したわけではない。」「…!」「お互い様、というところでご理解いただきたいところですね。」そして話は終わった、とばかりに壇上から退場しようとした時だった。「あぁ、それから―――」言い忘れた、とばかりに再び演台に片手をつくセイド。「あなた方の国の関係性は勉強させていただきました。しかし、今は団結すべき時かと思います。」突然の言葉に会場は騒めいた。「内戦によって敵に隙を突かれ、滅ぼされた星を私は知っています。我々は宇宙を巡り、様々な星と人類達に出会いました。星やエリアによって発展の度合いは異なります。後進的な星もあれば、先進的な星もありました。しかし共通していたのは――“内輪揉めが原因で滅びる”ということです。」体を起こし、笑みを深めるセイド。「あなた方が愚かな選択をしないことを、私は願います。」
――――「大丈夫か?」廊下を歩きながら、ムエラが気づかわし気にセイドに声をかける。「あぁ。」その顔にいつもの笑みはなかった。
――――本拠地に帰ったセイドは、一人基地の廊下を歩いていた。一刻も早く憩いスペースに戻りたい。そんな思いで足早になったものの、前方から現れた相手の顔を見てその速度を緩めた。見覚えのある、出来ればお目にかかりたくはないその顔は、面白いものでも見るような笑みを浮かべていた。「久しぶりじゃねぇか、セイド。」「……ワナゼナ…。」水色の髪を持った、目つきの悪い高身長のその女は、名をワナゼナと言った。
「地球人共は貧弱だな。知能も技術も劣ってやがる。」会議室に通されたワナゼナは、客人とも言えぬ横柄な態度で椅子の上に足を組んで座った。セイドはいつもの笑みを浮かべ、その前で佇む。「随分とお久しぶりですね。」「暫く別の部隊の監査をしてたからな。でも、お前らが面白い星を見つけたって聞いて、わざわざ来てやったんだよ。」「…あなたに来ていただかなくても、我々はきちんと仕事は全うしますよ。」「既に色々確認させてもらったが、まぁ流石、お前の言うことは尤もだな。だがな。」そう言ってワナゼナは立ち上がり、セイドに詰め寄った。セイドは動揺することなくそれを真正面から受け止める。「勘違いすんなよ。私の仕事はお前らの“監視”と“監査”だ。それを判断するのはこっちだ。」「…それは失礼しました。」セイドの返事に、ワナゼナは距離を開ける。「あんまり私の手ェ煩わせんじゃねぇぞ。見逃しはしねぇからな、例えばお前らがサボってねぇかとか―――…変なこと企んでないか…とかな。」ワナゼナからの脅しにも、いつもの笑みを崩さないセイド。そんなセイドの様子に、ふっと目を細めると、これで仕事は終わりだと言わんばかりにセイドの横を通り過ぎていくワナゼナ。「また来るぜ。」「お疲れ様です。」そうしてワナゼナが去っていく背中を見届けると、再び笑みを消すセイドだった。
――――スーツの上着を脱いで、ネクタイを外し、少し疲れた様子で、誰もいない憩いスペースのソファに座っていたセイド。そんなセイドの元へ、カップに入った紅茶を手渡すノーディス。「“ハーブティー”ですって。すっきりするみたいよ。」「…ありがとう。」セイドはそのカップを受け取って、口に付けた。「少しは休みなさいよね。」「休んではいる。」「嘘つきなさいよ。」反論する元気もないのか、黙り込むセイドに対し、ノーディスが突っ込む。「ムエラに聞いたけど、こてんぱんにやられたみたいね。」その言葉に先ほどの出来事が蘇り、渇いた笑いが出るセイド。「はっ…。…疑り深くもなるだろうけどな。」「まぁねー。」そこでふと気づいた。「皆は?」「ムエラはさっき通信班に呼ばれてたわね。ホウリィは技術班のとこに、武器の改良の手伝いに行った筈よ。ヤオロアは探査班に呼ばれて確認に行って、ユェルとメルドは、この前来た宇宙生物の研究結果を聞きに、博士のところに行ってた気がする。」「ニセコは?」「調理班に呼ばれて新メニューの味見するとか言ってたわね。」「…そうか。」そこでようやくセイドに笑みが浮かんだ。だがはたと気づく。「お前は…?」その問いにノーディスがしばしきょとん、とした後、勢いよく立ち上がって抗議した。「ちょっと!!私が暇そうだって言いたいわけ!?ついさっきまで調査班の手伝いしてたわよ!!私だってちゃんと仕事してるし!!」するとセイドが思わず笑う。「悪い悪い。冗談だ。」それを見るや否や、少し安心したように微笑むノーディス。再びソファに腰を下ろした。そして、優しい声色で呟く。「全く…。私達だって出来ることはやるんだからね。」その言葉に少し驚いたような顔をした後、セイドも柔和な笑みを浮かべるのだった。「…ありがとう。」その後少し談笑した後に、ノーディスがそういえばと真剣な顔で呟いた。「あいつ、来てたわね。」「…あぁ。」先ほどの監理官――――ワナゼナのことだった。そしてセイドに目を合わせながら、少し小声で問いかける。「大丈夫なの?」「問題ない。」セイドは強い意志の篭った、鋭く真剣な目で告げた。「計画は遂行する。」
――――夜も更けた頃。ヤオロアが気だるそうな顔で、右手にコーヒーの入ったコップ、左手に雑誌を持って、憩いスペースにやって来た。そこでは、セイドが一人、研究資料であろう書類と真剣な顔で睨めっこしている様子があった。辺りにはたくさんの書類が広げられている。ヤオロアは気にせず近寄ると、少し離れた位置のソファに座り込んだ。そこでようやく、ヤオロアの存在に気づいたセイド。「…あぁ、すまない。さっきまでケォンがいて―――」「別に構わねえよ。」そうして気にしない素振りでコーヒーを飲みながら雑誌を読み始めるヤオロア。そんなヤオロアに体の力を抜くと、セイドは再び書類に目を落とした。「あんま根詰めすぎんなよ。」「!」「いつも言うが、睡眠は取れ。」顔を上げると、いつもの無表情でセイドをじっと見つめるヤオロアの顔が。そんなヤオロアにふっと顔を綻ばせるセイド。「…ありがとう。」「そうじゃねぇだろ。」「わかった。ちゃんと寝る。」「言ったな。」「言った。」そしてセイドはヤオロアに言われた通り、少しばかり書類に目を通した後、眠るため自室に戻ったのだった。