【16話】壁と協力者


本部に向かう道の途中で休憩していた時のこと。何かの実をぱくぱくと食べているブローニャの元にジタが近づく。「お前それ何食ってんの?」「ん?ラコの実だ。」「へー。ちょっとくれよ。」「ん。」「さんきゅ。―――ん!うま。」「だろ?でもこれ以上やらないからな。」「あ?ケチ!」「やかましい。」「そういやさ、お前は料理できんの?」「なんだ急に。」「デジャが上手いって言うから、お前はどうなのかと思ってよ。」「私だって料理くらい作れる。」むっとするブローニャ。「へ〜じゃあ今度作ってくれよ。」「いいぞ。任せろ。」「ちなみに何作るんだよ。」「カレーだ。」「…まぁ、カレーくらいなら割と誰でも作れる――――いてっ!」ブローニャの軽い肘打ちがジタの脇腹に入る。少しむすっとしながらブローニャが問いかける。「…そういうお前は作れるのか?」「だって俺は長年一人旅してんだもんよ。そりゃ作れるよ。」「…まあ、そうか…。」「考えたらお前、じゃがいもとかめちゃくちゃざく切りだったもんな。男の料理だよな――――いてっ!」「お前は本当に口が減らないな…!!」「なんだよ!別に悪いなんて言ってねーよ!!」―――その光景を見ながらチェリがヘザーに問いかける。「あの二人、いつの間に仲良くなったの?」それに対してヘザーが答えた。「な。まぁ、前に『同じくらいの歳の女友達がいたことなかった』って言ってたし、内心嬉しいんじゃねぇの?」「そっかぁ。」「なんかガキっぽいよな。」「…私達の前では大人ぶってたのかもね。」「…あぁ、そうかもな。」昨日のブローニャの発言を思い出すチェリ。あの様子では、きっと色々吹っ切れることができたのだろう。「良かったわね、ブローニャ。」微笑むチェリ。二人の会話を聞きながら、吹いた風の流れにつられて、青空を見上げるデジャ。「同じくらいの歳の友達、…か…。」どこか遠い目をしながら呟いた。
――――そしてそこからまた暫く道を進めたところで、特殊兵士部隊の本部があるという大きな町に辿り着いた。「わ~~~!おっきい~~!!」「こんなでかい町久々だな!」チェリとヘザーがきゃっきゃと騒いでいる中、ブローニャがバシリアの部下に問いかける。「そういえば、本部の所在は城下町ではないんだな。」「そうですね。通常の兵士と我々は役割が異なりますので。この町は言わば第二都市です。各地に派遣するには、こちらの方が交通等を考えると都合がいいんですよ。」「そういうことか。」「我々の本部は中心部にあります。このまま真っすぐ進みましょう。」そう言ってレンガ造りの町中を進んでいくと、やがて本部に辿り着いた。「こっ…、これが本部…!!」「なんかフツーだな。」ヘザーが言うように、“本部”という仰々しい名前とは裏腹に、その建物はそれほど立派な造りではないように見えた。「当初は急ごしらえの施設でしたからね。元々研究施設だった建物を王国が買い取って、我々の本部としたのです。昔は棟の数ももっとありましたが、訓練スペースを広げるために取り壊されました。」「へ~。」「では、参りましょうか。」そう言って敷地の中へと入っていくと、ブローニャ達もそれについて行く。馬を馬舎に預けると、部下に案内されながら中へと通された。皆、少し緊張しながらその歩みを進める。階段を上がり、奥へと通されていく。「こちらです。」やがて大きな扉の前で立ち止まると、部下は皆に振り返ってその扉に手を向けた。「丁度全隊長達が会議をしているところのようです。」先ほど別の兵士に聞いていた内容はそれか、と納得しながら、皆緊張したようにごくりと唾を飲み込む。「では、行きましょう。」その、隊長達が会議しているという場へ躊躇なく入ろうとする部下に対し、思わずチェリが声を上げる。「えっ!?いきなり!?」「えぇ。」「会議中に乱入して大丈夫なのかよ?」「その会議というのも、あなた方についての話ですから。」「…!!」そしてチェリとヘザーが黙ったのを確認すると、部下は扉の取っ手に手をかけ、それを開いた。ギィ、と古めかしい音を立てながら扉が開く。そしてその向こうには大きな空間が広がっており、中央には長い会議卓が少し離れた位置に二つ、並行するように並べられていた。そこには30代後半~40代前半と思われる4人の男女が向かい合うように座っており、それぞれの背後には部下であろう兵士が数人佇んでいた。座る4人の内の一人がブローニャ達の存在に気づくと、立ち上がって笑顔を咲かせながら歩いてきた。「おぉ!よく来てくれたな!なかなかに遠かっただろう!お疲れ様だったな!」以前会った時と同じく、快活な様子で迎え入れてくれたバシリアを見て、チェリとヘザーがほっとしたように表情を和らげる。そして皆に近づいたバシリアは、そこでようやくジタの存在に気づいた。「ん?一人増えてるな!」「あはは…」気まずそうに愛想笑いを浮かべるジタを見て、バシリアはブローニャに視線を移す。「彼女は?」「欠片を探しに行った先の遺跡で出会った、盗人だ。」「おい、馬鹿…ッ!!」慌ててブローニャに食って掛かるジタを見て、それがわざとだったのか、そうでないかわからない様子で訂正を入れるブローニャ。「おっと、すまん。旅人の間違いだ。―――今は私達の協力者だ。欠片探しや悪党討伐に手を貸してくれている。人柄も実力も申し分ない、お前たちにとっても、頼もしい味方になる筈だ。」「!」ブローニャの言葉に目を丸くするジタと、ブローニャの言葉と態度に、期待に満ちた目をするバシリア。「そうか。味方は多い方がいい。それは何よりだな。」そう言ってバシリアはジタに手を指し伸ばした。「私はこの特殊兵士部隊の一隊長を務めさせてもらってる、バシリアだ。今後何かと世話になることが多いだろう。よろしく頼む。」「!あんたが…。」「私のことを知ってるのか?」「…そりゃあ、この国にいてあんたのことを知らない奴はいねぇよ。」「あはは!それはなんとも気恥ずかしい話だな。」「…こっちこそ、よろしく。」「あぁ。」そう言ってジタがバシリアの手を取り、握手を交わした。「そろそろいいか?」痺れを切らしたように、着席していた気の強そうな女性が声をかけてくる。「我々も暇じゃない。さっさと話を進めろ。」「ローザ…。」“ローザ”という女性のつっけんどんな言葉にバシリアが呆れたようにため息をつく。「…あぁ、わかった。まずは紹介から始めよう。」そう言ってマントを翻しながら部屋の奥にいる男女たちの方へ向き直ると、手を動かしながら説明を始めた。「まず、彼女がブローニャ。そして左からチェリ、ヘザー、デジャだ。彼女達がワヘイ王国から訪れた、クレア王女お墨付きの遣いだ。ワヘイ王国から盗まれたという“欠片”を取り戻しに、我が国までやって来た。そして――――」バシリアが言いかけた時、ブローニャ達の背後の扉が再び開いた。するとそこから、「サイ、ムダル!」ヴィマラ達の後を追ってやってきた、サイとムダルが現れた。いつものように装束に身を隠しているが、唯一露出したその目元からは緊張と不安が感じ取れた。その二人の様子を見て、バシリアがふっと微笑んだ。「…ちょうどいいタイミングだったな。」そうして今度はヴィマラ達に向けて手を差し伸べた。「彼女たちはシジン族の、ヴィマラ、オレリア、サイ、ムダルだ。遥か昔から、代々例の言い伝えを継承してきた者達で――――神の遣いとされているそうだ。」その言葉に、部屋の奥にいる者達がぴくりと反応した。彼らのことをよく知らないブローニャやヴィマラ達でさえ、その反応を肌で感じる。だがバシリアは気にしないといった様子で、今度はブローニャ達に向き直ると、自らの仲間達を手で指した。「紹介が遅れたな。既に察しているかと思うが、彼らが私以外の特殊兵士部隊の部隊長、そして副隊長達だ。左手奥にいる髭面が我々の総隊長であり、1番隊隊長のゼノン。その向かいに座る坊主が、2番隊隊長のオリバー。そして私が3番隊隊長で、オリバーの横に座っているのが、4番隊隊長のローザだ。彼らの背後に立っているのは、各副隊長達というわけだな。」そして手を下ろすと、両手を腰に当てた。「さて。紹介はこのくらいでいいだろう。では、どうする?総隊長。」そう言って総隊長に判断を促した。皆の視線が集まる。総隊長は机の腕汲んでいた手を下ろすと、ヴィマラの方を見た。思わずびくりと反応するヴィマラ。「そうだな…。早速だが話してくれるか。君達が知る、歴史と、“欠片”のことを。」「…!」ヴィマラは緊張して唾をごくりと飲み込んだ後、自分の頭巾に手をかけてそれを外した。素顔を晒したヴィマラは、力強い目線で彼らを見つめて答えた。「…はい…!」
――――ヴィマラが話終えると、場に静寂が訪れた。隊長達は皆揃って、視線を机の上に落として沈黙を貫く。対して副隊長達は、どこか動揺したように他の副隊長と目線を合わせていた。総隊長の副隊長と、バシリアの副隊長だけがうつむいたまま遠くを見つめたような目線をしていた。そんな中、総隊長が自らの副隊長に何か合図を送る。すると副隊長は、部屋の隅に座っていた老人の元へ向かうと、その手を取ってヴィマラの元まで誘導した。「彼は古物鑑定人だ。私も古くから知っているが、彼の目利きは間違いない。」その言葉を聞いて、ヴィマラは自らが手にしていた古書を目の前の老人に手渡した。本にそっと触れながらその素材と年季を確認する。その瞬間、老人は目を見開いた。そして大切そうに1枚1枚ページを捲る内、老人が興奮したように語り出した。「…ッま、間違いありませんぞ…!!この本はおそらく、遥か3000年ほど昔に書かれたものです…!!」その言葉に、その場にいたほぼ全員が驚きを隠せなかった。震えたような手で紙を触り、文字を辿る。「劣化の少ない、フィオルネの草を加工したもので書かれている…!古代の失われた技術で作られた技法です…!フィオルネ自体が、2000年前の気候変動により現在は生えていませんからね…!しかもこの本の文章の中で書かれている動物や植物、中には遥か昔に絶滅したものが記録されている…!!話の中で描かれている地形についても、学者達が地層から推測した過去の形と近しいものになっています…!いやはや…!私も古物や古書等数多く触れてきましたが、これほど古いものは初めて見た…!!」老人は興奮したように古書の隅々まで見ていた。その様子を見て、総隊長が納得したように呟いた。「…なるほどな。これが昔に書かれたものであることは間違いないようだ。」そうして自らの前で手を組む。「…『神の力』が発現した記録というのも、3000年より以前は存在しないとされている。一応、辻褄は合っている、ということだな。」「だが、この話自体が創作の可能性だってあるだろう。」ローザが割って入り、ヴィマラに目線を投げかける。その眼光の鋭さに思わず委縮してしまうヴィマラ。「それは…否めません。」ローザの言葉で張りつめた空気を払拭するかのように、オリバーが優しくヴィマラ達に問いかける。「この欠片っていうのは、組み合わせると何になるんだい?」「“鍵”…としか記述がないので、その実態は不明です。本当に鍵の形をしているのか、それとも何かを模した形なのか…。」「いくつか合わせてみたことは?」「手持ちの数個を組み合わせてみようかとしたが、どうやら位置が違うようで合致しなかった。」「密偵である仲間の情報によると、悪党側では所持していた2つだけがたまたま当てはまったようだ。だが、その全容はわからないそうだ。何かを連想させるような形でもないらしい。」「そうかい…。」再び総隊長が口を開いた。「…ところで、君達のその“密偵”とは何者だ?」「“ネイラ”という女性です。私達と同じ民族の人間の。」「悪党側に情報が漏れていたり…篭絡されている、という可能性は無いのか?」その言葉にヴィマラ達が一瞬息を呑んだ。するとヴィマラが静かに語り出した。「…昔から私が、姉のように慕ってきた…信頼できる女性です。昔から、人が傷つくことを悲しんで、それを癒すために優しさで包み込んでくれるような人でした…。心身共に強く、聡明で、まっすぐな人です…!今回の密偵だって、私達民族のため、そしてこの世の人々のために、危険を冒して自ら名乗り出てくれたんです!」思わず熱くなってしまったことに気づき、我に返ると口調を落ちつけながら続けた。「…組織内の調査を行う際や。私達に情報を流す際も、常に細心の注意を払って、行動していると言っていました。その甲斐あってか、今は幹部組織にまで食い込めようとしている状況です。まして、極悪非道を貫く悪党達に篭絡されるなんて、彼女の人柄を考えるとありえないことです。…私が、保証します。」「…はっ。身内の人間がどう言おうともな。感情論でなら何とでも言える。」「…っ…!」ローザのその言葉には、他の者達も何も言うことが出来なかった。再び静寂が訪れた会議場で、ローザの大きなため息が響いた。「話は終わりか?」「!」ヴィマラが思わず一瞬息を止めた。「…わざわざ全隊長を呼びつけておいて出た話がこれか。くだらんな。私達も暇じゃない。こうしている間にも、悪党共が幅を利かせて活動をしている。時間を無駄にさせるな。」そう言って椅子を引きながらその場を立ち上がると、ヴィマラ達に向き直った。「これまで長くこの国に住んでいて、多くの歴史学者や古物商とも出会ってきたが、こんな話は初めて聞いた。…そもそも、お前たちの話が本当だと言うのなら、悪党共はどうやってそのことを知ったって言うんだ?お前たちの話だと、民族の中でしか伝わっていないんだろう。」威圧的なローザの言葉にヴィマラも反論する。「…っそれは…、何千年も前の歴史の話です。その中で民族の誰かが抜け出してその伝承を別の地域の者に話したとて不思議ではありません…!」「それならば、この話がもっと広まっていてもおかしくはない。だが、実際そうではない。…神が授けてくれるという『大きな力』の実態はわからないし、その“扉”とやらもどこにあるのかわからないと来た。挙句、この欠片とやらさえ無くなれば、奴らは活動をやめると?――――…創作話を披露したいなら、もっと練ってからするんだな。」「…っ…!」ヴィマラは服の裾を掴みながら俯くと、ぐっと言葉を飲み込んだ。「…っ」思わずオレリアが前に出ようとするが、それをブローニャが制止する。「…!」そして自らが一歩前に出てローザをまっすぐと見つめる。「悪党達がこの“欠片”を探し求めているのは事実だ。実際、ワヘイ王国の城内部にはあらゆる宝が眠っていたが、盗まれたのはこの欠片だけだ。そして、この遥かリテン王国までわざわざ持ち運ばれ、悪党達の手元まで運搬するのであろうルートも存在した。ヴィマラの協力者からも、悪党共が欠片を収集することを目的に活動していることや、かき集めた欠片を保管しているといった情報が共有されている。ここにいる私の仲間達も、欠片の強奪により悪党達に人生を壊された被害者だ。…確かに、話の内容自体は信憑性が乏しいし、私も未だ信じ切れずにいる。だが、悪党達が欠片を求めて悪事を働いていることは紛れもない事実であり、過去には神の逸話に近しい出来事、または事実が存在したのではないかと思っている。」そこまで言って一度一呼吸置くと、更に続けた。「…私は、彼女達がこの“欠片”を忌み嫌い、破壊しようと試みる様も見た。…たった数日だが、彼女達と行動を共にして理解した。“彼女達自身”は、信頼に値する人物だ。」「!」その言葉にヴィマラ達、チェリ達、そしてバシリアが驚く。ブローニャもバシリアを見つめて頷く。その目線に何かを察したように、バシリアは微笑んだ。そしてブローニャは再びローザに目線を向けた。「!」だがそこには、“敵”と認識しているかの如く、ブローニャをじっと睨み付けるローザがいた。「講釈は終わりか?どうやら、篭絡された人物というのはお前のようだな。」「…!」「ワヘイの兵士だか何か知らないが、ここがリテン王国であることを忘れるな。言うなればお前達は部外者だ。私達からすれば、お前自身も得体の知れない人間であるということを忘れないことだな。」「おいおいローザ…、」思わずオリバーなだめる。「ローザ!」バシリアも思わず注意するように名を呼んだ。バシリアの厳しい目に、ローザも同じように見返す。「私は少しでもリスクを減らしたいだけだ。この国の人間を守るためにな。この国には私の家族もいる。多くの大切な国民達もだ。カルト的宗教に付き合って寝首をかかれてはたまったものじゃない。こいつらが悪党共と繋がっていない証拠が出せるのか?」「…!」それはかつて、ブローニャがぶち当たった壁でもあった。「出来ることも人数も限られている。そんな中で、内側から崩壊させられるリスクを取るくらいなら、私はこれまでのやり方を通す。もし本当にお前たちの話が真実で、我々の敵ではないというのなら…我々特殊兵士部隊に頼るのではなく、自力でやり通して見せたらどうだ。」ローザの言葉に再び静寂が訪れた。「…どうするよ、総隊長。」オリバーが総隊長に伺いを立てる。少し黙った後に、総隊長が重い口を開いた。「…彼女――――ブローニャが言うように、悪党達がその“欠片”とやらを集めているのは事実だろう。お前達だって見てきた筈だ。」総隊長の言葉に皆振り返る。そして総隊長はヴィマラ達の方を見る。「そうだな…。我々に、欠片の一つを託すというのはどうだ?」「!」「君達の話では、欠片は一つでも足りなければ“鍵”は完成しないんだろう。…ならば、君達の知らない場所へ、悪党の手も届かない場所へ一先ずそれを隠そう。それが、我々と君達の信頼の証だ、…というのはどうだ?」総隊長の提案にヴィマラの表情が少し明るくなりかけたが、再びローザが遮る。「その欠片とやらが偽物である可能性は?」その言葉にすぐさまブローニャが提案する。「ならば、ワヘイの欠片がここにある。」「!」ブローニャがヴィマラへ、昨日渡した欠片を取り出すように促した。その意図に気づいて、ヴィマラが慌ててカバンから欠片を取り出す。それを見て隊長達に向き直るブローニャ。「これは紛れもなく本物の欠片の筈だ。ワヘイ王国から奪われた欠片で、つい先日までずっと私が所持していた。本物だからこそ、あの長い旅路の中でヴィマラが辿り着けたのだと思っている。」「…」「…『神の力』を見分ける力、…か。」総隊長のつぶやきにローザが問いかける。「信じるというのか?」「バシリアが証明してくれた。」「…」ローザがバシリアを見ると、まっすぐな瞳がそこにはあった。それを見て目をつむりながらため息をつくローザ。「…どこまでが真実で、どこまでが紛い物かもわからないんだぞ。」「…『神の力』自体が、説明のつかない不思議な存在だ。それが実際にこの世に存在している現実で、今回の話を“創作だ”と切り捨てることは私にはできない。少しでも真実が混じっている可能性があるのなら、…そして、悪党達が欠片を集めることによって、国民が何らかの不利益をこうむる可能性が少しでもあるのなら、私達はそれを無視すべきではないと思っている。」その言葉にローザが髪を無造作にかきあげる。そこにバシリアが追撃する。「なに、通常の活動に加えて考えれば良いだけのことだ。我々のすべきことになんら違いはない。そうだろう?」「…」「悪党達のついでに欠片の情報を集める、欠片を手に入れる、そして奴らの真の目的を知り、それを食い止める。それだけだ。」「…勝手にしろ。」そう言ってローザはマントを翻しながら扉の方へ向かって歩き出した。思わずブローニャやヴィマラ達が避けて道を開く。扉の前に立つと、総隊長に向かって振り返った。「うちの隊はこれまで通りに動く。いいな。」「…」そう言ってローザが総隊長の返事も聞かずに会議室を出ていくと、慌てて副隊長が着いていった。呆気にとられたブローニャ達に、総隊長が声をかける。「…すまないな。彼女も真面目な奴なんだ。人一倍、国のため、人のためを思っている。」その言葉に皆が向き直る。「…わかっている。」そう答えたブローニャを気づかわし気にチェリが問いかける。「ブローニャ、大丈夫?結構な言われようだったけど…。」「いや…言われてみれば確かにと思った…。」「冷静かよ。」ブローニャは少し遠い目をしてその想いを馳せた。「…彼女は、数日前までの私だ。それに、私達が得体の知れない存在であるのも確かだ。彼女の立場からすると尚更、やむを得ないだろう。」その言葉にチェリとヘザーが呆れたようにため息をついた。「…ほんっと、ブローニャって…。」「な。あんなん言われたらキレてもいいと思うけど。」「な、なんだ。」「あっはは!良い子だなってことだよ!」「ば、バシリア…っ!」ブローニャの頭を乱暴に撫でまわすバシリア。「さて。残ったメンバーは一先ず総隊長の意向に異論がないと考えていいか?」その言葉に、副隊長達も決意を込めたような表情を浮かべた。ヴィマラ達がどうであれ、話の真偽がどうであれ、それぞれが自分達のすべきことを考えているようだった。ふとヘザーがオリバーに呼びかけた。「オッサンはどうなんだよ?」「オッサ…―――ゴホン。」「こら、ヘザー!」「いいんだいいんだ。…そうだな…。俺は熱心な信徒でも、特定の宗教を信仰しているわけでもないが、神の存在は“在る”と思っている。だからその話自体も、もしかしたら可能性があるのかもなって思うよ。」「!」「ただその話を信じるとするならば…力を求めた先にあるのは、褒美か、罰か…。半分でも人間に対する“罰”の可能性があるのなら、俺はそれを食い止めたいと思う。」なるほどそういう解釈もあるのか、と考えるチェリ。もしかしたら“鍵”と“扉”は、神が仕掛けた罠かもしれない可能性もあるのかと。人が強欲になりすぎたが故の罰――――。「そして俺はバシリアを仲間として信頼している。これだけ豪快な彼女だが、俺の知る限りこいつはその裏に聡く、慎重で、容赦のない性格を秘めている。そんなバシリアがブローニャを信頼し、そのブローニャがヴィマラを信頼している。それだけで、俺にとっては理由として十分だ。」その言葉だけで、彼自身も信頼できる人物なのだろうことは受け取れた。そして背後の副隊長もどこか誇らしげな笑みを浮かべていた。「…まぁ、ローザにはローザなりの理由や信念がある。わかってくれてはいるようだが。」「…あぁ。」オリバーの意志を確認した後、総隊長が告げた。「確認をしよう。」その言葉に皆も向き直る。そして総隊長は立ち上がると、ブローニャ達の元へと歩いて行った。それにオリバーや副隊長達も倣って集まってくる。総隊長はブローニャの前で立ち止まった。しっかりと目を合わせながら、口を開く。「我々の目的は『悪党組織を壊滅させ、無力化すること』だ。動機や終着点は違えど、君達の意向もそれに相違ないと思っていいか?」「あぁ。」「今後、我々は協力関係だ。我々から君達へ情報共有は惜しまない。代わりに、君達からも我々へ情報を提供してくれるということで間違いないか?」「あぁ。」その意志を確認すると、次の段階へと進む。「もう一つ。君達は情報を得るためなら、…欠片を手にするためなら、我々に同行し、悪党組織の討伐や争いに手を貸してくれることも厭わない、と考えていいか?」その言葉にブローニャは周りの仲間達の目を見る。皆、強い意志を持った瞳をしていた。総隊長に向き直ると、皆と同じ瞳で答えた。「…あぁ。」その瞳と、その返答に、総隊長はゆっくりと瞼を閉じた。「…わかった。」そして瞼を開けると、ブローニャに手を差し出した。「改めて、よろしく頼む。」「!…こちらこそだ。」そう言って手を取り、握手を交わした。そして総隊長は今度はヴィマラに手を差し伸べた。ヴィマラもそれに応えるように手を取る。それに倣うように、オリバーや他の副隊長達も、ブローニャ達皆それぞれと握手を交わした。「…一先ず、話はついたな。」そう言って総隊長は皆に向き直った。「君達にはこのバシリアが主に着く。何かあれば頼ってくれ。…理解してくれているかと思うが、我々の第一の目的は、王国各地における悪党達の悪事の鎮圧、そして防止だ。故に、“欠片探し”に人員を割けるわけじゃない。だが、悪党組織を探ることで欠片の情報に辿り着けることもあるだろう。勿論、先般告げたように、我々他の隊も通常の活動に加えて情報収集も行っていく。必要に応じて行動も共にしよう。」「わかった。」ブローニャの返事を受けて、総隊長はバシリアを見た。「バシリア、彼女達を案内してやれ。さっきの話もしてやるといい。」「あぁ。」1番隊の副隊長がヴィマラの元へ近づくと、ヴィマラは手にしていた欠片を手渡した。「…お願いします。」「はい、確かに。」丁重に受け取った副隊長が後ずさる。それを確認して、総隊長は話を続けた。「一先ず我々は悪党組織の情報を集めながら、その欠片についても探ってみる。欠片の破壊方法というのも、検討してみよう。」「!…お願いします…!」そうして総隊長とオリバーは、副隊長を引き連れて会議室を去って行った。扉が閉まるのを確認すると、皆はぁ~~~…と気の抜けたようにため息をついた。そんな様子を見て笑うバシリア。「あっはは!皆お疲れだったな!よく頑張った!」「なんか結構緊張したわね…。」「あぁ…。ああいうカッチリした雰囲気苦手だぜ…。」「てっきり不審者として牢屋にでもぶち込まれるのかと思った…。」「取り敢えずは良かったです…。」チェリとヘザーはぐったりし、サイはまだ緊張が解けずにおり、ヴィマラは安堵の表情を浮かべていた。それを見て皆笑う。「休みがてら少し話をしよう。皆座るといい。楽にしてくれ。」そうしてバシリアに促されて、皆各々席に着いた。「にしてもあのオバサンなんなんだよ!!気持ちはわからなくもねぇが、あんな言い方しなくたっていいよな!?」「そうよね!?すんごいムカついた!!私も文句言ってやろうかと思ったもん!!」「こ、こら!オバサン呼ばわりはやめないか!」「あはは!…すまないな。確かに彼女の言葉は無礼だった。その点に関しては謝罪しよう。」「…いや、別にバシリアが謝ることは…。」「私にとって君達は友人だからな。一言言っておくのが礼儀というものだ。」「…」「…ローザは、昔からああいう性格なんだ。10代の頃に兵士になってな。それからずっとこの国と人々のために仕えている。彼女にとってはそれが生きがいであり、信念でもある。…さっきも言ったが、真面目な奴なんだよ。」「!」ブローニャは自身の経歴と重なる部分に気づいた。バシリアは遠くを見ながら続ける。「…それに、彼女も一人娘がいるんだ。10歳になるかな。…彼女も純粋に、大切なこの国の人々と、娘を守りたいだけなんだ。その気持ちがついつい前に出てしまうだけなんだよ。…話してわからない奴じゃない。次第に君達のことも理解してくれるさ。」「…」その言葉にヘザーもチェリも黙りこくる。沈黙が訪れた時、バシリアが空気を一新するかのように話題を変えた。「そういえば、先に戻った部下から話は聞いているぞ。欠片を探しに遺跡に行ったことと、歴史学者の手記を手に入れたと。」「あぁ、そうだ。」ブローニャが答えようとすると、ヴィマラがカバンから手記を取り出し、バシリアに差し出した。「これはそこのジタが持っていた物だ。何やら古物商から貰ったものらしい。何百年前の歴史学者が、欠片を探して各地を渡り歩きながら記した手記だそうだ。こいつはその手記を読んで、遺跡へ欠片を盗みに来て、私達と遭遇した、というわけだ。」「ぬすッ…!お前らだって似たようなもんだろうが!!」ブローニャの説明に思わずガタっと立ち上がり指をさしながら反論するジタ。隣のチェリとヘザーがそれを諫めて座るよう促し、その横でデジャが冷めた目で見つめていた。「これが…。」そう言ってバシリアは本を手にページを捲る。その様子を見ながらブローニャは続ける。「実際にその欠片は本物だった。ちなみにその欠片は、サイとムダルが別の場所へ隠しに行った。ヴィマラ達の密偵――――ネイラからの情報によると、悪党達が見つけた欠片も、そこに記されている場所にあったそうだ。」「まだ捜索の手が届いていない場所がいくつかあります。その内の1つへ昨日向かいましたが―――…それに関しては、偽物の欠片でした。」「偽物…か。」その言葉に目を伏せたバシリアは、ぱたんと本を閉じた。「一人でこれだけの調査をしたとは驚きだ。しかもそれを集めるでもなく、ただ自身の知的好奇心を満たすためだけに各地を探し回るなど――――…なんとも学者とは変わり者だな。」「本当だよな。」「ね。ジタみたいに集めて高値で売り払うとか考えなかったのかな。」「お前また…ッ!」「未調査の拠点については、悪党達も場所を把握していないのか?」「おそらく。」「そうか…。」「その内調査に行こうと思います。」「そうだな。」そう言って体を起こしたバシリアは皆の方を見た。「こちらからも報告しなければならないことがある。テキン町で、偽の欠片を運搬させた男がいただろう。」「!」ブローニャ達が追っていた男達の運搬ルートのことを指していた。「私の部下が尾行して運搬ルートを探っていたんだが、どこかでそれを悪党組織側に悟られたらしく、道中で襲われた。…結局それでルートは見失ってしまった。」「!」それを聞いた皆に緊張が走った。「部下は無事なのか?」「あぁ。なんとか軽傷で済んだ。」その言葉に皆一先ずほっとした。「敵は、『神の力』を持っていたようだ。顔に痣のある若い女だったらしい。」「…!!」バシリアの言葉に、デジャが反応した。それに気づいたブローニャはデジャに声をかける。「…どうした?…もしかして、知ってる奴なのか?」「…まぁな。」そのやり取りを見て今度はバシリアが声をかけた。「…彼女は、我々の中でもちょっとした有名人でな。デジャ、名を知っているか。」その問いに少し言いづらそうに口を開いた。「…ライリだ。」正解だ、とでも言うようにバシリアがゆっくりと目を閉じる。デジャは皆の視線を浴びながら自らその続きを話し始めた。「…私が元居たチームとは別のチームに属していたから、それほど関わりがあったわけじゃない。…だが、大仕事の時は一緒になることが何度かあって…。…歳が同じだからということもあって、あいつの方からよく話しかけてきた。…あいつは、育った境遇のせいか、精神年齢が少し幼くてな。…私に懐いていた。」その言葉にチェリ、ヘザー、ブローニャが目を丸くする。「だがあいつは…――――躊躇いなく人を殺せる女だ。」「…!!」デジャがそこまで言うと、ようやくバシリアは目を開けた。「…実際、我々の仲間でも犠牲になった者がいる。勿論、国民の中でもだ。」デジャは顔を俯かせる。そしてバシリアは真面目な顔で皆を見て、重々しく口を開いた。「…悪党組織は、殆どは小悪党なんかの有象無象の集まりで構成されている。ただ報酬欲しさに動いて、損があれば切り捨てる、そんな奴らだ。その実は、統制も連携も殆どない。だが…上位層にいる人間はそうとは限らない。…そして、人員構成の比率としては女子供が多いんだ。」「え…?」「正確に言うと、“『神の力』を持った女子供”だ。」「…!」「『神の力』を持つ人間自体、男女比率が女性の方が多いとされている。…『神の力』の伝説から考えるに、『神の力』は“力の無い者に与えられる”。つまり、非力な女性が発現する可能性が高いということだ。学者の見解ではその説が一般的とされている。」ブローニャはかつて読んだ本に書かれていた内容を思い出した。確かアレにも、そういった記述がされていた。ヴィマラが険しい顔で独り言のように呟いた。「…私達も、確かにネイラからいくつか情報を貰っています。…彼らは、『神の力』を悪用するだけではなく、“その力を組織的に得るため”に、犠牲を産んでいる…。」バシリアは静かに答えた。「…例えばデジャのように、…そしてそのライリという少女のように、“強い者”、“組織として利用価値の高い者”を見繕っては、仲間にしているんだろう。…どんな手段を使ってでもな。」「…」ブローニャ、チェリ、ヘザーはかつてデジャから聞かされた身の上話を思い出していた。悪党達は、欠片と、デジャという有益な人材を得るために、デジャの大切にしている人々を犠牲にした。時には言葉巧みに誘導し、時には洗脳し、時には力で従わせ、逃げられない状況に囲い込むなどして仲間を増やしているのだろう。「…」デジャ自身も、過去の組織での数々の出来事を思い出していた。「…やっぱり、あの組織は解体しなきゃならねえな…。」そう呟くオレリアの表情からは怒りが滲み出ていた。「…お前達が把握している、“要注意人物”というのは他にもいるのか?」ムダルがバシリアに問いかける。「…幹部に、“ヒルデ”と“スーシャ”という女がいてな。それそれ赤髪と白髪の、長身の女だ。奴らは特に厄介でな。持っている『神の力』が強力な上、性格も容赦がない。見つけたらまず逃げることだ。捕まえたとして、奴らの素性からして情報を引き出すことも難しいだろうしな。」「…私達もネイラから聞いたことがあります。『神の力』に頼るだけではなく剣技にも長けているため、組織の中でも一目置かれているとか。」二人の会話を聞きながら、ブローニャは、はっとテキン町で出会った赤髪の女を思い出した。長身で、ただならぬ気配を纏っていた。出会った町は、欠片の受け渡し拠点であった。「(いや…だがまさか…)」幹部自らがわざわざ欠片を取りに来るだろうか?現にきちんと運搬ルートが存在し、別の人間が欠片を取りに来ていた。「…」その奥では、ジタも何やら考え込むような様子を見せていた。二人がそれぞれ思考を巡らせている間にも、会話は進む。「その他にも、“毒”を使う奴だとか、武器を増殖させる奴、逃げても逃げてもナイフが追いかけてくる、なんて状況に遭遇した奴もいる。―――チェリ、お前に似た力を持つ人間が敵組織の中にもいるのかもしれないな。」その言葉にチェリとヘザーは青ざめる。「こわ…。」そんな二人の様子を見て、バシリアが表情を緩める。「まぁ、用心に越したことはないということだ。今後も互いに持っている情報を交換し合おう。」「あぁ。」「それともう一つ、大事なことを伝え忘れていた。」「なんだ?」「この敷地内にある倉庫を調べた。」「!」それは、悪党達から押収した物品が保管されているという倉庫を指していた。「だが、残念ながら倉庫に欠片らしき物は無かった。」それを聞いて、ヴィマラ達がバツが悪そうに目を逸らす。「それなんだが…、」申し訳なさそうにムダルが申し出る。バシリアとブローニャ達はその様子を不思議そうに見ると、サイが口を開いた。「…すまん、俺達も後で気づいたんだが…お前たちに伝え忘れていたことがある。」「?なんだ。」バシリアの問いかけに今度はヴィマラが口を開いた。「…ネイラからの情報ですが、どうやら極稀に、美術品など、別の物の中に隠されている場合があるらしいんです。…実際、悪党達が見つけた宝の中でも、一例だけですが、彫刻を割ったら欠片が出てきた、という例がありました。」「!」ヴィマラの言葉に驚愕する一同。「はあッ!?そんなんアリかよ!?」「そんなのされたらわかるわけないじゃん!!!」「んなのどうやって探せってんだよ!!」ジタとチェリ、ヘザーが椅子から立ち上がりながら吠える。「だからこそ悪党達が苦労してんだろうよ。こっちはヴィマラがいりゃあ一発だけどな。」オレリアの言葉ではたと止まる3人。静かに着席をする。「…そうか、こっちはヴィマラがいるもんな…。」「そう考えたらヴィマラの力めちゃくちゃ便利じゃない!?」「だから言ってんだろ。ヴィマラの力が無かったら、地道に一個一個探して壊したりして中身確かめなきゃいけないんだからよ。」「そりゃ気の遠くなる作業だなー…。悪党達はそうしてるんだもんな…。」「…」バシリアは腕を組み、考え込むように黙る。やはりそこまでの労力をかけてでも欠片を集めたいという悪党達は、その先に絶対的な目標を持っているに違いなかった。「(神から授かる大きな力…か。))」そうしてヴィマラ達を見る。やはりあながちあの話は馬鹿にできないのかもしれない。少なくとも、あの話が悪党達の行動原理だとすれば、やることは同じだった。「そうとなれば話は早い。早速だがヴィマラ、倉庫まで同行してもらえるか。」バシリアの提案にヴィマラは頷く。「勿論です。」そしてバシリアが立ち上がると、皆も思い思いに立ち上がり、移動し始めたバシリアについて行った。―――――移動中、バシリアがデジャとヘザーに話しかける。「ヘザー、デジャ。」「ん?」「…すまないが、君達の件に関する情報はまだ得られてない。そちらについても引き続き確認している。」その言葉に少し驚いたような反応の二人。まさか本当に情報を集めてくれているとは。「…気にするな。」「そうやって動いてくれてるだけでもありがたいよ。」その気持ちだけでもありがたい、といった様子の二人に申し訳なさそうに微笑むバシリアだった。そしてその後ろでは、オレリアがブローニャに小声で呼びかけていた。「ブローニャ、」「ん?」「さっきはありがとな。」「…?何がだ?」「お前なぁ…。…さっきよ。あのクソ女にヴィマラが詰められた時、私達のことフォローしてくれたろ。」「!私は別に…、」何でもないように言うブローニャに微笑むオレリア。「嬉しかったよ、お前の気持ち。純粋にな。」そんなオレリアの表情と言葉に、ブローニャも少し驚いたような顔をした後、ふっと微笑んだのだった。
――――「わ~~~…。」倉庫の中を見て思わず声を上げるチェリとヘザー。倉庫は思い描いていたよりもずっと広く、中には様々な物が保管されていた。金品や美術品だけでなく、本やアクセサリー等もあった。数としては100は優に超えるだろう。「…持ち主がわからない物ばかりでな。一先ずここで保管している。悪党達の活動が落ち着いたら国民に公開しようと思っている。取りに来てもらうなり、届けるなりして持ち主に返していきたいんだ。」「…それがいいな。」デジャがぽつりと呟いた。「それで?どうなんだよ、ヴィマラ。」ヴィマラは部屋に入るや否や集中するように目を閉じた。ヘザーの呼びかけで目を見開く。「…やはり、ここには無いようです。」その言葉を、皆わかっていたのように冷静に受け止めた。「…まぁ、そうか。」「あったらきっと取り返しに来てるだろうしな。」「あればきっともっと早い段階でわかってただろ?」「そうですね。」ヴィマラの力の探知範囲から考えれば、もし本当にここに欠片があるのなら、ここに到着する前にわかっていた筈だった。だがヴィマラにその様子が見られなかったことから、皆薄々感づいていたのだ。「さて!まぁ、無いのなら仕方がないな。」バシリアは切り替えるように皆に振り返った。「皆長旅で疲れただろう。今日は一先ず休むといい。明日のことはまた明日考えよう。休養や体力温存も大事なことだ。勿論、兵舎の部屋を貸す。食事も用意させよう。」その言葉に皆表情が明るくなる。「助かる~~~!!」「実はもうへとへとなんだよな…。」「遺跡行ってからほぼずっと移動だったからな…。」どこかほっとしたように話し出す皆を尻目に、ブローニャとヴィマラが代表でバシリアに感謝の言葉を述べる。「…ありがたい。いつも悪いな。」「大人数で押しかけてしまって…すみません。」合計9人ともなると負担も増えるだろうと心配していた。「まぁそこは心配するな。その分働いてもらえばいいだけのことだ。」そう言ってにやりと笑うバシリア。その顔に二人も笑う。「早速各部屋を案内しよう。イアン、男性陣の案内は任せたぞ。」バシリアはついてきていた副隊長へ指示を出した。「はい。」「女性陣は私について来てくれ。」そうして男女別れてそれぞれの宿舎へ通された。兵士用に用意されている寝室は4人部屋だった。「女性兵士が少ないものでな。部屋が丁度余っている。」そして宿舎内の部屋についても回って案内された。「実はな、ここの兵舎には温泉があるんだ。」「…!!」女性たちに衝撃が走った。「王国からのせめてもの労いでな。さっきも言ったように、女性兵士が少ないから、ほぼ貸し切り状態だぞ。」その言葉に皆盛り上がって喜んだ。
――――「わあぁ~~~~~…!」チェリがゆっくりと湯に足を浸からせながら嬉しそうな悲鳴を上げる。「あ“―――――…最ッ高…。」先に湯船に漬かっていたへザーは、腕を岩に投げ出しながら天を見上げて、その暖かさと気持ちよさに浸っていた。「やっぱり温泉は最高だな…。」その横では顎までお湯につかったデジャが真っ赤な顔でうっとりとした顔をしていた。「やっぱりすげぇな…。」「えぇ…。」チェリは湯に浸って多幸感を味わうと、オレリアとヴィマラが肩まで湯に浸かり、何かを見つめながら圧倒されているのに気づいた。そして、その視線の先を追ってあぁ…と納得する。「やっぱり皆同じ反応するんだな…。」「そりゃ同じ女ならな…。」「ね。ジタもそう思うわよね!」「あ?」チェリが近くにいたジタに話しかける。チェリの言葉と皆の視線に気づいて言わんとしていることを察するジタ。「あぁ、ブローニャの胸な。デケぇよな―――――あいてェッ!!!!」そんなジタの頭に上から平手が降ってきた。「このッ…!!お前は本当に…ッ!!」その背後では、石畳の上で胸を隠しながらしゃがみ、拳をわなわなと握って顔を真っ赤にするブローニャがいた。「んだよ!!事実だろうが!!つーか、皆思ってたんだろ!?なんで俺だけ…!!」「お前の場合はデリカシーがない。」「下品。」「サイテー。」「声がでけぇ。」「な…、なんだよ、どいつもこいつもその目は…!」ジトっとした皆の目線にジタがたじろいでいると、豪快な大声が浴場に鳴り響いた。「皆楽しんでるか?」「!?」皆が振り返ると、そこには石畳の上で恥ずかしげもなく仁王立ちして、引き締まった体を惜しみなく見せるバシリアの姿があった。そこには、ブローニャに負けず劣らずな大きな双丘が二つ。「…!!」「ちょ…ちょっとバシリア…!!」「ん?女同士だ!何を恥ずかしがることがある?」そう言って笑いながら湯に浸かるバシリアに圧倒される面々。「やっぱすげぇなこの人…。」「見習いたいような見習いたくないような…。」「そこは見習わなくていい。」――――湯に浸かりながら皆思い思いに話をしていた。「そういえば温泉入ったわね〜。」「な。あの山の温泉も良かったよな~。」「は?ずりぃーなぁ〜。私達も行きたかったな。」…「ジタ、君はどういう力を持ってるんだ?」「あー…一言で言えば、武器を高温にする力だ。」「ふむ!詳しく聞かせてくれないか!」そんな中ブローニャはデジャの横に座った。痣のある女―――ライリの話を聞いてから、デジャの様子が気になっていたのだ。「…ライリ、と言ったか。お前の他にも、同じ歳の少女がいたんだな。」切り出し方を間違えたかと、慌ててブローニャが訂正する。「…誤解しないでほしいんだが、別に言わなかったことに対して何か思っている、ってことはないぞ。…誰しも、言いたくないことだってあるだろうし…。」「…わかってる。」ブローニャの言葉に思わず笑うデジャ。だがふと、表情に陰りを帯びると、膝を抱いて、湯面を見るように少し俯きながらつぶやいた。「…後ろめたい気持ちがなかった、…と言ったら、嘘になる。」「!」その言葉に、他の皆も気がかりにしていたのか耳を澄ませた。「…逃げる時に、あいつのことが頭を過った。…でも、自分が逃げることに必死で――――…。…あいつを置いて行った罪悪感が、無かったわけじゃない。」「…」デジャの心情を察するブローニャは、何も言うことができなかった。デジャは顔を上げ、遠くを見つめる。「…でも、さっきも言ったように…あいつは躊躇いなく人を殺せる女だ。そして…あいつにとっては、あの組織が、ただ一つの居場所だった。」「…!」そしてブローニャを見る。「…あいつは、お前たちが思っているような、か弱き可哀想な少女なんかじゃない。…確かに、組織の奴らに洗脳された、って意味では可哀想な奴であることに間違いないだろうが…。…あいつは、組織の大人達に褒められるためだけに…人を傷つけ、殺し続ける――――…化け物だ。」「!」そして悲しそうに目を伏せた。「…私は、多分あいつを理解してやれない。…私の手には、負えなかった。」そしてデジャは再びブローニャを見る。「長身で、長い黒髪を高く束ねている女だ。あいつに会ったら、…くれぐれも注意しろ。」
―――――とある場所で。満月を見上げている痣のある少女の姿があった。「…デジャ…どこで、何してるんだろう…。」どこか寂しげな呟きは、夜空の中に消えていった。


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