【5話】逃走と前進


「…ん?」一行はいつもの荷馬車に乗って、鬱蒼とした森の中に伸びる一本道を進んでいた。そんな時、馬車を操作していたブローニャが何かに気づいた。「どうした?」荷台に乗るデジャが気にかけて声をかける。「いや…何やら老人が立ち往生しているようだ。」ブローニャの言葉にヘザーとチェリも荷台から身を乗り出し、ブローニャの視線の先を確認する。馬車の進行方向の先――――そこには、確かに蹲るような人影が。「ほんとだ。具合でも悪いのか?怪我したとか。」「悪漢に追われたか、荷馬車が故障でもしたか…。」素直に分析するヘザーとブローニャとは対照的に、チェリとデジャはそれを訝し気に見る。「こんな人気のないところで、しかも森の奥…。あんなお爺ちゃんが一人でぽつんといるなんて、ど~~考えてもおかしいわよ!怪しすぎ!!」「こればかりはチェリに同感だな。周囲に馬もいないし、近くに村や民家も無さそうだ。…何か匂うぞ。」「なんか引っかかる物言い!」「そうかぁ?どっかでトラブルに巻き込まれて、逃げてきたってのもあり得るだろ?」「どうだかな…。」「ブローニャ!いいからほっとこうよ!私変なことに巻き込まれるの嫌よ!?」「先も急ぐんだろ。」「そうだな…。」二人の意見に暫し再考するブローニャ。だが、その考えは変わらなかった。「…だが、このまま放ってはおけない。本当に困っていたらと考えるとな。」「え~~~!?本気!?」「困ってる人とは助け合いだろ、チェリ。」「それはそうだけど~~…。」真っ直ぐなブローニャの目に何も言えなくなるチェリ。「このお人好しが…。」そう言うものの、ブローニャの意見を真っ向から否定はしないデジャ。「まぁまぁ、なんとかなるって!」軽いノリでヘラヘラと言ってのけるヘザー。「あんたは楽観的過ぎ!―――…も~~~!どうなっても知らないからね!」嫌々だが、そう言いつつも付き合ってやる気のあるチェリであった。「よし、そうとなれば…」そう言ってブローニャは馬を進める。「爺さん、」ブローニャは老人の近くに馬をつけると話しかけた。「どうした?何か困り事か?」背中を向けて依然として蹲る老人。ブローニャは馬車を降りて、老人に近づく。その肩に手を乗せて話しかけようとしたその時だった。「ご苦労。」「!」どこからともなく男が現れ、ブローニャの背後に立つ。その手には剣が握られており、剣先はブローニャの背中に向けられていた。「…!」チェリ達が困惑している間に、森の木々や草場の陰から次々と男達が現れ、あっという間に荷馬車が取り囲まれた。皆一様に、フードを目深に被り、口元を布で隠している。そしてその手にはやはり武器が。それを見てブローニャが大人しく両手を挙げる。チェリ達3人も、それに倣って両手を挙げた。「下りろ。」男の指示に対し、3人は大人しく投降し、ブローニャの傍らに降り立った。そんな中、例の老人が最初に現れたリーダーと思われる男の元へと近づき、「も、もういいですか…?」と問いかける。男は「あぁ。おかげで助かった。」と言うと、老人に直ちに帰るよう促した。立ち去っていく老人が途中、申し訳なさそうに振り返る。「…悪いなぁ、お嬢さん達。」どうやら男達に脅され、一芝居打たされたようだ。老人の背中を見届けると、ブローニャ達はいつの間にか男達が荷馬車の中を物色していることに気づいた。「…」残った男達はじっ…とブローニャ達を探るような目線を送る。何かされる前に、と、チェリが仕掛けようとするが、ブローニャから『下手に動くな』という視線が送られてきたため、動きを止めた。それはデジャ達も同様だった。「お前ら何者だ?」男からの問いかけにブローニャが答える。「商人をしている。荷台に乗った商品を隣町まで運ぶところだ。」「…随分と多種多様だな。」仲間が取り出している品々を見て訝し気に呟く。「雇い主が”なんでも屋”なもんでな。あらゆる商品を取り扱っている関係上、どうしてもな。」「こいつら、武器を所持してる。」仲間の一人がリーダー格の男へ報告する。男の視線が自分へと移ったため、ブローニャは答えた。「商品と、あとは護身用だ。何せ非力な一般市民なもんでな。…まぁ、こうなってしまっては、もう意味は無いが。」「…」どこか探るような目線でブローニャを見つめる男。暫く見た後、他の奴に顎で合図する。「連れていけ。」
――――「だから言ったじゃない!!!」「うーん…。」4人は男達に連行され、森の奥にあった石造りの建物の中――――半地下の牢屋へと投獄されてしまった。「…すまなかったな、皆。」「謝る前にまずはここから出る方法を考えるべきだろ。」「…それもそうだな…。―――敵は何人だった?」「5~6人ってところじゃないか。待機だとか外出してた人数を考えても、建物の大きさからして10人はいかないだろ。」「そうだな…。真向から相手するには少し痛い人数か。武器も回収されてしまったしな。」「まぁ武器ならいくらでも作れるけどな。確かにやり合うにはキツイかもしれねぇ。」「ここでも作れるの?」「当ったり前だろ!この石とか…あとはこの牢屋の柵くらいかなぁ。」「この柵…多分”ルミア”で出来てるな。軽量で脆いから武器にはあまり適さない。ナイフくらいには使えるだろうが…この感じだとペラペラなもんしか作れないんじゃないか?」「うーん…確かに。元々の質量に相当するみたいだしなぁ。」「それから、多分この石は”オンボウ石”だ。」「…となると、武器として使えるのは石の方だけか。オンボウ石か…。丈夫だが、重量があるな。刃物とかを作るなら、金属製の柵だったら良かったんだが…。」「まぁそこは仕方ないだろう。幸運にも、錠前は鎖で巻かれて止められてるってだけの粗末なものだ。おかげで石の武器でも破壊はできる。逃げ出すことだけを考えれば十分だ。」「…そうだな。破壊するとしたら斧か?」「斧も作れるぜ。石造りだけど。」「ここに来るまでのルートを確認していたが、ここから奴らの集まる部屋までは距離がある。”オンボウ石”の性質から考えても、音は奴らのいるだろう部屋までは通りにくいだろう。一発で仕留めればバレる可能性は低いと考えていい。」「石の性質…。外に声が漏れるのを防ぐためかな。」「とはいえ、この部屋にも上部に通気口があるからどうだかな。どちらかというと劣化を防ぐために採用したのか…それか、この辺りでよく採れる石なのかもしれない。まぁ、これほど山奥なら人もそう簡単に立ち入ってはこないだろうしな。」「あの通気口、外の様子が見えるのは助かるな。時間がわかるだけでもありがたい。」「あぁ。決行は夜だな。交代で仮眠するか。」「あぁ。」「万が一見回りが来た時に困るから、武器に関しては夜が更けてから色々作ってみるよ。」「あぁ、頼んだ。―――…しかし、こんな状況で見張りを置かないとは随分と舐められたものだ。私達をただの女の集団だからと甘く見たツケは支払ってもらわんとな。」「お前、今悪い顔してるぞ。」スムーズに作戦会議が進む中、途中から段々とどこか置いてきぼりにされたような気持になったチェリは「(…なんか、全然ついて行けてないな、私…。)」と思うと同時に、自分の不甲斐なさを自覚するのだった。
―――――「…チェリ、チェリ!」「ん~~…?」「そろそろ行くぞ。」「行くって…?」寝ぼけた様子でブローニャからの呼びかけに問いかけると、そこではっと思い出してがばりと体を起こす。「あっ…ごめん!寝過ごした!?」「大丈夫だ。わざと起こさなかっただけだ。」そう言ってブローニャが立ち上がると、今度はヘザーが近づいてくる。「チェリ、これ頼むぜ。」そう言ってチェリにどさりと渡してきたのは、5本のナイフ。「もしもの時な。」それらを両手で受け止めるが、なかなか重量がある。「重っ…!」「仕方ねえだろ、石で出来てるんだから。持ち運びできるとしたらそれくらいの数かと思ってさ。」そして視線を移すと、ブローニャが石の長剣を両手で持っていた。「うーん、石の剣は使ったことが無いな…。しかも相当重い…。」そう言ってブローニャは両手で持った剣の切っ先を床からなかなか離すことが出来ないでいた。「長剣は駄目か。」「短剣の方がまだ使えるだろうな。どの道、打撃武器として使う方が有益かもしれない。」「確かに…。だが、棍棒を作ったとしても重すぎて振り回せなさそうだな。」「あぁ。…仕方ない、私も短剣でいく。」「あぁ。」そう言って長剣をその場に置き捨てると、今度は近くに立てかけてあった石斧を手に取る。「さて。チェリ、準備はいいか?」「…うん!」チェリの返事を聞くと、ブローニャが石斧を手にスタスタと柵の方へ向かって歩いて行く。そして両手で持って、重いせいか少しバランスを崩しつつも振りかぶると、そのまま勢いよく振り下ろした。斧の刃の部分が、錠前を繋ぐ鎖に引っかかると、そのまま弾けるように切れ、錠前と共にガシャリと金属音を立てながら床に落ちた。勢い余って斧が床に突き刺さる。「!!」思ったよりも音が響き、皆びくりと肩を縮こませた。そしてそろそろと、上階から何者かやってこないかと耳を澄ませる。…が、誰か来る様子はない。「――――…取りあえず、大丈夫そうだな…。」「…び、びっくりした…!」「しかし一撃でいけたのは幸運かもな。」「あぁ。切れ味はあまり良くないが、重さで切れたのかもしれない。」「ともかく急ごうぜ!」そう言ってヘザーが先陣を切って柵の扉を開けて出ていくと、3人もそれに続く。そして4人揃ってコソコソと上階に繋がる階段を上がっていく。「あの音で気づかれなかったってことは、外の見張りはいないかもしれないな。」「ほんと不用心だな~。」「余程人が来ない自信がある場所なのかもしれない。」そしてヘザーが1階に続く扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。「…どうだ?」扉の隙間を覗き込むヘザーに対し、ブローニャが小声で問いかける。「…誰もいないな。」ヘザーが右、左と確認するが人影は見当たらない。「確かさっき右側からここに来たよな。」「あぁ。荷馬車もそっちにある筈だ。」「よし、ディーンと荷馬車を回収してさっさと逃げるぞ。」そうして音に注意しながら、姿勢を低くしてゆっくり、コソコソと歩いて行く。先頭からヘザー、デジャ、チェリ、ブローニャという並びだ。最後尾のブローニャは背後の気配に注意を向ける。暫く歩くと、ヘザーが何かに気づいた。「!」「どうした?」「…灯が漏れてる…。」進行方向の先にある部屋で、閉まった扉の隙間から灯が漏れていた。「…気にするな。通り過ぎるぞ。」「…うん。」そう言って緊張しながら歩みを進める。「扉から誰か出て来ても困る。少し急ぐぞ。」「あぁ。」そして4人縦に並んで歩みを進める。チェリもヘザーも、ドキドキと緊張しながらその扉の前を通り過ぎていった。―――――「…ッは~~~~!!緊張したぁ…!」「生きた心地しねぇ…!最高だな、外の空気…!」外に出た瞬間、チェリとヘザーが止めていた息をぶはっとを吐き出すと、両ひざに手を置いて、疲労困憊と言った様子で深呼吸を繰り返した。対して、落ち着いた様子のデジャとブローニャは辺りを見回す。そしてデジャがある場所を指した。「おい、あそこ。」見ると、そこにはディーンと荷馬車が。「ディーン…!!」真っ先にチェリが駆けていく。「無事で良かった~~!!」チェリに抱き着かれたディーンはぶるると嘶く。「一先ず良かったな。」そして皆で荷馬車の中身を確認する。「…どうやら食料と武器だけ先に回収されたようだな。他はそのままだ。」「まぁそこは諦めてもいいだろ。食料ももう大分消費して、残ってたのは緊急時の保存食くらいだったしな。」「あ。そういや金は?」ヘザーの一言に皆固まる。「……そうだ…そういや真っ先に取られてたな…。」「まぁいいんじゃね?諦めようぜ、ブローニャ。」「何言ってるんだ!まだ結構な額入ってるんだぞ!それにこの先おそらくまだ入用になるだろうし…。いいか!何をするにも金が必要なんだよ!世の中金だぞ、金!!」「夢も希望もないこと言わないでよ!」「とはいえどうする。奪い返そうにも奴らがいるぞ。」「さっき扉の隙間から灯が漏れてる部屋があったよな。」「あぁ、もしかしたらあそこに?」「その可能性は高いな。」「そういえば話し声は聞こえてこなかったな…。」「どうにかこっそり取り戻せないものか…。」「えーーーーっ!?無理よ、無理!!」「試しに探しに行ってみて、無理そうなら諦めるってのは?」「…そうだな…。」「ほんとにぃ!?また戻るの!?」渋るチェリを余所に、取り返そうと画策する3人。そしてブローニャはチェリに振り返る。「チェリ、私と一緒に来てくれるか。」「えっ!?私!?」「お前の力が必要になるかもしれない。デジャとヘザーはもしもの時のためにここで待機してくれ。」「わかった。」「ほら、さっさと行って来いよ。夜が明けちまう。」「~~~~もう~~~!!しょうがないわねッ!!ヤバかったらすぐ逃げるからね!」「あぁ。」――――そして、ブローニャとチェリは再び建物の中へと入っていく。そして、先ほどの灯が差す部屋の近くまで戻って来た。「…ここだな。」そしてブローニャは部屋の前まで行くと、扉に耳を当てて音や声が聞こえないか耳をすませる。そして、小声でチェリに呼びかけた。「…やっぱり声はしないな。開けるぞ。」「えっ!?大丈夫…!?」「一先ず隙間から見てみる。」そう言って音に注意しながら、ゆっくり、慎重な動きで扉のノブを回し、扉を引く。チェリは恐怖と心配のあまり、思わず両手を合わせ、祈るようなポーズを取った。「――――…。」「ど、どう?」片目を瞑って隙間から中を覗き込むブローニャへ、チェリが問いかける。「…まず、男が二人。」「!…やっぱりいるはいるのね…。」「あぁ。だがすっかり眠りこけてるな。一人はソファで横になって毛布にくるまれていて、もう一人は椅子に座ってのけぞりながら大口を開けて眠っている。」その言葉に一先ずほっとするチェリ。「それで、金貨は?」「テーブルの上に置いてある。」「うそっ!!ほんと!?」「あぁ。私が持っていたもので間違いない。」そしてブローニャは少しの間思案すると、チェリに提案を持ち掛けた。「チェリ、ちょっと考えたんだが…。」「うん?」「お前の力でナイフを移動させて、あの巾着の紐に引っかけて持ってこれないか?」「えぇっ!?無理無理っ!!理屈的にはわかるけど、そんな繊細な動き出来る自信ないわよっ!!」「物は試しだ!やってみろって!!」「えええ~~~~!?」――――扉の隙間から部屋に侵入したチェリのナイフが、ノロノロと空中を進んでいく。「…チェリ、慎重なのは良いんだが、…悪いがもう少し急げないか?」「わ、わかってるわよ!焦らせないでッ!!今集中してるんだからっ!!」そう言われて少し速度を上げる。行き過ぎないよう、そして位置がずれないよう、調整しながら進める。そして数秒後、巾着の元まで到達した。そこでチェリはふーーー…と、一度力を抜くように息を吐き出すと、息を止め、キッと眉間に皺を寄せて先ほどよりもより一層集中する。そして、垂れ下がる紐のわっかに通そうとナイフを微調整しながら動かす。が、「う…うん…っ?」なかなかどうして上手く入らない。若干座標がずれてしまう。「…やはり少し見づらいか…?あとちょっと遠いしな…。」「こ…っ、この…っ!!」緊張もあってかなかなか入らずに通り過ぎてしまう。3度程トライしたが、全てスカした。「チェリ!頑張れ!」思わずブローニャが両手を握り応援の声をかける。「わ、わかってる…っ!!」もう一度戻して、再び集中する。そして二、三度呼吸。「(頑張れチェリ。あんたなら出来る。焦ったら逆効果…!)」そして体の力を抜き、自分を落ち着けてから息を吸って止め、ナイフを動かし始めた。ナイフの先はわっかの中心を捉えている。「そうだ!そこだ!!」チェリはナイフを凝視し、そのまま進めていく。そして――――…ナイフは、わっかの中へと入っていった。「「入ったッ!!」」思わずガッツポーズをしながら二人の声が揃った時だ。「あれ…?」声のする方―――廊下の奥を見ると、寝ぼけた様子の男が自分の腹を掻きながらブローニャ達の方を見ていた。「ヒッ!!」思わずチェリが、驚きのあまり力を解いてしまう。部屋の奥でカン、とナイフが落ちた音がした。その音が鳴った瞬間、ブローニャは性急な動作で扉を開くと、走って巾着を手に取り、すぐさま戻ってくる。途中、中で眠りこけていた男二人が驚いたような顔をしているのが見えた。「逃げろ、チェリ!」「!」そう言って部屋を出たブローニャは外へ続く道を走り出す。慌ててそれに続くチェリ。そこでようやく、男は夢見心地な状態から覚醒し、目の前の事態を理解した。「ひっ…、人質が逃げたぞ!!」大きな声で叫び、仲間達に伝える。チェリはいつでも攻撃ができるよう後ろを気にしながらブローニャについていく。完遂できなかった悔しさを抱えつつも、ブローニャへ茶化す言葉を投げる。「ちゃっかりしてる~~!」「ここまで来たら持っていかないと損だろ!」そして二人は廊下を走り、そのまま外へと脱出した。二人の姿を見つけるや否やブローニャが報告する。「デジャ!ヘザー!見つかった!」「!」そしてデジャ達がすぐに逃げる準備をしようとした時だ。「デジャ!」「!」ブローニャ達が来たのとは別の方向から2人、敵がやってきた。それに気づいたデジャは、真っ先に男達の元へと駆けていく。そして一人の男へ近寄ると、素早い動きで近寄り、キレのある手さばきで拳や手刀、肘打ち等、次々攻撃を仕掛けていく。男も、突然の襲撃にも関わらず、避けたり受け止めたり流したりとで対応していった。だが、デジャが男の隙を見つけて、攻撃を繰り出してきた男の腕を自分の脇に捕らえると、その顎に手刀を食らわせた。そしてそのままぐらついた男のみぞおちに、膝蹴りを食らわせる。男はえずきながらその場に崩れ落ちた。「――――…」デジャが視線を移すと、ブローニャとチェリの背後から男が二人、迫ってきているのが見えた。すぐさま走り出していく。「デジャ!」「お前らは準備してろ。」そう言って二人の間を通り過ぎていくデジャ。ブローニャもデジャの後に続く。「チェリはヘザーを頼む。」「!わかった!」ヘザーはもう一人の男から体術で攻撃を仕掛けられていた。掌底を撃ちこんできた相手に対し、ヘザーはのけぞりながらその攻撃を避けると、その避けた動きを利用して、回転しながら男へ回し蹴りを食らわせようとする。だが男もそれを察知してギリギリで躱す。ヘザーの蹴りは男の顎を掠った。二人は一時距離を取る。「…!」チェリは、男と対等に渡り合っているヘザーを見た。元々のポテンシャルと、”師匠”に鍛えられたというその動き、そしてブローニャやデジャとの訓練が活きてきたようだ。何度か交戦しながらヘザーは男の動きを読む。そして『ここだ』というところで男の腕を捉えて掴むと、捻り上げた。「…!」男が痛みに身を捩ったその間に腹部へ横から蹴りを食らわせた後、回転して追いの後ろ蹴りをお見舞いする。「やべっ」ヘザーの蹴りはうっかり男の股間に当たってしまい、男はその場から崩れ落ちた。「…わ、悪い…。」ヘザーが倒れた男に思わず謝罪していると、その背後から男が近づいてきていた。ヘザーが振り返る寸前、斧を振りかぶった男の腕に飛んできたナイフが刺さる。「~~~!!」そしてそれを見たヘザーが咄嗟に男へ裏拳を撃ちこんだ。男は脳が揺れてその場で気絶する。「さんきゅー!」ヘザーがチェリに礼を言っている間に、チェリは倒れた相手達から武器を回収しながら「うん!」と答えた。「(…すごいな、ヘザー…。)」それに比べて私は、と思わざるをえないチェリだった。―――デジャは男と何度も短剣で交戦していた。デジャの使う剣が石で出来ているからか、短剣を交える度に、男の剣がザリザリと刃こぼれする。そしてやがて男の短剣がデジャの剣に弾かれると、デジャは短剣を捨て、男の胸倉を掴み上げる。「!」そして素早く力強い動きで足払いしてそのまま男の体を捻って回転させると、その場に組み伏せた。「ぐあッ…!」その際男は腕を痛めたようで、デジャが話してもその場から動けずにいた。「行くぞ。」いつの間にかもう一人を倒したブローニャがデジャに声をかける。そして二人して荷馬車の方へ走って向かい、チェリとヘザーに呼びかけた。「お前ら早く荷馬車に乗れ!!」だがその時、物陰に気配を感じて振り返るブローニャ。「!」次の瞬間、ブローニャは突然現れた敵の攻撃を己の短剣で受け止めていた。「!」「ブローニャ!」ザリザリと剣が交じる中、ブローニャは相手の顔を見た。その相手はよく見ると、例のリーダー格の男だった。「物陰から現れるのが随分好きなようだな。―――…そして、それは私の剣だ。返してもらおうか。」男がブローニャに向けていたのは、ブローニャが王国から持ち込んだ剣だった。「…随分と好き勝手やってくれたもんだ。」そして互いに剣を弾くと、一度距離を置く。「お前らは先に行けッ!!」そして二人は再び交戦する。デジャは荷馬車に向かい、ヘザーとチェリは心配そうに狼狽える。長剣と短剣、しかもブローニャは普段慣れない重量の重い武器を使用している。幾度となく剣を交えるが、どんどんとブローニャが圧されているように見えた。「お前、女にしてはなかなかやるな。」「…っ…!」「(まずい…、)」見ている分にも、やはりブローニャは本領発揮が出来ない様子だ。敵もなかなかに強い。どうにか助けないと、と思ったチェリは、手元のナイフや例の石の長剣を男にぶつけてやろうと思ったが、二人が入れ替わり立ち代わり動き回るため、ブローニャにぶつかることを恐れて、なかなか踏み出せないでいた。ブローニャの剣が男の手の中でなければ送り届けるものを、と悔やみながらも、何とかして手助けする方法はないか、と思案するチェリ。やがて男とブローニャは剣を交えながら膠着状態に入る。やはりブローニャが圧し負けている様子だ。ブローニャはギリギリと剣の向きと位置を変えていくが、その行動はとてもじゃないが、形勢逆転に繋がるとは思えなかった。今だ、と思ったチェリが攻撃を仕掛けようとした時。ブローニャが呟いた。「…この手はあまり使いたくはないんだがな…。」「…?」その言葉に、疑問符を浮かべる男とチェリ。「御免!!」ブローニャがそう言った直後、力が抜けたように男が突然前のめりに倒れこんでいく。「!?」「…!」その様子を見て、チェリは気づいた。ブローニャが能力を発動させて、己が持つ石剣に、敵が持つ剣を”すり抜け”させたのだ、ということに。確かに考えてみれば、ブローニャの能力は『無機物をすり抜ける』能力の筈だ。だが、敵と交戦した際、ブローニャが幾度となく剣を衝突させていたのを、チェリは何度も見ていた。つまり、能力の発動は切り替えが出来るということなのだ。バランスを崩した男はあまりに咄嗟の出来事に反応が遅れる。その隙を狙って、ブローニャは近づいてきた男の首元目掛けて、容赦なく短剣を振り落とした。「!!」短剣の柄が男の後頭部に直撃し、男はそのままうつ伏せに地面へと倒れこんだ。それは、意外にも呆気ない幕引きだった。気絶して動かない男を見て、ブローニャが聞こえないとは思いつつも言い訳をするかのように声をかける。「…卑怯な手ですまない。だが、こちらもなりふり構っていられないもんでな。」そして屈みこむと、男の手から剣を取り返した。「これも返してもらうぞ。」先ほどからの光景を見ていたチェリは、驚いたように目を丸くしていた。「(そ、そっか…。そんな使い方もあるんだ…。)」そして、もしかして自分ももっと…と、考えたところで、ブローニャの「逃げるぞ!!」と叫ぶ声にびくりと反応した。「えっ、わっ、」そしてデジャが走らせ始めた荷馬車へと急いで向かうと、ブローニャとヘザーと共に慌てて乗りこんだ。――――後ろを見張るヘザーの前で、チェリとブローニャが向き合って座る。「…ごめん、何も出来ないで…。」少し疲れたような表情のブローニャに、チェリが呼びかける。ブローニャは少し驚いた顔をした後、穏やかな表情でチェリに返した。「…何言ってるんだ。お前のことだから、大方私に当たるのが心配で力を使えなかったんだろう。」「…それも、そうだけど…。」昨日からの出来事全体だ。皆が意見や知識を出し合う中で、自分は何も出来ずに置いてきぼり。活躍できそうな場面があっても、ろくに力を使えず、戦闘に参加も出来なかった。少し落ち込んだようなチェリにブローニャが優しく声をかける。「お前は十分良くやってくれている。状況的にやむを得ない場合もあるし、私達は別に気にしてないが―――…。…お前自身が何か気にしているなら、反省し、それを糧にして、次頑張ればいい。それと…まぁ、『そういう日もあるさ』とでも思っておけ。」「…」「そうそう!無事に逃げ出せたんだし、それでいいじゃん!」ヘザーも励ますように言った。だが、その二人の優しさが逆にチェリの罪悪感を募らせるのだった。

そこからしばらく馬車を走らせると、本来であれば昨日の内に到着予定だった町へとたどり着いた。先ほどの悪漢達に備品や消耗品が盗まれてしまったため、手分けして買い物をすることになった。チェリも一人、町を歩きながら昨日からの出来事を振り返る。「(やっぱり皆すごいなぁ…。ヘザーもなんか段々戦い慣れしてきてるし…。)」そして己のミスや不甲斐なさを思い出し、力量の無さを無念に思った。「(…もっと、出来た筈…。」)」私がもっと早くに巾着を取れていたら。私がさっさと敵を倒して逃げ出せたら。私がブローニャの敵を倒せていたら。「…」反省して落ち込んだ。どこか足取り重く歩いていると、目の端にちらりと何かが移りこんだ。思わずそちらに視線を向ける。そこには、路地裏に佇む4人分の影が。全て歳の近いだろう女ばかりだったが、4人の力関係はぱっと見で明らかだった。何故なら、3人が1人を壁際に追い詰めていたのだから。いざこざか?カツアゲか?それは本来知る由もないことで、赤の他人が関わる事柄ではないことは明らかだった。―――だが。「―――…。」チェリにとってはその光景が、嘗ての自分と重なった。そしてふと、過去の記憶が蘇る。――――仲良くしていた友人が、貴族の娘に『自分より絵画を描くのが上手いから』というだけの理由で虐められた。そんな友人を、チェリは見て見ぬフリをした。自分に火の粉がかかるのが怖かったから。『このままでいいのか』と、自問自答する日々。だがチェリは、そこから行動に移すことが出来なかった。だがとある日、短気なチェリはカッとなって貴族の娘に文句をつけた。だが時すでに遅し。友人は、別の町へ引っ越ししてしまった。そしてターゲットはチェリに移った。『弱虫チェリ』と罵られ、馬鹿にされる日々。チェリは、友人に謝ることも出来ず、自分を虐げる女に一矢報いることも出来ずに、ただただ日々を耐え抜いていた。―――――「ほら、いつものやつは?」「も…っ…、もう…許して…っ!」「は?何?あたし達に楯突く気?―――…犯罪者の娘のくせに…。」「…っ違う!!お父さんは本当はやってない…!!」「まぁーたそうやって…。親が犯罪犯して、娘のあんたは嘘吐き?…ほんっとサイテーね。」「…ッ…!!」じっ…とその様子を見ていると、主犯格であろう女がチェリの視線に気づき、がんをつける。「…何見てんだよ。」その目が自分に向けられたものだと気づいて、チェリは思う。「(面倒事は嫌い。出来るだけ平穏に生きていたい。自分が不利益を被るようなことには関わりたくない。…それが本来の私…。)」でもそのせいで、どれだけの人を傷つけた?どれだけ自分は後悔した?私はもう少し、自分で、自分の殻を割らなきゃいけないのではないか?自分が変わろうとしなければ、何も変わらないのではないか。そう思ったら、自然と悪態が口をついていた。「えっ?あたし?ただ偶然、目が合っちゃっただけなんだけど。うっわ、ちょー自意識過剰ぉ―。」チェリの発言に、女の眉がつり上がる。「はぁ?…何なの?」その威圧感に、かつて自分達を虐げた女の顔が過り、思わず尻込みしそうになるチェリ。「(…私は、何かにつけて言い訳をして、目の前のことから逃げ続けてた。)」挙句ついたあだ名が”弱虫チェリ”。なんと不名誉な名だろうか。「(…でも、相応の名前だったってことね…。)」当時の私は、紛れもなく”弱虫”だった。そしてその弱虫のせいで、傷ついた人がいた。――――ふと、仲間達の顔が脳裏を過る。「(…私は、強くなりたい。自分のために、誰かのために。それから…あの3人と、胸を張って一緒にいるために。)」そして決意を固めたように、女の顔を真っ直ぐ見つめる。「ねぇ、顔に傷なんてつけたくないでしょ?…それ。置いていったら許してあげるわよ。」そう言って女が指差すのは、チェリが手に持つ、ブローニャから預かった僅かばかりの金貨が入った財布だった。チェリはじっと女の目を見つめる。見て、手に持った財布を、――――自分のポケットにしまい込んだ。女の眉がまた、ぴくりと動く。その女の反応を見て、チェリは挑戦的にニヤリと笑みを浮かべた。「『置いていってください』…って、土下座して頼み込んだら考えなくもないけど?」「…!」チェリの態度が相当女の癇に障ったらしい。女はギリ、と歯ぎしりをする。が、依然として平静を装った。「ふふっ…。…なに?あんた、正義の味方面でもしたいわけ?」「あぁ、それって自分を”悪だ”って認めてるってこと?まぁ、人の弱味に漬け込んで金捲き上げて…。やってることはただの恐喝だもんね~!犯罪者はどっちって話よ!」チェリの煽るような言葉に、取り巻きと思われる女二人が青ざめた顔をしてリーダー格の女の顔を窺う。勿論、女は怒髪天をついていた。「…あんまり調子に乗ってんじゃないわよ…!」「あぁそうだ。1個だけちょっと聞きたいことがあるんだけどさぁ。そうやって”弱者を虐めてる時”って、どういう気持ちでやってんの?」「は?」「あたしが今からそれを味わうからさ。」その一言がトリガーだった。女の怒りは最高潮に達し、彼女自身を行動に移させた。女は俊敏な動きで一気にチェリのもとへ間合いを詰めてきた。「(早い…!)」チェリがそう認識する間もなく、女の右の拳がチェリの顔めがけて繰り出される。「(―――…でも。…全然見える…。)」昔と比べて、相手の動きがよく見えた。ブローニャとデジャの訓練が活きたのか?旅に出てから何度も、”本当の戦い”というものを見てきたからか?おそらくそのどちらもなのだろう。落ち着いて、冷静に、相手の動きが見えるようになっている。そして、次に自分がどうすべきなのかもわかる。「!」チェリはそれを左に動いて避ける。怒りで勢いが余っていたのか、女は拳を振りぬいた瞬間、若干前のめりになっていた。チェリはそれを利用する。女の右腕を掴んで引っ張りながら、右足を引っかけて、払った。「…!!」女はそのまま地面に倒れこむ。チェリの脳内に、ブローニャとの訓練の記憶が蘇る。―――――『非力なチェリの場合、相手の動きを利用するのが一番だ。』『…っていうと?』『まぁ要は、受け流したり、カウンターの方が向いてるってことだ。』――――「…ッの…!」女は無様に転んだのが恥ずかしかったのか、地面に手を着き、更に怒りを滲ませながら立ち上がると、再びチェリに向かって走っていった。チェリは冷静に、女の攻撃を見極め、避けて、受け流していく。「…っ!」どこかカウンターのタイミングが無いかと見極めるチェリ。そして女が蹴りの態勢に入った時。今度は、デジャに教わった時のことが過った。――――『今私がどう蹴ろうとしたか見えたか?』『え?』『蹴り上げる瞬間の相手の態勢と角度を見ろ。それによって避け方が変わる。』『…それはわかるけど、そんなの動きが速い奴相手じゃ…。』『見極めて、瞬時に動く。まずはそれが出来るようになることだ。』――――そして咄嗟に距離を取ると、女の蹴りは宙を空振りした。「…ッ…!」見た目に反して動けるチェリに女は更に苛立つ。「(やられてばっかりじゃ…、)」そう思い今度はチェリが攻勢を仕掛けようとする。拳に蹴りにと、攻撃をするが避けられる。そして、攻撃しようとした隙を突かれた。「(あっ…まずい…っ!)」そう思った時には、女の拳がチェリの顔に入っていた。「…ッはは…!」女は嬉しそうに笑う。が、「~~~~ッの…!!」顔を上げたチェリに驚愕する。鼻血を出しながらも何故か笑顔のチェリを見て、少しばかりぞっとするものを感じる女。「(…今のは、間合いとタイミングをちょっと間違えてた。)」そして鼻血を拭いながらすぐさま分析し、もっとこうすればよかったと反省をする。「(これが実践…!)」何事もトライアンドエラーだと、その大事さを痛感する。そんな中、再び女が迫ってくる。再び攻撃を避けると、今度は女の拳を片手で受け止めて、空いた方の手を握る。「(ここッ!!)」そう思ってチェリは、お返しだ、と言わんばかりに拳を女の顔に決めた。「…!」女はふらついて頬を抑える。「(…っ初めて、人を殴った…!)」この調子で、と更に進めていく。――――互いに容赦ない殴り合いの攻撃で、チェリも相手の女も、顔も体も傷だらけ・痣だらけになっていた。「…ッあんた、なんなのよ…ッ!!」「あんたこそ、意外とやるじゃない…!」ちらりと周りを見ると、野次馬も多くなってきた。そろそろ潮時だろう。向かってくる女に冷静な頭で思考する。いつもの通り、拳を受け流す。「(…ブローニャが教えてくれた戦術…)」受け流しつつ女の腹部に膝蹴りを決める。「…!」そして。――――『お前達の戦い方は優等生すぎる。もっと卑怯な手も、姑息な手段も使え。』――――「う…っそ…でしょ、あり得な…っ、」女の鼻の頭に渾身の力を込めた頭突きをくらわせたチェリは、ふらつく相手の体から距離を離して、少し後ずさりした。どうやら、上手くクリーンヒットしたらしい。女の鼻からはとめどなく血が噴き出している。「…ッ女の……顔にッ…、…普通やる……ッ!!?」血だらけになって鬼の形相で睨みつけてくる女を、チェリは見下してやる。「あっはは!!ざまぁーみなさいよッ!!あんただって散々、執拗に顔狙ってたでしょッ!!!」大笑いするチェリの姿は、なんという悪女か。助けられた筈の少女は、先ほどの戦いから顔を引き攣らせっぱなしだ。「…ッはは、いい練習相手だったわ。」「く…っそ、なんで…ッあんたみたいな奴にッ!!!」意識が朦朧としてきたにも関わらず恨み言を呟く女は、よほど悔しかったのだろう。だが、無様な姿を野次馬に見られ、チェリに比べて負傷割合が大きいこの状況を不利と感じたのか、女は咄嗟に、取り巻きを連れてその場を逃げ出した。その行動に驚くでもなく、その背中を見ながらチェリが叫んだ。「これに懲りたら!!二度と”恐喝”なんてやめることねーッ!!」「…!!」周囲にいた人々がざわざわと騒ぎ出す。その中には女の見知った顔もいたのか、女は目を丸くして人混みを見ていた。「…ッのクソアマあッ!!」チェリに向かって暴言を吐き捨てるものの、こちらに戻ってくることは無くそのまま走り去って行ってしまった。それを見届けた後に、彼女達に詰められていた少女に向き直るチェリ。「…ごめん。余計なことしたかも。」少しやり過ぎたと申し訳なさそうに謝罪するチェリ。だが、少女は首を少し横に振ってから、「…ありがとう。」とつぶやいた。その泣きそうな顔を見て、チェリは言葉を紡ぐ。「…私も、何も出来なくて…ただただ我慢して耐えてた時があった。…でも、それじゃあ何も変わらなかった。」「…っ…」「…私、強くなりたいの。…変えたいから。自分と、周りの全てを。」「…」「…あなたの幸運を、祈ってる。」そう言って笑うと、チェリはその場を立ち去った。――――歩きながら、自分の血だらけ、傷だらけになった掌を見つめる。「(…私も、成長…してるのかな?)」そして、先ほどの喧嘩を振り返る。「(…きっと私は、ヘザーみたいには出来ない。)」今日のあの女との喧嘩でわかった。ブローニャやデジャはともかくとして、自分はヘザー程の攻めも攻撃も出来ないだろうと。「(…でも、私には私の、出来ることがある。)」そう思い、拳を握り締める。王国を出たばかりの自分と比べれば、僅かかもしれないが、体も心も、自分は変わっている。今日はその証明が出来た。そして、ブローニャの言葉を思い出す。『お前のペースで頑張ればいい。』「(――――だからこそ、私は私のペースで、もっと頑張ればいい。)」過去に3人から貰った言葉の数々を思い出しながら、決意を新たにする。「(ただし、自分の出来ることに関しては、最善を尽くす!)」そして再び記憶を遡り、昨日からの悪漢と遭遇してからの出来事を思い出す。もっと力を上手く使えるようになろう。精密な操作が出来るようになろう。そうしたら、もっと色んな場で活用できるかもしれない。それから、色んな戦術を考えてみよう。ブローニャのように、上手く使えれば自分でも戦闘で活躍できるかもしれない。対人の格闘も、もっと上手くなろう。一人でもいくらか対処できるように。「(―――…頑張ろう…!)」そうして改めて意志を固めると、宿への道を急ぎ進めるチェリだった。
―――――「どうしたんだよその顔!?」チェリが帰るなり、ヘザーがその異様な様子に慌てて駆け寄る。心配したように、傷を一つ一つ見ては確認していく。大してチェリはあっけらかんと笑う。「あはは!クソみたいな女と殴り合いの喧嘩した!」「はあっ!?なんで!?つーかわざわざそんなことしなくたってお前…、」「…相手は普通の女だったんだもん。今回はズルはなしで、ガチンコで勝ちたかったの!」「お前なぁ…。」呆れるヘザーは、文句を言いつつも救急箱を用意してくれる。デジャも水道に向かい、水を用意する。「それで?」ベッドに腰掛け話を聞いていたブローニャが、悪い笑みでチェリに問う。「勝ったのか?」デジャもヘザーも、チェリの顔を見る。彼女は、爽やかだと思えるほどの笑顔を浮かべると、「頭突きでKOしてやったっての!!」と言って、ピースサインを出した。それに、「そうか。」と答えたブローニャは何故だか嬉しそうな笑みを浮かべる。デジャは作業を続行させ、ヘザーは「あんま余計なことに首突っ込むなよなー。」と呆れながら注意を促した。


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