【13話】特殊兵士部隊


「その…さっきはああいう態度をしておいてなんなんだが…。…実は私達はもう、金が一銭もなくてだな…。」「ワヘイ王国から遥々来たのですから、無理もありません。…そもそも、その一端を担ったのは私たちでもありますから…。金銭や食事のことは気にしないでください。私達が出します。馬も貸しましょう。」「!…お前ら良い奴だな…。」「良い奴の基準低くね?」「何言ってるんだ!金は大事だろ!!」皆で今後の方針について一先ず合意した後、夜を過ごすため、ヴィマラ達は貸家に止まり、ブローニャ達は宿に泊まることになった。翌日の集合場所と時間を確認した後、それぞれ別れる。「…ブローニャ、」「ん?」ディーンにお休みの挨拶をしたチェリがブローニャの元へ近寄る。「…ごめんね、勝手なことして…。」「…何言ってるんだ。」そう言ってブローニャはいつもの優しい微笑みを浮かべる。「ありがとな。実は私もどうすべきか迷ってたんだ。お前の率直な意見が聞けて良かった。助かった。」「!」「あいつらの真意がわからない以上、話を鵜呑みにすべきかどうか、あの状況では判断ができなかった。だからわざとああいう態度をとって、相手の出方を窺ってみたんだが…。」「そんなことだろうと思った。」ブローニャの言葉にデジャが呟く。「そ、そういうこと!?」「勿論、発言した内容はすべて本心だけどな。」「まぁでも確かに、あの話が全部作り話なら、あたし達を引き留めるにしても、もう少し上手い言い訳考えておいてもよさそうだもんな。」「う~ん、それもそっかぁ…。」皆の見解にデジャが自身の考えを述べる。「…まぁ、他の3人は知らないが、あのヴィマラとかいう女は信用してもいいかもな。私の目にも、嘘をついてるようには見えなかった。」「!」「…でもよ、あの話信じるってことは、『神』の存在と、あいつらが『神の遣い』だってことを信じるってことだぜ!?」「…まぁそれに関しては…あくまで『神』としているだけの別の何かだって可能性もあるから、今のところはなんとも言えんな。」「っていうと?」「あぁ…自然現象をお化けだなんだと勘違いした、なんてのは昔からよくある話だしな。」「そうだ。それに、星が降ってくるって話もあるだろう。天体に詳しい奴がその予測をして…そんな出まかせを言って脅かした、なんてのもあるかもしれない。」「あぁ!確かに、極まれに星が地上に落ちてくるってことがあるみたいよね!授業で習った!」「その星の欠片ってことか…?」「天の空の落下物ってだけで、もしかしたら相当な価値があるものなのかもしれないな。それかよっぽど希少な星の欠片なのか…。古物商からしたらよだれが出るほど欲しいものなのかもしれないぞ。」「…でもさぁ、『神の力』に関しては、どう説明つけるんだよ?」「…うーん…それに関しては私も何とも言えないな…。」「例の研究資料でも結論は出てなかったんだろ?」「あぁ…。」町に辿り着き、静かな灯に4人は照らされる。「…まぁなんにせよ、全部これから確かめていけばいいさ。デジャとヘザーの用事を果たすついでだと思えばいい。」「!」そしてブローニャは、得意げに欠片が入ったカバンを掲げる。「王国の宝はこうして私達の手元に戻ったんだからな。」そこで4人にようやく実感が湧いてきた。長い長い、数か月にも渡る旅路の中――――仲間達と協力し、共に苦難を乗り越えながら歩んできた道のりの中で、一番の目的を果たしたのだと。だが感慨深げに思っていたのも束の間、デジャの一言で皆途端に冷静になった。「まぁ取り返したのはヴィマラ達だけどな。」「ぐっ…!」「どうせなら自分たちの手で取り返したかったわね~。」「なんか拍子抜けだよな。」そう言って笑い合った。「まぁ贅沢は言うなってことだ。寧ろ金は出してもらえるんだからありがたいことだろ。」「確かに!それはでかい!」「ま!あいつらがたとえ敵だとしても大丈夫だろ!あたし達ならさ!」「慢心はするなよ。」「わかってるって!」そうしてこれまでと変わらぬいつもの調子で、宿の中へと入っていくのだった。
――――その日の夜、3人が寝静まった後に、ブローニャは一人机に向かって王国に向けた手紙を書いていた。万が一手紙が紛失してしまった場合に備えて、ぼかしながらも、かつきちんと内容が伝わるよう配慮しながら、ありのままの真実を事細かに記していく。だが終盤まで書いた時にふとペンをあごの近くまで上げて頭を悩ませる。「…流石の大親様も心配するか…?」そう思い、締めの文を書くのをやめ、その間に追記の文章を入れた。「…『こちらで協力者もできたので、心配もいらない』――――…とでも書いておくか。」それが実現するかしないかにかかわらず、一先ず大親様を安心させた方がいいだろうという子心であった。ざっと見返して満足すると、手紙を封に入れて床につく。3人がくるまる布団を見ながら、先ほどの出来事を思い出す。チェリの啖呵が脳裏によぎり、「(…すっかり頼もしくなったもんだ。)」と少し笑みをこぼすと、そのまま目を閉じて眠りにつくのだった。
――――――翌朝、ヴィマラ達が泊まった貸家に向かったブローニャ達。ディーンやほかの馬達に挨拶をしてから中に入った。そこには、装束を見に纏い頭巾を被って既に準備を整えたヴィマラ達がいた。「…こちらへ。」そして案内されるがままに地下へと向かう。重い扉を開けると、そこには、「!」ブローニャ達がずっと追っていたのであろう、盗人達が目隠しをされ、後ろ手に縄で縛られて座り込む姿があった。ヴィマラ達の姿をとらえた頭巾の男が盗人たちに告げた。「…おい、もう一度詳細に教えろ。」すると盗人たちは衰弱した様子で答えた。「…だから、俺たちはただ頼まれて運んだだけだって!!テキン町の酒場の親父に渡してくれってよ!!」「おい…!馬鹿がッ!!」どうやらそれは初出の情報だったらしい。隣の男が思わず漏らした男を足で蹴る。「だーーーーッ!!もういいだろ!!あんなわけわかんねぇもん長距離運ばされて、盗られて捕まって飯抜きにされて!!もう限界だ!!」「お前せっかくの報酬が…!!アレを無事届けたらいくら貰えたと思ってんだ!?」「ここに来るまで何か月かかったと思ってんだよ!!!全部水の泡じゃねぇか!!」「そもそもお前が地図落としたのが悪いんだろうが!!」「それを言うならこいつらにさっさと捕まったお前らだってなァ!!!」どうやら空腹による苛立ちで仲間割れしているらしい。3人でぐちぐちと言い合っている。「…あたしらはこんな奴らのために数か月も…。」「てっきり有能な奴らかと思ったがな。」「報酬だって本当に希望の額貰えるかもわからねぇのによくもやったもんだ。」「あ…そっか…。悪党だもんね。約束守るかもわからないもんね…。」その様子を冷静に見ているブローニャ達と、ため息をつくヴィマラ。「…彼らに食料を与えてあげてください。」「!いいのですか?」「これ以上彼らに聞けることはないでしょう。…届け先がわかっただけでも良いとしましょう。」そしてヴィマラはブローニャに振り返る。「…彼らをどうするか、お考えはありますか?」“ワヘイ王国の宝を盗んだ者“という前提がある以上、ブローニャ達に判断を委ねるべきだとヴィマラは判断した。「…特にない。こんなところからワヘイ王国まで連れ帰るわけにもいかないしな。それに、”宝“が無事手に入った今、私達からすれば、もう用無しだ。」「…わかりました。」そして再び盗人たちを見張っていた頭巾の方を見る。「…では、私達が去ってしばらくしてから、彼らを解放してあげてください。欠片が手元にない以上、どの道彼らはテキンに行く理由も、依頼元に会う理由ももうありませんから。…私達が後を追う中で、彼らはワヘイ王国での窃盗以外、特に悪事を働いたような様子は見受けられませんでした。警備兵に引き渡す必要もないでしょう。」そうしてヴィマラはブローニャ達を促して再び上階へ戻った。ヴィマラとブローニャが対面に立ち、それぞれの後ろを仲間達が取り囲み、昨日の焼き直しのような状態となった。「…それでは、昨日お話した通りでよろしいですね?」昨日、協力を合意した後に今後の方針を決めた。それは、テキン町へ行き、彼らの届け先である酒場のマスターに話を聞くということだ。「…あぁ。」決意のこもった目で返すと、ヴィマラも答えた。「では、すぐにでも参りましょう。」そして装束を翻すと、扉の外へと向かって行った。
――――テキン町に向けて、荒野を歩いていく一行。前方にヴィマラ達、そして後方にブローニャ達と並んで進む。ブローニャ達もディーンの他に馬を1頭借りて、ブローニャとチェリ、デジャとヘザーとそれぞれが馬に乗って進んでいた。数時間馬を進めた後、いくつかの大岩が転がる地帯に辿り着いたところでヴィマラが「そろそろ休憩にしましょう。」と言い出した。――――ブローニャとヴィマラが地図を見ながら今後の進む方向とその後のことについて話し合っている間、他の仲間が入り交じりながら岩に腰掛け休憩に入っていた。その時、ヴィマラと同じ馬に乗っていたオレリアがどさっと大岩に座り込むと、自らの頭巾に手をかけた。「はあっ…、これ暑苦しいんだよな~。」オレリアはそう言って自らの顔を隠していた頭巾を外した。「!」その顔にチェリとヘザーは驚愕する。「…お前、そうやってすぐに素顔を晒すんじゃない。」「あぁ?別にいいだろ?ほら、周り見てみろよ。どうせこいつら以外誰もいないんだしさ。」「…」そう言われてサイは言われた通りあたりを見渡す。「…」「お前も取っちまえよ、ソレ。息苦しいだろ?」「…」そしてこそっと自らも頭巾を取るサイだった。「お前…。まぁいいか。」そしてムダルも頭巾を取った。「お前らそんな顔してたのか…。」思わずデジャがこぼす。「おうよ。悪かったな、顔も出さずに。“伝統的な民族衣装”ってヤツでさ。外の奴に顔を晒すなって言われてるんだが…。まぁ、古い伝統なんて私らにとっちゃ割とどうでもいいからさ。」「適当だな。」「あっはは!昨日はああやってかしこまってたけど、いっつもこんな感じでもっと適当だぜ?」その時チェリが立ち上がってオレリアを指さした。「女の人じゃん!」それに動じることなく口角を上げながら飄々と返すオレリア。「そうだよ、女の人だよ。オレリア“姉さん”って呼びな、ガキども。」「オレリア姉さんはいくつなんだよ?」「24だよ。」「へ~ブローニャより下かと思った。」「どういう意味だよ!?そもそもアイツはいくつなんだ?」「21。」「えっ、マジか…。」「はは、確かにあの子はしっかりしてるもんな。お前の方がガキっぽいぞ。」「あぁ!?」胡坐をかき、あごに手を乗せ、ブローニャとヴィマラを見ながらオレリアが呟く。「…しっかし、私より歳下だろうに、どいつもこいつもしっかりしてんな…。」「大概の女性はお前よりはしっかりしてるだろうよ。」「このッ…!一々余計なんだよ!」サイのいじりに返すと、オレリアは今度はチェリ達の方を見た。「…お前らも、ワヘイ王国からよく頑張って来たよ。その若さでさ。一筋縄じゃいかない場所や状況ばっかりだったろ。すげぇことだと思うぜ。」「!」「…それを言うならお前たちだって、私達の倍は同じ道を辿ってるだろ。」「お姉さん達は大人な上、経験豊富だからいいんだよ!…それに、私達には明確な目的があるからな。」「!」昨日の話を思い出すデジャ達。そんな3人の表情を見てか、オレリアが苦笑いする。「…あの話、信じられない気持ちも正直わかるけどな。私が逆の立場だったらきっと信じねぇよ。」「!」こちらの考えに理解を示したような言葉に、3人は驚きを隠せなかった。サイとムダルも同様のようだった。これほどまでに気さくな彼女達は、“古い伝統なんて”、“適当やってる”、と言っているにも拘らず、昨日の話の内容だけは否定する様子がない。長い旅路を、危険を冒してまで欠片を集める理由、それはやはりあの話が真実だからなのか?3人の心が揺らいだ。「…ただ、私らの“姫”も若いながらに苦労しててさ。古い過去から蓄積されてきた、民族としての重責を一身に担ってるんだよ。…あんなおとぎ話みたいな内容に、人生振り回されて、苦労して、辛い思いをしてきたのも、…私達はずっと近くで見てきて、知ってる。」「!」「すぐには信じられないと思う。…でも、そのことだけは、わかってやってほしい。」その表情と言葉に、オレリアがヴィマラの“姉”のような立場であることが窺えた。他の2人も同様に、ヴィマラにとっては“兄”のような存在なのだろう。「…」チェリはヴィマラの必死な様子と、昨日のある言葉を思い出していた。――――『私には、『神の力』を“感知する力”があります。民族の中でも、ただ一人に与えられし力です。…故に私は、民族の中では『巫女』として扱われています。』――――チェリ達が考えを巡らせていると、オレリアが重い空気を断ち切るように明るい口調で言葉を続けた。「…ともかく、そういう理由がある私達はともかくとして、お前らはなんでそこまでしてあんなもの取り返しに来たんだ?自分たちでも“ガラクタ”だって言ってただろ?」その問いに、ヘザーが口を開こうとしたときだった。ブローニャとヴィマラが近づいてきて、皆に告げた。「そろそろ、先に進みましょう。」「はあッ!?もう!?」「あと少しなんだから我慢しなさい、オレリア。」「ちぇーっ。」オレリアが先に抗議したことで、チェリの文句を言うタイミングが無くなってしまった。開きかけた口を閉じるチェリの様子を見て、デジャとヘザー、そしてブローニャがほくそ笑む。それを睨みつけながらも、皆に倣って馬に向かうチェリだった。――――そして再び道を進める一行。しばらく進んで、チェリが空腹に音を上げそうになった頃、昼飯を食べることとなった。「わぁ…!!」目を輝かせるチェリとヘザーの目の前には、彩の良いサンドイッチがいくつか入っていた。「昨日ムダルが拵えてくれました。彼はこういうのが得意なんですよ。」「…本当に簡単なものだぞ。特に今日は人数が多かったからな。」「…こんなものまで…悪いな。助かる。」「気にするな。」ブローニャが罪悪感を覚え始めている様子を見ながら、チェリとヘザーが苦笑いをする。おいしいおいしいと嬉しそうに頬張るブローニャ達一行の様子を見て、ほほえましそうに見ているヴィマラ達と、どこか嬉しそうなムダルの様子があった。「でも、そろそろデジャのご飯が恋しくなってきたわね…。」「…いいだろ、私の飯なんて。」「そんなことねぇよ!お前の腕は確かだ!もっと自信持てよ!」「その熱量恥ずかしいからやめろ!」「じゃあ次はデジャにお任せしましょうか。」「そうだな。材料だけは拵えてやる。」「勘弁してくれ…。」そして一行は笑うのだった。――――「ところでお前たちの民族は、これまでに一体いくつ欠片を集めたんだ。」デジャの問いかけにオレリアが宙を見る。「そうだな…。元々民族の中で代々伝わった欠片が一つだろ?あとは噂を聞いた山奥で見つけたのが一つ、砂漠地帯の渓谷の神殿の中で見つけたのが一つで…。んで、昨日の二つだ。」先日のヴィマラの言葉に従い、正直に答える。「5つか。」「たったの!?」「確か全部で十数個はあるんだろ?…全然じゃん。」素直なチェリとヘザーのリアクションにヴィマラ達も気まずそうに視線を落とす。「…こちらもこちらの情報網で探してはいるのですが…。」「結局噂を聞いて現地に探しに行っても、本当にただのガラクタだったり、何にもなかったり…って、ハズレも多いんだよ。ヴィマラがいれば早めに見つけられはするものの、なかなか噂のある全個所に連れて行くわけにもいかねぇしさぁ。」「まぁ、そりゃそうよね…。」「そういや保管はどうしてるんだよ?」「秘密裏に隠してるんだ。見つける度に仲間があちこちに隠しに行ってな。その場所は、民族の中でも信頼できる一部の人間しか知りえないようにしてある。念のため担当者を見張りにつかせたり、あとは他にダミーなんてのも用意してあるな。」「へぇ…。徹底してるんだな。」「あぁ。あっちに密偵が入り込めるなら、こっちにだって入ってもおかしくはねぇからな。最悪一つでもこちら側で確保できるようにって仕組みだよ。」「そういえば密偵を潜り込ませてるって話だったな。悪党達側は欠片をどのくらい集めてるのか把握してるのか?」「…今、仲間が幹部側まで食い込めてるんだが…。そいつの情報だと、6は集めてそうだな…。」「そんなに!?」「えっ…、もう大分集めてるじゃん!」「だから危機感持ってるんだよ。…こっちもなりふり構ってられねえんだ。」「…」昨日のやり取りを思い出す。「じゃあ残りは――――…。」「最大で総数が20近くだとしたら、10にも満たないってことか。」「下手すると2、3個だってあり得る。」「ひえ~~~…。」「そう考えるとあと少しじゃん…。」その時、デジャ、チェリ、ヘザーの目線がブローニャの持つカバンに集まる。「ブローニャ、無くさないでよ…!」「…」そう言われて若干青い顔になりながら緊張した面持ちでぎゅっとカバンを握りこむブローニャ。「…勿論だ。」そうして食事を終えた一行は、テキン町に向かって再び歩き出した。
――――そこからまた暫く歩いた後、ようやくテキン町に到着した。ここがあのテキン町か…とブローニャ達が感慨深げに眺めている中、ヴィマラが告げた。「彼らの届け先が、『酒場』であることしかわかりません。一先ず、手分けして酒場を探しましょう。」そうして皆それぞれ町中を探しに出かけた。
――――ブローニャは通りすぎざまに建物の看板や窓の中を確認していく。「(…意外と広い町だな…。)」あれだけの人数がいるものの、これは探すのに手間がかかるな、と思い始めていた。町の人間に聞くことも考えたが、悪党の仲間の耳に入っては悟られたり襲われる危険性があるため避けることにしたのだ。そのため、しらみつぶしに探すしかなかった。「(看板があったり店構えでわかればいいが…。隠れ家的店だったらなかなか難しいな。)」そんな風に考えながら歩みを進めていた時だった。ふとよそ見をしたせいで、ブローニャは曲がり角から現れた人物に軽くぶつかってしまった。「あぁ、悪いね。」ぶつかった相手は赤い髪を一つに束ねた、長身の女性だった。「いや、こちらこそよく周りを見ていなかった。すまない。」ブローニャが謝罪すると、女性は特に気にする様子もなく、笑みを浮かべて軽く手を振るとその場を立ち去った。「(しまった…。迷惑をかけないようにしないと…。)」周囲に気を付けながら歩き出すブローニャの背後で、赤髪の女は立ち止まって振り返り、ブローニャの後姿を見ていた。「どうしたんですか?ヒルデ。」そこに白髪の女が呼びかける。「…いや、綺麗な子がいたもんでさ。」「そうですか。」冗談とも取れる発言を無表情で流して無視する白髪の女。「おいおい冷たいな、スーシャ。突っ込むところじゃねぇの?」「あなたの発言に一々突っ込んでいたらキリがありませんから。」「あぁそう。」「さっさと行きますよ。あちらです。」そう言って二人は歩き出す。しばらく進んで二人はとあるバーに入ると、中を進んでいき、カウンターで準備をしていた気の弱そうな老人の元へ近づいていく。ヒルデと呼ばれた女は、カウンター席に座ると身を乗り出すようにしてマスターへ話しかけた。「よう。あんたか?“受取人”ってのは。」「!は、はい…?」突然、見たこともない長身の女二人に威圧され、見るからに脅えるマスター。「黒い塊みたいなオブジェを2つ、受け取るように指示されてたろ?もう届いてるか?」「!…え…えっと…、」目をきょろきょろとさせながら戸惑うマスターの反応を見て、ヒルデは察する。「…あぁ、忘れてたな。用心深いのは助かるぜ、マスター。」そう言って手元のメモをちぎり、ペンを取り出して何かを記すと、その紙を掲げた。「これでいいか?」彼女が記載したのは、盗人達やヘザーの姉を襲った人物が持っていた地図に記されたマークと同じものだった。「は、はい…!―――…そ、それが…まだ、到着していません…。」その言葉にきょとんとする二人。そして顔を見合わせる。「約束の日は今日で合ってるんだよな?」「その筈ですね…。遅れているのかもしれません。」「…なんだよ、ついでだってわざわざ取りに来たのに…。」「もう少し待ってみますか?」「そうだな…。私らが直接回収した方が手っ取り早いし…。」そう言って振り返った時だ。「!」ヒルデは窓の外に何かを見つけた。「…あー…まずいな。」「?」その言葉にスーシャという女も振り返った。「特殊兵士部隊だ。」「!」窓の外には、白いマントに身を包んだ武装した兵士が何かを探すように歩いていた。「しかもありゃあ…バシリアのとこの隊の奴だな。」「…まずいですね。」「なんでよりによってこんなところに…。」「バシリア隊となると、我々は面が割れています。早急に撤退すべきかと。我々には別の、本来の任務がありますし。」「…そうだな。」そう言ってヒルデは立ち上がった。「仕方ねぇな。例のオブジェに関しては元々のルートで運んでもらおう。―――マスター。」「は、はいっ!!」「オブジェが届いたら、約束通り、明日以降に到着する別の運び人に渡せ。くれぐれも内密にな。」「は、はい…!」そしてマスターに迫りながら親指で後方にいる特殊兵士部隊を指す。「うっかり奴らにバレでもしたら、お前のその首だけじゃなく、息子夫婦の分も飛ばしに来るからな。」「!!!…ッは、はい…!!気を付けます…!!」「よし。」そして姿勢を正すと、再び窓の外に視線を向けた。「…マスター、裏口はどこだ?」「こ、こちらですッ…!!」そうしてマスターは二人を裏口へと誘導した。「行くぞ、スーシャ。」「えぇ。」そうして二人はそのバーから立ち去って行ったのだった。
――――「えーーーーっ!!もうどこ!?全然見つからないんだけど!?」「どこだかさっぱりだな…。」「やっぱ地道はキツイって…。」「うーん…。」しばらく探し回ったがそれらしき店は見つからなかった。酒場はあっても、そこのマスターに尋ねてもきょとんとするばかりで、全く話が通じなかった。一先ず近くを探し回っていたブローニャ達4人だけで合流したところだ。「一旦ヴィマラ達とも合流するか?」「そうだな…。もしかしたらあっちは手掛かりを見つけてるかもしれないし…。」そうして約束の集合場所へ向かおうとした時だった。背後から何者かの女性の声が聞こえてきた。「女4人組…、長身で金髪の三つ編み、ロングスカート…、茶髪におさげの短パン少女…、黒髪を二回結っているまつ毛の長い少女に、そして…帽子と服で顔を隠している女性……!!」「…?」明らかに自分たちの特徴を唱えているその声に、訝しげに振り返る4人。「!」そこには、白マントに身を包んだポニーテールで長身の、見るからに快活そうな女性が仁王立ちで立っていた。「君たちがクレア王女の言っていた旅人か!!ようやく会えたな!!」「!?」クレアの名が聞こえると、少し警戒を緩める4人。「あっはは!!すまんすまん!そう警戒するな!突然すまなかったな!私はバシリア!このリテン王国における『特殊兵士部隊』の隊長を務めさせてもらっている者だ!!」「…!」クレアの名に、一国の特殊部隊長が、何故自分たちを?という疑問が湧き、戸惑う4人。そんな中、バシリアの部下であろう陰気そうな男がぼそりと呟く。「隊長…。声が大きいです。」その指摘に苦笑いを浮かべながら慌てて口を抑えるバシリア。「おっと。すまんすまん。ついいつもの癖で…。」そしてこほんと一つ咳をすると、気を取り直してブローニャ達に向き直った。「…そうだな。ここではなんだ。少し場所を変えて話をしよう。」
――――ブローニャ達はバシリア達につれられ、町内にある兵舎に案内されると、会議室と思われる部屋へと通された。そして椅子に座るよう促され、皆で着席をした。座るや否やバシリアはさっそく口を開いた。「まずは我々の自己紹介から始めようか。先ほども名乗った通り、私はバシリアという。彼らは私の部下だ。」そしてまず、バシリア達が所属する『特殊兵士部隊』についての説明がされた。『特殊兵士部隊』とは、リテン王国内で結成された、通常の兵士とは異なる役割を担う、戦闘に特化した特殊部隊だという。元々は王国各地を廻って国民の警護や悪人の取り締まりを行う部隊だったが、近頃の悪党組織の横行により、その内の一部部隊を引き抜いて悪党組織特化型としたのだそうだ。『特殊兵士部隊』は全部で4つの部隊に分かれており、ブローニャ達と遭遇したのはその内の1つである、この目の前のバシリアを長とした“バシリア隊”だそうだ。1つの隊で5〜6人編成だと言う。「そんなに人数割いて、城の方は手薄にならないのか?」「我が国は広いからな!人民もそれだけ多いんだよ。」基本的には隊毎で活動を実施しているが、こまめに悪党組織に関する情報を共有し、時には連携をしながら活動をするのだという。ワヘイとは違うな、と考えるブローニャ達に、続いてバシリアはブローニャ達の存在を知った経緯についても説明してくれた。「数週間前だろうか。クレア王女から、うちのリテン王国国王へ手紙が届いたんだ。『ワヘイ王国から若い女4人組が訪れたら、手助けをしてやってほしい』という内容でな。」「!」「そしてそこには、『4人は信頼できる人物である』ということと、『おそらく我々“特殊兵士部隊”と志は同じだろう』ということも記されていた。」「…!」「クレア…」「…私は、クレア王女を知っているが、聡明なお方だ。そんな方が信じる者達であれば、信用に値すると判断した。まして、悪党組織に関わる話であるというのなら、協力しない手立てはない。君たちが“必ずこの町を訪れるだろう”ことが書いてあったので、君たちに会いにここまで来たというわけだ。」「そうだったのか…。」「…」デジャはクレアの様子を思い出した。デジャ達のためを思い、彼女なりの根回しをしてくれていたというわけだ。クレアの心遣いに感謝する一同。「…しかし、いくらクレアの頼みだからとはいえ、得体の知れない私達のことをそんな簡単に信用してくれていいのか…?」ブローニャの問いかけに一度きょとんとしたバシリアだったが、その後豪快に笑い出した。「私達を騙くらかそうなんて人間は、自分からそんなことは聞いてこないだろうさ!」その様子にチェリとヘザーは安心したが、ブローニャはまだ納得がいっていなかったし、デジャもそれを察していた。“信用する”とは言ってくれているものの、筋を通さねば真の信用は得られないだろうと判断したブローニャは、カバンをごそごそと探し何かを取り出す。「…一応、身分証明としては私のこれしかないが…。」「わっ!それ久々に見た!」「それは失くさなかったんだな。」ブローニャの兵士の身分証を手渡すと、バシリアはそれを受け取ってまじまじと見た。「こちらの挨拶が遅れたが、私はワヘイ王国の兵士で、ブロニスラヴァという。ブローニャと呼んでくれ。彼女はワヘイ王国の秘匿部隊に所属するデジャ。そしてこっちはチェチーリア、ヘザーだ。この二人に関しては一般市民だ。…ワヘイ王国の城の地下倉庫に保管されていた宝を盗まれ、私がその回収部隊の長として任命された。そして私が彼女たちを部隊のメンバーとして選出し、ここまで同行してもらった。」身分証に目を落としながらも、ブローニャの説明に耳を傾けるバシリア。そして、身分証を返却しながらブローニャに話しかける。「うん。確かにワヘイ王国の兵士の物だ。間違いない。」「…わかるのか?」「まぁな。私も若い頃は貿易関係に携わっていたものでな。当時のワヘイ王国兵士の知り合いが同じような物を持っていたよ。」身分証を受け取り、その言葉に一先ず安心したブローニャだった。「…全く、若いのに随分としっかりした子だな。」「でしょ~~?ブローニャったら真面目すぎて心配になっちゃうくらいよ!」「おい!」「あっはは!年下の子に言われるとは余程だな!」少し恥ずかしがるブローニャだったが、すぐに安堵したような笑みを浮かべた。「…協力してもらえるのはこちらとしても助かる。私達も知らない土地と未知の情報ばかりで、今後どう動けばいいかわからず不安な部分が大きかった。その上、女ばかりの少人数では出来ることも限られる。あなた方が味方になってくれるというのは、大変心強い。」「そう言ってもらえて何よりだよ。それに、君たちが不安を抱えるのも無理はないさ。寧ろここまでよく来てくれたものだ。一先ずはお疲れ様だったな。」バシリアの人の良い頼りになる笑顔を見て、ブローニャ達も顔を見合わせながら笑みを交わす。だがバシリアは次に困ったような笑顔を浮かべた。「…だが申し訳ないんだが、今回の話の詳細については聞かされていなくてな。ブローニャ、君がさっき教えてくれたような話は何となく聞いてはいたんだが…なんでもクレア王女が『詳しくは彼女たちに聞いてくれ』としか書き記していなかったらしく…。もう少し詳細に話を聞いてもいいか?君達の目的と、悪党達がそれにどう関わってくるのかを。」その言葉に4人は再び顔を見合わせた。「…それなんだが…。」
――――「お邪魔します…。」そう言ってそろそろと扉を開けながら会議室に入ってきたのは、ヴィマラ達一行だった。「あっ!来た来た!」「ヴィマラ!」扉を開けた時に不安そうな表情を浮かべていたヴィマラだったが、チェリとヘザーの呼びかけに顔をほころばせた。「ごめんね、急に。」「いえ…。突然『特殊兵士部隊』の方に囲まれた時はどうなることかと思いましたが…。」と苦笑いを浮かべるヴィマラの後ろで、未だ警戒を解かないオレリア、サイ、ムダル。「…」その時、バシリアとブローニャが視線を合わせ、双方が先ほどのやり取りを思い出した。――――ブローニャはバシリアに対して、自分たちが見聞きした情報をすべて伝えた上で、ヴィマラ達の存在や彼女達の目的についても話していた。「正直なところ、私たちもまだ半信半疑だ。…だから、」「…わかった。奴らの話を"まだ"信用するなと言いたいんだろ?」「…!」「警戒は怠らない。一先ずは合わせるとするさ。」――――そんな二人を、チェリが心配そうに見る。そしてヴィマラ達が向かいの着席したのを確認すると、バシリアは声をかけた。「すまなかったな、ええと…ヴィマラ嬢、だったかな。」「!はい、ええと…、」そう言って戸惑ったようにブローニャ達に視線を移す。ブローニャはヴィマラに伝える。「彼女は『特殊兵士部隊』、部隊長のバシリアだ。」「!あなたが…!」ヴィマラは知っていたかのような反応をした。「お噂はかねがね聞いています。悪党組織特化型の部隊だとか…。」「流石よくご存知だ。おかげで話が早くて助かる。」「ヴィマラ。勝手ですまないが、彼女にはすべてを話した。」「!」「というのも実は、私達はここに来るまでの道中で、ダイア王国の王女クレアと知り合ってな。その時彼女にこの欠片の話をしたところ、このリテン王国国王経由で、バシリアに協力を要請してくれていたみたいなんだ。」「本当ですか…!!」ブローニャの言葉を聞いて、期待に目を輝かせるヴィマラと、驚いたような目をするオレリア、サイ、ムダル。そしてヴィマラ達はバシリアを見る。「実際の“欠片”についても見させてもらったよ。…そうだな、まずはその話を聞いた、私の見解を述べさせてもらおうか。」そしてバシリアが机の上で両手を合わせて真剣な表情になると、ヴィマラ達は緊張したような面持ちになる。「国民の中では『神』を信じる者も数多くいる。…だがすまないが、私は生憎それとは違っていてな。とてもじゃないが、今すぐに信じられるような内容ではない、…というのが本音だ。」「…わかっています。」ヴィマラはバシリアの回答を想定していたかのように、眉を下げて少し俯いた。オレリア達も視線を落とす。「…ただ、このリテン王国は『神の力』発祥の地だと言われているのは確かだ。『神の力』を持つ者が他の国と比べて比較的多いのもそのせいだと言われている。」「えっ、そうなの?」思わずチェリが突っ込むと、ヴィマラが補足する。「…すみません、お伝え忘れていたかもしれませんが…。あの話は、リテン王国で起こった話だと伝えられています。私達の民族も、このリテン王国の生まれです。」「そうだったのか…。」ヴィマラ達の会話に区切りがついたのを確認すると、バシリアが言葉を続ける。「そして悪党達の活動が活発になってきたのはここ数年のことで、その大半はこのリテン王国内で行われている…。当時、欠片が各地へ飛び散らばった際、目視できる範囲での落下ということであれば、その大半はこの王国内にある筈だな。それを探しての行動だとすれば…ふむ、一応辻褄は合う。」「…随分と昔の話になりますから、国外へ持ち出されていなければ、…という前提ではありますが…。」「…」その言葉に、デジャとヘザーはそれぞれ想った。デジャの集落にあったという欠片と、ヘザーの姉が発掘したという欠片。あれは自然と落下してそこへ辿り着いたものなのか、それともこの数千年の間に、何者かが持ち出した物なのか。「ただ確かに、私達ヤ悪党達が見つけた欠片の在処は殆どがリテン王国内でした。」その時、ふとチェリが気づく。「あれ?そういえば扉の場所は?」その問いにヘザーも続く。「今の話だと、この国のどこかにあるのは間違いないんだろうけどさ…。そもそも悪党共は扉の位置を理解してるのかよ?鍵を集めたところで、扉の場所がわからなきゃ意味ねぇだろ。」ヴィマラが言いにくそうに重い口を開く。「…正直なところ、彼らがどこまで把握しているかわからない状況です。…そして、私達自身も在処を特定できていません。悪党達の中で扉に関する情報は極秘扱いとして、幹部の人間の中でしか出回っていない情報のようですが…こちらの密偵にはそれがつかめていないのが現状です。」一時沈黙が落ちた時、バシリアが再び口を開いた。「…ちなみに、悪党組織における”強奪“の動向についてだがな。数年前、おそらく奴らの活動が始まったのであろう当初は、古物や宝などを手当たり次第に奪い去っていたようだが、最近は選り好みしているように思える。代物を差し出させ、目的の物でなければその場で捨て去る、というような光景も目撃されている。」「…それは、欠片についての情報が知れ渡ったから…ということでしょうか。一つ一つ形状は違えど、その構成物質と色や大きさは似ていますから…。」「今の話を聞くとそうなるのかもな。…君たちが回収したそれといい、奴らがこの”欠片“とやらを欲しているのは間違いないようだ。…そして、それを手に入れるためには手段を選んでいない、ということも。」「…」デジャとヘザーがその言葉に眉を顰める。「悪党組織の悪事を止めたい。それが私達の第一目標だ。…もし、欠片を回収することでその目標を果たすことができて、その上君達も得をするというなら、それは私達にとって願ってもないことだ。私達と君達、利害は一致すると思っている。」「!」その言葉にヴィマラ達の表情が明るくなった。「それでは…!」「だが、一つだけ確認したいことがある。―――…ヴィマラ嬢。」「!はい!」「『欠片の気配を感じ取れる』、…というのを、今ここで証明できるか?」「!」その発言にはブローニャ達も驚きの表情を浮かべた。そしてバシリアはその場に立ち上がる。「この兵舎の中にその“欠片”を隠そう。それを指定時間内に君が見つけることができれば、私は君の力を信用しよう。」「…!」「試すような真似をして申し訳ないが、私も特殊部隊の隊長として身を任せられた身だ。信憑性の低い話に対して、隊を動かすことは出来ないのでな。」バシリアの真剣な眼差しに、ヴィマラも顔を引き締め応える。「…わかりました。私達としても、それで信用していただけるのであれば…。そのお話、受けましょう。」ほかの3人も同様の表情を浮かべていた。
――――ヴィマラ、オレリア、サイ、ムダルの目と耳を塞いだ状態で座らせ、ブローニャ達とバシリアがその様子を監視している中で、バシリアの部下が欠片を隠しに行った。バシリアがブローニャに耳打ちをする。「…この兵舎内は部外者が誰も立ち入ることはできない。建物の内部構造だけではなく、各部屋に何があってどういう配置か等、彼女達には知る由もない。」「…なるほどな。」そして再び4人に目を落とす。4人は黙って静かにおとなしくしている。それには不正をしようという様子は微塵も感じられない。「…」これに関してはブローニャ達も一度確認したいと思っていたところだったが、そういったタイミングがなかったため、バシリアからの提案は御の字だった。暫くして部下が戻ってきた。「隠しました。」その言葉にバシリアが「よし。」とつぶやく。そして、「お前は別部屋で待機だ。」とその部下に指示を出す。表情や反応等で悟られないように、一度別部屋に待機するよう告げると、部下は命令の通りに姿を消した。バシリアはヴィマラの元まで歩くと、彼女の目隠しを外した。ヴィマラは幾度か目を瞬かせた後に、バシリアを見る。「すまないが君達3人はそのままでいてくれ。―――ではヴィマラ嬢。5分以内に欠片を見つけてくれ。」5分という短い時間にも関わらず、ヴィマラは動揺することなく頭を縦に振った。「わかりました。既に、ある程度の方向はわかっています。」「!」「気配は2つ。…あちらと、あちらの方角に感じます。」「…」バシリアとブローニャ達は隠し場所を知らない。そのため、それが合っているのかどうか現時点で判断ができなかった。「向かいます。」そうしてヴィマラが立ち上がり歩みを進めると、皆ぞろぞろと後をついていった。――――ヴィマラは真っ先に自分が指し示した方向へ進んでいく。そのすぐ後ろを歩くチェリが、ヴィマラに声をかける。「そういえばヴィマラってどのくらいの距離まで察知できるの?」「そうですね…正確に測ったことはありませんが、100Mほどでしょうか…。」「おいチェリ、邪魔するな。」「大丈夫ですよ。私の場合は集中力が必要なものではありませんから。」「…というと?」「例えばにおいを嗅ぐように、例えば音が聞こえるように、自然と感知できるのです。」「…なるほど…。第6の感覚、といったところか。」「えぇ。―――…すみません、」「!」ヴィマラは突然、廊下に立つ兵士に話しかけた。「?はい。」そして少しじろじろと様子を見る。「…見たところ、欠片を持っている様子はありませんね…。もしかして、『神の力』をお持ちでしょうか…?」「!」「…は、欠片…?確かに私は『神の力』がありますが…。」「…!!」バシリアとブローニャ達は目を丸くした。どうやら、ブローニャ達の『神の力』の有無を見破ったのは事実であったようだ。「…失礼しました。」そしてそそくさとヴィマラはさらに歩みを進める。再びついていくバシリアとブローニャ達。ヴィマラは足早に上階への階段を昇っていく。そして、上がりきったところで廊下を右に左に進み、奥の部屋へと進んでいくと、とある部屋の前で立ち止まった。「…失礼します。」そして礼儀正しくノックをしてから入ると、奥へと進んでいった。そして10歩ほど歩いたところで立ち止まり、上を見上げる。そして振り返るとバシリア達に向き直り、腕を上げて天井を指さした。「…欠片は、この天井裏にあります。」「!!」――――皆最初の会議室に戻っていた。オレリア達も目隠しを外されていた。「よくわかったものだ。」梯子を用意して天井裏に登ると、確かにそこには欠片が置かれていた。「…そもそもあんな埃っぽいところに…。」「す、すみません…見つかりにくい場所というのが思いつかなくて…。」苦い顔をしたバシリアの指摘に部下が陳謝する。ため息をついた後、少し困ったような笑みを浮かべてヴィマラに向く。「…目の前であんなものを見せられては、信じざるを得ないな。」「!」バシリアの言葉に、ヴィマラが口を開こうとした時だった。「隊長!」バシリアの元に部下らしき男が、バシリアの名を呼びながら部屋に入ってきた。その様子を見てバシリアが皆に一言詫びる。「すまない、少し席を外す。」そう言って部下と共に一度部屋を出て行くバシリア。「ね!すごい!本当に『神の力』がわかるのね!?」「びっくりしたぜ!あんな離れたところでも察知できんのな!」チェリとヘザーが興奮したようにヴィマラに詰め寄る。すごいすごいとヴィマラを褒める二人に、ヴィマラも思わず笑みを浮かべた。「!」それを見てオレリアが少し驚いたような顔をする。「…」ブローニャとデジャもその様子を黙って眺めていた。すると少ししてバシリアが戻ってくる。「すまないな。」そうしてヴィマラとブローニャ達の元へ近寄る。「どうしたんだ?」ブローニャが問いかける。「実は、ブローニャ達に話を聞いた後、部下に例の地図を持たせて、欠片の届け先の酒場を調査させたんだ。」「!」「場所は特定できた。そして、マスターにも話を聞けた。」その言葉に、皆の視線が集中する。オレリア達も思わず立ち上がった。「気の弱そうなマスターで、自らの身と家族を人質に、手伝うように脅されていたようだ。彼はただの一般人だった。マスターはガラクタを受け取った後に、それを明日到着予定の配達人に引き渡すように指示を受けていたらしい。」バシリアはそこで一呼吸置くと、言葉を続けた。「…おそらくその配達屋というのも、また別の指定場所へ欠片を置くか、預けるんだろう。そしてそれをまた別の人物が受け取って…リレー方式でアジトへ運んでいくんだろうな。…奴らの常套手段だ。複数の人、複数の経由地を用意することで、本拠地がばれないようにしている。」「…!」「後を追うにしても、足取りをつかむのは難しいということか?」「確かに、情けないながらこれまで撒かれてしまったこともあるが…。だが、やる。そこで提案なんだが、似た偽物を作ってそれを囮にルートを追えないだろうか。」「!」「おそらく配達人も本物の“欠片”を知らないんじゃないか。」「そうだな…。」「それなら私達が用意できます。」「!」「敵を攪乱させるため、私達も既に偽物をいくつか用意しています。私が、本物と偽物を見分けられますから。」「!…それもそうか。」先ほどの出来事を見せられた後では説得力があった。「それならば是非借りたい。奴らの尾行及び調査については、私の部下に任せる。…それでいいか?」「えぇ。偽物は明日までには用意させましょう。尾行については…私達も素人なので、それはお願いしたいです。」「私達も同意見だ。」「わかった。―――…ヴィマラ嬢、君のその力はなるべく秘匿にした方がいいかもしれないな。敵に漏れるとまずい。」「…えぇ。重々承知しています。信頼のおける人物にしか、話してはいないつもりです。」「!」その言葉にブローニャが反応する。「ところで、そのマスターって人は大丈夫なの?」チェリが心配そうにバシリアに問う。だがバシリアは不安を払しょくするかのように力強い笑顔でチェリに答えた。「心配するな!マスターとその家族の元には暫く警備兵をつかせる。彼らのことは必ず責任をもって守るぞ。」その言葉を聞いて、ぱあとチェリの表情が明るくなった。「よかった、ありがとう!」「あぁ。」そしてバシリアは再び顔を引き締めた。「さて、その他の今後の方針についてまとめさせてもらおう。まず、我々『特殊兵士部隊』においては、他の隊にも今日の話は共有しておく。今後、進捗があり次第、随時情報共有はさせてもらうつもりだ。悪党達は"欠片"を所持している可能性が高い。特徴を伝えた上で、見つけ次第、必ず回収するようにも伝えておこう。それから、我々が過去に悪党達から押収した品の中で、持ち主がわからない物は本部に保管してあるんだが…。もしかしたらその中にも欠片があるかもしれない。調べさせておく。」どんどんと話が進み、ヴィマラ達もブローニャ達も戸惑う。「さて、他に何かあるか?」「いや…、」思わずヴィマラとブローニャが目を合わせた。「…いいのですか?」「何がだ?」「…あの話を他の隊にするなど…、」そんなことをしてバシリアの思考が疑われることはないのか、と危惧しているらしかった。「…」そんなヴィマラの様子をブローニャも観ていた。だがバシリアはなんてことなく言ってのけた。「我々は、解決につながる糸口となるのなら、少しでも手掛かりが欲しいところなんだ。だから得た情報については一先ず共有する。それでどうするかは、彼らの判断だ。そのための分隊だからな。」その言葉にどこか納得したような面々を見て、バシリアは続けた。「そういうわけで、私は暫く君達に同行ができない。もし人手が必要ならいつでも申し出てくれ。人員を割こう。」「…わかった。」「さて、それで君達はどうする?」「…少し、考えがあります。」そしてヴィマラは窺うような目線をブローニャに投げかけた。それを受け止めたブローニャは頷いた。「後で話そう。」「はい。」「わかった。私の部下を二人残していこう。何かあれば使ってくれ。」そうして目線でさした先の男性二人が軽く会釈をした。それにヴィマラとブローニャ達も返す。「よし!君達も長旅で疲れただろう。兵舎の部屋を貸そう。一先ず、作戦会議も兼ねて泊まっていくといい。」
――――ヴィマラ達が先に部屋を出ていくと、ブローニャがバシリアに話しかけた。「…本当に、ありがとう、バシリア。」「内容の真偽はともかくとしても、道が同じなら協力しない手立てはないからな。」そう言ってから、少し顔に影を落とすバシリア。「…権力を手にするために他者を犠牲にするなど、決して許してはならない行為だ。私は、悪党達に襲われ、人生を壊された人々を見てきた。彼らは安寧を壊され、平穏を奪われ、今も苦しんでいる。…兵士としてだけではない、私一個人として許せないんだ。奴らを野放しにしてはおけない。だから、どんな機会も見逃したくはないんだ。」バシリアのまっすぐな想いを受け止めるブローニャ達。「…それは、ここにいるデジャとヘザーも同じだ。」「!」そして二人の経緯を話した。「…なるほど、合点がいった。君達がそうまでして欠片を求める理由、彼女たちの話に乗る理由がわからなかったんだ。…苦労したな。」「…」「そうだな…二人に関する情報についても調べてみよう。」「!」バシリアの言葉に二人ははっと顔を上げた。「だが、あまり期待はしてくれるなよ。特にヘザー、君の姉の事件に関しては東の国で起きた出来事だからな。でも、少しでも手掛かりがありそうなら共有させてもらう。」「…ッありがとう…、」ヘザーにとってはその気遣いだけでもうれしいものだった。「そしてデジャ、君の故郷についても何かわかるといいんだが…。」「…洟から期待はしていない。だが…その心遣いは感謝する。」「あぁ。」そしてバシリアは再びブローニャの方へ向いた。「何かあればすぐに連絡してくれ。私は基本、本部にいるはずだ。本部の場所については地図に記しておこう。それから言い忘れたが、資金についても援助しよう。武器も必要なら持っていくといい。」「すまないな、助かる。」「…くれぐれも、気をつけろ。」「あぁ。そっちも。」「!」ブローニャの言葉にバシリアは不意を突かれた顔をしたが、次の瞬間には、「あぁ。」と笑った。
――――「…それにしても、人が増えたら、本当にできることが増えたわね。」久々に体を綺麗に洗い、兵士達から借りたワンピースのような寝間着に身を包んだ4人。珍しく4人とも全員が、ベッドにだらしなく寝転びながら会話をしていた。「つってもバシリアの権力あってこそだろ?なんかかっこよかったな~デキる女!って感じで!」「なるべくして隊長になった、って感じだな。」「あぁ。人も出来てるしな…。尊敬に値する。」「でも本当によかったわね!バシリア達が味方になってくれて!」「ほんとだよな!クレアに感謝しなきゃだな!な、デジャ!」「…なんで私に言うんだ。」「だってデジャのためみたいなもんでしょ?」「そんなことないだろ。」「え~~~そうかなぁ?ねぇ、ヘザー!」「あぁ。今度会ったら逆に奢ってやんなきゃかもな!」「一国の姫に何奢ったら満足するんだよ…。」「た、確かに…!食いたいもんは全制覇してそうだよな。」「だったらデジャの手料理とかは!?」「いやいやいや…、そんなの不敬だろ!」「デジャの料理だったら大丈夫だって!」「お前ら私の料理を過大評価しすぎだ!!」そう言ってきゃっきゃとしゃべっていた中で、話題はヴィマラに移った。「それにしても、ヴィマラの力すごかったわね!本当に感知できるんだ、神の力!」「な!びっくりしたぜ!」「全く…お前らの反応がまさにガキのそれだったぞ。」「だって~~!」きゃっきゃはしゃいでいたチェリだったが、一人考え込んでいるようなブローニャの様子が見えて、声をかけた。「…ね、ブローニャ。」「ん?」「そろそろ信じてあげてもいいんじゃない?」「…」「ヴィマラもそうだけど、オレリアとか、他の2人も良い人そうだし…、今日だって力を証明してくれたじゃない。」チェリの言葉に、ブローニャは今日のヴィマラ達の様子を思い出す。デジャもヘザーも、ブローニャの様子を窺っている。「…もう少し待ってくれ。」「…そう…。」そう言ってチェリとヘザーは顔を見合わせた。そして話題を変えて、またしばらく喋った後に、4人は明日に備えて就寝したのだった。


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