【2話】初戦闘と決意


「そういえば自己紹介がまだだったわよね。」ブローニャの引く馬車に揺られながらチェリが口を開いた。城下町を出て暫く進んでいたが、景色は平原に森に、代わり映えのしない景色が続いていた。「私はチェチーリア。チェリって呼んで!」チェリの言葉に呼応するようにヘザーも口を開く。「あたしはヘザーだ。」そして二人の視線がデジャへと集まる。その視線に逃れられないと悟ったデジャは、面倒くさそうに口を開いた。「…私はデジャだ。」そしてチェリはヘザーに向き直る。「あんたも学生でしょ?どこに通ってんの?」「行ってない。」「え?」「学校はやめた。2年くらい前から山奥の小屋で狩猟生活してたんだ。師匠のおっさんの元でな。」「え…なんで?」「サバイバル術を学ぶため…っつーの?結局生きていくためには、勉強よりそっちの方が大事じゃないかって思ってさ。」「へぇ…。ご両親は?」「親は酪農やってるよ。まぁ…学校辞めるなんて勿論めちゃくちゃ反対された。今もちょっと絶縁状態で…。今回のことも、何も言わずに出てきた。」「え!?大丈夫なの!?」「んー…多分後でしこたま怒られるだろうな…。あはは!さっきのおっさんが伝えといてくれるっつーから大丈夫じゃねえの?…でも、自分のことは自分で決めたいんだよな。」「…!」チャラチャラとした見た目に反して、しっかりと自立してるんだなと感じたチェリ。自分の意志で、自分の選択で生きているヘザーを見て、ただ流されるままに生きてきたチェリは自分が恥ずかしくなった。「お前は学校通ってるんだ?」「え?あぁ、まぁね。」「学校楽しいか?」「!」その問いに思わず固まってしまった。それを見て察するヘザー。「…あー…その様子だと…なんかありそうだな…。」「べっ、別になんでもいいでしょ!!そんな気まずそうな顔しないでよっ!…どうせ私は、何の面白味もない、一般家庭で育った、ただの学生よ。」「…あ、そう…。」目を反らしながら答えるチェリを見て、何やらコンプレックスを抱えてるのであろうことに気づくと、これ以上聞いてやらない方がいいかと、ヘザーはデジャに話を振った。「あんたは?何してる人なの?」「…私のことはいい。」まるで会話に入りたくない、とでも言うようにつっけんどんに返すデジャ。「そいつは秘匿部隊に所属してる。」ブローニャが馬を走らせながら勝手に答えた。「お前勝手に…。」「ヒトク部隊?って何?」「あたしも知らねぇ。」「王国を陰から守る部隊だ。言わばダークヒーローってやつだな。」「えっ!?何それかっこいいじゃん!」「あんたすごいことやってんのね!?」はしゃぐ少女二人に若干気まずそうに服に顔を埋めるデジャ。「…そんな誇れるような仕事じゃない。…時には、手を汚すことだってあるしな。」そう言ってデジャは、己の掌を見つめる。「…」ブローニャは大親様から聞いたデジャの記録情報の確認結果を思い出していた。デジャの過去の経歴を調べたが、1年前に秘匿部隊に入隊した以前のことは何もわからなかった。城下町ではない外部から来た存在ではあることは間違いないのだが、出身や経歴は本人が話したがらなかったため記録に無かったという。「(…少し、注意しておくべきか…。)」ブローニャが背後のデジャを警戒する中、デジャの暗い顔に少し気まずそうにしながら、チェリがブローニャに話を振った。「ブローニャは兵士なんでしょ?いつから入隊してるの?」「私か?」不意に話をふられたブローニャは一度思考を停止する。「…私は、赤ん坊の頃に親に捨てられてな。あの城下町の門の前で、大親様に拾われたんだ。」「オオオヤサマ?」「私達を見送ってくれた兵士長がいただろ。ヘザーが“おっさん”と言った奴だ。」「えっ!?あの人そんな偉いのかよ!?」ついヘザーが立ち上がる。「構わんさ。おっさんはおっさんだ。…私にとっては親父代わりだがな。」「そうなんだ…。」ヘザーがすとんと座り直す。「物心ついた頃から兵士として訓練させられていたな。入隊したのは14の頃だったか。」「ん?そもそもブローニャって今いくつなの?」「21だ。」「えっ!?」「えっ…?」「もっと年上かと思った!」「!?……老けてるってことか…!?」ショックを受けたように振り返るブローニャ。「えっ!?違う違う!!大人びてるな~って思ってただけ!なんかほら!すごいしっかりしてるし!」ブローニャの反応に慌ててフォローを入れるチェリ。「そういうお前は何歳だよ?」「え?私18。」「18!?」「!?そう言うあんたはいくつなのよ!」「同い年かと思った…あたしはもう少しで17。」「大して変わらないじゃない!!」「年上かよ…。」「何それどういう意味よ!?」「デジャは19だったな。」ブローニャがまたしても勝手に答える。「だからお前…、」「まぁそれは納得。」「そんな感じだな。」「…」その答えに何とも微妙な気持ちになるデジャだった。「今何の話してたんだっけ?」などと話していると、ブローニャが道の先の何かに気づいた。道を塞ぐように木の板が張り巡らされており、唯一通れる箇所には男の集団がいる。数は4人。「なんだ?アレ。」ヘザーもそれに気づいてブローニャのいる方へと身を乗り出す。「何なに?」つられてチェリもそちらを見る。「…」ブローニャはそのまま、男達のいる方へと馬車を進めた。「ちょっと待ちな。」男の内の一人が馬の前に立ち、ブローニャたちの行く手を塞いだ。「荷物を確認させてもらうぜ。」そして付近にいた男達が一斉に馬車を取り囲む。そして、その内の二人が馬車の中に手を伸ばした。「ちょっ…と!!何してんの!?」「何人の物勝手に触ってんだよ!!」大事な食料や道具が入った箱を触られ、チェリとヘザーが威嚇する。「知らないのか?ここは関所だよ。怪しい物が無いか、少し調べるだけさ。」「ブローニャ!」「…今は従え。」ブローニャの指示に、渋々といった風に荷物から体をどかすチェリ。ヘザーは未だ男達を睨みつけている。デジャは黙って座りながら、男達の動向を逐一監視する。おとなしく座ったままのブローニャに、前方に立ち塞がった男が声をかけた。「あんたらどっから来たんだ?見たところ、お嬢さん方ばっかりじゃねえか。」「…城下町からだ。ちょっと仕事でな。」一通り荷物を確認した後でも、男達はその場を離れない。「悪いんだけどなぁ。ここを通りたいなら通行料を支払ってもらわなくちゃならねえんだが…。」通行料だ?怪しさ満点のその男の言葉に思わず反論する。「そんな話聞いたこと無いがな。」「最近設置されたんだよ。俺達は王国に雇われてるもんだ。」王国からだと?そんなわけがあるか、どう考えても作り話だ、とは思ったが言葉を飲み込むブローニャ。「…言うことを聞かない場合は、実力行使しても良いって言われてるもんでな…。」そう言って男は懐から短刀をちらつかせる。男達も距離を詰めて来た。それを目にしたチェリとヘザーは体を強張らせた。「…」ブローニャは話を鵜呑みにしたフリをして、金額を問うた。「…そうだったか。失礼した。いくらだ?」「そうだなぁ…その、荷台に乗ってる荷物全部、ってのはどうだ?」男がそう言い放った瞬間、馬車一帯を纏う空気に緊張が走った。荷台にいたチェリとヘザーは冷や汗をかいている。ブローニャは鋭い目で男を見つめる。「通行料にしては随分と高いんじゃないか。」「そうかい?」とぼける男に、彼女は声を低くする。「…本当にこれは、正式な関所か?」「さてな。」そこから睨み合いが始まった。チェリはその剣呑な雰囲気に息を詰める。だが少しして、ブローニャがそれを壊した。「デジャ、やめろ。」その視線の先には、荷台で後ろ手に武器を持ちながら立ち上がらんとするデジャが。ブローニャに指示され、素直に動きを止める。ブローニャは深いため息を吐くと、自らが身につけていたカバンの中を漁り出す。「本当は少しでも節約したいところなんだがな…。」そう言うと、やたらと重量のある巾着を開く。金属音を響かせながら、そこから何かを取り出す。「これで勘弁してもらえないか。」そう言って差し出した彼女の手のひらの上には、3枚の金貨。そして男の目を見つめる。「―――…。」男は、意外にもそれで納得したように、手のひらの品を受け取った。そして、馬の前から体をどける。それを見た他の男達も、馬車から距離を取った。ブローニャはそれを確認してから馬を走らせた。馬車は、男達を置いてどんどんと進んでいく。「~~~なんなのあいつら!!」「いいのかよ、ブローニャ!!」「…」背中に抗議の声を受けながらブローニャはそのまま馬を走らせていく。「良いわけないだろ。」ブローニャの一声で静かになると、3人はすとんと座り直した。
――――馬車を見送った後、一人の男が金貨を受け取った男に近づいていく。「兄貴、なんでそれっぽっちで通しちまったんすか。」「…奴等、なかなか良い身なりをしていた。」「えっ?」「それに、荷物も質の良さそうな物ばかりだったろう。そしてあの馬を引いていた女…―――随分と肝が据わっていた。王国で高い身分にあるヤツだったらかなり厄介だ。ここから城下町までさほど遠くはねえ。後で報復でもされたらかなわねえからな。この金貨は、なかなかの値打ちもんだ。これで儲けたと思っとくのが利口な方法さ。…なに、カモはいくらでもいる。アレに固執する必要はねぇって話だ。」
――――「あっ!村だ!!」チェリが荷台の前から身を乗り出しながら叫ぶ。その視線の先には、夕陽に照らされた小さな村が広がっていた。「わ~~~なんかわくわくするわね!」「はしゃぐなよ、ガキか。」「あっ、あんたに言われたくないっ!」「取り敢えず宿を見つけて飯にするか。」そう言ってブローニャは馬車を停めた。――――「えっ、じゃあ何?あいつら、あそこでああやって金もぎ取ってんの?」チェリの言葉に、飯屋の女主人は眉を下げて頷いた。宿を確保した4人は近場の飯屋に入店した。そこの店主と客達に先ほどの関所の話を聞いたところ、やはり偽物であることが判明した。「そうなんです…。この辺り一帯は、作農をするにはあまり適さない土地なので、多くの村民は手作りの工芸品を城下町まで運んでいき、それを売って収入を得ているんですが…。それを…勝手に関所だと称して、ああして道を塞いではお金を取るようになりまして…。」「それはいつからだ?」「そうだなぁ…3か月ほど前からかぁ?」「…誰か王国の方へ報告はしてないのか?」「…そんなん報復が怖くて誰も言えやしねぇよ!村が襲撃でもされたらたまったもんじゃねぇからな!」「それもそうか…・。」「なんだよそれ!すげぇムカつくな!!」「楽して金儲けしちゃってさ!何が“関所“よ!!」「はっ!王国付きの兵士である私に対して“王国に雇われた”等…舐めたもんだな。」悪い笑みを浮かべるブローニャ。「行くか?」デジャからの問いに「当たり前だろ。」と即答するブローニャ。それを聞いたチェリが焦ったように問いかける。「えっ!?行くって何!?」「奴らのアジトだ。彼らが秘密裏に調べてくれて、場所はわかってるそうだからな。襲撃するぞ。」「!?」「何驚いてんだよ。お前だってムカついてたじゃねぇか。」「で、でも結構強そうだったわよ…!?」「安心しろ。私にはこれがある。」そう言ってブローニャがどや顔で懐から取り出したのは、手帳のようなもの。「兵士に支給される身分証のようなものだ。列記とした王国付きの兵士の証だ。ほら、ここに王が押した判も入ってる。これを見せて『王国にチクるぞ』って脅せば奴らも従わざるを得ないだろう。」おぉ~~~!とヘザーや店の客達が湧いた。だが、チェリ一人だけ浮かない顔だ。「何よりあんな奴らに金貨3枚も無駄にしたくない。」「それが本音だな?」「あんた結構ケチだな。」「“節約家”と言ってほしいな。いいか!私がお前らの財布を握ってるんだからな!今後旅の中で、良い宿に泊まるも、旨い飯を食うも、全ては金次第、私次第と覚えておけ!」兵士の身分証を見せつけてきたブローニャに、はは~~~!とヘザーが両腕と共に頭を下げる。「なんだこいつら酔っぱらってんのか?」と笑う客の中で、一人の客が心配そうに声をかけてくる。「勿論、追っ払ってくれたらありがたいけどよ…。本当に嬢ちゃん達だけで大丈夫か…?俺たちゃ別に嬢ちゃんたちを危険に晒してまで頼みは…」「心配してくれるな。」ブローニャが強気な笑みでその客に宣言する。「結果だけ持ち帰ってくるさ。」
――――飯屋を出て宿に向かい、馬車の荷台をごそごそと探りながら武装を整えていると、ブローニャが振り返った。「チェリ、お前は宿で待機しててもいいぞ。」「えっ…。」その言葉にヘザーとデジャも振り返る。「当然危険も付き物だ、無理強いはしない。不安があるのであれば待機してても構わない。これはただの“寄り道”だからな。」「…でも、」「…別に、無理して行くことねぇよ。」あのヘザーさえ、チェリを気遣う始末。それにますます自分が情けなくなるチェリ。「いっ…、行くわよ!大丈夫!!」そう言って荷台からナイフを数本取り出すと、己のカバンへと突っ込んだ。
――――森の奥の古ぼけた小屋に、その男達はいた。「へへっ!上々だな。」男達は大量に集めた金貨の枚数を数えていた。その周囲には関所で奪い取ったのだろう物も散乱している。「ナイフちらつかせて脅すだけでこんなだぜ?全くいい“仕事”だよ。」すると突如、扉をノックする音が聞こえた。男達は訝しむ。こんな夜中に、しかもこんな森の奥に来客など来る筈がない。警戒しながら一人が扉をゆっくりと開ける。だが、目の前に立つ人物の顔を見て驚愕する。「お前昼間の…!」ブローニャの姿を見てすぐに気づく男。動揺する男達に、ブローニャは自らの身分証を見せた。「私は王国付きの兵士だ。」「!」「お前らの話を近くの村人に聞いた。3か月前から王国所属の者を“名乗り”、不当に金を徴収しているそうだな。…このことは、王国側へ報告させてもらう。」後ろで話を聞いていたチェリは緊張していた。男達が逆上して襲ってこないか不安を感じていた。「…おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。俺達は列記とした…」「ならばこれと同じような証明書をお前達も持っている筈だ。見せてみろ。」「…!」後ろで男達が不穏な動きをしているのが見えた。「この女…!調子に乗りやがってッ!やっちまえ!!」リーダー格の男が襲い掛かってくる。「ブローニャ!!」思わずチェリが声を上げる。すると、ブローニャの横から飛び出したデジャが、素早い動きで男に駆け寄ると、男の懐にするりと入り込んでいく。手首の内側に手刀を食らわせて、その手から短刀を落とした。そして脚部に蹴りを入れて、ぐらつき屈んだ男の腕を掴むと、そのまま流れるような動作でその体をひっくり返し、組み伏せた。あまりにも早いその動きにチェリが呆気に取られていると、ブローニャが鞘から抜いた剣で向かってきた男のナイフをはじき落とし、その切っ先を男の喉元へ向けていた。そうしている間に、ヘザーの元へも男が迫っていた。ナイフで攻撃しようとした男の腕を、ヘザーは自らの腕でガードして、阻止した。「ヘザー…!」膠着状態の中、チェリが慌ててヘザーを助けようとするが、どうしたらいいかわからない。その間にデジャが背後から男の元へ近づくと、跳び上がって男の首に足を引っかけ、そのまま捻るように体を倒した。その直後、ブローニャは男が落としたナイフを拾うと、扉の方へ向かって投げた。「ぐあッ!!」という音と共に男が倒れる音がした。逃げようとした男のふくらはぎにはナイフが突き刺さっていた。「…」ものの数秒間の出来事だった。ブローニャとデジャ、殆ど二人で男達を制圧してしまった。ヘザーは自分が上手く立ち回りが出来なかったことを悔やんだ。チェリは、何も出来ないまま突っ立っていることしかできなかったことに絶望していた。ブローニャがリーダー格の男へと向き直る。「こいつらを連れて、ここから立ち去ることだ。そして二度とこの地を訪れるな。」「…クソッ…!わかったよ…!」そう言って伸びた男や負傷した仲間達を連れて、男達は去っていった。「…いいのか?」デジャがブローニャに話しかける。「私達も先を急ぐ。縛り上げるとしても、村人に王国まで運ばせるのも心配だ。村に戻ったら、念のため王国には手紙を出しておく。城下町の兵士が見回りに来てくれるかもしれない。…何、奴らもまたここで、悪事を働こうとは思わないだろう。村人たちも、金貨が帰ってくるだけで十分な筈だ。」二人の会話を聞きながら、ヘザーとチェリは悔しそうに己の拳を握り締めていた。
――――「気にするな。」「!」次の日の朝に、村で食事をしていた時のこと。何か考え込むようなチェリとヘザーを見かねて、ブローニャが声をかけた。そんなブローニャをデジャが見る。「お前達に圧倒的に足りないのは実践経験だ。初めての現場じゃあ、ああなっても仕方ない。私も初めはそうだった。」「…」慰められているのだと気づいて、情けなくなった。何も出来なかった。どころか、守ってもらってしまった。「無謀に突っ込む奴よりはましだ。…実際の戦闘は、学校や訓練で教えてくれるものとは違う。相手が違えば戦法は違うし、手にする武器も、力量も、癖も違う。卑怯な手を使ってくる奴もいるだろう。大事なのは、“しっかりと見て”、“見極めること”だ。」「見極める…。」「まずは見ろ。見て学び、見て盗め。…料理でもなんでも、職人の手さばきや動きを見て学べというだろう。戦いにおいても同じだ。生の戦闘を間近で見て、己の学びとしろ。そうすれば、お前達がこれまで身に着けたことが必ず活きてくる。無駄にはならない。」「…」「それにな、誰しも得意不得意や、適材適所がある。それぞれが出来ることには限界があるし、役割というのもな。…お前達は、自分の出来ることを、出来る場所でやればいい。手の届かないところは、仲間に頼ればいいんだ。」「!」確かに昨日の戦闘でも、ブローニャとデジャが互いの手の届かない部分を補い合っていた。「チェリ、お前は昨日、奴らを『強そうだ』と言ったな。」「え…?」「私からすれば、武器をちらつかせて脅すだけの、戦闘に不慣れな奴らに見えた。」「!」「そういうことも、直にわかってくるさ。」「…」不安そうなチェリに、真剣にブローニャの話を聞くヘザー。二人を見てからデジャは残りの料理にありついた。
――――ブローニャは『そういえば一番肝心な盗人たちの情報を聞き忘れた』と言って、ヘザーと共に村の人達へ話を聞いて回りに行った。その間にチェリとデジャは荷物を馬車に積み入れていた。作業が終わったチェリは、城下町から連れてきた馬―――ディーンという―――に、ニンジンをあげるデジャをちらりと見る。「…何か言いたいのならはっきり言え。」「!!」盗み見ていたつもりがバレていた。「べっ…別に…、」慌てて誤魔化すチェリを、今度はデジャが黙って見る。そして少し考えた後、ぽつりと呟くように言った。「…別に、恥じることは無い。」「!」その言葉にバッと振り返るチェリ。「あいつも言ってただろう。誰しも最初は怖い。それは『未知なことが多い』からだ。…私も、脅えて何も出来なかったことがある。足がすくんで、体が動かなくて、目の前で―――…、…いや、」言い淀むデジャ。何か言いたくないことがあるのだろう。だが、彼女なりにチェリを気遣い、何か伝えようとしてくれているのだろうことはわかった。少し目を伏せた後に、これだけは言いたい、とばかりにチェリを見るデジャ。「ともかく、自分にとって後悔の無いようにやることだ。」「…!」「…だが、冷静さを失わないことだ。それから、無理をする必要はない、…と思う。…焦りは、己の足を掬う。下手をすると、周りの奴さえも。」何かを思い出すように遠い目をするデジャ。「経験を積めば、自ずとわかるようになる。…地道にやるしかない。何事も、近道なんてないんだからな。」冷たい言葉を放たれるものだと思っていたチェリは、彼女の本質を見誤っていたのかもしれないことを恥じた。チェリは、その彼女の答えを素直に受け取った。おそらく、慰めや励ましなんかではない。彼女の、ただの素直な意見なのだろう。それがチェリは逆に嬉しかった。「…ありがとう、デジャ。」「…別に、礼を言われる筋合いはない。」そうしていると、ブローニャとヘザーが帰って来た。「どうやらこの村にも来ていたらしいな。黒ずくめの男3人が目撃されていた。」「!」「やはりこのルートに沿って向かっているようだ。」例の盗人が落とした地図を開きながら言うブローニャ。「…」地図に記された印を見て、デジャは目を細める。「じゃああいつらも通行料払ったってこと?」「ぶはっ!」噴きだすヘザーを尻目にブローニャが冷静に返す。「…それはどうだかな…。」「ともかくさっさと行くぞ。」そう言って馬車の前部に乗るデジャ。「デジャ?」ブローニャが不思議そうに見ると、デジャが淡々と答える。「お前、昨日は王国を出てからずっとだったろ。」「!」「…馬車の操縦くらいなら、私も出来る。次の町までくらいならやってやる。」「へぇ!良いとこあんじゃん!」少し驚いた素振りを見せるブローニャだったが、後ろから聞こえるヘザーの言葉を聞いてふっと笑うと、その不器用な優しさに「すまないな。助かる。」と答えた。「…別に。疲れて戦闘で役に立たなくなったら困るだけだ。」目を反らしながら答えるデジャを見つめるチェリ。最初はちょっと不愛想で怪しい奴だな、なんて思ってたけど。さっきの言葉と言い、人を見かけで判断しちゃいけないんだな、なんて思いながら荷台へと乗り込んだ。
――――「皆、ごめん。」馬車に揺られながら暫くした頃、唐突にチェリが若干俯きながら謝罪の言葉を放った。「なんだよ?いきなり。」「昨日、何も出来なくて…。」その言葉に皆の視線が集まる。「だからそれは気にするなと…。」「私が嫌なの。」「!」チェリは膝の上に置いていた己の拳を握り締めた。「…思ったの。私が動けない間に、誰かが負傷する可能性だってあるのよね。」「…」昨日見ていて思ったのは、ヘザーがあのまま押し負けていたら負傷していたかもしれないということだ。「…このメンバーに選んでもらえたからには、私も出来ることをやる。何より、後悔の無いように。」ブローニャを見、デジャを見て宣言をする。二人とも、真剣な眼差しでチェリを見返す。「私、強くなる。体も心も。」その言葉に、思わず顔を綻ばせる二人。「…あたしも。」ヘザーも強い意志の篭った瞳でチェリに続く。「足手纏いにはなりたくない。…それに、あたしもやらなきゃいけないことがある。強くなる。」「…」ブローニャはその瞳の奥に煮えたぎる炎を見逃さなかった。「…私は、そういうお前達だから選んだんだ。」「!」「楽しみにしてるぞ。」そう言って強気に微笑んだブローニャに、チェリとヘザーも挑戦的な笑みを浮かべた。デジャが空を見上げると、どこまでも果てしない青空が続いていた。


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