「ほんとに来るのかな~…。」チェリはヴィマラ、デジャと共にウッドデッキの階段に座って待機をしていた。時刻も昼過ぎになろうという頃。シフトで昼飯を済ませて交代で見張りを続けるが、悪党達の集団は一向に現れない。チェリ達がこの村に到着してから、もう既に2日は経とうとしていた。ふと空を見上げると綺麗な青空が広がっており、鳥がちゅんちゅんと鳴きながら飛んでいく。「…平和~…。」「お前って奴は…緊張感が無いな。」「だって!!こんなに日が経ってるのに来ないってことある!?」「遠方からきてるのなら不思議じゃないだろ。」「えぇ~~~…にしたってさぁ…。」その時だった。ヴィマラがハッと何かに気づいたように立ち上がった。「来ました…ッ!!」「!!」その瞬間、チェリとデジャも警戒態勢に入る。ヴィマラは気配を感じる方角を見つめながら集中力を高めた。「『神の力』を…いくつか感じます…!…4…5…―――…いえ、6…!?」「…!?」ヴィマラの言葉に二人とも目を見開いた。
――――一方、森の中を進む集団がいた。彼らは村の入り口に辿り着くと馬を降り、その先を歩いて進んで行く。だが、人っ子一人見当たらないことと、あまりの静けさに違和感を覚える。「…まるで廃村だな。」リーダーと思しき男が呟く。すると、茶髪で低身長の、目つきの悪い女が問う。「どういうことだ?場所は合ってるんだよな。」「その筈だが…。」「…でも、人はいるね。」「え?」長身の黒髪の女が、どこか1点を見ながら呟く。茶髪の女もつられて見るが、家はあっても、その周辺には誰もいない。「…警戒は怠るな。」訝し気に思いながらも、村の中を進んで行く。やがて村の中心部であろう開けた場所へと出た。その時、「…!」集団の前に、物陰から、バシリアとローザを先頭にした兵士の集団が現れた。「…ほう…特殊兵士部隊か…。」男は特に動じる様子も無く呟く。「…なるほどな。どこから情報が漏れたかは知らないが…。」一人納得する男に、バシリアは集団の顔と人数を確認していた。「(…随分と多いな…。)」その数、見たところ15人ほど。その中には、若い少女や女も紛れている。先ほど偵察に行かせていたヴィマラの言葉を思い出した。『…おそらく、欠片を持っているのでなければ、『神の力』を有しているのは…女性6人です。』そしてその女の中に、バシリアは特徴に覚えのある顔を見つけた。「お前がライリか。」バシリアに呼ばれ、“ライリ”は薄気味悪く浮かべた笑みを深くした。「…ふふ、会ったことあったっけ。」「先日、うちの部下が世話になったようだからな。」「部下…?―――…あぁ、この前の…。」「借りを返しに来た、…と言いたいところだがな。何分我々は私怨じゃ動かん。大人しく投降してくれれば、危害は加えん。」「…ははっ、流石特殊部隊兵士様はご立派だな。…でもそもそも、俺達が何をしたって?まだ何も――――」「過去の余罪がいくらでもあるだろう。」「…」男は目を細めてバシリアを見据える。隣の茶髪の女も、バシリアを睨み付けるように見つめた。「…残念だが、お前達が探しに来たという“欠片”はもう無いぞ。私達が回収して、既に別の場所に運んだ。」「…あぁ、そうか…。“欠片”のことも知ってるのか…。」バシリアの言葉に、ライリは目を細める。「…ほんとかなぁ。」「…」――――緊張感のあるやり取りを、チェリは家屋の陰から見守っていた。別の場所にもブローニャ達や、オレリア、サイ、ムダルが隠れている。ヴィマラは危険なため、シェルターへ避難させた。村人達とヴィマラ達の護衛には兵士達がついている。数日前に実施した、作戦会議の内容を思い出す。――――兵士達に見張りを任せ、村の講堂に集められたブローニャ、ヴィマラ達。バシリアがテーブルの上に村の地図を広げながら説明をする。「襲撃してくる人員が、ただの力を持たない一般人であれば対処も容易いだろうが…。おそらく敵は、以前も言ったように『神の力』を持つ人間を中心に、構成員を集める筈だ。…もしかしたら、ライリもそこに参加してくる可能性が高い。」「…」ブローニャ達はデジャを見るが、デジャは地図に目線を落としたまま黙っていた。「ライリはともかくとして、誰が、どういった『神の力』を持っているか皆目見当がつかない。もし敵と対峙した時、まずはそこを見極めることから始める必要がある。敵の前に全員現れて一網打尽にされては仕方がないからな。まずは、私達特殊兵士部隊が先頭に立つから、お前たちは物陰に隠れていろ。」「えっ!?あ、危ないんじゃないの…!?」「おいおい大丈夫かよ。」チェリとジタが心配そうに言う様子を見て、困ったように笑うバシリア。「おいおい、私達は “対悪党組織” の “特殊部隊” の “兵士” だぞ。侮ってもらっては困るな。」そして再び真剣な表情に切り替わる。「私達が現れれば奴らも事態を察するだろう。…それに、悪党組織に所属して、私達のことを知らない奴はいない。いくらか牽制にはなる筈だ。…それから、ヒルデとスーシャがどれほど下に情報を下ろしているかは知らないが、お前たちの存在をまだ知らない可能性もある。そこを利用したい。」バシリアの言葉に、オレリアがローザに問いかける。「あんたはいいのかよ?」腕を組んで目を瞑り、黙ってバシリアの説明を聞いていたローザは、目を開けると睨み付けるようにオレリアを見た。「何を言っている?寧ろ当然の策だ。特殊部隊の私達が前線に出るのは当たり前だろう。お前達が背後から襲撃しなければ、何も問題は無い筈だが?」「!」確かにブローニャやヴィマラ達が、ローザの言うように本当に裏切る予定ならば、訪れた敵襲と挟み撃ちにして兵士部隊を襲う筈だ。だがその可能性もある中で、バシリアのこの策を採用したということは、いくらか信用してきてくれていると考えてもいいのだろうか。「…はッ、なんだよ。素直じゃねえな。」「勘違いするな。別にお前たちのことを信用したわけじゃない。勿論全員前線に出すわけじゃないからな。」「あーあー、言ってろよ。」そんな二人のやり取りを見た後、バシリアは皆の方を向いた。「悪いが今回は命のやり取りになるだろう。油断はするな。容赦もするな。卑怯な手を使っても構わん。とにかく、自分の身と、仲間の身、そして村を死守することを目的としろ。できれば生きたままの捕獲が望ましいが、それが困難だったり、危険性が高いようであれば、その時は殺せ。」「…!」――――その言葉を思い出し、ぶるっと身震いするチェリ。「(もしもの時は、やるしか―――…)」少し汗をかいた拳をぐっと握り締めると、二~三度深呼吸をする。そして目の前の光景に集中する。「(…それにしても…あの子がライリ…。)」デジャの因縁の相手。「(ちょっと病んでそうだけど、ただの女の子なのに…。)」そしてそれは他の子達にも言えた。白髪や金髪の少女なんて、どこにでもいるようなおとなしそうな女の子だ。「…」デジャの過去の話の時も思ったが、もしかしたら場所と状況が違えば、自分があちら側にいたなんてこともありえたかもしれない。そう考えると、彼女達に同情の気持ちが湧かないことも無かった。「(…でも今は、そんなこと考えてる場合じゃない…!!)」自分自身を奮い立たせて、チェリは再び集中に入った。「(私が躊躇したら、仲間がやられるかもしれない!!それは絶対に嫌!!!だったらもう、やるしかないんだから!!)」――――「…それでどうする。今すぐ武器を捨てて投降すれば、悪いようには――――」「…ッははは…」「!」俯いた男から聞こえた渇いた笑い声に、兵士達に緊張が走る。「随分と舐められたものだ。」そしてゆっくりと顔を上げる。「ここにいるのは、我々のエースでな。」「!!」バシリア達が警戒する。陰で見守るブローニャ達も、息を呑んだ。「面倒だから、さっさと終わらせよう。」ライリがそう言った瞬間だった。「!?」バシリア達兵士が手にしようとした剣や弓矢等の武器が、動かない。「なんだ、これは…!」ローザが驚愕に目を見開く。剣を鞘から抜こうとするが、びくともしない。それどころか、まるで空間に固定されたかのように、その場にがっちりと固められて動かなくなってしまった。兵士達が皆、突然発生した事象に困惑する中。茶髪の目つきの悪い女が、後方の白髪と金髪の少女二人へ指示を出す。「フィリス、エスター。」「うんっ!!」それを合図に、金髪の少女は懐から一つのナイフを取り出すと、地面に置いた。そのナイフに手を添えた状態で、横へスライドさせると、まるで手品のように、沢山の同じ形、同じ大きさの武器が出現した。「…!」その光景を見てチェリが思い出す。「(あれは…確か、前にバシリアが話してた…!)」“武器を増殖させる力”を持つ人間がいるという話があったが、彼女のことだったのか。気づいたのも束の間、その出現した無数の武器が宙に浮いた。「…!?」チェリがそれを見て目を見開く。「あれってまさか…、」そしてその浮いたナイフは、高速でバシリア達の方へと飛んで行った。「(私と同じ力…!?)」しゃがんでいた体を咄嗟に起こす。どうにかしないと、と思うが、今からナイフを飛ばしたところでどの道間に合わない。「ッ武器は捨てて避けろッ!!」バシリアが振り返りながら叫ぶ。武器が動かない現状、それで弾くことも出来ないどころか、その武器自体が体を縛り付けて離さない。咄嗟に皆、武器や武器の納められた鞘、武器の入ったカバン等を身から切り離して、高速で飛んでくるナイフを避ける。「ッつ…!!」武装を外すのに手間取ったり、前に立つ仲間の死角に入っていたり等で、兵士達2人が負傷した。バシリア達も直撃は免れたものの、あまりの武器の多さに避けきれずにいくつか体を掠った。人に壁に当たらなかったナイフは、兵士達後方の、家や木の幹にカンカンと突き刺さったり、当たって落ちると動かなくなった。それを確認した後、バシリア達は周囲の光景を見て驚愕した。「…!」武器自体や、武器が収められたそれが宙に浮いたまま停止している。異様な光景が広がっていた。だが、敵は猶予を与えてはくれない「!!」残りの兵士を自ら仕留めようと、ライリが剣を片手にバシリア達の方へ向かって走ってきていたのだ。空間に固められたままでは武器を回収できない。バシリア達は丸腰の状態だ。万事休す、と思われるような状況だった。だが、「!!」走るライリを取り囲むように、四方八方からナイフや弓矢が数本飛んできていた。「…!?」それを見て茶髪の女を始め、敵組織側の人間たちも驚愕する。茶髪の女は咄嗟に弓矢の飛んできた方向を見る。すると、屋根上で、次の矢の準備をする兵士がいた。「…」――――「…ッ…」その光景を見ながら、バシリアがデジャの言葉を思い出す。―――「ライリが一度に“固定できる“武器の数には、限度がある筈なんだ。ただそれが何本になるか、私にもわからない。…あとは戦闘に入れば、目の前の敵へいくらか集中力が割かれるから、その分対象の数が減る筈なんだ。状況によって数が増減すると考えていい。」――――そして物陰に隠れているチェリも、全力で集中する。「(もっと早くに動けていれば、負傷者を出さずに済んだのに…!)」ライリの力はデジャに聞いていたが、金髪と白髪の少女の力は計算外だった。だが、過ぎてしまったことは仕方がない。「(これ以上、負傷者は出させない……ッ!!)」―――ライリに向かって正面に飛んできたナイフがもう少しで届く、というところで、ライリは急停止した。その瞬間、周囲のナイフや弓矢が全てその場で固まって止まった。同時に、その奥では宙に浮いて固められていたバシリア達の武器が、効力を失ったようにその場でガシャガシャと音を立てて地面へと落下した。それを狙っていたかのように、次々と武器を手にして走り出すバシリア達。いつの間にか顔から笑みを消したライリは、周囲のナイフや弓矢を弾いて、力を解除した時だ。「!!」気づくと、バシリアが目の前で剣を振るっていた。「…!」咄嗟にバシリアの剣を宙に固定するが、「!!」またしてもナイフと弓矢が数本、再びライリに向かって襲い掛かってきていた。ライリはバシリアの剣の固定を解除しつつ、それを避ける。そして、飛んできたナイフと弓矢の内、自分に降りかかりそうなものだけを固め、バシリアのいる方向へ向かうものについては、掠りながらも避けて流した。だが、そのナイフはバシリアをすれすれで避けると、そのまま宙を舞っていった。「(避けた…)―――!」視界の端から副隊長が斬りかかるのが見えたため、咄嗟に自分の剣で受け止めると、再び戻って来たナイフを宙に固め、蹴り飛ばす。――――「(…ッなんて器用なの…!?)」あれだけの数の武器を1本1本瞬時に判断して対応するだなんて。なんとかバシリアに当たらないように出来たものの、次も上手くいくか怪しい。「(味方に当たらないように、って難しい…!)」チェリがナイフを操作し攪乱する中でも、ライリは集中力を崩さずに、必要に応じてバシリアや副隊長から距離を取りながら、剣を避けたり受けたり固めたりと対応していく。「(な…ッ、なんなの、あの動きと頭の回転…!?)」――――「(なんという適応力…!)」バシリアはライリの脳の処理速度と、体の反応、そしてその柔軟性に驚愕していた。「(これで19か……末恐ろしいな……!)」これが19の少女だというから驚きだ。「(ともかく、早いところケリをつけないと―――…!)」
――――バシリアが動き出したと同時に、物陰に隠れていたブローニャやオレリア達も一斉に現れると、敵に向かって襲撃を仕掛けていた。次々と敵と入り混じる中、サイが敵のリーダー格と思しき男と剣を交えながら交戦する。「お前らなんだぁ?見たことねぇ顔だが…。」どう見ても兵士ではないサイ達に違和感を覚える男。村人か?とも思ったが、周囲を見るとどう見ても戦い慣れしている様子だ。「さあな。通りすがりの一般人だ。」「…言ってろよ。」敵は、ライリとバシリア達の戦闘に驚いている暇もなく、迫ってくる敵の総攻撃への対応に追われた。流石選抜メンバーといったところか、敵側もあっさりとやられることはなく、ブローニャやオレリア達に負けじと応戦する。敵と味方が入り乱れながら戦い、場はまさに混とんを極めていた。「……っ…えっと…、ど、どうしよう、エスター…、手伝った方がいいのかな…。」「…で、でも…これだと仲間の人に当たっちゃうかも…。」白髪の少女と、金髪の―――エスターと呼ばれた少女が周囲の戦闘に戸惑っていた。他の仲間達が先行して敵と交戦し始めたため、一先ず攻撃されることなく安心したが、援護しようともこの状況では仲間に当たってしまうリスクの方が大きい。そんな最中、二人を守るように佇んでいた茶髪の女が、どこかを気にしていた。「どうするの?ヘル…。」判断を仰ぐために白髪の少女は茶髪の女―――ヘルに問いかける。「フィリス、あそこだ。」「!うんっ!」フィリスと呼ばれた白髪の少女は、ヘルの視線の先を見て、そこへ向かってナイフを飛ばした。「ッ!!」そこは、弓矢を放った兵士がいた屋根上。兵士はフィリスに感づかれたことに気づくと、咄嗟にその場から逃げ出す。その少し前、反対側の家の屋根上にいたヘザーが、白髪の少女に狙いを定めながら弓を引いていた。「(あの厄介な女を早めにどうにかしねぇと…!!)」チェリと似た力を持つ少女が厄介だと踏んだヘザーは、彼女達が反対側の兵士に気を取られている隙に、弓矢を放った。だが、咄嗟にヘルが反応し、4所持していた短剣を振って、ヘザーが放った矢を弾いて止めた。「なッ…!?」逆方向を警戒していた女は、こちらを見てもいなかった。しかも居場所を悟られないよう注意しながら隠密に事を運んでいた。本来なら反応できる筈がない。あの動きはまるで――――…「!!」そしてヘルが再びフィリスに指示を出しているのが見えた。「やべッ…!!」―――「…フィリス、次はあそこだ。」「わかった!」―――その直後、ヘザーはもう一人の兵士と同様に、乗り出していた体を咄嗟に引っ込め、屋根伝いに滑り下りながらその場から逃げ出そうとした。ナイフは、ヘザーが先ほどまでいた場所へ一直線に飛んできたのだろう。ヘザーが梯子に手をかけて下りていく途中、頭上天高く、3本のナイフが飛んでいくのが見えた。と、思えば、「…!」ナイフは上空で弧を描くと、ヘザーに向かって落下してきた。「なッ…!」まっすぐ飛ぶだけではなかったのかと、慌てて逃げ足を早める。梯子を飛び降りると、家の間を縫うようにして走り出した。――――が、「…!?」ナイフは緩いカーブを描きながら、尚の事ヘザーを追いかけてきた。「どういうことだよ…ッ!?」てっきりチェリと同じような能力だと思っていたが、これはどう考えても違う。あの白髪の少女の視界からはとっくに外れているというのに、依然としてナイフはヘザーを追ってきている。しかもそのナイフの速度はヘザーの走るそれよりも早く、すぐにでも追いつかれそうだ。「クソッ…!!」家の間の狭い一本道。横道は無い。その時、先ほどのバシリア達の光景を思い出す。「だったら…ッ!!」ヘザーは飛び込むように地面にスライドして、咄嗟に体を伏せた。ナイフはすれすれでヘザーの頭上を通り抜け、家と家の間の奥にある、木の幹にぶつかり、止まった。地面に伏せながらぜーぜーと息を切らすヘザー。「クソッ…チェリに追われた敵ってこんな気持ちなのか…!」背筋がぞっとするような思いを味わったヘザーだった。――――「(…フィリスと似た力を持った奴はどこだ…?)」ヘルはヘザーへの対処を済ませると、ライリのことを気がかりにしていた。思わぬ攻撃になんとか対処しているものの、その傷は段々と増えている。「(早いところどうにかしないと、流石のライリも―――…)」そうしてヘル達が周囲の戦闘に気を取られている間。ローザは周囲の喧騒に紛れながら、フィリスに攻撃を仕掛けに行っていた。子供だからと関係なかった。容赦なく仕留めに行くローザ。だが、目の前にヘルが立ち塞がり、ローザの剣撃を自らの短剣で受け止めた。「…ガキを狙うなんてどっちが悪党だかな。」どこか怒りの感情を携えたヘルに対し、ローザは冷徹に答えた。「すまないが、合理的な性格をしているものでな。」
――――隊長と副隊長という、歴戦の兵士二人相手に譲ることがないライリ。隙を見て攻撃を仕掛けるものの、ライリの恐るべき処理速度により、深手を負わせることができないでいた。攻撃を繰り出しては止められ、避けられ、弾かれる。バシリアと副隊長が慣れない戦闘に苦慮している中で、チェリも、ライリの気を引くために何本ものナイフを操作しながらも、武器が固められ使用できなくなった二人の手元へ別の武器を送ったりと、援護を続ける。だがそんなチェリも、敵味方が入り混じる中で武器の操作に難航し、連続した集中力を必要とされたことで、疲労が蓄積しつつあった。その頃、チェリの力の届く範囲に落ちていた武器が無くなったため、持参した武器を取り出した。――――「――――」ローザと交戦していたヘルが何かに気づいた。「フィリス!」そして先頭の最中、再びフィリスの名を呼ぶ。フィリスの視線が自分に向いたのを確認してから、自分の背後を指差す。「あの家の物陰だ、追え。」「…!」戦闘の最中、ヘルはその方向を一切見ていなかったことにローザは気づいていた。「わかった!」そうしてフィリスは金髪の少女を連れて走り出す。ローザが二人を阻止しようと走り出すが、今度はヘルがローザの前に立ち塞がる。「さて…さっさと終わらせるぞ。」「…舐めたことを…。」――――「(敵も体力と集中力を消耗している筈だ、今ここで叩かなければ――――)」そう思いバシリアがライリに向かって攻撃を仕掛けに行った時だった。ライリは笑みを深くして、「…慣れてきた。」とぽつりと呟くと、咄嗟に体を横にずらす。「……!!」そこには、チェリが何手か前に放ち、宙に固められたままだった2本のナイフが。「!!」それを見て目を丸くするバシリアとチェリ。いつからそこにあった?まさか、ずっとタイミングを狙って、固めてあったということか?そんなことを考える時間も与えることなく、直後、力が解かれたナイフが高速で動き出す。その時、バシリアの脳裏に再びデジャの言葉が過った。――――「ライリの力は、ただ空間に武器を固めるだけじゃない。空間に固められる直前の、武器の動きも残るんだ。武器に対してかけられていた“負荷”や“運動”といった”エネルギー”がそのまま残る…といってもいいか。つまりは――――」――――「(チェリが動かそうとしていた軌跡も残る――――…!)」攻撃を、逆手に取られた。スローモーションになる視界の中、ナイフがバシリアの元へと迫っていた。チェリもそれを制御しようとするものの、動く物体に対してのそれは間に合わない。あと1M、というところだった。バシリアの前に副隊長が現れ、庇うようにして胸元にナイフが刺さった。その場に崩れ落ちる副隊長を咄嗟に受け止めるバシリア。「イアンッ…!!!」「……ッ…!」背中のマントに血が染みて行くのを見て、血の気が引くチェリ。「う…っ、嘘っ…!ちょっと待っ…ッ!!」このままでは二人とも危ない、咄嗟にナイフでライリを食い止めようとした時だ。ハッと何かに気づく。「―――…!!」同時に、バシリアもライリの目線に気づいた。「(まさか―――)」次の瞬間、バシリアの背後から肩口にナイフが刺さった。「……ッ…!!」「バシリアッッ!!!」直後、バシリアの目の前にライリが迫っていた。咄嗟に副隊長を庇い、肩口の痛みを抑えながらも剣を取り出す。――――が、当然剣はその場で固められる。そして。ライリの剣は、バシリアの胸元を斜めに切り裂いた。チェリの放った数本のナイフは、ライリのすぐ横で全て止められていた。バシリアは宙に固まった剣を手放すと、その場でどさりと膝立ちになる。「………ッッ……!!」目の前の惨状を見て、チェリは喉がつかえたように、声にならない悲鳴を上げる。同時に、体温が急速に冷える感覚を覚える。――――とにかく数を、とにかくバシリア達へ攻撃の隙をとナイフの操作に必死になって、固められた分のナイフに対する意識が疎かになっていた。「(自分に当たるリスクがあったから、最初の内はナイフを弾いてたんだ。)」フィリスと似た謎の『神の力』の正体がわからなかったライリは、迂闊に攻撃に転じるのではなく、まずは防御に注力しながらその正体を探っていた。だがその力の概要や動き、操者の癖が読めてきたライリは、機を狙ってこっそりと一部ナイフを固めたままにして、この作戦に打って出た、というわけだ。最初に武器を弾いていたのも、全てはこの時のためのカモフラージュだとでもいうのだろうか。「………ッ…!!」一手二手先を取られていたことに絶望するチェリ。あれだけの対策を打ってここまでやって、その結果が2名の負傷。「(…こんな相手、勝てるわけ―――…)」その時だった。チェリは、自分がいる方向へ向かって、白髪と金髪の二人の少女が駆け寄ってくるのが見えた。そして、直後に数本のナイフが飛んでくる。「!!」それには血を流し、息を切らしたバシリアも気づく。「…ッ逃げろ、チェリ!!」だがこの状況でバシリア達を置いては行けない。「バ…ッ!!」「早くッ!!!」「……ッ!!」躊躇しているチェリの視界の端で、動くものが見えた。「…!!」チェリは、それでもまだ迷うが、意を決したように咄嗟に後方へ向かって走り出した。少女二人はその後を追って行った。その背中を見届けたバシリアは、副隊長を抱えながらライリに向き直る。目の前には、笑みを深くしたライリが自分達を見下ろす姿があった。「…いなくなっちゃったね。」「………ッ…、」…まさか、チェリをどうにかできるまで時間稼ぎをしていた…?タイミングを見計らって仕掛けるつもりだったのか?先ほどの死角に隠したナイフといい、あんなに複雑な戦いの最中で仕掛けられ、計算し尽された行動に、バシリアの背筋がぞっとする。ライリの手が動き出すのが見えた。だが、バシリアの腕はもう上がらない。そんなバシリアに対して容赦なくライリが攻撃を仕掛けようとした時だった。「!」背後に気配を感じたライリが咄嗟に振り返る。直後、背後から現れた人物が放った剣撃を、ライリが剣で受け止めた。ライリに向かって行ったのは――――「デジャだぁ…っ…!!」その顔を見た瞬間、ライリの表情がぱあっと明るくなった。それはそれは嬉しそうな顔で呟くライリ。「……ッ…!!」ギリギリと容赦ない力で圧してくるライリに、眉間の皺を深めるデジャ。チェリの邪魔になることを避けたかったこと、長年共に戦って来た隊長・副隊長の連携を邪魔しては逆効果かと思ったことから、今の今まで手を出してこなかったデジャ。だが、他の敵を片付けた直後、目にした仲間達の惨状に、すぐさま体が動いた。「……ライリ…ッ…!」バシリアとイアンの傷を見て、怒りで熱くなっているデジャに対し、ライリは久々に会えた嬉しさからか、そんなデジャの表情を気にも留めず、興奮したように顔を近づけていく。「デジャ、ずっとずっと会いたかったんだよ?どうしていなくなっちゃったの?どうしてこの人達と一緒にいるの?ずっとずっと……、…私…寂しかったんだよ?」「…ッ…!」その時だった。ライリの背後から一人の兵士が攻撃を仕掛けてくる。先ほど、負傷した仲間の兵士を避難させた兵士が戻ってきたのだ。戻ってみれば、自分の隊長と副隊長がボロボロに負傷し、敵はデジャと交戦中で、自分に対し背を向けている。おまけにライリはデジャに執心という情報もあった。デジャに夢中になっている敵に対して、自分が今、ここでやらなければ、と思った兵士は、自らの持つ剣を大きく振りかぶった。だがそれも束の間。男が振りかぶった剣はライリに当たる直前で宙に止まった。「!!―――やめ…――――ッ!」その後起こった出来事に、デジャは驚愕する。手に持つ短剣で、ライリの剣と力の重みを受けているにもかかわらず、ライリの剣はデジャの短剣から離れる。そしてライリは、素早い動きで兵士を切りつけた。それを見た瞬間、デジャは自分が手にしていた短剣を離すと、丸腰でライリに向かって飛び出していった。「!」ライリはいとも簡単にデジャの拳を受け止める。どこか嬉しそうな顔をするライリと、眉間に皺を寄せながら焦ったような表情をするデジャが再び対峙した。「(…ライリとやり合ったことが無かったからわからなかった…。…空間に固められる直前の動きが残るのは知っていたが、まさか受ける側もだなんて……!)」ライリの力を己の体で体感し、想定よりも厄介であることを悟ったデジャ。そんなデジャに、拳を握ったまま顔を近づけるライリ。「…ふふ、どうしたの?デジャ。びっくりした?私もね、いろいろ頑張ったんだよ。さっきのもすごかったでしょう?」「…ッ…」得意げに話すライリに冷や汗が流れる。チェリが助太刀しても、バシリア達という歴戦の兵士が相手にしても、勝つことができなかった。流石のデジャも、ライリのその底知れぬ強さに慄いていた。そしてその感情は、ライリ自身にも悟られていた。「焦ってる?―――……可愛い…。」うっとりとしたライリの表情に背筋がぞっとする。だが次の瞬間、ライリは顔を俯かせたかと思うと、笑顔を消した。「…ねぇ。どうしてあの人達と一緒にいるの?」「…ッ…」先ほどと同じ質問だ。そしてデジャが答えないでいると、ギリギリとその握る手の力を強くしていく。「……どうして、私のこと置いて行ったの…?」「……ッ…!」その言葉がナイフのようにデジャの心を刺す。その時だった。咄嗟にライリは、素早い動きでデジャの腕を取ると、その体を引き倒す。「なッ……!!」そして自分の剣でデジャの服の脇の部分を貫くと、地面に固定した。「…!!」そしてデジャに顔を近づけながら優しく呟く。「ちょっと待っててね、デジャ。」「待ッ…!!」咄嗟に手を伸ばすが、ライリはその手をすり抜けて走り出した。剣をどかそうとするがびくともしない。ライリは先ほど空間に固めた兵士の剣に触れて力を解除すると、己のものとし、向かって来る兵士に相対した。そして、相手の剣を止めると斬りにかかる。兵士は一度避けて後退すると、周囲に落ちているナイフを取ろうとしゃがむ。が、「!」それも固まっていて取れない。ライリからの攻撃を避けるが、丸腰ではどうにも抵抗が出来なかった。何度も繰り出される剣撃を避けては、足元の武器を拾おうとする。が、どれもこれも手にすることが出来ない。そして、やがて剣は、兵士を貫いた。「…………!!」デジャは服を引っ張って破ると、周囲に落ちていたナイフを手に取って走り出す。ライリは兵士に向かってとどめを刺そうとしていた。それを見たデジャは、腹の底から叫ぶ。「やめろ、ライリッ!!!」デジャの必死な声に、ライリは動きを止め、再び顔から笑顔を消した。そして上げていた腕を下げると、ゆっくりとデジャに振り返った。「…ねぇ、どうして?」「…!」その時のライリの表情は、恨みとも怒りとも、悲しみとも取れない様子だった。「私より、この人達の方が大切だから…?」「…ッ…!」そして拳を握りしめると、顔を俯かせる。「…ずるいよ。…デジャは、私の友達だったのに…私だけの………っ…、」その言葉にデジャは思わず立ち止まる。そしてごくりと唾を飲み込んだ。「(……私が、置いて行かなければ…)」老夫婦や、ブローニャ達と過ごした日々が過る。自分がそうであったように、もしかしたらライリにとっても違う道があったのかもしれない。ライリが一層、手を血で染めることなどなかったのかもしれない。ヘザーが仇を殺さずに済んだように、もしかしたら何か―――…。だがその思考は、ライリの低い声によって遮られる。「私の友達じゃないデジャなら、―――…殺しちゃおうかな。」「……ッ…!!」そして顔を上げたライリは、酷く疲れたような顔で笑っていた。「…デジャを殺して、私も死ぬ。そうすれば離れることもない…、ずっと一緒にいられる…!…そうだよね、デジャ……!」その様子に、やはり殺人鬼は殺人鬼だと、先ほどまでの思考を思い直した。「……ッイカれてんのか…!」だがデジャのその言葉に、ライリは力が抜けたように笑う。「…ッふふ。…わかってるでしょ?」「…!!」そして目を伏せながら呟いた。「…イカれてなきゃ、…こんなところで、…こんなことしてないよ…。」「……ッ…、」その様子は、どこか寂しそうで、辛そうで。ライリの素が垣間見えた気がした。デジャは一層、目の前の少女がわからなくなっていた。…だが、ライリがやはり自分に執着していることが分かった以上、すべきことはただ一つ。「……やるなら、二人きりでやろう。」「……へぇ…?」どこか探るような目つきで見てくるライリをまっすぐと見ながら、はっきりと答える。「他の奴の邪魔が入らないところで、二人で。…お前だって、その方がいいだろ。」デジャの性格を理解しているライリは、デジャのその提案が、味方に被害が及ばないようにという配慮のもと、されたものであることは見抜いていた。だが“二人きりで”、という魅惑的な言葉の表現に惹かれたライリは、それを承諾した。「…しょうがないなぁ、デジャは。…いいよ。乗ってあげる。」デジャの提案に乗り、冷たい目で笑うライリだった。
――――それより少し前。ローザと対峙するヘル。何度かヘルと剣を交える中でローザは、疑惑が確信に変わろうとしていた。ローザが繰り出す剣裁きは、全てヘルにいとも容易く防がれ、弾かれ、避けられる。その動きはまさに、ローザがそうすることを“予め見越している”ような動きだ。「(あの例の女が言っていた『神の力を持つ女が6人』という言葉―――――)」それは間違いなく、目の前の女もそこに含まれていることを指していた。「(全くこいつも厄介だ…。)」なんとか虚を突こうと、経験則により習得した技術、戦法を用いながら、手を変え品を変え試行錯誤して攻撃してみるが、なかなかどうして入らない。全てあっさりと受け流されてしまう。『神の力』だけではない、女自体も相当の訓練を積んでいるのだろう。隊長格であるローザに対し隙の無い動きを見せてくる。「(くそ…!体力勝負に持ち越す前に、どうにか――――)」だがその時だった。「!」ヘルが攻撃を仕掛けようとしてきたため、反撃しようとローザは構えるが、それを見越していたかのようにヘルは咄嗟にその向きと角度を変え、高速で繰り出してくる。「(フェイントか―――…!!)」斜め下から振り上げるような剣裁きに、ローザの脇腹が切り裂かれる。「……ッ…!!」即座に後退し、ヘルから距離を取るローザ。息を切らしながら切りつけられた脇腹を押さえ、ローザはヘルを睨み付け笑う。「…やはりお前…ッ…、“見えて”いるな…!!」対して、息が乱れることなく、無傷でまだ余裕そうなヘルは冷静に返した。「…なんのことだ。」そして互いに相手の出方を伺う二人。「(…全く、情けない限りだ。)」抑えた手元をちらりと見ると、血で真っ赤に染まっていた。想定より出血がある。自分よりいくらか若く、経験の浅いだろう女に傷を負わされたこと自体、ローザのプライドが許さなかった。だが今はそれよりも。「(バシリアが深手を負った今、私までこんなザマでは――――)」ちらりとヘルの背後を見ると、ライリとデジャが場所を移すのか移動しようとする背中と、バシリアが兵士達に担がれ一時避難している様子が見えた。「――――…」バシリアと目が合う。「(…わかっている。)」お前自身が感じる悔しさも、不甲斐なさも、十分わかっている。特殊部隊の隊長であること、部下達を率いてこの場に訪れていることから、ここで勝たねば部下にも仲間達にも申し訳が立たない。何よりここで自分がこの目の前の女にやられては、誰がこいつを倒すというのか。「――――…」息を整え、剣を握り直すローザ。――――「(…流石隊長格といったところか。)」ローザがすぐに動き出さないところを見て、思ったよりも刃が深く入ったと確信するヘル。反則紛いな『神の力』を以てしても、それを上回ってくるようなローザの咄嗟の判断力とその瞬発力に吃驚していた。他の兵士であればとっくに仕留めているところだ。「(だが、これでこちらの方が一枚上手になった。)」さっさとケリをつけようと再び剣を構えたその時だ。「!」二人の間にある人物が割り込んできた。「…お前…!!」「真剣勝負に割り入ってしまってすまない。――――だがローザ隊長。後は私に任せてくれないか。」ヘルの側を向きながら、顔だけローザに振り返ってそう言ったのは、ブローニャだった。「何…ッ!?」案の定怒りを滲ませるローザに対し、ブローニャは冷静に告げる。「…私も兵士だからわかる。バシリアが負傷した今、あなたにもし万が一のことがあれば、仲間達の士気に関わる。」それはローザも十分に理解していた。だが、目の前の女からそれを言われたことが気に食わず、つい反論してしまう。「…お前…私がやられると…、」「思ってはいない。だが、奴が侮るべき相手ではないことも確かだ。」ブローニャも他の敵との戦闘の合間に、ヘルとローザの戦いを気にしながら、その動きを見ていた。「…!」「ローザ隊長。私も奴と同じ『神の力』を持っている。この場は私に預けてくれないか。」「…」その時ローザは、ブローニャがローザを隊長として立てつつも、どうにかして場を引き継ごうと言葉を選んでいることを理解した。そして辺りの戦況を確認する。敵味方共に負傷者が数名いる。おそらく他の場へ移動し、そこで戦闘を繰り広げている者達もいるのだろう。そしてローザは再び自分の傷を確認した。「…」自分が『得体の知れない』としてきた目の前の女は、この状況を理解し、自ら厄介な敵の相手に名乗りを上げてきている。仲間のため、目的のため。ローザは、これ以上自分がそれに反論するのは、見苦しいことであることも理解した。ローザは剣を持つ腕を緩め、それを下ろした。「……お前に指示されるのは癪だが、仕方ない。」「!」そしてブローニャの目をまっすぐと見て言い放つ。「……頼んだぞ。」そしてブローニャもそれに対し真剣な表情で答えた。「任せてくれ。」
――――その数分前。敵の男数名と交戦していたブローニャとオレリア達。デジャやローザの方を気にするそぶりを見せていたブローニャに、オレリアも気づいていた。目の前の男達をようやく片付けられて、他の仲間達の加勢に行ける、といった頃だった。そんな中、森の奥からぞろぞろと数人の男達が現れた。「なッ…!」ブローニャ達が驚いていると、リーダー格と思われる男が呟く。「おいおい…もうおっぱじめてやがるぜ。…俺達が到着するまで待ってろって言ったのによ…。」呆れたようにそれぞれが武器を取り出す。「…ッ…!」ブローニャ達も剣を構えたその時だった。後ろの剣を交える音が聞こえなくなったことに気づく。振り返ると、ヘルの攻撃を受けて負傷するローザの姿があった。「…!」それを見て迷うブローニャに対して、オレリアが呼びかける。「ブローニャ。」「!」「こっちはおねーさん達に任せとけ。」バッとオレリアを見ると、そこには頼もし気に強気な顔で微笑むオレリアの姿があった。「あのクソ女のところにさっさと行って来い。」「!―――…だが、」最初は兵士とデジャがいたから片付けられたものの、二人はバシリアの助太刀へ行ってしまった。サイがリーダー格の男と対峙し続けている今、自分が抜けてはここにはオレリアとムダルしか残らない。対して敵は5人ほど。だがそんな不安を払拭するようにムダルとオレリアは自信満々に告げる。「俺達は大丈夫だ。侮ってもらっちゃ困る。」「私らはそう簡単にやられねぇよ。」「――――…」二人の笑顔にブローニャも腹を括る。「…わかった。すまない。…任せた!」そう言って走り出したブローニャ。「おいおい舐めてもらっちゃ困るぜ。」敵側の男が話出したため振り返る二人。「はっ、やるしかねぇだけだ。――――おら、かかってこいよ!!」男達に対し啖呵を切るオレリアだった。
――――「うっっわ、やば~~…。あんなのに巻き込まれたら一溜りもないって…。」こげ茶の髪色をした少女が、焦ったように家の合間を縫って走っていく。「(サンドラもいなくなってたし…。私も皆が戦ってくれてる間に、こっそり欠片探しに行くかだなー…。)」そう言って曲がり角を曲がった時だった。「あ?」「へ?」フィリスの剣から逃れ、戦場に戻ろうと移動していたヘザーと鉢合わせた。咄嗟に距離を取る女。「あんたさっき屋根上にいた…っ!」「…」自分を指差しながら叫ぶ女を黙って観察するヘザー。「(…こいつ、どう見ても戦い向きじゃねぇな…。)」自分が言うのもなんだが、どこからどう見てもただの普通の少女だ。先ほど敵の集団の中にいた時に見つけてはいたが、戦闘に特化したような集団の中にこの少女が紛れていることに違和感があった。単独行動をしている様子から見ても、抜け出してきたに違いない。「…お前、名前は?」「はあっ…?…グレンダだけど…、」「そうか。あたしはヘザー。―――なぁおい。降参して投降すれば何にもしないでやってもいいぜ。」その情けとも取れるヘザーの言葉に、グレンダはぴくりと眉を動かす。「はぁ?――…馬鹿にしてんの…?」明らかに不機嫌になった少女に対してヘザーは敢えて追撃する。「だってどう見てもお前、戦えそうにないだろ。ここまで来たのだって逃げて来たんじゃねぇのか?」「ふ…ッ、ざけないでよッ!!単に皆が戦ってる間にできることやろうとしてただけだし!!あたしだってやればできるんだからッ!!」「へぇ~?ほんとかよ。」小ばかにしたように笑うヘザーに対して怒りのボルテージが上がるグレンダ。「このッ…!!」だが、グレンダはふと冷静になる。人のことを言うが、ヘザーの方だって見た目から戦えるようには見えない。そしてお返しとばかりに言い返してやる。「あんただってそんなナリで人のこと言えるわけ?現にあんたもここにいるし!あたし相手だからって舐めてかかってるけど、本当は怖くて逃げて来たんじゃないの~?」「あぁ!?」思った通りに反論してきた。「あたしのどこがそんな弱そうに見えるってんだよ!!」「え~~なんだろ~~そのダッサいファッションとかぁ~~?」「はあッ!?人のこと言えんのかよ!?そもそも旅にファッションなんて関係ねえだろうが!!」「うっわ!女としてありえないんだけど!そんなだからこんな口悪くて野蛮に育っちゃうわけ~~?」「はっ!戦うのに一々服だ見かけだ女らしさだそんなの気にするなんて馬鹿じゃねぇの!通りでお前頭悪そうなわけだな!」「はあッ!?ちょっとあんた!!今一線超えた!!!サイテーッ!!!絶対許さない!!言っとくけどあたし、絶対あんたより頭良いわよッ!!」「はっ!口でなら何とでも言えるけどな~!どうだかな!だったら見せてみろよ!!」「舐めたこと後悔させてやるわよ…ッ!!」そうして二人、武器を取り出し向かい合う。最終確認といった風に、グレンダが真剣な顔で静かに問いかける。「…悪いけど、本当に容赦しないからね。“欠片”さえ渡せば、見逃してやってもいいのよ。」その言葉にピクリと反応するヘザー。そしてさっきまでとは違う、怒りの感情を纏う。「……誰が渡すか……ッ…!!」「…!」姉が命を落としてまで手にした欠片を、どうして悪党等に渡してやるものか。そのヘザーの真意はわからなかったが、確信するグレンダ。「……やっぱり、あるんじゃない。」そうして二人はそれぞれ駆け出していった。