【15話】欠片探し② 発掘と自覚


「ワヘイ王国!?…って、あのダイア王国の向こうの!?」「皆同じ反応するのね。」「そりゃそうだろ。」サイを探し出し、一度テキン町へ戻ることにした一行。嫌々来た道を戻るか…と重い腰を上げた時だった。「は?お前らそっち通ってきたの?こっちに、…まぁ多少迂回はするけど、もっと歩きやすい道あるぜ。」そう言ってジタが案内したのは、ぬかるみが少なく、岩場が多くて比較的歩きやすそうなルートだった。そして地図を見せながら辿ってきたルートを指す。「…!」「こんな道があったのか…!」「よく見つけましたね…!」「まぁ途中で道に迷って、偶然見つけただけなんだけどな!!」カラカラと笑いながら告げる。「ま、先人の言うことを何でもかんでも真に受けるなってこったな。」そうしてジタが通ってきたルートを進み出したのだった。その道中、ブローニャ達、ヴィマラ達の自己紹介と、ブローニャ達がここまで来た経緯について話して、冒頭につながる。「は~~~そりゃ大変だったな!よく来たもんだぜ。」素直に労いの言葉をかけるジタ。「お前ら真面目だな。折角特殊兵士部隊と繋がったんなら、そっちに全部任せちまえばいいのによ。」「…」その言葉にデジャとヘザーの顔が翳る。「…私達にも、欠片を追う別の理由がある。」「別の理由?」そして一度、休憩がてらに皆で岩場に座り、デジャとヘザーの目的を聞くのだった。「…!」その内容を聞いて、場の空気が重くなる。「そうだったのですか…。」ヴィマラ達も初めて聞いた内容に俯き、険しい表情を浮かべる。「…やはりこの欠片は、無くさなければなりませんね…。」そう言ってカバンに入った欠片に手を触れる。それを見た後、オレリアはデジャとヘザーの方へ視線を移す。「…私達の方も、仲間に情報当たらせてみるぜ。」「!」「何か手掛かりがあればいいんだけどな。」「…ありがとう。」その心遣いにデジャとヘザーが顔をほころばせながら感謝の言葉を述べると、今度は何やら考え込むジタに、ヘザーは問いかけた。「…気になってたんだけど、あんた知り合いの“古物商”がいるって言ってたよな。…あたしの姉のこと、なんか知らねぇ?」そう言われて落としていた視線を上げるジタ。「…お前の姉の名前って…もしかして、“カイラ”か?」「!!そうだ!」ヘザーの言葉に息を呑んだジタ。「…実は、俺も気になってたんだ。他人の空似かと思ってたが…今の話を聞いたら合点がいった。お前の姉は元々こっちのリテンの方に住んでた筈だ。会ったことがある。間違いない。」「…!!」その言葉に驚愕するヘザー。「6年前だったか…俺が旅に出始めてぺーぺーだった頃だな。知り合いから紹介されて、行き倒れそうになりながらかき集めた古物を鑑定して貰おうと、カイラ―――お前の姉のところに行ったんだよ。…鑑定の結果、古物自体には大して価値がないってわかったんだが…。カイラは、俺に飯を食わせてくれたり、古物に関してこっそり美味しい情報教えてくれたりして、…すげぇ親切にしてくれた。」微笑みながら昔を懐かしむように語るジタ。だが、一転して顔に影を落とす。「…でも、世話になったのは1か月くらいで…俺はまたすぐ旅に出ちまったからな。暫くしてまた会いに行ったが、拠点を移してて会えなかった。…亡くなってたとは、知らなかった。俺もしばらくは遠方に出てたからな。…いつかまた、会いに行くつもりだったんだが…。……あの時の礼も、ちゃんとできてねぇ。」「……そうだったのか…。」「…まさか妹のお前に遭えるなんてよ。…何も知らずに悪いな。」「…いや、あんたが謝ることじゃない。」そしてジタはふと、何かを思い出したように口元に手を当てた。「…そうだ。そういえばあいつが言ってた。『可愛い妹がいるから、いつか俺に会わせたい』って…。」「…!!」「…あぁ、そうだ…!『元気でやんちゃな子だけど、しっかりしすぎてるから心配』だとか、『自分は近くにいてあげられないけど、幸せになってほしい』…とも言ってた。」「…!ほ、本当か…!?」思わず立ち上がりジタに詰め寄るヘザー。ヘザーを見上げながら答えるジタ。「…あぁ。間違いない。その時確かに、お前の写真も見せてもらった。離れて暮らしてるってことも言ってた。…さっきまで、すっかり忘れてたけどな。」「…!!」その言葉に思わずヘザーの目から涙がこぼれる。チェリが立ち上がり、慌ててヘザーの元へ駆け寄ると、その体を抱き締めてやる。皆がそれを切なそうな表情で見守る。こんな遠方に住んでいる、“姉”というつながりを持った2者が出会えたということに、どこか運命的なものを感じた。姉が会わせてくれたのか、はたまた神が会わせてくれたのか。「…その内、墓参りに行かせてくれ。」「…勿論…!」ヘザーに優しく語り掛けるジタの様子を、ブローニャは見つめていた。
――――ヘザーが落ち着いた頃、再び出発をすると、今度は話題はジタについての話に移っていた。「俺は世界各地へ旅がしたくて家を出たんだよ!それこそヘザーの姉ちゃんと会った歳にな!したらすぐ一文無しになっちまってさ~!そんで各地の金目のもん見つけてはうっぱらって、旅の資金にしてるってわけよ!」「なんという…。」「うらやましい限りだな、その生き方は。」「まさか強奪とかしてるんじゃないだろうな…。」皆の視線がジトっと集中するとジタは慌てて訂正をした。「いやいやいや!!しねぇよ!!…それこそ古物とかこっそりいただいたりはするけど…。極力人の手にあるもんは盗らねえ主義だ!!」怪しい言葉も聞こえたが、皆追及はしなかった。「でもすごいわよね!なかなか女一人で旅出ようなんて思わないわよ、フツー!」「そうだなぁ。昔からこんな性格だったし…。男所帯だったからな~。母さんが早くに死んで、親父と兄貴3人と一緒に住んでたからこうなったのかもな!」「なるほどね~。」「大金を集めたらどうするつもりなんだ?」デジャの問いに考えることもなく答える。「勿論!旅の資金だ!それかなんかやりたいこと見つけたらそれに金使うかだな!」「あっはは!金集めても旅かよ!」「旅馬鹿じゃん~~!」「でもお前らだって、ここまで来るのに旅の良さがわかっただろ?色んな土地とか、景色とか、文化、人を見て、世界を知っていくんだ。こんな面白ぇことねえよ!この世界に生まれて、それを知らないまま死ぬなんて勿体ないと思わねぇか?」ジタの言葉には皆同意見のようだった。意図しない旅ではあったが、そこから得られたものは彼女達にとって大きかった。旅が、そこであった出会いが、彼女達の身も心をも成長させた。そしてそんな裏表のないようなジタの発言に、皆早くも心を許し始めているのだった。そしてまた暫く歩いていた時のこと。転びそうになったチェリの腕をジタが咄嗟にとって何とか防いだ。「いてて…ありがとう、ジタ。」「危ないから気をつけろよな。」その時ふとチェリが思い出したように疑問を投げかける。「…そういえば欠片って、壊れちゃったりしないのかな?運んでたら転んだりして粉々になっちゃいそうだけど…。」それに対してオレリアが呟く。「無いな。こいつは相当丈夫でさ。色々試したんだが、ハンマーで砕こうが、崖から落とそうが、象に踏んでもらおうが、どうやっても壊せない。」「試したのかよ…。」その時はっとヴィマラが何かに気づく。「…そうです、ジタ!」「あ?」いきなり名前を呼ばれてびくりとするジタ。「あなたの力で、欠片を破壊することは出来ませんか?せめて、熱を加えて変形させるとか…!」「!!」その言葉に思わず皆が驚いたような反応をする。「は?マジで言ってる?…確かにお前らが言うように、変形だけでもできれば“鍵”は完成しないんだろうけど…。」「…」ブローニャはヴィマラの必死な様子を見た。そこには、欠片をどうにか悪党達の手には渡したくないという思いが現れていた。「いやいやいやいや!!やだよ!俺がやるわけねぇだろ!!そんなことして価値が下がっちまったら勿体ねえじゃねぇか!!」「お願いです!!」「大丈夫だって。どうせ壊せねえんだからさ。」「ほんとかよ…!?でもよ、」ジタに詰め寄り、真剣な表情を浮かべながら懇願するヴィマラの様子に、折れるジタ。「~~~~…仕方ねぇな…。まぁ一個だけならまだアレか…。」そう言ってため息をつくと自らの剣を取り出した。それを見て、ヴィマラが欠片を地面の上に置く。「…離れてろよ。」そして剣先を欠片に付ける。力を発動したのか、どんどんと剣先から剣身が赤く染まっていく。「…!」それを初めて見たヴィマラ達は目を見開く。欠片に触れた個所からじゅ~~~と焼ける音が聞こえるものの、そこから剣先を進めることはできない。「…!」ジタが力を入れて剣を推し進めるが、一向に入らない。角度や場所を変えても無駄だった。「…駄目だな。」そう言って剣をどかす。「傷1つつかねぇ。」「…!!」欠片を見るが、ジタの言うようにそれはきれいな状態のまま残っていた。「…そうですか…。」ヴィマラは落ち込んだ様子で欠片を回収する。「…ありがとうございます。」「…」そんなヴィマラを皆で見るのだった。
――――「やっと出れたぁ~~~~!!!」それからまた暫く歩き、一行はようやくジャングルを抜けることができたのだった。へとへとになりながら更に歩みを進め、ジャングル近くの村へと辿りついた。そこで、ディーン含め、預けていた馬達と再会する。皆、きちんと主人の帰りを待っていた。「偉い皆!ディーンも!!」そうしてディーンや他の馬達に抱き着きながらチェリは撫でまわすのだった。そこにはジタの馬も待機していた。「まさかお前らの馬だったとはな…。」道理でやたら多いと思ってたぜ、とジタはぽつりと呟いた。皆一度、いっそこの村に泊まろうかとも考えたが、どうせテキン町へはあと少し、兵舎まで戻ってしまおうかという話になった。そして一行は馬に乗って更に移動をする。そこからまた時間をかけて、疲労でくたびれながらもなんとかテキン町へと辿り着くのだった。「あ~疲れた!」「早く飯食って体洗って寝たい…。」などと口々に言いながら兵舎へ続々と入っていくヴィマラやブローニャ達に対し、門の前でそれをためらうジタ。「…ここはまだ、大丈夫な筈…。多分…。」あちこちで悪さをしてきたのだろうジタが、自分の顔が割れていないかと恐れながら腰が引けていた。そんな彼女の背中を、チェリとヘザーが押しながら入れ込むのだった。バシリアの部下達に会うと事情を一通り説明し、ジタも受け入れてもらうように説得をする。部下達も、『ブローニャ達の頼みは聞き入れるように』と言われているらしく、意外にもすんなりと了承を得られた。その後、一時ベッドになだれ込むようにして休息してから、兵舎で晩飯を馳走になり、各々部屋に戻っていったのだった。――――廊下を歩くブローニャは、ふと眺めた窓の外に、ベンチに座り月夜を見上げているヴィマラの様子を見つけた。見たところ、一人のようだ。「…」ふと気になったブローニャは、階段を下りてヴィマラの元へと向かう。外に出ると、ひんやりとした夜風がブローニャを包んだ。「ヴィマラ。」「!…ブローニャ…。」「ここ、いいか?」ヴィマラが頷いたのを確認すると、その隣に腰を下ろすブローニャ。「何かあったか?」ブローニャが問いかけると、ヴィマラはぽつりと話し出した。「…私は、生まれし時より授かった使命をもとに生きています。…使命に縛られた人生、と言ってもよいのかもしれません。」「!」そしてヴィマラは立ち上がると、一歩踏み出した。「…自由になりたい気持ちも、あるのかもしれません。普通の人として、…普通の女性として、安寧を得たい。」そしてブローニャに振り返ると、寂しそうな顔を浮かべた。「…本当は、集めた欠片を全て破壊してしまいたいのです。先ほどオレリアも言っていたように、私達は幾度となく欠片を破壊しようと試みました。…でもできなかった。いっそ火山の吹き溜まりや、谷底にでも捨ててしまおうかとも思いました。…でもそれも、いつの日か私達以外の人の手に渡る可能性があることを考えると、…怖くてできなかった。……あんなものがなければ、人々は力を求めて争わなかった。悪党達があれだけ勢力を伸ばし、世界各地であれほど暴れ回ることもなかったかもしれません。…先ほどのデジャとヘザーの話を聞いて、…私達民族が早めに対策を講じなかったことに対する責任を感じました。」どこか罪悪感を感じるような表情を浮かべていたのはそのせいか、と納得するブローニャ。「…何も、お前たちのせいじゃないだろ。」「…でも、もっと早くに欠片を集めていれば、あんな悲劇は起きなかったかもしれない。」「…そんな、もしもの話をしても仕方がない。」「!」「…もし、あの話を奴らが知っているのであれば…奴らはどんな手段を使っても、どんなルートを使っても、同じように欠片を求めていた可能性はある。それに、お前の民族にだって何千年の歴史がある。その時々で判断を下したのは相応の理由があるからだろう。…何より、お前一人がそんなに気に病む必要なんてない。」「ブローニャ…。」「私達に出来るのは、これから起こる最悪の事態を止めることだけだ。」ブローニャは、ヴィマラ達の話をまだ完全に信じてはいなかった。だが、ヴィマラやその仲間達の態度や姿勢、信念、そして想いを見ている内に、その判断が揺れていることは間違いなかった。それを察したかのようにヴィマラの瞳が揺れる。「…ありがとうございます。…すみません、喋りすぎましたね。」「いや。そういうことは溜め込まずに話した方がいい。…私でよければ聞こう。」そう言って微笑んだブローニャを見て少し驚いたような顔をすると、ヴィマラも微笑み返した。そして二人はそれぞれ別れて自分の部屋へと戻っていったのだった。「…」兵舎等なかなか入れる機会はないと探索していたジタはたまたま近くを通りかかり、盗み聞きはよくないと思いつつも陰で二人の話を聞いていた。――――部屋に戻ったブローニャは、ヴィマラの話を3人に伝えた。そして、「…信用してもいいのかもしれないな…。」とつぶやいた。そんなブローニャを見て、3人は顔を見合わせながら隠れたように微笑むのだった。
――――翌日。皆疲弊しきって、午前中はぐっすりと眠ってしまっていた。遅く起きてきたブローニャ達が昼食後に会議室へ向かうと、ヴィマラ達とジタが手記の内容をまとめているところだった。ヴィマラが手記を読み、オレリアとサイが壁に張った紙へと手記の情報を書き記し、ジタがそれを眺めている、といった状況で、その近くにはバシリアの部下達も待機していた。「ここは既に悪党達に見つかっていますね…。ここも、私達が探し出したところです。…ここが、昨日の遺跡の場所で…。」ブローニャ達は椅子に座るジタのところまで近づくと、その様子を立ったまま眺めた。「…本当に合ってるんだな。」「寧ろ何者なんだよ、その手記の奴って…。」「一人でここまで探し出したってすごいわよね。しかも数百年も前に。」「…そういえば、手記の主は欠片を見つけても持っていかなかったんだな。」「…俺の推測だが、こいつはあくまで“歴史研究家”みたいだからな。古くからあるその場所から移動させない方がいいって判断したのかもしれねぇ。」皆が手記の主について話していると、ヴィマラが手記を読みながら驚いたような顔をする。「これは――――…!」「どうした?」ヴィマラは地図を取り出すと、机の上に広げた。そして、手記に記されているとされる場所を指しながらヴィマラは手記の内容をまとめる。「…どうやら、欠片をなんらかの“宝”と誤認した盗賊から欠片を守るため、手記の持ち主がここに隠したようです。」「…!」「あぁ、そこな。俺も行こうと思ってた。山の上にあるんだよな。隠し場所自体は山の上の奥の方らしいが、途中までは山道やら吊り橋やら、ちゃんとした道があって比較的行きやすいと思うぜ。」「ここからそれほど遠くないな。」「丁度いい。バシリアの本部とやらもそっちの方向だ。」そう言ってブローニャが地図上の本部の場所を指す。それに対しムダルが尋ねる。「本部?に行くのか?」「さっき昼食を終えた後、バシリアの遣いが来てな。」「バシリアからの伝言で、『用事を終えたら本部に来てほしい』ってさ。」「そうだったのですか…。」「なんだよ?この前話してた感じだと『こっちのことは任せろ』って感じだったじゃねぇか。随分急だな。」「伝えたいことがいくつかある、というのもあるようだが…。何やら、他の部隊長が“ヴィマラ達から直接話を聞きたい”とか言っているらしい。」「!」その言葉にヴィマラ一行に緊張が走る。「…そういうことですか…。」「…ま、そりゃそうか。だがそれなら話は早いな。」「まぁバシリアがいるから大丈夫だろ。」「それに、これで部隊長達を説得出来れば勢力が増やせる。悪党達にも立ち向かえるようになるぞ。」「そうですね…。」仲間達の言葉に、ヴィマラは一度目を閉じる。そして決意するように再び目を開けた。「…わかりました。では、欠片を取りに行きながら、本部に向かいましょう。」そのヴィマラの言葉に、皆異論は無いようだった。「これ、どのくらいかかる?」「欠片のところまでは馬を使ってもおそらく…1~2日、といったところでしょうか…。」「そんなに!?」「…まぁ、そのくらいだろうな。」「ひゃ~~…。」「出立はいつにする?」「手記によるとこの欠片の場所は、この手記の主しか知らないようですし、急ぐことはないでしょうが…。」「バシリアの件を考えても、少しでも早い方がいいだろう。」「そうですね…。とはいえ皆さん、昨日一昨日で疲労も溜まっているでしょう。大丈夫ですか?」「大丈夫!午前中たっぷり寝たから!!」「あんだけ寝りゃ復活だぜ!!」ピースしながら笑顔で言ってのけるチェリとヘザーに大人達がげんなりとする。「元気だな…。」「その若さ分けてほしいぜ…。」「年寄くさいぞ。」オレリアとムダルが呟く中、デジャが突っ込んだ。そんな皆の様子を眺めながらヴィマラが決断する。「…それでは、少し休んでから、夕方の出立にしましょうか。」ヴィマラの提案に皆同意した。「我々も同行しましょう。」その時、バシリアの部下たちが申し出た。「どの道我々も本部に向かいます。荷馬車を走らせますので、野営の準備をしておきましょう。」「それは助かる。」そして今後の方針が決まった。「では一先ず、解散にしましょう。」そして皆ぞろぞろと会議室を出て行った。「こんなに順調でいいの?」「おいおい、欠片が本物かもわからないんだぞ。」「え~~~?だって間違えることある?この人、欠片いくつも見つけてるのよ?」「まぁ確かに…。」会議室を出ようとしたところで、ブローニャとデジャがサイに呼び止められる。「どうした?」「…俺とムダルは、昨日見つけた欠片を仲間に渡しに行く。」サイは、ジタに聞こえないようこそっと小声で二人に伝えた。「…あぁ、ジタに聞こえたら文句言われるのが目に見えてるもんな。」「そうだ。…まぁ、あとで何か聞かれたら、“お前のために報酬を用意している”とでも言っておいてくれ。」「わかった。」デジャが笑いながら答える。「お前たちが本部に到着する頃には、俺達も着けるだろう。」そこではたとブローニャは、ヴィマラとオレリアのことは良いのか、と気になった。まるでそんなブローニャの意図を汲んだかのようにサイが、ブローニャの目を見て続けた。「…悪いが、ヴィマラとオレリアのことは頼んだ。」「!」その言葉に一瞬、ブローニャは目を丸くするが、その後真剣な表情になるとまっすぐと見つめ返しながら答えた。「…あぁ、任せろ。」するとサイとムダルはその答えに微笑んで返した。二人に手を振ると、ブローニャとデジャはその場をあとにする。廊下を歩きながら話をする。「しかしどんどんと話が進むな。」「人も増える一方だしな。正直頭が追い付かない。」そう言って笑うブローニャに、突然デジャが立ち止まる。「…大丈夫か。」そして背後からブローニャに問いかけた。「?何がだ。」振り返ってあっけらかんと答えるブローニャ。「…あぁ、なんだ。今のは冗談だ。」そう言って笑うブローニャを見て、「…そうか。」と答え、デジャは再び歩き始めた。そして各々が横になったりくつろいだりして出立までの時間を過ごすのだった。
――――夕方、出立の時。皆が合流した時、ジタが不在のサイとムダルを気にしていたが、『民族の動きに進展があったみたいでそっちに向かった』と嘘を伝えた上で、言われた通り『ついでにジタのための報酬も用意するらしい』と付け加えることで納得させたのだった。そしてバシリアの部下2名、ブローニャ、チェリ、ヘザー、デジャ。ヴィマラにオレリア、そしてジタと、9名で出発をした。バシリアの部下が先導し、他のメンバーが後からついていくという形だ。道中おしゃべりに花を咲かせながら道を進めていく。チェリとヘザーがこれまでの旅を振り返りながら、皆に東の国がどういうところで、どういう出来事があったか、どういう景色があり、どういう人々がいたか等を楽しそうに話した。時たまブローニャやデジャが突っ込みを入れて皆が笑い、ヴィマラ達も、同じ道を行く中で遭遇した、チェリ達とはまた違った出来事を話し、それに皆興味津々で耳を傾けるのだった。ヴィマラがレストラン街から抜け出したがらないだとか、オレリアが盗人に勘違いされてひと騒動あっただの、サイが迷子になっただの、ムダルが美人局にひっかかりそうになっただの、ヴィマラ達はヴィマラ達で奇想天外な冒険をしていたようで、その話を聞いて皆笑うのだった。道中何時間もそうしておしゃべりしている彼女達に、率いるバシリアの部下達は「本当に女性ってものはおしゃべりだな…。」「な。まぁ、これだけの人数がいれば話も盛り上がるものなんだろうが…。」と途切れない様子に半ば呆れ気味であった。その後も暫く進んだ頃には、日もとっぷり暮れて、野営をすることとなった。バシリアの部下二人が中心となって準備をする。「火を起こさないとな。」部下がそう呟いた時、ジタが前に出ると得意げに己の剣を取り出した。「任せとけって。」そう言ってジタが剣先を丸太に近づける。すると、見る見るうちに炎が上がった。「「おぉ~~~~!!」」それを見てチェリとヘザーが喜び、ジタがどや顔で恰好をつける。「すごい便利じゃない、それ!」「すげぇ!戦闘じゃあんまり役に立たなそうだけど!」「なにぃ!?一言余計なんだよ!!」怒るジタにきゃっきゃと笑う二人を見てほほ笑む一行。そしてその横では、バシリアの部下が飯を振舞ってくれようと準備を始めていた。「我々の兵士部隊では定番飯なんですけどね。いやはや、皆さんのお口に会うかどうか。」荷馬車からは野菜やらパンやら肉やらが出てきて、一人は食材を切り、一人はシチューを作り始めた。
ブローニャとデジャ、オレリア、ジタもそれを手伝う。それをワクワクしながら眺めるチェリ、ヘザー、ヴィマラ。「兵士飯なんて早々お目にかかれないわよ!」「確かに!良い機会だな!」「楽しみですね…!」「…ヴィマラも結構好きよね、グルメ。」「はいっ!!食は人の欲求の根源です!美味しいものは力になりますから!!」「あははっ!そりゃご尤もだ!」ブローニャ達は食材を切る等しながら、そんな3人の様子をほほえましく見つめていた。「…すっかり打ち解けてるな。」どこか嬉しそうに顔を綻ばせるオレリア。「…あぁ。」デジャも微笑むが、ブローニャだけは少し複雑そうな顔をしていた。「…お前らで良かったかもな。」「え?」「ガラクタを取り返しに来てくれたのが、お前らで良かったよ。」「…!」オレリアの言葉にブローニャははっとした。連鎖するように、先ほどのサイとムダルの言葉をも思い出した。ヴィマラ達はもうとっくに、自分たちに心を許してくれているのではないかと。「…」ブローニャが何か考え込むように視線を下げる。そんな様子を、デジャとジタは横目で見ながら気にしていた。――――焚火を囲みながら飯を食らう一行。皆が美味しい美味しいと満足そうにがっつく様子を見て、部下達は「喜んでもらえて何よりです」と嬉しそうに笑った。皆がそれぞれ話している中、ジタはふと気になって隣に座るデジャに問いかけた。「…なぁ。ブローニャってのはあんなに警戒心強い奴なのか?」「ん?」突然の問いにも関わらず、すぐに「あぁ」と納得するデジャ。「かくいう私も最初はあいつに疑われてたからな。そういう質なんだろ。」「!…そうなのか…。」「そりゃそうだよな。経歴不明の秘匿部隊に所属した奴が、急に『欠片を取り返す旅に同行させてくれ』、なんて言い出せば。私だって疑う。」「…」「…でもブローニャは、私のことを割とすぐに受け入れてくれた。寧ろこっちが動揺したくらいだ。『そんな簡単に信用していいのか』って。」そう言ってデジャは軽く笑った。「…そうしたら『チェリとヘザーとのやり取りを見て、私が悪い奴じゃないとわかった』って言いやがった。」「…」そして再び顔を引き締めるデジャ。「…だから、今のブローニャは“様子がおかしい”んだ。…お前だって、そう思ったから気にかけてんだろ。」「!…おいおいバレてんのかよ…。」「見るならもっとバレないように見るんだな。」少し恥ずかしそうに一度顔をそらすと、その視線の先に笑い合うヴィマラとチェリ達の姿があった。「…あぁ。ずっと自然体なお前らと比べて、あいつだけどこか不自然だからよ。俺はお前らの外から来た人間だからかな。…特に俺、あいつと歳が同じみたいだからさ。同い年の感覚っつーか…もしかしたらなんかわかるのかもな。」「…前に一度、腹を割って話したんだがな…。だが、今はその時から状況が変わった。何せあいつはやたら責任感が強い。だから厄介なんだ。」「…」「まぁ、自然に融解してくれればいいんだが…。」そのデジャの言葉に、ブローニャを心配している様子が見て取れた。「…そうか…。」そしてジタは目の前の肉に噛り付くのだった。
――――その後、火の番を1人ずつ交代で実施することになった。じゃんけんで負けた順に今日と明日に分かれて担当することとなった。じゃんけんで真っ先に負けたチェリとヘザー、オレリアは己の運を呪いながら引き受けることとなったのだった。
――――翌朝。朝食を食べ、準備を整えて一行は出発をした。道を進めながら、また話が盛り上がる。昨日はブローニャ達やヴィマラ達の旅の話だったが、本日はジタの旅の話となった。ジタは西の方を中心に旅をしてきたのだという。西の国には、巨大な建築物や、巨木が連なる山、美しい街並みが続くリゾート地などがあるという。チェリとヘザー、その上ヴィマラまでもが目を輝かせながらその話を聞いていた。まだ東の方は行ったことがないのでその内ワヘイにも行きたい、と言うジタに、「じゃあ私達と一緒に帰ろうよ!」とチェリは早速約束を取り付けていた。そんな風にジタの旅行記を聞いていた一行だったが、暫くした後、突如として野盗が現れた。テキンというそれなりに大きな町の方向から、特殊兵士部隊の人間に加えて女ばかりの大所帯。何か大事な物でも運んでいるのやもと思ったのだろう。気合を入れてか、はたまたリテン王国という大きな国だからだろうか、ブローニャ達よりいくらか多い人数の野盗達が襲撃してきた。戦闘を苦手とするヴィマラを除き、皆咄嗟に武器を取り出し、応戦する。思えば、皆が同行してから初めての戦闘の場面であった。「(意外とやるな…。)」オレリアとジタの動きを見てなかなか侮れないと感じるブローニャ。対して二人は、デジャの機敏で無駄のない動きを見て驚いていた。「うっわ、すげぇ…!!」敵の武器を弾き飛ばしながら思わずつぶやくジタ。「(デジャの動きはトップクラスだな。ブローニャの奴も案外やるし…ヘザーもチェリも気後れしねえで戦闘に参加してる。正直舐めてたぜ。ここまで来られた理由がちゃんとあったってわけだ。)」敵の攻撃をしゃがみながら避け、そのまま隙を見て蹴りの攻撃を繰り出す。相手が武器でそれを受け止めたのを確認すると、即座に足を引き、剣撃を繰り出した。数度剣を振るが、相手も避けていく。「!」避けきれないと思ったのか、相手は自分の手にした剣でそれを受け止めた。と、「!?」ジタの剣が見る見るうちに赤く染まり、やがて敵の剣がジタの剣と触れた個所から溶け、真っ二つに折れた。「…!?」「ははっ、悪いな!」訳が分からないといった様子の相手に、ジタは容赦なく攻撃をしかけた。――――「どいつもこいつも、私より若いのによ…!」そう言いつつも相手を圧倒するオレリア。厄介な装束をものともせずに華麗でしなやかな動きで素早く剣撃を繰り広げる。敵がどんどんと後ずさり、攻撃の隙も与えないほど。それを目にしたヘザー。「(やっぱり経験年数が違うって感じがするな…。―――…負けてられっか…!!)」敵と交戦しながら、即座に膝立ちになると、地面に空いた方の手を着き、そこから棍棒を作り出して振り回した。「!?」思わぬ攻撃に男は避けきれず、こん棒が見事男の腹部を直撃した。男はえずきながらその場で倒れこんだ。敵を倒しながら、偶然それを見ていたオレリアは思わず笑い出す。「ッはは…!おいおい、そんなのもできるのかよ!?」「へへっ!あたしだってやればできるって見せてやるよ!!」「…そりゃ楽しみだな…!」――――敵味方が混戦する中、一人わたわたとするチェリの姿があった。「ちょ…ちょっと待って~~!!人数増えすぎて…ッ!!」非力なヴィマラを除き、4人だった味方が倍の8人となり、その上敵側も人数が多いと来た。慣れない戦闘に苦戦するチェリ。「(…でも頼りになる味方が増えるのは助かるわね…!)」バシリアの部下はもとい、オレリアもジタも、見たところ戦闘力には申し分なかった。ならばこういう時の自分の出来ることを、と思考を巡らせる。今後来るかもしれない困難に備えたある意味練習だと思い、チェリは気合を入れる。「(…集中…!!)」「…」そんなチェリの様子に気づいてかブローニャも気がかりにしていたようで、戦場の真ん中に佇むチェリに気を取られてしまう。「!ブローニャ!!」「!」そんなブローニャに敵の攻撃が迫っていた。「…っ!」その時、咄嗟に近くにいたデジャが庇い、自らの短剣でその攻撃をはねのけた。そのまま敵の懐に潜り込んで倒した。「気をつけろ!」「すまない…!」「…」その様子をジタが戦闘の合間に見ていた。と、「!」ジタの目の前に敵が迫っていたが、突如として敵の足元に土でできたような棍棒が浮遊して迫ると、その片足にぶつけて引っかけ倒した。「…!?」はっとしてジタは迷路で自分が縄で縛られた時の状況を思い出した。そしてばっとチェリの方へ振り返る。「~~~そういうことかよ…!!」そこには手をかざしながら、得意げな笑みでジタを見返すチェリの姿があった。――――そうして乱闘すること数十分。野盗達を地面に転がすと、ブローニャ達は馬や荷馬車の元へと集合した。「…いやはや、皆さんお強い。」バシリアの部下が息を乱しながら皆を称える。「いや…あんたらこそ、流石特殊部隊だよ。」ジタが若干疲れたように称え返す。「…皆さん、お疲れ様でした。」隠れていたヴィマラの元へ若干薄汚れたオレリアが近づく。「大丈夫だったか?」「えぇ。皆のおかげで、私はなんともないわ。…ごめんなさい。いつものことだけど、こんな時何も出来なくて…。」「…何言ってんだよ。」そう言って困ったように笑うオレリア。それを見てヴィマラも表情を緩ませた。「…そうね、“ありがとう”、よね。」「ん。それでいいんだよ。」そう言ってわしゃわしゃとヴィマラの頭を撫でるオレリア。「もうっ!子ども扱いしないで!」「何言ってんだ。永遠に私の歳下だろうが。」乱れた髪を直しながら皆の顔を見るヴィマラ。「…デジャだけじゃなく、チェリやヘザーも…すごいわね。臆することもなく進んで参加して…。尊敬するわ。」「あぁ。…それだけに、苦労してきたんだろうけどな。」「…そうね…。」先日聞いた話を思い出す二人。「…私達も何か、力になれればいいんだけど。」「…そうだな…。」二人が想いを馳せている時、デジャはブローニャの前に佇み、険しい顔をしていた。「…お前、戦場では戦いに集中しろ。」デジャの本気の駄目出しに、ブローニャも反省する。「…悪かった。」しょげたようなブローニャの様子を見て、デジャはふうと息を吐くと体の力を抜いた。「…最近、お前らしくないぞ。」「!」その言葉に思わず顔を上げるブローニャ。「お前が私達を心配しているように、私達もお前を心配してる。」「!」「…頼むから無理はするな。」そう言ってデジャは馬の元へと歩き出した。「…」その後ろ姿を見ながら、何か考えるブローニャだった。「…」その様子もまた、ジタは目撃していた。――――馬で移動中、お互いの戦いを初めて目撃したということもあり、それぞれがその話題で盛り上がっていた。前側ではオレリアとブローニャが互いに興味深げにこれまで己の技術を磨き上げてきた訓練内容を話しており、真ん中でも同様に、ヴィマラがデジャとヘザーがどのようにして鍛えてきたかの話を聞いていた。そして少し離れた後ろの方では、ジタとチェリが話をしていた。「そうなんだよな~。気になってたんだよ!あの“浮く”ナイフ!すっかり忘れてたぜ。」「えへへ~!どう?すごいでしょ!あそこまで細かい動きさせるのにも、結構練習したんだから!…正直、ブローニャが連れだしてくれなかったら、あそこまでできなかったかもしれないもん。」「…」技術を磨かざるを得ない状況が、彼女をそうさせたのかと思うと、何とも言えない気持ちになるジタ。それを察したのか、慌てて訂正するチェリ。「あっ…、誤解しないでほしいんだけど、私は私の意志でこの旅に志願したんだからね!…弱い自分を変えたくて、…体も心も強くなりたくて、自分でブローニャについていったの!…逆にブローニャは、私がここまでついてくることをちょっと心配してたけど…。でも、私結構やれてると思わない!?」“弱い自分を変えたくて”、“強くなりたくて”――――か。と、デジャとヘザーにあったように、チェリにとってもこの旅に出るための信念があったということか。と納得したジタ。「(だからこいつらは強いんだな…。)」そしてその心意気と、してきたのだろう努力に素直に敬意を表した。「…すげぇよ、お前は。」微笑みながら答えると、チェリは嬉しそうに笑った。「えへへ~!」だがその笑顔を見てジタはふと思った。これまではその気持ちだけで進めたかもしれない。だが、この先はもしかしたらこれ以上の困難が待ち受けている可能性だってある。何せ相手はデジャの仲間達とヘザーの姉を手にかけた、世紀の悪党だ。こんな風に笑ってはいられない状況だって来るかもしれない。「…でもお前、怖くねぇのか?」ジタの突然の問いに、チェリは一瞬ぽかんとしたが、応えるように自分の心の内を明かす。「勿論最初は怖かったわよ!旅をしてから危ない目にも遭ったけど、何にも出来ずに見てることしか出来なかったし。…でもね、そんな中で、『私がとにかく何かやらないと』って思うようになったの。迷ってる暇なんてないんだってわかった。だって、私が弱かったり迷ったりしてたら、ブローニャも、ヘザーも、デジャも、皆が傷つくかもしれないから。それが怖いし、嫌なの。だから、故郷にいた頃より一層、“強くならなきゃ”って思った。とにかく経験を重ねて、出来ることを増やして、判断能力を上げて…、って、必死に頑張ってたらね、自然と怖さなんてなくなってきたの!」「…そうか。」今チェリの言ったことが、全ての答えなのだと思った。出会ったのはたった先日のことだが、4人の会話や様子を見ていて、その絆は強固であると肌で感じていた。旅を続けていられる理由も、そこにあるのだろう。「あのね、ブローニャとデジャが私の師匠なの!戦い方とか、戦う時の心意気とか、全部教えてくれたのよ!」どこか嬉しそうに、どこか自慢げに語るチェリにジタもその想いを感じた。「へぇ、そりゃすげぇな。」「そう!…でも、勿論師匠ではあるんだけど…今は違う、と思ってもいいのかなって。」「ん?」「二人ともね、私とヘザーのこと、“強くなった”“成長した”って褒めてくれるの。…でもね、それだけじゃなくて…二人が私達のことを、背中を預けて戦える、対等な仲間だって思ってくれたら嬉しいなー…って。」どこか恥ずかしそうにえへへと笑うチェリ。「やだもう~~~!!なんか恥ずかしいじゃん!!今の無しね!!」「無しじゃなくていいだろ、別に。」「!」「良いことじゃねぇか。そうやって前向きな気持ちになれたってことは、やっぱり心も成長してるってことだろ。…あいつらだって、お前にそう思ってもらえるのは嬉しい筈だ。」「…そうだといいなぁ。」そう微笑むチェリにジタも微笑んだが、考えるように顔に影を落とした。「…」話が一段落し、後ろの状況を確認したブローニャが見たのは、ジタがチェリと仲睦まじそうに話す様子だった。それを見て安心したように微笑んだ。
――――そこからお昼を取っては進み、休憩しては進み、馬が疲れたようなら休んでは進みの繰り返しで、またしても日が暮れてきた。テキン町を出てから2日後の夜。この日もまだ目的地には辿り着けずに、野宿をすることになった。この日はまた別の料理を振舞ってくれた部下達へ感謝しながら、皆美味しくいただくのだった。――――そして深夜。火の番をしていたブローニャの背後に、何者かの影が近寄る。「!」咄嗟に振り返ると、そこには火の番を交代しようと訪れたジタが佇んでいた。思わずびくつきながらジタは悪態をついた。「…んだよ、警戒すんなよ!こっちがびっくりしたじゃねぇか!」「…悪い。…いやそもそも、お前もこっそり来るんじゃない!」「夜だから音に気を付けたんだろうが!」軽く口論した後、ジタはブローニャの隣に腰を掛けた。「なぁ、少しだけ話いいか?」「!…私も、丁度話したいと思ってたところだ。」そしてブローニャは立ち上がることなく、その場に留まった。先に口を開いたのはブローニャだった。「…ありがとう。」「ん?」「…ヘザーのことといい、チェリやデジャにも良くしてくれて…。感謝してる。」「…」3人を気にかけてくれていることや、彼女達に対して優しく接してくれていることに対する感謝を述べたブローニャ。「…お前さぁ…。」「!」ブローニャの顔を覗き込むようにしてジタが怪訝な顔をする。「真面目すぎねぇ?」「…は?」感謝の気持ちは素直にありがたい。ブローニャの言葉は自分への信頼の証だと受け取ったジタ。だが、今の彼女からすると、その言葉さえどこか引っかかるものがあった。そしてジタは姿勢を戻すと、目の前の火を見つめた。「…会ってたった数日だけどよ、大体わかったよ、お前らのこと。」「は…。」呆けるブローニャに対し、酷だとは思ったがジタもやむを得ない、と事実を突きつける。「お前はあいつらの、保護者“気取り”だ。」「…!」突然のその言葉に、胸の奥がきゅっとなるブローニャ。日頃笑顔が多くおちゃらけたようなジタの真剣な顔と言葉が、尚更ブローニャを追い詰める。「あいつらはお前のことを対等に見てるけど、お前はそうじゃない。」「なに…、」いきなりなんだ。そんなことはない、対等に見ている、とは思いつつも、どこか図星を突かれたような気がして、言葉が出なくなるブローニャ。「お前、ヴィマラ達のこと信用しきれてねぇだろ。」「!」「…まぁそれ自体は別にいいんだけどよ。あの話だってそりゃ信じらんねぇのも仕方ねえしな。でも、警戒心強すぎだ。態度に出てるの、俺でもわかるぜ。」「…」「…責任感とか、警戒心が強いこと自体は良いと思うけどよ、お前の場合はそれに縛られすぎじゃねぇか?…まぁ、生まれとか育ちを聞くと無理もねぇと思うけどさ。何にそんな不安がってるんだよ?」「…!」「もっと肩の力抜いて、気楽に、単純に、考えてみろよ。それからあいつらのことも――――…」「…っ会って数日のお前に…っ!何がわかるんだ…!」「!」咄嗟に立ち上がり少し大きな声で叫ぶブローニャ。それは、初めてブローニャが見せた“反抗”だった。泣きそうな顔をしていたブローニャは、はっと我に返ると少し俯き、「…すまない。」とつぶやいた。それを見てジタもバツが悪そうに顔をそらす。「…いや、俺も知ったようなことを言って悪かったな。」そう言って頭をかくと立ち上がり、ブローニャに向き直る。「…ただ、お前はもっと素直に…っつーか、“自由に”なるべきだと思っただけだ。自分の気持ちにさ。」「…!」「まぁお前の性格的に、“俺みたいに”ってのは難しいかもしれねぇけどよ。」それもジタの優しさだった。ブローニャもどこかでそれをわかっていたが、今のブローニャには、それを素直に受け取れるほどの余裕がなかった。「…っ…」ブローニャは唇を噛みしめると、そこからテントへと立ち去って行った。火を見つめながら髪をかきわけて頭を抱えるジタ。「…あー…しくじったな…。」後悔しながらも、はっと我に返ると頭上の星空を見上げながらため息をつくジタ。「…つーか何してんだ、俺は…。」たかが目的地が被っただけの同行者相手に、何を気にしてるんだと冷静になったジタだった。
――――翌日の朝。朝食を食べ終わった後に準備をし、再び一行は出立した。途中、部下の一人が、「私は先に本部へ戻り、バシリア隊長に皆さんがここへ寄ることを伝えてきます。」と申し出て、一行から離脱して本部のある方角へと向かっていった。欠片のあるであろう山への道を進めていく中で、ブローニャとジタはどこか気まずそうに微妙な距離感ができていた。馬で進みながら、デジャがジタに近づきこっそりと耳打ちする。「…お前、昨日の夜何か言ったのか?」「!…な、なんのことだよ…?」「ブローニャの様子が更におかしくなってる。」「………」冷や汗をかいているようなジタの様子を見て察するデジャ。呆れたようにため息をつく。「…お前、責任持ってあいつの動向に注意してろ。」「…わかってるって…。」なんで俺が、と思わなくもないが、責任の一端を感じていたので素直に受け入れた。――――そしてそこから暫く進んだところだった。「…ここですね…。」そう言うヴィマラの前には大きな山脈が聳え立っていた。「バシリアさんの部下の方達には、ここで待機していただきましょう。万が一雨が降った時にはこの洞窟で隠れられますから。馬もここに置いていきます。すぐに坂や川越え等がありますからね。」「わかりました。」ヴィマラの指示通りに皆動き出す。「また山登りかぁ~~~…。」チェリがげんなりしたようにつぶやく。「まぁでも、この山はそこまでじゃないんじゃね?ダイア王国の二つに比べたらさ。」「そうですよ、チェリ。坂がきついのは最初だけで、基本はなだらかのようです。安心してください。」「ほんと!?信じるからね!!」「保障しましょう。」「そうだぞ、チェリ。私もここで待機しようかと思ったが、その情報で行くことに決めたんだからな。」「最年長が情けないぞ…。」そうして一行は文句も言いつつも欠片の場所への道を歩き出した。山は比較的緑の多い山だった。歩く道中、木々や草等があたり一面には生えていた。何度か分かれ道もあったものの、その方向は地図に記されており、迷うことなく進むことができた。ヴィマラの言うように、全体的に緩やかな坂道が続いていたため、そこまで苦になる道ではなかった。だが…――――「えっ!?これ渡るの!?」思わずチェリが抗議する。というのも、山間部に差し掛かったところで、木と縄でできた吊り橋が現れたのだ。古いものではありそうだが作りは頑丈そうで、まだ乗って渡るには問題はなさそうな様子だ。だが、下の方には川が流れている。流れは急、というほどではないが、吊り橋からはそれなりに高さがあり、下流は生い茂る木の陰に隠れて見えない。「これ危なくない~~~!?」だが脅えるチェリに対して、他の面々は吊り橋の構造を確認したり、実際に触れてみたりして安全性を確認すると、平気そうな様子を見せていた。「案外丈夫そうだから大丈夫じゃね?なぁ、デジャ。」「あぁ。ゆっくり渡れば問題ないだろ。」「最悪落ちてもそこまで流れが激しいわけじゃねぇから助かるって!」「笑いごとじゃないわよ、オレリア。…とはいえ危険は危険なので、少人数ずつわたりましょう。」「じゃあ誰から行く?」デジャが言い放った途端、皆の視線がジタに集中する。「へ?」――――「くっそ~~~~~!!あいつら俺を舐めてんだろ!!」ぶつぶつと文句を言いながら吊り橋を渡っていくジタ。『そもそも一人でも行こうと思ってたんだろ。』『この本の持ち主お前だろ。責任持て。』『大丈夫大丈夫!何かあったら助けてやるから!』と口々に言われ背中を押しやられたのだった。歩いては手元の縄や足元の板の状態を確認し、少し沈むように足元に力を入れたりしてその具合を確認する。真ん中までたどり着いたところで、後ろを振り返った。「問題ねぇぞー!」その様子を見て皆安堵する。「じゃあ次は…、」「ブローニャ、お前から来いよ。」「!」ジタからの誘いにその真意を探ろうとするブローニャだったが、「…わかった。」とそれを了承すると、オレリアの方へ振り返った。「後ろは任せていいか。」オレリアに確認するブローニャへ、「おうよ!」と明るく答えるオレリア。年上組で間に挟もうとの意図だった。そして間に距離を置きながら、ジタ、ブローニャ、チェリ、ヘザー、デジャ、ヴィマラ、オレリア、という順で進んでいくことにした。ブローニャが進んだ後、恐る恐るチェリも進んでいく。その後ろにヘザーが続いた。「…ほんとだ。案外丈夫そうね。」チェリがほっとしたように下を見下ろす。「で、でもやっぱり高い…!!」「おい、早く行けよ。」「わ、わかってるわよ!!」そう言われて前方を見ると既にジタは対岸に到着していた。ブローニャもあと少しというところだ。チェリが歩みを進めようとした時だ。「―――!!」渡ろうとしたデジャが何かの気配を察して咄嗟に振り返った。「!」その反応に、オレリアとヴィマラも振り返る。そこには、いつの間にか接近していた男が数人いた。「なッ…!!」デジャ達に感づかれたことに気づくと、男達はこちらに向かって駆けてきた。デジャも懐から武器を取り出しながらそれに向かい、オレリアもヴィマラを庇うように前に立つと臨戦態勢を取る。「早く橋を渡れ!!」「!!」そのオレリアの叫びに、吊り橋を渡っていた面々もようやく事態に気づいた。「えっ!!えっ!?何!?」動揺して足が竦むチェリ。丁度真ん中あたりまで来ており、進むべきか戻るべきか迷いが生じた。そんなチェリにヘザーが近づく。「…ッ!!」デジャ達に加勢するため戻るべきか、進むべきか。「なんだ…!?何が起きてる!?」橋の入り口の先は若干の下り坂になっており、対岸にいるジタやブローニャからはその状況が見えなくなっていた。「ともかく早くこっち来い!!チェリ、ヘザー!!」最悪の状況を想定し、躊躇する二人に声をかけるジタ。まずは身の安全が一番だとの判断だ。橋の上はリスクが高すぎた。「う…ッ、うんっ!!」そう言ってチェリとヘザーが進む選択を選ぼうとした時だった。「待って!!!」背後からヴィマラの悲痛な叫び声が聞こえた。その時、橋の入り口に駆けてきたのは―――――…「…!!」見知らぬ男。そして、「…ッやめ、」嫌な予感がして、ブローニャの顔が一瞬で青ざめ、ひゅっと喉が鳴った。男は吊り橋の縄を、切り離した。「…!!」それを吊り橋側にいた4人全員が目撃していた。「チェ…――――!!」咄嗟にチェリ達側へ走り出そうとしたブローニャだったが、「ばッ…!!お前――――…ッ!!」咄嗟にジタがブローニャの腕を掴んで引き寄せる。その次の瞬間、吊り橋が後ろ側から落ちていく。「うそうそうそッ!!!!」咄嗟に縄に掴んだチェリを抱えるようにしてヘザーが抱き寄せる。「おいチェリ、それ―――…!!」手元の縄を離さなければ、橋もろとも対岸の壁に激突してしまう。だが、今のチェリにその判断ができなかった。必死に縄にしがみつくことしかできなかった。「…ッ!!」それに気づいたジタはどちらの方が安全かを瞬時に判断し、やむを得ない、といった風に剣を取り出すと崩れ落ちていく橋の端をその剣で切りつけた。赤く色づいた剣は橋を切り離した。そのまま橋と共に下へと落下していくチェリとヘザー。ブローニャもどうにか助けようと思うが、どうしたらいいかわからずにただ狼狽えることしかできなかった。だがそうしている間にも、二人は落下していく。「…ッチェリ!!!ヘザー!!!!」ブローニャの悲痛な叫びが木霊するが、二人は無情にもそのまま川へと落下していった。川に落ちるとそのまま姿が見えなくなる二人。それを、絶望の表情で眺めることしかできなかった。はっとして対岸を見つめる。いつの間にかヴィマラの姿も見えなくなっている。あちらもどうなっているかわからない。ヴィマラは戦えない。敵の人数もわからない状況で、たった二人でどうにかできるかどうかの判断もつかなかった。だがその時、「お前らは先に行け!!」「!!」デジャの声が聞こえる。「こいつらを片付けたら、チェリ達は私達が探す!!だからそっちは任せた!!」「…!!」ジタ達のいる対岸は切り立った崖となっており、とてもではないが川下へ直接向かうことは困難だった。「デジャ…ッ…!!」だが移動したのか、敵から逃げたのか、デジャの声も聞こえなくなり、ジタとブローニャだけがその場に取り残された。暫く呆然としていた二人だったが、ジタは我に返り、とにかく先に進まねば、と道の先を見る。「…」手記はヴィマラが持っている。だが、ジタはその内容を記憶していた。「…」未だ手と膝をついたまま川下を眺めているブローニャ。そんな様子を見かねたジタが声をかける。「…おいブローニャ、取り敢えず進むしかねぇ。行くぞ。」「………」だがその呼びかけにも動こうとしないブローニャ。「…どの道ここからじゃどっちも助けに行けねぇ。欠片を回収しながら、迂回するしかねぇよ。…とにかく、先に進まねぇと。こんなところでぼうっとしてたって事態が変わるわけじゃねぇ。さっさと欠片回収して、あいつらを探しに行こうぜ。」そこまで言ってようやくブローニャは立ち上がった。だがその様子はすっかりと憔悴してしまっていた。ジタが先行して歩き、その後をブローニャが俯きながらついていった。暫く歩いて行ったところだ。何か雫がぽつり、とジタの頭に降り注いだ。「…やべぇな…。雨が降ってきやがった…。」「…!」ブローニャが頭上を見上げると、空には薄暗い雲が若干かかっており、それがぽつぽつと少量の雨を降らせていた。「…ッ…雨が降ったら、川が…!」少し泣きそうになったブローニャがジタの服を掴んで訴える。「…大丈夫だって。この様子じゃそんなに降らねぇよ。」「…っ、」「!」近くに岩壁がくぼんでいる個所を見つけたジタ。「…あそこで雨宿りしようぜ。この天気で山はあぶねぇし、風邪なんかひいちまってもしょうがねぇ。それから一回、頭冷やせ。」「…!」―――そして二人でくぼみに座って雨をやりすごそうとする。「…」空を見上げながらジタがその天候と所要時間を計算していると、ひざを抱えて顔をうずめていたブローニャがぽつりと呟いた。「………私のせいだ…。」「…」その言葉を聞いてブローニャの隣に片膝を立てて座り込むジタ。「…それを言うなら、ここにお前らを連れてきた俺のせいだろ。」ジタの言葉に、それは違う、とでも言いたげに顔を上げたブローニャ。「お前が言ってるのはそういうことだよ。…だから、お前も気にすんな。」「…」「…不安になって最悪のことを考えてばかりいたって、事態が好転するわけじゃねえ。俺達には俺たちの出来ることをしようぜ。あいつらが、それぞれ自分達でどうにかしてくれるって信じるしかねぇよ。」「…わかってる、わかってはいるんだが…、」今にも泣き出しそうなブローニャの様子を見て、何も言わずにその続きを引き出そうとするジタ。そして、促されるようにブローニャがぽつりぽつりと心情を吐露し始めた。「……私は…、国から任務とあの3人を預かった、“兵士”であり…“リーダー”であり…“最年長の大人”だ。3人は仲間であり友ではあるが…それよりも前に、私には選んだ責任と、リーダーとしての責任がある。…命を預かる責任がある。……それなのに私は――――」「…だから、そういう考えが良くねぇって言ってるんだよ。」「!」ブローニャの顔がこちらに向くのを見ると、ジタはふっと顔から力を抜く。そして優しく諭すように告げた。「…そもそもよ。そうじゃねぇだろ。お前が本当に怖がってることは。」「……!」そう言われて目を見開くブローニャ。「…もっと素直に言ってみろよ。」そして、そのジタの言葉を機に、ブローニャの中の奥底で秘められていた想いが溢れ出す。ブローニャの顔がくしゃりと歪められた。「………っ…怖いんだ…、チェリとヘザーとデジャに、もしものことがあったらって……不安で不安で仕方がない……。」そしてぽろぽろと涙を溢し始めるブローニャ。数か月旅を共にする中で、ブローニャの中で3人はかけがえのない存在になっていた。何よりも大事で、大切で、愛しい存在。これまで身近な人を失ったことがないブローニャにとって、今の状況ほど怖いものはなかった。自らの手で解決できない、手の届かない状況の中。自分が守らねばならなかった一番大事な彼女達を失ってしまうかもしれない、不安と恐怖に押しつぶされそうになっていた。そもそもが、知らない土地で、思いもよらない事態に遭遇し、危険と隣り合わせの状況の中で、ずっと先の見えない不安に駆られていたブローニャ。誰を信じるべきかわからず、予想よりも強大な敵に立ち向かわねばならないかもしれないこと、命のやり取りをするかもしれない状況の中で、『チェリとヘザーとデジャを守らねば』『自分がどうにかしなければ』『最善手を見極めなければ』という異常なまでの責任感と、強固な想いが彼女自身を圧迫し、ブローニャの中でぱんぱんに膨れ上がっていた。それが先ほどの出来事により、弾けてしまった。「……情けない……っ……」己の力不足でこんな結末を迎えてしまったこと、今こうして、気弱に涙を流していることに対し、自身のあまりの情けなさに思わず顔を伏せる。先ほど自分で言った、“兵士”“リーダー”“最年長の大人”という縛りが、ブローニャの気持ちを押し殺させ、余計に苦しめていた。そんなブローニャに、ジタが優しく声をかける。「…お前があいつらのこと大事に想ってるのは、俺も見ててよくわかるよ。それだけに心配に想ってるってこともな。……あいつらのことが、大好きなんだろ。」「…!」ブローニャは顔を伏せたまま体をピクリと反応させる。そこにジタが続ける。「でもお前は、あまりに『自分が』『自分が』って考え過ぎだ。…確かにただの“仕事としての”任務部隊なら、リーダーとしての責任を感じるのも仕方ないと思うぜ。…でも、お前らは違うんだろ?俺から見りゃあ、お前らにはそんな上下関係があるようには見えねえ。年齢とか立場とか、関係ねぇんだろ。昨日も言ったが、対等な関係なんじゃねぇのか?」「……っ…」「それからな、お前はあいつらのこと舐めすぎだ。」「!」その言葉でブローニャがふと顔を上げた。涙でぬれた顔をしたブローニャの目をまっすぐと見ながら、ジタが詰める。「チェリが言ってたぜ。『強くなるために旅に出た』って。ヘザーとデジャだってそうだ。あいつらにはそれぞれに目標があって、自分の意志でお前について来たんだろ。今回のヴィマラ達の話に乗ったのだって、選んだのは自分の意志だって言うじゃねぇか。そんな風に言うあいつらが、お前のそういう考えを喜ぶとは俺には思えねぇよ。お前はちゃんと、あいつらの話と気持ちを、耳だけじゃなく頭で聞いてやってるのか?」「…!」「それに、昨日の野盗との闘いなんかも見てても、心配する必要ないくらいに出来る奴らだと思うぜ、あいつらは。…そもそも、ワヘイ王国からこんな遠方の国まで、たった4人で来られたんだろ。色々あっても乗り越えてきたんだろ。…そんなあいつらのこと、もっと信じてやってもいいんじゃねぇのか。」「……!」その時ブローニャの脳裏に、連日デジャから言われた言葉と、その時のデジャの表情が過った。そして、チェリ、ヘザー、デジャとのこれまでの出来事が走馬灯のように蘇った。過酷な道のりも、ディーンを見失った時も、文句を言いながらも歩き続けた。ブローニャがピンチの時、時には連携して補助をしてくれた。戦闘になった時、臆することなく自ら立ち向かうようになった。ブローニャが悩んだ時、率先して話し、自らの想いを語りかけ、導こうとしてくれた。“強くなった”、“成長した”、“判断力が上がった”―――…そう言ったのは、他の誰でもないブローニャ自身だった。「―――…」頭の整理をしているのであろうブローニャを暫くそのままにしてやるジタ。少しして、補足とばかりに口を開いた。「…チェリも昨日、言ってたぜ。お前とデジャが、チェリ達のことを『背中を預けて戦える、“対等な仲間”だって思ってくれたら嬉しい』―――ってな。」「…!」「んな可愛いこと言ってくれる奴が傍にいてくれるんだ。…もっと、頼ってやってもいいんじゃねぇのか。」「……っ…」また泣きそうになるブローニャに、ジタがいつもの快活な笑みを浮かべる。「大丈夫だって!ただじゃ死なねぇよ、あいつらなら。」そう言って今度は優しい微笑みへと変えるジタ。「…大丈夫だ。」そう言って、顔を外に向けると、空を見上げた。「!」ブローニャもつられて見ると、雨は上がっており、太陽があたりを照らしていた。濡れた雨水に太陽の光が反射して輝いている。「ほらな、すぐ止んだ。」そう言ってジタが立ち上がる。「ほらよ、ブローニャ。」そう言って手を差し出すジタ。「…」ブローニャはその手を取って立ち上がると、ジタの横に並んだ。「ほら、泣くなって!」そう言って笑いながらカバンからタオルを取り出すと、ブローニャの顔に当てた。されるがままになるブローニャ。「…これ、綺麗なやつか…?」「このっ…、まだなんも使ってねぇから綺麗だよ!!」ジタの言葉を聞いてタオルを受け取ると、涙をぬぐう。暫く黙っていたブローニャだったが、ぽつりと呟いた。「…お前の言うとおりだ…。」「!」涙を拭き終えて、顔を上げたブローニャは、目元が赤いものの、不安と迷いが無くなったような顔をしていた。雨上がりの太陽を見つめると、心を決めた顔をするブローニャ。「…私は、あいつらを信じる。」そしてジタに向かって優しく微笑んだ。その顔を見て、ジタもまた微笑むのだった。
――――それから遡ること、数十分前のことだった。「やっ…やばいやばいやばい!!死ぬ!!!誰か助けて!!」川に流されるチェリは若干のパニックに陥っていた。暴れそうになるチェリを押さえつけながら、ヘザーが怒鳴る。「落ち着けって!!ここで焦ったらマジで死ぬぞ!!大丈夫だ!!そんなに流れは急じゃない!!冷静になれよ!!頼むからッ!!」その言葉に我に返るチェリ。ふと気づくと、確かに流されてはいるが、そこまで激流ではない。「へ…ッ、ヘザー!!取り敢えず無事なのね!?私達!!」「あぁ!!だからあんま叫んで体力使うな暴れるな!!頼むから!!」「ごめん!!!」そのまま流れに身を任せて、川を流されるチェリとヘザー。ヘザーがチェリの腰に手をまわしてしっかりと掴み、チェリがはぐれないよう、溺れないようにと気遣う。「でっ…ででででも、そんなこと言ったってどうすんのよ!?めちゃくちゃ流されてるじゃない!!しかも岸まで遠いし!!!」「…ッ…」あたりを見回すが、チェリの言うようになかなか広域で深さのある川で、足はつかず、岸までも距離があり、どうにも抜け出すのが困難な状況だった。泳いで岸まで行こうにも、それができるほど流れは緩やかではない。だがその時、幸運にも下流の方に突き出した大岩があるのが見えた。「あっ!!あの岩捕まれる!?私無理!!」「あぁ、一旦な!!」そしてタイミングを見計らって岩へ手を指し伸ばした。上手い事掴んだヘザーは、そこへチェリを誘導する。「取り敢えずお前上がれ!!」「えっ、でも…!」「邪魔だから乗れ!!」「~~~~わかった!!ごめん!!わかったわよ!!」そう言ってヘザーが岩に捕まり、チェリはヘザーにお尻を押されながらやや狭いが岩の上へと上がったのだった。息も絶え絶えになりながら乗りあがったチェリ。「…それで、ここからどうするの…!?」「…」そう言われてあたりを見回すヘザー。「(あの木をうまく使えねぇか…?)」岸の近くに生えている木を見て、どうにかできないかと思案するヘザー。「!」その時、チェリの小さなカバンが目に入る。「それ!!」「!?な、なに!?」「お前確か“縄”、持ってたよな!!」「!」ジタを捕縛した時に持っていた縄だ。武器と組み合わせて応用できないかと色々試行錯誤しているところだった。「もっ…、持ってる!!」そう言って慌ててカバンから縄を取り出した。「武器は?」「いつものナイフだけ。」それを見て耐久性に難があると判断したヘザーは目の前の岩の材質を確認する。そして思いついたように、その岩から武器を作り出す。「これにつけろ!!」「…!!!」その言葉で察したチェリが急いで作り出された石の剣に縄を括り付ける。そしてそれを確認すると、「まず片方をお前の腹に縛れ。そんで、」目線を移動させてチェリに合図する。「武器を括り付けたもう片方を、あそこの木に巻き付けろ。」「…!!なるほど!!」「長さにも注意しろよ。」「わかった!!…って、ヘザーは?」「一人ずつ行った方が確実だろ。」「わ、わかった。」そしてチェリは自らの体に縄を括り付けると、ヘザーが目を付けた場所めがけて、剣を飛ばした。言われたように木にぐるぐると巻き付けた後、剣をそのすぐ下の地面に突き刺した。そして再び川へ身を投じるチェリ。「わっ…わっ!!」川の流れと遠心力で下流の方へ流されるチェリ。だがその方向は、岸の方へと向かっていた。「よし!!いいぞ!!」ヘザーの読み通り、チェリはそのまま岸までたどり着くことができたのだった。へとへとになりながらも、早くヘザーを、と気力を振り絞って立ち上がるチェリ。「ヘザー…!!」そして木に括り付けた縄を外すと、今度は逆側にナイフをつけてそれをヘザーに飛ばす。チェリが準備をしている間に岩の上に上がったヘザーは、そのナイフを受け取るとチェリと同様に自らの腹に縄を括り付けた。――――チェリと同様に岸にたどり着くことができたヘザーは、疲労でその場に仰向けに倒れこんだ。「ま…マジでやべぇ…!!」ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返しながら休憩するヘザーの元へ、チェリがへろへろと駆け寄ると、覆いかぶさるように思い切り抱き着いた。「ぐえっ!!」その途端、大声で泣き出すチェリ。「わああああ~~~~~!!無事で良かった!!ほんとに!!生きててよかった!!二人とも!!!」わんわんと泣くチェリにヘザーもようやくほっとする。「死ぬかと思った!!!怖かったぁ~~~~!!!!」「…おーよしよし、よかったな、ほんとに…。」こいつよく泣く元気あるな…と思いつつ、抱き締められる力の強さに窒息しそうになりながら、泣きついてくるチェリの頭を撫でてやるヘザー。「(どっちが年上なんだか…。)」暫くそうしてチェリが泣き止むまで待ってやるヘザーだった。――――「…しっかし随分と流されたな~。」「ね。戻るまで時間かかりそ~。」疲労はあるものの、チェリも泣いてすっきりしたのか、いつもの調子を取り戻した二人。川岸でヘザーが火打ち石で焚火を燃やし、その近くで座りながら一度休憩する。「…でも、ブローニャとデジャが心配してるだろうから、早く戻ってやらねぇとなぁ…。」「あの二人過保護だからね~…。ていうか!そもそもデジャも大丈夫かな…!?」「!…確かに。敵がどれだけいたかわかんねぇけど、なんか苦戦してたみたいだしな…。」このままここで休もうかとも思ったが、逆に二人が心配になって咄嗟に立ち上がる二人。「…なら、行くしかねぇか。」「そうね。」そうして二人は川上の方へと歩き出した。「ていうかこれめっちゃ風邪引かない?」「確かに…早いところ合流しようぜ…。」一度は脱いで絞ったものの、濡れたままの服を纏いながら二人は歩みを進めていった。
――――やがて、地図に記された場所に辿り着いたブローニャとジタ。「暗号自体は解いてあったんだよ。」そう言ってジタはまっすぐその場所へと向かった。「…やっぱりな。」その場にある木や岩が、想定通りの配置だったらしい。「へぇ。お前も暗号なんて解けるんだな。」「お前らやっぱり俺のこと馬鹿にしてるな?」そう言いつつ持参した剣や近くにあった木の枝、自分たちの手等を使って地面を掘り進めていく。「クソっ…!!スコップとか持ってくるんだったな…!!」そうして泥まみれになりながら何十分と時間をかけて堀った時だった。「本当にここか…?」「俺を信じろっての!―――あ。」何かに当たった音がして、そこを掘る。…と。「あった…!」そこにはツボのような何かが埋められていた。急ぎそれを取り出し、中身を確認する。「…………」だがそれを見た瞬間、二人は言葉を失った。「…おい、これ……。」「…うーん…。なんか違くね?」二人で左右上下からその代物を見るが、いつもの欠片とは何かが違う気がしていた。「…なんか、材質か?触った感触が違う気がする…。」「うん…持ってみた感じの重さも若干違う気がするな。」そう言ってブローニャは自らが持っていた欠片を取り出す。「…やはり違うな。」見比べるとその違いは明らかだった。「…」ブローニャの脳裏に、これで3人にもしものことがあったらただの犬死じゃないか、という不安がよぎる。「!」だがその時、それを心配したようなジタの顔が見えた。ブローニャは先ほどのジタの言葉を思い出し、その不安を振り払うようにして頭を振るった。そして、その欠片を見つめながら確信する。「(―――…いや、寧ろこれが偽物だったからこそ、皆生きてる…!!)」あいつらが、こんなところでただで死ぬようなタマじゃない。チェリ自身も過去に言っていた。そしてブローニャは顔を上げると、ジタの目を見た。「…大丈夫だ。」「!」「欠片と思われるものは回収した。…さっさとあいつらを探しに行くぞ。」その言葉に、ジタも笑みで応える。「おう!」――――ブローニャもジタも、その後は休憩時間をも惜しんでとにかく歩き続けた。手記のない今、ジタの記憶だけが頼りだったが、どうしてか大丈夫だという確信がブローニャにはあった。人もおらず、野生動物もいない、静かな道を、立った二人歩いていく。日が傾き始めたのを見て、大分時間がたっていることに気づいた。「…」デジャは大丈夫だろうか。敵と交戦していようにも、決着はとうについているだろう。そう考えると、再び不安が過った。「(…きっと大丈夫だ。)」生身の戦闘に関しては誰よりも強いデジャのことだ。きっとどんな修羅場も潜り抜けるだろう。「…大丈夫か?」自分も相当疲労が溜まっているだろうに、振り返って立ち止まりつつ、ブローニャを気に掛けるジタ。「…大丈夫だ。」意志の強い眼差しで応えるブローニャに、これが本来の彼女なんだなと納得するジタ。「…わかった。」そう言って歩みを進めていく。それからまた暫く歩いた時だ。ジタが立ち止まり、あたりを見回した。「…川だ。」「…!!」その言葉に、あたりを見回すブローニャ。いつの間にか川下の方までたどり着いていたのか。「運が良ければここで出会えると思うんだがな…。…川上か川下かもわからねぇ…。…こりゃ、馬のところまで戻るしかねえか…?」「!!待て!!」「!」川上の方を見つめて、ブローニャが指をさす。「狼煙じゃないか…?」「…!」ブローニャの指す先で、木々の合間から煙が立ち上っているのが見えた。「…気づかなかったな…。視界が開けたから見えるようになったのか。」歩き出そうとするブローニャの腕を捕まえ、ジタが制止する。「待てよ。…敵側の狼煙かもしれねぇんだぞ。」だがブローニャの瞳はブレてはいなかった。「!」「…きっと、あいつらだ。…私は、信じる。」しばし視線を交差させる二人。折れたのはジタの方だった。ブローニャから手を放す。「…わかった。でも、警戒は怠んなよ。」「…誰に物を言ってるんだ。」「はっ、そんだけ言えりゃ心配ねぇか。」そう言って二人は煙の方向へと歩き出したのだった。そうして煙の方向へと暫く歩いて行く。足が棒のようになりながらも、その歩みを止めることはない。その場に元気な仲間達がいることを信じて、はやる心を抑えながらも足を進めた。あともう少しで目的地、というところまで来た時、二人は念のため物陰に隠れながら距離を詰めていく。「!」その時、狼煙の近くに人影を見つけた。日は夕方にさしかかっており、少し薄暗くなっていた。二人とも、意識を集中してその人影の正体を探る。そして――――…「…!!」それが誰なのか認識した直後、ブローニャは立ち上がった。「!」そしてずんずんと隠れることもなく草むらをかき分けて歩き出した。「…ッ…!」泣きそうになりながらやがて足は走り出していた。その音に気づいて、人影が振り返る。そして。「ブローニャ…!!!」最初にそう名前を呟いたのはチェリだった。その声につられ、他の面々も振り返った。そこには、ヘザーやデジャ、そしてヴィマラやオレリアと、仲間達全員が勢ぞろいしていた。「ブローニャ!!やっと来てくれた!!」「良かった…!無事だったんですね…!!」「遅ぇぞ!!結構待ったんだぞこっちは!!」「あれ、ジタは?」各々呼びかける皆だったが、ブローニャは真っ先にチェリとヘザーの元へ向かうと、その勢いそのままに二人を両腕に抱きしめた。「わわッ!!」「なッ…なんだよ、ブローニャ!!恥ずかしいだろ!!」「…ッ…!!」だが抱き締める力は強くなるばかりで離す気は無いようだった。二人の体温を感じながら、本当に生きているのだと実感し、安堵するブローニャ。鼻をすするような音が聞こえ、声をかける二人。「も~~~やめてよ!!泣かないでよブローニャ!!」「そうだって!!ったく心配性なんだからよブローニャは!!」そう笑いつつも二人の目にも涙がうっすらと乗っていた。いつもだったら泣きついてくるような二人が、健気にもブローニャを励ますような言葉を投げかける。そんなところにさえ、成長が感じられて胸があふれるようだった。ブローニャはひとしきり抱き締めると、満足したように体を離した。二人の顔を見て、そこでまた安堵する。「…本当に良かった。」心底嬉しそうに涙目で微笑むブローニャの姿に、二人もまた泣きそうになると、今度は二人がブローニャへと抱き着いた。「も~~~~!!」「くそ!!ブローニャのせいだぞ!!」そんな二人の様子に、またブローニャは笑い、今度は抱き締め返すのだった。「おいおい、結局か。」その光景を見ながら大人ぶったように笑うデジャだったが。「デジャだって私達の姿見るなり抱き着いてきたじゃない。」「お前ッ…!!」「あはは、今までに見たことない顔してた。」「~~~そっ、そんなこと…!!」「…ごめんなデジャ、何分腕が二本しかないもんで…。お前のことも抱き込みたかったんだが生憎間に合わなかった。」「別に私はいいッ!!」照れたようなデジャの様子を見て、ブローニャが微笑みながら声をかけた。「…デジャも、無事で本当に良かった…。」だがその時ふと何かに気づく。「…怪我したのか?」そう言われてブローニャの目線を追うデジャ。既に手当済みだったが、珍しく、腕や顔等にけがをしていた。それだけではない、服も体もボロボロだった。「…大したことじゃない。流石にあの人数相手じゃな。」「…そんなにいたのか…。」心配そうな表情のブローニャにオレリアが補足する。「まぁ6人くらいだったか?いやこいつマジですげぇよ。一人で4人倒したぜ。」「つーかよ、なんでそんなにボロボロなんだよ?」遅れていつの間にか近くまで来ていたジタが問いかける。オレリアとデジャ、ヴィマラの3人は何故か服が泥だらけだ。「ヴィマラの奴がチェリとヘザーのところに早く行かなきゃ、つって焦って転んで滑り落ちたり…、二人探してとにかく急いで川の方へ行かなきゃって、そっから道なき道をとにかく突き進んでたらこんな感じだ。」「…!」その言葉にブローニャがヴィマラを見る。「…協力に誘った私にも責任がありますから…。それに、助けに行けないブローニャの代わりに、私が行かなければと思いまして…。」そこまで言ってから、首を横に振った。「…いいえ、それだけじゃないですね。単純に“友”として、チェリとヘザーを助けたいと思ったのです。」「…!」その言葉にブローニャの瞳が揺れた。それにジタもデジャも気づいていた。「ともかく…ブローニャとジタも含め、皆さん無事で、…本当に良かったです。」そう言ってヴィマラはこれまで見たことのないほど、安堵した微笑みを浮かべていた。それにつられて、皆が生きて合流できた喜びに笑みを浮かべるのだった。
――――「…これは違いますね…。」欠片を見てヴィマラがこぼした回答に、チェリとヘザー、オレリアまでもが叫んだ。「なに!?無駄足だったってこと!?」「あたしらの苦労は…!?死にそうになったんだぜ!?」「ここまで来てそりゃねぇよ!!」だがヴィマラは冷静に答える。「…私達の作る模造品と酷似していますが…その出来は粗末なものですね。」「!…過去にも、模造品を作っていた奴がいたってことか?」「…長い歴史の中で、私達と同じことを考えていた人がいないとも限りませんから。」「まぁ、数千年だしなぁ。」「それは確かに…。」「え~~~~…ほんとにぃ…?…まぁ、ほんとみんなが無事だったから良かったけど…。なんか消化不良~~~。」「…こればかりは仕方ありませんね。」そう言って苦笑いするヴィマラ。「…でも、今後は本当に気を付けなければなりませんね。あの者達も何を企んでいたのか…。」「ただの野盗だろ?」「でも橋落とす必要あるか!?酷いぜ、アレ!!」「確かになぁ。」みんながやいやい話していると、ヴィマラが音頭を取る。「暗くなってきましたし、そろそろ馬車のところへ向かいましょう。」それを合図にぞろぞろと歩き出す一行。だがブローニャはチェリとヘザー、デジャをその場に呼び止めた。そして3人に対して突然頭を下げた。驚く3人に、頭を下げたまま言葉を続けるブローニャ。「…皆、すまなかった。」「え?どうしたのよ、急に。」チェリの声に、ヴィマラやオレリア、ジタまでもが立ち止まり、その様子を見ていた。チェリの呼びかけに、ブローニャはその想いを吐露し始めた。「…思えば私は、お前たちのことを心から信用しきれていなかったのかもしれない。」「!?どういうこと!?」「聞き捨てならねえぞ!!」その勢いに慌てて顔を上げるブローニャ。「あ、いや…すまん。そういう意味じゃないんだ!…言葉選びが悪かった。―――…なんというか…、…私の中でお前たちは、“ただの少女”と切って切り離すことができなかったんだ。…出会った当初を知っていたから、猶更な。」「!」そしてブローニャは罰が悪そうに若干俯きながら話す。「…お前たちに、“成長した”、“強くなった”と言葉では言いつつも、それを心の奥底で、真に受け入れきれていなかった。…というのが、今回のことでわかった。…こんな事態になった時…お前たちのことが心配で心配で仕方がなかった。不安で押しつぶされそうで、…もしかしたら失うかもしれない、なんて恐怖に頭の中が支配されていた。…お前たちは、こんなにも変わっていたっていうのにな。」「!」「自分の力で考え、行動し、目の前の状況を打破する力を身に着けた。…さっきのは、それを真に理解していなかったことと、そのお前達への無礼に対する…詫びだ。」「ブローニャ…。」チェリもヘザーも、ブローニャの話にまっすぐ耳を傾けていた。そして、ブローニャの想いを、心と、頭と、全身に、ひしひしと感じていた。「…それからデジャ、お前は幾度となく私を“理解”させ、“導こう”としてくれていた。…にも関わらず、それを受け入れられなかったのは私の至らなさに原因があった。…本当に、すまなかった。」「…」ブローニャのまっすぐな目とその言葉に、デジャは目を細めながらそれを受け入れた。そしてブローニャは憑き物が取れたような顔で3人に向かって微笑んだ。「…私は、お前たちを信じる。お前たちの実力を、判断を、気持ちを、信じる。そして真に対等に思おう。」なんだかそんなブローニャを久々に見た気がした3人。このところ様子がおかしいように感じていたが、今のブローニャを見るに、どうやらもう心配はいらないようだった。それを感じ取り、そしてブローニャの心からの言葉にどこか感動さえ覚えた3人は、顔をほころばせた。「…まぁ、無理もないがな。お前のその性格と立場を考えれば。」デジャがブローニャの考えに一定の理解を示しながらフォローを入れる。「…ようやく抜け出せた、ってところだな。」デジャの優しい微笑みとその言葉に、ブローニャは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔に変わった。「…あぁ。」見透かされていたことを少し恥じながらも、デジャが全てを理解してくれていたことに嬉しさも感じていた。そしてチェリとヘザーからの猛攻が。「そうよ!!私達は対等!!立場も年齢も関係ないから!!っていうかそれ今更!?」「本当にブローニャはクソ真面目で考え過ぎなんだよ!!…まぁ、あたし達のこと考えてくれてるのは、すげぇよくわかってるけどさ。」「でも私達だってもう子供じゃないんだから!ブローニャが言うように、日々成長してるの!!だから心配いらない!!“仲間として”、“友達として”心配してくれるのはありがたいけど、“保護者として”はいらないからねっ!!」「…!」「お前一人が責任感じることなんてないんだからさ。お前がそんな風に悩んでるのなんて、そんなの…あたしらだって嫌だぜ。」その言葉に、先ほどジタに言われたことを引き金に、過去に3人から言われたことを思い出した。ブローニャが生贄に名乗り出た時に3人が怒ったこと、朝日の指す山小屋の前でデジャに言われたこと、その後馬車に揺られながら皆で話した時のことを――――「―――…」「お前はもう少し、私達の話をちゃんと聞くことだな。」またもや思考を見透かされたようにいたずらっぽく笑ったデジャに突かれ、「…聞いていた“つもり”ではあったんだが…、…ご尤もで耳が痛い。精進するよ。」申し訳なさそうに謝罪するブローニャ。そんな4人の様子を微笑みながら見ていたヴィマラとオレリア、そしてジタの様子があった。「…ヴィマラ。」「!はい!」そんな中、急にブローニャから名前を呼ばれて肩をびくつかせるヴィマラ。そんなヴィマラに向き直りながら、ブローニャは自らのカバンをごそごそと探った。そして何かを取り出すとヴィマラに差し出したのだった。それを見てヴィマラが目を丸くする。「…欠片を、預けてもいいか?」「…!!」ブローニャが手にしたのは、紛れもなくワヘイ王国にあった欠片だった。その行動と言葉に、ヴィマラだけではなく、チェリやヘザーも驚いていた。「…頼んだ。」「!!」その時のブローニャの表情は、心を許した相手に向けられたものだった。それに気づいたヴィマラは、暫く感慨深げにそれを眺めていたが、少ししてはっと我に返ると、顔を引き締め、ブローニャから手渡されたその欠片を手に取った。「…任せてください…!!」ブローニャからの信頼と共に、しっかりと受け取りながら、ブローニャの想いに応えるように真剣な表情で告げた。その様子に、周りの皆も安堵したような表情を浮かべているのだった。――――荷馬車までへの道を歩いていると、それぞれ会話を始めた面々を見ながら、ブローニャがヴィマラに声をかけた。「…これまですまなかったな。」ヴィマラも同様に、皆を見ながら答えた。「…いいえ。あなたがあの3人を大切に想っていることは、十分すぎるほどにわかっていますから。…当然の判断かと思います。」そしてブローニャの方を見る。「…でもそれだけに…この気持ちは、とても嬉しいです。」「!」そう言って微笑むヴィマラの顔は、“巫女”ではなく、ただの一人の女性のものだった。そしてブローニャも同じく、ただの女性として、ヴィマラに微笑み返すのだった。後ろからその光景を見ながらデジャはやれやれと言った風に肩を上げて落とす。だがその顔には笑みが浮かんでいた。デジャの隣でその一連の流れを見ていたジタも、顔を緩ませていた。「…ありがとな。」「ん?」デジャからの突然の礼にジタが問いかける。「…何か言ってくれたんだろ。」「!…さてな、なんのことやら。」「はっ」ジタのその答えに、デジャはただ笑った。その笑みはどこか満足そうだった。
――――バシリアの部下の元へ戻ると、既に夕食の準備をしてくれていた。そこに皆なだれ込むようにして座り込んだ。飯をかき込むようにしながらバシリアの部下へ何があったか経緯を説明する。そんな最中、チェリがふと気づいたように笑う。「あはは、そういえば私達、旅に出てからこんなに離れたことなかったかもね。」「あーそういえば確かに!そりゃブローニャも心配するわけだ!」「ぐっ…、まぁ、確かにそうだな…。」「ね、ね!ジタ!ブローニャそんなに私達のこと心配してたの?」「!」「おー。そりゃもうなぁ…―――ぐえっ!」ジタの脇腹にブローニャのチョップが入る。「……」じろりと隣に座るブローニャがジタを睨み付ける。「…………それよりお前ら、どうやってあの川抜けられたんだよ~!」笑いながらの必殺話題転換。それに乗っかるチェリ。「そりゃあもう、ヘザーと私の合わせ技で乗り越えたわけよ!ブローニャとデジャが心配する間もなく、私達ならもう何が来ても大丈夫って感じね!!」「何言ってんだ。お前が一番パニックになってたし泣き叫んでただけじゃねぇか。」「ちょっ…!!それ言わないでって言ったわよね!!なんで言うの!?このまま黙って難所乗り越えてやるじゃんチェリ!!だったのに!!」「はっ!!なら猶更言わないわけねーだろが!!あたしがどんだけ苦労したと思ってんだ!!」ぎゃーぎゃーと喧嘩し始めたチェリとヘザーを筆頭に、皆わいわいと早速笑い話にしながら今日のことを振り返るのだった。あれだけのことがあったというのに、元気に話をして、疲れるとそのまま寝袋などにくるまって泥のように眠るのだった。
――――翌日の朝。バシリアの本部へ向かう道を進みながら皆が話していると、ジタが突然呟いた。「お前らのこと気にいった。」「え?」「俺も、今後も協力してやるよ。欠片の収集やら、悪党退治ってのにな。」その言葉に、ブローニャはじめ一同目を丸くする。「えっ、本当!?」チェリが馬から身を乗り出すように問いかける。「女に二言はねぇよ。」「それは…!願ってもない話ですが、…危険も伴うかもしれないのですよ?」「ははーん、俺こう見えても強いから大丈夫だって!」「こう見えてもって自分で言ってる…。」「う、うるせぇな…。」「そう言って急に逃げたりするなよ。」「逃げねえよ!結構理堅いんだぜ!」チェリとデジャの弄りに動揺しながらも応えるジタ。「ジタ…。」ブローニャのつぶやきにジタが振り返る。「俺がいれば百人力だぜ?―――…だから、安心しろよ。」「…!」そう言って得意げに笑うさまに、ブローニャは一瞬気遣うような表情を浮かべた。だがそれはすぐに微笑みに変わっていた。その顔は、どこか嬉しそうにも見えた。「やったぁ!これでまた仲間が増えたわね!」「この短期間ですごくね!?めちゃくちゃ仲間増えてるじゃん!」楽しそうに話すブローニャ達を見ながらオレリアが呟く。「…っはは、癖の強い奴ばっかりだな。」「えぇ。…でも、とても頼もしいわ。」「…そうだな。」ブローニャ達と同様に、どこか嬉しそうなヴィマラとオレリアの様子があった。


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