【12話】ガラクタ


ブローニャ達は老人の馬車に揺られながら数日過ごし、やがて山の麓にある馬牧場へと辿り着いた。その眼前には雄大で大きな山脈が広がっていた。木々などは生えておらず、果てしない草原が広がっており、ところどころに岩が突出しているのが見える。全体的になだらかな傾斜で、一見歩きやすそうにも見えるものの、とてもではないが馬では登ることはできないように見えた。「えっ、ほんと?この山登るの?冗談でしょ?」そんな美しい山脈を見ながら思わずチェリが声を上げる。「そうだ。」ブローニャが真剣に答える。「結構距離長くない!?それから高くない!!?素人は山舐めちゃいけないってどっかの偉い人が言ってたわよ!?」「素人でも頑張れば超えられるレベルの山だと言っていた。それに、この時期であれば気温や天候から考えてもそれほど過酷ではないだろうともな。クラークも、『あの道を通ってきた君たちなら、きっと乗り越えられる』って言ってたぞ。」「ほっ…ほんとにぃ~~~!?」躊躇うチェリの横にデジャが立って諭す。「仕方ないだろ。確かに地元の人も旅人も、基本的には迂回ルートで行くそうだが、それだと追加で1~2日はかかるみたいだからな。」「馬に乗ってても?」「あぁ。あいつらに追いつくためには、このルートを通るのは必至ってことだ。」「…」ちらりと顔を横へ動かす。自分たちが通ってきた道の先は、確かに目的地の村がある方角とは別方向に向かっている。山脈の麓をぐるっと回って行かなければならないのだろう。そのためのこの馬牧場でもあった。ある程度盗人達との距離が近ければ、そちらのルートを進むという選択肢もあったのだろうが、今のブローニャ達には選ぶ余地などはなかった。チェリはここ数日の出来事を振り返る。ここまで盗人達との距離が離れてしまった原因に、いくつか自分が関わっていたことに責任を感じていた。山脈ルートを選ぶ理由を聞いて、断れはしなかった。「あ~~~もうわかったわよ!!『頑張る』って言っちゃったからにはやってやるわよ!!!」いつもより愚痴少なめに了承したチェリを見て、ブローニャとデジャは顔を見合わせ微笑んだ。そこにヘザーが歩いてくる。「聞いてきたよ。夜冷えるだろうけど、今持ってる防寒具でも十分だろうってさ。食料もちょっと貰ってきた。」「そうか。ありがとな。」「あと、もう金がすっからかんだぜ。」ヘザーは空になった巾着袋をブローニャに渡した。「……金銭的にも、もうここまでだな…。」それを受け取りながら苦い顔をするブローニャ。「最悪悪党どもから巻き上げりゃいいだろ。」「それもそうだな。」デジャとブローニャはしれっと話すとチェリがボソッと突っ込む。「とんでもないこと言ってる…。」「何言ってんだ。迷惑料くらい貰ってもいいだろ?」「…なんか、正義の味方なんだか悪者なんだかわかんないわね。」「…世の中は厳しいものなんだ、チェリ。覚えておけ。」そしてブローニャは歩き出した。「よし。決まったらさっさと行くぞ。」3人も、ブローニャについていくように歩き出した。
――――どこまでも続くような登り坂をはあはあひいひい言いながら登っていく。ところどころ休憩を挟みながら、少しずつ、少しずつ距離を伸ばしていく一行。何時間か歩き続けて、ふとチェリが後ろを振り返った。「えぇっ!?ほんとに高いじゃない…!」それにつられて3人も振り返って立ち止まる。「…!」「――――…」「うわ…ほんとだすげぇ…!」遠くにある山や森、草原などが遥か遠くまで見渡せた。それはダイア王国だけではなく、ワヘイ王国の方まで見えるのではないのかというほど。その広大な景色と、数か月かけて果てしない距離を辿ってきたというその事実に、4人とも思わず感慨深げに眺め続ける。「…本当に、遠くまで来たもんだな…。」「…うん。」「城下町って確かあっちらへんだよな?」「その筈だが、…全然見えないな。」「ガラクタを追って、国を2つも跨ぐなんてな。」デジャがそう言うと、3人も笑う。そして再び歩き出した。「私、城下町出た時より成長したと思わない!?」「したした。」「それはもう頼りにさせてもらってるぞ。」「最初はビビッて脅えてたもんな~。あの頃のチェリがもう懐かしいぜ。」「ちょっと!!」「それが今や、率先して動いて、堂々と戦えるようになったからな。…本当によく頑張ったと思うぞ。」「えへへ~!」「ヘザーも強くなったもんだ。」「へへ…そうかなぁ。」「あぁ。最初と比べて動きが段違いだ。」「判断能力も上がってる。安心しろ。私たちのお墨付きだ。」「やった!」「変わったというと、デジャも変わったわよね!」「あぁ確かに!最初は取っつきにくかったしな~。今はすげぇ話しやすいけど。」「正直な奴だな。」「…我ながらそう思う。」「おっ、素直じゃん。」「まぁ、事実だからな。」「私、今の素のデジャ好きよ!」「はいはい。」流してはいるが、満更でも無い様子だった。「まぁ、ガキのお守りをするのに適応したってことだ。」「はあ~~~~!?誰がガキよ!」「1コ2コしか違わねえじゃねぇかよ!!」「それぞれ自覚はあるってことだな。」「この前の山で思ったが、動物だ洞窟だソリだとかで一々はしゃぐのはどう考えてもガキだろ。」「ぐぬぬ…!!」「何も言い返せない…!!」「そういえば、あの山で見た花木は綺麗だったな…。」「あぁ!あのピンクの花ね!アレすごい綺麗だった~!」「ワヘイだと見ない花だったよな。」「あっちの方にはない種なのかもしれないな。」「花といえばあそこも!なんだっけ…村の名前忘れちゃったけど、名物おばあちゃんがいた村の近くの花畑!アレも綺麗だった!」「あぁ。いろんな色と種類の花が沢山咲いてた花畑だな。あれは隠れた名所だったな。」「ブローニャとかデジャまでほんわかしちゃって。」「めっちゃ優雅な時間だったなアレ。」その後も歩きながら思い出話に花を咲かせる一行。どこの町の料理やお菓子が美味しかっただの、偶然開催されていたお祭りやショーが楽しかっただの、そこで見た花火が綺麗だっただの。「ヘザーがブローニャと間違えて町の女の人に話しかけてたの面白かった笑」「うっ…うるせぇな!!」「大食い大会出た時、皆吐きそうになってたよな。」「みーんな青い顔してるの笑っちゃった!」「酒飲んで羽目外したら金盗まれて、4人血眼で町中探し出し回ったのとか。」「アレは肝が冷えたな…。回収できて本当に何よりだった。」「お化けが出るって話聞いたら皆へっぴり腰で情けなかったわね~。」「お化け強い奴が誰一人いないのが笑えるな。」「芋虫食ったのも新鮮だったな。」「いやッ!!思い出させないで!!」4人でふざけ合った時の記憶や、楽しかった記憶、笑い合った記憶、そして共に戦い、協力し合った記憶を辿る。「…どれも、今となっては良い思い出だな。」懐かしむように微笑むブローニャ。「旅行みたいなところもあるわよね。」「はは、随分と危険な旅行なもんだ。」「確かに沢山観光したな。」「旅行ならお土産買って行かなきゃだな!」「確かに!帰る時に買ってこうかな~!」「そういや帰りはどうするんだよ?」「取り敢えずディーンを拾っていくとして…。馬がないときついよな。」「別のルートも捨てがたいけど…。お世話になった人達に挨拶しながら帰りたいわね!」「確かに!」3人のやり取りを聞いてブローニャは瞳に決意を宿す。「ともかく、全員無事に帰ることが第一優先だ。」「!」その言葉に3人はブローニャに意識を集中した。「…悪いが、お前たちが何と言おうと私はそれを果たすからな。」「…ブローニャ…。」そしてブローニャは立ち止まると、後ろの3人に振り返った。「…お前らが大事だからだ。」風に髪をたなびかせながら、山の頂上で沈みかける夕陽を背に、どこか切なそうな笑顔で告げるブローニャ。その姿に、どこか儚さと哀愁を感じて胸が詰まる思いがする3人。「~~~~!!」咄嗟にチェリとヘザーが駆け寄って、抱き着いた。「うわっ!」2人を抱きとめながら思わずよろけるブローニャ。「わかってるわよ!!そんなの!!私だって同じよ!!」「んだよ!!こんなところで急にクソ真面目に…!やめろよなっ!!」そして力強く抱き締めてくる2人の体温を感じながら、ブローニャはデジャと目を合わせると、互いに微笑むのだった。そしてその後もしばらく歩くと、頂上を目の前にして日が暮れてしまった。「足元も危ない。今日はここで野宿にしよう。夜が明けたら出発だ。」そしてフードに身を包んで身を寄せ合いながら一度座り込む。「冷えてきたわね…。」「もっとくっつけくっつけ。」「お前は寄りすぎだ!苦しい!!」「しょうがねぇだろ~~!寒ぃんだから!!」いつものように騒ぎながら笑いながら寄り添って暖を取る。「見てみろ。星が近い。」上を見上げると、広大な星空が4人を包み込んでいた。それを見つめながら皆各々考える。当初の目的であった『ガラクタの回収』は、もしかしたらこの先の数日後に果たしてしまうかもしれない。それから先のことは、その時に考えればいいと思っていた。だが、その見通しが立たない未来が、4人の心の奥に、これからどうなるかわからない不安と、寂しさを生んだ。ガラクタの正体はなんなのか、悪党達は何がしたいのか、それを知った時、自分たちはどうすべきなのか、4人で今後もいられるのか――――…。皆がそれぞれの目的があり、志があり、信念があった。4人の目指す道は今後も同じなのか。「…」先日互いの意志を確認はできたものの、現実が4人を思う通りの道へ導いてくれるかもわからない。そんな一抹の想いを抱えながら、4人はそのまま寝転ぶと眠りについた。
――――夜が明け、地平線の向こうへ朝日が昇るころに4人は起床し、軽くストレッチすると再び歩き出した。そして少し歩いた先で、ようやく頂上に辿り着いたのだった。「わぁ…。」真っ先に頂上に足を踏み出したチェリが、その先にある景色を見て思わず声を漏らす。そんなチェリの後姿を見て気になったのか、3人もそれに続いて横並びになる。「…!」「…ここが…、…リテン王国…。」4人の眼前に広がったのは、背後の朝日に照らされた、リテン王国の独特の地形と風景だった。山や森に覆われ、高低差と緑が多かったワヘイ王国やダイア王国に比べて、リテン王国は平地が多く、緑だけではなく土色が土地の大半を占め、地域によって地形や風景が異なっていた。南の方には砂漠が広がり、西の方には渓谷が、北の方には巨大な湖も見える。「なんかすごい国だな…。」「同じ国の中でも地域によって気候が異なるようだな。」「わ~~~!すごい!こっちとあっちで全然景色が違う!」「アレがエテマ町か?」デジャが山の麓の家々が集まる場所を指さす。「そうだな。そしてあそこがテキン町だろう。」今度はブローニャが地図を見ながら指す。「…なるほどね。一度はエテマを経由する必要があるのね。」山の周辺を迂回して伸びていく街道がエテマを中継してテキンに伸びていくのが見えた。町同士、そこそこに距離があるように見える。「はぁ…。なんか緊張してきちゃった。」「この距離だ、山を下りる間に緊張も無くなるだろ。」「あはは、それもそうね!」「こりゃ下りるのも時間かかるな~。」「よし。時間も勿体ないし、そろそろ行くぞ。」「おう!」「まぁこれだけなだらかだし、登るよりは楽ね!」そうして4人揃ってリテン王国への足を踏み出したのだった。

それからまた数時間かけて、ブローニャ達は山を下りて行った。途中、あまりの行路にチェリが根を上げそうになったがなんとか踏ん張り足を進めた。
そして、昼も過ぎ、日が傾き始めた頃――――「…ついに来たわね、エテマ町…。」町に辿り着いた4人はその入り口に並び、緊張の面持ちで佇んでいた。ここで、ようやく盗人たちの顔とガラクタを拝めるかもしれない。「…今度こそ、逃がすわけにはいかない。」「うん。」「見つけたらすぐに教えろ。」「おう。」「…それじゃあ、行くぞ。」そして歩き出す4人。注意深く回りを見回し、不審な男たちがいないか探す。途中、聞き込みをするが男たちを見たという人間がなかなか捕まらない。「…まだ着いてないってことある?」「うーん…どうだろうな…。」テキンまでの距離を考えると、この時間であれば、そのままテキンを目指すよりもこの町の宿に泊まって休憩する筈だ。まさかもう行ってしまったのか、と不安がよぎり始めた時だ。「あぁ、それならさっき…」「!」目撃情報に皆が反応する。「さっきか!?」「え、えぇ…。あっちの方に歩いていきましたけど…。」そして4人は目を合わせて走り出した。「ありがとう!」走り去る4人をぽかんとした目で見つめる女性だった。クレアのいた町でのことがデジャビュのように浮かびながらも、急ぎ盗人の後を追う。チェリは周りに警備兵などがいないか警戒しつつ盗人たちの影を探す。今回ばかりは何者にも邪魔されるわけにはいかなかった。「(どこだ…。)」「(どこにいるの…!?)」前回のように逃がしてもよいという状況ではないがために、焦りが増す一行。見逃さないよう、逃がさないよう細心の注意を払って探す。そして――――「…おかしいな…。」「目撃情報があったのに何で見つからないんだよ!?」数十分と男達を探したが、一向に見つからなかった。4人集結して緊急の作戦会議を行う。「町を出た様子も無いようだしな…。」「急に町から消えたって!?」「そんな馬鹿な…。」「それかどこかの建物の中にいるのか…。」「…今、この町のどこかにいるのは間違い無い筈なんだ。…いや、なんかそれも自信が無くなって来たな…。」「確かにこの分じゃこの町にいるのかも怪しいな。」「もうテキンの方面の入り口で張る?」「二手に分かれて、テキンへ向かうかここで探すか…。」そうして4人で頭を悩ませながらあれこれ策を練っていた時だ。「!」デジャが何者かの気配を感じて振り返った。「…お前ら…!!」「!」そのデジャの反応にブローニャ達も振り返る。「…!!」そこには、2度も襲撃してきた、ディーンと別れるきっかけを作った野盗の集団がブローニャ達の方を見て佇んでいた。だがその人数は6人から4人となっていた。「はあッ!?こんなとこまで!?」咄嗟に臨戦態勢を取る4人。野盗集団の内、比較的小柄な一人がブローニャ達の方へと一歩前に出る。「…先日は、驚かせてしまってすみませんでした。」「…!!」頭巾の奥からややくぐもって聞こえるそれは、若い女の声だった。「…こちらへ。」そう言って女が目線を後ろにやりながら仲間へ促す。すると、一人の仲間が陰から何かを連れて現れた。それはハーネスも何もつけていない、一頭の馬だった。なぜ馬?ときょとんとするブローニャ達だったが、その馬をまじまじと見た時だった。「えっ…、」その馬の色、模様、顔立ちは、どこか見覚えがあった。思わず両手で口元を覆い、息を呑むチェリ。「うそッ…!!…もしかして、ディーン…!?」チェリが名前を呼ぶと、馬はチェリの方へ歩き出した。野盗の仲間はそれを止めるでもなく、そのまま行かせてやる。「えっ、えっ!?うそっ!!」チェリが両手を広げて待っていると、馬は近づき、チェリの前で立ち止まって、己の額をチェリの方へと差し出してきた。その所作は間違いなくディーンだった。「わ~~~~!!ディーンだ!!ディーンッ!!」そしてチェリは嬉しそうにその頭を両手で包み込んで自分の頬をこすりつけた。そして泣きそうな笑顔でわしわしと撫でてやる。ディーンもそれに嬉しそうに答える。ヘザーも嬉しそうに駆け寄ると、「まじかよ!!ディーン…!!こんなところで会えるなんて…!」その首を撫でてやると、ディーンはまた嬉しそうに目を細めるのだった。その様子に、嬉しさよりも困惑が勝ったブローニャとデジャ。「…なんで…、」そしてブローニャは目線をチェリ達から頭巾の集団へと移した。その時、女とかっちりと目が合う。女の目線は脳天まで射貫かれるのではと錯覚するほどに鋭く、真剣だった。そして女は凛とした声でブローニャに呼びかけた。「あなた方に、お話があります。」
――――「…ここは?」「空き家を借りました。」女たちに連れられて、町の外れにある2階建ての建物に案内されたブローニャ達。外には彼女たちが乗っていたと思われる馬たちが繋がれており、ディーンもそこへ並ばせて繋いだ。「ごめんね。ここで待っててね。」中に入ると、中央にテーブルと椅子があり、周囲にはソファや本棚等、いくつかの家具も置いてあり、ついこの前まで誰かが住んでいた様子がうかがい知れた。「そちらへ。」女はブローニャ達をテーブル卓の席へ促しながら、自分はその向かい側の椅子に座った。彼女の仲間達は、彼女の背後に佇む。「…」促されるまま、ブローニャも対面の椅子に座った。デジャ、チェリ、ヘザーも、ブローニャの背後に立った。「…それで、話とは?」「…その前に、自己紹介をしましょう。」そう言って女は頭に被っていた頭巾を取った。「…!」顔を晒した彼女は、黒い肌に、長く黒い髪を携え、まつ毛の長い整った顔立ちをしていた。その素顔は、とても野盗をするような人物とは思えなかった。「私はヴィマラと言います。」「!」「そしてこちらは左から、オレリア、サイ、ムダルです。」後ろの仲間達は名前を呼ばれて軽く会釈をする。「…私は、」それに応えようとブローニャが話し出した時、ヴィマラは片手を出してそれを制止した。「…わかっています。ブローニャ、チェリ、ヘザー、デジャですね?」「…!!」「なんで…、」「私たちの名前…」警戒する4人に対して、ヴィマラは冷静に答える。「私達はずっとあなた方を追ってきました。…いえ、正確には、あなた方が追う物と、同じ物を追ってきました。」「…!?」そしてヴィマラは再び後方の仲間へ目線で合図を送る。ムダルと呼ばれた長身の仲間は、窓際に置いてあった大きな袋を運んでくる。ヴィマラの傍らに、少し重量感のありそうなそれを置くと、その中から何かを取り出し、テーブルの上へゴトリと置いた。それを見て驚愕するブローニャ達。「これは…!」「…!」その目に映るは、やや大きな黒く歪な塊。「ガラクタじゃねぇか…!!」ブローニャ達が数か月かけて探し求めていた、“ガラクタ”がそこにはあった。だが、それだけではなく。「ていうか、なんで2つもあんのよ…!?」同じようだが、少し違う。瓜二つの“ガラクタ”がそこにはあった。「…あなた方が追っていた男達が持っていました。…おそらく、もう一つは途中で回収したのでしょう。」「!」思えば、盗人達の動向は1つ不自然な点があった。基本的には目的地に向かって常に最短ルートで進んでいた男達。だが一度だけ、温泉地を経由して迂回した時があった。「(まさか…)」別の仲間と合流して、このもう一つのガラクタを引き渡された…?そこではたとあることに気づいた。「…男たちはどうした…?」「!」ブローニャの問いかけに3人に緊張が走る。だがヴィマラは変わらず淡々と答えた。「離れで拘束して眠らせています。…後で、話を聞き出すつもりでいます。」だがそれまでの言葉がブローニャ達に混乱をもたらす。「…待て待て待て。わけがわかんなぇ…。なんであんたらがそれを追ってた?それで、なんであたしらにそれを見せてくるんだよ?」困惑して眉間にしわを寄せるヘザー。その疑問を解消するべく、ブローニャはヴィマラに率直に質問を投げかけた。「お前らは一体何者なんだ?」その問いに、ここからが本題、とばかりに、ヴィマラは纏う空気を一変させた。少しうつむき加減にすると、厳かな様子で言葉を選びながら紡ぎだす。「…私達は、『神の遣い』の民族です。」「!?」「はあ…!?」そして懐から何かを取り出すと、それをテーブルに置いた。古い本のようだった。「これは、私たち民族に代々伝わってきた、“神と人との記録を記した”、ただ一つの原書です。」「…!」そしてヴィマラはその表紙の上に手を置いた。「ここには、『神の力』にまつわる逸話の“真実”が記されています。」そして本のページを開くと、ブローニャの目を見た。「…あなた方は、このお話をどこまでご存知ですか?」神がなんだと?とたずねようとしたが、一先ずは目の前の女の話に合わせることにしたブローニャ。「…つい先日読んだ本で、大方の内容は知っている。」「では、『神の力』を与えられた者達が、より大きな力を欲して神にお願い事をした…ということも?」「あぁ。その本では、神が人々へ、世界のどこかにある”鍵”を探し出し、”扉”を開くことができれば大きな力を授ける、と伝えた、と…――――」ブローニャは自分で話している内に、まさか、という表情に成り代り、思わず途中で言葉を失った。それを見て3人も察する。そんな馬鹿な。まさか…冗談で言い合っていたあの内容が?そんなこと、ある筈がない。そんな4人の様子を見て、ヴィマラ達はその思考を見抜いた。「…それなら話は早いですね。」そしてページを捲り進める。そこに書いてある内容を要約しながら読み上げていく。「…ここには、“神が人々へ鍵を探すように指南した直後、遥か天の向こうから何かが降ってくるのを見た”、と書いてあります。そして―――…“その降ってきた“何か”は、上空で砕けて、“十数もの欠片”となり、各地へ散らばった“のだとも。」「……まさか…!」「えぇ。その内の2つが、こちらです。」そう言ってヴィマラは2つの“ガラクタ”に触れた。「…!!」「これは、逸話――――…いえ、古の記述に出てくる、“鍵の欠片”なのです。」そう告げる彼女の表情は、これがおふざけでも、作り話でもないことを物語っていた。それだけ真剣な表情で、まっすぐとブローニャの目を見つめていた。そして再び目線を本に落とすと、ページを捲った。「…私たちの祖先は、『神の力』を得た人間の中でも、穏健派の一派でした。」そして本の最後の方にはこういった記述があるという。「私達の祖先は、神より欠片の一つを手渡された上で、『結末はあなた方が決めなさい』と仰せつかったそうです。私たちの民族は代々その教えに従って、この話と神の意志、そして欠片を継承してきました。…欠片が一つでも足りなければ、鍵は完成しませんから。決して、悪しき者の手に渡してはならないと、授かった欠片を大事に大事に、守り抜いてきました。長い歴史の中で、残りの欠片も確保することも検討されましたが、この広い世界の中、欠片が落下した先の手掛かりは殆どなく、それを探すための人員もありませんでした。そもそもが、“触れてはならない”ものであろうこと、そして、この『神の力』の逸話を知る者や、『神の力』を有するものが年々減っている状況もあり、“そっとしておくべき”だとの決断を下したのです。ところが…」ヴィマラは本から手を退かせて、俯いた。「ここ数年で、例の悪党組織が急激に勢力を増し、この“欠片”を集めているという噂を耳にしました。…そこで我々は気づきました。もしかすると、ここに書かれた逸話の真実を、彼らは知っているのかもしれない、と。そして、『神から与えられし大きな力』を手にするために、“鍵を完成させる”つもりなのではないかと。」「…!」「実情を調べるべく、私たちは民族内の仲間を数人、悪党組織へ密偵として潜り込ませました。ですが既に悪党組織は巨大化しており、その上層部については、人も居所も不明で、簡単に接触できないような組織構造が出来上がっていました。下の組織の者は、上からの命を受けているだけで、上が欠片を欲している理由はわかっていないというのが現状です。そうして内情を把握する中で、私たちはとある情報を入手しました。それは―――…『ワヘイ王国の城の倉庫に、欠片が保管されている可能性が高い』という内容でした。」「!」ブローニャ達の混乱した思考が、その1点によって引き戻された。「彼らは古物商等の情報網を利用して、欠片の情報を集めていました。その内の情報の一つが、ワヘイ王国の宝だったのです。」そこまではきはきと説明していたヴィマラだったが、少しトーンを落とす。「…彼らの真の意図はわかりません。…ですが、欠片の集約によりもたらされる力は、世界各地で人を殺め、破壊の限りを尽くし、悪行に手を染め続ける彼らにこそ、渡してはならないものだと感じました。そして思いました。私たちは、彼らよりも先に、少しでも多く、欠片を集めなければならないと。」「…」「…そして私達は、ワヘイ王国にあるという欠片を求めて、東へ向かいました。」ヴィマラは、自らが与える膨大な数の情報に、目の前のブローニャ達が処理しきれていないであろうことを察していたが、ひとまずは顛末を伝えきらないといけないと、そのまま話を続けた。「ここで一つお伝えしておかなければならないのが、私の『力』についてです。」その言葉に、4人の視線が集中する。「私には、『神の力』を“感知する力”があります。民族の中でも、ただ一人に与えられし力です。…故に私は、民族の中では『巫女』として扱われています。」そこで4人はヴィマラがリーダーのような振る舞いをしている理由に気づく。「『神の力』を感知…だと?」「えぇ。正確には、“『神の力』を宿す対象がわかる”力です。…私には、『神の力』を目に見たり、気配として察することができます。そして、力を持つ者と、持たざる者を見分けることができる。例えばブローニャ、チェリ、ヘザー。あなた方3人は『神の力』を有していますが、デジャ、あなたはお持ちではありませんね。」「…!」「そしてもう一つ、大事なことが。…この私たちの目の前にある、“鍵の欠片”にも、『神の力』は宿っています。」「…!」「私には、人の持つ『神の力』と、このガラクタに備わる『神の力』を区別して感知することができません。…故に、荷馬車に乗るあなた方の『神の力』と、欠片に宿るそれを誤認してしまいました。」「!まさか…、」「えぇ。一番最初――――…ワヘイ王国の城下町の近くであなた方を襲撃した時…。私達は、あなた方こそが『城から欠片を奪った悪党』だと認識していました。」「…!」4人は彼女たちに襲われた時のことを思い出す。「『悪党組織の一派が、ワヘイ王国から欠片を盗み出すかもしれない』という情報と、リテン王国方面に向かう荷馬車…そしてそこから感じる『神の力』…。その上、女性4人だけであんな道を進んでいるだなんて、…正直に申し上げますと、不審に感じました。悪党達と手引きしている運び屋なのではないかと。」ヴィマラの発言にどこかバツの悪そうな表情を浮かべる4人。「…あなた方もご存じの通り、『神の力』を持つ人間の数は極少数です。それが3人もいるとは、私も…。」そして申し訳なさそうに俯くと、「…これはただの言い訳ですね。」と訂正する。「…ともかく、」そう言ってヴィマラはその場で立ち上がる。「…あの時は、申し訳ございませんでした。」そう言って頭を下げた。それに倣って、後ろの仲間達も頭を下げた。突然の振る舞いに4人は目を丸くする。「私の早合点で、確認もせずにいきなりあなた方を襲ってしまって…。大変不躾だったかと思います。心から、お詫びいたします。」そしてしばらく頭を下げた後に、やがて上げた。「…彼らは、私の命に従っただけです。全ての責任は、私にあります。」仲間達も顔を上げた。その謝罪には、ブローニャ達に無作法を働いたことに対する負い目と、誠意が感じられた。だが、ブローニャ達からするとその結論に至った理由がまるでわからなかった。「…その後、私達を信用した理由はなんだ?」ヴィマラは閉じていた目を開くと、過去を辿るように再び話し出した。「あの時…チェリ、あなたの力を見て、もしかしたらあなた方が“『神の力』を持っていただけの、ただの一般人であったかもしれない”と思い立ちました。私のただの誤解であったかもしれないと。…そしてそれを確かめるべく、私達は城下町に向かい、情報を集めました。その時に、あなた方が盗まれた欠片を取り返すために派遣された、使者なのだと知ったのです。」そしてヴィマラは再び椅子に座り込んだ。「そして私達も後を追うようにあなた方の辿った経路を進みました。…そしてその中で、あなた方が通り過ぎる町や村で、『神の力』を使って良い行いをして来たことを知りました。『神の力』を悪用するのではなく、良い方法で活用する。…それだけで、信用に値すると判断しました。」「…」「そしてあなた方に接触しようとして、あの山に向かったのですが…――――…裏目に出てしまいましたね。」ブローニャ達はヴィマラ達を野盗と誤認し、逃げ出してしまった。挙句、ディーンを失い、道に迷い、足止めを食ってしまったのだった。「ディーン…彼とはあの後、森の中で遭遇しました。」「!」「暴れ回りようやく落ち着いた彼は、私たちが近づいても警戒しませんでした。…私は、ハーネスが重そうだと思い、外して解放してあげました。…その時、もし彼がその気になれば、このまま自然に還してやるのも良いかと思い、そのまま放っておいたのですが…。…でも彼は、先を進む私達の後をついてきました。…まるで、私達があなた達を追っていたのを知っていたかのように。」「…!」「…あなた方は、私たちのせいで道を逸れてしまった。このままでは盗人達との距離も離れてしまう一方だと思いました。…そこで私達は、あなた方よりも先に彼らの元へ辿り着き、欠片を回収することを優先したのです。…この町に辿り着いた時、すでに彼らはいました。そして…眠らせると、この欠片を回収したのです。」
「…以上が、私達の正体と、事の顛末です。」そうしてヴィマラが話し終えると、その場に沈黙が落ちた。するとヘザーが少し冷や汗をかきながら笑い出す。「…っはは、…おいおい…。そんな話信じろってのかよ?神の遣いだ、感知する力だ、そんな馬鹿げた話をさ。」ヘザーの反応も無理はないことだというように、ヴィマラは目を伏せながら答える。「…難しいことだとはわかっています。証拠も、この本と私の力しかありません。ですが…今お話ししたことは…、紛れもない、どうしようもない真実なのです。」そして再び静寂が訪れた。しばらくすると、ブローニャが静かに口を開いた。「…この話を私たちにして、お前たちは何がしたいんだ。」ヴィマラがブローニャを見ると、腕を組んだブローニャが、厳しく、見定めるような目をしてこちらを見ていることに気づいた。ヴィマラは若干の冷や汗をかきながら答える。「協力していただきたいのです。」「!」「悪党組織から欠片を取り戻し、彼らの思惑を止めることに。…あなた方の戦力については、この旅の中でよく理解しました。彼らと戦うには、あなた方の力が必要だと認識しました。…是非、味方になっていただきたいと思い、この話をしました。」「…お前たちに協力して、私達に何の利点があると?」珍しくブローニャが冷淡な態度で、ヴィマラ達の提案をはねつける。そしてブローニャはふうと軽くため息をついてその意図を話し出す。「…そちらはこちらを信用してくれているのかもしれないが、私達はお前らを信用していない。」「…」「今の話も、この本の内容も、いくらでも作ることはできるからな。」ブローニャの言葉に、“オレリア”と呼ばれた仲間が一歩前に出ようとする。が、ヴィマラがそれを制止した。「この“欠片”とやらの真の価値や用途がそうであるという明確な証拠はないし、お前たちが悪党どもの仲間である可能性も、あの盗人達と結託して私達を欺こうとしている可能性も捨てきれない。寝首をかかれる危険がある以上、私はお前たちと協力はできない。」「…」デジャはブローニャの横顔を見る。彼女も、仲間を守る立場にいる以上、慎重にならねばならなかった。「…確かに、私たちが彼らの味方ではないと証明することは、…できません。」ヴィマラは俯き加減に苦しい表情を浮かべる。しばらく待っても言葉が出てこない様子に痺れを切らし、「それなら話は終わりだな。」そう言ってブローニャが立ち上がる。だがそれでもヴィマラは何も言えずにいた。「これは返してもらおう。」だが、そう言ってブローニャが欠片の一つに手を伸ばした時だった。咄嗟にヴィマラが立ち上がり、その手を抑える。「…これをお渡しすることはできません。」「…何?」ブローニャの目をまっすぐ見つめながら、その手を離さない。「…危険だからです。いつ何時、彼らがこれを狙って襲撃してくるかわかりません。それにこれは…城の地下倉庫に放っておいてよい代物ではありません。」それは、今までの彼女の発言内容から察するに、ブローニャ達の身を案じてと、悪党の手に渡る危険性を考慮しての発言のように見えた。だがそれは、欠片を渡したくはないがための言い訳とも取れた。ブローニャとヴィマラは双方睨むように見つめ合う。ヴィマラの背後で仲間達が武器に手をかけるのが見えた。それを見てデジャも懐の武器に手を伸ばす。二人と、その周囲の人物達の緊張感のある駆け引きに、チェリとヘザーもごくりと唾を飲み込んだ。引くか、押すか。どうすべきかその場にいた全員が考えあぐねていた時だった。「ぶっ…、ブローニャ…!」チェリの呼びかけに全員の視線が集中する。「…も、もうちょっとさ、話をしてみない…?」「!」しどろもどろになりながら、彼女は自分のリーダーへと提案をする。「ディーンをここまで連れてきてくれた恩もあるし…。このままハイさよなら!ってのも、なんか…悪いっていうか…。」「…それがこいつらの作戦である可能性だってあるんだぞ?」「!」恩を売って協力してもらう。悪党共の常套手段だ。ブローニャはチェリに現実を教える。だがチェリは珍しく引かなかった。「…私は、この人が嘘ついてるとも思えない…。」「!」「…それに、ブローニャだって言ってたじゃん!『協力者は多い方がいい』って。」「…」「そんなに大きな組織相手にするなら、私達だけじゃどうしようもないわよ。…それに、この人たちの話が本当なら、――――…っていうか真実が何にせよ多分、その欠片っていうのを悪党達に渡しちゃいけないっていうのだけは、きっと本当なのよ!!」「…」「チェリ…。」チェリの言葉の数々に、ヴィマラの瞳が揺れた。その瞳を見たチェリはブローニャに頼み込む。「な、なんかあったら私が責任取るから!!私が責任もって、皆を守るから!!」今度はその言葉に、ブローニャの瞳が揺れる。チェリは次にヴィマラ達に向かって言い放つ。「でももし、あんた達が何か悪だくみしてたり、私達を騙そうとしてるなら、私は絶対許さないし、すぐに解散だからね!!」チェリの言葉に場が静寂に包まれた。だが、その空気は先ほどまでのように剣呑なものではなくなり、些か穏やかなものに変わっていた。――――チェリは、もしこれが味方を増やすチャンスなのであれば、逃してはならないのではないかと思っていた。自分たちも力をつけてきたと自負してはいるが、たった4人でできることなど限られる。特にこの、リテン王国の広大な大地を見ては、広く果てしない世界の中で、できることを増やす選択をしたかった。それもこれも、3人の仲間を守るためでもあった。そして、デジャとヘザーの目的を果たさせてやりたいという思いも。ブローニャと方針は違えど、その想いは同じだった。「…」ブローニャはちらりとヘザーとデジャの顔を見る。二人はその意図に気づく。「…あたしはチェリに賛成だぜ。」「…私も、特に異論はない。」「…」「二人とも…。」二人が賛同してくれるのは予想外だったチェリ。二人は、チェリとブローニャがそれぞれその選択に至った経緯に両方感づいていた。「…」そして今度は、ブローニャはヴィマラの目を見た。ヴィマラも、ブローニャの瞳が選択に揺れていることに気づいた。そしてきゅっと顔を引き締めると、ブローニャに宣言する。「…決してあなた方に危害は加えないと、裏切らないと約束しましょう。私達は、あなた方に包み隠さず真実のみをお話します。…私達とあなた方は、志は同じ筈です。」「…」「…私達は、この世界の平穏を守りたい。…それだけです。」そうして今度は、先ほどと違いどこか落ち着いた、柔らかい視線で互いを見つめ合う。しばしそうした後、ブローニャはゆっくりと目を閉じた。「…わかった。」「!」そう言ってブローニャは欠片から手を離すと、再び椅子に座った。そんなブローニャに対して、ヴィマラは提案した。「…しばらく、私達が信じられないと言うのであれば、欠片は一時的にお返しします。」「…あぁ。…それから先に言っておくが…。」「…なんでしょう。」「この3人を傷つけるような真似をすれば、私は決してお前たちを許さない。」「!」ブローニャのその目に容赦はなかった。「…もちろん、お約束します。」
そして暫定的な結託をしたのだった。ブローニャとヴィマラ、互いに握手をしてその証を取り交わした。


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