「私はあっちの店を見てくる。」そう言ってデジャが別の店を指してブローニャに伝える。「あぁ。こっちの買い物が終わったらそっちへ行く。」そう言って二人は別れた。引き続き盗人を追う道中、ある町に寄り、ブローニャとデジャが買い出しに出ていた。ヘザーとチェリは荷馬車で待機中だ。ブローニャは目的の店に着くと、店頭に並んだ品々を見て吟味する。「あと必要なもんは…。」考え事をした一瞬の油断が命取りだった。ブローニャが金貨を確認しようと鞄から巾着を取り出した時――――通り過ぎざま、帽子を目深に被った若い男が、それを引っ手繰って行った。盗みの手さばきと足の速さに自信があったのか、余裕綽々と言った様子でそのまま駆け抜けていく男。「へへっ、へっへっへ、すげー重さだぜこりゃあ!!いくら入ってんだ―――、ァ!?」男が大金の持ち主を再度確認しようと後ろを振り返ると、般若のような顔をしたブローニャが猛スピードで追ってきていた。長いスカートを履いているとは思えないほどの勢いだ。「待てッ!!!」男はブローニャの、見た目に反したその形相と荒っぽい言葉に異常さを感じ、冷や汗をかきながら袋を握り直すと、走る速度を上げた。そして再びちらりと後ろを振り返った時、ブローニャが懐から何かを取り出してこちらに投げてきたのが見えた。男はそれを見て慌てて身を躱す。が、避けきれずに肩をかすった。どうやら、ナイフのようだった。「(あの女ッ…!!なんてモン投げてきやがるッ!!)」そのナイフを投げるという行為自体と、技術の精密さ・素早さに、男はただならぬものを感じる。とはいえ、折角の大金をみすみす返すわけにもいかなかった。男は民家を曲がり、彼女の死角へと移動する。このごちゃごちゃと入り組んだ町を熟知している分、おそらく地の利はこちらの方がある。曲がり角をいくつか駆使すれば、ナイフを投げる前にヤツは俺を見失う…!!経験からそう考えて、男が方向転換した直後だった。突如、鋭い痛みが男の体を駆け抜ける。「…ッ!?いてェ…ッ!!!」痛みの出所を確認すると、いつの間にか己の腕にナイフが刺さっているではないか。「…!?」男はその光景を見て困惑する。「(いッ…いつだ!?いつ飛んできたヤツだ!?これッ…!!)」痛みを感じた瞬間―――つまりナイフが刺さった瞬間は、女の視界から見て俺は既に建物の陰に入っていた筈だ。瞬間移動…!?それとも、ナイフの軌道が曲がったとでもいうのか!?走りながら思案するが、タイミングから考えるとナイフは、超自然的な力でなければ説明がつかないような軌道を描いていた。「(いや…、でもまさかそんな馬鹿な…!!)」一度冷静になって思い返す。自分が角を曲がったタイミングと、女がナイフを投げたタイミング、そして自分の腕に刺さったタイミングが、もしかしたらただの思い違いかもしれない。そう思って再び曲がり角を曲がる。そして曲がった直後に、自分が通って来た曲がり角を見るように体を反転してみる。と、「うおわッ!!?」軌道を確認する間もなく、ナイフが眼前に迫っていた。慌てて体を反らしながらそれを避ける。曲がり角から現れた女からチッという舌打ちが聞こえた。「(いや…待て、今のはどう考えても…、)」“壁の方から”、飛んできたように思えた。慌てて再び進行方向へ体を翻す。「(なんなんだよ…!!なんなんだよ…ッ!?)」わけがわからない、とパニックになりつつ走りながら再び振り返る。背後の女は変わらぬ表情で追ってきていた。男は想定外の出来事に焦燥を抱き始めていた。そしてブローニャが再びナイフを取り出す。「(あいつ一体何本持ってるんだよ…!?)」いよいよまずい、と思ったその時だった。男は進行方向の先に、高い石塀を見つけた。男に光が射す。にやりと笑い、走る速度を上げ、その塀に近づく。そのままのスピードで、男はその傍に積み重なる木箱に足をかけ――――飛び越えた。着地した時、背後で木箱の崩れる音がする。日ごろ鍛えている男の身体能力ならば、わけないことだった。「(よっしゃ!!これで時間が稼げる!)」そう思って、体を立ち上がらせようとした時だった。「ッ!!?」今度は、肩に痛みが走った。やはりナイフだ。ナイフが、肩に突き刺さっている。「はあああああッ!?あ…ッ、あり得ねえだろッ!!なっ…なんで、」予想外のところからやってきた痛み、そして、これで逃げ切れる、という自信が崩されたことが、男の足を立ち止まらせた。思わず膝立ちになった瞬間に、手にしていた巾着が地面に落ちて、ガチャリと重く鈍い音を鳴らした。男はしゃがみ込んで、傷口にささるナイフに触れ、痛みに耐える。背後からは、箱を積み上げる音が聞こえている。ということは、女はまだ塀の向こう側ということ。――――男は麻痺する頭で考える。不思議なのは、タイミングだけじゃない。ナイフが刺さっているその角度がおかしいのだ。男が塀を飛び越えようとした瞬間に投げて刺さったものなら、奴は当然ながら地面付近にいたため、ナイフは斜め下から傷口に入る筈だ。だが実際は、ナイフは、地面とほぼ水平な角度で刺さっている。「…まさか…、」男の中で何かが繋がろうとした、その時。「悪いが、私に障害物は意味がない。」箱を利用して塀を乗り越えたブローニャが男の前へと降り立った。目の前に現れた不思議な力を使う女に対し、男は冷や汗をかいた。「…あんた、超能力者か何かかい。」「…まぁ、そんなところだ。」男は、ブローニャが巾着を拾う様子を何をするでもなくただただ見ていた。「手荒な真似をして悪かったな。…だが、私もこれを管理する責任がある。私のヘマで大事な資金を失ったとなれば、仲間に申し訳が立たないもんでな。」「はっ、通りで必死になるわけだ。」「あぁ。仲間内では最年長で、リーダーの役を任されている。それがこのザマだ。…全く、情けない話だ。」その若さでリーダーかよ、と思いつつ巾着の中をごそごそと探る女の様子を訝しんだ。「くれてやる。これくらいあれば足りるだろう。」そう言ってブローニャは巾着の中から数枚の金貨を取り出すと、男に差し出した。「はあッ!?」どう見てもそれは治療代だった。いくらか上乗せされた金額にも見える。男にとってそれは屈辱的な行為だった。己の腕には自信を持っていたし、ましてや盗もうとした相手―――しかも身なりの良さそうな女に、情けをかけられるなど。そういった男の心情をくみ取ったのか。「こちらとしてもあまり事を荒げたくはないんだ。これで手打ちにしてほしい。…それに、それだけの怪我を負わせないと取り返せなかったのは、私の注意力と腕が足りなかった証拠であり、代償だ。」「…あんた、相当プライド高そうだな。」「…私なりの信念があるんだ。…それに、お前の足の速さと柔軟な動きは称賛に値する。その金額だとでも思っておけ。」「クソッ…!足元見やがって…!」「はっ、何とでも言え。これを機に、盗みなんてやめることだな。」「…畜生…ッ!」悔しがる男をそのままに、ブローニャはその場を去った。
「大丈夫だったのか。」「!」裏道を出たところにデジャが立っていた。「…すまない、少し資金が減った。」「まぁ、別に大丈夫だろ。」そう言ってデジャは身を翻した。その様子を見てブローニャがふと気づいた。別れた店から大分距離を走ってきた筈だが、わざわざ来てくれたということか。「…悪いな、気にかけてくれたのか。」「騒動を聞きつけてみたらお前の後姿が見えたからな。」否定も訂正もしないデジャに、無意識に笑みがこぼれるブローニャだった。
――――「本日はここで野営とする!!」夕方、草原の真ん中で馬車を停めたブローニャが仁王立ちしながら宣言した。それを聞いて驚愕したのはチェリ。「えっ!?うっ…うそでしょ!?」「嘘じゃない。ここから次の町まで距離があるからな。ここで野営とする!!」「二度も言わなくてもわかってるわよッ!!――――いっ…嫌よ!!虫いるし!!暗いし怖いし!!」「そう言うと思ってここまで来てから言ったんだ。」「ハメられたあッ!!!」ぐああと頭を抱えるチェリ。「仕方ねえだろ、チェリ。いつかはこうなる日が来るってわかってたじゃねぇか。」そう言ってチェリの肩にぽんと手を置くヘザー。盗人の目的地までのルート上、都会を外れて山奥等の田舎の方へと行く必要があった。そうなれば当然、人里の少ない場所ばかりになる。野営もやむなしと言えた。「はぁ…。いよいよ来たって感じね〜〜…。」諦めて項垂れるチェリ。「まぁまぁ、そう嘆くな。出来るだけ快適にしようと色々と器具は揃えてきた。」「ほんと!?」目を輝かせるチェリに背を向けると、荷馬車をゴソゴソと探るブローニャ。そして何かを取り出していく。「まずはテント!」「おぉ!」「そして寝袋!」「おおぉ!!」「それから野営食!!」「おおぉ!?」共に盛り上がっていたチェリとヘザーが一気にテンションを下げる。「野営食ってあんまり期待できない…。」「ふっふっふ…侮るなよ。」そしてバッとデジャに手を向けるブローニャ。「“野営のプロ”のデジャが、『本当に旨い野営食』ってもんを作ってくれるそうだ!材料もさっきの町で仕入れ済みだ!!」「おぉ~~~!!!」「誰が野営のプロだ。そしてハードルを上げるな。」そう言ってデジャはスタスタと荷馬車に近づくと器具を取り出していく。「そういうことだから、私は飯の準備をする。お前らはテントを張れ。」「はーい!」そして各々が準備に取り掛かった。「ディーン…あなたこんなに重いものを背負って私たちを運んでくれてたのね…ありがとう…!!」ひしっとディーンに抱きつくチェリを見て、「さっさと手伝え。」と冷静に突っ込むブローニャ。そしてブローニャ、チェリ、ヘザーがテントを組み立てていく。しかし――――…「この棒ってどうすんの?」「この部品がここで、これがあそこで…。」「あれ?なんか形へんじゃね?」もたもたとなかなかテントを組み立てられないでいる3人を、しばし横目で見いていたデジャだったが、いつまで経っても進捗がない様子にしびれを切らし、ついには「この箱入り娘どもが…!」と半ばキレ気味に呟いた。「ちっ、違うぞ!私だってテント張ったことくらいある!」「このテントちょっと良いやつだからよくわかんないんだよ!」ブローニャ、ヘザーが慌てて言い訳をする。「貸してみろ!」我慢できずにデジャが助太刀する。と、ものの数分でテントは出来上がってしまった。「おぉ~~~~!!」それに目を輝かせる3人。「流石デジャ!!結構器用よね~!」「すまんな、助かった。ありがとう。」「すげぇ!お前割となんでもできんのな!」怒涛の誉め言葉に照れくさくなったのか、「…うるさいな…。」と顔を反らし顔を服に埋めるようにして隠すデジャ。「おいおいなんだよ照れんなって!」「やだ~~可愛いとこあんじゃない!」そう言ってヘザーとチェリは二人でデジャを横から挟んでいじり倒す。その鬱陶しさに我慢できなくなったデジャが叫んだ。「やかましいッ!!そっち終わったんならさっさと手伝えッ!!」「はーい!」そして笑うと素直に手伝いに入った。その様子を見て、思わず笑ってしまうブローニャだった。
――――「おお〜〜〜!!」出来上がったご飯を見て期待に目を輝かせるヘザーとチェリ。「…かく言う私もちゃんと作るのは久々だ。…期待するほどの味じゃないと思うが…。」少し気遣わし気に料理を取り分けていくデジャ。「どれどれ…。」と、配布されたお椀を手に、早速料理を口に運ぶヘザー。「!」「…どうだ?」「んまいっ!!」「!」「ほんと!?私も!」そう言ってチェリとブローニャもありつく。「ん~~~っ!!美味しいじゃない!」「…あぁ、確かに旨いな。風味が効いてる。」「オリカの実を入れた。」「なるほど~!隠し味ってやつね!」「にしてもめっちゃ旨いな!」「ね~!味付けめっちゃ良い!私これ好きよ!」うまい、うまい、とがっつく3人にほっと安心すると同時に、どこか嬉しさがこみ上げるデジャ。そんなデジャにブローニャが話しかける。「私も料理はあまり得意とは言えなくてな。ありがとな、デジャ。」「…別に…。」そう言って眉を顰めて顔をそむけるデジャ。それを見て微笑むブローニャ。「こんなご飯ばっかりだったら野営でも全然良いわ!」「ははっ、現金なやつ!」「今回は町で仕入れたものの、今後基本は現地調達だろうな。」「あたし、野草とか食えるもんわかるから任せな!」「頼もしいな。」「魚とか動物の肉とか、やりようは色々あるしな。」「そっかぁ。なんか楽しみになってきた!」そうしておしゃべりしながら料理を平らげると、片づけをした後に火を取り囲んで4人で話をしていた。「…それにしても、周りほんとに何もないのね。静かすぎて怖いわ…。」「空が晴れて月明りが見えるのが幸運だな。野生動物やら、野盗やらが襲ってくる可能性も無くはないからな。」「動物、はともかくとして、野盗かぁ…。」「そりゃそれも怖いけど…もしかしたらお化けが出るかもしれないぜ~~?」「は!?ちょっと!やめてよ!!!」「…幽霊なんているわけないだろ…。その話はやめろ。」「あれっ?デジャもしかして怖い?」「うるさい。」「デジャ信じてるの!?意外~~!」「~~~おいっ!頬をつつくな!!」静かな草原の中。焚火の火が静かにパチパチと燃える奥で、3人がふざけ合っている様を見ながら、ブローニャはふと過去のことを思い出した。――――ブローニャは兵士に拾われ、兵士に育てられ、兵士として育ってきた。『ブローニャ…お前は今、なんのために生きている?』時たま大親様はブローニャに問いかけた。『当然だろ。この兵士団のため、そして王国のためだ。それ以上も以下でもない。私は兵士団と王国に命を拾われた身だ。生涯をかけて尽くしてもいいだと思ってる。』決まってブローニャはそう回答していたが、その度に大親様は少し悲しそうな顔をしていた。そして、今回の“ガラクタ騒動”でブローニャがリーダーの役を仰せつかり、人員を集めるべく動き出した時のこと。大親様は今までの想いをブローニャに吐露した。『…この20年、お前を兵士として育ててしまった私の責任だ。年頃の娘には過酷な命を下してしまったこともある。現に今回のこともそうだ。…そしてお前は、王国のしがらみのない場所で生きてみるべきだと思ったこともある。』『…はぁ?いきなり何を…、』『外の世界を見て来なさい。』『!』『自由を感じてくるといい。…そして、お前自身を見つめ直してくるといい。』――――三人を見ながら思う。「(…変わらないのに。)」その光景が、かつての王国内での情景と重なった。『ブローニャもついに18かあ!!いやぁ~~ほんと、おっきくなったもんだよなぁ~~!!』『…皆、もう酒臭いんだが。』『祝い事だろ~~!?固いこと言うなよブローニャ!』『お前は俺達のかわいい妹分なんだからよ!』――――「(…あの頃だって、私は自然体だった。皆がそうさせてくれていたからだ。)」そう思いつつもふと考える。「(…でも確かに、こいつらといる今の私は、それとはまた違った自分にも感じる。)」そして、王国では見られないような、広く、大きい、星が瞬く夜空を見つめる。「(…年頃の娘、か。)」今の私は…大親様の望んだような、普通の女子としての…自然な私でいられているんだろうか。「(まぁそれも、帰ってみればわかることだ。)」任務を終えて帰還した後、大親様がブローニャを見てどう思うか楽しみに思うブローニャだった。
――――「交代で火の番だな。」夜もとっぷり更けておしゃべり会はお開きとなった。皆で話し合い、2人ずつ交代で火の番をすることとなった。「ヘザー、チェリ。先に寝ていいぞ。」「えっ?いいの?」「あぁ。だが時間になったら起こすからな。」「わかってるって!」「じゃあ悪いけどお先~。」そう言ってテントに向かって歩いて行く二人。そして中に入り、テントの暖簾を閉めようとした時。チェリがまだ名残惜しいといったような顔をしながら、ブローニャとデジャに向かって「えへへっ!なんか…野営も悪くないかも!」と楽しそうに笑った。そんなチェリに、3人も思わず笑みをこぼす。「なんなら明日もやるか?」といたずら気味にブローニャが笑うと、「そんな頻繁にはいい!おやすみっ!」と言って暖簾を閉めた。「どっちなんだよ…。」と言って苦笑いを浮かべるブローニャ。「全く…まだガキだな。」「それがチェリの良いところだ。」そう言って燃える火を見つめるブローニャはぽつりとつぶやいた。「…私は、思い違いをしていたかもしれない。」「?何をだ。」「お前のことをだ。」「!」「悪かったな、今まで。」「…」ブローニャは、自分がデジャを警戒していたことが本人に筒抜けだっただろうことを詫びた。「…何を根拠に…。」今までのどこをどう見たらそんな結論に至るんだ、とデジャ自身が疑問に感じた。自分の何を見て『信用してもいい』と判断するに至るのかと。だが、困惑するデジャをよそに、ブローニャは一人スッキリしたような顔をしていた。「あいつらとのやり取りを見ていればわかる。…お前は、悪い奴じゃない。」「…!」「私も疑い続けるのは疲れた。…もうやめた!」そう言って両手を後ろの地面に着くと空を仰ぎ見るように体をのけぞらせた。「…なんだそれ。」そんなブローニャの様子を見た後、どこか遠い目をするデジャ。もし本当に敵だったら、心を許すよう誘導し、そこに付け入る気かもしれないというのに。まだたった数日一緒にいただけの奴を、どうして信じることができるというのか。遠い夜空を眺めながら、ブローニャの言葉に悶々とするデジャだった。
――――翌日の朝。後片付けを済ませると、器具など一式を荷馬車に積み込み、一行はその場を後にした。結局、チェリとヘザーが起こされたのは早朝近くになってからだった。「もっと早く起こしてくれても良かったのに!」と文句を言うチェリとヘザーに、ブローニャは「あんまり気持ち良さそうに寝てるもんだからな。」と笑って受け流した。道中、綺麗な川を発見して水分補給をしたり(ヘザーとチェリが魚捕りに挑むも、結果は惨敗)、使える立地があればチェリとヘザーの戦闘訓練を行ったり、景色のいい場所があれば一度馬車を止めて眺めながら休んだり、昨夜デジャが用意した昼飯に皆でありついたりと、途中途中休憩を挟みながら荷馬車を進めるのであった。そして夕方に差し掛かった頃、ようやく次の町に辿り着いた。宿を見つけて部屋に入るや否やベッドになだれ込んだチェリは「やっぱりベッドが一番~~~!」と気持ち良さそうに言い、それを見た3人は呆れたように笑うのだった。
次の日。早朝に目を覚ましたデジャは、眠る3人をそのままにして宿を出た。町中を歩きながら、ふとブローニャに言われた言葉を思い出す。『あいつらとのやり取りを見ていればわかる。…お前は、悪い奴じゃない。』「…」たった数日一緒にいただけだがわかることがある。ブローニャは、面と向かってそんなつまらない嘘をつくような奴でも、そう言って人を試すような奴でもない。「(お人好しなのか、ただの阿呆なのか…。)」そして同時に、デジャの脳裏には自分に向けられたチェリとヘザーの笑顔も過った。「…」何故、そんな光景が浮かぶ。そんな自分に自問自答していた時だ。「ちょっと!なんなのよ!どいてッ!」と、どこからか女の声が聞こえてきた。普段であれば素知らぬフリをして立ち去るところだが、今日のデジャは何故だか声のする方へと向かっていった。薄暗く入り組んだ路地裏を進んでいく。そして、曲がり角で声のしたであろう場所を覗き込んだ。すると、そこには男3人に囲まれた、気の強そうな長髪のブロンドヘアーの少女が。おそらくデジャと同じくらいか、少し下くらいだろう。「離しなさいよッ!!」「こんなところにお嬢さん一人で歩いてたら危ないぜ~?俺らが送ってやるよ。」「いらないわよ!自立してるし、自分で目的地まで行けるから!いいからさっさと離して!!用があるんだからッ!」男に腕を掴まれて身動きが取れない状況であるにも関わらず、動じない様子で男たちに食って掛かる少女は、随分と肝が据わっているようだった。「(全く…)」早朝とはいえ、あんな身なりの良い少女が一人で路地裏なんかにいれば狙われるに決まっている。大通りを行けば良いものを、何故こんな裏道に…。半ば呆れながらも、デジャの足は4人の元へ進んでいっていた。「あ?」少女の腕を掴む男が、背後に気配を感じて振り返ろうとした時、既にデジャは、近くにあったゴミ箱に足をかけながら飛び上がり、男の首元目掛けて蹴りを繰り出していた。「!?」他の輩が気づくも間もなく、男の体は近くにあったゴミの山へと吹っ飛ばされていった。蹴りは狙い通り、見事男の首元に命中。デジャは半回転しながら着地すると、すぐさま低い姿勢になると素早い動きで2人の男の間を縫って少女の腕を取り、その場を走り去った。「あッ!?」男たちが何が起きたか処理する間もなく、距離を離していく。「ちょっ…ちょっと!あなた…!」「いいから黙って走れ。」デジャがそう言うと少女は素直に口を噤み、デジャの走りについていく。ちらりと後ろを振り返ると、事態を理解したのであろう男2人が追いかけてきていた。「(振り切るか。)」右へ左へと角を曲がり、障害物を倒しては、姿をくらまそうと試みるが、なかなかどうして距離が離せない。「(…この町、直線的な一本道が多すぎて逃げるには不利だな。塀や壁ばかりで隠れられそうな場所もない…。しかもあの2人、相当足が速いぞ。)」暫く走ったが一向に振り切れないので、やむを得ず大通りへと出る。後ろの少女の様子を確認する。一応まだ走れそうではあるが、少しばかり息が上がっている。体力的に時間の問題だろう。「(全く、一人だったらいくらでも逃げ切れるんだがな。)」何故こんなことをしてしまったのかと若干の後悔が頭をよぎりながらも、次の作戦を考える。そして、急停止しながら体を反転させて、少女の腕を掴み自分の背後へと押しやった。「えっ…、ちょっと!やるつもり!?」少女は自分よりいくらか小さいデジャの背中に引っ付きながら叫ぶ。「邪魔だ。離れてろ。」こちらに向かってくる男たちに真正面から向き合うと、デジャは懐から短刀を取り出して臨戦態勢に入る。どんどんと近づいてくる男達。少女も息を飲み見守る。そして、男達があと数M、という距離まで近づいてきた時だ。突如、どこからともなく現れた物体が数個、男たちに向かって飛んできた。「!?」それを見た男たちは急停止して、それが何かを見極める。その物体は、虫でも鳥でもない、長さおよそ10cmほどの細長いナイフのような”何か”だった。「うわッ!!」その物体は男達目掛けて猛スピードで迫っていく。思わず避ける男達。だがその物体は、軌道を変えて何度も何度も男たちに襲い掛かった。それを避けようと右往左往する男達。その光景を目の当たりにしながら、デジャの隣で少女が呟く。「なっ…なんなの…?」「(あれは…)」どこか見覚えのある光景に、それがなんであるかを瞬時に察するデジャ。そして物体はやがて、男たちの肌を切り裂き、肉体をも貫いていく。「クソッ…!なんなんだよ…ッ!!」「気味悪ぃッ!!」男達はその異様な物体に付きまとわれ傷つけられる恐怖に慄くと、少女達には目もくれずにその場を走り去っていった。その背中が小さくなるのを見届けていると、路地裏から3人の影が現れた。「よっしゃ!上手くいったな!」「名付けて『気味悪いやつからは逃げたい』作戦だな。」「何そのダサいの。つーかそのまま過ぎね?」「デジャ!」現れたのは、ヘザー、ブローニャ、チェリだった。チェリはデジャの元へ駆け寄ると、そのままの勢いで詰め寄った。「朝起きたらデジャがどこにもいないんだもん!心配したのよ!?」「待ってても全然来ねえしよ。すげぇ探したんだぞ!しかもなんか追われてるし!」「…まぁ、どうやら無事なようで何よりだがな。」「…!」自分の元へ向かいながらかけてきた3人の言葉に、デジャは数年前の同行者の記憶が蘇った。――――当時のメンバーは、デジャが姿をくらました時には『逃げやがったな!』と血眼になって探し、見つけた暁に相応の”仕置き”をしてくるような奴らだった。集合場所に時間まで辿りつけなければ、遅れた分だけ平手打ちが飛んできたものだ。心配など以ての外。それがこの3人は、自分を探し回って、身の安全の確認と心配までしてくれている。それは、彼女たちがデジャの事を立派な一人の”仲間”として思っている証だった。それがデジャにとってはなんだか照れくさく、くすぐったく、そして暖かいものに感じた。「……何も言わずに出たのは悪かった。少し外の空気が吸いたくて町へ出たら、こいつが奴らに絡まれていたもんでな。」「もう…。でも、助けてあげたなんて優しいじゃない。」「へ~!良いとこあるじゃねぇか!」「…別に、見ていて気分が悪かっただけだ。」「あなたデジャ、っていうのね!」そこに例の少女が割って入ってくる。「助けてくれてありがとう!本っ当に助かったわ!あいつらなかなか見逃してくれなくて!あなた達も彼らを追っ払ってくれたんでしょう?是非お礼がしたいわ!」「いや、いい。」「何言ってるのよ!それじゃあ私の気が済まないわ!美味しくて可愛いお菓子がいい?それとも、綺麗で高級なアクセサリーがいい?」「いらない。いいからお前はさっさと目的地とやらに行け。奴らが戻ってきたら二度は助けねぇぞ。」そう言ってスタスタと男たちが逃げていった方角へ歩きだすデジャ。おいて行かれた少女は「ちょっと!」と言いながらもデジャの言葉を受けて先に進めないでいた。チェリ達も「ごめんね~!じゃあまたね!」と少女に挨拶しながらデジャに続く。その背中を見ながら、やがて諦めたようにその場を立ち去っていった。振り返りながらその様子を見たチェリはデジャに問う。「いいの?」「貰えるもんは貰っときゃいいのによ。」「それもまた面倒だろ。」そう言った後、デジャはふと立ち止まった。それを見て3人も不思議そうに立ち止まる。そしてデジャは、ぽつりと小さな声で言葉を紡いだ。「…助けてくれて、ありがとう。…それから、心配してくれて、…―――――」そこまで言って急に恥ずかしくなったのか、服に顔を埋めて言葉を切る。そして突然早歩きで歩き出して、その先の言葉を言うことはなかった。それを見た3人は顔を見合わせながらにやにやと笑う。そして走ってデジャを追いかけながら追及した。「ねぇデジャ~!続きは~?」「なぁなぁ教えろよ~!」「言わないとわからないぞ!」「うるさいッ!!」すっかり日が昇った空の下で、少女達ははしゃぎながら歩みを進めていった。
―――――ブローニャから届いた手紙を読む大親様。その顔には笑みが浮かんでいた。「…あの人員を選んだのは、結果としてよかったのかもしれんな…。」手紙には、盗人を追う道中で起きたことの報告や進捗状況が書かれていたが、その端々でブローニャが年頃の子達との旅を楽しんでいるのであろう様子が感じ取れた。「…おっと。兵士としてはいかんな。」緩んだ顔を引き締めながら、真面目に報告内容へと目を通すのだった。