【10話】忌みと不和


ディーンと別れてから3日後。ブローニャ達は依然として山奥の道なき道を進んでいた。足元の地面は、木の根が露出したり、岩が飛び出したり、坂道が続いたりと、歩きづらい凸凹地形が続く。「…一体、いつになったら着くの…!?」へとへとになったチェリが、木に寄りかかりながら問いかける。それに対し、数歩先で地図を見ていたブローニャが答えた。「…どうだろうな…。方角からすると、このまま進めば森を出られる筈なんだが…。」「そう言って何日目よ!?」「うーん…。」するとデジャが補足する。「…今いる正確な位置がわからないからな。周りの風景から大まかに推測するしかないんだ、仕方ないだろ。」「そうだけど~~~…。私そろそろ限界かも~~。」全員、既に疲労と空腹に脳が支配され始めていた。いつまでも続く同じような景色と、あまりの先の見えなさに、体力面の不安も感じ始めていた。チェリの『限界』発言も、皆やむなしと思っていた。3人に置いていかれまいと、チェリは再び歩き出しながら呟く。「やっぱり、寝袋とか食料とか失くしたのが痛かったなぁ…。」夜は皆で身を寄せ合いながら過ごしたものの、寝袋もテントも無い状態での睡眠は快適とは程遠いもので、冷えと地面の硬さによる不眠で、疲れを取ることもままならなかった。「寝る時は体痛いし、食いもんは見当たらなくなっちまったしな…。」「最初の方は木の実も果実も、野生動物だっていっぱいいたのに…。なんでこっちの方は全然ないのよ!?」「…このあたりはそういった植物が自生していない地域なんだろう。だから野生動物もあまり寄り付かない。」「あたし達が食えそうな野菜とか山菜なんか全然生えてねぇもんな。野草も見たことない種類ばっかだし…。」「毒があったら危険だから下手に手も出せないな。」「とにかく運が悪いな…。野盗やら悪漢に襲われたことはこれまで沢山あったが、ディーンがあれだけ暴れたことなんて今までなかった。」「ほんとに…。これまでディーンにどれだけ助けられてきたか、嫌というほど思い知らされたよ…。」「…うぅっ…ディーン…!」チェリがまた泣きそうになっていた時だった。ヘザーがふと、あることに気づいた。「そういえばブローニャ。例のお気に入りの本も崖の下に落ちちまったんじゃねえの?」『お気に入りの本』とは、例の火山の麓の研究所に置かれていた、『神の力』に関する本のことだ。ヘザーに問われ記憶を辿るブローニャ。「あぁ、あれか。幸いにも本は既に読み終わってた。」「そうなんだ。結局どういう内容だったんだよ?」「あぁ…。例のおとぎ話の"続き"について書かれていた。」「えっ、続き!?」チェリの意識がこちらに戻る。「続きって何!?あるの!?幻の最終回的な!?」「あぁ。どうやらあのおとぎ話には"原書"があるようだ。それを読んだ著者が、内容について研究した結果を記していた。…まぁ、その"原書"とやらも、本物かどうか怪しい所だが。」「何なに!?聞かせて!」少し元気になったチェリがブローニャにせがむ。ヘザーとデジャも興味津々に聞く。「確か―――…」
――――神は人を造った。神は人に知能を与えた。神は人に技術を与えた。神は人を増やせるようにした。人は多種多様に増えた。やがて人は力を持つ者と、持たざる者に分かれた。力を持たない者は、力を持つ者に虐げられる日々を送っていた。土地を奪われ、金を巻き上げられ、奴隷のように働かされた。理不尽な目にも数多くあった。やがて耐え切れなくなった彼らは神に頼み込んだ。『奴等に対抗できる力が欲しい』と。神は人に『力』を与えた。そして、『神の力』を授かった者達は、それを以て強者へと対抗し、土地と自由を取り戻して、やがて幸せに暮らした。
――――「ここまでが広く知られている伝承だ。」「うん。」「だが、実際はこの続きがあるという。」
――――『神の力』を得た者達は、その有り余る力を以て、逆に強者"だった"者達を虐げるようになった。
――――「え…?」呆けた3人を尻目に、ブローニャは話を続ける。
――――これまでの復讐だとばかりに、彼らは『神の力』によって、かつて強者"だった"者達を支配した。それだけに飽き足らず、自らの領地を広げるため他国にまで目を向け、より大きな力を欲した。彼らは再び神に頼み込んだ。『もっと大きな力が欲しい。この世界を支配できるくらいの強大な力が。』そんな人々に対し、神は告げた。『ならば、この世界のどこかに落とした"鍵"を探して御覧なさい。その鍵で"扉"を開いた暁には、大いなる力を授けましょう。』人々は血眼になって各地を捜したが、結局鍵を見つけることはできなかった。その上、扉の在処もわからず、そのまま大きな力を手にする機会は失われた。やがて『神の力』を持つ者達は、それまでの行いから迫害されその身を追われることになったのだった。
――――ブローニャの話に聞き入っていたせいか、4人はいつの間にか足を止めていた。話し終えたブローニャは3人に問いかける。「…この話、何か覚えがないか?」「え…?」チェリとヘザーは何のことかと顔を見合わせる。対してデジャは、ブローニャの言わんとしていることを理解した。「…まさか、今回の件に似てるって言いたいのか。」「今回の件って…――!!」「そうだ。」そこでチェリとヘザーも気づく。おとぎ話の中の『神の力』を得た人々が、盗人や悪党組織だとすると、「もしかしたら"ガラクタ"は…――」おとぎ話の中の、『鍵』であるとでも言いたいのか。悪党たちは『世界を支配する大きな力』を求め、世界各地で『鍵』を探し回っていると?そして、ガラクタ自体がその『鍵』であるか、もしくはガラクタの中に『鍵』が隠されていると?思考が合致した4人は黙り込む。―――風が吹き、木々や草達がざわざわと騒ぎ立てる。―――暫くして、チェリとヘザーが顔を引き攣らせながら笑い出した。「ま…、まっさかぁ~~~!」「そ、そうだよな!んな話本当にあるかっての!」すると、デジャとブローニャも漂わせていた緊張感を解くと、引き締めていた顔を緩めた。「…まぁ、悪党共がそんな話信じる訳もないだろうしな。」ブローニャの言葉と2人の表情に、チェリとヘザーが、あっ!と気づく。「あっ!!ちょっと騙そうとしてた!?2人して!!」「悪ノリが過ぎたな。」ブローニャとデジャは目を合わせると、いたずらっぽく笑った。それを見てチェリとヘザーも気を緩める。「なんだよ~~!!」「ほんとかと思ったじゃない!!」「悪い悪い。でも本に書かれていた内容は本当だ。」「…でも、『神の力』を持つ人間の数が少ないことと、『神の力』自体が公知の事実じゃないことを考えると、その話の内容もなかなか馬鹿には出来ないぞ。」「って言っても、神様が授けたって?っつーか、鍵とか扉とかってなんなんだよ…。」「まぁ神に関する記述は抜きにしても、似たような騒動が過去に起こったのは確かかもしれないな。現に、『神の力』自体はこうして実際にあるわけだし。」「でも教訓としてはよくできてるだろ。大きな力で弱者を虐げた罰が当たった…ってところとかな。」「まあ確かに…。」「私達も気をつけなきゃね。ようは『調子乗ると痛い目見る』ってことね!」「まぁ、それはそうなんだが…。」「言い方!」そんなこんなでいつもの調子を取り戻した一行は、再び歩き出した。
――――だが、それから数時間後のことだった。「チェリ、大丈夫か?」デジャが、数歩遅れたチェリを気にかけ、声をかけた。その呼びかけに、ブローニャとヘザーも立ち止まり振り返る。チェリは力なく項垂れながらゆらゆらと歩いていたが、やがて立ち止まった。そして、上を見上げながら叫んだ。「うわ~~~ん!!もう駄目!もう疲れた!!足動かない!お腹もすいた!!これ以上歩けない!!私きっとこの森で餓死するんだ!!ごめんねディーン!ごめんねお父さんお母さん!!」わあわあと泣き出したチェリに、ヘザーが喝を入れる。「おいおい…諦めんなよ!!弱気になったらおしまいだぜ!!もう少し行けば出られるかもしれないぞ!!ほら!!」だが呼びかけ空しく、チェリはその場にへたり込んでしまう。「もう無理!!もう駄目!!限界!!!」泣き言をこぼすチェリの元へブローニャが近づき、目の前でしゃがみ込んだ。するとそこに、チェリがしがみつくようにして泣きついた。「うわああぁん!!ブローニャあぁぁ!!!」そんなチェリを抱きとめて、ブローニャは優しく頭を撫でてやる。「よしよし…大丈夫、大丈夫だ、チェリ。私達がいるから。絶対見捨てたりなんかしない。もう少し一緒に頑張ろう。な?」「うぅっ…、うぅっ、」そんな2人を見るヘザーとデジャ。「…でも確かに、あたしももう限界だぜ…。」「無理もないな…。…ここまでよく頑張ったもんだ。」兵士を勤めていたブローニャとデジャ、山育ちのヘザーと比べ、ただの学生であったチェリにとって過酷な道のりであったのは言うまでもない。寧ろ、よく頑張ったと褒めてやりたいくらいだった。だが疲れのせいか、皆そんな言葉もかけてやれないほど、憔悴しきっていた。「とにかく空腹がキツイ…。あたしもうヤバいよ。木がハムに見える。」「重症だな。…まぁ確かに、そろそろ何かしら口にしないとな…。」「このままここで、4人仲良くくたばるなんてごめんだぜ…。」そう言って辺りを見回すが、やはり何もみつからない。あるのは木と草だけだ。そこではたとあることを思い出したヘザー。「…そういえば、万能調味料は…?」ヘザーの一言に、3人の視線がデジャへと集まる。「…実はな…。」そしてデジャがポケットから小瓶を取り出す。それは紛れもなく、例の万能調味料だった。その時、チェリとヘザーに電流が走る。「なんで持ってるんだ…。」「山小屋で使った時、ポケットに入れてそのままだったのを忘れてた。」ブローニャとデジャの横で、チェリとヘザーがゆらりと動き出した。
――――チェリとヘザーは並んでしゃがみ込み、草を見つめながら何事か思案する。その背後でブローニャが焦った様子で2人を説得しようと叫ぶ。「おいやめとけ!!チェリ、自分でも言ってただろ!!そんなもの食ったら腹壊すぞ!!」だが、2人の視線は草に注がれたまま動くことはない。「もう少し頑張って行ってみよう!な!もしかしたらその先に何かあるかもしれないし!まだ諦めるな!!―――おい、デジャも何とか言ってやってくれ!!」「でも野菜だって草だぞ。」「お前もか!!」そしてチェリの右手が草へと伸びる。慌ててブローニャはチェリを背後から羽交い絞めにした。「早まるな、チェリ!!」「…ッ…でもブローニャ!!私お腹空いたの!!止めないでッ!!」「落ち着け!!それは得体の知れないただの雑草であって、野菜とは違うんだ!!まずいぞ!!」「万能調味料かければ大丈夫よ!!"万能"調味料なんだから!!」「過信するんじゃない!!せめて焼いたり煮たりと調理して―――あっ、コラ!!ヘザー、デジャ!!やめないかッ!!」手の付けられなくなった3姉妹に手を焼く長女の図であった。そんな風にギャーギャー騒いでいた時だ。何者かの影が4人に近づいていた。「!」気配に気づいてブローニャが振り返ると、そこには―――「あっ…、」「…!」1人の少年が佇んでいた。「!!」3人も振り返ってその姿を確認する。「子供…!?」「こんなところに…、」「…まさか、」その瞬間、4人に希望の光が見えた。「…お姉ちゃん達、大丈夫…?」心配そうに話しかけてきた子供に向かって、4人が慌ただしく近づいて行く。「きっ…、君、どこから来たの!?」「近くに大人はいるのか!?」「もしかして、近くに村があるのか!?」「え…っと、」そのあまりの圧に、少年はたじろぐばかりだった。
――――少年に連れられ、4人はふらふらと重い体と足を引きずりながら歩いていく。少年と出会ってから20分ほど歩いた先に、地図には載っていない小さな村があった。「……!!」村の入口に着いた途端、4人はその場に力無く座り込んだ。「だっ…、大丈夫!?」少年が慌てて駆け寄ろうとすると、4人は膝立ちで円陣を組み、互いを称え合っていた。「お前ら、よく頑張った…!!」「ううっ…!!希望はあったのね…!!」「助かった…。良かった、本当に良かった…!」「皆無事で何よりだ…。」「お、お姉ちゃん達…?」疲れすぎてテンションのおかしくなった4人を見て、若干引き気味の少年。そこに、村人達がわらわらと集まってきた。「客人なんて珍しいね。」「あらあら、大丈夫!?」「大変だこりゃ…!」「さ、さ!こっちへ来なさい!」村人達は、ボロボロになった4人の姿を見るや否や、慌てて家の中へ案内してくれた。近くに川があるからと体を洗うよう勧め、服まで貸してくれた。さらに、料理まで作って振る舞ってくれる。「うっ…、うっ…!人の暖かさが身に染みる…!!」「料理の暖かさも身に染みるぜ…!!」「旨い…旨すぎる…!!」「生きてる実感がするな…。」4人が涙を流しながら料理を口にする様子を見て、村人達も安堵したように微笑んだ。
――――「…突然すまなかったな。本当に助かった。さっき、あの少年が来てくれた時が私達の限界だった。…命を救われた。」食事を終えてテーブルに座ったまま、村人――アレンという男――と話をするブローニャ達。周囲には他の村人も数人いた。アレンは、ブローニャ達をここまで連れて来てくれた少年を呼び、肩に手を乗せた。「この子はロビンといって、私の息子だ。ロビンは耳が良くてね。
君達も通ってきたからわかるだろうが、この辺りは、私達以外の人間が踏み入れるような場所じゃない。聞こえる筈のない声が聞こえて、気になって様子を見に行ったら君達がいたそうだ。」「そうか…。ロビン、本当に助かった。ありがとう。」「ほんとよ!あなたが見つけてくれなかったら、私達死んでたかもしれない!」「ありがとな!」そう言ってブローニャ達が微笑みかけると、ロビンは照れたように笑った。「皆さんも、ありがとう。おかげで腹は満たされたし、体も久々に綺麗になった。」「ご飯もほんとに美味しかった!」ブローニャ達の言葉に、村人達も微笑んだ。そこに1人の老人が現れる。「彼は村長で、私の父だよ。」「やぁやぁ、元気になったようで良かった。」ブローニャは立ち上がって村長の方へと向く。「突然の訪問にも関わらず、色々とすまなかった。心から感謝する。」そう言って村長とブローニャは握手を交わした。「…しかし、どうしてあんなところに?」ブローニャは野盗に追われて荷馬車を失い、道に迷いながらここまで歩いてきたことを説明した。「あんなところから!?そりゃさぞ大変だったなぁ。」「可哀相に…。」「馬は残念だったね…。」「えぇ…。」「ちなみにどこへ行く予定だったんだい?」「山を越えた先の町を目指していた。」「それなら、ここから歩いていけば1時間もしない内に着くよ。行くときには案内をしよう。」「…!!」「ほら、合ってたじゃないか!」「ほんとね!…疑ってごめん。」4人は顔を見合わせながら笑った。「体が回復するまで、ここで休んでいくといい。」「それなら…悪いが一晩泊めてほしい。」「そりゃ勿論!そんな状態の君達をこのまま行かせるわけにはいかないよ!出立してもすぐ疲れてしまう。一晩どころか、もう一日泊まっていきなさい。」村長の言葉に、アレンとロビンだけではなく、他の村人達も同意だと頷いていた。その反応に4人は安堵した。「…ありがとう。」村人達の言葉に甘えることにしたブローニャ達。盗人達との距離をこれ以上離すわけにはいかなかったが、まずは休息し、体力の回復を優先することに決めた。その日はそのまま空き部屋を案内されて、借りた布団の中で泥のように眠りについた。村人達のおかげで、4人はようやく、何日かぶりに熟睡することができた。
――――次の日。遅く起きたブローニャ達は朝食をご馳走になった。そこでアレンに申し出る。「何か礼をさせてほしい。」「いいんだよ、気にしないで。」「そういう訳にはいかない。ここまでしてもらって、その上道案内までお願いするんだ、ただで帰るわけにはいかない。」「はは、真面目だなぁ。…そうだなぁ…。」そして何やら思案するアレン。「そうだ、そうしたらロビン達の食料採集の手伝いをしてもらってもいいかな。人手が多いと助かる。」「食物採集?」
――――ブローニャ達は、ロビンと村人達に連れられて、来た側とは別方向の森の奥へと進んでいた。「そういえば料理の食材が豊富だったが、私達が通って来た方角には全く見当たらなかったな。」ブローニャからの問いかけに、ロビンが振り返りながら説明する。「あっちの方に食べ物は全然無いね。この辺りは地域によって育つ植物が全然違うんだ。」「へ~。」「ほら、見て!」「!」「わぁ…!」村から歩いて30分の場所に、それはあった。そこには様々な木々が生い茂り、あらゆる果実や野菜が実っていた。「すごいな、こんなに…。」「この辺りだとここが一番採れるんだ!」周囲には、果実を食べる野生動物達も多くいた。ブローニャ達が近くにいるというのに、逃げる様子はない。「動物達とは共存していて、食料も獲りすぎないようにしてるんだ。勿論、中には人を襲ってくる動物もいるから、あんまり近づいちゃだめだよ。」「…まぁ、これだけあれば双方困らないか…。」チェリとヘザーは面白そうに木々に駆け寄る。「見たことない果実ばっかりだな…!」「見て見て!これ形が面白い~!」チェリが指すのを見て、ロビンが近寄る。「それはモンロの実って言うんだ。皮を剥くと、実がジュクジュクして柔らかいんだ。甘くて美味しいよ!」「へ〜!」「これはなんだ?」「これはミンアの実って言ってね、この辺りでしか採れない果実なんだよ。この実の匂いを嗅ぐと、あっという間に寝ちゃうんだ!村の人が眠れない時に良く使ってるよ。」「そりゃすごいな。」「でも味はちょっとすっぱいかな。」「あんな高いところにも実が成ってんのな。」ヘザーが高所を見上げていると、皆もそちらに目を向けた。天高くそびえた木の上にも、実が成っているのが見えた。「あぁ…。あれ、食べると美味しいんだよね…。でも成ってる場所が高すぎて獲れないんだ。木も滑りやすくて登りにくいし…。」「それなら…。」ヘザーは村人に借りた弓矢を手にすると、空に向けて構えた。弦を引き絞り、矢を放つ。矢は真っすぐ上空に向けて飛んでいくと、果実へ伸びる茎に当たり、切り離した。落下した果実を、ヘザーが難なく手で受け止める。「お姉ちゃんすごい!!」「へへっ!いくつか獲ってやるから村の人にやりな。」「ほんと!?ありがとう!!」その光景を見ながら、ブローニャが微笑んでいた時だ。「―――!」ブローニャは、ロビンの背後――木々が密集する一角で、毒蛇が地を這い、静かに近づいているのに気づいた。だが、木が邪魔となっており良く見えない。「ロビン!」「!?」ブローニャは咄嗟にナイフを投げる。ナイフは真っ直ぐに飛んでいくと、木の幹をすり抜けて蛇の目の前の地面に突き刺さり、その行く手を塞いだ。蛇はぴゃっと驚くと、慌ててその場から逃げ出していった。「えっ…!?わっ、」「あっぶね~~~!ブローニャナイスだぜ!」ロビンはブローニャとナイフを交互に見て、驚いたような素振りをしている。「あ、ありがとう…!…だけど、今のどうやったの!?」ロビンはキラキラとした目でブローニャに近づく。「すごい!なんかすごい力使ったの!?ブローニャ!」「いや…、」ロビンに詰められ、ブローニャは説明に困りたじろぐ。それを見てチェリとヘザーは苦笑いを浮かべていた。ほのぼのとした雰囲気が漂う中、デジャは見た。―――4人の背後で、村の女がブローニャを見つめながら、どこか青ざめた顔をしているのを。デジャはそれに気づかないフリをしながら、視界の端でその女の動向を探る。すると女は、やがて身を隠すようにしながら、こっそりと村の方向へと走り出した。「…」それを見て、デジャはブローニャの元へ近づいて行く。そして小声でこっそりと耳打ちをした。「…もしかしたら、すぐに村を出た方が良いかもしれない。」「!…どういうことだ?」「わからないが…何か嫌な予感がする。」「…」デジャの忠告を聞いたブローニャは、ロビンの元へと歩いて行く。「…ロビン。」「うん?」
――――その後すぐにブローニャ達が村に戻ると、アレンが出迎えた。「おや、早かったね。」「見て見てお父さん!こんなに獲れたよ!」「おっ!すごいな~!アインの実もあるじゃないか!」「お姉ちゃん達が獲ってくれたんだ!」「えっ!?あんなに高い場所にあるのを!?」「そう!あのお姉ちゃんが弓矢でシュッ!て落としてくれたんだ!」「そりゃすごい…!」「あとね、あとね、あのお姉ちゃんが、僕が毒蛇に襲われそうになったところを助けてくれたんだ!」「…!」慌ててアレンは息子の体を確認する。「大丈夫だよ、襲われる前だったから!」「そうか…。」ほっと胸を撫でおろしたアレンは、ブローニャ達に向き直る。「…すまない、色々と助かったよ。本当にありがとう。」「いや…、」どこか様子のおかしいブローニャ達に、アレンは首を傾げる。「どうしたんだい?」「…すまないが、先を急がなければならなくなった。すぐにでも村を出る。」ブローニャの言葉に驚きの表情を浮かべたアレンだったが、旅人だと聞いていたため、残念そうに納得した。「そう、なのか…。」「えっ?もう行っちゃうの?」初耳だと、ロビンが寂しそうに問いかける。「…悪いな。」申し訳なさそうにブローニャはロビンの頭を撫でた。―――だが、その時だった。「ブローニャ!」「!」ブローニャ達の元へ、村人達が槍などの武器を手にして、次々と現れた。「えっ…!?」「…!」ブローニャ達は急ぎその場を逃がれようとしたが、別方向からも村人達が現れ、あっという間に囲まれてしまった。「…!」そして村人達の間から村長が現れる。「父さん!どういうつもりだよ!?」アレンは何も知らされていなかったのだろう。ロビンを抱き締めながら、村長に問いかけた。「…この子達は、『神の力』を持っている。」「…!!」その発言に、アレンとロビンだけでなく、ブローニャ達も目を丸くした。「捕えろ。」
――――「…またこれ…?」ブローニャ達は村の広場で、またしても縄で体を縛られ、並んで座らされていた。その周囲を村人達が取り囲んでいる。真正面に村長が立ち、ブローニャ達を見下ろしていた。「…"『神の力』は『悪しき力』だ"。」「!」「…我々の民族は、先人からそう教えられている。」「…なんだ?根拠はまさか、おとぎ話じゃあるまいな。」「!」ブローニャの言葉で、3人は先ほどの本の内容を思い出していた。だが、その予想は違っていた。「いいや。40年前の戦争の記憶からだ。」「!」それは、ここダイア王国と、北のイセカ王国で起きた戦争のことを指していた。「―――…」先日のクレアと再会した町での出来事を思い出す。―――この国は、未だ戦争の記憶に囚われ続けている。「我が民族の先人達は、40年前の戦争の時に、イセカ王国からやってきた『神の力』を持つ兵士に襲われたのだ。…そして、元々居住していた外の村を追われて、この山奥へと逃げ隠れた。」「…!」「『神の力』で村は蹂躙され、多くの人間が殺された。…その中には、私の両親もいた。…リテン王国に助けてもらわなければ…我々の国はイセカ王国の領土にされていた…。」ブローニャ達はその話を真剣な眼差しで聞く。「先人達は、私達子孫に伝えた。『神の力』は"忌まわしき力である"と。そして、力を持つ者は、"見つけ次第処すように"とも。」その言葉に、思わずチェリが反論する。「なっ…!…気持ちはわかるけど…!そんな、『神の力』を持ってるってだけで…!」熱くなるチェリに対して、村長は淡々と答える。「…人は、大きな力を持つと、気も大きくなる。力に憑りつかれた人間は横暴になり、何をしでかすかわからない。『力を持っている』ということは、それだけで脅威に値するのだよ。」言いたいことはわかる。だが、それとこれとは話が別だ。「…ッ…私達が、いつあなた達に危害を加えたって言うのよ!!」「!」「昔の人の話なんて私達には一切関係ないし、私達は、命の恩人であるあなた達にそんなことをするつもりなんて、微塵もない!!」「…!」チェリの言葉に、村人達もたじろぐ。村長にも動揺が見てとれた。「…」その様子を見て、ブローニャは感じた。おそらく先人の教えに従っているだけで、彼ら自身も、本当にそれが正しいことなのかと迷っているのだろう。先人の言葉が、呪いのように彼らを縛っているのだ。「…教えは教えだ。そして、先祖達の恨みや無念を、子孫として私達はここで晴らさなければならない。そしてこのダイア王国のためにも、脅威は排除しなければならない。―――やりなさい。」「!」村人達は一瞬迷ったように目を合わせた。だが、やむを得ないと判断すると、一番近くにいたチェリの肩に手を置いた。「ちょっ…!!」「1人ずつ処刑する。処刑場はあっちだ。」デジャとヘザーはそれを止めるべく立ち上がろうとし、チェリは村人が持つ武器を奪い取ろうと力を発動しようとする。その時だった。「待て。」「!」ブローニャの一言が、皆の動きを制止させた。ブローニャは村長の目を真っ直ぐと見る。「…この3人は『神の力』を持っていない。『神の力』を持つ私が付き合わせて、従わせただけだ。こいつらは解放しろ。殺すなら私だけ殺せ。」「!!」ブローニャの言葉に3人は目を丸くし、村人達も動揺する。村長は冷や汗をかきながら、目を細めた。「…確かに、報告でもらっていたのは君の情報だけだね。」「そうだ。…こいつらは処刑対象には含まれていない。違うか?」「………そうだな…。」そしてチェリを連れ去ろうとした村人達は、手を離すと、今度はブローニャの方へと歩いて行く。「えっ、ちょっ…!」ブローニャは黙って、村人達に従って立ち上がる。突然の目まぐるしい展開と、本当にブローニャが処刑されかねないという状況に、チェリは焦り、どうすべきか分からなくなっていた。「(皆武器を持ってない。ヘザーも武器を作れそうな素材が手近に無い。村人達5、6人がこっちに武器を突き付けて来てる。私の力だったら相手から武器を奪えるかもしれないけど、縄で縛られて身動きが出来ないこの状況で、下手に動けば失敗するかもしれない。――…でも、早くしないと、ブローニャが……!!)」遠ざかるブローニャの背中に、焦りが加速する。デジャとヘザーの方を見るが、2人もどうすべきか考えあぐねている様子だ。「(もう…ッ、なんなの…!?なんでいつも勝手なことするの!?)」焦ってヒートアップした脳は、腹立たしさを増幅させた。そして―――「…ッあんた…、いい加減にしなさいよッ!!」「!?」その場にいた全員―――ブローニャまでもが、チェリに振り返った。「いっつもいっつもそうやってさぁ!!1人でなんもかんも背負ってッ!!ばっかじゃないの!?ばーーーーかッ!!!」「ちぇ…チェリ…?」呆けるブローニャに、構わずチェリがカミングアウトする。「私も『神の力』持ってるわよッ!!」「!?おい…ッ!!」思わずチェリの方へ足を踏み出すブローニャ。そしてヘザーもチェリに便乗する。「そうだぜ!!歳上だからって大人ぶってんのか知らねえけど、かっこつけてんじゃねぇよ!!…前も言ったけど、そんなんされても、あたし達嬉しくもなんともねえよッ!!」「ヘザー…、」「ちなみにあたしも、『神の力』持ってるからな!!」村人達がざわつき出した。「…私達と大して年齢変わらないだろうが…。ちなみに私は『神の力』こそ持ってないが、こいつらに加担してるから同罪だな。」「デジャ…!」その言葉に、チェリとヘザーもデジャを見やった。「やっ…、やるなら私達もやりなさいよっ!!ほらっ!!」場は混乱に陥っていた。自ら『神の力』を持つと明かしながらも攻撃をしてこない少女達に、村人達はざわめき始めた。その時、アレンが村長の元へと歩いて行く。「…親父、気持ちはわかるが…相手はまだ10代そこらの少女だ。…本当にこれが正しいことなのか…?」「…」「…俺にはあの子達が、過去の戦争で悪事を働いたような"悪党"と同じだとは思えない。」昨日からのブローニャたちの振る舞いややり取りを見ていると、ただの普通の女の子だとしか思えなかった。村長は目を瞑り、思考を巡らせる。視界を遮ったことで、周囲の村人達の話す声がよく聞こえた。―――「本当に処刑しないといけないの…?」「ここまでする必要があるのか…?」「この子達が悪いわけじゃないしなぁ…。」「そもそも何のために…?」―――明らかに迷いが生じている村人達に、このまま処刑を実行するのは難しいと判断した村長。「…一先ず、処刑は保留だ。そこに繋いでおきなさい。」そうして処刑は、翌日に持ち越されることとなった。
―――――その後の夜。「…全く、お前らも勝手なことをしてくれるな…。」ブローニャが呆れたように呟く。「「あんた(お前)にだけは言われたくない。」」チェリ、ヘザー、デジャが不機嫌そうな顔で、同時に同じことを言った。それを聞いて、どこか嬉しそうに笑うブローニャ。「…さて。お前らのおかげで猶予が出来たわけだが…。」「繋がれた場所も好都合だぜ。」そう言うヘザーの背後には大岩があった。4人は逃げられないよう、大岩に縄で括りつけられていた。ヘザーは『神の力』を使って、大岩からナイフを作り出す。「あとはあの見張りか…。」ブローニャ達の斜め前方には、うつらうつらと舟を漕いでいる1人の見張りが座っていた。ちらりとデジャが視線を移すと、先ほど昼間に回収した木の実の山が、籠の中に納められているのを見つけた。「おい、チェリ。」「ん?」「あれ、使えないか。」「!」デジャの視線に意図を察したチェリ。「…やってみる。ヘザー、ナイフいくつか作って。」「おーけー。」チェリは、ヘザーが作ったナイフを『神の力』で木の実の山まで移動させ、ミンアの実に突き刺した。刺したままナイフを浮かせ、見張りの頭上に運ぶ。位置を固定すると、別のナイフを木の実に刺し、引き抜きながら少しずつ下へと下ろしていった。その時、切れ込みから果汁が1滴落下し、見張りの額を濡らした。「ん…?」「やばっ…!」慌てたチェリは力の操作を誤った。その瞬間、ナイフがつるりと実をすり抜ける。「あ。」ゴッ、という鈍い音とともに、実が見張りの頭に落下した。見張りの男は意識を失い、その場に倒れこんだ。思わずヘザーは笑いをこらえる。「…思ってたやつと違うな…。」「まぁ、結果オーライだろ。」「ごっ…、ごめん、見張りの人~~!!」その後4人はヘザーから受け取ったナイフで、それぞれ後ろ手に縛られていた縄を切り裂いた。「は~~~…やっと自由になった…。」「いててて…腕が…!!」「さて、じゃあさっさと逃げるか。」そう言っていくつか果実を拝借して逃げ出そうとした時だ。「!」デジャが何者かの気配に気づき、ナイフを構えて臨戦態勢に入る。その様子に3人も警戒した。だが、物陰から現れたのは―――アレンだった。「あ…、あれっ!?もう抜け出してる…!」「アレン…!」その姿を見た途端、警戒を解くブローニャ達。その手には、ブローニャ達が着てきた服と荷物が。「見張りの人はどういう…。」「あー…はは…、…ごめんなさい、後で謝っておいて…。」「もしかして助けに来てくれたのか?」「勿論だ。君達は息子の恩人であり、…ただの無害な旅人だ。処刑させるわけにはいかないからね。」その言葉に、4人は安堵の表情を浮かべた。「町は、この道を真っ直ぐ行けば辿り着けるよ。村の馬を使うといい。」「…わかった、ありがとう。お前は戻ってくれ。―――私達は自分達で逃げ出した。お前は関わらなかった。…それで話を通してくれ。」「!――…やっぱり君達は、『神の力』を悪用したりなんかしないね。」そしてどこか寂しそうな表情を浮かべるアレン。「…君達も見てきたように、親父含めて皆、話がわからない人達じゃないんだ。殺しなんて、出来るような人達じゃないんだよ。話せばわかるだろうけど…理屈だけじゃどうにも難しい部分もあるんだ。…彼らのためにも、君達には逃げてもらえるとありがたい。」「…わかった。」「ロビンには、感謝を伝えておいてくれ。」「あぁ。」そしてブローニャ達は、村から脱出をした。
―――――朝。村の中はちょっとした騒ぎになっていた。朝になり、見張りが目を覚ますと、ブローニャ達の姿がないことに気づいた。村人達が周辺を探し回ると、馬舎のそばに手紙が置かれているのが見つかった。そこには、『すまないが、馬を借りていく。隣町で繋いでおくので後で引き取りに来てくれ。色々と世話になった。感謝している。』――と書かれていた。それを見て静かになる村人達。その様子は、明らかに安堵の色が見えた。村長は、ブローニャたちが逃げ去ったであろう道をじっと見つめていた。そこにアレンがそっと近づく。「…正直、ほっとしている。」「!」村長の言葉にアレンが驚く。村長は自分の掌を見つめながら呟いた。「…あんな子達を手にかけるなど、私にはできない…。」「親父…。」「…願わくば、二度とお目にはかかりたくないものだな。」「…」2人はしばらくの間、ブローニャたちが去った後の道を見つめていた。


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