◆チェリvsフィリス+エスター ②
「…ねぇフィリス、あの子どこに行っちゃったのかな…。」フィリスとエスターはチェリを探して村の中を彷徨っていた。「わかんないよ…、こっちの方だったと思うけど…。でもこういう時はあんまり、建物が密集してるところとか、死角の多い場所に行っちゃいけないって、ヘルにも言われたし…。」「そうだよね…。」「もう少し探して、いなかったら他のところ手伝いに行こう!」「うん。」そうして極力建物に近寄らないよう、二人で分担をしながら周囲を警戒していた時だった。遠くを見ていたエスターが、何かに気づいた。咄嗟にフィリスの手を取る。「フィリス!!なんか飛んできてるっ!!」「えっ…!?」エスターに言われた方を見ると、視線の先で数本のナイフが宙を舞い、こちらに向かって飛んできていることに気づいた。「わわわっ…!エスター、武器ちょうだいっ!!」「う、うんっ!!」そう言ってエスターに増やしてもらった武器を次々と飛ばすフィリス。チェリのナイフに向かっていった数本の武器は、チェリのナイフに当たるとそれを弾き落とした。「び、びっくりした…。」「フィリス、次も来るかもしれないよっ!!」「う、うんっ!」――――「(アレって人だけじゃなくて物にも有効なの!?)」物陰から一連の流れを見ていたチェリが驚く。とはいえ、予想できることではあったのですぐに冷静になる。「(…まぁ、そうそう簡単にいかないわよね…。)」その時、エスターの声が聞こえてきた。「あっ…あっちの方から来たよ!」「ほんと!?」その言葉に咄嗟に物陰に隠れるチェリ。「(仕方ない…!次の作戦……―――!!)」そうして動き出したチェリ。――――「どっ、どこにいる!?」「わかんない…、もっと近づいて探してみないと―――」そうしてナイフが飛び出してきたであろう家の方の様子を窺っていた時だった。「!!」「な…っ、何あれ!?」家と家の間の奥の道から、人の大きさはあろうという、大きな長方形の木の板がこちらに向かって迫ってくるのが見えた。そして、その後ろにはチェリが潜んでいた。板に短剣を突き立て、それを盾のようにしながら走ってくる。先ほどバシリアと別れた後に、盾になるものを探して回っていたチェリは、先日村の中を見て回った際に、民家にこの板が立て掛けてあったのを思い出したのだ。おそらく扉などに活用するために加工していたものだろう。「こ…っこの…っ!!」咄嗟にフィリスが多数の武器を飛ばしてくる。真っ直ぐに飛んだそれは飛ぶに従って一つに集約し、チェリの持つ板に次々と突き刺さった。「ぐぅ……っ!!」その重みと衝撃に耐えながらも、チェリは足を止めない。「わわわわっ!!」それでも向かってくるチェリに対し、フィリスは斜め方向にナイフを投げた。「!!」飛んでいったナイフは途中からフィリスの力が有効になったのか、暫くまっすぐ飛んだ後に大きく弧を描いたと思えば、横方向からチェリに向かって飛んできていた。「(…なるほどね…!)」そんな可能性もあるかと思ったが、案の定だった。「(でも、これなら一度に沢山は放てない…!!)」だが木の板を持ったままこれを躱すのはチェリにとって至難の業だった。「(一先ずこれだけ近づけば…!!)」チェリは急に立ち止まると、板に刺さったナイフを抜きながらその場に倒すと、飛んできたナイフをしゃがんだりして避ける。バシリア達のように器用に武器で弾いたりなどは出来ないが、避けることくらいは出来る。「…!!」だが、両側からほぼ同時にナイフが到達したせいか、逆方向から来たナイフに対しての反応が若干遅れ、避けきれずに腕を掠った。だが今のチェリに躊躇している暇はなかった。直後、手にしていたナイフと、手持ちにあったそれをフィリス達に向かって飛ばした。「!!」そして木の板に刺さった数本のナイフを抜くと、急ぎ再び走り出す。「なっ…!!」戸惑うフィリスとエスターを見たチェリの脳裏に、先ほどのバシリアの言葉が蘇った。―――行動を開始しようと、バシリアが家の扉に手をかけた時だった。「それとチェリ、もう一つ助言だ。」「ん?」「お前の力の利点は、繰り出せるその手数の多さにある。…見たところあの二人は、まだあまり実践経験が無いように見えた。まして、いつも相手にするのは『神の力』を持たないような人間だろう。つまりは彼女達にとって、無抵抗にも等しい人間たちだ。そんな中で、遠距離で予測不能な動きができるお前の力は、十分脅威に値する筈だ。」「…うん。」「とにかく、焦らせて、調和を乱すことだ。そのためには、『休まず攻撃をし続けること』『不意をつくこと』だ。そうすれば、お前にいくらか分があるだろう。」「…!」―――――「(とにかく攻撃を仕掛ける!!)」チェリは二人の元へ走りながらも、その攻撃を休めつことはない。予測不能な動きで、数本のナイフを様々な角度、方向から飛ばして攻撃を仕掛ける。「えっ、えっ…!ま、待って…!!」案の定フィリスは焦っている。「ふっ…フィリス、落ち着いてっ…!!」チェリのナイフ1本に対し、1本ではその動きを完全に無効化するのは困難だ。だからこそ数本ずつ送り込まなければならない。それを対処する中で真っ向から向かってくるチェリの突撃。飛んでくるナイフか、目の前に迫ってくるチェリか。だがどちらを優先にしたってリスクが付き纏う。それをわかっているからこそ、フィリスの頭の中で混乱が生じていた。「えー…と、あっちに何本、あっちに…ッ…ど、どうすれば、」「フィリスっ…!」焦りながらも、とにかく武器を飛ばして飛ばしまくるフィリス。だがそれはチェリにとっても都合が良かった。「(武器に困らないのはありがたいわね…ッ!!)」たとえ飛ばした武器が弾かれても、その大量のナイフをまた使って攻撃が出来る。その点についてはありがたかった。だが問題は自分に向かって来た方のナイフ。チェリもチェリで、視界を広くしながら飛んでくるナイフに対して姿勢を低くして避けたり横にずれたりして避けながらも突き進む。転びそうになりながらも、ナイフが体を切り裂こうとも、その足を止めることはない。「(やってやる…!!やってやるわよッ!!)」数本のナイフが飛んできた。何とか避けようとするものの、あまりの本数に避けきれずに、その1本がチェリの腕にナイフが突き刺さり、2本が脚と頬を掠った。だが。「(関係ないッ!!!)」キッと顔を上げて、そのまま突き進むチェリ。「……ッ!!!」まさに猪突猛進、といったチェリの剣幕に圧され、フィリスに動揺が走った。その時だった。「―――いッ…!!!!」フィリスの攻撃をすり抜けてきたチェリのナイフが、フィリスの肩に突き刺さった「…!」その表情と声にチェリの胸が僅かに痛んだが、やむを得ない、と切り替える。そのおかげて隙も出来た。「フィリス…ッ…!!」エスターが心配そうに触れる。その時だった。「!!」二人の元に、黒い影が落ちる。二人が見上げると、そこには息を切らしたチェリが二人を見下ろしながら、ナイフを突きつけていた。そして、チェリが浮かせているのであろう、二人を取り囲むように、大量のナイフが刃先を向けていた。「降参しなさいッ!!降参したら、命だけは助けてあげるッ!!!」「……ッ…!!」そしてハッとして慌てて手を伸ばす。「武器…!武器!!手元にある奴、全部こっちに寄越しなさいっ!!」慣れないことをしているせいか、情けない調子で脅しをかける。エスターが慌てて手元や周辺にある武器を遠くへ投げ捨てる。対してフィリスは、ナイフが刺さった肩口を押さえながら痛そうに泣いていた。「ううっ……!うっ!痛いよぉ…っ!!」先ほどまで少し可哀想だと思っていたチェリだったが、それを見た瞬間、カッとなる。「…あんたが今まで攻撃してきた相手は、皆その痛さ、味わって来たのよッ!!さっきの兵士だって、…私だって!!」「………ッ……!!」涙目でチェリを見上げるフィリス。「……自分がされて嫌なこと、人にやるんじゃないわよ…ッ!!もう二度と、力を悪いことに使わないでッ!!…そんなことしてたら…っあんた達は…いつまで経っても幸せになんかなれないッ!!」チェリの言葉に大声で泣き出してしまうフィリス。エスターも泣きながらその体を抱きしめる。そんな二人を見ながら、彼女達が戦闘意欲を失ったことを確認すると、チェリは力が抜けたように青空を見上げるのだった。
◆ブローニャvsヘル
ヘルと対峙しながら剣を構えるブローニャ。「(チェリもヘザーも…そしてデジャも、皆おそらく頑張ってくれている。)」心配じゃないかと言われれば嘘になるが、皆がそれぞれ自分の出来ることを精一杯やっているのだろうと思えば、そんな不安も奥に押しやられた。「(ジタもオレリアも、サイもムダルも…皆だってそうだ。)」深呼吸をして、剣を握り直すブローニャ。「(…私も、ここで勝たなければならない。)」そしてじりじりと動きながら仕掛けるタイミングを両者窺う。――――…そして。どちらからともなく走り出して、剣を振るう。どちらとも慎重な性格をしているためか、まずは手を合わせて相手の出方を窺うつもりのようだった。――――「(この女…自らこの場を買って出ただけの実力は持ち合わせているようだが…。)」斬り合う中でヘルは、ブローニャの目の前で突然しゃがみ込み、低姿勢になった。「!!」ブローニャの視界から急に消えるヘル。ブローニャが視線を移した時には既に、ヘルは剣を振りぬいていた。「(さっきの女に比べて――――…圧倒的に経験が浅い。)」ヘルの剣は、咄嗟に攻撃を防ごうとしたブローニャの腕を切り裂いた。「…!」追撃を免れるように、ブローニャは瞬時にヘルに対して剣を振るう。ヘルは若干反応が遅れるが、それでもまだ余裕ありげに避けると、一度距離を取った。離れた位置で少し息を乱しながら剣を構えるブローニャを見ながら、更に考える。「(おそらく私より歳下だろう。この年齢を考えれば、寧ろ良くやっているくらいだ。)」そして少し斜め方向に歩きながらブローニャを見定める。ブローニャも目線でヘルを追う。「(…だが、あのプライドの高そうな女が、こんな小娘にこの場を預けたということは、理由がある筈…。)」そして先ほどの二人のやり取りが思い浮かぶ。「(やはり警戒すべきは、『神の力』か…。)」剣を構えると、走り出すヘル。「…!」それを見てブローニャも剣を握り直す。「(ここまで来て力の影響が確認できないということは、ライリやフィリスのように目視で発現するものでも、サンドラやグレンダのように接触した相手に作用させる力でもないってことか…?)」ヘルがブローニャに斬りかかる。咄嗟に避けたブローニャだったが、すぐに次の攻撃が迫ってきていた。ヘルの剣撃をなんとか自らの剣で防いで弾くが、ヘルは休む暇なんか与えない、とばかりにまた仕掛けてくる。ヘルからの猛攻に、されるがままになるブローニャ。だが、その中でもわずかな隙が無いかと探る。暫く猛攻を受けた後、ここだ、と見切りをつけたブローニャは、なんとかして攻撃を仕掛ける。だがそも、剣で抑えられたり、見越して避けられてしまった。それどころか――――「!(まずい―――…!)」ブローニャの動きを察知して、ヘルは急遽予定していた動きを変更する。流れるまま体を回転させると、逆方向からブローニャを斬りにかかった。「……!!」ブローニャの腹部が横一文字に切り裂かれる。「(…浅いな。)」急な攻撃でもブローニャは対応して回避行動に動いていた。咄嗟に、乱暴に、振り回したブローニャのお粗末な斬撃にヘルは再び距離を取り、一度呼吸を整える。腹部を押さえながら先ほどよりもダメージを追い、疲労が蓄積しているブローニャを確認する。「(ここに来ても“力”の発現は確認できない…。)」そしてすぐに剣を目の前で構える。「(どうであれ、さっさとケリをつけた方が良さそうだな。)」――――その頃、ブローニャは。「(流石ローザが手こずった相手だ…。普通に攻撃をしても駄目だ。そして、時間をかければかけるほどこちらには不利…。)」自分にはローザほどの実力も判断力も、経験則も足りない。なんとかヘルの攻撃パターンや癖を見極めようとしたが、ヘルの予測不能な動きにそれは難しく、翻弄される一方だった。ブローニャは頭を回転させながらどうすべきか思案していた。「(…奴の力はおそらく、敵対する相手の攻撃の、一手先が読める力…――――)」ヘルがこちらに向かって来ているのが見え、ブローニャも剣を構える。斬られた箇所がずきりと痛むが、気にしてはいられない。「(問題は、“確定した未来が見える力”なのか、“人の思考を基に軌跡を推測する力”なのかどうかだ。)」例えば、直前まで判断に迷った場合は?瞬時に判断を下したり、変更した場合は?「――――…」ヘルの攻撃を受けながら、先ほどまでの戦闘を思い出す。それを確かめようと何度も試みたが、ヘルの攻撃は素早く、無駄がないために、いかんせんリスクが高く、踏み込んで検証することが出来なかった。となると、時間の猶予もあまりない状況で、次に打つべき手は一つしかない。「(『力』は慎重に使わなければならないと思っていたが――――…)」使いどころを見極めなければいけない。でなければ、逆に利用されて終わりだ。そう思い見極めるまで使うのを躊躇っていたが、とはいえこのままでは何も出来ずに終わってしまう。ならば。「(腹を決めないといけないということか。)」だが僅かな希望として、先ほどの戦闘の中であった取っ掛かりを思い出す。ヘルの動きが鈍った瞬間。―――そして。「――……!」ブローニャは目をカッと開くと、激しい剣の交差の中でとある一点を狙う。「(ここだ…ッ!!)」「!?」ブローニャは、寸前まで自らの剣で受けようとしたヘルの攻撃を、瞬時にすり抜けさせた。ヘルの剣はブローニャの剣を透かし、それに伴いヘルの体勢が崩れる。ブローニャは、瞬発的な力のオンオフの切り替えにより、ヘルの虚を突いた。「(攻撃にはどうしても予備動作が入るため、悟られてしまう。だが、これなら―――…!)」そして傾くヘルの体を見てチャンスと、すぐに攻撃に入る。だが、「!」ヘルは足を滑らせながら地にがっしりとつけると、柔軟な動きでブローニャからの攻撃を避けた。「……!!」だがブローニャも折角のチャンスを逃すまいと、ヘルに追撃に入る。が、ヘルは後方に飛び出しながらそれを避けて行った。地面に手をつきながら、後ろに下がり足を滑らせていくヘル。「……」冷静に対処したヘルを、悔しそうに見つめるブローニャ。「(くそ…っ…!…だが、今のでわかった。)」これまでの攻撃の中で、ヘルの反応が若干遅れた個所があった。それは、ブローニャが脳ではなく体で反応し、直感で攻撃を仕掛けた時だった。―――先ほどブローニャの頭の中にあった、ヘルの力についての2択―――…“確定した未来が見える力”か、“人の思考を基に軌跡を推測する力”かの問い。「(つまりは、後者――――…!)」おそらくヘルの力は『未来予知』ではなく、『相手が想定した攻撃の思考を、軌跡として視ることが出来る』といったものなのだろう。だからこそ、思考を契機にしていない動作や、その延長で瞬時に変更された動作については、読むことができない。「(…これさえわかれば…―――!)」同じく相手の力が判明した者同士であったが、希望が開けたブローニャに対し、警戒を強めるヘル。「…お前の力…『物体をすり抜けさせる』力ってところか。」「…否定はしない。」敵に力の正体が知れてしまったというリスクを生み出してしまったものの、今回ばかりはやむを得まい、と思うブローニャ。寧ろこれで状況的には対等になったというわけだ。そしてヘルに対策を考える隙を与えさせまいと、今度は自分から仕掛けていくブローニャ。「……!」ブローニャの剣を咄嗟に自らの短剣で受けようとしたが、直前でそれをやめ、避けるヘル。「(…くそ、こいつの力もなかなか厄介だな…。)」先ほどのブローニャの一手が、ヘルの思考を惑わせた。「(戦況によってすり抜けさせたり防いだり、自由自在ってことか…。しかもそれを瞬時に実行されれば、こちらの予測が間に合わない場合がある…。)」たとえ同じ動作であっても、剣をすり抜けさせるかそうでないかによって対応が変わってくる。瞬時に切り替えられてしまえば、事前に予測した思考が本当にそのまま実行されるのか、これでは最早わからない。自分の予測が信用できなくなるヘル。「(なら…―――!)」剣を交える前に、仕掛けてしまえばいいだけのこと。ブローニャの攻撃を予測し、その間をすり抜けるように突きを食らわせるヘル。「くっ……!!」ヘルの剣先はブローニャの脇腹を抉る。だが、攻撃直後は隙が出来るというものだ。「!!」それに億することなくブローニャは、そのまま自らの体が切り裂かれても構わない、とでも言うように前に出ると、ヘルに対し下から上へと剣を振るった。「…!!」のけぞりながら咄嗟に避けるも、ブローニャの剣先はヘルの肩口を切り裂いた。そのブローニャの勢いに思わず、まずい、と思ったヘルはブローニャの次の攻撃動作を予測し、自らの剣で防御姿勢へと移行する。だが、「(どっちだ。)」それが止まるか、すり抜けるか。途端に不安になる。「(もしこのまますり抜ければ、斬られる。)」そう判断したヘルは、再び避けの選択を取った。飛んで、一度距離を整えるヘル。「(…しまった…。焦った…。)」ブローニャが勢いづく前にと仕掛けたが、先走り過ぎた、とヘルは反省する。予想よりも自分の息が上がっている。「(…思っていたより、力に頼ってた部分が大きかったんだな…。)」それが通用しないかもしれない可能性が、確実にヘルを動揺させていた。そして、ヘルの不安は的中する。「!」ブローニャが目の前に迫り、剣を構えていた。それをギリギリで躱すヘル。ブローニャは既に勢いづいていた。彼女達にとっては、『神の力』も含めて実力の内だ。遠慮なく力を行使できる今のブローニャは、本領発揮、という言葉が妥当な状態だった。「……ッ…!!」ブローニャの怒涛の攻撃に避けるしかなくなっていたヘル。「(さっきまでと動きが違うぞ…ッ!!)」おそらくブローニャ側もヘルの動揺を感じ取ったのだろう。僅かでも優位に立てたことで、ブローニャの中で自信がついた。それが動きに反映しているのだ。ブローニャの怒涛の攻撃に回避が間に合わず、思わず剣を取り出すヘル。だが、「!!」ブローニャの剣はヘルの剣をすり抜け、ヘルの脚を切り裂いた。「……ッ…!!」ブローニャにとっては一度の攻撃に、常に選択肢が二つ存在していることになる。止めるか、すり抜けるか。そしてそれは、状況に応じた即時の判断により変異する。ブローニャは敢えてそれを、深く考えず、突発的に、体で、切り替えて対応するようにした。確かにローザと比べて経験値は少ないかもしれない。それでも兵士として十数年身を費やしてきたブローニャだからこそ、それが出来た。ヘルは次々に体を切りつけられる。腕に、腹に、頬に。このままではまずいと、咄嗟に蹴りの動作を入れる。「!!」それは予想外だったのか、それはブローニャの頬に当たる。両者後方に飛び移り、距離を取った。二人とも荒い呼吸を繰り返しながら睨み合う。お互い、体のあちこちが斬られて血まみれだ。「…お前、まるでさっきとは違うな…。」ヘルの言葉に、ブローニャは口元から血を流しながら、真剣に答える。「…剣技については、まだまだ実力不足であるのは認める。―――だがこの力の使い方は…、誰よりも特訓してきた…!!」「…!」それはヘルにとっても同じことが言えた。鍛錬を積み重ね、自分のものにしてきた過去を思い出す。「…はっ…、…そりゃあ…間違いないな。」思わず笑みが零れたヘルに、ブローニャは目を丸くする。「…なぁ、お前…さっきいたガキ共は、お前の仲間か?」ヘルが突然、ブローニャに問いかけた。「…そうだ。」「……そうか。」その答えにどこか納得したようなヘルは、剣を握り直してブローニャに向き直った。「……悪いが、私も負けてはいられない。」「!」「……多分、…その根っこの理由は…―――…お前と同じなんだろうな。」「……!」生まれも育ちも、立場も違う二人。だが戦いの節々で、お互いにどこか似た部分を感じていた。ブローニャは図らずとも、ヘルの動揺を打ち消してしまった。守るべきもの、果たすべきことのために、勝たなければならないことを思い出したのだ。「―――…」ブローニャもヘルの想いを受け止め、剣を握り直す。そして。再び走り出す二人。その動きは二人とも、先ほどまでとは違っていた。躊躇いが無く、迷いも不安もない。ブローニャもヘルも覚醒していた。とにかく勝つ、その一心が余計な思考を排除した。研ぎ澄まされた感覚の中、お互いに斬り合っていく両者。相手に一歩取られても躊躇わずにすぐに反撃をする。そしてそれに動じることなく、自分も更に反撃をする。お互いに真剣だった。互いの剣先が肌を掠めていく。何度も何度も斬り合い、互いの血が宙を舞う。全ては仲間のため、そして自分の正義のために。ヘルは戦いながらふと思い出していた。「(―――…初めはそれこそ、世のため人のためになるならと…訓練を積んでいた気がする。)」それがどうして、こうなってしまったのか。そんな風に思っていると――――…互いの攻撃が、同時に相手に通った。ブローニャの腹部にヘルの短剣が刺さり、ヘルの肩にはブローニャの剣が食い込んでいた。「――――…」両者共、はあはあと息を切らしながら、そこで動かなくなる。ブローニャがふら、とよろけると、短剣が体から抜け、剣は地面に落ちてカシャン、と音を鳴らした。崩れ落ちるように膝をつくブローニャと、力が抜けたように腕を下ろすヘル。ヘルも、2、3歩よろけながらその場に尻からどさりと座り込んだ。「……ッ…」片手をつき、もう片方の手で出血する腹部を押さえて動かなくなるブローニャを見て、何故だか戦闘意欲が消え失せたヘル。先ほどまでの興奮が冷め、どっと疲労と体中の痛みが押し寄せてきた、というのもあるかもしれない。その場に仰向けに寝転んだ。それを見るブローニャ。「…全く…いつからこうなったんだろうな…。」「…!」我に返ったようなヘルのつぶやきに、顔色悪く、汗をかきながらも耳を傾けるブローニャ。「…私も多分…。…最初は、…お前と同じだった。――――……道を、どこかで間違えた。」そんなヘルの言葉の続きを促すブローニャ。「…一体、何があったんだ。」ブローニャの問いにふと思い出さないようにしていた過去を辿るヘル。「……実力を買われて、用心棒に雇われて……。…正義のために、働いてた筈だ…。…それが、いつの間にか……」ヘルの脳裏に、血塗れで倒れる男の記憶が過る。「…最初は、騙されて……」怯える子供達の姿が過る。「人質を使って、脅されて……」火の燃え上がる家を見て絶望するヘルの姿も。「……弟や、妹達も失った……」人に追われ、身を隠すヘル。「挙げ句全部罪を擦り付けられて……追われて……」そして、ライリ達の顔が浮かぶ。「………あいつらに出会った。」「…」「……」ヘルは何故だか泣きたくなったが、でも涙が出なかった。胸の中はいっぱいだったにも拘らず。そんなヘルの想いを推し量ったブローニャは、想いのままを言葉に出す。「……まだだ。」「!」「諦めるには、まだ早い。」「…何が、…」そしてヘルの目をまっすぐと見て、しっかりと、言葉を続けた。「まだ、これからだ。…お前達の人生は。」「…!」「…確かに、一度外れた道を戻るのは難しいだろう。…だが、戻らずとも…新たに道を作れば良いだけの話だと…私は思う。自分の納得の行く道を進むのが、一番だとも。」「…」「…なんなら、私と一緒にワヘイの兵士でもやってみるか?」ブローニャの冗談とも取れない提案に、思わず笑みをこぼすヘル。「……はっ…」そうして二人の戦いは、静かに幕を閉じた。
◆ライリvsデジャ
森の奥にある広い草原で対峙する二人。互いに迂回して歩きながら、相手の出方を窺う。「そういえば、本気でやりあったことなかったね、私達。」「…そうだな。訓練がてら手合わせしたことはあったが…。」デジャは懐から短剣を取り出すと、直線距離でライリに向かって走っていった。デジャからの真正面の攻撃を、自らの剣で受け止めてみせるライリ。ものともしない、とでも言いたげに体をびくともさせず、その顔には笑みさえ浮かんでいる。それはどこか、この戦いを楽しんでいるようにも見えた。何度か剣を交えるものの、一向に力を使おうとも、反撃さえもしないライリに、デジャが問う。「…舐めてるのか?」「だって。折角のこんな機会、堪能しないと勿体ないでしょ?」「……そうやって余裕こいてる間にやられても知らないぞ。」「…ふふ、出来るかなぁ、デジャに。」「―――…」その瞬間からデジャの猛攻が始まった。右、左、上、下、方向や角度、タイミングを変えては短剣で次々に攻撃を仕掛けていく。だがそれらを全て、避けることなく、剣で受け止めるか弾いて、受け流していくライリ。「(―――…流石、って言ったところか…!)」ライリは、デジャの素早い動きに次々と対応していく。「(―――…これでも私も、結構努力したんだがな―――…!)」ライリはライリでおそらく数多の死線をくぐって強くなったのだろうが、デジャの方も『悪党壊滅』を目標にひたすら訓練に明け暮れてきた。「(…それが、こいつはどれだけ―――…)」不意を突こうと体を翻しながら攻撃を仕掛けたり、瞬時にしゃがんで下から上へと繰り出したりと工夫してみるが、ライリはそれすらも見逃すことなく、無駄なく反応していく。「(そもそもさっきのアレがあってのこれか…!?)」慣れないバシリア達との戦闘で、脳も、体も、相当に疲労も溜まっている筈だ。それがどうしてここまで動ける。ここまで思考が回る?底知れないライリの力に、再びぞくりとデジャに悪寒が走る。一通りデジャの攻撃を受けて満足したのか、ライリは一度距離を取って剣を構え直す。「―――…ねぇ。じゃあ本気出すよ。」「―――!!」今度はライリの方から仕掛けてくる。横一直線に繰り出された剣の一振りを避けるデジャ。ライリからの攻撃を冷静に、淡々と対処していく。―――だが、「!!」攻撃を仕掛けようとした時、手にした短剣が宙に固まって動かなくなる。「くそッ…!!」やむを得ず手放しながら、向かって来ていたライリの攻撃を避けた。宣言通り、ライリは『神の力』を使い出したのだ。少し離れた場所からライリが問いかけてくる。「…ふふ、無駄だよ。“これ”がある私には勝てないよ、デジャ。どうする?降参する?―――…今なら、許してあげてもいいよ。」「…誰にものを言ってるんだ。」そう言ってデジャは手首を回したり曲げたりしながら、準備運動のような動きを見せた。「そうだな…。こうなったらもう、素手しかないな。」「え?」そう言って走り出すデジャ。それを見たライリは、顔からふっと笑みを消して、剣を構える。「…舐めすぎだよ。」――――「(とにかくあの武器が厄介だ――…!)」ライリとの戦いにおいて大事なのは、とにかく武器を使わせないこと、デジャは捨て身の覚悟でライリへと突っ込む。「!」ライリの攻撃を避けながらもデジャは拳や蹴りを繰り出していく。「(―――…早い…!)」武器を所持している分、本来ライリの方が有利な筈が、その身軽で素早い動きに翻弄されるライリ。他の人間であればおそらくもうノックアウトされているだろうが、ライリの実力がそうはさせない。「(―――…デジャも…。)」努力したのか、と思わせる、以前会った時よりも更に洗練されたその動きに、ライリの心が揺れる。会うことのなかったこの数年間は、大きい。「(暗くて、汚くて、辛いことばっかりの、あんな血なまぐさいところから逃げて。どこに行ってたのか知らないけど…、あんな正義面した仲間とお友達なんか見つけてきて……。)」自分に食って掛かってくるデジャの顔を見ればわかる。この数年、自分の知らない場所で、知らない人と出会い、知らない人生を歩んできたデジャは、おそらく自分と違って、光を見つけて。自分の知らないデジャになったのだ。「―――…っ……」その事実がライリの心を蝕んだ。自分とデジャでは、強くなるための理由も、そうなるための経緯も、違う。歩んできた道も。足を引っかけようと滑らせてくるデジャの脚を避けながら、ライリは先ほど固めたデジャの短剣を手に取ると、デジャに向かって放つ。デジャはそれを避けつつ、尚も攻撃を仕掛けてきた。「……っ…!」デジャの猛攻に、ライリは集中力を高めると、ある一点に集中し、剣を振り払った。「…!!」ライリの剣は見事デジャに命中する。剣はデジャの脇腹を掠った。「……っ…!」デジャから飛び散った血を見たライリの動きが、思わず鈍る。「―――…?」デジャの脳裏に“ある”思考が過る。―――…まさか…。いやでも、そんなこと…。一瞬デジャも躊躇した。だがこのチャンスを逃す手は無いと、デジャは咄嗟に下から上へと回し蹴りをする。「!!」デジャの蹴りは見事、ライリの手の甲に当たり、ライリが手にしていた剣はライリの手を離れ、遠くへと落下した。二人とも息を切らしながら、見つめ合って屈んでいた姿勢を正す。ライリは手放した武器を見ることさえなく、デジャを見つめていた。「…そっか。忘れてたよ。デジャは体術の方が得意だもんね。」「…とぼけるな。」ライリがそんなことを忘れる筈がない。「!」「…集中しろよ。」「……」その言葉にライリの胸の中が何故だか詰まる。「……ッうるさいなぁ!!」そう言ってライリは丸腰でデジャの元へと走って向かって行った。「!」それが予想外だったデジャは、応戦しようと構えを取った。だがその時だった。「(あれ…?)」ライリの脳と体にどっと疲れが押し寄せる。「(なんで、急に…―――)」チェリやバシリア達との戦闘によって蓄積されたダメージと疲労に、体が悲鳴を上げ始めたのだ。デジャに会えた嬉しさで活性化し、保っていた脳の均衡は、精神の一瞬の揺らぎにより、それが全て崩れさった。思えばこれまで、ライリにとって、あそこまで脳や体を限界まで酷使した戦いも、時間をかけたり、苦戦した戦いもなかった。「――――…」デジャもライリの様子のおかしさに気づいてはいたが、ここで躊躇うべきではないと自分を鼓舞しながら、容赦なく攻撃をしていく。ライリもなんとか無理矢理体を動かしながら、デジャの攻撃に対処していく。だが、段々と体が思うように動かなくなる。そして、僅かにデジャの動きについていけなくなっていた。「ッ!!」そして、デジャの蹴りがライリの脇腹に当たる。「っ…」ライリの反応に一瞬怯んだデジャだったが、そのまま攻撃を仕掛ける。「――――…」必死な形相で怒涛の攻撃を繰り返してくるデジャの姿が、先ほど自分を仕留めようとした隊長の女と重なり、ライリの心が乱れ、“不安”に蝕まれていく。「(―――…これ、負ける…?私が…?ここで?)」その一瞬過った思考がライリの中の全てを崩れさせた。「(私が―――…デジャに、殺される…?)」自分がデジャを“殺す”と宣言したのなら、デジャも自分を殺すつもりなのだろうか。向かってくるデジャの目を見て、喉がつっかえるような感覚を覚えるライリ。そして戦いの最中、その想いが思わず口に出てしまった。「―――…ねぇ…。デジャ、本当に私のこと殺したいの…?」ライリの瞳の奥に、困惑の色が見えた。「……ッ……!」そんなライリの表情と、言葉に、デジャも思わず動揺する。「……そんなに、私のこと……嫌い……?」少し泣きそうな顔をしてライリが呟くと、デジャはギリ、と奥歯を嚙み締めた。「……ッお前…ッ……散々…ッ!!…そうやって人を殺してきたんだろッ……!!」言いたくはない、でも言わなければいけないと苦しそうな顔でそう言い放つデジャ。「……!!」そして目を見開いたライリに対し、絞り出すように想いを吐き出すデジャ。「……ッ平気で人を傷つける、……平気で人を殺す、……ッお前が嫌いだ……!!」「………!!」その言葉に、ライリはその場で立ち止まった。デジャも同じように動きを止めた。デジャはライリが傷つくだろうことをわかっていながらその言葉を放った。その苦しい思いに堪えるように、拳を握り締め、唇をかみしめて。息を切らしながら固まる二人。だがその静寂を、ライリの涙声が切り裂いた。「……ッ好きでこんなになったんじゃないッ……!!!」「…!」はっとしてデジャが顔を上げると、ただの子供のように泣きじゃくるライリの姿が見えた。「私だって…ッ…初めから…ッ、こんなことしなくて済んだなら…、したくなかったッ!!!」その言葉にデジャはごくりとつばを飲み込んだ。「言ったじゃんッッ!!皆だけなの!!私のこと受け入れてくれたの…ッ!!皆だけが、私のこと褒めてくれたッ!!」「……ッ…!!」その時、デジャの脳裏に昔ライリと会ったばかりの時の記憶がよみがえる。―――――デジャのチームとライリのチームが落ち合った廃村で、夜空を見上げながらライリとデジャが話をしていた。ライリがぽつりと、昔の話をする。「…前いたところだと、何をしても怒られてたし、煙たがられて…怖いことも、痛いことも、沢山されたから…。…味方なんて誰もいなかったの。……村の皆が、私を嫌ってた…。」「…そうか…。」「…でもね、ここだったら、頑張ったらその分褒めてもらえるの。…だから私、皆のために頑張る!」「…」デジャが何も言えずにいると、嬉しそうな笑顔でライリがデジャの手を取った。「私、デジャが初めての友達なの!…だから、会えてすごく嬉しい…!」―――――「―――…ッ…!」デジャの胸がいっぱいになり、何かがこみ上げてくる。目の前では地面に座り込んでぼろぼろと泣き出すライリの姿があった。溜め込んでいた全てを吐き出すように、地面に両手をついて呟くライリ。「だって……っ…、ああやって生きるしかなかったのに……っ…、」そこまで言って呼吸を吸うと、叫ぶように放った。「デジャは…っ、私と同じだと思ってたのに…!!なんで一人だけいなくなっちゃうの!?…ッ私のこと…っ…置いて…ッ!!」「…っ…!」「…確かにあそこは、私の居場所だった。…ヘル達のことも好きで…――――…でも…っ……」指を握り込むようにすると、土がガリガリと掻き寄せられた。そして静かに、呟くように、放った。「………デジャと一緒にいられるなら、…あんな場所………出たって良かった…っ…。」「…!」言いたいことを全て言えたのだろう、ライリは表情を消した。涙と言葉が出たことでまっさらになった思考の中に、一つの記憶が浮かんでくる。「―――…デジャと一緒に見た…綺麗な夕陽が…ずっと忘れられなくて……、……そんな、ささやかなことで良かったのに………。……なんで、私………。」「………!」その言葉で、デジャもある日のことを思い出した。任務の褒美だと、珍しく菓子を買ってもらって、二人一緒に並んで座って、夕陽を見ながらそれを食べたのだ。その時だけは、過去も仕事も、全て忘れて、二人でおしゃべりしながら楽しい時間を過ごしたんだった。「(――…あぁ、そうだったのか…。)」あの時目を輝かせていたライリは、本物だったのか。あの時、あの夕焼けが世界で一番綺麗だと思ったのは、私だけだと思った。「(………同じだったんだな…。)」同じ物を見ていたのに。同じように思っていたのに。それがいつから、違う物だと思うようになってしまったんだろう。ライリを化け物だなんだと、違う生き物を見るようになってしまったのか。生まれ育った場所と、あの血なまぐさい場所。そんな特殊な環境下でおかしくなっていただけで、目の前のこいつは、自分達と変わらない、ただの普通の少女だったのだ。誰しも人を傷つけ、殺したくなんか、ない。自分だってもしかしたら、ライリのようになっていたかもしれないのだ。「―――…」手を差し伸べてやればよかった。手を止めさせてやればよかった。見えない暗闇の中に、ライリだけ置いてきてしまった。―――…いや、そもそも―――…。デジャはゆっくりと歩き出すと、ライリの方へと向かって行った。そして地面に手を付きながら泣くライリの前まで来ると、膝をついてその前にしゃがみ込んだ。「…ごめんな、ライリ。」ライリが顔を上げると、そこには泣きそうな顔をしているデジャの顔があった。「……私達は、…ちゃんと、話すべきだったのかもしれないな…。」そう言ってデジャがライリに手を伸ばして、その体を抱きしめてやる。「……!」暫く思考が追い付かなかったライリだったが、そのデジャの温もりに現実であることを察すると、おずおずと手を差し伸べる。デジャがその手を振り払わないことに気づくと、強く抱き締め返し、わんわんと泣き出したのだった。