ディーンと別れてから3日後。ブローニャ達は依然として山奥で道なき道を進んでいた。足を踏みしめる地面は、木の根が露出していたり、岩が飛び出していたり、坂道だったりと、歩きづらい凸凹地形が続く。「…一体、いつになったら着くの…!?」へとへとになったチェリが木に寄りかかりながら問いかける。それに対して、数歩先で地図を見ながらブローニャが答えた。「…どうだろうな…。方角からすると、このまま行けば森を出られる筈なんだが…。」「そう言って何日目よ!?」「うーん…。」「…今いる正確な位置がわからないからな。周りの風景から大まかに推測するしかないんだ、仕方ないだろ。」「そうだけど~~~…。そろそろ私限界かも~~。」皆、既に疲労と空腹に脳が支配され始めていた。ずっと続く同じような景色と、あまりの先の見えなさに、体力面でも不安を感じ始めていた。チェリの『限界』発言も、皆やむを得ないと思っていた。「やっぱり、寝袋とか食料とか失くしたのが痛かったなぁ…。」夜は皆で身を寄せ合いながら過ごしたものの、寝袋もテントも無い状態での睡眠は快適とは程遠いもので、冷えと地面の硬さによる不眠で、疲れを取ることもままならなかった。「寝る時体痛いし、食いもんは見つからなくなっちまったしな…。」「最初の方は木の実も果実も、野生動物だっていっぱいいたのに、なんでこっちの方は全然ないのよ!?」「…このあたりはそういう植物が自生してない地域なんだろう。だから野生動物もあまり寄り付かない。」「野菜や山菜なんかも生えてねぇし、野草も見たことない種類ばっかだしな…。食えるかどうかも…。」「毒なんかがあったら危険だから下手に手も出せないな…。」「とにかく運が悪いな…。そもそも、野盗やら悪漢に襲われたことはこれまで沢山あったが、ディーンがあれだけ暴れたことだってなかったしな。」「ほんとに…。これまでディーンにどれだけ助けられてきたか、嫌というほど思い知らされたな…。」「…うぅっ…ディーン…!」チェリがまた泣きそうになっていた時だった。ヘザーがはたとあることに気づいた。「…あぁ、そういえばブローニャ。例のお気に入りの本も崖の下に落ちちまったんじゃねえの?」『お気に入りの本』とは、例の火山の麓の研究所に置かれていた『神の力』に関する本のことだ。ヘザーに問われ記憶を辿るブローニャ。「あぁ、あれか。幸いにも本は既に読み終わってた。」「そうなんだ。結局どういう内容だったんだよ?」「あぁ…。例のおとぎ話の”続き”について書かれていた。」「えっ、続き!?」チェリの意識がこちらに戻る。「続きって何!?あるの!?幻の最終回的な!?」「あぁ。どうやらあのおとぎ話には”原書”があるようで、それを読んだ著者がその内容について研究した結果を記していた。…まぁその”原書”とやらも本物かどうか怪しい所だが。」「何なに!?聞かせて!」少し元気になったチェリがブローニャにせがむ。ヘザーとデジャも興味津々に聞く。「確か―――…」
――――神は人を造った。神は人に知能を与えた。神は人に技術を与えた。神は人を増やせるようにした。人は多種多様に増えた。やがて人は力を持つ者と、持たざる者に分かれた。力を持たない弱者は、力を持つ強者に虐げられる日々を送っていた。力で土地を奪われ、金を巻き上げられ、奴隷のように働かされた。理不尽な目にも数多くあった。やがて耐え切れなくなった彼らは神に頼み込んだ。『奴等に対抗できる力が欲しい』と。神は人に『力』を与えた。そして、力を持たなかった弱者達は、『神の力』によって強者へ対抗できるようになったことで、土地と自由を取り戻し、やがて幸せに暮らした。
――――「ここまでが広く知られている伝承だ。」「うん。」「だが、実際はこの続きがあるという。」
――――『神の力』を得た者達は、その有り余る力を以て、逆に強者”であった”者達を虐げるようになった。
――――「え…?」呆けた3人を尻目にブローニャは話を続ける。
―――――これまでの復讐と言わんばかりに、彼らは『神の力』により、強者”であった”者達を支配した。そしてそれだけでは満足せず、自分達の領地を更に広げるために、他の国へと目を向け、より大きな力を欲した。彼らは再び神に頼み込んだ。『もっと大きな力が欲しい。この世界を支配できるような力が。』そんな人々に対し、神は告げた。『ならばこの世界のどこかに落とした”鍵”を探して御覧なさい。鍵を使ってこの”扉”を開いた暁には、大きな力を授けましょう。』人々は血眼になって各地を捜したが、結局鍵は見つけられなかった。その上扉の在りかもわからなくなり、大きな力を得る機会を失ってしまった。やがて『神の力』を持つ者達はそれまでの行いから迫害され、その身を追われることになったのだった。
――――いつの間にかブローニャの話に聞き入っていたせいか、4人は足を止めていた。話し終えたブローニャはふいに3人に問いかける。「…この話、何か覚えがないか?」「え…?」チェリとヘザーは何のことかと顔を合わせる。対してデジャはブローニャの言わんとしていることを理解していた。「…まさか、今回の件に似てるって言いたいのか。」「今回の件って…―――!!」「そうだ。」そこでチェリとヘザーも気づく。おとぎ話の中の『神の力』を得た人々が、盗人達悪党組織だとすると、「もしかしたら”ガラクタ”は…」おとぎ話の中の、『鍵』であるとでも言いたいのか。悪党たちは『世界を支配する大きな力』を求め、世界中から『鍵』を探し回っていると?そして、ガラクタ自身がその『鍵』か、もしくはガラクタの中に隠されているのかと。思考が合致した4人は黙り込む。風が吹き、木々や草達がざわざわと音を立てる。だが暫くして、チェリとヘザーが笑いだす。「ま…、まっさかぁ~~~!」「そ、そうだよな!んな話本当にあるかっての!」そしてデジャとブローニャも漂わせていた緊張感を解き、引き締めていた顔も緩めた。「…まぁ、悪党共がそんな話信じる訳もないだろうしな。」「あっ!!ちょっと騙そうとしてた!?二人して!!」「悪ノリが過ぎたな。」そう言ってブローニャとデジャは目を合わせて、いたずらそうに笑う。「なんだよ~~!!」「ほんとかと思ったじゃない!!」「悪い悪い。でも本に書かれていた内容は本当だ。著者によると、この物語の発祥はリテン王国だと推測してるな。」
「…でも、『神の力』を持つ人間の数が少ないことと、『神の力』自体が公知の事実じゃないことを考えると、その話の内容もなかなか馬鹿には出来ないぞ。」「って言っても、神様が授けたって?」「まぁ神に関する記述は抜きにしても、同じような騒動が過去に起こったのは確かかもしれないな。現に、『神の力』はこうして実際にあるわけだし。」「でも教訓としてはよくできてるだろ。…大きな力で、弱者を虐げた罰が当たった…ってところとかな。」「まあ確かに…。」「私達も気をつけなきゃね。ようは『調子乗ると痛い目見る』ってことね!」「まぁ、それはそうなんだが…。」「言い方!」そして一度はいつもの調子を取り戻した一行は、再びその歩みを開始した。
――――だが、それから数時間後。「チェリ、大丈夫か?」デジャが数歩遅れたチェリを気にかけ、声をかけた。その呼びかけにブローニャとヘザーも立ち止まって振り返る。チェリは力なく項垂れながらゆらゆらと歩いていたが、その内立ち止まった。そして、上を見上げながら叫んだ。「うわ~~~ん!!もう駄目!もう疲れた!!足動かない!お腹もすいた!!これ以上歩けない!!私きっとこの森で餓死するんだ!!ごめんねディーン!ごめんねお父さんお母さん!!」わあわあと泣き出したチェリにヘザーが喝を入れる。「おいおい…諦めんなよ!!弱気になったらおしまいだぜ!!もう少し行けば出られるかもしれないぞ!!ほら!!」だがチェリはその場に座り込んでしまう。「もう無理!!もう駄目!!限界!!!」泣き言を言い始めたチェリにブローニャが近づいて行き、目の前でしゃがみ込む。するとチェリがしがみつくように泣きついた。「うわああぁん!ブローニャぁ!!」そんなチェリを抱きとめて優しく頭を撫でてやるブローニャ。「よしよし…大丈夫、大丈夫だ、チェリ。私達がいるから。絶対見捨てたりなんかしない。もう少し一緒に頑張ろう。な?」「うぅっ…、うぅっ、」そんな二人を見るヘザーとデジャ。「…でも確かに、もうあたしも限界だぜ…。」「無理もないな…。…ここまでよく頑張ったもんだ。」兵士を勤めていたブローニャとデジャ、山育ちのヘザーと比べ、ただの学生であったチェリには過酷な道のりであったのは間違いなかった。寧ろ、ここまで頑張ったきたことを褒めてやりたいくらいだった。だが疲れのせいか、皆随分と憔悴していた。「とにかく空腹がキツイ…。あたしもうヤバいよ。木がハムに見える。」「重症だな。…まぁ確かに、そろそろ何かしら口にしないとな…。」「このままここで4人仲良くくたばるなんてごめんだ!!」そう言って辺りを見回すが、やはり何もみつからない。あるのは木と草だけだ。そこではたとあることを思い出したヘザー。「…そういえば、万能調味料は…?」ヘザーの一言に3人が視線が一度ヘザーへ集まった後に、デジャへと移る。「…実はな…。」そしてデジャがポケットから小瓶を取り出した。それは紛れもなく、例の万能調味料だった。その時、チェリとヘザーに電流が走った。「なんで持ってるんだ…。」「山小屋で使ったときにポケットに入れてそのままだったのを忘れてた。」ブローニャとデジャの横で、それぞれゆらりと動き出したチェリとヘザー。
――――並んでしゃがみ込み、草を見つめながら何事か思案するチェリとヘザー。その背後でブローニャが焦ったように二人を説得しようと叫ぶ。「おいやめとけ!!チェリ、自分でも言ってただろ!!そんなもの食ったら腹壊すぞ!!」だが二人の視線は草に注がれたまま動くことはない。「もう少し頑張って行ってみよう!な!もしかしたらその先に何かあるかもしれないし!まだ諦めるな!!―――おい、デジャも何とか言ってやってくれ!!」「でも野菜だって草だぞ。」「お前もか!!」そしてチェリの右手が草へと伸びる。慌ててブローニャはチェリを背後から羽交い絞めにした。「早まるな、チェリ!!」「…ッ…でもブローニャ!!私お腹空いたの!!止めないでッ!!」「落ち着け!!それは得体の知れないただの雑草であって、野菜とは違うんだ!!まずいぞ!!」「万能調味料かければ大丈夫よ!!”万能”調味料なんだから!!」「過信するんじゃない!!せめて焼いたり煮たりと調理して――――あっ、コラ!!ヘザー、デジャ!!やめないかッ!!」手の付けられなくなった3姉妹に手を焼く長女の図。そんな風にギャーギャー騒いでいた時だ。何者かの影が4人に近づいていた。「!」気配に気づいてブローニャが振り返ると、そこには―――「あっ…、」「…!」一人の少年が佇んでいた。「!!」3人も振り返ってその姿を確認する。「子供…!?」「こんなところに…、」「…まさか、」その瞬間、4人に希望の光が見えた。「…お姉ちゃん達、大丈夫…?」心配そうに話しかけてきた子供に向かって、4人が慌ただしく近づいて行く。「きっ…、君、どこから来たの!?」「近くに大人はいるのか!?」「もしかして、近くに村があるのか!?」「え…っと、」あまりのその圧にたじたじになる少年。
――――少年に連れられ、4人はふらふらとした体と重い足を引きずりながら歩いていく。それから10分ほど歩いた先に、地図に載っていない山奥の村があった。「……!!」村の入口に着いた途端、4人はその場にへたり込んだ。「だっ…、大丈夫!?」少年が慌てて駆け寄ろうとしたが、4人は膝立ちで円陣を組みながら互いを称え合っていた。「お前ら、よく頑張った…!!」「ううっ…!!希望はあったのね…!!」「助かった…。良かった、本当に良かった…!」「皆無事で何よりだ…。」「お、お姉ちゃん達…?」疲れすぎてテンションのおかしくなった4人を見ながら若干引き気味の少年。そこに、村人達がわらわらと集まってきた。「客人なんて珍しいね。」「あらあら、大丈夫!?」「大変だこりゃ…!」「さ、さ!こっちへ来なさい!」村人達は4人のボロボロになった姿を見て慌てて家の中へと案内してくれた。そして近くに川があるからと体を洗うように勧めてくれ、その上服まで貸してくれた。更に、料理を作って振舞ってくれる。「うっ…、うっ…!人の暖かさが身に染みる…!!」「料理の暖かさも身に染みるぜ…!!」「旨い…旨すぎる…!!」「生きてる実感がするな…。」4人が涙を流しながら料理を口にする様子を見て、村人達も安堵したように微笑んだ。
――――「…突然すまなかったな。本当に助かった。さっき、あの少年が来てくれた頃がもう私達の限界だった。…命を救われた。」食事を終えて、テーブルに座りながら村人―――アレンという男―――と話をするブローニャ達。周囲には他の村人も数人いた。アレンは、ブローニャ達をここまで連れて来てくれた子供を呼んでその肩に両手を乗せた。「この子はロビンといって、私の息子だ。ロビンは耳が良くてね。聞こえる筈のない声が聞こえて、気になって見に行ったら君達がいたそうだ。」「そうか…。ロビン、本当に助かった。ありがとう。」「ほんとよ!あなたが見つけてくれなかったら私達死んでたかもしれない!」「ありがとな!」そう言ってブローニャ達が微笑みかけると、ロビンは照れたように笑った。「皆さんも、ありがとう。おかげで腹は満たされたし、体も久々に綺麗になった。」「ご飯もほんとに美味しかった!」ブローニャ達の言葉に、村人達も微笑んだ。そこに一人の老人が現れた。アレンが紹介する。「彼は村長で、私の父だよ。」ブローニャは立ち上がって村長の方へと向く。「やぁやぁ、元気になったようで良かった。」「突然の訪問にも関わらず、色々とすまなかった。心から感謝する。」そう言って村長とブローニャは握手を交わした。「…しかし、どうしてあんなところに?」ブローニャは野盗に追われて荷馬車を失い、道に迷いながらここまで歩いてきたことを説明した。「あんなところから!?そりゃさぞ大変だったなぁ。」「可哀相に…。」「馬は残念だったね…。」「えぇ…。」「ちなみにどこへ行く予定だったんだい?」「山を越えた先の町を目指していた。」「それなら、ここから歩いていけば1時間もしない内に着くよ。行くときには案内をしよう。」「…!!」「ほら、合ってたじゃないか!」「ほんとね!…疑ってごめん。」4人は顔を見合わせながら笑った。「体が回復するまで、ここで休んでいくといい。」「それなら…悪いが一晩泊めてほしい。」「そりゃ勿論!そんな状態の君達をこのまま行かせるわけにはいかないよ!一晩どころか、もう一日泊まっていきなさい。その状態じゃすぐに出立してもすぐ疲れてしまうよ。」村長の言葉に、アレンもロビンも、他の村人達も同意のようで頷いていた。その様子に4人は安堵した。「…ありがとう。」村人達の言葉に甘えることにしたブローニャ。盗人達との距離をこれ以上離すわけにはいかなかったが、まずは休養し体力回復することが優先だった。その日はそのまま空き部屋を案内されて、借りた布団の中で眠りについた。そこでようやく4人は、何日かぶりに熟睡することができたのだった。――――次の日、遅く起きたブローニャ達は朝食をご馳走になった。そこでアレンに申し出る。「何か礼をさせてほしい。」「いいんだよ、気にしないで。」「そういう訳にはいかない。ここまでしてもらって、その上道案内までお願いするんだ、ただで帰るわけにはいかない。」「はは、真面目だなぁ。…そうだなぁ…。」そして何やら思案するアレン。「そうだ、そうしたらロビン達の食料採集の手伝いをしてもらってもいいかな。人手が多いと助かる。」「食物採集?」――――ブローニャ達は、ロビンと村人達に連れられて、ブローニャ達が来た方とは別方向の森の奥へと進んでいた。「そういえば料理の食材が豊富だったが、私達の来た方の道には全く見当たらなかったな。」ブローニャからの問いかけにロビンが振り返りながら説明する。「あっちの方には食べられる物は全然無いね。この辺りは地域によって育つ植物が全然違うんだ。」「へ~。」「ほら、見て!」「!」「わぁ…!」村から歩いて30分の場所に、それはあった。そこには様々な種類の木々が生えており、沢山のあらゆる果実や野菜が成っていた。「すごいな、こんなに…。」「この辺りだとここが一番採れるんだ!」近くには野生動物達もいて、落ちた果実を食べていた。ブローニャ達が近くにいるというのに逃げる様子はない。「動物達とは共存していて、食料も獲りすぎないようにしてるんだ。勿論、襲ってくるような動物もいるから、あんまり近づいちゃだめだよ。」「…まぁ、これだけあれば双方困らないか…。」チェリとヘザーは面白そうに木々に駆け寄る。「見たことない果実ばっかりだな…!」「見て見て!これ形が面白い~!」チェリが指すのを見て、ロビンが近寄る。「それはモンロの実で、皮を剥くと、実がジュクジュクして柔らかいんだ。甘くて美味しいよ!」「へ〜!」「これはなんだ?」「これはミンアの実って言ってね、この辺りでしか採れない果実なんだよ。この実の匂いを嗅ぐとあっという間に寝ちゃうんだ!村の人が眠れない時に良く使ってるよ。」「そりゃすごいな。」「でも味はちょっとすっぱいかな。」「あんな高いところにも実が成ってんのな。」ヘザーが上を見上げていると、皆もそちらを見た。天高くそびえた木の上にも実が成っているのが見えた。「あぁ…。あれ食べると美味しいんだけど、何せ成ってる場所が高すぎて獲れないんだ。木も滑りやすくて登りにくいし…。」「それなら…。」ヘザーは村人に借りてきた弓矢を手にすると、上に向けて構えた。そしてそれを放つ。矢は上空に向けて飛んでいくと、果実に伸びていた茎に当たり、斬り離された。果実は落下して、地上にいるヘザーがそれを受け止めるのだった。「お姉ちゃんすごい!!」「へへっ!いくつか獲ってやるから村の人にやりな。」「ほんと!?ありがとう!!」その光景を見ながらブローニャが微笑んでいた時だ。「―――!」ブローニャは、ロビンの背後に毒蛇と思われる生物が地を這いながら近寄っていることに気づいた。だが、木が邪魔となっており良く見えない。「ロビン!」「!?」ブローニャは咄嗟にナイフを投げる。ナイフは真っ直ぐに飛んでいくと、木の幹をすり抜けて蛇の目の前の地面に突き刺さり、その行く手を塞いだ。蛇はぴゃっと驚くと、慌ててその場から逃げ出していった。「えっ…!?わっ、」「あっぶね~~~!ブローニャないすだぜ!」ロビンはブローニャとナイフを交互に見渡して驚いたような素振りをしている。「あ、ありがとう…!…だけど、今のどうやったの!?」ロビンはキラキラとした目でブローニャに近づく。「すごい!なんかすごい力使ったの!?ブローニャ!」「いや…、」ロビンに問い詰められ、説明に困ってたじたじになるブローニャ。それを見て困ったように笑うチェリとヘザー。ほのぼのとした雰囲気が漂っていたが、その時、デジャは見た。4人の背後で、村の女がブローニャを見ながら、どこか青ざめたような顔をしているのを。デジャはそれに気づかないフリをしながら、視界の奥でその女の動向を見ていた。女はやがて身を隠すようにしながら、こっそりと村の方向へと走っていった。「…」それを見て、デジャはブローニャの元へ近づいて行く。そして小声でこっそりと耳打ちをした。「…もしかしたらすぐに村を出た方が良いかもしれない。」「!…どういうことだ?」「わからないが…何か嫌な予感がする。」「…」デジャの言葉に、ブローニャがロビンの元へと歩いて行く。「…ロビン。」「うん?」――――その後すぐにブローニャ達が村に戻ると、アレンが出迎え話しかけてきた。「おや、早かったね。」「見て見てお父さん!こんなに獲れたよ!」「おっ!すごいな~!アインの実もあるじゃないか!」「お姉ちゃん達が獲ってくれたんだ!」「えっ!?あんなに高い場所にあるのを!?」「そう!あのお姉ちゃんが弓矢でシュッて落としてくれたんだ!」「そりゃすごい…!」「あとね、あとね、あのお姉ちゃんが、僕が毒蛇に襲われそうになったところを助けてくれたんだ!」「…!」慌ててアレンは息子の体を確認する。「大丈夫だよ、襲われる前だったから!」「そうか…。」ほっと胸を撫でおろしたアレンは、ブローニャ達に向き直る。「…すまない、色々と助かったよ。本当にありがとう。」「いや…、」どこか様子のおかしいブローニャ達に、アレンは首を傾げる。「どうしたんだい?」「…すまないが、先を急がなければならなくなった。すぐにでも村を出る。」ブローニャの言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、旅人だと聞いていたため、残念だが納得するアレン。「そう、なのか…。」「えっ?もう行っちゃうの?」初耳だといった風にロビンが寂しそうに問いかける。「…悪いな。」申し訳なさそうにロビンの頭を撫でるブローニャ。だがその時だった。「ブローニャ!」「!」槍などの武器を手にした村人達が続々と現れた。「えっ…!?」「…!」ブローニャ達は急ぎその場を逃げようとしたが、別方向からも村人達が現れ、囲まれてしまった。「…!」そして村人達の間から村長が現れる。「父さん!どういうつもりだよ!?」何も知らないのだろう、アレンがロビンを後ろから抱き締めながら村長に問いかける。「…この子達は、『神の力』を持っている。」「!」その発言に、アレンとロビンだけでなく、ブローニャ達も目を丸くした。「捕えろ。」
――――「…またこれ…?」ブローニャ達は村の広場で、またしても縄で体を縛られ、4人並んで座らされていた。その周囲には村人達が取り囲んでいる。その中央に村長が立ち、ブローニャ達を見下ろしていた。「…”『神の力』は、『悪しき力』だ”。」「!」「…我々の民族は、先人からそう教えられている。」「…なんだ?根拠はまさか、おとぎ話じゃあるまいな。」「!」ブローニャの言葉で、3人は先ほどの本の内容を思い出していた。だが、その予想は違っていた。「いいや。60年前の戦争の記憶からだ。」「!」それは、このダイア王国と北のイセカ王国で起きた戦争のことを指していた。「―――…」先日の町での出来事を思い出す。この国は、未だ戦争の記憶に囚われている。「我々の先祖は、60年前の戦争の時に――――…イセカ王国からやってきた『神の力』を持つ兵士達に襲われたのだ。そして、元々居住していた外の村を追われて、この山奥へと逃げ隠れた。」「…!」「『神の力』で村は蹂躙され、多くの人間が殺された。…その中には、私の両親もいた。…それだけじゃない、リテン王国に助けてもらわなければ…我々はイセカ王国の領土にされていた…。」ブローニャ達はその話を真剣な眼差しで聞く。「先人達は私達子孫に伝えた。『神の力』は”忌まわしき力である”と。そして、力を持つ者は、”見つけ次第処すように”とも。」その言葉に思わずチェリが反論する。「なっ…!…気持ちはわかるけど…!そんな、『神の力』を持ってるってだけで…!」熱くなるチェリに対して村長は淡々と答える。「…人は、大きな力を持つと、気も大きくなる。力に憑りつかれた人間は、横暴になり、何をしでかすかわからない。『力を持っている』ということは、それだけで脅威に値するのだよ。」言いたいことはわかる。だが、それとこれとは話が別だ。「…ッ…私達が、いつあなた達に危害を加えたって言うのよ!!」「!」「昔の人の話なんて私達には一切関係ないし、私達は、命の恩人であるあなた達にそんなことをするつもりなんて微塵もない!!」「…!」チェリの言葉に、村人達もたじろぐ。村長もどこか動揺が見てとれた。「…」その様子を見て、ブローニャは感じた。おそらく先祖たちの教えに従っているだけで、当人たち自身は本当にそんなことをすべきなのかと迷いがあるのだろう。先人たちの言葉が呪いのように、彼らを縛っているのだ。「…教えは教えだ。そして、先祖達の恨みや無念を、子孫として私達はここで晴らさなければならない。そしてこのダイア王国のためにも、脅威は排除しなければならない。――――…やりなさい。」「!」村人達は一瞬迷ったような顔で互いを見合わせたが、やむを得ないという風に4人に近寄ると、一番近くにいたチェリの肩を掴んだ。「ちょっ…!!」「一人ずつ処刑する。処刑場はあっちだ。」デジャとヘザーはそれを止めるべく立ち上がろうとし、チェリは村人が持つ武器を奪い取ろうと力を発動しようとする。その時、「待て。」「!」ブローニャの一言が、皆の動きを制止した。そしてブローニャは村長の目を真っ直ぐ見る。「…この3人は『神の力』を持っていない。『神の力』を持つ私が付き合わせて、従わせただけだ。こいつらは解放しろ。殺すなら私だけ殺せ。」「!!」ブローニャの言葉に3人は目を丸くし、村人達も動揺する。村長は冷や汗をかきながら、目を細めた。「…確かに、報告でもらっていたのは君の情報だけだね。」「そうだ。…こいつらは処刑対象には含まれていない。違うか?」「………そうだな…。」そしてチェリを運ぼうとしていた村人達は、チェリから手を離すと今度はブローニャの方へと歩いて行く。「えっ、ちょっ…、」ブローニャは黙って村人達に従って立ち上がる。突然の目まぐるしい展開と、本当にブローニャが処刑されてしまうかもしれないという状況に、チェリは焦ってどうすべきかわからなくなっていた。「(皆武器を持ってない、ヘザーも武器を作れそうな素材が手近に無い。村人達は皆こっちに武器を突き付けて来てる…。私の力だったら相手から武器を奪えるかもしれないけど、縄で縛られて身動きが出来ないこの状況で、下手に動けば失敗するかもしれない。―――…でも、早くしないと、ブローニャが…!!)」歩いて行くブローニャに焦りが加速し、デジャとヘザーの方を見るが、二人もどうすべきか迷っている状況だ。「(もう…ッ、なんなの…!?なんでいつも勝手なことするの!?)」焦ってヒートアップしてくる脳は、去っていくその背中を見ているうちに腹立たしさを増幅させた。そして、「…ッあんた…、いい加減にしなさいよッ!!」「!?」その場にいた全員―――ブローニャまでもが、チェリに振り返った。「いっつもいっつもそうやってさぁ!!一人でなんもかんも背負ってッ!!ばっかじゃないの!?ばーーーーかッ!!!」「ちぇ…チェリ…?」呆けたブローニャに構わずチェリがカミングアウトする。「私も『神の力』持ってるわよッ!!」「!?おい…ッ!!」思わずチェリの方へ足を踏み出すブローニャ。そしてヘザーもチェリに便乗する。「そうだぜ!!歳上だからって大人ぶってんのか知らねえけど、かっこつけてんじゃねぇよ!!…前も言ったけど、そんなんされても、あたし達嬉しくもなんともねえよッ!!」「ヘザー…、」「ちなみにあたしも、『神の力』持ってるからな!!」村人達がざわつき出した。「…私達と大して年齢変わらないだろうが…。ちなみに私は『神の力』こそ持ってないが、こいつらに加担してるから同罪だな。」「デジャ…!」その言葉にはチェリとヘザーも思わずデジャを見やった。「やっ…、やるなら私達もやりなさいよっ!!ほらっ!!」場は混乱に陥っていた。自ら『神の力』を持っていると宣言しながらも、攻撃をしてこない少女達に、村人達がざわざわと動揺する。その時、アレンが村長の元へ歩いて行く。「…親父、気持ちはわかるが…相手はまだ10代そこらの少女だ。…本当にこれが正しいことなのか…?」「…」「…俺には、あの子達が、過去の戦争で悪事を働いたような”悪党”だとは思えない。」昨日からのブローニャ達の様子や、やり取りを見ていて、ただの普通の女の子達だとしか思えなかった。村長は目を瞑り、思考を巡らせる。目を瞑ったことで周囲の村人達の話し声が良く聞こえた。「本当に処刑しないといけないの…?」「ここまでする必要があるのか…?」明らかに迷いが生じている村人達に、このまま処刑を実行することは難しいと判断した村長。「…一先ず、処刑は保留だ。そこに繋いでおきなさい。」そうして処刑は明日に持ち越されることとなった。
―――――そして夜。「…全く、お前らも勝手なことをしてくれるな…。」ブローニャが呆れたように呟く。「「あんた(お前)にだけは言われたくない。」」チェリ、ヘザー、デジャが同時に同じことを言った。それを聞いて、どこか嬉しそうに笑うブローニャ。「…さて。お前らのおかげで猶予が出来たわけだが…。」「繋がれた場所も好都合だぜ。」そう言うヘザーの背後には大岩があった。4人は逃げられないよう大岩に縄を括りつけられていた。ヘザーは『神の力』を使って、大岩からナイフを作り出した。「あとはあの見張りか…。」ブローニャ達の斜め前方には、うつらうつらと舟を漕いで眠そうにしている見張りが一人座っていた。ちらりとデジャが視線を移すと、先ほど昼間に回収してきた木の実の山が籠の中に納められているのを見つけた。「おい、チェリ。」「ん?」「あれ、使えないか。」「!」デジャの視線に意図を察したチェリ。「…やってみる。ヘザー、ナイフいくつか作って。」「おーけー。」そしてヘザーが作ったナイフを『神の力』で移動させると、木の実の山の中でミンアの実にぶっ刺した。そしてそのまま浮遊させると、見張りの頭上へ。そして位置を固定させると、木の実にもう一本移動させていたナイフを突き刺す。そして引き抜くと少しずつ下へと下ろしていく。その時、切れ込みから果汁が1滴落下し、見張りの額を濡らした。「ん…?」「やばっ…!」慌てたチェリは力の操作を誤った。その瞬間、ナイフがつるりと実をすり抜けると、「あ。」ゴッ、という鈍い音を立てて実が見張りの頭に落下した。見張りの男は気を失ってその場に倒れこんだ。思わずヘザーは笑いをこらえる。「…思ってたやつと違うな…。」「まぁ、結果オーライだろ。」「ごっ…、ごめん、見張りの人~~!!」そして4人はヘザーから受け取ったナイフでそれぞれ後ろ手に縛る縄を切り裂いた。「は~~~…やっと自由になった…。」「いててて…腕が…!!」「さて、じゃあさっさと逃げるか。」そう言っていくつか果実を拝借して逃げ出そうとした時だ。「!」デジャが何者かの気配に気づき、ナイフを構えて臨戦態勢に入る。その様子に3人も警戒した。だが、物陰から現れたのはアレンだった。「あ…、あれっ!?もう抜け出してる…!」「アレン…!」その姿を見た途端、警戒を解くブローニャ。その手にはブローニャ達が着てきた服と荷物が。「見張りの人はどういう…。」「あー…はは…、…ごめんなさい、後で謝っておいて…。」「もしかして助けに来てくれたのか?」「勿論だ。君達は息子の恩人であり、…ただの無害な旅人だ。処刑させるわけにはいかないからね。」その言葉に4人は微笑んだ。「町は、この道を真っ直ぐ行けば辿り着けるよ。村の馬を使うといい。」「…わかった。ありがとう。お前は戻ってくれ。私達は自分達で逃げ出した。お前は関わらなかった。それで話を通してくれ。」「!…やっぱり君達は、『神の力』を悪用したりなんかしないね。」そしてどこか寂しそうな表情を浮かべるアレン。「…君達も見てきたように、親父含めて皆、話がわからない人達じゃない。殺しなんて出来るような人達じゃないんだよ。話せばわかるだろうが…理屈だけじゃどうにも難しい部分もあるんだ。…彼らのためにも、君達には逃げてもらえるとありがたい。」「…わかった。」「ロビンには、感謝を伝えておいてくれ。」「あぁ。」そうしてブローニャ達は村から脱出をした。
―――――朝。村の中はちょっとした騒ぎになっていた。朝になると見張りは目を覚まして、ブローニャ達がいなくなっていることに気づいた。村人達は周辺を探し回るが、どこにも見つからない。すると、馬舎の付近に手紙が置かれており、そこにはブローニャが書いた文字で『すまないが、馬を借りていく。隣町で繋いでおくので後で引き取りに来てくれ。色々と世話になった。感謝している。』と書かれていた。それを見て静かになる村人達。その様子は、明らかに安堵したようだった。ブローニャ達が逃げ去った道を見つめていた村長の元へ、アレンが近づく。「…正直、ほっとしている。」「!」村長の言葉にアレンが驚く。村長は自らの掌を見つめながら呟いた。「…あんな子達を手にかけるなど、私にはできない…。」「親父…。」「…願わくば、二度とお目にはかかりたくないものだな。」「…」そして村長とアレンは、ブローニャ達が立ち去った後を暫く見つめていたのだった。