ブローニャ達が本部を訪れた次の日。朝食を食べた後に、兵舎内の訓練場に影が3つ。そこでは、チェリとヘザーがバシリアに稽古をつけてもらっていた。「ほらほらどうした、かかって来い!」訓練用の剣を使用して戦闘の訓練をしていた。「(すげぇパワー…!!)」剣をかち合わせているヘザーは、バシリアの技術力に加え、圧倒的なパワーに驚愕していた。流石隊長として長年経験を積んできただけある、と身をもって感じさせられた。「わああっ!!!――――ぐえッ!!」あっさりと投げられるチェリを見て青ざめるヘザー。「まだまだだな!二人まとめてかかってこい!!」そして、3人が訓練に勤しんでいる様子を、少し離れたところでブローニャとデジャが座り込んで見ていた。そんな二人の元へ、オレリアとヴィマラが近づいてくる。「何してるんだ?」「…バシリアに、『朝の運動をするぞ!』って駆り出された。」「運動…?」もはや運動の域を超えているのは明らかだった。「もう訓練だろ、アレは。」そしてバシリアが遠くからブローニャ達に呼びかけてきた。「ブローニャ、デジャ!!お前達も戻って来い!!」その言葉に珍しく少し嫌そうな表情を浮かべる二人。そこでオレリアとヴィマラは、あぁ…すでに餌食になっていたのか…と察する。「い…いや、私達はもう…、」「ここにオレリアがいるぞ。」「はあッ!?デジャてめぇ…ッ!!売るな馬鹿!!」「オレリア!!丁度いいところに来たな!!ちょっとやっていかないか!」「んな一杯引っかけようみたいなノリで誘うな!!」「ならヴィマラはどうだ!!」「こいつは戦闘センスないからダメだ!何度か教えようとしたけど無理だった!」「ちょっと!!」そんな風にやり取りをする中で皆が笑っていると。「バシリア隊長!」バシリアの部下が駆け寄ってきて、バシリアに対し何か手紙のようなものを渡した。それを受け取るや否や、すぐに開封し目を通すバシリア。「―――…!」そして中身を確認すると、皆に視線を戻した。「訓練は終わりだ!…皆、温泉で汗を流すといい。そうしたら会議室へ集合だ。サイとムダル、ジタも呼んでくれ。」そう言ってバシリアは早々に立ち去っていった。「訓練って言ったよ…。」「やっぱり訓練のつもりだったんだ…。」と呆然と暫くその背中を見つめていた。
――――例の会議室に集められた一行。ブローニャ達4人は既に疲労が溜まっていた。「お前ら何してたんだよ?」ジタが思わず4人に問いかける。「…訓練…。」「はー。ストイックだな。」「お前も早起きしてりゃな…。」「?」ジタは寝坊したため、チェリ達が訓練していたあの時間に朝食にありついていたのだった。サイとムダルもやってきて、全員がそろったところで、ヴィマラが会議室の奥―――ボードの前に立つバシリアに問いかける。「それで…これからどうするのですか?」その一言で皆の視線がバシリアに集まった。バシリアはボードに何か書き記し終えると、皆に振り返ってテーブルに両手をついた。「あぁ。それなんだが…残りの手記の場所を探るのもいいと思っていたが、一つ、有力情報を得てな。」「有力情報?」「…他の運搬ルートから、悪党組織と繋がりのある盗人集団のアジトらしき場所が特定できた。」「!」「奴らはこのリテン王国を根城として、昔から各地で盗みの活動を行っていた集団なんだが…逃げ足が速く、なかなか足取りが掴めずにいた。殺人などの卑劣な手段は使わないものの、被害件数が多く、私達も手を焼いていたんだ。…まさか悪党組織と繋がっていたとはな。」「なるほど…。」「本来なら警備兵へ任せる案件だが、悪党組織と繋がっている恐れがあるということで我々に白羽の矢が立ったということだ。おそらくアジトにはこれまで盗んだ品が収められているだろう。そこでヴィマラ、お前に同行してもらい、欠片があるか確認してもらいたい。」「!…えぇ、勿論です。」「目的地は辺鄙な場所にあるため、余所から訪れる者は殆どいないが…北からの移民なども多く住む町だ。」「辺鄙な場所か…。」そのワードに嫌な予感を感じるオレリア。「ここからどのくらいかかるの?」同じく良からぬ予感を感じ取ったチェリが問いかける。「そうだな、2日はかかるな。」「2日…!!」チェリとオレリアが眉間に皺をよせながら唸る。「あははっ!そう面倒そうな反応をするな!人数も多いからな。荷馬車で移動するから乗ってるだけでいいぞ!」だがその言葉にも二人の表情は晴れなかった。だがバシリアは構わず話を続ける。「ちなみに昨日の会議に出ていた2番隊隊長のオリバーが既に向かっている。大人数で一気に叩くぞ!」そしてチェリとオレリアの抵抗空しく、目的地に出立することとなった。
――――そうしてその後、皆で準備を整え、本部を出立した。荷馬車や物資などの準備は兵士部隊が進めてくれたため、ブローニャ達としてはありがたい限りであった。そして道中も、流石特殊兵士部隊と言ったところか、近づいてくる悪党達もいなかった。――――途中で昼食休憩している中、チェリがふと問いかけた。「ヴィマラとオレリアって仲良いけど、昔からずっと一緒なの?」ん?という顔をしながらヴィマラがオレリアに飲み物を渡す。「こいつらは所謂 “幼馴染み” ってやつだな。」代わりにサイが答えてやると、それにムダルが続く。「俺達の民族では、前にも話したように代々『神の遣い』の“代表”として、力を持った “巫女” が生まれる。昔からの習わしで、民族にとって大事な存在である巫女様の身の安全を守ったり、修行を円滑に進めるための手伝いとして、“側近”を置くことになっているんだ。まぁ、巫女様が女性だから側近もおのずと女性が選ばれてな。それがオレリアってわけだ。」「なんでお前らが答えるんだよ…。」「へ~!じゃあ小さい時から一緒ってこと?」「そうだなー…私が12で、ヴィマラが10の時くらいからか。」「そうね。そのくらいだったわ。」「サイとムダルはなんなんだよ?」「通常、村の中にいる時は側近だけが巫女様の近くにいるもんなんだが、外に出た時は護衛として従者を数人付けることになってる。それが俺達だ。…まぁ、小さい村だしな。俺達も二人のことは昔から可愛がってやってたよ。」へ~と皆が納得する中、ふとデジャが気になり質問をした。「さっき修行…って言ったか?巫女が修行するのか?」「えぇ。巫女として生まれた者は身も心も清め、力をより洗練させることで、神に近しい存在となり、神の御声を拝聴する――――それを目的として、幼いころから修行を重ねるのです。」「…今時そんな考えがあるのか…。」それを聞いた皆が若干引き気味なのを見て、オレリアが前のめりになる。「だろ!?そう思うよな!?うちの民族のジジババ共がよ、そんな話信じやがって、加えて『修行すれば、更に力を増幅できる』なんて迷信信じやがって。ヴィマラにあれやこれやいろんな修行させてたんだよ。」「“力が増幅できる”…ってのはどういうことだ?」「要はヴィマラの『神の力』の精度だとか範囲が広がるとか、新しい力に目覚めるだとか、そんなもんだよ。欠片の場所をより広範囲で、正確に感知できるようになる、ってのを期待してたんだろうな。あとはさっきも言ったように、『神の声が聞こえるようになる』とかさ。―――…だけどそもそも『神の力』なんて、生まれ持った時にある程度能力の幅が決まってるもんなんだから、修行したところで変わるもんじゃねえだろ。元々ヴィマラはガキの頃から既に使いこなしてたしな。」「まぁ確かに…。」チェリは自分が特訓している時のことを思い出していた。いくら練習しようと磨こうと、出来ることも範囲も限度がある。“なんでも”出来るようになるわけではないのだ。「『神の声』なんてのも、正直私らが言うのもなんだが怪しいもんだ。だから実際にジジババ共に、『だったらこれまでの歴史の中で、実際にそれやって成就した巫女がいんのか?』って聞いたら『いない』ってよ。馬鹿らしくてさ。何千年もの歴史があるのに、実績がないならねーんだろって!」「…」オレリアのこれまで溜まっていたものを吐き出すような本音に、皆黙って耳を傾けている。ヴィマラも黙ってそれを聞いていた。「滝行だのお清めだの精神統一だの、それだけじゃなくて、巫女としての使命だ役割だなんだ…巫女として"こうあるべき"だとか、うるせーったらなかったよ。空き時間があれば修行して、祭事の時は駆り出されて…そんな毎日だったから、他のことにかまける時間がなかったんだ。」「そうだったのか…。」ブローニャは、以前テキン町の兵舎でぽろっと溢れたヴィマラの言葉を思い出していた。あの時のヴィマラは、巫女としての役目から解放されたがっていた。アレは彼女の本音だったのだ。「そんな状況にキレたオレリアが、ヴィマラのことしょっちゅう連れ出しては行方不明になってたな。」「あぁ。その度に大騒ぎだった。」サイとムダルが笑って昔を振り返る。「あぁ、オレリアならやりそうだな。」皆と一緒にヴィマラも笑う。「…いつもオレリアが連れ出してくれたんです。山の中で面白いところ見つけた、とか、綺麗な景色が見えるところがある、とか…。町に出て、お店や、図書館にもよく連れて行ってくれて。」「でも、あまりにヴィマラの修行をサボらせるから、皆に怒られたんだよな。」「そりゃそうだ。」「だから“オレリアを側近から外す”って話も出たんだ。」「へぇ!」「でもその時に、ヴィマラが、『オレリアを側近から外すというなら、私も巫女としての職務を今後一切放棄します!!』ってキレながら宣言してな。」「おおっ!」「やるなヴィマラ。」「…私も我慢ならなかったので…。…だって、オレリアは私のためを想って連れ出してくれたのに、そんな思いやりを蔑ろにするようなことばかり言うから…。」「優しくて真面目で、従順なヴィマラがそんなこと言ったから、村の老人共皆ぽかんとしてたぜ。」「な。アレは俺もすかっとした。」「そうしたら、それから皆あまり口うるさく言わなくなりました。」笑って話すヴィマラに、皆も笑う。「村のしきたりなんか知ったこっちゃないもんな。」「ほんとだぜ!無駄に歴史だけはあるから、今だに昔はああだの、昔からこうしてるだの、そんなんばっかり。ほんとアホらしいったらねえよ。」「時代も環境も、人だって変わってるんだ。順応していくべきなんだ、本当は。」だがふと、ムダルが少し寂しそうに笑う。「…まあそれでも、巫女って役割がなくなったわけじゃねえけどな。」オレリアも真面目な表情になる。「…だからこそ今こうして、欠片集めに奔走してるわけだしな。」「…」その言葉に皆も真面目な顔になる。バシリアも、彼らが欠片を破壊したがっていた理由に納得した。「…でも、」そんな中でヴィマラが口を開いた。「そのおかげで皆さんに会えました。」「!」その微笑みはどこか嬉しそうだった。「…私、村の外の人と交流をあまりしたことがなかったので…。…というのも、悪党組織のような存在に、私達の持つ欠片や私の力が知られては危険なので、民族の存在や村の場所については、外部の人間には他言無用としていたのです。」「!…そういうことか…。」だからこそ例の逸話やヴィマラ達の民族のことが公になっていないのだ、と理解する。「…正直なところ、欠片も、この巫女としての役割も、ずっと疎ましく思ってきました。…でも、外の世界に出て、いろいろな景色を見て、いろいろな人と出会って…。悪いことばかりではないと思えたんです。…そのおかげで、こうして遠方の人と出会い、友人になれたこと、…私は嬉しく思います。」ヴィマラの言葉とその微笑みを見て、皆も微笑んだ。
――――しばらく休憩した後、再び歩みを進める一行。荷馬車に揺られ続けてお尻が痛いと、チェリとヴィマラは少し遅れて、話しながら皆についていく。「オレリアは…友であり、姉であり、…私にとってはかけがえのない存在なんです。」「そうよね…。さっきの話聞いて思ったけど…。――――ヴィマラに、オレリアがいてよかったわね。」おそらくオレリアがいなければ、あそこまで明るく笑って過去を話すことなど出来なかったことだろう。そんなチェリの言葉からその真意を感じ取ったヴィマラは、「…はい!」と、嬉しそうに笑った。「ていうかさ、ヴィマラいい加減敬語やめない?」「えっ?」「そもそもあたし達より歳上じゃん!“友人”だって言うなら、もう取って良くない!?」「…!た、たしかに…!」「じゃあこれから敬語禁止ね!」「ど、努力し…するわ!」そんなヴィマラを見てチェリは笑うのだった。
――――「ここが…。」2日かけようやくてブローニャ達は目的地の周辺に到着した。付近の森に馬車を止め、目的の町を眺める。簡素な造りをした、平屋建ての建物がいくつにも連なる大きな町だった。「おぉ。よく来てくれたな!」すると、森の奥から私服に身を包んだ男性がバシリア達の元へ近づいてきた。友好的に皆の顔を眺める男に対し、皆口々に「誰だ?」「誰?」とつぶやく。それに男は慌てて言う。「俺だよ、俺!3日前に本部で会った隊長の一人!!オリバー!!」その言葉に皆納得したように呟いた。「あぁ!服装が違うから気づかなかった。」「おいおい…。」「あはは!まぁ無理もない!会ったのはあの会議室での数十分だけだしな。兵士服も着ていないお前じゃ見分けがつかん!」「意気揚々と言ってくれるな…。」「なんで兵士服着てないの?」「暫く盗人達の動きを偵察してたんだ。あいつらに気づかれないように、移動民族を装ってる。」「へぇ~…。大変だな、そこまでするのか。」「まぁ、大したことじゃないさ。」「それでどうだ?奴らの様子は。」「今のところはこちらに気づいている様子は無いな。」「なら…、」「あぁ。手筈通りに行ける。これだけの人数がいればやれるぞ。」その言葉にバシリアも頷いた。そしてブローニャ達に振り返る。「今日はここに泊まり、明朝、奴らに仕掛ける。」「!」「一先ずゆっくり休むといい。明日は協力よろしく頼む。」
――――そして次の日の朝。まだ人々が微睡みの中にいる時間帯。兵士服に身を包んだ集団が、町の中を闊歩していく。その先頭には、オリバーとバシリアが威厳のある風貌で道を進む。歩く人々は委縮し、道を開けていく。何事かと野次馬的に見に来る町民もいた。その集団の後ろの方に、ブローニャ達も続いていた。兵士部隊の背中を見ながらその迫力をひしひしと感じるブローニャ達。「…圧巻だな…。」「バシリア達、かっこいい…。」「流石特殊部隊だな…。」万が一に敵が逃走しないようにと、一部兵士達は町を取り囲むようにして配置されている。そこには、絶対に逃がさないという意思を感じた。――――一人の男が町を走る。とある家屋に辿り着くと、入り口の布を避けながら中にいた男達に呼びかけた。「おい…ッ!!やべぇぞ!!」「あぁ?どうしたんだよ。」「特殊兵士部隊だッ!!」「…!?」そしてその次の瞬間、入り口からオリバーが部下を引き連れて現れた。そして令状のような書類を掲げて叫ぶ。「“特殊兵士部隊”だ!!おとなしく投降し、盗難した品を渡してもらおうか!」その言葉に、盗人集団に属する男達が一斉に逃げようと動き出す。それを兵士達が逃がさないとばかりにすぐさま取り押さえにいく。盗人達が逃げ、兵士がそれを追う。武器を取り出す者も出てきて、場は混乱を極めた。騒ぎを聞きつけ、周囲の町の人々もパニックになって逃げ出していく。そんな光景を後方から眺めていたチェリ達は呆気に取られていた。「すご…。」そんな中、バシリアがヴィマラの元へ駆けてくる。「ヴィマラ、どうだ!」バシリアが問いかけると、ヴィマラは咄嗟に腕を上げ、とある方向を指した。「あの人と、それからあっちの方角から、『神の力』を感じます…!!」ヴィマラが指す二点は、それぞれ逆の方向を指していた。一人特定した男は屋根の上に登り、東の方角へ走っていく。もう片方は西の方角だった。それを聞いてバシリアが判断する。「二手に分かれるか…。私とヴィマラ達は西の方角へ進む!ブローニャ達とジタはあの男を追ってくれ!」「わかった。」そうして皆それぞれが目標に向かって動き出した。
――――「あっちだ!」男を視界に捉えたヘザーがその方向を指し示すと、皆がそれに続く。下の道を走りながら、屋根上を走る男を追う。「早っ!!」平屋ばかりといえど、様々な素材の板を重ね合わせたような屋根で、途中途中でべこべこと軋むような場所もあり、足お取られてもおかしくはなかった。だが男は身軽であることに加え、走り慣れているのか、さくさくとスムーズに進んでいく。走りやすい下の道を進んでも、なかなか男との距離を詰められない。「普通に追いつくのは難しいかもしれねぇな…。」「こうなったら!!」そう言ってチェリは自らのカバンから縄を取り出した。その先にはナイフが括りついている。それを一度振り回すと、屋根の上を走る男に向かってそれを飛ばした。「この〜〜〜ッ!!」ナイフは男目掛けて飛んでいくと、その足に縄を絡みつかせた。「えっ!?わっ!?なんだこれ!?」片足を捕らえられた男は、その場に転んでしまう。ガシャッ!とした音を立てながらその場に倒れ込む。「ナイスだチェリ!!」「!」だがその時、後ろから追手が近づいてきていたことに気づいた。「やべッ…!」皆が後ろに気を取られている間に、チェリは屋根によじ登って男の元へ近づく。「クソッ…!!なんだこれ!!」チェリは縄の逆側を家の柱に括り付け、男が身動きできないようにしていた。男が縄を外そうと悪戦苦闘している中、チェリはその先に欠片が落ちていることに気づいた。「あった!」男が思わず転んで落としてしまったのだ。「!あっ!おい!!」男の制止の声に構わず、チェリは欠片を拾う。「チェリ!!あっちだ!!あっちに逃げろ!!」「えっ!?」「追手が来てる!!」「!」ヘザーの言葉に振り返ると、屋根上に一人、下の道から二人と、追手が数人やってきていた。「ひゃ~~~!!」下でヘザー達が走っていくのを見て、チェリもあわてて同じ方向に向かって走り出す。「俺が時間稼いでやる!!」「!ジタ!!」一番後ろを走っていたジタが急停止して振り返ると、追手たちに向き直った。「悪いな、ジタ!」「お前のことは忘れねぇ!」「勝手に殺すな!!」――――「わっ、わっ!!ちょっと!!」屋根上を走るチェリは慣れない足場に苦戦しながら足を進めるものの、追手たちとの距離はどんどんと近づいていっていた。「やばいやばい!!」あともう少しでチェリの近くへ、というところで何者かが地面から屋根上に上がってくる。そして追手たちに向かって剣を振った。追手も剣で応戦する。その音に気づいたチェリが振り返ると、男と交戦するブローニャの様子が見えた。「ブローニャ!!」ブローニャが追手を食い止めながらチェリに呼びかける。「行け!!チェリ!!」「うんッ!!」チェリはブローニャを信頼し、その場を任せて走り出した。ブローニャは男と剣を交えながらその奥を見ると、更にもう一人追手がやってきているのが見えた。「くそ…!」早いところ片付けなければ、と剣を振るう。が、足場に手間取っている様子が相手に見抜かれてしまったのだろう、男は剣で猛攻撃を仕掛けると、ブローニャを屋根の端の方へと追い詰めていく。するとそこで、攻撃を避けようとしたブローニャの足元の板が突如べキリと折れる。「!?」態勢を崩し、浮遊感がブローニャを襲う。「はあッ!?」敵を片付けて下の道を走ってきていたジタが、ブローニャが屋根上から落ちそうになっているのを目撃していた。「おいおいおい…ッ!!」慌てて走るスピードを上げていく。そして、地面に落下しようというタイミングで、ジタがスライドしながら地面との間に身体を滑り込ませると、手を伸ばしてブローニャの体をその全身で受け止めた。「ぐえっ!!」ジタを踏み潰すようにブローニャが上に乗っかり倒れ込んだ。二人は砂埃を被りながら、「おぉ~~…」と周りで見ていた人々が思わず上げた、感嘆の声を聴いていた。「あっ…ぶねぇ…、」目を瞑っていたブローニャがはっと目を開けると、慌ててジタの上から退いて、その様子を窺う。「わっ…、悪い!!大丈夫か!?」「いててて…。…まぁ、なんとかな…。」ブローニャの体が当たった個所をさすりながら身体を起こす。怪我が無いことを確認すると、ほっと安心するブローニャ。そして、咄嗟に助けてくれたことに対して微笑みながら礼を言う。「…すまない、助かった。ありがとう。」「はは、まぁ、お前のケツがクッションになったからそこまで―――…いてえッ!!」ジタの頭を思い切りはたくブローニャ。「いッ~~~~…!!お前…ッ!!恩人になんてこと…!!思い切りやらなくてもいいだろうが!!」「お前が一言余計なんだッ!!!」そしてはっとすると、ブローニャは屋根上を見た。男二人がチェリの後を追っていく。「しまった…!!チェリが危ない!!急ぐぞ!!」「わかってるって…!!」ブローニャは立ち上がるとジタに手を貸してその体を起こした。――――「ブローニャ…!!」追手の男が二人近づいて来ていることに気づいたチェリはブローニャの身を案じた。だが今は、まずこの欠片を守ることが優先だ。周囲に視線を移したチェリは何かに気づいた。そして急停止してしゃがみ込むと、カバンからまた別の何かを取り出した。チェリがごそごそと作業をしている内に、男達が距離を詰めてくる。だが、「!!」男達に向かって弓矢が飛んできた。下の道から牽制するように、ヘザーが放ったものだった。だがそれでも、その間を縫うように男達は構わず進んでくる。チェリまでもう少し、というところで「よしっ!!」チェリは準備完了、と言った風に立ち上がると、手に持っていたそれを手放した。すると、「!?」ナイフに括り付けられた布が、欠片を包み込むようにして宙を運んで行った。「なッ…!?」それを見た男達が驚愕する。欠片を包んだ布は、道の上空を横断してその先へと飛んでいく。そして――――「ナイスだ、チェリ。」数百M先の屋根の上に立っていたデジャの手元に届いた。デジャはそれを手にした途端に、屋根から降りて姿を消した。それを見てガッツポーズをするチェリ。「えへへっ!!平屋ばっかの利点ね!!」呆気にとられる男達をそのままに、チェリは屋根を下りてヘザーと合流すると、そのまま走り出していったのだった。
――――少し遡り、ヴィマラ達の側の様子。必死に逃げ回る男が一人。「クソッ…!なんなんだよ…!!」男は町の合間を縫って走り続ける。その後方には、バシリアとヴィマラ達4人が追ってきていた。「なんで俺だけにあんな人数…!!しかもあいつ隊長じゃねぇか…ッ!!」逃げ続けた男もそろそろ体力の限界だった。このままでは逃げられないと悟った男は、こうなってしまっては仕方ないと、急停止して懐から剣を取り出しながら振り返る。そして、「く…ッ来るなあッ!!」と叫んだ。その瞬間、「!!」男の持っていた剣の剣身がぐんと伸びたと思いきや、その刃先がバシリア達めがけて迫ってくる。「はあッ!?」咄嗟にそれを避ける皆。オレリアはヴィマラの肩を抱いて避ける。「なッ…!!」「なんだこりゃ…!?」「…『神の力』か…!!」自分の横を通り過ぎる、50Mはあろう剣身の長さに皆驚愕する。重いのだろう、剣先が地面に着いている。「クソッ…!!」皆に避けられたことを確認すると、男は力を振り絞り、今度はそれを振り回してきた。「なッ…!!」「避けろッ!!」それに気づいたバシリア達は慌ててしゃがんだり倒れ込んだりしてそれを避ける。距離があるせいか、男が動き出してから剣先が動くまでに若干の時間差があり、そのおかげで回避行動がとれた。振り回された剣は家屋を数戸、破壊して突き抜けると、上空へ降りあがった。あちらこちらから悲鳴が上がる。「きゃああっ!!」「あぶねえ…ッ!!馬鹿野郎が…!!」バシリアが破壊された家屋と逃げ惑う町民達を見る。「まずい…!町の人々にまで危険が及ぶ!!」「止めねえと…!」「!!」だがその間にも上空から振り下ろされる二撃目が迫っていた。その先には、脅えて動けなくなっていた女性が。ムダルは咄嗟にその腕を引いて、飛んできた剣を避けさせた。剣がその場を振りぬくと、今度は逆側の家屋へと剣身が激しくぶち当たっていく。「あ…っ、ありがとうございます…!」女性の無事を確認すると、ムダルはバシリア達に振り返った。「奴はもうパニくってやがるぜ!!言葉なんか通じねぇ!!」「どうにかあの動きを止めないとな…!!」そう言ってバシリアは男の方へ向かって走り出した。サイとムダルもそれに続く。「ヴィマラ!!お前は危ないから下がってろ!!町民の避難を優先しろ!!」オレリアはヴィマラにそう言い放つと、バシリア達に倣って走り出した。「わかった!!」ヴィマラは言われた通りに下がると、人々に向かって叫んだ。「皆さん!!態勢を低くしながら逃げてください!!!」――――「!?」男は自分たちに向かって走ってくるバシリア達の姿を目で捉えると、焦って急ぎ、振り回した剣を再び振りかぶる。「!!」横一直線に剣撃が飛んでくる。それを見たバシリアは眉間に皺を寄せると急停止して剣を構える。「そう何度も上手くいかせると思うなッ!!」「!!」そして後方にいたサイとムダルはバシリアが何をしようとしているか察すると、バシリアの背後に近づき、剣を取り出す。そして、振りかぶってきた剣を、3人が自らの剣で受け止めた。「ッ!!!」あまりの剣の勢いに体が押され、3人の足が地面に引きずられる。だが、男の剣の動きはそれで止まった。「…!!」重さに剣先が再び地面に着く。「…はッ、隊長格の持つ剣だ。侮るなよ。」3人はそれぞれ剣の動きを止めるために、己の手や腕を使って勢いを封殺しようとしていた。そこから血が滴り落ちる。男は再び振りかぶろうと動き出すが、今度はオレリアが逆側から自らの剣で押さえつけ、その動きを封じる。「!!」バシリアとオレリアは目を合わせると、男の剣にそれぞれが己の剣を当てたまま、男に向かって走り出した。「バシリア!!オレリアッ!!」剣が交じり合う個所からは火花が散り、金属の滑る音が鳴り響く。「う…ッ、わ…!!」男は身動きの取れない剣と近づいてくる女二人に焦ったが、次の瞬間には剣を勢いよく縮めた。バシリアとオレリアの手元から剣身が消える。「!!」「う…ッ、うわああぁッ!!!!」そして二人が男まであと数M、というところで、男は再び剣身を伸ばした。伸びた剣身に、バシリアは避けたが、オレリアは頬を掠った。そして、「…!!」男の手前でバシリアは低く構えの姿勢を取ると、剣を下から上に振り上げて、男の剣を弾き飛ばした。「わッ…!!」男の手を離れた剣は宙を舞いながら見る見るうちに縮んでいくと、男の後方数Mのところで、地面に落下した。男はへろへろとその場にしゃがみ込む。そんな男にすぐさま剣を突きつけるバシリア。「…手間をかけさせるものだ。これで町民に被害があれば重罪だぞ。」その目はいつもの優しいものではなく、厳しく冷たいものだった。そして少しして、頬から血を流しながら息を切らしたオレリアが辿り着いた。「…あ“――…、クソッ…疲れた…。」そうしてその場に倒れ込んだ。それを見てバシリアが笑う。「あっはは!お疲れだったな!よくやってくれた!!」「全くだよ…。」仰向けで息を切らしながら呟いた。そこに遅れて、サイとムダルも到着するのだった。
――――男を捕まえてバシリア達が盗人達のアジトに戻ると、捕獲が大方片付いたのか、兵士たちはアジト内の品の調査をしていた。副隊長がバシリア達の怪我に気づくと、呆れたようにため息をついた。「全く…相変わらず無茶をする…。だから私も着いていくと行ったのに。」「こちらにばかり人員を割くわけにもいかないだろう。今回はただでさえ人が必要だったしな。」「それでも私はあなたの副隊長ですよ。…私のいないところで、無謀な行動はやめてください。」副隊長の素直じゃない心配に、思わず笑ってしまうバシリア。「…すまなかったな。」「ご理解いただけたならいいです。…さて、隊長と彼らの手当てを。」そう言って副隊長は近場にいた兵士に指示を出した。「それで、どうだ?」「上々です。ここにいた人間はおそらくほぼ全員、捕まえられたでしょう。盗まれた品も報告があった物をいくつか見つけました。事前の調査が効きましたね。」「そうか。それは何よりだ。」そしてバシリア達が状況報告を聞きながら手当をしてもらっていると、ブローニャ達が現れた。「えっ!?ちょっと…大丈夫!?」怪我をした面々を見てチェリが思わず声を上げる。他の4人も驚いたように目を丸くしていた。「大したこと――――いてッ!!」「ちょっと!!じっとしてて!!」ヴィマラがオレリアの頬に消毒液を着けていた。「こんくらいほっときゃ治るって。」「駄目よ!切り傷は舐めない方がいいんだから!サイとムダルだって兵士の方にちゃんと手当してもらってるんだからね!!」「あいつらは傷が深いから―――」「言い訳しない!!」「…元気そうだな。」「おかげさまで。」「どうした?何があったんだ?」「“剣身を伸ばす”『神の力』を持った男だった。」「!そういうこと!?」「凄かったぜ。伸ばした剣を振り回して、家がめちゃくちゃになってた。」「うわ…マジかよ。」「…それだけで済んで良かったな。」「あぁ。全くだ。」「町民の中にも怪我人が多く出たがな、幸いにも死者はいなかった。運が良かったよ。」その言葉にほっとする一同。「それで?そっちは?」「…取り戻せたのですね。」ヴィマラがそう言うと、チェリが得意げに欠片を掲げる。「ふふん!ほら!!」それに対し皆が、おー、と拍手を送る。「順調すぎて怖いな。」―――そうして各々が話をしていた時のこと。ブローニャがふと目線を動かした時に、あることに気づく。「お前、怪我してるじゃないか。」「ん?あぁ、ほんとだ。気づかなかった。」ジタの二の腕に切り傷が入っていた。そこでブローニャがはっとする。「もしかして私が落ちた時か…?」スライドした時に、小石か何かが引っかかったのか、と思ったが、ジタは淡々と答えた。「あー…いや、その前の追手二人とやり合った時だな。まぁ、大したことねぇよ。ちょっと切れてるだけだ。」「…貸してみろ。手当してやる。」「いいって!これくらい自分でできるし。これまでだって別に――――」「うるさい。いいから来い。」「うわッ!!おいッ!!」ブローニャは怪我をしていない方の腕を引くと、救護エリアの一角を借りてジタを座らせた。――――「いッ~~~~…!!」消毒液を傷口に塗っているとジタが悶える。「我慢しろ。」「…あー…わかってるって。」ふと、先ほどのジタの発言が気になったブローニャ。「…これまで、他に仲間はいなかったのか?」怪我の手当ても自分でしてきた、という言葉が引っかかった。「ん?…まぁ、その時々で急ごしらえの協力者とかはいたけどな。基本は一人だ。」「…」彼女が望んでそうしてきたのだろうとは思うが、困難に立ち向かう時も、こうして負傷した時も一人で乗り越えてきたのかと思うと、彼女の人柄を考えて、どこか勝手に寂しい気持ちになるブローニャ。そしてその想いがぽつりとつい言葉として零れ出てしまう。「…今は、私達がいる。」「え?」そして顔を上げると、ジタの目をまっすぐと見た。「私達はもう、仲間だ。」「!」「もっと私達を頼ってくれ。――――…それとも、私達には預けられないか?」寂しそうに笑うブローニャ。「…!」そのブローニャの真意を理解すると、ジタは柔らかく笑った。「…はっ、お前のこと言えねえな」「全くだ。」そう言って二人で笑った。そして手当てを終えると、ジタが礼を言う。「…ありがとな。」「あぁ。こっちこそ。…助かった。」
――――「この後はどうする?」盗人達を拘束し、盗品の回収がほぼ完了したところで、オリバーが、町の後片付けを手伝っていたバシリア達へ問いかけた。バシリアはスコップを地面に刺し、布で汗をぬぐいながら答える。「ここに来るまでにヴィマラ達と話をしたんだが…。例の手記の情報をもとに、欠片を探しに行こうと思う。」「ほう。」「手記によると、この先西方面へ少し進んだ場所に、欠片が隠されている可能性が高い遺跡があるらしいんだ。まぁここからそう遠くはないらしいからな。私も少し着いて行ってみようと思う。」「なるほどな。」「だから悪いが、そっちのことは任せても良いか?」「あぁ、勿論だ。」
――――バシリア達から『お前達は手伝わなくていいぞ。体力も温存しなければいけないしな!』と言われたものの、黙って眺めているのも気が引けたため、兵士達に混じり後片付けの手伝いをしていたブローニャ達。そんな中、いつもの如くチェリが音を上げる。「あぁ~~~~疲れたぁ!休憩!!」「別に無理に手伝わなくたっていいんだぞ。次の町に向けてまたすぐ出立だしな。」気遣うブローニャの言葉にむすっとするチェリ。「皆が頑張ってるのに私だけぼけっとしてるわけにはいかないじゃない!!」そんなチェリを見て笑みを浮かべるブローニャ。そんな皆の元へ、正装をしたサイとムダルが現れる。「俺達はまた欠片を保管しに行ってくる。」二人は手に入れた欠片を隠しにまた出立するという。「お前らも毎度大変だな…。」ヘザーのげんなりしたような顔を見て、ムダルが笑う。「まぁこれが俺達の役目だからな。」「気を付けろよ。」「ヴィマラとオレリアのことは任せろ。」デジャとブローニャの言葉に、笑みを浮かべる二人。「あぁ。…頼んだぞ。」そんな二人の背中を皆で見送った。「は~~~~あ、まーた移動かぁ…。」「しかも今度の遺跡、はっきりした場所がわからないんでしょ?…探すところからかぁ…。」大きなため息をつくオレリアとチェリにジタがテンションを上げながら叫ぶ。「何言ってんだよ、それも旅の醍醐味だろ!隠された遺跡―――…燃えるじゃねぇか!」「あはは、姉ちゃんみたいなこと言いやがってよ。」「そうですよね、ジタ!!わかります!!」「お前は黙ってろ!」そうして次の目的地に向けて話をしながら、皆で笑うのだった。