【18話】遭遇と内省


盗人のアジト襲撃後、そこから1日かけてブローニャ達はとある大きな町に到着していた。そこは欠片があるとされている遺跡のすぐ近くにある町だった。だが遺跡の正確な場所がわからなかったため、総出で町の人に聞き込みをしていた。「目印は、~~~~だって言うんだけど…。」「なんか、切り立った崖が沢山ある場所だって聞いて…。」
――――そんな中、ブローニャが店に入って聞き込みをしていた時のこと。「あれ?」背後から店の扉が開く音と、何者かの女の声が聞こえた。足音が近づいてくるが、ブローニャは店主と話すことに集中していたのと、他の誰かに向けた呼びかけだと思って気にしなかった。だが、突如背後から腰に手を回され、思わず体をびくりと反応させる。「君、テキン町で会った子だよね?」「!!」その呼びかけにはっとして顔を横に向けると、テキン町でぶつかった赤髪の女が、ブローニャを見下ろしていた。「…!!」「綺麗な子だな~と思ったからよく覚えてるよ。」にこやかに話しかけてはくるが、その目の奥には冷たさと探る感情が宿っているのがブローニャでも感じ取れた。「まさかこんなところで会えるなんてね。」女の呼びかけも耳に入らず、なんでこんなところに、何故私を覚えて、という考えの中、女の右側に携えてある剣を目にして、バシリアの言葉を思い出した。そして、以前に自分の脳裏に過った嫌な予感が再び呼び起こされた。「(…もし…、この女が例の幹部だとしたら…―――)」ブローニャはごくりと生唾を飲み込んだ。掴まれた腰に、緊張と少しばかりの恐怖が芽生える。――――『見つけたら逃げることだ。』――――…
――――「ブローニャどこ行った?」ブローニャが女と邂逅していた頃、ジタがブローニャを探して町中を歩いていた。「…ったく、一人で行くなっつってんのに…。」道や店の中をきょろきょろと見回して、ブローニャの姿を追う。「なんかあったらどうす――――」その時、ふと覗き込んだレストランの中の光景を目の当たりにして、驚愕に目を開く。それを見た途端、ツカツカと速足で歩いて行くと、勢いよく店の扉を開けるジタ。中にいた全員がジタの方を向く。カウンターの前には、ブローニャと女も立っていた。「…!」振り返ったブローニャがジタの存在に気づく。だが、どこか怒りのような感情がこもったようなジタの視線は、ブローニャの隣の女に注がれていた。「お前…ッ!!」「…!」それを見てブローニャは再び隣の女を見る。女はにやけた表情を変えることなく、ジタの方見ていた。「あ?前に会ったことあるか?」ジタはブローニャの体に回された女の手を見ると、感情を抑えながら己の中の優先順位を変えて、再び女に呼びかけた。「……おい、その金髪の女から手ぇ離せ。」だが女は、当てつけのようにブローニャの腹部に手を回すと、自らの身体に密着させるようにしてジタの方へ振り返った。ブローニャも下手に抵抗しない方が良いかとの判断から、されるがままになった。その合間。女はジタの呼びかけに若干記憶が蘇ったのか、何かに気づいたように「あぁ」と呟いた。「もしかしてその目、私がやった奴か?」「…!!」ブローニャがはっとジタの方を見る。ジタは苦々しい顔をしながらそれを肯定した。「…あぁ、そうだよ。お前のおかげで不自由ったらなかったぜ。」「…どういうことだ?」目を見開きながら、思わずブローニャが問う。ジタは険しい顔をしながらそれに答えた。「…5年前…。俺が旅の途中で立ち寄った古物市場を、そいつとその仲間が襲ってきたんだ。あの時もそうやって女の子を人質にしてやがった。その時交戦した時に、俺はこの右目をやられた。…俺の中で一生の不覚だ。」「…!」ジタの言葉を聞いて、更に思い出したように女が言う。「あー…そうだったそうだった。その節はどうもな。悪いとは思ったんだが…そうでもしねぇと、どうにも他の奴らが五月蠅そうだったからよ。…まぁ、結局アレも無駄足で終わったんだけどな。」ブローニャの中で女に対する感情が恐怖から怒りへと変わっていた。隣に立つ女も、それに感づいていた。ブローニャは素早く左手で自分の剣を取ろうとしたが、それを察知していたかのように、女は咄嗟にブローニャの手首を取った。「!!」「ははっ、油断も隙もねえなぁ。威勢は良いし、力もある。相当訓練してるな?」女が自身の剣の柄に添えた右手は、いつの間にかブローニャの右手により押さえつけられていた。ブローニャも女も抜剣出来ずに、膠着状態となった。「…ッ!!」ギリギリと攻防が繰り広げられる。ジタが仕掛けようとするが、ブローニャが目線でそれを止める。そんなブローニャの耳元に女が顔を寄せた。「なぁ、名前なんて言うんだ?聞かせろよ。」「…人に聞く前に、自分が名乗ったらどうだ。」「とぼけんなよ。知ってんだろ?」「!」「…バシリアと一緒にいただろ、お前。」「…!!」見られていたのか。…いや、見られるタイミングなどいくらでもあったのだろう。知っていて近づいてきたというわけか。「お前の目的はなんだ?」女――――ヒルデからの問いかけで、ブローニャは何と答えようかと思案する。「…私は…仲間を、しがらみから解放してやりたい。それだけだ。」「…」悪党達の思惑を止め、悪事を食い止め、人々へ平和と安寧をもたらしたい、という想いも勿論あるが、その根底にある一番の想いは、“仲間達へ心の平穏をもたらしたい”――――この1点だった。ヘザーとデジャの因縁を、ヴィマラ達の役目を、解き放って自由にしてやりたい。それが今のブローニャにとっての第一の目標だった。その言葉にヒルデは目を細めた。次の瞬間、ブローニャは右手をスライドさせると女の剣の柄を握った。「!」そして剣身を下に押すように鞘をすり抜けさせ、その剣身を顕にさせた。ヒルデは予想外の出来事に、思わず右手の拘束を緩める。その隙を狙ってブローニャは剣を奪い取るとすぐさま持ち手を変えて、自身の後方にいるヒルデに向かって突きを繰り出す。だがヒルデはそれを避けつつ、ブローニャを捕えていた左手を離すと同時に、流れるような動きでブローニャの剣を奪った。「(しまった…!)」ブローニャは回転しながら距離を取り、ヒルデに振り返る。剣を構えながらブローニャとヒルデが対峙する。「ははっ、なんだそりゃ。『神の力』か?―――…面白えな。」「…ッ!」店主や周囲の客は身を隠して、息を飲みながら彼女達の光景を見つめていた。―――…不覚だった。ヒルデの手に武器を渡してしまった。ブローニャとジタに緊張が走る。そして二人の脳裏に、バシリアの言葉が蘇った。――――「奴の『神の力』は、言わば"身代わり"だ。」本部の町から盗人達のアジトがある町へ行く途中。休憩をしている最中に、バシリアがヒルデとスーシャの力について教えてくれていた。「奴が武器を使って何かにダメージを与えると、狙った対象にそのダメージを移し替えることができる。」「…え?どういうこと?」「そうだな…。例えば私がその力を持っているとしよう。チェリ、私はお前の腹に剣の一撃を与えたいとする。」「うん。」「私はお前の腹に狙いを定めながら、剣でこの岩を斬る。」「?うん?」「するとチェリの腹が切り裂かれるんだ。」「へ?」「はあッ!?なんだよそれ!!」「…だから、”身代わり”、ってことか。」「あぁ。」「おいおいマジかよ…。」「ずるじゃんっ!!そんなのアリ!?」「お前たちの力と同様に、原理はよくわからん。ただ一つ言えるのは、遭遇したが最後、奴の武器を奪わない限り、逃げられないということだけだ。」「…!!」「だがおそらく、“身代わり”とする対象は、奴の視界に入っている必要があると思われる。だから対策としては、“障害物に身を隠すこと”―――それだけだな。」「…普通に倒せないのか。」「…奴は、剣や身体能力についてそれなりの技術を持っているから、リスクが伴う。なるべくだが戦闘は避けた方がいいだろうな。」――――「(…まずは力を使う隙を与えないことが優先か。)」ブローニャがヒルデに向かって剣を振るう。ヒルデはブローニャの剣でそれを受け止めた。互いに剣を弾いて、ブローニャが急ぎ二撃目を振るう。「!」ブローニャが思い切り振るった剣は、周囲のテーブルや椅子をすり抜けながらヒルデの元へ。だがヒルデものけぞりながらそれを避ける。「っはは、やりづれぇな。」ブローニャからの攻撃を二度、三度と剣で受け止めていくヒルデ。「おいおい、やるなぁ。そんなナリしてよ。」「…!」ブローニャからの猛攻にも拘らず余裕を見せるヒルデ。そんな最中、「!」横からジタが攻撃を仕掛けてきていた。それを避けながら笑うと、2対1では分が悪いと、ヒルデは距離を取り、カウンターに立てかけてある本を手に取る。それを見てジタは咄嗟にブローニャの腕を引きながら、目の前のテーブルに足を引っかけて倒すと、壁にした。「!」ガリ、という音と共にテーブルの表側が切り裂かれる音がした。ヒルデの手元にある本も同じように切り裂かれていた。ジタとブローニャは一瞬目を合わせると、二人でそれぞれテーブルの脚を持って盾にしながら後方へ走る。「悪いな店長!!」そしてジタがテーブルに己の剣を突き刺すと、テーブルが炎で燃え上がった。その間に扉を開けて、二人は店の外に出る。ヒルデの視界に入らないよう、窓越しに捕捉されないように、姿勢を低くして壁に沿って走って行った。それを見てヒルデは一人呟く。「…あぁそうか…忘れてたな。あいつとは一回ヤり合ったんだったか。」だから『力』のことも知ってるのかと一人にやりと笑うと、店主に呼びかけた。「さっさと消火した方がいいぜ。」ヒルデの言葉にはっとして、店主と客たちは慌てて水を持ち寄り、消火作業を始めた。店の窓はどれも小さくはめ込み式であったため、壊さない限り扉以外からは出られなくなっていた。消火されたテーブルをどかすと、ヒルデは堂々と扉から出ていった。
―――ジタとブローニャは後ろを確認しながら角を何度か曲がり、ヒルデから距離を取ると、一先ず物陰に隠れた。「!ジタ、怪我が…!」ブローニャはジタの腕が切り裂かれていることに気づいた。「(いつの間に…!)」そんな隙無かった筈だ。もしや、店の扉のノブを回した一瞬の間に…?とブローニャが思考を巡らせていると、傷口を確認したジタがフリフリと腕を振って問題ないとアピールをする。「大したことねえよ。」「…すまない、私のせいで…。」そう言ってブローニャは自分のカバンから綺麗な布を取り出す。「…」自分が武器を明け渡したせいだと責任を感じて申し訳なさそうに謝るブローニャの手を抑え、ジタはデコピンをした。「いっ…!?」「だからそういうのやめろって。」「!」少し怒ったようなジタの顔に、ブローニャの脳裏に、以前山の中で言われた言葉が蘇った。ジタはきょろきょろと周囲を確認し、ヒルデが近くに来ていないことを確認する。「…それに、まずは奴から逃げ切るのが優先だ。」「!」「…俺も一回やったからわかる。あいつはやべぇ。まともにやり合って勝てる相手じゃねえ。」「…」思わずジタの隠された右目を見るブローニャ。視線に気づいて思わず笑うジタ。「…本当ならこいつの借りを返してやりたいところだが…。生憎俺は生きてるし、今はお前がいる。優先順位くらいわかってるつもりだ。」その言葉で、ジタは己の復讐よりも、ブローニャの身の安全を優先していることがわかった。それを察したブローニャは、顔を引き締め、ジタと同様に周囲を見渡す。「チャンスがあれば、あとで私が代わりにぶん殴ってやっても良いぞ。」ブローニャの言葉に思わず笑うジタ。「ははっ!そりゃ頼もしいな!」そして再び集中する二人。「…早いところ、バシリアやチェリ達と合流しないとな。」「あぁ。そんでこの町からさっさと退散しようぜ。」「あいつが皆に接触する前に――――」その時はっとブローニャが思い出す。「…確か、もう一人いるんじゃなかったか。」その言葉にジタも反応する。「!…もしかしたら、あっちも…。」「!」仲間達の顔が浮かぶ。「…とにかく急ごう…!」
――――ヘザーが、町の人から貰った地図を眺めながら歩いていた時のこと。「ヘザー!」前方にチェリが現れたので、ヘザーも手を挙げてそれに応える。「おーう、なぁ地図もらったんだけどさぁー、」と地図を掲げようとした時、ヘザーの後ろに大きな人影が現れる。チェリがそれを訝しむと同時に「ん?」とヘザーが振り返ろうとすると、咄嗟に横から駆けてきたバシリアがヘザーの腕を引いた。直後、その人影が振り抜いたのであろう剣が、ヘザーの脇にあった塀を真っ二つに切り裂いた。「…!?はあッ!?」バシリアに腕を引かれつつ後ろを振り返り、その光景を目の当たりにするヘザー。「えっえっえっえっ!!嘘ッ!!?」そしてチェリもそれを目撃して戸惑っていた。「…!!」物音を聞きつけて店から飛び出したデジャもそれを目撃するが、状況を理解すると同時に、己の目を疑った。バシリアは女から距離を取ると、ヘザーを自分の後ろに回して剣を取り出す。「…スーシャだ…!!」「!!」「えっ…それって悪党組織の幹部とかいう…!?」「あぁ。」チェリとヘザーも警戒を強めて女の出方を窺う。すると、スーシャの方から口を開いた。「お久しぶりですね、バシリア。」「!!」「…あぁ。本当にな。」バシリアも威勢良く応えてはいるものの、珍しく冷や汗をかいている。いつもと違う彼女の様子に、チェリとヘザーにも緊張が走る。「今日はどうしたんだ?幹部自らこんなところにお出ましなんて…。…それに、いきなり少女に斬りかかるなんてらしくないじゃないか。」「とぼけないでください。…彼女、あなたの仲間でしょう?」「…!」「少し情報を集めましてね。あなたのところに突然、複数人の人間が接触してきたと。それも…若い女性ばかりが。」「…」「おかしいですね。特殊兵士部隊であるあなた方へ、彼女達は一体何の用が?それに、こうして行動を共にするだなんて…。」そして目を細めて探るように呟いた。「例えば…――――その子達に何かある、…とか。」「…!!」思わず顔に出てしまったチェリとヘザーの表情から、スーシャは悟った。「…図星ですね。」「…ッ…」バシリアは、彼女達の組織にヴィマラの力がバレることを危惧していた。そして――――「(…この状況は、まずい。)」ちらりとチェリとヘザーの様子を見る。二人ともスーシャに委縮している。視界の中でデジャがどこかへ走っていくのが見えた。「(ナイスだ、デジャ…!)」そして再びスーシャを見る。「…ちなみにだが、対話をしに来たわけじゃないんだろ?」「そうですね…あなた方次第、…でしょうか。」「!…どういうことだ?」「彼女達の身柄の引き渡しに応じていただければ、見逃してあげます。」「…!!」その言葉にチェリとヘザーは目を見開く。「断る。」だが、バシリアはそれに即答した。「…」その回答に女は再び目を細める。バシリアはちらとチェリに目線で合図をした。「…!!」チェリがそれを察すると、今度はチェリがヘザーに目で合図を送る。「!!」「…なら、やむを得ませんね。」女が動き出そうとした瞬間、チェリが背負っていたカバンからナイフを数本取り出し、同時に、へザーがしゃがみ込んで石畳に手を当てて剣等の武器を数本作り出した。「!」チェリが力を使って、己が持っていたナイフと、ヘザーが作り出した武器、それら全てをスーシャに向かって飛ばす。その合間に、チェリの脳裏に数日前のバシリアの言葉が蘇る。――――「…敵は非常に危険で、厄介だ。この先もしかしたら命を奪い合う場面に遭遇することもあるだろう。…お前達には酷かもしれないが、万が一にでもそういった事態に直面した場合は―――…敵を、躊躇なく“殺せ”。」「…!!」「…それが、仲間の身の安全にも繋がる。」――――集中しながら意識を高めるチェリ。「(先に仕掛けてきたのはあっち…。ヘザーだって危うくのところだった。私達を拘束して、何をしようとしてるんだかわかったもんじゃない…!―――…こんな危ない相手に躊躇したら、こっちがやられる…!!)」そして覚悟を決めるチェリ。「(最悪ヤるしかない…ッ!!)」そして目をキッと見開くと、操作するスピードと精度を上げる。「(これだけまとめてなら…ッ!!“なんでも斬れる”って言ったって、これだけの刃物が来たらどうしようもないでしょ!!)」多数の刃物が押し寄せる中、スーシャは冷静にそこに佇んでいた。「…なるほど。」そしてもう一つの剣を抜いた。「…!!」「に、二刀流…!?」「ま…、まさかアレ全部弾こうってんじゃねぇだろうな…!!」ヘザーの予感は的中する。スーシャは鍛えた動体視力と瞬発力により、己が手にした二つの剣を振り回しながら、飛んできた武器を次々と弾いては真っ二つにしていく。時には複数本まとめて斬り、時には避けながら、数本が体に刺さったり肌を掠るものの、急所は外しつつ即座の判断により重傷を回避した。あまりに非現実的な事象を目の当たりにして、ゾッとするチェリとヘザー。「ヒッ…ひえぇぇ〜〜〜…。」「マジでやべえよ…ッ!!」「…以前よりも更に…!」そしてスーシャはチェリの方へ向かって走り出した。「!!わわわッ!!!」慌てて逃げ出すチェリ。「チェリ!!」「クソッ…!!」バシリアがそれを止めようと走り出す。遠距離攻撃が出来るチェリを先に叩こうというのだろう、だが、とヘザーが弓矢を構えて女に向けて放つ。女はこちらを見ていないにも関わらず、ヘザーの放った矢を自らの剣で叩き落とした。「はあッ!?」音で判断したというのか、いよいよ以て化け物じみてきた女に背筋が凍る思いがするものの、チェリが危ないと慌てて追いかけていった。
――――スーシャが三人に気を取られている内に、デジャはあの場を離れた後、ヴィマラとオレリアの元へ辿り着いていた。「ヴィマラ!!オレリア!!」情報共有し合っていたヴィマラとオレリアがデジャに振り返る。「お?デジャ、どうした?」「何かありましたか?」少し息を切らしながら、デジャが真剣な表情で二人に告げる。「スーシャが現れた!!」「!!」デジャの言葉に二人の顔が青くなる。「バシリア達が今時間を――――」時間を稼いでくれている内に逃げよう、と言おうとした時だった。オレリア達の奥を見て、ハッと何かに気づくデジャ。それを見て二人がバッと後ろを振り返ると、道の奥から赤髪の女が歩いてくるのが見えた。それをみた瞬間に三人の思考が繋がる。「あれは…ッ!!」「まさか…!!」「…ヒルデ、か…!!」そして女――――ヒルデの目線は三人に注がれた。「!!」それを見た瞬間、ヴィマラの手を取って走り出すオレリア。それを確認してからデジャも後に続く。「逃げるぞ!!」そして裏の路地に入って行った。「ヴィマラ!!前行けッ!!」そうしてオレリアがヴィマラを先頭にやり、デジャが叫ぶ。「なるべくあいつの視界から外れるんだ!!」そうして可能な限り一直線の道を進まないように、曲がり角を駆使しながら距離を取ろうと走る。「…ッ追ってきてるな…!!」「足速ぇぞあいつ…!!」時には障害物を倒し、道を塞ごうとするがヒルデは後を追ってくる。そんな中、「!!」横道も脇道もない、一直線の道に差し掛かってしまった。「やべぇ…ッ!!」ハッとしてオレリアが振り返りながらデジャの腕をつかむ。「デジャッ!!」「!!」すると、オレリアがデジャを庇うようにして自分の前に出すと、直後、オレリアの大腿が切り裂かれ、倒れ込んだ。「…!!」「オレリアッ!!」「ヴィマラ!!」デジャはオレリアの下へ駆けていこうとするヴィマラの腕を取り、自分の後ろへ戻す。そうしている間にもヒルデがオレリアに近づいていく。「…ッのヤロ…!!」立ち上がろうとするが疲労と痛みで動きが鈍いオレリア。「クソッ…!!」それを見てデジャが駆け出す。自分に近づいてくるデジャを見て、その速さに驚くヒルデ。そしてデジャからの短剣による攻撃を自らの剣で受け止めると、どこか嬉しそうに微笑んだ。「…仲間のピンチに真正面から突っ込んでくるか。嫌いじゃないぜ。」「…ッ!!」「お前らも私の力、知ってるんだな。」「お前“ら”…?」その発言にまさか、とデジャが気づく。「まぁ無理もねぇか。あいつが仲間にいるならな。」「…!!」それは既に、ヒルデが仲間の誰かと接触したことを示唆していた。チェリ達ではないとなると――――「…ッそいつらをどうした…!」デジャの怒りを感じ取ったヒルデは、それには答えずに笑みを深くした。それを見てデジャは剣を弾くと、二回、三回と追撃した。「…ははッ、」一切隙を与えない、といった風な剣だけではない脚や拳を使っての素早い攻撃に思わず笑ってしまうヒルデ。「やるじゃねぇか。…でも、」「!!」攻撃の隙間に、肩口を斬られてしまうデジャ。「…!!」「悪いが、私も力ばっかりじゃねぇんだ。」それにより一瞬怯んだデジャの隙を見逃さなかったヒルデが更に攻撃を仕掛けようとした時だった。「!!」背後に気配を感じて、瞬時に反応する。振り返りながら剣を振るうと、背後からの剣撃を防いだ。そこには逃げたと思われたジタが。「おいおい、またお前かよ。」「…ッ!!」ブローニャと皆の元へ向かってる途中で、ジタはデジャ達がヒルデから逃げている様を目撃していた。そして、デジャ達の助太刀を自ら名乗り出て、ブローニャへはチェリ達を探せと指示を出し、二手に分かれたのだった。「もう一つの目もやってやろうか?」「…ッのクソ野郎…ッ!!」ギリギリと拮抗している中、デジャがヒルデに仕掛ける。ヒルデはジタの剣を受け流しながらそれを避ける。その上、そのまま流れるような動きで、ジタの腹部を突き刺そうとした。ジタは不意を突かれ、避けきれずに脇腹を切りつけられる。「ッ…!!」2対1では不利だと、さっさとケリをつけようと思っての行動だろうが、ジタもそうはさせないと抵抗する。そこにデジャが更に追撃をする。「!」そこからジタとデジャが代わる代わる入り乱れるようにヒルデへ猛攻を仕掛ける。負傷と疲労の中での攻撃のため、万全の状態で挑めなかった二人だったが、最中、ジタの放った剣撃がヒルデの腕を掠った。「チッ」それを見て舌打ちしたヒルデ。実力のある二人に圧され、分が悪いと思ったのか、一度二人から距離を取った時だった。「!!」ヒルデの方へ、燃え盛る炎を纏った巨大な布団のような何かが、視界を遮るように覆いかぶさって飛んできた。後方に下がってヒルデはそれを避ける。「!」目の前に燃え盛る布団、そしてその奥に居る筈のデジャ達は姿を消していた。それに舌を打つヒルデ。「…どっから現れやがった?」
――――ブローニャが走っていると、道の突き当たり前方で、チェリが慌てて走り去る様子が見えた。「チェ――――」呼びかけようとした時、その背後からチェリを追うようにして、二本の剣を手にした白髪の女が駆けていくのを見た。それを見た瞬間、ブローニャは自らが手にする剣を握りこむと、そのまま飛び出して白髪の女に向かって攻撃を仕掛ける。まるでスローモーションのように、スーシャもブローニャの存在に気づくと、急停止しながら応戦しようと体の向きを変えた。そして二人の剣が今まさに交じり合おうとした時―――ブローニャの脳裏に再び、バシリアの言葉が蘇る。『もう一人の女―――スーシャの力は、“なんでも斬れる”力だ。』――――そして己の剣の軌道と、スーシャの振り被るそれぞれ二つの軌道を見て、このまま切り進めるにはこちらが不利だと瞬時に判断し、一度剣を引いて距離を取った。降りぬいたスーシャの攻撃は空を切る。「…賢明な判断ですね。」「ブローニャ!!」チェリが立ち止まって振り返る。背後からは、バシリアとヘザーが追いかけてきているのが見えた。「(二刀流とは厄介だな…。)」どう対処すべきか思案していたが、すぐにスーシャがブローニャに向かって攻撃を仕掛けてきた。「!!」スーシャの攻撃を避けていくブローニャ。だがその動きは素早く、変則的でブローニャはいきなり焦っていた。「(避けるのが精一杯だ…!!)」剣で受け止めることもできないとなると、動きが限られる。その上、二刀流などそうそう相手にしたことがないブローニャは、スーシャの動きに翻弄され、その最中で何箇所か斬られてしまう。腕や肩、脚に切れ込みが入る。「…!!」それを見てバシリアが助太刀に入ろうとした時だ。ブローニャはスーシャの動きを見極め、チャンスを見計らっていた。そしてスーシャの剣の軌道に、計算上隙を見つける。必死になったあまりに、スーシャの攻撃を自らの剣で受ける――――というフリをして――――「!」剣をすり抜けさせるブローニャ。そして。「!!」そのままの動きで剣を振りぬいた。ブローニャはスーシャの首元を狙い息の根を止めるつもりだったが、スーシャも持ち前の瞬発力により避けることで、深い傷にせずに済んだ。「くそッ…!!」相手が自分の力を知らない状況を利用した、不意を突ける最初で最後のチャンスだった。今後二度とないだろうに失敗した、とブローニャは悔しがる。すぐに追撃しようとした時、路地からヴィマラが現れた。そしてヴィマラの後ろから、デジャとジタと、肩を貸してもらいながら歩くオレリアがいた。それに一瞬気を取られたブローニャへスーシャが反撃しようとする。が、チェリのナイフとヘザーの弓矢がそれをさせまいとスーシャに襲い掛かった。スーシャは瞬時に対応して、それを避けて、弾く。「そこまでだ。」「!!」そして、スーシャの背後にある路地から、ヒルデが現れた。「…!!」「ブローニャ!!」「!」チェリに呼びかけにはっとすると、ブローニャは急ぎスーシャから距離を取る。皆が二人の出方を窺いながら警戒する中、ヒルデはスーシャの傍らに近づくと、怪我に気づいた。「スーシャ、それどうしたんだ?」「…そこのおさげの子と、三つ編みの子にやられました。」「へぇ。やるじゃん。」にやりと笑うと、チェリとブローニャを見る。「…」「あなたこそ怪我してるように見えますが。」「あぁ、そっちに奴にやられた。」「そうですか。」互いを心配するでもなく状況確認する二人に、バシリアが呼びかける。「…先ほどスーシャの方から話は聞いた。この子たちを捕まえて、どうするつもりだ。」「捕まえる?」ヒルデが初めて聞いたような顔をして、スーシャを見た。「その方が話が早いでしょう。」「…あぁ、まぁ確かにそうだけどさ。」ヒルデは頭を掻くと、気を取り直して、とでも言わんばかりにバシリアに向き直った。「バシリアさんとこに、新顔が増えたって聞いてな。一目見ておこうと思っただけだ。まさかこんなガキもいるとはな。」そうしてチェリとヘザーを見るヒルデ。思わずびくりと体をこわばらせる二人。「私達だってむやみやたらに殺しをしたいわけでも、ガキ共を可哀想な目に遭わせたいわけでもねぇ。わかるだろ?」そして目を細めてバシリアを見る。「…邪魔するようなら、ただじゃおかねぇってことだ。」――――牽制。皆の頭をその言葉が過った。これは、脅しだ。今後自分たちの前に立ちはだかろうというのなら、相応の対応をする、ということだ。自分たちの実力を間近で見せることで、恐怖を植え付けさせてやろうとしているのだ。そしておそらくスーシャは、あわよくば『神の力』を持つチェリ達を仲間に引き入れようとしていた。自分たちの勢力を拡大させるために。そのことに気づき警戒を強めるブローニャ達へ、ヒルデが更に追撃する。「お前らも探してるんだろ?」「…なんのことだ。」「とぼけんなよ。"欠片"だ。」「…!!」その発言により、悪党達が実際に欠片を探し求めていた事実が確定した。例の話を知っているのか?という疑問が過る中、バシリアが問いかける。「…お前達の目的はなんだ。」「さあな。だが少なくとも、お前らと相容れないのは間違いない。だろ?」その言葉で皆確信した。奴らは知っているのだ。――――あの逸話を。"鍵"を。そして―――…"扉"を。「…ッ…!」ヴィマラとオレリアの背筋が凍る。「もう一度言うが、これ以上踏み込むようなら私達も容赦しねえ。」そしてチェリとヘザーを見るヒルデ。「ガキ共、引くなら今だぜ。」「……っ…」その目からは圧が感じられた。「忠告はしたからな。――――次はねぇぞ。」そうして笑うと、スーシャに呼びかける。「今日のところはこんなだな。さっさと行くぜ、スーシャ。」「…いいのですか?」「良いんだよ。」そうして二人が立ち去ろうとした時だった。「おっと。動くなよ。特にバシリア、お前が何かすれば、そこのガキがどうなるか。」そう言ってヒルデは剣を手にしながら宣言する。「…ッ!!」そうしてヒルデはブローニャの方を見た。「じゃあまたな、"ブローニャ"。」「…!!」そして二人は路地の暗闇の中に消えていった。それを見ながらブローニャがぽつりと呟く。「…とぼけてるのはどっちだ。」
――――町の兵舎を借りて、怪我をした者が兵士達に手当をしてもらった。「大したことがなくて何よりだ。」手当を終えたブローニャがデジャの近くに座り、傷を気に掛ける。「お前も――…まぁ、あちこち斬られてるものの、浅くて良かった。」「あぁ。オレリアには感謝だな。」「…そうだな。」そうして、少し離れた場所で手当てを受けるオレリアを見る。「クッソ~~~~!!あのクソ女思いっきり斬りやがって!!私の美脚をよ!!」「それだけ元気があれば大丈夫ね。」「大丈夫じゃねぇ!!――――いッッッ…てぇ!!」悔しそうに吠えるオレリアと、それを宥めるヴィマラを見ながら、苦笑いするブローニャとデジャ。だがふっとデジャは笑みを消すと、俯いた。「…情けない話だ。」「…」その想いを悟ったブローニャも、同じ気持ちで顔を俯かせた。「…悔しかった。」「!」「…“私にも神の力があれば”―――…なんて、らしくないことを考えた。」「…!」チェリ達とバシリアが対峙した時、ヴィマラ達とヒルデに襲われた時。皆助かったから良かったものの、もしかしたら殺されていたかもしれない。己の力不足を痛感させられたデジャ。「デジャ…。」“お前は今のままでも十分強い”、と励ましてやりたいところだったが、己も同じ立場で敵を仕留めきれなかったが故、デジャに声をかけてやることができなかった。ヒルデスーシャに気圧されるばかりで、碌に相手になることもできなかった。先ほどのオレリアの様子と、少し離れたところで手当てを受けるジタの横顔を見て、皆同じ想いだと感じるブローニャ。「(…何より気がかりなのは――――…)」ちらりと視線を動かすブローニャ。そこでは、チェリとヘザーがどこか浮かない顔で話をしていた。二人とも怪我が無くて何よりだったが…。スーシャからの殺意を持った攻撃と、ヒルデにされた面と向かっての脅迫。普通の少女ならば、怖気づいてもおかしくはない。先ほど合流した後に二人へ「大丈夫か?」と呼びかけた際は、「大丈夫大丈夫!」「あんなのなんでもねーって!」と気丈に振舞ってはいたが―――…。「…」以前のブローニャであれば、怖気づいてそのまま手を引いてくれた方が、二人の身の安全のためには寧ろ良いと思っていたのかもしれない。でも、彼女達と真の信頼関係を築き上げた今のブローニャは、二人と共にこの先も進みたいと思っていた。そのためには、恐怖という名の、失敗を誘発するリスクは極力減らすべきだと思っていた。「…」そのために、自分自身ももっと強くなって、彼女達を安心させる必要があると感じた。そして今日のように、もしものことがあった場合には、ちゃんと守れるようにと。―――「…なんで見逃してくれたんだろうね。」兵士達に手当されている面々を見ながらチェリがヘザーに問いかけた。「見逃した…のかなぁ。あたしらのが人数多かったし、流石に不利だと思ったとか?バシリアもいるし、他の兵士の応援呼ばれても困ると思ったんじゃねぇか。」「そうかなぁ…。だってあの二人、わざわざあっちから会いに来たんでしょ?バシリアがいるってわかってたなら、来る前からそのくらい予想つくじゃない。」「まぁ、そうだけど…。あたしらが雑魚だと思ってて、簡単にケリつくと思ってたとか。あいつらあたし達のこと“ガキ”呼ばわりしてたしよ。でも意外とあたしらがやるからー…とかさ!ブローニャとかが、相手にもいくらか怪我を負わせてたしな!」「…」ヘザーはそう言うが、チェリには彼女達のあの堂々とした態度と笑みにそうは思えなかった。「…でも、犠牲が出なくて良かった。」近くで、二人の会話を聞いていたヴィマラが答えた。「それが何よりです。」「…ま、そうだな。一人でもやられなくてよかったよ。」「…そうね…。」三人の会話に聞き耳を立てていたデジャ、ブローニャ、オレリア、ジタは、皆それぞれが、その内容を聞いて、改めて自分の力の至らなさを痛感した。二人は強かった。それぞれが戦いにおいてそれなりに自信があったものの、奴らを仕留めるに至らなかった。ヒルデとスーシャとの邂逅は想定外の事態だった。そして、あの場ではあれが精いっぱいの対処だった。それが確かな事実ではある――――というのは理解しているものの、それで納得してはいけないのだ。奴らはなりふり構わず、卑劣な手段を使って欠片を手に入れようとする。今回も、チェリが危惧しているように、誰かが殺されていてもおかしくはない状況だった。そしてそんな相手に今後も遭遇するかもしれないリスクを残してしまった。この先、味方やどこの誰かの犠牲が増える可能性を考えると、あそこで見逃すべきではなかったのだ。「―――…」だが、過ぎたことを後悔ばかりしても仕方がない。だから、今後の犠牲を減らすためにも対策を練らねばならないのだ。自分の何が至らなかったか、どの場面でどうすべきだったかを知るため、各々が敵の動きを思い出していた時のこと。デジャがふと気になって、ジタに問いかけた。「なぁジタ。」「ん?」「あの…ヒルデとかいう奴の発言だが…、」「…あぁ。」ジタがデジャの言わんとしていることを察し、目を伏せた。「お前のその目、まさか…。」ジタが言いかけようとした時、ブローニャが代わりに告げた。「昔、奴にやられたらしい。」「!!」その言葉に皆目を丸くした。先日、ふろ上がりに眼帯を外している様子を皆が見ていた。痛々しい傷の後はそういう訳だったということかと理解した。皆の視線にいたたまれなくなり、ジタがぽつりと話だした。「…5年前に、西の町で古物市場が開かれてたんだが、そこにあいつが現れてよ。古物全部寄越せだなんだ言って、女の子を人質にとったんだ。…他の奴らと一緒にその子を助けようとしたら、例の『力』を使われて“見せしめ”にされた、ってわけだ。…おかげで、他の奴らもビビっちまって、古物も全部奪い取られた。…まぁ結局、あの中に“欠片”は無かったみだいだけどな。」「…酷いな…。」皆が眉間に皺を寄せ、怒りに堪える表情を浮かべる。それを見て微笑むジタ。「…ありがとよ。でも、お陰で自分が覚悟も実力も、どれほど足りないかってことを思い知らされた。…一人旅に出て暫く経った頃で、俺も調子に乗ってた時期だったからな。痛い目遭わされて学習したよ。強くならなきゃいけねぇって、それから色々努力したんだ。――――…だがまぁ、今日あいつとまた対峙して勝てなかったのは…結構キたけどな。」「ジタ…。」以前負けた相手に勝てなかった。その悔しさは計り知れないだろう。「それに…今もああいうことしてるのかもって思うと…それ自体が許せねぇ。」だからこそ本当ならばあの場で片をつけたかった気持ちがあったのだろう。その気持ちを察し、皆沈黙が落ちる。ふとブローニャは、先日のジタの言葉と、出会ったばかりの時のことを思い出した。ジタは自分で『個人主義者』だと言っていた。にも拘らず、ブローニャ達の旅に同行してくれている。宝や金だけが目的であれば、こんな危険な旅に同行せず、兵舎でただ報告を待っているのが安全で、最善だ。おまけに因縁の相手に遭遇して、再び怪我を負わされた状況だ。もしかしたら今後、命を狙われる恐れだってある。バシリアやブローニャ達、ヴィマラ達にはそれぞれ目的がある。だがジタの場合は――――…。そう考えてブローニャはジタの顔を見た。“ここで手を引いてもいいんだぞ” と、本来なら言うべきだと思った。付き合わせている立場の自分から、今ここでそれを確認せずに、この先へ進むべきではないと思っていた。だからこそ口に出してそれを問とうとした。だが、ジタの今の言葉と、『皆を気に入ったからついていく』という発言。これまでのジタの言動、そして先日自分が放った『私達は仲間だ』という言葉。――――それらすべてを考慮した時、ジタに対してそんな言葉を放つのは失礼なのではと、言うのが憚られた。だが、少女を助けようとして左目を失ったように、ジタ持ち前の優しさ故の行動により、また何かを失わせてしまうかもしれないことも危惧していた。自分たちが巻き込んだばかりに。ジタはただ平凡に一人旅を満喫している方が“らしくて”良いのではないかと―――――…。そんな風に思案していると、ジタがブローニャの視線に気づいた。何やら考え込むブローニャの様子を見て、苦い顔をするジタ。「…おい、ブローニャ。」「!…なんだ?」「また余計な事考えてるんじゃねえだろうな。」「!」図星とでもいうようなブローニャの反応を見て、呆れたようにため息をつくジタ。そして全てお見通し、とでも言わんばかりにブローニャを真剣な顔で見つめながら答える。「…俺は降りねぇぞ。」「…!」ブローニャがはっとして顔を上げる。皆は、その答えを聞いた時、わかりきっていたかように落ち着いていた。一緒にいたのはたった数日だが、ジタの性格は皆もう十分にわかっていた。ジタは頭をがしがしと搔きむしる。「…お前、ほんとクソ真面目だよな。そういうの俺にはいらねぇよ。言ってんだろ。」「…すまん。」「はっ、わかればいいんだよ!わかれば!」そんなジタにチェリが笑って突っ込む。「ほんっと誰がお人よしなんだか!!」「…うるせぇな…。」「なんだよその女の子助けて負傷って!!かっこよすぎだろ!!」「いじるな!!」そんな風にいつもの調子でじゃれ合い始めた皆を見て、どこか落ち着くような気持ちになるブローニャ。チェリとヘザーのいつも通りの様子と、先ほどのジタの答え。「…」ブローニャも本当は、ジタがあのように答えることはわかっていた。―――…否、そう答えることを期待していたのかもしれない。そのことに自分で気づいて、思わず笑うブローニャ。「…優しいな、お前は本当に…。」どこか嬉しそうに呟く声は、ジタの元へは届くことなく消えた。
――――夜風に当たるオレリアの元へ、ブローニャが訪れる。「オレリア。デジャを助けてくれて、ありがとうな。」ブローニャの言葉に、何故だか呆れたような顔をするオレリア。「お前らなぁ…。」「?」「さっきデジャにも言ったけど、お前ら律儀すぎなんだよ!…私がやられた後、デジャがあの女に突っ込んでくれたから私は深追いされなかったし、ヴィマラも無傷で済んだ。お互い様だっての!」「!」「それになぁ、私はお前らより“年上のおねーさん”なんだから、当たり前のことなんだよ!一々礼なんか言うな!」そんなオレリアの言葉に笑うブローニャ。「そうか。それなら失礼したな、“おねーさん”。」「そうやって素直に受け取っとけばいいんだよ。」そんな二人の元にバシリアが現れる。「どうだ、具合は。」オレリアはあっけらかんと答える。「まあまあってところだな。お前んとこの兵士、手当が丁寧だから意外と早く治るかもな。」「私は大した傷じゃない。」「そうか。」二人の返答を聞いて、顔に翳りが帯びるバシリア。「…すまなかったな。」「…おいおいお前もかよ。」責任感強いやつばっかだな、と最早呆れるオレリアに対し、バシリアは申し訳なさそうに続ける。「私自身があの場で大したことを出来なかったのもそうだが…。……反省しているんだ。必要以上にお前達を脅しつけてしまったんじゃないかってな。」「!」「あの二人に対する評価については、私が実際に対峙して感じたありのままの見解だ。…だが、それによってお前達を萎縮させてしまったんじゃないかと…それがあの結果につながってしまったんじゃないかと思ったんだ。…正直なところ、デジャなら或いはとも思っていたんだが…。」もしかしたらデジャほどの腕前であれば、ヒルデを無力化できるのではと思っていた。だが、結果としては傷一つ付けられずに逃走。それを聞いて、ブローニャがきっぱりと言い放った。「デジャはそんなことで臆するような奴じゃない。」「!」「何か別の要因か―――オレリアが負傷して若干動揺したのはあるかもしれない。単純な実力不足だとは、私も思えない。私も、デジャならどうにかできる力を持ってると思ってる。」「…!」「そしてバシリア。お前の言葉で、私達はそれぞれが自分の出来る”最善”を考えて行動し、対策を打つことができた。それがなければ、被害はもっと大きかったかもしれない。…何より、ヘザーをあの女の手から救ってくれたじゃないか。お前はいつも、私達の身の安全を第一に考えた言葉と、行動をくれる。私達にとってはそれで十分だし、ありがたいんだ。あとは私達が自分でどうにかすべきことだ。」そう言って強気な笑みを浮かべるブローニャを見て、バシリアも表情を緩める。バシリアもバシリアで、自組織の人間ではないブローニャ達を巻き込んでしまったという、責任や罪悪感を心の何処かで抱えていたのだ。ブローニャもそれを察していた。「大丈夫だ。お前が気に病むことはない。そしてそれは、これからも同じだ。」そんなブローニャの気遣いと、気持ちは同じだと言わんばかりのオレリアの表情を見て、ふっと笑うバシリア。「……すまなかったな、変なことを言って。」「全くだよ。」オレリアの悪態に二人も笑った。―――「今回の件で、敵の幹部から明確に『欠片を狙っている』という言葉が聞けたからな。戻ったら、他の隊長たちにも共有するつもりだ。もっと力を入れて対応してくれることだろう。…特にローザはな。」「…」バシリアは勿論のこと、これだけ証人がいるのだ。信じてくれれば…と思うブローニャ。「今回は奴らの意図する通りの展開になってしまったのかもしれない。…だが、次は無い。」バシリアの真剣な目に、ブローニャとオレリアも応える。「あぁ。」「当たり前だ。借りは返さなきゃ気が済まねぇからな。」そうして決意新たに、夜も更けていくのだった。


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