【23話】村防衛② 混戦


チェリは家の陰に隠れて、辺りの様子を窺っていた。フィリスの攻撃から逃げ切れはしたものの、2人の姿を見失ってしまった。どこから現れるかわからない緊張感に包まれるが、その心は熱く煮えたぎっていた。「(私がやらないと…!!似たような力で、負けてられるわけないじゃない…!!)」先ほどのライリ戦で、自分が放ったナイフのせいで仲間が傷を負う、といった失態を犯したこともあり、どうにかして皆の力にならなければと躍起になっていた。そんな時だった。チェリの背後に、何者かの影が近づく。「ッ!!」気配に気づいたチェリが息を呑んで咄嗟に振り返ると、そこには――――「バシリア…ッ!?」深手を負った筈のバシリアの姿があった。「ちょっ…傷大丈夫なの…!?」慌てて近寄ると、小声で声をかける。ボロボロになった服は血で真っ赤に染まっており、それを見たチェリが青ざめる。「大丈夫だ。見た目ほど大げさじゃない。」「いやいやそんなことないでしょ…!」「お前に伝えたいことがあって来た。」「!」そしてバシリアは周囲を警戒すると、チェリの手を引いた。「一先ず家の中に隠れよう。中なら、奴の攻撃が通ることもないだろう。」そうして近くの家の中へと入って行った。
――――外から見えない位置を探すと、壁に背を預けて2人並んで座った。「ごめんなさい…私がうまくできなかったせいで……。」そんなチェリに、バシリアは優しく微笑んだ。「何を言ってるんだ。チェリは十分にやってくれた。私とイアンの負傷は、単に私の力量が足りなかっただけだ。陽動作戦は成功してたぞ!」「そんなことッ…!」「だから、お前の力を見込んで頼みに来たんだ。」「!」「確かに私はこれ以上戦えない。…だからお前に預けに来た。お前なら、あの子達をどうにか出来ると思ってる。」「あの子達って…。」そこまで言ってはっと思い出す。「そうだッ…デジャは…!?」チェリはフィリスに襲われる瞬間、デジャがライリの方へ駆けていたことに気づいた。また、デジャが目配せで自分に対し、『ここは引き受けるから逃げろ』と促していたことにも。だからこそチェリは躊躇いながらもあの場を離れたが―――「…デジャは、ライリとの戦いを一身に引き受けてくれた。」「……!」デジャの強さは理解している。だが、相手は強力な『神の力』を持っている。その上、あの卓越した戦闘能力―――…。ライリと顔見知りとはいえ、デジャのことが気が気でなかった。そんなチェリに対し、バシリアが真剣な表情で頼み込む。「…だが、だからこそ。デジャがライリを引き受けてくれる今だからこそ、チェリにはあの少女達をどうにかしてほしいんだ。」「!」「…情けない隊長からの頼みで、申し訳ないがな。」「そんなことないわよッ…!…私だって、皆の力になりたい…!!」バシリアはそんなチェリの言葉にふっと口元を緩めると、すぐに顔を引き締めた。「例の、白髪の少女の力について考えたんだ。」「!」チェリもバシリアの話に耳を傾ける。「あれはおそらく、対象に対して武器を『自動追尾』させる力だろう。」「自動追尾…?」「対象を定めて武器を放つことで、その対象に向かって、武器が勝手に攻撃してくれるってことだ。」「!」チェリは自分と同じような力だと思っていたが、それならば納得できることがあった。「…確かに、さっき攻撃から逃げた時、家の後ろ―――あの子の視界から外れた場所でも、ナイフが追って来てた…。」「あぁ。私もそれを見た。」「それで暫く走っても追いかけてきたから、曲がり角に逃げ込んだのよ。緩いカーブを描いて、奥の家の壁に突き刺さってやっと止まった。」「おそらく、対象のとっさの動作には対応出来ないんだろうな。実際、最初に攻撃を受けた時も、早い段階で回避行動を取った兵士達は、逃げの動作も含めて捕捉されたせいか避けきれなかったが、直前で避けた私達はナイフを回避できた。それが『自動追尾』である欠点か。」「そういうことなんだ…!…私とか含めて、何か"対象に力を及ぼす"タイプの『神の力』を持つ人って、大体その対象を目視できる範囲じゃないと力が行使できないんだけど、…『武器に勝手に攻撃させるようにする』…って力なら、確かにそれも可能なのかも…!」「最初に対象を目視で決定してしまえば、後はどうとでもなるみたいだな。…それから、武器自体は、進行方向の障害物の検知や回避はできないこと、何らかの物体に接触した時にその力を失う、ということもわかった。」「そうよね!人でも物でも、当たれば止まったもんね!」「あぁ。」情報の整理を終えたところで、バシリアがチェリに向き直る。「彼女の相手はお前にしか出来ないと思っている。」「!」「ただでさえ厄介なあの『自動追尾』の力に加えて、『武器を増殖させる』少女も着いていると来た。…通常の人間であれば、近づくことも叶わないだろう。遠距離で攻撃をするにも限界がある。…だが、お前になら突破できる。そう思ったからこそ、あちらも、お前にあの2人を相手させたんだろう。」「…!」「チェリ、お前になら出来る。お前のその精密な操作技術と強い意志があれば、必ず勝てる。私が保証しよう。」「…バシリア…。」「…頼むことしか出来ないが、…お前の力を見込んでのお願いだ。」そう言って頭を下げようとしたバシリアの肩を掴む。「ちょっとやめてよ!…仲間は、そういうのナシよ!」「!」「任せなさいよ!!今の話聞いて、俄然やる気出てきたわ!力がどんなもんかわかれば、どうってことないわよ!相手はしかも年下っぽいし、負けるわけにはいかないから!!」腕を振り上げて高らかに宣言するチェリだったが、ふっと笑って遠い目をする。「…それに、皆頑張ってるんだもん。私が頑張らない理由はないわよ。」「チェリ…。」「…任せて、バシリア。私にもかっこいいとこ見させて!…さっきのバシリア、すごくかっこよかった。だから今度は、私の番。」「…あぁ。」そのあまりの頼もしさに、バシリア笑みを零す。「バシリアはどうする?このままここにいる?」「いや…隙を見て部下達と合流する。待たせているもんでな。」「え…大丈夫?」「大丈夫だ。逃げる体力くらいはある。」そんな状態でわざわざチェリを探しに来てくれたというのか。「…ありがとう、バシリア。」「あぁ。武運を。」「うん。」そうしてチェリ達は動き出した。

森の奥、草むらを走る少女が1人。そこに忍び寄る一つの影が。そして―――「!」背後から仕掛けられた攻撃を、屈んで手をつきながら少女が避ける。そしてそのまま横方向へと走り距離を取ると、攻撃を仕掛けてきた相手に振り返った。「こんなところまで1人で来やがってよ。何企んでんだ?」その声の主はジタだった。肩に剣を乗せながら、少女の前に佇む。先ほど、敵の集団がバシリア達と対峙していた際、彼女が集団の中からこそりと抜け出したのを見つけ、ここまで追って来たのだ。問いかけに対し少女が答えずにいると、ジタがその考えを見透かしたように続けた。「…まぁどうせ、他の奴らが争ってる間に、欠片か村人か先に見つけちまえば…って魂胆だろうけどよ。」「…」この一帯の地形からして、数十人もの村人が隠れる場所となると、あの岩場の崖しか思い当たらなかった。彼女はそれを狙って来ていた。「たった1人で来るなんて、よっぽどの自信があるんだろうな。…でも残念だったな。そうはさせねぇぞ。」そう言って剣を下ろした。「おいガキ、さっさと降参すれば痛い目遭わずに済ませてやるぜ。」「…どっちがだろうね。」「あぁ?」すると少女は、突然ジタに向かって駆け寄って来た。「!!」咄嗟に剣で防御の態勢に入るジタ。少女の短剣をそれで受け止める。「…ッのガキ…!」「ガキガキって…私そんなに若くないんだけど?」「あぁ?」「舐めてると痛い目見るってこと、わからせてあげるよ。」「はっ、そりゃ楽しみだな。」お互いに剣を弾いて後方へと飛ぶ。そこから互いに攻撃を仕掛け、剣を何度か交える。「(それなりの技術はあるみたいだし、妙な動きをするが、そこまで強いとも思えねぇ…。)」ジタは、さっさとケリをつけて仲間達の元へ戻る方が得策だと思ったが、年頃の少女を斬るのにやや抵抗があった。「(どうすっかな…。)」悪いが、隙を見て蹴りでなんとか無力化しようかと思案していた時だった。「!」ジタが短剣に気を取られている内に、少女は懐から出した二つ目の武器をジタに突き出した。咄嗟に避けるが、手の端が少しばかり切れてしまった。「…おいおい、どこに隠し持ってんだぁ?」避けるのに造作も無かったため、ジタは余裕を見せていたが、その時少女がにやりと不気味な笑みを浮かべたのが見えた。「…あ?」「良かった。あんた強そうだから早めに対策打って。これが精いっぱいの不意打ちだからね。」「何言って―――…」そこでハッと思い出す。確か『神の力』を持った女が、6人。「…」傷を負った手を見る。が、そこには特に異常は見られない。「(…おいおい、やらかしたか…?)」ブローニャには呆れられ、チェリ達には馬鹿にされそうな事案だなと思っていた時だった。「……!!」「…私もライリ達みたいに、便利で楽な力だったら良かったんだけど。」少女が言葉を紡ぐにつれて、ジタの視界が暗くなっていく。そして、5秒もしない内に、ジタの目の前は真っ暗になった。「……おいおい…。」思わず苦笑いが浮かぶ。どうやら少女の力とは、『武器でダメージを与えた対象の、視覚を奪う』というもののようだ。「迂闊だったね。私のこと舐めてたからか知らないけど。…まぁ、こっちとしても都合が良かった。仲間がいないこの状況じゃ、誰も助けてくれないしね。」そう言って少女はジタに詰め寄ると、さっさと片付けようと攻撃を繰り出してきた。だが、「!!」少女が放った斬撃は、ジタの剣によって止められた。少女の動揺する様が感じ取れたジタは、冷静に呟いた。「伊達に数年、片目だけで生きてねえからな。」「…!」咄嗟に距離を取り警戒する少女。確かに足元では、草原の上に木の葉や木の実が散乱し、足音を聞き取れないことも無い状況だった。だがそれにしたって、斬撃を受け止めたのは…。「(まさか風切り音だのを聞き分けたってこと…?)」それとも呼吸音まで聞こえるのか。だとしたら相当耳が良い。下手に近づけば、こちらが不意を突かれる可能性も無くはない。そんな風に少女がジタを警戒していた時だった。―――「(あっぶね~~~!!なんかかっこいいようなこと言って牽制かけてみたけど、今回は運良く防げただけだからな…!!)」どっと冷や汗をかいていたジタ。「(やべぇよやべぇよ…!!どうすんだ、これ…!!)」目はぎょろぎょろと動くものの、視界は全く見えない。ゼロだ。確かに片目が見えない分、音を頼りにしている部分も大きくはあったが、耳が良いと言ってもそれなりだ。「(でも偶然とはいえ、この場所はこっちにとっては都合が良い。それだけに、場所を移されちゃ叶わねぇな。)」そして視界が消える前の周囲の状況を思い出す。広けた草原、足元に散らばる木の葉や木の実、周囲には木々が。木々の騒めく音は、遠くに聞こえる。「(…仕方ねぇ…。やるしかねぇか。)」
――――対して、少女は冷静に見極めていた。「(先手は打てた。相手の目が見えていない分、こっちの方が有利に決まってる。)」これまで戦って来た相手は、さっさと切り倒して終わった。視界とは、それだけ戦いにおいて重要な感覚なのだ。こいつも仕留めるのにそんなに時間はかからない筈。もしかすると仲間の援護が来る可能性もあるが、早いところ始末してしまえば問題ない。「!」その時、ジタが剣を下ろして左右に動かしながら、足元を確認するように草むらへ剣先を這わせているのが見えた。手元のそれを横に移動させながら、周囲に障害物が無いかも確かめていた。「(…こんな状態で、まともに戦えるわけがない…――!)」少女は心を決めて、武器を握って構え直す。
――――ジタの耳に、カサリと足音が聞こえた。「(来るか…。)」ジタも剣を構えると、音のする方に向かって数歩前に出て、二、三度剣を振りぬいた。それを避けながら、少女がハッと気づく。再び距離を取ると、驚いたように呟いた。「なに…その剣…!」ジタの真っ赤に色づいた剣を見て目を見開く少女。「…さて、なんだろうな。」―――意味深に笑みを浮かべた様に余裕を感じ取り、少女はさらに動揺した。「(避けた時、なんだか熱気を感じた…。―――まさか、『武器が熱を帯びる』…『神の力』…!?)」アホそうだったのに、こんなものを隠し持っていたとは。「(…ちょっと厄介だけど…。)」だが、剣が発熱するからなんだというのか。確かに当たったら一溜りもないだろうが、当たらなければいいだけの話だ、と再び剣を握り直してジタに攻撃を仕掛けに行く。すると、ジタもそれに気づき、すぐさま反撃しようと動き出す。大きく右に逸れつつ、地面を削りながら振るわれたその剣は草原の草や葉を燃やしながら少女の元へと振られる。「!!!」燃えた草や葉が飛び散り、少女の方へと降り注ぐ。その中に、何か液体のようなものが混じっていた気がしたが、少女はそれについて考えるどころではなかった。「…このッ…!!」咄嗟に左に避けながらも、少女は再びジタへ攻撃を繰り出す。―――「―――!」左からわずかに風切り音がしたため、ジタは咄嗟に後方へ飛んで避けようとする。が、少女の短剣はわずかにジタの左腕を切り裂いた。そのまま後退するジタを追撃する少女。ジタは咄嗟に剣を前に掲げ、その攻撃を防ぐ。剣を交える状態でそのまま、少女に向かって剣を押し込んだ。「…ッ…!」力強さに思わずふらついた少女だったが、すぐに持ち直す。その間、ジタは再び剣を振るった。二度、三度、少女が攻撃を与える隙を与えないよう、猛攻を仕掛ける。空を斬り、地面を削り、草や葉を燃やしながら、攻撃の手を休めることはない。再び少女に液体のような雫が飛んでくる。「(何これ…?)」雨は降っていない筈。だがそれよりも、轟々と燃え盛る周囲の炎の音と、熱により熱くなる体に気を取られていた。やがて疲れたのか、ジタは一度攻撃をやめると後ろに下がり、移動を始めた。これをチャンスと思った少女は、そこを突こうと走り出す。少女の攻撃に、ジタも体を翻しながらなんとか躱そうとするが、避けきれずに体をかすめていく。腹部、腕と、次々と切り裂かれる体。少女は、一度、二度、と短剣を振るいながらそのチャンスを伺う。そして、「(ここだ…ッ!!)」「…!!」少女の短剣は、ジタが庇おうとした左腕に突き刺さった。だがその瞬間。ジタの右手が短剣を捕える。「……捕まえたぜ。」「!!」短剣を抜こうとするが、ジタが手を掴んで離さない。「悪いな。」「!!」その時、ジタの蹴りが少女の脇腹に向かって繰り出されようとしていた。慌てて手を離し、後方へと逃げる少女。「!!」少女がジタから大きく距離を取る。そして振り返った時―――気づくと、ジタは剣と短剣を足元に捨て、弓を構えていた。「!?」そして少女に向かって、即座に3本ほどの矢を放った。「は…ッ!?」少女は慌ててそれを避ける。「な…ッ、何、いきなり…―――!!」すると少女は、自分がいる後方からバチバチと炎が燃える音を聞いた。振り返ると、草や葉が激しく燃え上がってる。「……なッ……!!」ジタは剣を拾い上げると、自分の目の前で下に向けてそれを振るった。ジタの前でぼうっと炎が燃え上がる。「っはは!その反応、どうやら上手くいったみてぇだな!」少女は炎に囲まれ、逃げ場を失っていた。「……ッ…!!!」「正直途中からわけわかんなくなってたけどよ!まぁなんとかなるもんだな!」「この…ッ…!!」少女はあたりを見回すが、一面炎の壁ばかりで、どこにも逃げ道は無かった。「……!!」「おら、さっさとこの力解除しやがれ。じゃねえとそこから出してやらねえぞ。」ジタの言葉と目の前の状況に、少女はふっと力を抜いた。そして、その場に座り込んでしまう。「…別に、もういいよ。」「!」「ほっとけば?…私が死ねば、その力だって消えるよ。」もう疲れた、とでも言いたげにそこから動こうとしない少女。「…」それを聞いて、ジタが、は―…とため息をつく。少女は項垂れ、その場から動かないままだ。炎が少女に近づいてくる。「…お前、生きたくねぇのかよ。」「…結果残せなかったし…。きっとまた怒られて、汚れ仕事を増やされる。…もう、いいんだよ。こんな人生なら、もう…。」その時だった。突如少女の腕が掴まれて、引き上げられた。「!!」いつの間にか少女の近くに来ていたジタが、少女の腕を掴んで立ち上がらせていた。「何言ってんだガキが。まだいくらでもやり直せるだろうが。」「…!!」「あんな狭い世界にいるから駄目なんだろ。暗い部分しか見えない組織にいりゃあ、そりゃ視野も狭くなる。もっと世界を見ろ。お前が思ってるより世界はずっと広いし、希望も、優しさだってあるんだ。―――…俺が保証してやる。」そう言ってふっと微笑んだジタに、少女は泣きそうになる。だが。「熱っっ…!!おら、さっさと出るぞ!!このままじゃ丸焦げだ!!!――…って、俺どこから来たんだっけか…!?」そう言って少女の手を引きながら、慌てて炎の中を抜け出していくジタ。息を切らしながら炎の中を脱出する。「やべ…!!おい、俺燃えてねぇか!?大丈夫か!?」「…っふふ…、」ジタの様子に涙が引っ込み、少女は思わず笑みがこぼれる。そして自分でそれが確認できるようにと、ジタにかかっていた能力を解除してやった。「!おぉ…」視界が戻って本当に元通りになるのかと感動するジタ。「おぉ…!!」だが開けた視界の中、思っていた以上に炎が燃え盛っていることに気づき、焦り出す。「やべッ!!誰か!!水!!延焼しちまう!!あ、おぉ!解除してくれてありがとな!!―――あぁ、川!!川が確か近くにあった筈だ!!!―――あ!?待てよ!!水ダメじゃねぇか!!土だ!!土のが良い!!おら、お前もさっさと手伝え!!!」それなりの怪我をしているにも拘らず、炎に慌てふためくジタを見て、笑ってしまう少女だった。
――――その後、近くにあった家から桶や荷車などを借りて、2人で急ぎ土をかぶせまくり、ぜーぜーはーはー言いながら炎を消すことが出来た。「…ったくよ…。」土だらけになりながら、その場に座り込むジタ。その隣で少女が呟いた。「なんで水じゃダメだったの?」「俺が油を撒いたからだな。」「は?」「俺の剣、仕込みがあるんだよ。」「仕込み…?」そう言ってジタは自分の剣を取り出すと、指で指しながら説明してくれる。「特注で作ってもらったんだが、この刃の間に油が通る管が仕込まれてんだ。手元のトリガーを押すと、刃先から油が出るって仕掛けになってる。」「!それって…。」最初にジタが足元を探っていたと思われたのは、油を撒いていたのか。草や葉があれだけ燃え上がったのも納得が出来る。「…じゃああんたのせいじゃん。」「ぐっ…、しょうがねぇだろ!アレしか思いつかなかったんだから!!元はと言えばお前だろ!!」「…まぁ、確かに…。」そう言って笑うと、少女は膝を抱えて俯いた。その様子を見て、ジタが優しく声をかける。「…バシリア達ならきっと、お前を悪いようにはしねぇよ。」「!」「罪を償って、お前が抱えてるもん、全部一回清算しちまえ。そうすれば胸張って生きられるようになる。…もしかしたら、長生きしたいって思えるようなものも見つけられるかもしれねぇぞ。」「…あんたにはそれがあるの?」「俺は世界各地旅して、沢山のものを見て、世界を知ったが――…そうだな。見つけたかもしれねぇな。」「…」「俺からもバシリアに言ってやるよ。な。」そう言ってジタは立ち上がると、少女に手を伸ばした。「そういや名乗るのを忘れてたな。俺はジタだ。」「…」少女はジタと、その差し伸ばされた手を見上げた。そして希望を掴むように、その手を取った。「…私はサンドラ。」「よろしくな、サンドラ。」「…うん。――…ありがとう。」そう言ってサンドラは微笑んだ。

「すまないな。突然交替してしまって。」ローザが立ち去ったのを見て、ブローニャはヘルに一言詫びる。そんなブローニャに対し、怪訝そうに眉を顰めるヘル。「…おかしな奴だな。命のやり取りをする相手に対して、何をそんなに誠意を見せる必要がある。」「…お前にはそうすべきだと判断した。2人の少女を守りながら戦うお前が、卑劣な奴であるとは私には思えなかった。」「…!」「…本当ならお前は、お前をここに派遣したような連中を毛嫌いする人種じゃないのか。」「…少し見ただけで、何をわかったようなことを…。」だが興味が湧いたのか、ブローニャの会話に乗るヘル。「そりゃあ嫌いな奴は大勢いるさ。クソなことばかりしてる、クソな連中ばかりだからな。仕事も汚れ役しか回ってこない。私達の力を利用して、あれやこれやと汚いことをさせる。」「…」「…だがな。あそこには…―――私達みたいな人間にとっての、居場所がある。」「…!」「それだけでも私―――…いや、私達にしてみれば、十分守る価値がある組織だ。…お前らにはわからないだろうがな。世間からつまはじきにされて…忌み嫌われて―――…居場所を失った奴らが辿り着く場所だ。あのフィリスやエスター、…ライリだってそうだ。皆自分の"役目"や"存在意義"…そして"生きる意味"をあそこで見つけた。…綺麗事は結構だがな。そもそもあいつらがそうせざるを得なくなったのは、お前ら"そちら側"の人間の責任だ。」どこか怒りを込めたヘルの目に、ブローニャは先日の出来事を思い出した。"悪党"と呼べないまでの人間が及ぼす悪意に、傷つけられる人達もいる。「そっちの言い分は当然だ。だけどな、世の中まともに頑張っても、どうしようもできなかった奴だって大勢いるんだよ。金だ人種だ、肌の色だ、生まれがどうだのなんだのってな。…生きるためには、悪事を働かなきゃどうしようもない状況や、環境だってある。…それはお前にだってわかる筈だ。…そんな時、お前らがどうにかしようとしてくれたことがあったか?」どこか悲痛な面持ちで尋ねる。ブローニャは思い当たる節があった。例えば仲間達の件だって、先日の件だってそうだ。あずかり知らぬ場所で、彼女達のような人々が、悪意ある人間に被害を受けている。それが、光の差す場所から追いやられて、傷心し、あの組織へ流れ着いていることもあるのだ。ブローニャの表情を見て、ヘルがどこかバツの悪そうな顔をする。「…これはあんたに言うべきことじゃなかった。…でもな、皆…自分の正義のために戦ってる。」そこまで言って、はたと気づき、眉間に皺を寄せる。「…喋り過ぎたな。」そう言ってヘルは剣を構えた。そんなヘルに対し、ブローニャは未だ考え込むように地面を見つめていた。少ししてから、ぽつりと言葉を溢す。「…正直、お前たちがそこに至った経緯について考えると…慮る気持ちが生まれないこともない。」「!」そう言いつつもブローニャは、ヘルと同じく剣を構えた。「だが少なくとも、非力な人間を襲って略奪することが、正しいことだとは私は思えない。…そしてそれは、お前達自身にとっても。」「…」「…お前が正しいか正しくないかを決める権利は私にはないだろう。…だが、私の中の正義の基準では、…お前達がしていることは、正しくないとはっきり言える。だから私は、私の正義を貫くために、お前達を止める。」「…そうか。」「申し遅れてすまないな。私はブローニャだ。」「…私はヘルだ。」そう言って名乗ると、お互いにその場を駆けだした。

ヘザーとグレンダそれぞれが短剣を振り被り、やがてそれらがキン!と激しい金属音を立てて交わった。その時だった。「!?」パリン、と音がしたかと思うと、ヘザーの持っていた武器がひび割れ、バラバラに砕け散ったのだ。「なッ…!!」その合間にグレンダの短剣がヘザーめがけて振り抜かれる。―――が、「ッの…!!」ヘザーはのけぞりながらギリギリでそれを躱す。そして後方へ飛んで、距離を取った。はあはあと息を切らして驚くヘザーに対し、グレンダは声高らかに笑う。「あっはは!びっくりしたぁ?武器無くなっちゃったけど、どうす―――」グレンダが挑発しようとした時だった。ヘザーは家の壁に手を当てると、そこから木製の剣を作り出した。それを見て、今度はグレンダが目を丸くする。「はあッ!?何よそれッ!!?」「はっはー!!武器がなんだって!?」余裕そうに見せるが、ヘザーは内心焦っていた。「("何それ"はこっちの台詞だっつーの…!なんだ今の…!?武器が割れたぞ…!)」グレンダの言葉と自信満々な様子から見て、彼女の『神の力』であることは間違いなかった。でもそれはどういう力なのか。「(『武器を破壊する』、とかそんな感じか…?)」―――対してグレンダの側も、まさかの展開に余裕を失っていた。「(何よ何よアレ…!!何もないところから武器が現れたわよ!?まさか『武器を作れる』力だとでも言うんじゃないわよね…!?)」だとすると、自分とは相当相性が悪い。「(――…先に手の内を見せちゃったのがまずかったわね…!でも、あっちが作るより早く、こっちが仕掛ければ――…!)」そう思いグレンダは走り出す。―――「!!」それを見てヘザーも構える。「(今のところは大丈夫だ――…ってことは、あいつの武器があたしの武器に触れた時が契機か!?)」グレンダが突きを食らわすが、ヘザーはそれを避ける。「(だったら、要は受けなきゃいいだけだろ…!)」間髪入れずにグレンダは斬撃を二発、三発と仕掛けて行く。「(…ッこいつ意外と早ぇ…!!)」流石あの集団の中にいるのも伊達ではないということかと、迫ってくるグレンダに対し、避けるだけでは精いっぱいとなったヘザーは、ついに武器を盾にしてしまう。だが、「!!」当然のことながら、防ごうと出した剣は、グレンダの剣が当たった場所からパキリと折れてしまう。そして、グレンダの刃先がヘザーの脇腹を掠った。「…!!」これをチャンスとばかりに、グレンダは更に攻撃を仕掛けてくる。だがヘザーもただでやられるわけにはいかない。咄嗟に家の壁に手を付くと、今度は槍を作り、グレンダの剣を払おうとする。「わッ!!」多少相手のペースを乱しはしたものの、剣に触れた瞬間、それすらも壊される。「(触っただけで駄目なのか―――…でも、)」その僅かに生んだ隙を利用して、少し距離を取ると、再び槍を作り出しグレンダに向ける。―――「…ッ…!!」長物の武器に少し躊躇うグレンダ。「(この場所、分が悪すぎる…!)」逃げ道を塞げて有利だと思っていたが、家に囲まれたこの場所は、寧ろヘザーにこそ都合が良いようだった。なにせ、周囲の壁から武器が作り放題だ。「(どうにかして広い場所に移動しないと…!…でも…)」ちらりとグレンダの目線が、ある一点に向かう。それを見逃さなかったヘザー。「こっちから行くぜ。」「!!」攻勢に出た方が勝つ。そう思ったヘザーは、自分からグレンダに向かって行った。「!!」僅かでも迷いを見せたグレンダを、ヘザーは見逃さなかった。「…ッの…!!」ヘザーが突き出してきた槍を剣で払いつつ破壊するグレンダ。「!!」だがそうしている間にも、ヘザーは距離を詰めながら剣を作り出し、グレンダに向かって振りかぶっていた。「!!」咄嗟にそれを避けるグレンダ。先ほどとは打って変わって、今度はグレンダが攻められる番となった。代わる代わる武器を変えながら繰り出されるヘザーの攻撃が、グレンダを圧す。「(~~~こいつ…ッ!!)」グレンダは、ヘザーの剣を自らの剣で受けてそれを破壊した。だがヘザーは、逆の手に作り出した剣で、再び斜め下から上へ向かってグレンダに振り出す。「!!」防ぐ動作が間に合わず、中途半端な状態でヘザーの攻撃を受けるグレンダ。「(やばッ…!)」その時、グレンダの体勢が若干崩れる。それをヘザーが狙う。「いたッ…!!」ヘザーの蹴りが、グレンダの剣を握る手に直撃した。衝撃により、グレンダは思わず剣を手放してしまう。弾き飛ばされた剣は、数M先の地面に落下した。慌てて拾いに行こうとしたグレンダだったが、ヘザーの剣によってその動きを封じられた。少し息を切らしたヘザーが、固まったグレンダを見ながら言い放った。「当たった時の衝撃は逃がせねぇみたいだからな。…はっ!どうだよ!あたしだって結構やるんだぜ!」得意げな笑みを浮かべるヘザーに対して、あまりにもあっさりとした幕引きに、グレンダは悔しさで泣きそうになっていた。「~~~~~なんなのよあんた…ッ!!」「悪いけど、こればっかりはあたしのが上だったな。」「~~~~!!」確かに無駄のない素早い動きだった。おそらく相当訓練したのだろう。でも、自分だって。グレンダは不貞腐れたようにその場にどさりと座り込んだ。その様子を見て、ヘザーは呟いた。「…お前、人殺したことないだろ。」「!!」図星だった。それを指摘された恥ずかしさと情けなさに、グレンダは怒鳴る。「……ッあるわけないでしょッ!!あたしがそんなこと!!」自分の手で地面を叩きながらグレンダが叫ぶ。「いつも武器さえ破壊すればあとは誰かがやってくれてたし…!!」「…だろうな。」「!」「どう考えても覚悟が決まってない奴の動きだった。…数か月前までのあたしだ。」「…!」まるで"お前の敗因はそれだ"とでも言いたげなヘザーの言葉に、カッと熱くなるグレンダ。「あんただって…ッ!弓矢あるくせに使ってないじゃない!!」「!」「あんたの腕だったら、あたしなんか簡単に射貫けたでしょっ!?」グレンダはライリに矢を放つヘザーの姿を目撃していた。「どこまで舐めれば気が済むのよ…ッ!!」額に手を当てながら涙をこらえるグレンダ。それを見て静かに、そして悲しげに、ヘザーは言葉を放った。「あたしは、出来るなら人を殺したくないだけだ。お前や誰かを殺したら、悲しむ人がいる。…お前だってそうだろ。」「……ッ…」「あたしの姉は、お前らの組織に利用された人間に欠片を狙われて、…そのせいで殺された。あたしは、その仇討ちをしに、ワヘイからここまで来たんだ。」「…!」グレンダがハッと顔を上げる。ヘザーは厳しい目をグレンダに向けていた。「別に、お前に人殺しの経験がないことを馬鹿にしたわけじゃねぇよ。…寧ろ、その方がいいとさえ思ってる。でも、お前がいる組織はそうはさせてくれねぇだろ。…このまま欠片の奪い合いを続けてりゃ、これからもそういうことが起きる。やらなきゃいけなくなる場面が必ず出てくる。」「…っ…」グレンダは、そんなことはわかっている、と答えたかった。だが"自分たちの組織のせいで姉を失った"と言うヘザーの前で、それを言うのはどこか憚られた。"ワヘイから"遥々、"仇を討ちに来た"――――先ほどの動きを見ても、どれだけの訓練を積んだことだろう。欠片の争奪戦により生じた不幸は、当事者だけではなくそれに関わる人々の人生までも奪うのだ。「……っ……」何も考えてこなかったわけではない。だが―――「…そもそもお前みたいな奴が、なんであんなところにいるんだよ?」グレンダの思考は、ヘザーのその一言で引き戻された。「…」「…なんだよ。」「…家出よ。」「はぁ!?家出っておま…―――…しょうもねえ~~~~!」「うるさいわねっ!!」キッと睨み付けるグレンダ。だが次の瞬間には、しゅんとしょげたように俯き、語るように話し出した。「…家出してあそこまで流れ着いて…力を買われて組織に引き入れられた。…だけど、皆それぞれ事情を抱えてあそこにいるのがわかった。…ヘルもサンドラも、悪い大人に力を悪用させられて、こき使われて…すり減って…。ライリは住んでた地域の人達に迫害されて、追いやられて…逃げ出してきてた。フィリスもエスターも、酷い親元で育って…挙句捨てられたって…。―――…私だけ…家に帰って、親の元に、…なんて。……出来るわけなかった。」「…」そして地面についた両手を握り締めるグレンダ。それを真剣な表情で見つめるヘザー。「……皆はそういう目に遭ってきても、辛くても苦しくても、頑張ってた…。…なのにあたし、いつも足引っ張って…ッ……!」そしてぽたぽたと目から雫が落ちる。「…だからあたしは、皆のためにも、自分ができること…っ頑張らなきゃいけなかったのに……!」「…」負けた悔しさはそういうことかとヘザーは腑に落ちた。元来の負けず嫌いの性格というのもあるだろうが、何か理由が無ければあそこまで過剰に悔しがることなどない。「…じゃあ、終わりだ。」「!」グレンダが涙で濡れた顔を上げる。「全員、ここで終わりだ。」「なに、それ…。…どういう……」戸惑うグレンダに、ヘザーはふっと笑った。「あたしの仲間達は強いんだよ。…戦闘技術だけじゃない、心もな。―――皆がきっと、ここで終わりにしてくれる。お前らを縛って苦しませてるそれをな。」「……!」今もどこかで戦っているかもしれない仲間達を言っているのだろう。だが、もしかしたら殺し殺されているのかもしれないこの状況で、何を言っているのか。適当なことを、何の根拠があってそんなこと、と思うものの、その爽やかともいえるヘザーの笑顔を見ると、何故だか実現する気がしてきてしまう。―――どこか、期待してしまう。「……なんなの、その自信…っ…。」「ははっ!……皆さ、かっけーんだよな。…なんか、どうにかしてくれる気がしちまうんだよ。」仲間達の顔を思い浮かべて、ヘザーは遠い目をしていた。

ムダルがリーダー格の男の剣を弾いた。剣は男の手を離れ、遠くへ落下する。「クソッ…!!」そして丸腰になった男に対し、ムダルが剣を突きつける。「悪いが、ここまでだな。」疲労と負傷でそれ以上抵抗するつもりが無くなったのだろう。男がその場で手を挙げたため、ムダルが取り押さえた。そこに兵士達が駆け寄ってきて、男を縛り上げるのだった。「ふー…やれやれ。」なかなかに手ごわい相手だったため、無傷で、というわけにはいかなかった。だが、命を奪われたり、重傷には至らなかったのは幸運だった。ムダルは痛む体を動かしながら、サイ達の方へと歩いて行く。そこには、敵の男達を縛り付けた後の、サイと女狐隊長の姿があった。「おいおい隊長さんよ、大丈夫なのか?」腹部が真っ赤に染まっているローザを見ながら問いかけるムダル。「問題ない。応急処置は施してもらった。大した傷じゃない。」「…そうかよ。」そしてムダルはサイへと振り返る。「お前も無事だったんだな。」「あぁ、お前の方こそ。随分と手間取ってたみたいだけどな。」「まぁな。なんとかなった。―――そういや、オレリアの奴はどうした?」「追加部隊の隊長さんとやり合ってたが、大分白熱してたな。随分と移動してたから、森の方に行ったんじゃねぇかと思うが…。」「おいおい…大丈夫かよ。流石のオレリアったってよ…。加勢に行かなくていいのか?」「いや、先に『邪魔すんなよ!』って言われた。」「……そうか。―――…だが、やっぱり心配だ。俺は様子を見てくるから、お前は他の奴のとこに加勢に行ってくれ。」「あぁ、わかった。」
――――森の奥の方で、剣を振り合うオレリアと男の姿があった。幾度となく激しい剣のぶつかり合いが繰り広げられる。剣を交えては弾き、避けては移動して、また振り合う。「(こいつちょこまかと…ッ!!)」さっさとケリをつけたいオレリアだったが、それなりの腕前で抵抗を続ける男を、なかなか組み伏せられずにいた。―――どうやら男も男で、女だからと簡単にのしてしまおうと思っていたが、予定が狂った。オレリアの剣技に圧倒され続ける。「(クソッ…!!とんだ馬鹿力だ…!!)」技術も力も申し分ない。出来れば組織に欲しい人材だが、これだけの気の強さでは受けるわけも無いだろう。そう思っていた時だった。「!!」剣を合わせた時、オレリアの剣が弧を描くように回転すると、男の剣を地面に封じ込めた。そしてその状態のまま、オレリアは男に向かって蹴り足を放つ。「(器用な奴だな……ッッ!!)」男は体を傾けながらそれを避けると、力技でオレリアの剣の拘束を解く。「(いつか隙を、と思ったがこのままじゃ埒が明かねぇ…どころか、この分じゃあこっちがやられかねねぇ…!!)」戦況を理解した男は心を決める。「(―――…仕方ねぇな…。)」そして男はお返しとばかりに上から下へ、オレリアに思い切り剣を振るった。「!!」オレリアは当然、それを自らの剣で受ける。男の剣先はオレリアの剣にぶつかりながら、地面に向かって落ちた。オレリアが剣を構え直し、次の攻撃動作に入ろうとした時だった。「!!!」突然ズシン、とオレリアの持つ剣が重みを増した。「…は?」まるで岩のように重くなったその剣は、あまりの重さに微塵も動かせなくなった。それどころか、刃先が地面に沈んでいる。オレリアの動きが鈍くなった、その一瞬の隙を突き、男の剣が容赦なくその体を切り裂いた。肩から腹にかけて、斬られた箇所から血が噴き出す。「―――…」その場に崩れ落ちるオレリアと、ずん、と重量感のある音を出しながら倒れる剣。「(咄嗟の出来事に手も足も出ねぇか。)」その様子を見て、男は剣を振るうと体を翻した。―――男は密かに、『神の力』を持っていた。それも、『自分の武器で触れた、相手の武器の重さを増す』力の持ち主だった。自分の剣技の実力に自信を持っていた男は、この力をあえて隠していた。そしてそれは、仲間に対してもそうだった。『あいつは"力のおかげ"で勝てている』と思わせたくなかったからだ。更には、力が仲間内や上層部にバレた時、ライリ達のようにその身を酷使されることもごめんだと思っていた。力を公にするメリットよりもデメリットを重視した彼は、力を隠すことに決めた。だが、万が一にも自分の身に危険が及んだ際には、こうして人目を忍んで力を使用していたというわけだ。「(実力でどうにかしたかったところだが…仕方ねぇな。)」だがそれだけこの女が手ごわかったということ。「(…この女、やっぱり使えるな。まだ息はあるだろ。捕まえて献上するか。そうすりゃ俺の報酬も―――)」そう思って仲間を呼びに行こうとした時だった。男の背後に、何者かの影が近寄っていた。「ッ!!!」男は気配を察知して咄嗟に振り返る。そこには、剣を振りかぶるオレリアの姿が。「(―――…は?)」自身に迫る剣を目にして、視界がスローモーションのようになり、疑問が湧いた。―――力はまだ解除していない。なのに何故、そんなに軽々と持ち上げている?何が―――…。だがその思考は、オレリアの振り下ろされた剣により、断ち切られた。斬りつけられ、仰向けに倒れ込む男。男の体には、オレリアとは逆の角度で、肩から腹部にかけて傷が走っていた。先ほどオレリアは、混乱する思考の中でも、当たる直前に若干の回避動作を取っていたため、致命傷を免れた。だが、男の傷はそれよりも深く、彼は気を失ってしまった。息を切らしながらそれを見下ろす、血だらけのオレリア。「…お返しだ。」額から垂れる血を袖で拭い、ため息をつくと、続けざまに悪態をついた。「………汚え真似しやがってよ…!…つーか、こんなもん勿体ぶってんじゃねぇよ!」そこまで言って、はたと気づいた。「…ま、私も人のこと言えねぇか。」オレリアの手にある剣は、先ほどのものとは別の剣だった。後方奥には、先ほど石のように重くなった剣が、その場に落ちたままだった。


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