本部に戻ってきたバシリア達一行は、長旅で疲れた体を一先ず癒していた――――…筈だった。「何してんの?」朝食を食べ終えたチェリがヘザーと一緒に本部の渡り廊下を歩きながら何かを見つける。その視線の先は訓練場で、バシリア含め兵士達が訓練に勤しんでいた。そこに混ざっていたのは、同じく訓練着を身に着けた、オレリア、デジャ、ジタ、ブローニャだった。「朝からいないなと思ってたら…。」「…」その様子を見ながらじっと何かを考えるヘザー。「あれだけ嫌がってたのにね、訓練。しかもオレリアまで…。」先日本部に訪れた際は参加するのを嫌がっていたのにどういう風の吹き回しだろう。今や真面目に訓練に取り組んでいる。そんなチェリの疑問に答えるようにヘザーが自己の推論を述べた。「まぁ怪我から復帰してのリハビリってのもあるかもしれねぇけど…。…あたし的には、ヒルデとスーシャとかいう奴と出くわした後、皆なんかちょっと変だったから…それが関係してるんじゃねぇかなと思うぜ。」「…」あの時、彼女達がどこか悔しそうな表情を浮かべていたように見えたのは、気のせいではなかったのか。きっと優しい彼女達のことだ、強敵と対峙したことで、他の誰かや、自分達を守るためにはもっと強くならなければならないと思っているのかもしれない。4人とも、自分達よりも先を行っているような気がする。ヒルデから『ガキ』扱いされて、脅された自分達ならば当然か、とも思わなくもないが…。ヒルデ達と遭遇したあの日の夜、チェリとヘザーは互いの想いを確認し合っていた。――――「お前は?怖くねぇの。」ヘザーとチェリは夜中抜け出し、星空の下で話をしていた。「流石にスーシャに追われた時はやばいと思ったわよ!もしかして死ぬ?くらいには思ってたし。その後のヒルデの脅しも結構怖かったしね…。…でも、もうとにかくなんとかするしかないなって。…私だって、皆のこと失いたくないから。何度でも言うけど、私だけ引くなんてのは絶対にありえない。ジタだって、本当なら関係ないのに協力してくれてる。優しくて、良い人ばっかりで、かっこいいあの大人達に、私は食らいついていきたいの。」「…そっか。」「あとなんか…ヒルデの言葉思い出すうちに腹立ってきたのよね。」「は?」「私だってそれなりにやるのに、…生半可な覚悟でここまで来てないのに、あんな脅しで引くとでも思われてるのが。」「!」「しかもジタの右目やった奴だって言うじゃない!!皆も怪我させられて…多分、被害に遭わされた人も他にもいるんだって考えたら…――――許せない…。」「…」チェリの表情に珍しく怒りが帯びる。「『神の力』の話が本当なら、やっぱり悪党達に渡しちゃいけないのよ。」「…そうかもな。」どこかそっけない返事に違和感を抱いたチェリは聞き返す。「あんたは?」ヘザーは俯きながら静かに答える。「あたしは…正直、ちょっと怖い。」「!」「自分が敵を、っていうより…この先進んだら、もしかしたら…誰かが死んじゃうんじゃないかってことが。」「ヘザー…。」苦しそうな顔で己の両手を握り締めるヘザー。「あんなやばい奴がいて、あたし達のこと殺しに来るかもしれないって考えたら…。…復讐は復讐でやり遂げたいと思ってる。そこは変わらない。…でも…本当は、引けるなら皆で引きたい、…とも思ってる。…姉ちゃんと同じくらい、…今は皆も大事だから…。」「…」ヘザーの脳裏に浮かんでいるのであろう、皆の笑顔がチェリの脳裏にも過る。その時チェリは何も言い返すことができなかった。――――「ヘザー。」訓練する皆を見つめたまま、チェリがヘザーに呼びかける。「ん?」「…欠片が全部、悪党達の手に渡ったら…もしかしたら人類滅亡とか、世界崩壊、とかになる可能性もあるのよね。」「あぁ?…んー…どうだろうな…。それこそそんなおとぎ話みたいなことあり得るか?」「そうでなくとも、あの人達が“大きな力”を手にすれば、私達含めて、皆が生かされるかどうかもわからない。」「!」そしてチェリがヘザーに振り返った。「皆が生きて、皆で食い止めて…“最善”の方法で、“最悪”を防げばいい。…少なくとも、今は皆生きてる。」「…!」「ここまで来ちゃったんだもん。もうあとは突っ走るだけでしょ!皆で行けば怖くないわよ!あんたには私もいる、皆もいる!皆には私がいる!だから大丈夫!」そしてチェリがにっと笑う。「それに、今からそんな不安になったってしょうがないわよ!だったらその不安がなくなるまで、強くなればいいだけじゃん!」そして訓練する皆を強気な表情で見つめる。「…私も、もっと強くなりたい。」「!…お前…。」あの時の自分に対して言っているのだと気づくヘザー。「(…本当に変わったんだな。)」とヘザーは思う。有事の際の対応や、咄嗟の判断力と行動力。おまけにこんな前向きで強気な言葉を言い放つなんて。あんなに頼りなかったチェリが、今はとても頼もしく見えた。「(お前は十分強いよ。)」口には出さないが、心の中でそう思うと思わず笑みが零れるヘザー。そしてチェリと同じように訓練場に向き直るヘザー。「…あたしだって、あの時はああ言ったけどな!あんなの一時の迷いだ!」「え!?そうなの!?」「“最善”の方法…か。…お前の言う通りだ。前に進むしかねぇからな。後悔しないように、あたしもあたしの全力を生きる。要は、誰も死ななきゃいい話だ。」「!…そうよ!」「しかもこれやり遂げたらあたし達ヒーローじゃねぇ!?」「そうよね!!かかった時間と労力考えたら、めちゃくちゃ報酬貰ってもいいくらいよ!!」「うっし!なんかやる気出てきた!!そうとなればあたしらも特訓だ!!」「やるぞー!!」そう言って二人で皆の元へと走り出した。
――――「も…もうだめ……」「や…やべぇって、本場の兵士の訓練…!!」1時間後、芝生の上で、ぜーぜーはーはーとぐったりするチェリとヘザーの姿があった。「へばるのが早いぞ!」「まぁそりゃ、普通の兵士達とは違うからな、こいつら。」「寧ろよく頑張ったもんだ。」少し疲れた様子の大人たちが二人を見下ろす。「なっ…なんなの、あんた達…!」「あたしらより先に始めたのに…ピンピンしてるじゃねぇか…!!」「そりゃ“経験”が違うから♡」「“年季”、の間違いじゃないか。」「あぁ!?」「まぁ私も一応兵士だしな、デジャだって似たようなものだし。」「体力無けりゃ旅なんて続けられねーよ。」そんな大人達を見て、年齢だけではない差を歴然と感じた。「も…燃えてくるじゃない…!」「マジかよ?」「でも今は休憩……。」起き上がりかけた体をばたっと伏せるチェリ。「ははっ!まぁ長旅の後だ。無理はしない方がいい。一先ずひとっ風呂浴びて休め!」そう言うバシリアの一言で一先ず本日はお開きとなった。
――――「バシリア隊長!」「どうした?」着替えを終えたバシリアが執務室へ向かっていると一人の部下が駆け寄ってきた。「ローザ隊長が戻ってきました。」「!」そして落ち着いたであろう頃に、ローザの元へ向かうバシリア。執務室の扉を開くと、書類を整理しているローザの姿があった。「バシリアか。2週間ぶりくらいになるか?」「あぁ。そっちはどうだった?」「有力情報を辿って行ったが、もぬけの殻だった。…やはりアジトの探索は厳しいな。もう少し精度を上げないと無駄足になる。だが近くに他のチームがいて、そっちは鎮圧することに成功した。」「そうか…。」「そっちは?オリバーと一緒に盗人のアジトを襲撃したとか聞いたぞ。」「あぁ。こちらもメンバーはほぼ捕えられた。その後はオリバーの方に任せていてな、収監して情報を聞き出しているようだが…そっちからも有力な情報は得られていないようだ。」「そうか…奴らもなかなか尻尾が掴めんな。」「あぁ。逃げるのも隠れるのも、…尻尾切りも上手い。」「全く厄介なものだ。」話が一区切りついたところでバシリアが切り出す。「それからだな…一つ伝えておきたいことがある。」「なんだ?」「先日、ヒルデ、スーシャと遭遇した。」「なに…!?」そして執務机に座ったローザに、バシリアはその経緯と、ヒルデとスーシャが明確に“欠片を狙っている”旨の発言をしていたことを伝える。全て話終えると、ローザは瞑っていた目をゆっくりと開いた。「…欠片とやらについてはわかった。今後は私達も情報収集をしよう。」「!そうか…!」ぱあと顔が明るくなったバシリアに対して、ローザは依然として冷静に目を伏せていた。「ただ、二人をみすみす取り逃がした点については看過できないな。特殊兵士部隊長が聞いて呆れる。」「…すまない。それに関しては…何も言い返せない…。」「奴ら脅威だけでも排除できれば、今後動きやすくなるだろうに…。」「…」「奴らの後は追わなかったのか?」「部下に追わせたが、…見失ってしまった。」その言葉を聞いてため息をつくローザ。「…悪いがバシリア。厳しいことを言うぞ。」「!」「あのわけのわからない連中にかまけているからこんな事態になるんじゃないのか。」「…!――――…今回の不手際については私の責任だ。寧ろ彼女達はよくやってくれている。あの幹部二人だって、彼らのおかげでもしかしたら、という可能性もあった。」「どうだかな。」「…欠片の話はしただろう!もう少し彼女達を信用してやっても――――」「欠片の話が、奴らを信用することとなんの関係がある。…そもそも今回だって、その欠片は無かったんだろう?お前は無駄足を踏まされただけだ。それが意図的である可能性だって無くはないだろう。」「ローザ…!」「もういいだろう。疲れてるんだ。今日はこのくらいにしてくれ。」「…」そう言って部屋を追い出されたバシリア。「…なんでお前はそうやって…。」だが小さな声は扉にさせぎられて届くことはなかった。
――――「あっ、ヴィマラ!」汗を流したチェリ達がいつもの会議室へ入ると、そこにはヴィマラ、サイ、ムダルの姿があった。「いないと思ったらこんなところに!」「サイ、ムダル、お疲れ~!」明るく声をかけるチェリ達とは対照的にどこか浮かない表情をしている3人。「どうしたんだよ?なんかあったか?」「…実は、」そうヴィマラが何かを言いかけた時だった。再び扉が開いて、そこからバシリアが現れる。「呼んだか?」だが、立ちっぱなしの皆を見てきょとんとした顔をする。全員がそろったことを確認すると、ヴィマラは真剣な表情で皆に告げた。「皆さん、お話があります。…一先ず、お座りください。」―――皆が各々席に着席すると、ヴィマラが重々しい口を開いた。「ネイラからの情報がありました。」「!」「ネイラってあの、悪党組織に密偵に入ってるって人?」「そうです。何か情報があれば、本部に常駐するバシリアの部下へ伝書を送るように伝えていました。…それが、どうやら数日前に届いていたようなのです。昨日、先に戻ったサイとムダルが、その内容を確認しました。」「…それで?何が書かれていたんだ?」デジャからの問いに、ヴィマラが重々しく口を開いた。「…悪党達が、ここから南の森奥深くにある、“イコッカ村”を襲撃する…と。」「!」その言葉に皆が目を丸くする。その反応を見ながらヴィマラは続けた。「…どうやら、過去に悪党組織を抜けた男性が、そこに潜んでいるとの情報を得たらしく…。その男性は行方をくらます際に、欠片を一つ、持ち去っていたようなのです。」「…!」「かなり有力な情報のようで、襲撃に備えて、悪党側は人数を集めている状況のようです。その組織を抜けたという男性を捕まえて、欠片の場所を意地でも聞き出すつもりなのでしょう。」「それってまさか…。」皆の頭の中に、ヒルデとスーシャの顔が過る。それを察したヴィマラが首を振る。「…どうやらあの二人では無いようです。流石に幹部を連れ出すほどの事態ではないとか。幹部の人間は基本的に、人の前に出る仕事はしませんから。…でも、組織の中でも手練れを用意するようです。少なくとも、戦闘に長けている“集団”を選出していると。」「…なるほどな…。」「…でもそれって、村の人達も巻き添えにするつもり…!?」「!」もしかしたら例え無関係であったとしても、デジャの集落のように、村人達も巻き込まれて襲われてしまうかもしれない。ブローニャ、チェリ、ヘザーは心配そうにデジャの表情を窺った。「…食い止めるべきだ。」「!」デジャが顔を上げ、バシリアに問う。「そうだろう、バシリア。」バシリアは顎に手を当てて何やら思案していたが、顔を上げると、デジャの目をまっすぐと見ながら答えた。「それは当然だ。」そして皆の目を見る。「皆、協力してもらえるか。敵はおそらく、『神の力』を有しているだろう。」バシリアの言葉に、皆が肯定の目線を送った。それを確認し、頷くバシリア。そしてヴィマラを見る。「ヴィマラ、敵のおおよその人数はわかるか。」「いいえ。でも、10は越えるかと思います。下手したら20はいるかもしれません。」その言葉に思わずチェリが息を呑む。「決行日は?」「ネイラが手紙を送ってきた時点では、まだ人集めをしている状況でした。その情報が各人へ伝達し、集合して準備を整えてから村に向かうとして…少なく見積もっても、おそらくあと3~4日後かと。」「なるほどな…。どうやらすぐにでも出立する必要があるようだ。ここからだと…そうだな、2日はかかるだろうからな。急ぐ必要がある。」そうしてマントを翻してバシリアは扉のノブに手をかけ、開けながら伝えた。「私は人集めと準備に取り掛かる。お前達も仕度をしておいてくれ。昼過ぎには馬舎前へ集合だ。いいな。」バシリアの言葉に皆頷いた。それを確認すると、バシリアは部屋を出ていった。
――――「ふざけるな!私に奴らの手助けをしろというのか?」会議卓で打ち合わせをしていたローザの元へ向かったバシリアは、協力要請をかけていた。拒否の姿勢を見せるローザに対し、バシリアはテーブルに両手をついて身を乗り出すようにして詰め寄る。「聞いてくれ。どうやら悪党側が手配する輩が、相当腕の立つ奴等らしい。」「!」「村民保護のため、これ以上の被害を出さないためにも協力してほしい。」「…」だがバシリアの言葉にローザは目を細める。「その情報の信憑性は?」「例の悪党組織に密偵に入っているというネイラの情報だ。信じていいだろう。」「…はっ。どうだかな。」「なんだと?」ローザは立ち上がって歩き出す。「そのネイラとやら、今どこにいるんだ?」「…今は北西の山脈地帯に潜んでいるとか。」「そもそも、そいつがいるアジトを叩けばボロが出せる。違うのか。」「…お前も十分わかっているだろう。あの組織は一筋縄じゃいかない。アジトを一つ潰したところで組織の壊滅には至らない。…前にも言ったように、ネイラが潜入しているチームは、複数ある上層部組織の中でも極一部だ。悪党組織の全容の解明には至っていない今、そこを叩くのはリスクが大きい。ネイラにはまだ、上へ食い込んでもらわなきゃならない。」「…わかった。仮にその話については本当だとしよう。」「何…?」流石のバシリアも眉間に皺が寄る。そんなバシリアの隣に立ち、腕を組むローザ。「だがその“村の襲撃”というストーリーが、奴らの狂言だとしたら?」「!」「手薄になったここを敵が襲ってこないとも限らないだろう。もしくは、おびき寄せた私達を一網打尽にする気かもしれない。」「…ローザ…!」頑なに疑いの思考をやめないローザに対して、バシリアがついぞ我慢出来ずに名を呼ぶ。だが、ぐっと堪えてバシリアは提案方法を変える。「…でも、もし本当だとして…私達がそれを手薄な戦力で挑んだ場合、村民や兵士の中から、犠牲者が出るかもしれないんだぞ…!」「…」「お前は、村人たちを見殺しにするのか!?救えたかもしれない命を、失う覚悟があるのか…!?」バシリアの怒りの感情が混じった物言いに、ローザは静かに問いかける。「…それを言うなら、何かあった場合にお前は責任を取れるのか。」「勿論だ。私が責任を取る。」ローザの問いかけにバシリアは即答する。「これは私個人からの頼みだ。今回の責任は全て、私にある。」「…どうして、そこまでしてあいつらを信用できる。」「彼女達が信頼に値する人間だからだ。」「…たった数日で何を…。」「なぁローザ、時間が無いんだ。お前と、お前の隊員の実力を見込んで頼んでる。…頼む!この通りだ…!!」そう言ってバシリアは深く頭を下げた。「…」
――――馬を急がせ、道を進む。馬車に揺られながら、チェリがぼそりと愚痴をこぼす。「ねぇ。私嫌なんだけど。あのオバサン!」それを隣に座るブローニャが小声で制する。「こらチェリ!そういう風に言うもんじゃない!」「だって!」チェリの睨むような視線の先には、馬に乗ったローザの姿が。「仕方ないだろ、こっちも戦力が必要なんだから。」「やっぱり、なんだかんだ隊長やってるくらいだし強いんじゃねぇの?…あたしも嫌だけど。」デジャとヘザーがフォローなのかそうじゃないかといった言葉を投げる。「…でも、どうしてついてきてくれたんだろうな。」「まぁ村人が危機だっていうなら兵士としちゃあな。渋々じゃねぇの?」「なんかすごい疑いそうじゃない?」「確かに。『そんな話信じられるかー!』って言いそう。」そう言ってくすくすと笑い合っていると。「なんだ、悪口か?」「!!」馬に乗ったバシリアがニヤニヤしたように馬車を覗き込んできた。やばっ!と顔をしたチェリとヘザーがジタを指差す。「ジタが言ってた!!」「ばッ…お前らこの野郎!!」それを見て思わず笑うバシリア。「あっはは!まぁあいつには言わないでやるから安心しろ。確かに今回もかなり渋られたからな。」「…なんであんなに頑固なんだ、あいつは。」「まぁ元々慎重で疑り深い性格ではあったんだがな。…昔、あいつが若い頃…情報屋と名乗る人物が協力を申し出てきたことがあったんだ。『悪党達のアジトを特定した』と。そいつに連れられて、5人ほどのチームで森の奥へ向かったところ、敵の襲撃に会ってな。なんとかその場を収めたものの、仲間の兵士が2人殺されてしまったんだ。」「…!」「だが、それとこれとは関係ない。過去に囚われて、目の前の真実を見極めるための努力を放棄することは、部下を率いる隊長のすべきことじゃない。」あの優しいバシリアからは想像もつかないような厳しい言葉だった。同い年で、友人だからだろうこその言葉だった。
――――そうして馬車を走らせること数時間。大人数での野営となった。年齢層が少し高めな男性の兵士達ばかりで、ブローニャ達は若干肩身の狭い思いをしながら、食事を済ませると床についた。翌朝。チェリが慣れない環境での野営で、少し早く目が覚めてしまったため、リフレッシュしようと近くの川に顔を洗いに行った時だった。「げっ!!!」そこには、既に身支度を済ませたローザの姿があった。どうやら一人で朝稽古をしていたらしい。「…」はたと目が合ってしまい気まずくなる。チェリは硬い動きで体を反転させると、「お邪魔しました~…。」と言ってそそくさと立ち去ろうとした。だが、その時だった。「待て。」「!?」思いもよらずに制止の声をかけられ、びくりとその場で直立する。「お前にはずっと聞きたかったことがある。」「は!?な、なに!?」性悪隊長さんが私になんの用!?と思わず振り返った。凛とした顔の、鋭い目線がチェリを捕える。「お前の目的はなんだ。」「…は…?」そして見定めるようにチェリの頭から足の先を眺めるローザ。「…そんな軽薄な様相で、おまけに女で、若い。常々疑問だったんだが、何故こんなところにいる。何故あいつらと行動を共にする。大人しく母国に帰った方が身のためだ。」そして本当にこいつは戦力になるのか?と疑問に思っているようだ。チェリの包み隠さないあっけらかんとした性格を見抜いているのだろう、最後の一言はある種の恩情のように聞こえた。だがその言い方にカチンと来たチェリは体ごと振り返り、眉間に皺を寄せながら答える。「強くなるためよ!」「!」そう言ってどこからともなく飛び出してきたナイフが宙を舞い、ローザの目の前で止まった。ローザはそれに対して動じることなく、冷静に呟く。「…『神の力』、か…。」「でも今は、どっちかというと皆のため!!」「!」そうしてナイフを自分の手元に呼び戻し、それをパシリと手に取った。「正直私も、ヴィマラ達の話の内容は信じ切れてない!…でも、似た何かが確かに過去に起こったこと、“欠片”が悪党達の手に渡っちゃいけないものだってことだけは確かなんだと思うし、信じてる!っていうかそもそも、それが真実かなのかどうこうよりも、 “欠片”のせいで、今も誰かが傷ついてたり、誰かが死んじゃったりしてるって、その事実の方が大事なんじゃないの!?少なくとも私はそう思ってる!!それを止めなきゃいけないと思うし、だからこそ私はここから引かないし、先に進むの!皆だってそうよ!!」そしてそこまで言うと一呼吸置き、少しトーンを落として続ける。「ヒルデとスーシャと会って、ヘザーが言ってた。『本当は皆に先に進んでほしくない』って。私もそう思った。この先に進めば、ヒルデとスーシャみたいに、私達を本気で殺しに来るような人達と、戦わなくちゃいけなくなる時が来るかもしれない。もしかしたらこの先、命の危険だってあるのかも知れないって。―――それでも皆は、先に進もうとしてるの!!悪党達と戦う覚悟を決めて!!…犠牲が増えないように、自分達みたいに辛い思いする人が増えないようにって頑張ってるの!!そのために強くなろうとも努力してる!!そんな皆を私は守りたいし、手助けしたい!!」「…」本部に戻ってきたローザは、訓練場で稽古をするチェリ達の姿を見ていた。その時の必死な様子と、表情を思い浮かべる。「それから、この際だからこれだけは言いたいんだけど!!」何かのタカが外れたのか、歯止めが利かなくなったチェリはこのまま言ってしまえ!と勢いのままローザに告げる。「ブローニャはね、私の『強くなりたい』って想いを汲んで、非力で弱気な、実戦経験なんてこれっぽっちもなかった子供の私を、旅のメンバーに選んで、こんなところまで連れてきてくれたの!それだけじゃない、旅の合間にも沢山助けてくれて、いろんなことを教えてくれた!私が自分の目標を達成できるようにいっぱいサポートしてくれた!デジャとヘザーだってそうよ!!皆良い奴らなの!!それに、皆だってそれぞれ、自分の信念を抱えてここまで来てる!ヘザーはお姉さんの仇を、デジャは家族と仲間の仇を討つため、ヴィマラ達だって、本当は平凡に、自由に生きたいのに、それでも自分達の責務を全うしようってずっと頑張ってる!!ジタだって本当は関係ない筈なのに、私達のためにってついてきてくれてるの!!」チェリが想いを吐き出すのを黙って聞いているローザ。これまでの彼女からしたら意外に思えることであったが、カッと熱くなったチェリはそれに気づかなかった。「確かにあなたからしたら私達は得体の知れない人間かも知れない。でもね、そういう思いやりがあって、優しい――――私の友人達を悪く言わないでッ!!」はーっはーっと息を切らしながら全て吐き出したチェリは興奮冷めやらないまま、ローザを見つめる。黙ってじっとチェリをみたままのローザに薄気味悪くなったのか、一瞬息を呑むと、「失礼します!!!」と言って、ずんずんと足早にその場を立ち去った。「…」ローザはそれすらも、黙って見送っているのだった。―――そんな二人の会話を陰でこっそりと聞いている人物がいた。「…」木の幹を背にしたブローニャはチェリが先ほど放った言葉の数々を頭の中で反芻する。そして一人、嬉しそうに微笑むと、その場を立ち去るのだった。―――チェリが別の場所で顔を洗ってテントへ戻ると、何やらヘザーとデジャがにやにやして待っていた。それが気持ち悪くたじろぐチェリ。「な…何よ。」そうしてヘザーはチェリに近づくと、その肩に手を回した。「お前、あたし達のために啖呵切ってくれたんだって〜?」「!?」なんでそれを!?という顔をしていると、ブローニャがどこか申し訳なさそうに申し出た。「…すまん、私がたまたま遭遇してしまった。」「はあッ!?聞いてたの!?」「やるじゃないか、チェリ。」デジャも真っ赤になったチェリを見ながらにやにやする。「ありえないんだけど!!なんッ…馬鹿ぁ!!!」恥ずかしそうに怒るチェリに対して、ブローニャはふっと微笑んだ。「お前の思いは純粋に嬉しい。…ありがとな、チェリ。」「~~~~~!!」素直に感謝の気持ちを言われ、怒りの矛先がわからなくなったチェリ。「もう知らない!!」「あはは、怒んなって!」「うるさいッ!!」そうやってわいわいと笑顔で話すブローニャ達を遠目で見ながら、ローザは何事かを考えていた。
――――何もない草原の道をずっと進むと、とある町が現れた。「ここで昼休憩にしよう。」バシリアがそう言い、馬を止めると皆各々町に出てバラバラに行動を始めた。バシリアは副隊長を連れて、ローザと共にとある店に入った。「げっ!!」声のする方を見ると、ブローニャ達4人にジタを加えた5人が既に入店していた。「おぉ、お前達もここにしたのか。」「あぁ。旨そうだったからな。」チェリはメニュー表で顔を隠している。それを皆も気にしていたが、当のローザは気にせず着席した。それよりもと、視線を周囲に移動させる。何やらバシリア達の身なりを見て、一部の町民が挙動不審な様子を見せていた。「…」ローザと同じ卓に座ったバシリアもそれに気づき、訝しんでいた。「兵士さんがぞろぞろと、今日は何の御用で…?」店主が恐る恐る話しかけてくると、バシリアは「なに、この先にある目的地まで移動中でな。単に昼飯を食いに来ただけだ。そう気にするな。」その言葉にほっとする様子を見せる。「そうでしたか…。」すると店主の妻だろう女性が、グラスに水を入れて運んできた。「こんな辺鄙な地域までわざわざご苦労様です。」「すまないな、ありがとう。」だが女性はその場から立ち去らないどころか、身を乗り出して二人へ申し出をしてきた。「兵士さん達…税金、もう少しどうにかなりませんかね…?」それを店主が制止する。「おい、やめないか!す、すみませんね、うちのが…。」「こんなところまでわざわざ偉い人が来ることなんてないんだから、良い機会じゃない。」「だからって兵士の方にその話をするのは…。」夫婦が言い争っていると、バシリアが口を挟んだ。「…税金は、我が国を運営するのに必要なものだ。申し訳ないが…」「それにしたって、4割は大きいんじゃないかと…。」「…4割…だと?」バシリアとローザが目を合わせた。「…王国民が国に納める税金は2割の筈だが…。」今度は老夫婦が目を合わせ、きょとんとした。「いや…間違いない、4割ですよ。」バシリア達の眉間に皺が寄る。そして、バシリア達を見て挙動不審になった男が、そそくさと立ち去ろうとする様を二人は見逃さなかった。バシリアが副隊長に目で合図をすると、副隊長は席を立って入口へ歩き出した。それにブローニャ達も気づく。バシリアは夫婦に向き直ると質問を投げかけた。「…昔からそうなのか?」「あ、いえ…3年前くらいですかねぇ…。新しい町長さんが来た時に、国の運営悪化に伴って税率が上がったって話で…引き上げられたんですよ。」「…!」「おまけにそれ以外にも何かにつけては税を徴収するもんだから、正直なところ生活に困っていて…。」「…ただ、町長さんは悪い人じゃないんですよ。町政はきちっとやってくれてるし、町民にも優しくて人が良い。」「悪人はきっちり取り締まってくれるしな。…だから、町のためにもやむを得ないと思っていたんですが…。金のない世帯には厳しくて…。」バシリアとローザが顔を見合わせた。「ご婦人。すまないが、町長はどこに?」―――――「はっ…、はっ…!」男は必死になって走ると、とある建物に入っていき、扉を豪快に開けた。「!?おいおい、どうした。」「た…ッ、大変です、町長!!」「なんだ、そんなに急いで…。」「“特殊兵士部隊”が町に来ています!!」「?それがどうし――――…」そこではっと気づいた。「町民が、税金の話をし出して…!」「…!!」それを聞くや否や、慌てて立ち上がると棚の中を探り始めた。「ほッ…他の奴等にもすぐに伝えろ!!資料は燃やしてもいい!!」「はいッ!!」だがその時、「待ってください。」「!?」そこにバシリアの副隊長が現れた。「特殊兵士部隊のイアンです。突然ですみませんが、この町の帳簿を見せていただけませんか。」「…!!」そして男が咄嗟に、帳簿を手にして窓から飛び出す。「!!」―――――駆けてこちらに向かっていたバシリア達が庁舎の窓から飛び出してきた男を見つけた。「いたぞ!!」「!!」男は駆けてくるバシリア達を見て、走り出した。そして。「はあッ!?」するすると素早く身軽な動きで壁伝いに建物を登ると、屋根の上を走り出した。それを追うバリシア達を止めようと、脇から男が数人現れて行く手を塞ぐ。と、ブローニャとデジャがバシリア達を追い抜いて、その男達をのして、取り押さえた。「!」「行けッ!!」「悪い!!」「バシリア。」「!」ローザが走りながらバシリアに告げる。「私は奴を追う。お前は町長の方を。」「!…わかった。」そうしてそれぞれ別れて行った。「…」ローザは、前方を走るチェリ、ヘザー、ジタを見る。「くっそ~~~!!足早ぇなあいつ!!当たりそうもねぇ!」走りながら弓矢を構えるヘザーだったが、不可能だと悟ると腕を下ろした。「チェリ、行けるか!?」代わりにと振り返ってチェリに声をかけた。「やってみる!!」そしてチェリはいつぞややったように、縄を括り付けたナイフを飛ばす。そして。「!!?」男の前方に向かってそれを飛ばし、男を怯ませると、そのまま勢いで縄をぐるぐる巻きにした。「…なんかいつぞやを思い出すな…。」ジタがぽつりと呟いた直後だった。「!やばッ…!!」男の体がぐらりと傾く。――――…と。男はバランスを崩し、屋根の上から真っ逆さまに落下する。「うわあああああああッ!!!」「わわわわわッ!!!この……ッッ!!!」チェリが立ち止まると渾身の力を込めて、男の体重を支えようとする。その時、「!!」ヘザーが、男の落ちる方向に女性が立っていることに気づいた。「ジタ!!男は頼んだぞ!!」「クソッ…!!仕方ねぇ!!」そうしてそれぞれ全速力で走り出す二人。チェリの奮闘により若干減速はするものの、落下は免れない男の下で、ヘザーが女性の腕を引いて駆けて行く。次に到着したジタが、その真下へと辿り着いた。その時だった。「おい!」「!」呼びかけに振り返ると、何やら大きな布を手にしたローザが、ジタに向かってそれを差し出していた。「これで少しはましだろう。」「…!」二人で両端を持ち、衝撃に備える。――――そして。「うおッ!!」ローザとジタが広げた布のおかげで、男は地面への激突を免れた。大きく下に沈むと、若干はねた男は落下した衝撃で気を失った。「うっわこれ明日筋肉痛だな…。」受け止めた時に変な筋肉を使ったのだろう、体の節々が痛むジタに対し、気にする素振りも見せずに男へ近寄るローザ。そして例の帳簿を拾い上げると、ようやくジタに振り返った。「…そもそもどうするつもりだったんだ。生身で受け止めるつもりだったのか?」「…うるせぇな…。咄嗟に体が動いたんだよ!」「…」「だっ…、大丈夫!?」「よく間に合ったな!」慌てて駆け寄ってきたチェリとヘザーだったが、ハッと気づくと気まずそうにローザから顔を反らした。「…ご、ごめんなさい、余計なことして…。」「…いや。よくやった。」「!!」ローザは冷めたような口調で一言だけそう告げると、帳簿を手にしてさっさと庁舎の方へと歩き出した。3人はその後姿を暫くぼうっと眺めていた。
――――ローザと共に帳簿を見たバシリアが、真剣な眼差しで町長を問い詰める。「王国はこれほどの税の徴収はしていないはずだが?」そして町長は観念したように、首を垂れるのだった。
――――「…酷い話だな。」店に戻り、気を取り直して再び食事にありつく一行。ブローニャがぽつりと呟くと、ローザが淡々と答える。「他人を蹴落とし、己の私服を肥やそうとする輩はどこにでもいる。」そしてバシリアが険しい顔で呟く。「…あの悪党達ばかりじゃない。表向きは良い顔をして、裏では非人道的なことをしている。かといって悪党共のように表立って活動はしていないから一見無害に見える。そういった奴らがいるんだ。…全く、タチが悪いものだ。」そして何かを思い出したように続けた。「…悪党ではなく、一見、“良心的”とされる側の人間による悪意や、悪行なんて珍しい話じゃない。善寄りの悪や、無意識の悪なんてのもある。冤罪で人を捕まえる、罪のない人々を迫害する―――…そうやって村八分にされた人々も、私達は見てきた。…だが彼らを“悪党”と呼ぶことは無い。…おかしな話だがな。」「…そういう輩が、悪党達を生み出すんだ。」「…!」ローザの言葉に、ブローニャ達が顔を上げる。そしてバシリアもどこか寂しそうにつぶやいた。「…ああいう輩がいなくならない限り、悪党達のような人間は産まれ続けるだろうな。…どうにかならないものか…。」彼ら悪党を根絶やしにしたところで、この世に『悪意』がある限り、また次の悪党が生まれるのだろう。そうして解決策の見えない課題を胸に抱え、どこかしんみりとしながら食事にありつくのだった。