【3話】神の力


「わわわっ!!」木製のナイフがはじかれ、チェリが思わず尻もちをつく。「先読みと踏ん張りが足りないぞ。」そう言ってブローニャは木製の剣を下ろし、姿勢を正す。「いたたた…。…ていうかブローニャ動き早すぎ…力強すぎ!!」「何言ってんだ。本気で襲い掛かってくる奴はこれよりもっとだぞ。屈強な男なら猶更だ。」そう言ってチェリに手を差し伸べる。チェリはその手を取ってブローニャの力を借りながら立ち上がった。「ていうか準備良すぎない?こんなものまで持ってきてたなんて…。」そう言って自分が手にする模擬戦闘用の武器をまじまじと見つめる。「入用だと思ったからな。」
盗人を追う度の道中の草原で、ブローニャとデジャが先生となり、チェリとヘザーの戦闘の訓練を行っていた。ヘザーが木製のナイフを構え、デジャに対峙する。デジャは余裕そう上着のポケットに手を入れて棒立ちだ。ヘザーが突きの攻撃を仕掛ける。が、華麗に避けられる。二度、三度、と方向や動きを変えながら攻めていくが全て避けられる。その内、ヘザーが繰り出したその手の甲を掴まれる。「へ、」そして勢いそのままに足を払われ、捻り倒された。だけでなくそのまま後ろ手に腕を捻り上げられる。「いててててッ!!!ギブ!!ギブ!!!!」ヘザーがぱんぱんとデジャを叩くと、ようやく離した。「…ッはーーーー…。」解放されたヘザーはそのまま仰向けに寝ころび、青空を見上げる。「師匠とはまた全然ちげー…。」「悪くない動きだったけどな。」「どの口が!」「デジャの言うことは本当だ。良い師匠に巡り合ったんだな。」「…」その言葉に思考を巡らせるように青空を見ていると、鳥が円を描きながら滑空している様子が見えた。すると隣にどかりと座り込むチェリの姿が目に入る。「ていうかさー、あんた狩猟とかサバイバルの訓練してたとか言ってたわよね。そんな対人格闘の訓練もしてたわけ?」「…あー…」チェリの問いかけにどこか言いづらそうにどもるヘザー。「この前みたいな輩に遭遇した時に自衛できるよう訓練してたんだよ。山奥で人気のない所にいると、どうしても獲物とか狙ってくる奴とかがいてさ。兵士なんかにも頼れない環境だろ?」「あー確かに!なるほどね~。山暮らしも楽じゃないのね。」「それに野生動物とかもいっぱいいるからさ。熊とか。」「く、熊かぁ…。」話す二人に近づくブローニャ。「チェリにヘザー。お前らの動きを見ていて思ったんだが、何も真正面切って正々堂々とやらなくてもいいんだぞ。」「へ?」「お前達の戦い方は優等生すぎる。もっと卑怯な手も、姑息な手段も使え。」「…指導者がそういうこと言っていいわけ?」「そりゃあ学校の先生ならこんなこと言わないさ。無法の地で生き延びる術を教えてるんだからな。生死をかけた戦いに綺麗事なんて言ってられないぞ。」「…!」「ましてや私達はか弱い乙女だ。そうでもしないと屈強な男共には勝てない。相手の隙をつかなければ、いつまで経っても勝てないぞ。」「か弱い乙女…?」「何だ。文句でも言いたげだな、ヘザー。」ブローニャがヘザーをじとっと見つめている間に、デジャがチェリに言う。「不意打ちや背後から、なんてのは常識だぞチェリ。急所を狙うとか弱点を責めるとかもな。」「ずるっ!!」「ずるかろうがやったもん勝ちだ。」「じゃあ男の股間蹴り上げても良いってこと?」「当たり前だろ。」「当たり前って…。」
――――「つーかよ、こんなのんびりしてていいのかよ?」暫く訓練した後、皆草原に座ったり寝転んだりして休憩をしていた時にヘザーが訊ねた。「まぁいいだろ。宝なんて、最悪取り返せなくてもいいんだからな。」ブローニャのなんでもないように放った言葉に、隣に座るヘザーと共に、仰向けに寝転がっていたチェリが起き上がって身を乗り出す。「はあッ!?」「何よそれ!?聞いてないんだけど!?」二人の様子を冷静に見ながらブローニャは言葉を続けた。「王様や王国の立場としては、『取り返す意志』だけ国民に見せておけばいい。“あんなガラクタ”―――…なんて思いは、誰も彼も同じだ。本音では、取り返すほどの価値は無いとの判断だ。」「あぁ。だから…。」「私達が選ばれたってわけ…?」ということは端から期待されてないってことじゃないか。女4人、なんで王国の許可が下りたのかと思ってはいたが…。若干ショックを受けている二人を尻目に、ちらりとチェリの奥で寝ころぶデジャの様子を伺うブローニャ。だがデジャは動じる様子はない。元々知っていたか、それともその点については大して重視していないということか。依然として彼女が何を目的としているかは不明だが、宝が欲しかろうが金が欲しかろうが、先を急ぎたがる様子はなかった。未だにショックから抜け出せていないチェリとヘザーに視線を戻す。「まぁ、だから気楽にやれ。王国の金を使って、外の世界を見る良い機会くらいに思っておけばいい。」ブローニャの言葉に、それもそうか、と思い直すチェリ。そう言えば元々そのつもりで志願したんだった。確かに、この目の前に広がる雄大な景色―――目の前に広がる草原に、森、その奥に見える高山の連なり―――も、今回のことが無ければ見られなかったのかと思うとなかなか感慨深い。「…皆、それぞれ別に目的があるだろうしな。」ブローニャの言葉に、ヘザーとデジャの視線が寄せられる。「…」何か言いたげだが、二人とも何も言わなかった。「別に目的って?」チェリが皆を見回しながら無邪気に聞き返す。「…お前と同じだろう。」“強くなりたい”―――それに関しては、皆共通の筈だ。その先にある何かが違うとしても。ブローニャははぐらかした。「あぁ、そういうこと。」納得したようにチェリは再び仰向けに寝転がった。だがその時、ふいにブローニャが何者かの気配を察する。「誰だ。」そう呼びかけた後、ブローニャは瞬時にナイフを投げる。木々が生い茂った中へ投げられたそれは、対象の手前で幹に刺さる筈だった。しかし、チェリは見た。ブローニャの投げたナイフは、まっすぐに飛んだかと思えば―――そのまま、幹に吸い込まれて消えていったのだ。直後、男の情けない悲鳴が林の中に響き渡る。チェリが自分の目を疑っている間に、ブローニャとデジャが急ぎその場所に向かう。慌ててチェリとヘザーも付いていく。と、そこには肩にナイフが刺さった状態で、血を流しながらへたり込んだ男がいた。「!?え、あれ!?」思わずチェリが声をあげる。おかしいな、この人さっき、確かに幹の後ろ…ブローニャのいた場所から、木を挟んで対角線上にいた筈なのに。「―――…」デジャも同じくその光景を目の当たりにしていた。「(何が起きた?)」だが、今は目の前の男が何者か確認するのが先決だった。「おい、お前何者だ。」「…くっ…!」男は怪しい装束にすっぽりと体を覆っており、頭に頭巾を被って目の部分以外顔の大半を隠していた。男は答えたくないと言わんばかりに、肩口の傷を抑えながら目を反らす。その時、はっとブローニャに嫌な予感がよぎる。「お前ら馬車に乗り込めッ!!」ブローニャが振り返った先を見ると、遠く道の向こうから、男と同様の怪しい装束を身に纏った集団が、馬に騎乗しこちらに向かって駆けて来ているのが見えた。「えっ!?えっ!?何!?何なの!?」「いいから早く乗れッ!!」「おいおいマジかよ…!!」慌てて皆馬車に乗り込んでいく一行。ブローニャが馬を操縦し、男達の来るのとは逆方向に向けて馬を走らせた。「ねっ…ねぇブローニャ!!あいつら何!?」「おそらく野盗だろう。」「野盗!?」「人気のない場所を狙って、旅人やら貿易商やらを狙って身ぐるみを剝がして回ってんだろ。」デジャが代わりに答える。「チェリ、何人追って来てる?」「えーっと…、2、3、4…5人!」「まずいな…、荷馬車じゃ速度が出ない。直に追いつかれるぞ。」「…!」その時、ヘザーが荷台の中で何やらごそごそとしているのが見えた。そこから弓矢を取り出して、構える。「…ッのやろ…!」ヘザーの放った矢は、一匹の馬の足に当たって倒れた。「やるじゃない!」「この動いてる中でよく当てるもんだな。」珍しくデジャがヘザーを褒める。「へへっ!この勢いで…――――!!」だが、二射目を放とうとした時だった。馬に乗っていた輩も同じく、弓矢を構えだした。「!?」それを見た荷台の3人は慌ててしゃがみ込む。「ブローニャ!奴らも弓矢を使う!!」「!」見えていないであろうブローニャに向かってデジャが警告すると、ブローニャは馬を操作して軌道を変えた。すると、敵の放たれた矢が荷台の横をすり抜け、通り過ぎていった。それを見てヒイッと血の気が引くチェリ。「おいおいヤバいぞ…!」荷台から少し顔を出しながらヘザーが後ろの様子を見る。が、「うわっ!!」二射目、三射目、と次々と矢が放たれる。こうしている間にも、敵はどんどんと距離を詰めて来ている。その時、チェリが意を決して何かを思いついた。荷台の箱の中をごそごそと探り、ナイフを数本取り出す。「お前何する気だ…!?」ヘザーの問いかけに、緊張で引き攣り、口角が上がった表情でチェリが答える。「私にも、私に出来ることをすんのよっ!!」そしてばっと立ち上がる。「馬鹿!!おまッ…!」ヘザーが手を伸ばすが、その直後、チェリの手元からバラバラとナイフが落ちる。…が、そのナイフは地面に落下することなく、宙に浮いた。「…!?」すると、勢いよく追ってくる輩たちに向かって、空中を飛んでいった。「はあッ!?」「…!?」ヘザーだけではなく、デジャも目を丸くしその軌道を追う。ナイフが飛んできていることに気づいた輩がそれを避けようと方向を変える。「このッ…!」チェリが手をかざして力を入れると、ナイフはそれを追うように弧を描くように旋回しながら向きを変える。すると、ナイフはそのまま馬の体へと突き刺さった。「出来た…ッ!!」馬が前足を高く上げながら嘶くと、乗っていた人物が振り落とされた。そして、「次…ッ!」と、チェリは飛ばした他の数本に意識を向ける。そちらも同じように、追手に避けられていた。「~~~当たれッ!!」標的を定めてナイフを飛ばすものの、なかなかどうして当たらない。複数本同時に操作しているのもあってか、思うようにナイフが飛ばないらしく苦戦していた。ナイフは行ったり来たりの右往左往を繰り返すばかりで敵に接触することはない。だがその時、チェリの傍らから弓矢が飛び、ナイフを避けた馬の胴を突き刺した。馬は痛みでどんどん失速していく。「ヘザー…!」隣を見るとヘザーが次の矢を打つ準備をしていた。「お前はそっちに集中してろ!!」追手達は奇妙なナイフの動きを追うのに必死で、こちらへの攻撃が疎かになっていた。その隙をついて、ヘザーが攻撃を仕掛けたのだ。それに心強さを感じながら、チェリが再び集中する。「…ッ任せなさいっての…!!」飛ばしていたナイフの一つを、ここだ、と決めて加速させる。そのナイフは、避けようもなく騎乗していた人物の腕に突き刺さった。「…!」痛みでどんどんと失速していく。それを見て動揺した他の追手へ、ヘザーの矢が襲い掛かる。そして避けようとした際にバランスを崩して、そのまま落馬した。追手達は二人の連携に完全にリズムを崩されていた。そして最後の一人はこのまま追っても無駄だろうと判断したのか、段々と減速をし、やがて向きを翻すと仲間の元へと駆けて行った。どんどんと小さくなっていくその姿を暫く見つめていたヘザーとチェリ。そしてやがてそれが見えなくなると、チェリが一気にぶはっと息を吐き出した。「…ッは~~~~っ!!!緊張したあ!!神経使う!!!疲れた!!頭痛い!!」汗をかきながら深呼吸を繰り返すチェリ。その様子に呆然としていたヘザーだったが、はっと己を取り戻すと、満開の笑みでチェリの肩にぶつかるように腕を回した。「なんだよ!!すげえな!!やるじゃんチェリ!あんな技持ってたのかよ!?」「へ…へへっ…!秘密兵器よ…!!」そう言ってVサインをするチェリ。「あんたこそサポートよかったわよ!!めちゃくちゃ助かった!!」「あっはは!!あたしら結構良いコンビネーションだったんじゃねえの!?」そう言って笑い合い、いえーい!とハイタッチをする二人。はしゃいでお互いを称え合う二人を見ながら、一先ずほっと胸を撫でおろすデジャ。「ははっ、すごいな!」前方から安心したような笑い声が聞こえて振り返る。「…あいつらも結構やるじゃねぇか。」「あぁ。私の目に狂いはなかったな。」「それに関しては否定しないでおいてやる。」そう言って二人で笑い合う。「…お前、知ってたんだな。」チェリの能力を目の当たりにした時、ブローニャに驚くような素振りは無かったことにデジャは気づいていた。デジャの問いかけに淡々と答えるブローニャ。「まぁ、そりゃな。今回の人員選出に当たって、私は王国民台帳を確認してる。というかそもそも―――」そう言って笑うチェリを振り返る。「…いや、」そして言いかけたことをやめて、ふっと微笑んだ。「…だがしかし、あれほどまでに精密な動きをさせられるなんてな。…努力したんだろう。」どこか懐かしむような表情を浮かべたブローニャ。「…」それに倣うように、デジャも二人を眺めた。
――――走り去る馬車を見つめながら、野盗の集団の一人が呟く。「『神の力』―――…。」
――――「で、だ。」ブローニャ達一行はその後、近くの町に辿り着き、昼食にありついていた。食事の最中、ヘザーが話題を切り出す。「さっきのブローニャといいチェリといい、アレって一体なんなんだよ?」前の席に座ったブローニャとチェリは、口に目一杯料理を頬張りながらがきょとんとした顔をする。「『神の力』、だろ。」代わりに隣に座るデジャが答えた。「は?」今度は聞き覚えのないその言葉にヘザーがきょとんとした。「え、何?あんた知らないの?」「え?何その反応…。もしかして一般常識?」「まぁ、田舎に住んでいたり、学校に通っていなかったのなら無理はないな。」「歴史の授業で習わなかった?」「習ってない…。え、つーかマジで知らないんだけど。さっきの言葉も初めて聞いたし。何なんだよ?」「まぁ、なんだ。簡単に言うと、数千年前に神様から人間が授かった”人智を超えた力“、ってところだ。」「神様ぁ!?」「馬鹿!お前…ッ声が大きいッ!!」そう言ってブローニャが慌ててヘザーの口を塞ぐ。「この話デリケートな内容なんだから!あんまり大きい声で言わない!」「えっ!?なんで?」ヘザーから手を離しつつ、真剣な顔をして小さめの声でブローニャが言う。「…世の中には、“神様”という存在を信じている人間達もいるんだ。中には強い信仰心を持つ信徒もいる。色んな宗派もあって、皆それぞれに自分の中の『神様像』がある。この“おとぎ話”を本気で信じている奴もいるだろう。下手なことを言うと、後ろから刺されるぞ。」「…な、なるほど…。」理解した様子のヘザーを見て、ブローニャとチェリが座り直す。「…まぁ、正直私も神様が何だなんてのは信じてない。…が、実際に自分がこの不思議な力を持っているのであればなんともな。」「…それで?“おとぎ話”ってのはなんなんだよ?」「んー…とね、私もうろ覚えなんだけど…。」
―――――神は人を造った。神は人に知能を与えた。神は人に技術を与えた。神は人を増やせるようにした。人は多種多様に増えた。やがて人は力を持つ者と、持たざる者に分かれた。力を持たない者は、力を持つ者に虐げられる日々を送っていた。力で土地を奪われ、金を巻き上げられ、奴隷のように働かされた。理不尽な目にも数多くあった。やがて耐え切れなくなった彼らは神に頼み込んだ。『奴等に対抗できる力が欲しい』と。神は人に『力』を与えた。―――――
「それがこの力とされている。」「へー。」「そして、『神の力』を授かった者達は、それを以て強者に対抗し、自分達の生活を守れるようになって、幸せに暮らしましたとさ、…とか、そんな感じだった気がする。」「なんだよ、急に適当だな。」「あんまよく覚えてないのよね。」「今や伝承でしか伝わっていないからな。その物語がはっきりと記された古代の文書もあったようだが、かつて『神の力』が“悪しきもの”として迫害されていた時代に破棄されてしまったそうだ。」「そんな大事なもんを!?」「ほんとだよな…。」「そもそも力を持ってる人の数が今は少なすぎて、そんなおとぎ話!…って、信じる人自体が少ないのよね。だから私も周りにはあんまり言いふらさなかった。」「へぇ…。にしても、すげぇな。それってどうやって使えるようになんの?」「さぁ…物心ついた時には使えてたからなー。」「ちなみに遺伝で受け継がれる、とかはないらしい。時たま発現する者が現れるようだ。親がこの力を持っていたからとはいえ、子供にも発現するわけじゃない。逆に親が力を持ってなくとも、子供が突然発現することもある。」「ふーん。じゃあ能力持ってたら当たりだな。」「どうだかな…。」「ちなみに制約とかはあるのか?」「制約…と言えば制約か?この力は武器にまつわるものに限られるようだ。」「というと?」「例えば私の力は『生命体以外の物体をすり抜ける』、というもののようだが、それが出来るのは剣やナイフ等、武器を使う時だけだ。」「!だからさっき、ブローニャの投げたナイフが木の幹をすり抜けて、人にだけ当たったってこと!?」「あぁ。だからこんなことが出来る。」そう言ってブローニャは短刀を取り出すと、テーブルに突き刺した。「いたっ」「今チェリの太ももに刃先が刺さってる。」「ちょっと!!」ヘザーがテーブルの下を見ると、確かに刃先はチェリの太ももに当たっていた。ブローニャはその刃を引き抜くが、触ってみてもテーブルはなんともない。「確かに不思議なもんだな。」「…なんか、使い方難しそうだな…。」「だろ?」「ねぇ!ちょっと血ぃ出てるじゃん!!」「すまんすまん。今これしか持ってなかった。」「も~~~!」自分の太ももを凝視するチェリにヘザーが呼びかける。「チェリのは『武器を自由に操作できる』、って感じなのか?」「ん~~?…まぁ、そうねー。さっきみたいに、念じれば思う通りにあっちこっち飛ばせるわよ。確かに私も、ナイフとか剣とか、武器にしか使えないなぁ。」「へぇ…。」何か考え込むようなヘザーの様子を不思議に思い、ブローニャが問いかける。「どうした?何か気になることでもあるのか?」「今ちょっと思ったんだけど…。」「ん?」「もしかしてさぁ、あたしのこれもそうだったりする…?」「は?」そう言ってヘザーは木製のテーブルに手を触れると、その手とテーブルの間から木製のナイフを取り出していく。「…は?」「え!?」「…」3人とも目を丸くしてその様を凝視していた。「…なんか昔から出来たんだけど…、物に触ってイメージすると、その物の材質の武器が作れるんだよな。」あははーなんて笑うヘザーを見て、チェリが思わず立ち上がって思い切り指を指した。「いやいやいや!!あんたも“力”持ってんじゃん!!どの口が『すげえなー』なんて言ってんのよ!?」「いや、だってお前らのとはまたちょっと違うだろ!!なんつーか、系統?が!!」「まぁそう!…だけど!!でも、へえッ!?こんなのもあんの!?」ギャーギャーと騒ぐチェリとヘザーを横目にデジャがブローニャに問いかける。「これには流石のお前も知らなかったのか。」「だって記録に載ってなかったぞ!?」ブローニャが慌てて自分のメモを見返す。「そりゃ本人が自覚してなかったらそうでしょうよ!!」チェリが二人に怒鳴る。「え?てことはこの流れ…もしかしてデジャも…!?」ばっと三人の視線がデジャに集まる。が、「私は持っていない。」デジャは両手を挙げてひらひらとさせながらあっけらかんと答えた。「ほんとに!?」「お前も自覚してなかった力とかあるんじゃないのか!?」そう言ってチェリとブローニャが詰め寄るが、鬱陶しそうに眉をひそめながら「私は本当に無い。この馬鹿と一緒にするな。」とヘザーを指さした。「あぁ!?誰が馬鹿だって!?」そんな風に騒いでいたところ、「やかましい」と、店を追い出された。
――――「全く、お前らが騒がしいから追い出されただろ。」「お前が余計なこと言うからだろ!!」デジャの言葉にヘザーが突っかかる。町中を歩きながら再び喧嘩し始めた時、ふとヘザーが思い出したように、後方を歩くチェリに問いかけた。「つーかさ、あんな力あるならこの前なんで小屋で使わなかったんだよ?」「あの時は…あんな狭い小屋で使ったら皆に当たりそうだったし…。ていうか何より、ビビッちゃって全然思いつかなかった。」てへ、と舌を出してウインクする。「あっ…そう。」呆れたような目線のヘザーの横でデジャが続く。「…凄い力じゃないか。お前は“強くなりたい”と言っていたが、十分―――」「この力にだけ頼りたくないのっ!」怒鳴るようなチェリの言葉に、思わず3人が見る。はっとしてチェリが慌てて「ごめん」と謝罪する。そして気まずそうに俯きながら、思いを吐露した。「…私は、ちゃんと自分の力で強くなりたいの。…それに、強くなるっていうのは体だけじゃない。…私は、心が弱いから…。」そう呟くチェリに対して、誰も何も言えなかった。――――その後、盗人の情報を集めるため、デジャとヘザーが町へ繰り出し、チェリとブローニャは馬車の見守りの番をしていた。「…お前がさっき、“自分の力で強くなりたい”と言ったが…、」ブローニャが突然話を切り出してきたため、思わずその顔を見るチェリ。ブローニャは空に浮かぶ雲を見つめていた。「それだって立派なお前の力だ。…同じ力を持つからわかる。あそこまで上手く操作できるってことは、それだけの練習をしたんだろう?」「!」そしてブローニャはチェリに視線を移した。「…チェリ。私はお前に言ってなかったことがある。」「え?」「私は、あの日、お前を勧誘するより前から、お前のことを知っていた。」「え…!?」そして昔を懐かしむように遠い目をするブローニャ。「確か…6年前だったか。私が兵士として働くようになった頃…。私は、戦いにおいて兄貴達ほどうまく立ち回れず、この『神の力』も上手く使えず持て余していた。そんな自分に嫌気がさしてた時だった。」「…ブローニャにも、そんな時期があったのね。」「あぁ。それでむしゃくしゃして町の中をぶらついていた時に、お前を見かけたんだ。」「!」「…まぁ、その…お前からしたら見ては欲しくなかった光景だろうが…。…あの日勧誘した時のように、お前は学友に突っかかられていてな。」「!…見てたの…。」チェリが指すはあの日のことと、過去の出来事の両方だった。「あぁ。酷い言われようだったのに加えて、その上お前は人気のないところへと歩いて行くもんだから、心配になって後をつけたんだ。―――…そうしたら、林の奥で力の使い方の練習をしているお前を見かけた。」「…!」「その時に見たお前は、ナイフを真っ直ぐに飛ばすことも、意図する向きへ方向を調整することにも苦戦していた。…だが、お前は何度も何度もナイフを飛ばしては、上手く飛ばそうと努力を重ねていた。汗をかきながら、必死な顔でな。…それがどうだ。今日見たお前は、華麗にナイフを扱うどころか、複数本数を同時に操作していた。しかもそれによって敵を倒すまでに至った。…正直、驚いた。そして同時に私も思った。さっきデジャが言ったように―――『お前は十分凄い奴だ』、ってな。」「…」「それから、お前に突っかかっていたアレは…貴族の娘だろう。」「!」「大方、歯向かえば自分どころか、一家共々疎外されかねないから下手なことが出来なかった、ってところか。」「…」「辛い境遇に耐え続けられるも、強い心があるからこそだと私は思う。」「辛いだなんて…。平凡な学生だった私の辛さなんて、ブローニャやきっと皆に比べたら…。」「同じ物差しで測れるものじゃないさ。境遇が違えば、生まれた場所も、環境も違うんだからな。お前だってお前なりに頑張ってきたんだろう。」「…」その見解はブローニャの“優しさに起因するものだ”、と思うチェリはそれを素直に肯定できなかった。それを理解したブローニャは己の考えを吐露する。「…本当に弱い奴は、そもそもこの旅に付いてこようなんて思わないし、ここまで付いてくることもないだろう。そもそも『強くなりたい』という確固たる意志を持つこともない。…と私は思ってる。もしかしたらあの二人も同じかもしれないな。」「…」「まぁ、だが。誰しも人にはわからない己だけの基準だったり、矜持や、信念がある。お前にとっての、お前なりの『強さの基準』と目標があるのなら、人と比べずに、お前のペースで目指せばいいだけだ。…私は、私達はそれを支えてやる。」「ブローニャ…。」「大丈夫だ。お前は絶対に強くなれる。お前の成長を見た、この私が保証する。」自信満々、といった強気な笑顔を浮かべたブローニャに、思わずチェリは笑う。「…わかったわよ。見てなさい!私の成長を!」「あぁ、楽しみにしてるぞ。」そしてふぅー…と息を吐き出し、力を抜いたチェリ。「…私、あんたと旅に出て良かった。」「…それは光栄だな。」「…にしても、色々見られてたのは恥ずかしいわね…。」「気にするな。ヘザーには言わない。」「マジでそこはお願いだからねっ!?」二人の目線の先で、戻ってくるヘザーとデジャの姿が見えた。


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