◆チェリvsフィリス+エスター ①
チェリは家の陰に隠れて辺りの様子を窺っていた。フィリスの攻撃から一度逃げ切れはしたものの、二人の姿を見失ってしまった。どこから現れるかわからない緊張に包まれるが、その心は熱く煮えたぎっていた。「(私がやらないと…!!似たような力で負けてられるわけないじゃない!!)」おまけに先ほどのライリ戦で、自分が放ったナイフのせいで仲間に傷を負わせる、といった失態を犯したこともあり、どうにかして皆の力にならなければと躍起になっていた。そんな時だった。チェリの背後に何者かの影が近づく。「ッ!!」気配に気づいたチェリが息を呑んで咄嗟に振り返ると、そこには――――「バシリア…ッ!?」深手を負った筈のバシリアの姿があった。「ちょっ…傷大丈夫なの…!?」慌てて近寄りながら小声で声をかける。服はボロボロ、血で真っ赤に染まっており、チェリの血の気が引く。「大丈夫だ。見た目ほど大げさじゃない。」「いやいやそんなことないでしょ…!」「お前に伝えたいことがあって来た。」「!」そしてバシリアは周囲を警戒すると、チェリの手を引いた。「一先ず家の中に隠れよう。中なら奴の攻撃が通ることもないだろう。」そうして近くの家の中へと入って行った。――――外から見えない位置を探すと、壁に背を預けて二人並んで座った。「ごめんなさい…私がうまくできなかったせいで……。」そんなチェリにバシリアは優しく微笑んだ。「何を言ってるんだ。チェリは十分にやってくれた。私とイアンの負傷は、単に私の力量が足りなかっただけだ。陽動作戦は成功してたぞ!」「そんなことッ…!」「だから、そんなお前の力を見込んで頼みに来たんだ。」「!」「確かに私はこれ以上戦えない。…だからお前に預けに来た。お前なら、あの子達をどうにか出来ると思ってる。」「あの子達って…。」そこまで言ってはっと思い出す。「そうだッ…デジャは…!?」チェリは自分がフィリスに襲われる瞬間、デジャがライリの方へと向かって来ていることに気づいていた。また目配せで、デジャがチェリに対して「自分が引き受けるから逃げろ」と促していたことにも。だからこそあの場を離れたが――――「…デジャは、ライリとの戦いを一身に引き受けてくれた。」「……!」デジャの強さは理解している。だが相手は強力な『神の力』持ちだ。ライリと顔見知りとはいえ、デジャの身を案じるチェリ。そんなチェリに対し、バシリアが真剣な表情で頼み込む。「…だが、だからこそ。ライリをデジャが引き受けてくれる今だからこそ、チェリにはあの少女二人をどうにかしてほしいんだ。」「!」「…情けない隊長からの頼みで、申し訳ないが。」「そんなことないわよッ…!…私だって、皆の力になりたい…!!」そんなチェリの言葉にふっと微笑むと、すぐに顔を引き締めた。「例の白髪の少女の力について考えたんだ。」「!」チェリもバシリアの話に耳を傾ける。「あれはおそらく、対象に対して武器を『自動追尾』させる力だろう。」「自動追尾…?」「対象を定めて武器を放つことで、その対象に向かって武器が勝手に攻撃してくれるってわけだ。」「!」チェリは自分と同じような力だと思っていたが、確かにそれなら納得ができることがあった。「…確かに、さっき攻撃から逃げた時、家の後ろの奥に逃げて、あの子の視界から外れても追って来てた…。」「あぁ。私もそれを見た。」「それで暫く走っても追っかけてきたから、家の曲がり角に逃げ込んだのよ。緩いカーブを描いて奥の家の壁に突き刺さってた。」「きっと、対象の咄嗟の動きには対応出来ないんだろうな。実際私達が最初に襲われた時も、前列にいた私達は咄嗟にナイフを避けて回避できたが、後列にいた兵士達は距離があった分、逃げの動作含めて捕捉されたのか、避けきることができなかった。それが『自動追尾』である欠点か。」「そういうことなんだ…!…私とか含めて、何か対象に力を及ぼすタイプの『神の力』を持つ人って、大体その対象を目視できる範囲じゃないと力が行使できないんだけど、…『武器に勝手に攻撃させるようにする』…って力なら、確かにそれも可能なのかも…。」「おそらく対象を目視で決定さえすれば、後はどうとでもなるみたいだな。…それから、武器自体は進行方向の障害物の検知や回避はできないこと、武器は何らかの物体に接触した時に、その力を失う、ということもわかった。」「そうよね!人でも物でも、当たれば止まったもんね!」「あぁ。」情報の整理を終えたところで、バシリアがチェリに向き直る。「彼女の相手はお前にしか出来ないと思ってる。」「!」「ただでさえ厄介なあの白髪の少女の力に加えて、あの『武器を増殖させる』金髪の少女も着いていると来た。…通常の人間であれば、近づくことも叶わないだろう。遠距離で攻撃をするにも限界がある。…だが、お前になら突破できる。そう思ったからこそあちらも、お前にあの二人を相手させたんだろう。」「…!」「チェリ、お前になら出来る。お前のその精密な操作技術と強い意志があれば、必ず勝てる。私が保証しよう。」「…バシリア…。」「…頼むことしか出来ないが、…お前の力を見込んでお願いだ。」そう言って頭を下げようとしたバシリアの肩を掴む。「ちょっとやめてよ!…仲間は、そういうのナシよ!」「!」「任せなさいよ!!今の話聞いて、俄然やる気出てきたわ!力がどんなもんかわかれば、どうってことないわよ!相手はしかも年下っぽいし、負けるわけにはいかないから!!」腕を振り上げて高らかに宣言するチェリだったが、ふっと笑って遠い目をする。「…それに、皆頑張ってるんだもん。私が頑張らない理由はないわよ。」「チェリ…。」「…任せて、バシリア。私にもかっこいいとこ見させて。…さっきのバシリア、すごくかっこよかった。だから今度は私の番。」「…あぁ。」あまりの頼もしさに笑みが零れるバシリア。「バシリアはどうする?このままここにいる?」「いや…隙を見て部下と合流する。待たせているもんでな。」「え…大丈夫?」「大丈夫だ。逃げる体力くらいはある。」そんな状態でわざわざチェリを探しに来てくれたというのか。「…ありがとう、バシリア。」「あぁ。武運を。」「うん。」
◆ジタvsサンドラ
森の奥、草むらを走る一人の少女。そこに忍び寄る一つの影が。そして「!」背後から仕掛けられた攻撃を、屈んで手をつきながら少女はそれを避ける。そしてそのまま横に走って距離を取ると、攻撃を仕掛けてきた相手に振り返った。「こんなところまで一人で来やがってよ。何企んでんだ?」その声の主はジタだった。肩に剣を乗せながら少女の前に佇む。先ほど彼女のいた集団がバシリア達と対峙した際に、彼女が集団の中からこそりと抜け出していったのを見つけ、ここまで追って来たのだ。ジタからの問いに少女が答えずにいると、ジタがその考えを見透かしたように続けた。「…まぁどうせ、あいつらが争ってる間に、欠片か村人か先に見つけちまえば…って魂胆だろうけどよ。」「…」このあたりの地形からして、数十人という大人数の村人たちが隠れるとしたら、あの岩場の崖しか思い当たらないだろう。彼女はそこを狙って来ていた。「たった一人で来るなんて、よっぽどの自信があるんだろうな。…でも残念だったな。そうはさせねぇぞ。」そう言って剣を下ろした。「…おいガキ、さっさと降参すれば痛い目遭わせずに済ませてやるぜ。」「…どっちがだろうね。」「あぁ?」すると少女は突然ジタに向かって駆け寄って来た。「!!」咄嗟に剣で防御の態勢に入るジタ。少女の短剣をそれで受け止める。「…ッのガキ…!」「ガキガキって…私そんなに若くないんだけど?」「あぁ?」「舐めてると痛い目見るってこと、わからせてあげるよ。」「はっ、そりゃ楽しみだな。」お互いに剣を弾いて後方へと飛ぶ。そこから互いに攻撃を仕掛け、剣を何度か交える。「(それなりの技術はあるみたいだし、妙な動きをするが、そこまで強いとも思えねぇ…。)」ジタは、さっさとケリをつけて仲間達の元へ戻る方が得策だと思ったが、年頃の少女を斬るのはやや抵抗があった。「(どうすっかな…。)」悪いが隙を見て蹴りでなんとか無力化しようかと、思案していた時だった。「!」ジタが短剣に気を取られている内に、少女は懐から出した二つ目の武器をジタに突き出した。咄嗟に避けるが、手の端が少しばかり切れてしまった。「…おいおい、どこに隠し持ってんだぁ?」避けるのに造作も無かったため、ジタは余裕を見せていたが、その時少女がにやりと不気味な笑みを浮かべたのが見えた。「…あ?」「良かった。あんた強そうだから早めに対策打って。これが精いっぱいの不意打ちだからね。」「何言って――――…」そこでハッと思い出す。確か『神の力』を持った女が、6人。「…」傷を負った手を見る。が、そこには特に異常は見られない。「(…おいおい、やらかしたか…?)」ブローニャには呆れられ、チェリ達には馬鹿にされそうな事案だなと思っていた時だった。「……!!」「…私もライリ達みたいに、便利で楽な力だったら良かったんだけど。」少女が言葉を紡ぐに連れて、ジタの視界が暗くなっていく。そして、5秒もしない内に、ジタの目の前は真っ暗になった。「……おいおい…。」思わず苦笑いが浮かぶ。どうやら少女の力とは、『武器でダメージを与えた対象の視覚を奪う』ことのようだ。「迂闊だったね。私のこと舐めてたからか知らないけど。…まぁ、こっちとしても都合が良かった。仲間がいないこの状況じゃ、誰も助けてくれないしね。」そう言って少女はジタに詰め寄ると、さっさと片付けようと攻撃を繰り出してきた。だが、「!!」少女が放った斬撃は、ジタの剣によって止められた。少女の動揺する様が感じ取れたジタは、冷静に呟いた。「伊達に数年、片目だけで生きてきてねえからな。」「…!」咄嗟に距離を取り警戒する少女。確かに足元では草原の上に木の葉や木の実が散乱し、音を聞き取れないことも無い状況だった。だがそれにしたって、斬撃を受け止めたのは…。「(まさか風切り音だのを聞き分けたってこと…?)」それとも呼吸音まで聞こえるのか。だとしたら相当耳が良い。下手に近づけば、こちらが不意を突かれない可能性も無くはない。そんな風に少女がジタを警戒していた時だった。「(あっぶね~~~!!なんかかっこいいようなこと言って牽制かけてみたけど、今回は運良く防げただけだからな…!!)」どっと冷や汗をかいていたジタ。「(やべぇよやべぇよ…!!どうすんだ、これ…!!)」目はぎょろぎょろと動くものの、視界は全く見えない。ゼロだ。確かに片目が見えない分、音を頼りにしている部分も大きくはあったが、耳が良いと言ってもそれなりだ。「(でも偶然とはいえ、この場所はこっちにとっては都合が良い。それだけに、場所を移されちゃ叶わねぇな。)」そして視界が消える前の周囲の状況を思い出す。広けた草原、足元に散らばる木の葉や木の実、周囲には木々が。木々の騒めく音は、遠くに聞こえる。「(…仕方ねぇ…。やるしかねぇか。)」大して少女は冷静に見極めていた。「(先手は打てた。相手の目が見えていない分、こっちの方が有利に決まってる。)」これまで戦って来た相手はさっさと切り倒して終わった。視界とは、それだけ戦いにおいて重要な感覚なのだ。こいつも仕留めるのにそんなに時間はかからない筈。もしかすると仲間の援護が来る可能性もあるが、早いところ始末してしまえば問題ない。「!」その時、ジタが剣を下ろして左右に動かしながら、足元を確認するかのように草むらに剣を這わせていた。若干横に移動しながら、周囲に障害物が無いかも確認しているようだ。「(…こんな状態で、まともに戦えるわけがない…――――!)」少女は心を決めて、武器を握って構え直す。その時、カサリと足音が聞こえた。「(来るか…。)」ジタも剣を構えると、「!」音のする方に向かって数歩前に出ると、二、三度剣を振りぬいた。それを避けながら少女がハッと気づく。再び距離を取ると、驚いたように呟いた。「なに…その剣…!」ジタの真っ赤に色づいた剣を見て目を見開く少女。「…さて、なんだろうな。」意味深に笑みを浮かべるジタに余裕を感じた少女は更に動揺する。「(避けた時、なんだか熱気を感じた…。――――まさか、『武器が熱を帯びる』…『神の力』…!?)」アホそうだったのに、こんなものを隠し持っていたとは。「(…ちょっと厄介だけど…。)」だが剣が発熱するからなんだというのか。確かに当たったら一溜りもないだろうが、当たらなければいい話だ、と再び剣を握り直してジタに攻撃を仕掛けに行く。するとジタもそれに気づいてすぐさま反撃しようと動き出す。大きく右に逸れつつ、地面を削りながら振るわれたその剣は草原の草や葉を燃やしながら少女の元へと振られる。「!!!」燃えた草や葉が飛び散り、少女の方へと降り注ぐ。その中に、何か液体のようなものが混じっていた気がしたが、少女はそれについて考えるどころではなかった。「…このッ…!!」咄嗟に左に避けながらも、少女は再びジタへ攻撃を仕掛ける。「―――!」左からわずかに風切り音がしたため咄嗟に後方へと飛んで避けようとする。が、少女の短剣はわずかにジタの左腕を切り裂いた。そのまま後退するジタを追撃する少女。ジタは咄嗟に剣を前に掲げて防ぐ。防いでそのまま少女に向かって押し込んだ。「…ッ…!」力強さに思わずふらついた少女だったが、すぐに持ち直す。その間、ジタは再び剣を振るう。二度、三度、少女が攻撃を与える隙を与えないよう、猛攻を仕掛ける。空を斬り、地面を削り、草や葉を燃やしながら、攻撃の手を休めることはない。再び少女に液体のような雫が若干飛んでくる。「(何これ…?)」雨は降っていない筈。だがそれよりも、轟々と燃え盛る周囲の炎の音と、熱により熱くなる体に気を取られていた。やがて疲れたのか一度攻撃をやめ、ジタは後ろに下がった。これをチャンスと思った少女は、それを追撃する。ジタも体を翻しながらそれをなんとか避けるが、避けきれずに体を掠っていく。腹部、腕と、次々と切り裂かれる体。少女は、一度、二度、と短剣を振るいながらそのチャンスを伺う。そして、「(ここだ…ッ!!)」「…!!」少女の短剣は、ジタが庇おうとした左腕に突き刺さった。だがその瞬間。ジタの手が短剣を捕える。「……捕まえたぜ。」「!!」突き刺さった短剣は抜けたものの、ジタが手を掴んで離さない。「悪いな。」「!!」その時、ジタの蹴りが少女の脇腹に向かって繰り出されようとしていた。慌てて手を離し、後方へと逃げる少女。「!!」少女が距離を取ってから気づくと、ジタは剣をしまい短剣を捨て、弓矢を構えていた。「!?」そして少女に向かって、即座に3本ほどの矢を放った。「は…ッ!?」少女は慌ててそれを避ける。「な…ッ、何、いきなり…――――!!」すると、少女は自分がいる後方からバチバチと炎が燃える音が聞こえた。振り返ると、草や葉が激しく燃え上がってる。「……なッ……!!」そして、ジタは再び剣を取り出すと、自分の目の前で下に向けて振るった。ジタの前でぼうっと炎が燃え上がる。「っはは!その反応、どうやら上手くいったみてぇだな!」少女は炎に囲まれ、逃げ場を失っていた。「……ッ…!!!」「正直途中からわけわかんなくなってたけどよ!まぁなんとかなるもんだな。」「この…ッ…!!」少女はあたりを見回すが、一面炎の壁ばかりで、どこにも逃げ道は無かった。「……!!」「おら、さっさとこの力解除しやがれ。じゃねえとそこから出してやらねえぞ。」ジタの言葉と目の前の状況に、少女はふっと力を抜いた。そしてその場に座り込んでしまう。「…別に、もういいよ。」「!」「ほっとけば?…私が死ねば、その力だって消えるよ。」もう疲れた、とでも言いたげにそこから動こうとしない少女。「…」それを聞いて、は―…とため息をつくジタ。少女は項垂れ、その場から動かない。炎が少女に近づいてくる。「…お前、生きたくねぇのかよ。」「…結果残せなかったし…。きっとまた怒られて、汚れ仕事を増やされる。…もう、いいんだよ。こんな人生なら、もう…。」その時だった。突如少女の腕が掴まれて、引き上げられる。「!!」いつの間にか少女の近くに来ていたジタが、少女の腕を掴んで立ち上がらせたのだ。「何言ってんだガキが。まだいくらでもやり直せるだろうが。」「…!!」「あんな狭い世界にいるから駄目なんだろ。暗い部分しか見えない組織にいりゃあ、そりゃ視野も狭くなる。もっと世界を見ろ。お前が思ってるより世界はずっと広いし、希望も、優しさだってある。――――…俺が保証してやる。」そう言ってふっと微笑んだジタに、少女は泣きそうになる。だが。「熱っっ…!!おら、さっさと出るぞ!!このままじゃ丸焦げだ!!!―――…って、俺どこから来たんだっけか…!?」そう言って少女の手を引きながら慌てて炎の中を抜け出していくジタ。息を切らしながら炎の中を脱出する。「やべ…!!おい、俺燃えてねぇか!?大丈夫か!?」「…っふふ…、」ジタの様子に思わず涙が引っ込み、笑顔がこぼれる少女。そして自分でそれが確認できるようにと、ジタにかかっていた能力を解除してやった。「!おぉ…」視界が戻って本当に元通りになるのかと感動するジタ。「おぉ…!!」だが開けた視界の中、自分が思っていたよりずっと炎が燃え盛っているのが見えて、焦るジタ。それが見えた瞬間、「やべッ!!誰か!!水!!延焼しちまう!!あ、おぉ!解除してくれてありがとな!!―――あぁ、川!!川が確か近くにあった筈だ!!!―――あ!?待てよ!!水ダメじゃねぇか!!―――…土だ!!土のが良い!!おら、お前もさっさと手伝え!!!」それなりに怪我をしているにも拘らず、炎に慌てふためくジタを見て、笑ってしまう少女だった。――――その後近くに合った家から桶や荷車などを借りて、二人で急ぎ土をかぶせまくり、ぜーぜーはーはー言いながら炎を消すことが出来た。「…ったくよ…。」土だらけになりながらその場に座り込むジタ。その隣で少女が呟いた。「それにしても、なんで水じゃダメだったの?」「俺が油を撒いたからだな。」「は?」「俺の剣、仕込みがあるんだよ。」「仕込み…?」そう言ってジタは自分の剣を取り出すと、指で指しながら説明してくれる。「特注で作ってもらったんだが、この刃の間に油が通る管が仕込まれてるんだ。手元のトリガーを押すと、刃先から油が出るような仕掛けになってる。」「!それって…。」最初にジタが足元を探っていたと思われたのは、油を撒いていたのか。草や葉があれだけ燃え上がったのも納得が出来る。「…じゃああんたのせいじゃん。」「ぐっ…、しょうがねぇだろ!アレしか思いつかなかったんだから!!元はと言えばお前だろ!!」「…まぁ、確かに…。」そう言って笑うと、少女は膝を抱えて俯いた。「…バシリア達ならきっと、お前を悪いようにはしねぇよ。」「!」まるで考えを見透かしているかのように、ジタが声をかける。「罪を償って、お前が抱えてるもん、全部一回清算しちまえ。そうすれば胸張って生きられるようになる。…もしかしたら、長生きしたいって思えるようなものも、見つけられるかもしれねぇぞ。」「…あんたにはそれがあるの?」「俺は世界各地旅して、沢山のものを見て、世界を知ったが――――…そうだな。見つけたかもしれねぇな。」「…」「俺からもバシリアに言ってやるよ。な。」そう言ってジタは立ち上がると、少女に手を伸ばした。「そういや名乗るのを忘れてたな。俺はジタだ。」「…」少女はジタと差し伸ばされた手を見上げた。そして希望を掴むように、その手を取った。「…私はサンドラ。」「よろしくな、サンドラ。」「…うん。―――…ありがとう。」そう言ってサンドラは微笑んだ。
◆ブローニャvsヘル ①
「すまないな。突然交替してしまって。」「…おかしな奴だな。命のやり取りをする相手に対して、何をそんなに誠意を見せる必要がある。」「…お前にはそうすべきだと判断した。2人の少女を守りながら戦うお前が、卑劣な奴であるとは私には思えなかった。」「…!」「…本当ならお前は、お前をここに派遣したような連中を毛嫌いする人種じゃないのか。」「…少し見ただけで、何をわかったようなことを…。」だが興味が湧いたのか、ブローニャの会話に乗るヘル。「そりゃあ嫌いな奴は大勢いるさ。クソなことばっかりしてる、クソな連中ばっかりだからな。仕事も汚れ仕事ばっかりだ。私達の力を利用して、あれやこれやと汚いことをさせる。」「…」「…だがな。あそこには…――――私達みたいな人間にとっての、居場所がある。」「…!」「それだけでも私――――…いや、私達にとったら、十分守る価値がある組織だ。…お前らにはわからないだろうがな。世間からつまはじきにされて…忌み嫌われて…―――…居場所を失った奴らが辿り着く場所だ。あのフィリスやエスター、…ライリだってそうだ。皆自分の“役目”や“存在意義”…そして“生きる意味”をあそこで見つけた。…綺麗事は結構だがな。そもそもあいつらがそうせざるを得なくなったのは、お前ら“そちら側の”人間の責任だ。」どこか怒りを込めたヘルの目に、ブローニャは先日の出来事を思い出した。“悪党”と呼べないまでの人間が及ぼす悪意に傷つけられる人達もいる。「そっちの言い分は当然だ。だけどな、世の中まともに頑張っても、どうしようもできなかった奴だって大勢いるんだよ。金だ人種だ、肌の色だ、生まれがどうだのなんだのってな。…生きるためには、悪事を働かなきゃどうしようもない状況や、環境だってある。…それはお前にだってわかる筈だ。…そんな時、お前らがどうにかしてくれようとしたことがあったか…?」どこか悲痛な面持ちで尋ねる。ブローニャは思い当たる節があった。例えばチェリの件だって、先日の件だってそうだ。あずかり知らぬ場所で、彼女達のような人が悪意を持った人間により被害を受け、光の刺す場所から追いやられ、傷心し、あの組織へ流れ着いているということもあるのだ。ブローニャの表情を見て、ヘルがどこかバツの悪そうな顔をする。「…悪い、これはあんたに言うことじゃなかった。…でもな、皆…自分の正義のために戦ってる。」そこまで言ってはたと、つい言い過ぎてしまったと眉間に皺を寄せる。「…喋り過ぎたな。」そう言ってヘルは剣を構えた。そんなヘルに対し、ブローニャは未だ考え込むように地面を見つめていた。「…正直、お前たちがそこに至った経緯について考えると、慮る気持ちが生まれないこともない。」「!」そう言いつつもブローニャは、ヘルと同じく剣を構えた。「だが少なくとも、非力な人間を襲って略奪することが正しいことだとは私は思えない。…そしてそれが、お前達自身にとっても。」「…」「…お前が正しいか正しくないかを決める権利は私にはないだろう。…だが、私の中の正義の基準では、…お前達がやっていることは、正しくないとはっきり言える。だから私は、私の正義を貫くために、お前達を止める。」「…そうか。」「申し遅れてすまないな。私はブローニャだ。」「…私はヘルだ。」そう言って名乗ると、お互いにその場を駆けだした。
◆ヘザーvsグレンダ
ヘザーとグレンダそれぞれが短剣を振り被り、やがてそれがキン!という激しい金属音と共に交わり、合わさった。その時だった。「!?」パリン、と音がしたかと思うと、ヘザーの持っていた武器がひび割れバラバラに砕け散ったのだ。「なッ…!!」その合間にグレンダの短剣がヘザーめがけて振り抜かれる。――――が、「ッの…!!」ヘザーはのけぞりながらギリギリでそれを躱して、後方へ飛んで距離を取った。はあはあと息を切らして驚くヘザーに対し、グレンダは声高らかに笑う。「あっはは!びっくりしたぁ?武器無くなっちゃったけど、どうす――――」グレンダが挑発しようとした時だった。ヘザーは家の壁に手を当てると、そこから木製の剣を作り出した。それを見て今度はグレンダが目を丸くする。「はあッ!?何よそれッ!!?」「はっはー!!武器がなんだって!?」余裕そうに見せるが、ヘザーは内心焦っていた。「(“何それ”はこっちの台詞だっつーの…!なんだ今の…!?武器が割れたぞ…!)」グレンダの言葉と自信満々な様子から見て、彼女の『神の力』であることは間違いない。でもそれはどういう力なのか。「(『武器を破壊する』、とかそんな感じか…?)」対してグレンダの側も、まさかの展開に余裕が無くなっていた。「(何よ何よアレ…!!何もないところから武器が現れたわよ!?まさか『武器を作れる』力だとでも言うんじゃないわよね…!?)」だとすると、自分とは相当相性が悪い。「(―――…先に手の内を見せちゃったのがまずかったわね…!でも、あっちが作るより早く、こっちが仕掛ければ――――…!)」そう思いグレンダは走り出す。「!!」それを見てヘザーも構える。「(今のところは大丈夫だ――――…ってことは、あいつの武器があたしの武器に触れた時が契機か!?)」グレンダが突きを食らわすが、ヘザーはそれを避ける。「(だったら、要は受けなきゃいいだけだろ…!)」間髪入れずにグレンダは斬撃を二発、三発と仕掛けて行く。「(…ッこいつ意外と早ぇ…!!)」流石あの集団の中にいるのも伊達ではないということか、と迫ってくるグレンダに対し、ただ避けるだけでは精いっぱいとなったヘザーはついに武器を盾にしてしまう。だが、「!!」当然のことながら、防ごうと出した剣は、グレンダの剣が当たった場所からパキリと折れてしまう。そして、刃先はヘザーの脇腹を掠った。「…!!」これをチャンスとばかりにグレンダは更に攻撃を仕掛けてくる。咄嗟に家の壁に手を付いて今度は槍を作り、グレンダの剣を払おうとする。「わッ!!」それにより多少相手のペースを乱しはしたものの、それすらも壊される。「(触っただけで駄目なのか――――…でも、)」その僅かに生んだ隙を利用して少し距離を取り、再び槍を作り出しグレンダに向ける。「…ッ…!!」長物の武器に少し躊躇うグレンダ。「(この場所、分が悪すぎる…!)」相手の逃げ道を塞げると思ったが、家に囲まれたこの場所は、ヘザーの武器が作り放題のようだ。「(どうにかして広い場所に移動しないと…!…でも…)」ちらりとグレンダの目線がある一点に向かう。その躊躇いを見逃さなかったヘザー。「こっちから行くぜ。」「!!」攻勢に出た方が勝つ、そう思ったヘザーは逆に自分から急ぎグレンダに向かって行った。「!!」僅かでも迷いを見せたグレンダをヘザーは見逃さなかった。「…ッの…!!」槍を突き出してきたヘザーの攻撃を剣で払いながらそれを破壊するグレンダ。「!!」だがそうしている間にもヘザーは距離を詰めながら剣を作り出し、グレンダに向かって振りかぶっていた。「!!」咄嗟にそれを避けるグレンダ。先ほどとは打って変わって、今度はグレンダが攻められる番となった。ヘザーの攻撃がグレンダを圧す。「(~~~こいつ…ッ!!)」グレンダは、ヘザーの剣を自らの剣で受けてそれを破壊した。だがヘザーは逆の手に作り出した剣で、再び斜め下から上へ向かってグレンダに振り出していた。「!!」防ぐ動作が間に合わず、中途半端な状態でヘザーの攻撃を受けるグレンダ。「(やばッ…!)」その時、グレンダの体勢が若干崩れる。それを狙う。「いたッ…!!」ヘザーの蹴りが、グレンダの剣を持つ手を捕え、それを弾き飛ばした。慌ててそれを拾いに行こうとしたグレンダだったが、ヘザーの剣によって動きを封じられた。少し息を切らしたヘザーが、固まったグレンダを見ながら呟いた。「当たった時の衝撃は逃がせねぇみたいだからな。…はっ!どうだよ!あたしだって結構やるんだよ!」その得意げな笑顔を浮かべるヘザーと、あまりにもあっさりとした幕引きに、悔しさで泣きそうな顔になるグレンダ。「~~~~~なんなのよあんた…ッ!!」「悪いけど、こればっかりはあたしのが上だったな。」「~~~~!!」確かに無駄のない素早い動きだった。おそらく相当訓練したのだろう。でも、自分だって。不貞腐れたようにその場にどさりと座り込むグレンダ。その様子を見てヘザーは呟いた。「…お前、人殺したことないだろ。」「!!」図星だった。それを指摘された恥ずかしさと情けなさにグレンダは怒鳴る。「……ッあるわけないでしょッ!!あたしがそんなこと!!」自分の手で地面を叩きながらグレンダが叫ぶ。「いつも武器さえ破壊すればあとは誰かがやってくれてたし…!!」「…だろうな。」「!」「どう考えても覚悟が決まってない奴の動きだった。…数か月前までのあたしだ。」「…!」まるで“お前の敗因はそれだ”とでも言いたげなヘザーの言葉に、カッと熱くなるグレンダ。「あんただって…ッ!弓矢あるくせに使ってないじゃない!!」「!」「あんたの腕だったら、あたしなんか簡単に射貫けたでしょっ!?」グレンダはライリに矢を放っていたヘザーを目撃していた。「どこまで舐めれば気が済むのよ…ッ!!」額に手を当てながら涙をこらえるグレンダ。それを見て静かに、悲しげにヘザーは言葉を放つ。「あたしは、単に人を殺したくないだけだ。お前や誰かを殺したら、悲しむ人がいる。…お前だってそうだろ。」「……ッ…」「あたしの姉は、お前らの組織に利用された人間から欠片を奪われて、…そのせいで殺された。あたしは、その仇討ちをしに、ワヘイからここまで来たんだ。」「…!」グレンダがハッと顔を上げる。ヘザーは厳しい目をグレンダに向けていた。「別にお前に人殺しの経験がないことを馬鹿にする気はねぇよ。…寧ろ、その方がいいとさえ思ってる。―――…でも、お前がいる組織は、そうはさせてくれねぇだろ。…このまま欠片の奪い合いを続けてりゃ、これからもそういうことが起きる。やらなきゃいけなくなる場面が必ず出てくる。」「…っ…」そんなことはわかっている、と答えたかったグレンダ。だが“自分たちの組織のせいで姉を失った”と言うヘザーの前でそれを言うのは、どこか憚られた。“ワヘイから”遥々、“仇を討ちに来た“――――先ほどの動きを見ても、どれだけ訓練を積んだことだろう。欠片の争奪戦により生じた不幸は、当事者だけではなくそれに関わる人々の人生までも奪うのだ。「……っ……」何も考えてこなかったわけではない。だが――――「…そもそもお前みたいな奴が、なんであんなところにいるんだよ?」グレンダの思考は、ヘザーのその一言で引き戻された。「…」「…なんだよ。」「…家出よ。」「はぁ!?家出っておま…―――…しょうもねえ~~~~!」「うるさいわねっ!!」キッと睨み付けるグレンダ。だが次の瞬間には、しゅんとしょげたように俯き、語るように話し出した。「…家出してあそこまで流れ着いて…力を買われて組織に引き入れられた。…だけど、皆それぞれ事情を抱えてあそこにいるのがわかった。…ヘルもサンドラも、悪い大人に力を悪用させられて、こき使われて…すり減って…。ライリは住んでいた地域の人に迫害されて、追いやられて…逃げ出してきてた。フィリスもエスターも、酷い親の元で育って…挙句捨てられたって…。―――…私だけ…家に帰って、親の元に、…なんて。……出来るわけなかった。」「…」そして地面についた両手を握り締めるグレンダ。それを真剣な表情で見るヘザー。「……皆はそういう目に遭ってきても、辛くても苦しくても頑張ってた…。…なのにあたし、いつも足引っ張って…ッ……!」そしてぽたぽたと目から雫が落ちる。「…だからあたしは、皆のためにも、自分ができること…っ頑張らなきゃいけなかったのに…!!」「…」負けた悔しさはそういうことかとヘザーは腑に落ちた。元来の負けず嫌いの性格というのもあるだろうが、何か理由が無ければあそこまで過剰に悔しがることなどないだろう。「…じゃあ、終わりだ。」「!」グレンダが涙でぬれた顔を上げる。「全員、ここで終わりだ。」「なに、それ…。…どういう……」戸惑うグレンダに、ヘザーはふっと笑った。「あたしの仲間達は強いんだよ。…戦闘技術も、心もな。―――…皆がきっと、ここで終わりにしてくれる。お前らを縛って苦しませてるそれをな。」「……!」今もどこかで戦っているかもしれない仲間達を言っているのだろうが、もしかしたら殺し殺されているのかもしれないこの状況で、何を言っているのか。適当なことを、何の根拠があってそんなこと、と思うものの、その爽やかともいえるヘザーの笑顔を見ると、何故だか実現する気がしてきてしまう。―――どこか、期待してしまう。「……なんなの、その自信…っ…。」「ははっ!……皆さ、かっけーんだよな。…なんか、どうにかしてくれる気がしちまうんだよ。」仲間達の顔を思い浮かべて遠い目をするヘザー。
◆男vsオレリア
サイがリーダー格の男の剣を弾いた。剣は男の手を離れ、遠くへ落下する。「クソッ…!!」そして丸腰になった男にサイが剣を突きつける。「悪いが、ここまでだな。」疲労と負傷でそれ以上抵抗するつもりが無くなったのだろう。男がその場で手を挙げたため、サイが取り押さえる。そこに兵士達が駆け寄ってきて、男を縛り付けた。「ふー…やれやれ。」なかなか手ごわい相手だったため、無傷で、というわけにはいかなかったものの、命を奪われたり、重傷には至らなかったのは幸運だった。サイは痛む体を動かしながらムダル達の方へと歩いて行く。そこでは、倒された敵の男達を縛り上げた後であろう、ムダルと女狐隊長の姿が。「おいおい隊長さんよ、大丈夫なのか?」腹部が真っ赤に染まった様子を見ながら問いかけるサイ。「問題ない。応急処置は施してもらった。大した傷じゃない。」「…そうかよ。」そしてサイはムダルへと振り返る。「お前も無事だったんだな。」「あぁ、お前の方こそ随分と手間取ってたみたいだけどな。」「まぁな。なんとかなった。―――そういや、オレリアの奴はどうした?」「追加部隊の隊長さんとやり合ってたが大分白熱してたな。随分と移動してたから、森の方に行ったじゃねぇかと思うが…。」「おいおい…大丈夫かよ。流石のオレリアったってよ…。加勢に行かなくていいのか?」「いや、先に『邪魔すんなよ!』って言われた。」「……そうか。―――…だがやっぱり心配だ。俺は様子見てくるから、お前は他の奴のとこに加勢に行ってくれ。」「あぁ、わかった。」――――森の奥の方で剣を振り合うオレリアと男の姿があった。幾度となく激しい剣のぶつかり合いが繰り広げられる。剣を交えては弾き、避けては移動して、また振り合う。「(こいつちょこまかと…ッ!!)」さっさとケリをつけたいオレリアだったが、それなりの腕前で抵抗を続ける男をなかなか組み伏せられずにいた。男も男でどうやら、女だからと簡単にのしてしまおうと思っていたようだが、予定が狂ったようだ。オレリアの剣技に圧倒され続ける。「(クソッ…!!とんだ馬鹿力だ…!!)」技術も力も申し分ない。出来れば組織に欲しい人材だが、これだけの気の強さでは受けるわけも無いだろう。その時だった。「!!」剣を合わせた時、擦り合わせるようにオレリアの剣が弧を描きながら回転したかと思うと、男の剣を地面に押し封じた。そしてその状態のまま、オレリアは男に向かって蹴り足を放った。「(器用な奴だな……ッッ!!)」男は体を傾けながらそれを避けて、力技でオレリアの剣の拘束を解く。「(いつか隙を、と思ったがこのままじゃ埒が明かねぇ…どころか、この分じゃあこっちがやられかねねぇ…!!)」戦況を理解した男は心を決める。「(―――…仕方ねぇな…。)」そして男はお返しとばかりに上から下へ、オレリアに思い切り剣を振るった。「!!」オレリアは当然それを受ける。男の剣先はオレリアの剣にぶつかりながら、地面に向かって落ちる。オレリアは剣を構え直して攻撃の動作に入ろうとした時だった。「!!!」突然ズシン、とオレリアの持つ剣が重みを増した。「…は?」まるで岩のように重くなった剣は、そのあまりの重さに微塵も動けなくなった。それどころか、刃先が地面に沈んだ。その直後、オレリアの体が、男の剣によって切り裂かれた。肩から腹にかけて、斬られた箇所から血が噴き出す。額も若干切れていた。「――――…」その場に崩れ落ちるオレリアと、ずん、と地面に重量感のある音を出しながら倒れる剣。「(咄嗟の出来事に手も足も出ねぇか。)」その様子を見て男は剣を振るうと体を翻した。男は密かに『神の力』を持っていた。それも、『自分の武器で触れた、相手の武器の重さを重くする』力の持ち主だった。自分の剣技の実力に自信を持っていた男は、この力をあえて仲間にも隠していた。『あいつは“力のおかげ”で勝てている』と思わせたくなかったからだ。加えて、力が仲間内や上層部にバレた時、ライリ達のようにその身を酷使されることもごめんだと思っていた。力を公にするメリットよりもデメリットを重視した彼は、力を隠すことに決めた。だが、万が一にも自分の身に危険が及んだ際には、こうして人目を忍んで力を使用していたというわけだ。「(実力でどうにかしたかったところだが…仕方ねぇな。)」だがそれだけこの女が手ごわかったということ。「(…この女、やっぱり使えるな。まだ息はあるだろ。捕まえて献上するか。そうすりゃ俺の報酬も――――)」そう思って仲間を呼びに行こうとした時だった。男の背後に何者かの影が。「ッ!!!」男は気配を察知して咄嗟に振り返る。そこには、剣を振りかぶるオレリアの姿が。「(―――…は?)」目の前に迫る剣を目にして、スローモーションになった思考の中、混乱する男。――――力はまだ解除していない。なのに何故、そんなに軽々と持ち上げている?何が――――…。だがその思考は、オレリアの振り下ろされた剣によって途切れた。斬りつけられ、仰向けに倒れ込む男。男の体には、オレリアとは逆の角度で、肩から腹部にかけて傷跡が走っていた。先ほどオレリアは、混乱する思考の中でも、当たる直前に若干の回避動作を取っていたため、致命傷を免れた。だが男のそれは、オレリアのそれよりも深く、気を失ってしまった。それを息を切らしながら見下ろす、血だらけのオレリア。「…お返しだ。」額から垂れる血を袖で拭いながらため息をつくと、悪態をついた。「………汚え真似しやがってよ…!…つーか、こんなもん勿体ぶってんじゃねぇよ!」そこまで言って、はたと気づいた。「…ま、私も人のこと言えねぇか。」オレリアがその手に持つ剣は、先ほど持っていた物とは違う剣だった。オレリアの後方奥には、先ほど石のように重くなった剣がその場に落ちたままだった。