【6話】喪失と過去


「今日のお昼のランチ美味しかったな~!」4人は例によって森の中で荷馬車を走らせていた。女子4人、いつものようにおしゃべりに花を咲かせている。「な!ケチなブローニャが珍しく金出してくれたおかげだな。」「誰がケチだ!――――まぁ、たまにはな。お前らには日頃頑張ってもらってるし、労いだ。」「り、理想の上司…!」「でも確かに、今日のは特に美味かった。」「何が美味しかったんだろ?」「聞いたところ万能調味料が入ってたとか。あの地域では定番の調味料らしいが、バンサン粉だとか、ロネの実、メトリパウダー…とか、地元で採れる色んな名産が入ってるものみたいだぞ。」「へ~!そんな色々混ぜ合わせても美味いなんてすげぇよな。」「味が喧嘩しないのね。」「…でも、それほど万能なら一つくらい買っておいても良かったな…。もし今後金と食料が尽きた時、そこら辺の草とかも美味く味わえるかもしれない。」「流石にそれはねぇよ!!…いや、もしかして煮たり焼いたりすれば…?」「えー!?私草食べるのなんて嫌よ!?」「緊急時にはもしかしたら…ってこともあり得るぞ?」「えー!?やだやだ!!せめてキノコとか木の実とか!!もう少し食べても美味しそうなやつでお願いします!!」「あとは蛙肉とか…虫とかか?」「やめてッ!!聞きたくないッ!!」「ほら。」そう言ってデジャが皆の前に出したのは小瓶に入った調味料だった。「あれっ!?買ってたのか!?」「気になって買ってみた。今度飯作る時に使ってみる。この購入代金、資金から出してもらいところだが…――――そうだな。これ使ってチェリが草食ってみてくれたらチャラにしてやる。」「ブローニャ!!デジャにお金あげて!!」「どうしても食いたくないんだな。」「そりゃそうでしょ!!お腹壊したらやだし!!」ぎゃーぎゃー騒ぐチェリとヘザーを横目にブローニャがデジャに申し出る。「別に資金から出すぞ。」「そう言うと思った。」「というか、いつの間に買ったんだ?」ブローニャの言葉にふとヘザーが思い出す。「あれ?確かさっきの買い物、チェリも一緒じゃなかったか?気づかなかったのかよ。」「え~~?確かに一緒にいたけど別に…。―――!」「ん?」「ね、ね!さっきの町と言えば思い出した!デジャったらさ~!」「おい!お前馬鹿…ッ!やめろ!!」何かを言おうとしたチェリの口を咄嗟に塞ぐデジャ。「なになに?なんだよ。」好奇心に満ちた目でヘザーが身を乗り出して聞いてくる。「良いんだよお前、その話はッ!!」「ふごふごふご」「デジャ、その手を離してやれ。私も聞きたい。」真顔でブローニャが言うがデジャは離さない。「どんだけ嫌なんだよ。すげぇ気になるんだけど。」チェリがデジャの手を取って話す。「何よ、別にそんな恥ずかしがる話じゃないわよ。」「お前…。」睨みつけるようにチェリを見るが、ブローニャとヘザーの視線に逃れられないと悟ると、諦めたように手から力を抜くデジャ。それを見てチェリが二人へ向き直る。「それでね、買い物してた時に八百屋見てたんだけど、」「うん。」「『ナッコリ』、って野菜あるじゃない、」「葉物野菜な。」「デジャはずっと、『ナッコリ”ン”』だと思ってたんだって!!」「!?」「違う!!聞け!!昔の同行者がそう呼んでたからてっきりそれが正式名称だと…ッ!!」真っ赤になりながら訂正するデジャだったが、ブローニャとヘザーは腹を抱えて笑っていた。「ねーっ!めっちゃ可愛くない!?」「あっはは!!何その可愛いの!!嘘だろ!?」「…ッ可愛いじゃないか…っ、キャラクターの名前みたいで…。」「お前ら…ッ!!」
―――――「うわー…もう真っ暗じゃん。」荷馬車で進んでいる内に、日もとっぷり暮れてしまい辺りは既に真っ暗だった。「そろそろどこかで野宿か?」「そうだな…。ぼちぼち休むか。」「あっ!あれ灯じゃね?」そう言ってヘザーが指す先にはぼやっとした灯が見えている。「…もしかして村か?」「地図には乗ってないけど…。」「その地図も古いものだからな…。あるいは辺鄙過ぎて記載が無いのか?とにかく、もし良ければ世話になるか。」―――――「ようこそ!いや~こんな村に来客だなんて!よく来てくれました!どうぞどうぞ!折角ですからゆっくりしていってください!」「ほんと!?やったー!!」「すまない…。助かる。」「ありがたいな。」幸いなことに村は歓迎ムードで、ブローニャ達は快く受け入れてもらえた。村で唯一の酒場には多くの老若男女が物珍しそうに集まった。「しかしお嬢ちゃん達、よくもまぁこんなところに来たな!」盗人が落としていった地図では、先ほど通って来た道を辿るよう記載されていたが、どうやらこの辺りでは一般に使う道ではないようだった。「この辺の森、鬱蒼としてるだろ?下手すると迷うから、地元の奴以外はあんま使わねえんだよ。」「そうだったのか…。通りで地図にないわけだ。」「確かに木とか草が多かったけど、特におっきな岩がゴロゴロあっちこっちにあったしね。」「昔そこの山で噴火が起きたのが原因ね。おかげで見通しは悪いわ、歩きにくいわでもう大変よ。」「でも良いこともあるんだ。火山灰の影響かわからんが、この辺りは作物がよく育ってな。」「通りでこのご飯も美味しいわけね!」「この辺りで自生してたり、育てた食材を使ってるんだよ。」「へ~!あとは女将さんの腕ってわけだな!めっちゃ旨いよ!」「ふふ、ありがとう♡」「まぁあとは、辺鄙過ぎて盗賊や野盗とかの悪い輩が訪れることも無いってのもあるな。」「なるほどな。そりゃ安全だ。」「…一見不便そうだが、ここに定住しているのはそういうわけか。」「あぁ。先祖代々昔からね。たまに町へ買い出しへ行ったりはするけどさ。」「そっかぁ…。でも、この先の道はちょっと怖いわね。」「大丈夫!明日出る時は町まで案内するよ。」「ほんと!?」「こっちとしても心配だからね。」「何から何まですまないな。」「いいのさ!困ったときはお互い様、だろう?」その言葉にブローニャ達は顔を綻ばせる。「環境も良いし、人も良いし!子供達も伸び伸びと暮らせるわけね~。」近くで数人の子供たちが遊んではしゃいでいる。だが、その言葉に一部の村人が少し顔を曇らせた。「…どうした?何かあるのか?」その言葉に村人達はその理由を言うのをしばし迷っていたが、村長が口を割った。「…良い環境ではありますが、一つだけ困ったことがありまして…。」「困ったこと?」「”森が迷いやすい”、とは言いましたが…子供が行方不明になってしまうことがありまして…。先日も、一人…。」「…あぁ…。」察するブローニャ達。「『大人が一緒でない時、村から遠く離れてへ行ってはいけない』―――とは、親は勿論、私達村の大人達もきつく言いつけをしているのですが…。子どもなので、どうしても好奇心が勝ってしまうのでしょうね。”探検”だとか、目新しい植物や動物を探していつの間にか…と言ったことも多いんです。もしも迷った時は、『狼煙を上げるからそこに向かって帰ってきなさい』と言いつけてあるので、戻ってくる子も多いのですが…そうでない子も…。」「…そうか…。」そう言って皆子供たちの方を見る。すると、チェリが子供達の近くに寄り、しゃがみこんだ。「お父さんとかお母さんが心配してるよ!皆が森の奥で迷子になっちゃうんじゃないかって!」「?」子供達はチェリを見て、きょとんとした顔をする。「私、森の向こうから来たからわかるの。森の奥には、こわぁ~~い化け物とかがいるんだからね!だから、絶対おじさんおばさん、お兄ちゃんお姉ちゃん達がいない時に、勝手に行っちゃだめよ!食べられちゃうんだからっ!」そんなチェリの隣にヘザーもしゃがみこみ、便乗する。「そうだぞ~!お前らなんか一口でパクリだぞ!」「えぇ~~…。」子供達は一瞬怯えたような顔をしたが、はっと何かに気づいたように身を乗り出した。「そうだ!お姉ちゃん達、他の町の話聞かせてよ!遠くから来たんでしょ!」子供達の反応にきょとんとする二人。だが少しすると笑って子供達に向き合う。「いいぜ~。でも、さっき言った言いつけちゃんと守るって約束するならな!」そう言うと子供達は口々に「守る!」「は~い!」と言って、二人の話に目を輝かせるのであった。そんなやり取りを見ながら、ブローニャや村人達は暖かい目で見守りながら優しく微笑んだ。チェリとヘザーは思い出を辿るように、これまで訪れた町の様子と、自分達が見て聞いて体験した出来事を子供達に話して聞かせていたが、「でさ、大道芸の奴が失敗して…」「あーーっ!そんなのもあった!あれめっちゃ面白かったのよね~!」「あと、歌ってためっちゃイケメンなやつ。」「ね~。もう一回会いたいな~~…。」等、二人で思い出話に花を咲かせる内に、子供達はすっかり飽きてしまっていた。それに気づくと、二人は趣向を変えて子供達と遊んでやるのだった。体力の限界を感じた頃に、元気満々の子供達に謝りつつも、疲労困憊な様子でブローニャ達の元へ戻った二人は、村人達と酒を飲み交わし出来上がったブローニャとデジャが、村人達と同様にテーブルに突っ伏している様子を見て呆れるのだった。
――――次の日の朝。ブローニャ達が昨夜と同じ酒場で朝食をご馳走になっていた時だった。バンッ!と乱暴に扉を開いて、一人の男が現れた。「どうしたんだ、レオ。」只事ではない様子に、村長は”レオ”と呼ぶ男に近寄ると、心配そうに問いかける。レオは村長にしがみつくように必死に言葉を発した。「…ッマレクとヘレナがいないんだ…!!」「!?」それを聞いて、ブローニャ達も顔を見合わせる。「いないって…いつからだ?」「わからない…ッ、朝起きたらもういなくて…!!辺りを探したんだが、見つからないッ!!」青ざめた顔を両手で覆い、混乱している様子だ。「マレクとヘレナとは、まさか…。」「…子供です。兄と妹の兄妹で、二人ともまだ10歳にも満たない。」「!」「昨日の酒屋には来ていなかった子達です。いつも早く寝てしまう子達なのでね。」「…」「ともかくだ、もしかしたら他の家に遊びに行ってる可能性もある。村総出で一先ず村内を探してみよう。」「あ、あぁ…、わかった…ッ!」そして村長は村人達に指示を出す。そんな中、酒場の女将がふと何かを思い出したように呟いた。「…そういえば最近、”鳥を探すのが楽しい”とか言ってたわね…。」「…まさか…、」大人達が皆厳しく言うものだから、こっそり探しに行ったとでもいうのか。それとも、探している内に遠くへ行ってしまったのか。そしてブローニャ達は再び目を合わせると、互いに頷いた。そして村長の元へ話しかけに行く。「私達も協力しよう。」それに気づいた村長は申し訳なさそうに答える。「でも…先を急ぐのでは?」「そちらの方が先決だ。それに、世話になった礼もしたい。『困ったときはお互い様』だろう?」「…!」そしてブローニャ達一人一人の顔を顔を見て、仲間達にも異論がないことを確認すると、「ありがとうございます…!」と感謝の言葉を述べるのだった。「それなら決まりだな。私達は村の外を探そう。」「…お願いします。狼煙は上げておくので、迷わないようにしましょう。私達村人も、村内と外で、手分けして探します。」「わかった。」そうしてブローニャ達と村人達、協力しながら捜索することとなった。
――――ブローニャ達は念のため2人ずつ、ブローニャとヘザー、チェリとデジャ、に分かれて捜索を開始した。背後に村人達の子供達の名を呼ぶ声を聴きながら、ブローニャとヘザーも声を上げる。「マレクー!!ヘレナー!!」「いたら返事してくれ!!」だが、どこからも返事は聞こえない。「…にしても、確かにめちゃくちゃ見通しが悪いな…。」森を奥へ奥へと進んでいくにつれて、一層と生い茂る。密集した木々と大きな岩が視界を遮る。「あぁ…。確かにこれは危険だな。」「あたしが住んでた山もここまでじゃなかったよ。」ふとブローニャが後方の上空を見上げる。まだ狼煙はちゃんと見えている。「最悪木登りすりゃ見えるよ。太くて丈夫な木が多いし、この辺り高低差はないからな。」「そうだな。…もう少し奥の方へ行ってみよう。」「あぁ。」
そう言ってブローニャとヘザーは四方八方見回しながら森を更に奥へと進む。同じ景色ばかりが続く中、ブローニャとヘザーは歩きながら、通り過ぎざまに木の幹へナイフで傷をつけていく。二人が通った証である目印だ。その時、ふとヘザーが何かに気づいて駆け寄る。しゃがんで何かを拾い上げるとブローニャに見せた。「これ…!」それはタオルのようだった。「…使い古した物だが、落として間もないように見えるな。」上の面は汚れがついていない。子供達が落とした物と判断して間違いないだろう。「少なくともここは通ったってことだろうな。」「どうする?誰か呼んでくるか?」「…子供達の状況が気がかりだ。戻って支援を呼んでくるよりも、急ぎ探した方がいいかもしれない。…と思うが、どうだ?」「あたしも同じ考えだ。――――うし!じゃあ行ってみるか!」「あぁ。」互いに合意して、更に先を進もうとした時だ。二人の目の前でガサリ、と音がしたかと思うと、そこには大きな一頭の猪が佇んでいた。「!?」二人して固まる。「やべッ…!逃げるぞ、ブローニャ!!」そう言ってヘザーはブローニャの腕を取って走り出す。「射るには距離が近すぎる!!」ヘザーの言う通り、猪はブローニャ達が先ほどまでいた方へと突進していた。「…流石山に住んでただけあるな。」「猪なんてしょっちゅういたからな!―――一先ず逃げるぞ!!はぐれるなよ!!」そうして二人は猪から距離を取るように走り出した。――――逃げ回ってどうにか猪を捲いた二人は膝にに手をつきながらぜーぜーと息を整えていた。「あの野郎…ッ!しつこかったな…!」「随分と足の速い猪だったな…。…だが、この森の見通しの悪さに逆に助けられたか。」そう言ってはっと何かに気づいたブローニャ。「…まさか、子供達は…。」二人の間に嫌な予感が過ぎる。「まっ…まさかぁ…。やめてくれよ…。」青い顔で苦笑いをするヘザー。もしや先ほどの猪に襲われたのでは?と、嫌な意思疎通をとったところだ。その時、ヘザーがブローニャの背後に何かを見つける。「ん?―――ブローニャ、あれ!!」「?」ヘザーが指す奥をブローニャも振り返って確認する。するとそこには、高い塀で囲まれた不可思議な巨大建築物があった。「これは―――…。」そこに近づいていくブローニャとヘザー。「…なんだ、ここは…。」石を加工したような素材で建築された建物で、どこか無機質な雰囲気を感じる。「なんか研究所みたいだな。」「…昔はそうだったのかもな。今はただの廃墟だ。」見たところ、建物の壁面に亀裂が走っていたり、崩落している箇所があったりと、劣化が激しい。苔も生えている。「なぁ!行ってみようぜ!もしかしたらこの中にいるかもしれない。秘密基地とかガキは好きだろ?」「待て。」大手を振って建物に入ろうとするヘザーを制止するブローニャ。「…念のため、慎重に行こう。」「え?」「もしかしたら誰かいる可能性もあるだろ。」「誰かって…。」「…村長が、”子供がよく行方不明になる”と言っていたのが気がかりだったんだ。さっきの猪の可能性も無くはないだろうが…。」「!…おいおい、まさかそれって…。」「…わからないけどな。でも、こんな人工建造物があるんだ。あり得ないこともないだろう。…用心に越したことはない。」ブローニャの言葉に少し緊張の面持ちでごくりと唾を飲み込むヘザー。「そうだな…。」そう言って再び建物を見た。今のところ、人の気配はない。「念のため裏から行こう。」「あぁ。」そしてブローニャとヘザーは裏口に進むと、扉を開けて中へ入り、人の気配に注意しながら進んでいく。「…取りあえず、人はいなさそうだけど…。」「…」一つ一つ部屋を確認していく中で、書庫を見つけた。未だ古い本が残存しており、ブローニャは興味本位でその一つを手に取った。「―――…」「どうした?」ヘザーが近寄って問いかける。「…どうやらここでは、『神の力』の研究が行なわれていたようだな。」「へえっ!?こんなとこで!?」「あぁ。力の発生源や発動の原理、力の種類についての研究内容が書かれている。歴史と絡めた話もしているな。」「へぇー、なんか面白そうだな。」「あぁ。興味深いが…今は読んでいる時間は無いな。」そう言って本を元の場所へしまうブローニャ。「他の部屋にもいなかった。あとは馬鹿でかい倉庫みたいなところがあったから、そこ行ってみようぜ。」「わかった。」そうして二人は倉庫と思われれる場所へ向かった。その部屋の中には、1.5Mほどの大きさの大きな木箱がいくつも並べられていた。「…?なんか入ってるぞ。」一つの木箱を見て、ヘザーが呟く。中には、大きな袋のようなものが入っていた。ブローニャも隣に並び、その袋を開けた。「――――…」その中に入っている物を見て、二人で驚愕する。「…これって…、」「…少なくとも、合法な物には見えないな。」中には、危険そうな粉や、盗品と思われる品々が含まれていた。「元は研究所だった建物を、闇商人が根城として利用しているのかもな。」「…ともかく、急いだほうが良さそうなのは間違いないな。」「あぁ。一先ず隅々まで探そう。いなければさっさと退散だ。」そう言って手分けして探していると、ブローニャが箱の影に何かを見つける。「!ヘザー!!」「!」そこには、口に布を詰め込まれ、縄で縛られた子供が二人転がっていた。二人とも脅えたようにブローニャの様子を窺っている。ブローニャは二人の口の布をとってやり、ナイフで縄を切ってやる。「大丈夫か?怪我はないか?」ブローニャの優しい問いかけに二人は恐る恐ると言った風にこくりと頷く。体を確認するが、問題なさそうだ。「そうか。なら良かった。…マレクとヘレナだな?」その問いかけに二人ははっと目を見開くと、今度は勢いよく頷いた。それを見てブローニャは優しく微笑む。「…お父さんが探してるぞ。私達はお前達を助けに来たんだ。」「!」そして二人の表情はぱあと明るくなった。「あのね、鳥を探しに行ったんだけど、そしたら猪が出てきて、逃げて…。そしたらここに着いたんだ。…それで、男の人達に捕まって、」「…やはりか。」「ブローニャ!」「!」ヘザーの呼びかけに耳を澄ますと、外から馬が歩く音が聞こえてきた。「来たか…。」「さっさと逃げようぜ。」「あぁ。」そう言って木箱の影に隠れながら子供達を促して移動しようとした時だった。「誰だお前ら…!?」「!」あの馬に乗った人物よりも先に到着していたのか、一人の男が倉庫へと入って来ていた。ブローニャ達の姿、そして子供が解放された姿を見て目を丸くする。「いつの間に…!」「クソッ…!」ヘザーは咄嗟に弓矢を引く。「うわッ!?」男が思わず物陰に隠れたため、矢は男が立っていた先の壁に突き刺さった。そしてブローニャは敵が隠れたであろう場所目掛けてナイフを投げる。ナイフは木箱を貫通して、「いてぇッ!!?」どうやら見事男に命中したようだ。「な、なんだ!?どっから!?」ブローニャは男が困惑している間に長剣を取り出して目の間の箱を斬りつける。すると、剣は木箱をすり抜けて、袋と粉の塊を切り裂いた。その瞬間、粉が舞い上がり、周囲に煙をまき散らした。「走れ!!」3人に指示を出すと、子供の背を支えながらブローニャは駆けだす。ヘザーがしんがりを務め、いつ敵が来ても良いように弓矢を携える。だが、幸いなことに煙の向こうから人が来ることはない。走っていくと、4人はやがて裏口から出ることが出来た。「方向は!?」「あっちだ!」建物へ侵入する前に、木登りをして村の位置を確認していたヘザー。「…あいつらが来た方角だ…。」「急ぐぞ。…お前達も、離れるんじゃないぞ。」子供がこくりと頷いたのを確認して、ブローニャ達は塀に沿って足音を立てないよう走っていく。「…よし…。」男達はどうやら中の騒ぎを聞きつけたようで外にはいないようだった。その隙を狙って道を進める。だがその時だった。「きゃっ!」恐怖で足が竦んだか、ヘレナが走っている間に転び、思わず声を上げてしまった。「―――!!」ブローニャとヘザーが振り返ると、正門から男達が飛び出してきてこちらを指さし叫ぶのが確認できた。「…!」マレクがヘレナの腕を引き上げて立ち上がらせる。「急げ!!このまま真っ直ぐだ!」そう言って子供達を先導させて走る。追手は男二人。子供の足では勿論逃げ切れるわけもなく、どんどんと距離が近づいていく。「―――…」それを見てブローニャがヘザーの横に並び、呼びかける。「ヘザー、弓矢を貸してくれないか。」「え?」「私が奴らを引き付ける。お前は子供達を連れて先へ行け。」「!…でも、」「大丈夫だ。」「…」ブローニャの強い意志を持った瞳を見て、ヘザーは大人しく自分の弓矢を渡した。「短剣は持ってるな。」「あぁ。」「頼んだぞ。」「…わかった!」そしてブローニャはその場で急停止して振り返る。そしてすぐさま弓を構え、矢を放った。男達は咄嗟に避け、木の影に隠れる。だがブローニャは更にそれを追従し、二射目を放った。「…!!?」矢は木の影に隠れた二人の男の内、片方の男の肩を貫いた。矢は幹の途中で止まってしまったため、男は矢と木に捕えられ、身動きが出来ない状態となった。もう一人は、とブローニャが探すが、途中まで追えていた筈の気配を見失ってしまったようだ。小さく舌を打つブローニャ。見通しの悪さがデメリットとして出た。周囲に気を配りながら男を探すが、見つからない。武器を手元の長剣に切り替えて襲撃に備える。その時、「!」草影からガサ、と音が聞こえて振り返る。そして音のする方を注視し、警戒をする。「(どこだ…?)」少し後ずさりをしながら、己の周囲半径3Mは見通せる場所を確保し、襲撃に備える。数M先で、またしてもガサガサと聞こえた。しかしその時、ブローニャの背後から突如影が現れた。「―――…!」3人目がいたのか、と、ブローニャは振り返りつつ体を避けようとした。だが、「…!!」男が上から振り下ろした剣が空を切る途中で、ブローニャの腿を切り裂いた。痛みを感じる間もなくブローニャは相手からの二撃目を防ごうと剣を構える。男の剣の流れを見て、無事ブローニャはその攻撃を受け止めることができた。「…!」だが、切り裂かれた腿の痛みがブローニャの集中力を妨げる。男はジリジリと圧して来ている。――――ブローニャは万が一のために、己の背後への注意も怠ってはいなかった。だが自分の前方向への集中力の方が割合がいくらか高かったのは事実。そして相手の動きが予想していたそれとは少し違っていたため、対応が遅れてしまった。――――力は男の方が上のようだ。どんどんとブローニャは姿勢が低くなる。構えた角度からしても、力を使えば己の額を割るリスクがスクが高かった。万事休す、といった状態の中、更に事態は悪化する。膠着状態の中、ブローニャは目の前の男の視線がブローニャの背後へ移ったことに気づいた。その瞬間、その視線の先からからガサリと音がした。「(まさか―――)」ブローニャが目線だけ後ろへ振り返った時、先ほど逃した2人目の男がブローニャへ向かって剣を振り上げていた。ブローニャがまずい、と思った時だ。「!!?」突如どこからか飛んできた矢が振りかぶった男の手の甲に当たり、男が持っていた剣を弾き飛ばした。「―――!」その時、ブローニャは自身の前にいる男が、動揺により一瞬力を緩めたことに気づく。その隙をついて剣を弾き飛ばすと男へ向かって剣を突き刺した。「ぐああッ!!」ブローニャが渾身の力を込めて放った突きは男の肩を貫くと、そのまま背後の幹に突き刺さった。「わッ、…ちょっ…待てッ!!」ブローニャの背後から声が聞こえて振り返ると、手の甲の痛みにしゃがみ込む男と、棍棒を振りかぶりながら駆けてくるヘザーの姿があった。そして、バカッと嫌な音を立てて男は地面に倒れこむ。そして今度はブローニャが突き刺した方の男へ近づく。「おい…ッ、馬鹿、やめろッ!!」静止する男にヘザーは容赦なく棍棒をお見舞いした。ぐったりする男をそのままに、ヘザーは手にしていた棍棒を投げ捨てると、「ブローニャ!!」と、ブローニャの元へ駆けつける。「大丈夫か!?」そして斬りつけられた腿の状態を確認する。「―――…良かった、傷はそこまで深くねえな。」「…悪いな、助かった。」「良いって!…悪いけど、まずはさっさと逃げるぞ!」肩を貸そうとしたヘザーの手を断り、自力で立ち上がると男から剣を引き抜いた。そしてひょこひょこと早歩きで歩き出す。ヘザーが慌てて背中に手を回して支えようとすると、ブローニャはようやくヘザーの肩を借りた。
――――「…取りあえず、止血は出来たな。」暫く歩いたところで物陰に隠れていた子供達と合流し、ブローニャの応急処置を施した。スカートを切り裂いて、腿の手当てに使用した。「…お姉ちゃん大丈夫?」心配そうな子供の頭に手を乗せてブローニャは微笑む。「…大丈夫だ。」だがその額には汗が滲んでいる。表情を引き締めると、今度は周囲を警戒するヘザーを見た。「…ヘザー、」「ん?」「お前だけでも、子供達を連れて先に行け。」「…はぁ!?」いきなりの突拍子もない提案にヘザーが思わず素っ頓狂な声を上げる。「お前…ッ何言ってんだよ…!」「…もし、奴らが目を覚ましたら…、もしくは、まだ他に仲間がいたら…。…私の血の跡を追ってくる可能性が高い。…追手が来たら、全員諸共やられるだけだ。」「…ッ…ふざけんなよっ!―――…さっき猪に襲われて、元のルートが辿れなくなっちまってんだ…!こんな鬱蒼とした森!助けに来られるかもわかんねぇってのに…!あたしにお前を見捨てろって!?」「…大丈夫だ。私は後で向かう。」「…ッ…!」ヘザーはブローニャの血だらけの足を見て思った。そんな状態で一人でたどり着けるかなんてどう考えても怪しい。「子供達を一刻も早く村へ送り届けるのが最優先だろ。」「…!」「大丈夫だ。…会えなかったら、その時はその時だ。不運だっただけだと思っておけばいい。別にお前が気に病む必要は――――」「…ふざけんなよ…ッ!」「!」ヘザーが、俯きながら拳を握り締めて怒りに震えているのをブローニャは見た。「…あたしたちってさ、単に目的が合致しただけの旅のお供だろ?『友達』―――ー…って呼ぶほど、可愛らしい関係でもないと思う。この旅は危険が付き物なのは、参加した時から承知の上だし、何かあったとしても、…それはしょうがないんだと思ってた。…でもさ、」そう言って顔を上げる。その顔は、どこか悲しそうな表情をしていた。一転して、弱弱しく言葉を紡ぐ。「…いつもいたメンバーの誰かが減るとか、お馴染だった4人が3人になるとか、それは、……嫌なんだよ。誰かがいなくなったら、それはもう、今までのあたし達じゃないっていうか。楽しいことがあったって、笑い声が一人分なくなるし…。その時の、楽しい気持ち、っていうのか…そういうの、分け合える人数だって…足りなくなるんだ。…いつもどこか足りなくて、穴が開いたみたいで、そういう喪失感がいつまでも纏わりついてくるんだよ…。」自分の思っていることを伝えようと、ヘザーは考え付いた言葉をそのまま口に出してみる。たどたどしいが、ブローニャはそのヘザーの気持ちを理解していた。「…ッあたしは、4人で旅して、話して…ふざけ合って、一緒に何かを成し遂げて…――――…そういう今の日々が楽しいんだよ…ッ!!…こんな気持ち、久々だった…。…だから、失くしたくない…!」泣きそうな顔で訴えかけるヘザー。ヘザーのその言葉が、その気持ちが、ブローニャの胸を打った。そしてヘザーはその場にしゃがみ込むと、項垂れるように俯いた。「…もう、嫌なんだよ。…あの感じを、また味わうのかなあとか考えると…、――――…すごく、怖いんだよ。」そうなった未来を想像してか、それとも当時のことを思い出してかはわからない。様々な想いが渦巻いているのだろう。「…だから、そんなこと…言うなよ…!」ヘザーの足元で、ぽたぽたと雫が落下して地面を濡らしていた。それをみっともないことだと思っているのか、ヘザーは乱暴に顔を拭うが、そのまま顔を上げることは無い。それを見てブローニャは思う。彼女もまだ、年頃の少女なのだと。失うことに怯え、涙することもある。ヘザーの想いをくみ取ると、ブローニャはヘザーの頭に優しく手を乗せ、謝罪した。「…悪かった。お前のことを傷つけた。」「…ッほんとだよ…。」そしてヘザーはまたしても乱暴に顔を拭う。そして起こったように吐き捨てた。「いっつもいっつも、…ッ年上だからって、かっこつけんな!!」「…あぁ、そうだな。」そう言ってブローニャは微笑んだ。――――その時、どこか遠くから話し声が聞こえた。「どこ行った?」「…!」二人して声のする方を見る。マレクとヘレンも脅えたように後ずさりする。「…ブローニャ?」急いで3人を連れて逃げようとしたヘザーは、ブローニャが矢の先にナイフを括り付けているのを見た。ブローニャは弓を構えてその矢をかざす。そしてどこか1点を狙うと、そこに向かって矢を放った。矢は、木々や草むらをすり抜けて行く。「―――…」そしてブローニャはその先を見極める。そして、キン、と音と共に、矢は数十M先の大きな岩に当たった。すると物音を聞きつけた輩がそちらの方向へ駆けて行くのが見えた。「…これで少しは時間が稼げるだろう。…今の内だ。」「あ、…あぁ!」ヘザーはブローニャを抱えるとその場を急いで後にした。
――――「ブローニャ!!ヘザー…!!」村の近くまで辿り着くと、4人の姿を見つけたチェリが駆けつけてきた。遅れてデジャも駆けてくる。「ちょっと!何事!?大丈夫なのブローニャ!?」「…大丈夫だ。」「マレク!!ヘレナッ!!」4人の姿に気づいたレオが駆け寄ってくる。「お父さん~~!!」泣き出した二人は父の元へ走っていった。駆け寄った二人を抱き締めるレオ。子供達は父の腕の中でわんわんと泣いた。村人達も次々と集まり、その様子を見てほっと胸を撫でおろした。「ありがとう…!本当にありがとう…ッ!!」その様子を見ながら、笑みをこぼすブローニャとヘザーだった。―――その後ヘザーは、チェリとデジャ含め、村人達に事の経緯を説明した。そしてブローニャは村の医者の元へと連れていかれたのだった。
――――「せめて2、3日は静養だね。」正しい処置が施され、ブローニャが医者から告げられたのは数日間の静養だった。「いや、だが私達は――――」「静養ね!!」「静養だな。」「!?」ブローニャの背後に立って様子を見ていたチェリとヘザーが勝手に答える。ブローニャは振り返って二人に答える。「…こんなところで時間を食ってる暇ないだろ。」「医者の言うことは黙って聞きなさい!」「!?」珍しくブローニャがチェリの剣幕に圧された。「いや…馬車に乗っていれば別に移動は…―――」「『静養』の意味わかってんのか!?駄目だ!」「!?」今度はヘザーから圧される。「デ、デジャ…。」「静養だな。」「!?」デジャまでもが二人に賛同する。「そもそもそんな状態で敵に襲撃でもされたら足手纏いにしかならないぞ。」「!!」デジャの一言が刺さったらしい。ブローニャはそれ以降、しょげたようにして口答えすることは無くなった。「…せめて、2日で…。」「それは医者の判断だ。」「!!」
――――そして一行はそのまま数日、村で世話になることとなった。村の男達がヘザーの話を聞くや否や例の建物の方へと向かったものの、彼らが到着した時には、荷物諸共もぬけの殻だったという。おそらく、ブローニャ達に目撃されたことで、村の人間に見つかることを危惧して撤収したようだ。おそらく別の場所へ本拠地を移動したのだろう。「随分と仕事の早いこった。」話を聞いたヘザーが呟いた。「そうやって各地を転々としているんだろう。」ブローニャも応える。その日の夜。ベッドで静養するブローニャのもとに、ヘザーが果物を手にやって来ていた。ベッドの傍らで椅子に座り、ナイフで果物を剥くヘザーへ、ブローニャが声をかけた。「…ヘザー、悪かったな。」「!」「お前には酷なことを頼んだ。」「…ほんとだよ。」そう言って果物を剥く手を一度止めるヘザー。「…でも、こっちこそ、悪かった。」「え?」「あたし達を逃がそうとして、お前は怪我した。…あんなことを言わせたのは、あたしのせいでもある。」「!それは…」「…ありがとな。」「!」ヘザーの真っ直ぐな目を見て、ブローニャはその謝罪と感謝を素直に受け止めることにした。「…あぁ。」そしてヘザーは果物を剥く作業を再開する。だが、その顔はどこか晴れない。ブローニャがその様子を気にかけていると、今度はヘザーがブローニャへと声をかける。「…お前は、知ってるんだよな。」「!」それだけで、何の話を指しているのかブローニャは察した。「…済まない。だが、私も詳細は知らないんだ。」「…そっか…。」「…こんなことを言ったらなんだが…。」「ん?」「…話なら聞くぞ。」「!」「…話して、少しは気が安らぐということもあるだろう。…あいつらも、きっと聞いてくれる。」「…」ブローニャの言葉に何も答えず、剥き終わった果物を皿に切り分けると、ブローニャの膝の上に置いた。「…考えとく。」そう言ってヘザーは立ち上がり、その場を去る。「あ。」扉の前でヘザーは立ち止まった。「いいか。ちゃんと休めよ!」そんなヘザーの優しさに、ブローニャは微笑んだ。「わかってる。…ありがとな。」ブローニャの言葉に笑うと、ヘザーは扉の向こうへと消えていった。
宿舎に向かいながら、ヘザーは星空を見上げる。「――――…。」その空のどこかに、何かを探しながら。
――――次の日の昼。ブローニャのもとに3人が集まり、話をしていた時のこと。ヘザーが突然、話を切り出した。「…皆、話があるんだ。」ヘザーの真面目な雰囲気に、皆口を噤んだ。「あたしのこと、―――…あたしのこの旅の目的を、話しておきたい。」「!」チェリとデジャが反応するが、ブローニャは冷静だ。「…皆には、聞いておいてほしいんだ。」皆、ヘザーに向き直り、真摯に聴く姿勢を整えた。それを確認すると、ヘザーはぽつりぽつりと話し出した。「…あたしには、10歳年上の姉が”いた”んだ。あたしが12歳の時に、22歳だった。…姉は、見た目はチャラチャラしてるタイプだったけど、芯が強くて、自分の信念をしっかりと持っているような、生きることに真っ直ぐな人だった。」――――…「大人ってサイコーよ。自分で稼いだ金で好きな物買えるし、好き勝手生きられるし。」「ふーん。姉ちゃんて今何の仕事してるんだっけ?」「遺跡の調査とかね。細かく言うと、古物の発掘調査がメインかしらね。」「へ~。楽しそうだな!」「でしょ?面白いわよ~。遥か昔に使われてたかもしれない物を、現代で手に取れるんだもん!歴史そのものを手にしてる感覚がして、最高よ!」「その感じはよくわかんねぇけど。」「なんでわかんないのよ!!…ねぇヘザー、あんたは何かしたいことないの?」「…えー?別にないなぁ。」「夢が無いわねぇ。あたしみたいに、もっと好きなことして、楽しく生きなさいよ。」「楽しく、ねぇ…。」…―――――「…姉は、いつも活力に溢れてて、”生きること自体”を楽しんでいそうだった。古物の発掘調査を生業にしてて、世界各地を渡り歩いてたんだ。…たまに実家に帰ってきては、手に入れた古物を見せびらかして、楽しそうに話を聞かせてくれた。…そうやって、両親と、姉とあたしで過ごす時間が、…あたしは何よりも楽しくて、大好きだった。」そこまで言うと、ヘザーの顔に陰りが帯びる。「…でも、ある時姉は、何者かに殺された。」「…!」チェリは驚愕の表情を浮かべる。ブローニャとデジャは冷静だ。「世界各地へ行ってた、って言っても、根無し草だったわけじゃなくてさ。城下町から見て東の方角にある大きな町を本拠地にしてたんだ。なんでも、各地の調査地域への交通の便が良いんだとか。その時も姉は、その家で研究をしてた。…ある日の朝、近所の人が飯をお裾分けに来てくれた時…家の中で、頭から血を流して倒れてる姉が見つかったんだ。」その言葉にチェリの瞳が揺らぐ。「…犯人の目撃情報は、なかった。男か女かもわからない。…警備兵達が捜査もしてくれたけど、結局犯人は見つからなかった。おそらく見立てじゃ、夜中にこっそり忍び込んで、古物を盗難しようとしたら、姉が起きてきて…。…口封じに殺したんじゃないか、って。…確かに、古物が一つ無くなってたらしい。」そしてヘザーは渇いた笑いを浮かべる。「両親はそれからすっかり元気なくなっちゃってさ。…そりゃ、可愛い娘が…しかも、悪事なんてやったことない聡明な娘が、どこの誰ともわからない奴にいきなり殺されたんだ。…当然だろうけどな。…あたしは、そんな両親を安心させたくて、強くなろうと思った。姉ちゃんみたいに誰かに殺されることのないように、両親がこれから先、不安になることが無いように、強くならなきゃって。…あたしは、生き延びなきゃいけない。だから、昔兵士だったっていう、地元でも有名な師匠に弟子入りして、山奥で住み込みで体も心も鍛えてもらったんだ。―――…っていうのは、表向きの話で。」その発言に、3人は訝し気に見る。「…本当は、姉ちゃんを殺した犯人に復讐をしようと思って鍛えてた。」「!」ヘザーは自分の拳を握り締める。「…どこにいるかもわからない、どんな奴かもわからないけど、鍛えて、強くなったら、情報を集めようと思った。それで頑張って探し出して、見つけて、いつかは殺してやろうって。…時間がかかってもいい、いつか実行してやるって…。…大切な姉を、…大切な家族を、ぶち壊した奴を…絶対に許さないって。」眉間に皺を寄せ、感情を押し殺すように絞り出す。だが、はっと気づくと、居心地が悪そうに目線を反らした。そして話を戻した。「…さっき、犯人はわからない、…って言ったけど、実は、犯人は一つだけある物を落としてたんだ。――――…手帳だ。」「手帳…?」「手帳には、暗号みたいな文字と、例の同じ印が書かれていた。」「…!」その言葉に、3人の思考が繋がる。「…ブローニャから話を聞いて、地図を見せてもらった時に思った。『姉の事件と似てる』、ってな。…っていうのも実は、姉の部屋から持ち出された古物ってのも、『何の用途か不明な”ガラクタみたいな古物”』だったらしい。」「!!」3人はヘザーの言葉に目を見開く。予想通りの3人の反応に、思わずヘザーが笑う。「―――…何の運命かと思ったよ。…もしかしたらこの旅が、『姉の犯人に繋がるかもしれない』と思った。…だからついてきたんだ。」すべてを吐き出すと、ヘザーはふうと息を吐き出した。「…これが、あたしの目的と、理由だ。」ヘザーが3人を見ると、皆一様に俯いていた。ヘザーの言葉に、3人は何も言えずにいた。何と声をかけてやればいいかがわからなかった。そんな3人の様子を見て、ヘザーは笑うと椅子から立ち上がる。「…聞いてくれて、ありがとな。」3人の感情を察したヘザーはその場を立ち去る。「あ…、」チェリが何か声をかけようと手を上げるが、何も言えないまま、ヘザーはそのまま部屋を出て行ってしまった。――――「…お前は知ってたのか。」ヘザーが立ち去って残された3人が話をしていた。デジャがブローニャに問いかける。「…知ってた。…とはいっても、『姉が数年前に亡くなっている』ってことくらいだが。…ヘザーが学校を辞めてまで訓練をしていた理由に関係しているかと思ったが…。…正直、当たってほしくなかった予想だったな。」「…だが、あいつの想いはわかるだろう。」「…当然だ。もし同じ立場だったら、私も同じことを考えるかもしれない。」「…」チェリはどこか落ち込んだように暗い顔をしている。「…普段、あんなに明るくて良い子だから、そんな過去があって、…そんなこと考えてたなんて、…全然気づかなかった。」どこか申し訳なさそうなチェリに、ブローニャが声をかける。「…そんなのは当たり前だろ。心が読めるわけじゃないんだ。人の考えてることや想いなんてのはわかるわけがない。”話しをしないとわからない”、って言うのはそういうことだ。」「…そうだけど…。」「…」その言葉を聞いてデジャも何かを考えるように黙る。「…にしても、何で急にまたあんな話を?」「…私が、『自分を置いて逃げろ』って言ったからかもしれない。」「え?」「…『4人が3人になるのは嫌だ』―――と言っていた。…多分、私がいなくなるかもしれない状況と、姉がいなくなった時の状況が重なって見えたんだろうな。…それから、『4人での旅が楽しい』―――…『失くしたくない』、とも言っていた。」「…」その言葉に、チェリとデジャが黙りこくる。再び場に沈黙が降りた。「…もしこの先、ヘザーの仇に遭遇したら、…私達、どうしたらいいんだろう。」「…」チェリの問いにブローニャとデジャは答えられなかった。復讐をやめろというのか、それとも彼女の想いのままにさせるのか。その日は答えが出ることは無かった。
――――その日の夜。寝ていたヘザーは夢を見る。ヘザーがまだ8歳の時の夢だ。18歳になった姉は、自分がやりたいことをやるために家を出ることになった。寂しい、行かないで、一緒にいてよ、と駄々をこねるヘザーに、姉は告げる。『あたしはあんたと、父さん母さんののことはずっと大切に思ってるよ。…でもね、この世界は広い。広くて、面白いんだ。あたしはその世界を見てみたい。』『…』『ヘザー、あんたもいつかわかるよ。あたしの、世界へ期待する気持ちと、あんた達への愛ってやつをね。』――――…「…姉ちゃん…っ…!」ヘザーが目を覚ますと、目からは雫がこぼれていた。そう言えば、と先ほどの会話の続きを思い出した。――――「あたしにとっては、あんたが『楽しく生きてたら』、それが一番の幸せなの。」「そうなの?」「そう!」―――――その瞬間、感情があふれ出して止まらなくなった。「…っ…!」そしてそのまま、涙が止まらなくなるヘザーだった。「…」ヘザーの押し殺したような鳴き声を聞きながら、チェリは何かを想うようにどこか遠くを見ていたのだった。
――――ヘザーが目を覚ますと、チェリとデジャの2人は既にベッドからいなかった。「…」昨日、仲間達に突然あんな重い話をしてしまったことに、どこか気まずさを抱えるヘザー。あの後も、2人とまともに顔も合わせられなかった。変に避けてもおかしいと、いつものようにブローニャの泊まっている医者の家へと足を運ぶ。そしてブローニャの病室へと入っていった。すると、「ヘザー、遅い!」「!」「寝坊だぞ。」「おはよう、ヘザー。」そこには、いつも通りの3人がそこにいた。「…お、おはよう…。」呆気に取られたヘザーは、3人の元へ歩いて行く。「あんたの分まで食べちゃおうかと思ったわよ!」椅子に座り、出来上がった自分用のご飯を見るヘザー。「…」食欲が無いのか、なかなか目の前の食事にありつかないヘザーにブローニャが声をかけた。「ヘザー、」「ん?」「…昨日は、話してくれてありがとうな。」「!」突然本題に入られ、硬直するヘザー。「…あの話は、お前から私達への信頼の証だと思って受け取っておく。」「…」「…辛かったな。」「!」ヘザーのフォークを握る手に力が入った。「…お前はよく頑張った。…ここまで強くなるのに、相当な努力をしてきたんだろう。」「…っ…」唇を噛みしめるヘザー。「…お前の復讐にどうこう言う権利は私達には無いのかもしれない。…だが……一つだけ、これだけは言っておきたいんだ。」「…え?」ヘザーは思わず顔を上げた。ブローニャはそんなヘザーの目を真っ直ぐと見つめた。「…私達も、お前の姉と同じだ。…お前には、…出来ることなら『楽しく生きて』いてほしい。」「…!」姉の顔が過る。「あんたは馬鹿やって笑ってる方がお似合いってことよ。」ご飯を書き込みながらチェリが言う。「…」デジャは何も言わない。「『忘れるな』とは言わない。だが…私達は、お前には自分のことも大切にしてほしいと思ってる。…それは、お前が私達のことを想ってくれるように、私達もお前を想っているからだ。」「…!」昨晩見た夢を思い出した。姉も、自分を大切に思っていると言っていた。ブローニャ達のその想いもくみ取る。わかってる。わかってはいるが…。「…」再び俯いたヘザーの顔をブローニャが覗き込む。「それからなヘザー。」「!」その顔は勝気な笑みを浮かべていた。「私はしぶといぞ。」「!」「兄さん達からも、”殺しても死なない奴”、とはよく言われたもんだ。」得意気に腕を組むブローニャ。「あたしだって、泥臭くたって、どんな手段使ってでも生き延びてやるわよ!!」「チェリ…」「私も強いからな。負ける訳がない。」「デジャが言うと説得力ある…。」「デジャ…、」「だから安心しろ。」「!」3人の想いに、どこか胸が満たされる感覚を覚えるヘザー。「…っはは、馬鹿じゃねえの。」そう言って笑うヘザーは少し泣きそうな顔をしていた。そんなヘザーを見て3人は微笑む。「それから、甘えたければいつでも甘えてこい!」「…はあ?」そしてブローニャは両手を開いた。「ほら、ヘザー!」「えっ!?な、なんだよほらって!!」「私の胸に飛び込んで来い!」「はあ!?…ッ馬鹿じゃねえの!?行かねえよ!!ガキ扱いすんなっ!!」「何よ~まだまだガキじゃなーい♡」「お前が言うなッ!!」「はあッ!?それどういう意味よ!?」そうしていつものようにぎゃーぎゃーと騒ぐ4人だった。
―――――そして出立の時。村人総出でブローニャ達を見送ってくれた。「…すまなかった。本当に世話になったな。」「良いんですよ。二人の命を助けてもらっただけでもありがたいのに、滞在中、お三方も色々とお手伝いしてくださって…寧ろこちらこそ大変助かりました。」そう言って頷く村人達に、4人は微笑む。そんな4人に子供達が数人近づいてくる。「…お姉ちゃん達、本当に行っちゃうの…?」「もうちょっといてよ…!」滞在していた間、4人は子供達と遊んであげていたことから大層懐かれていた。一人の少女が、ブローニャのスカートの裾を掴んで離さない。ブローニャは困ったような笑みを浮かべた。「ごめんな。私達はやらなくちゃいけないことがあるんだ。…だから、行かないと。」「…また、来てくれる…?」その言葉に少し躊躇うブローニャ。「…私は、できない約束はしたくい。…でも、出来るならまた、お前達に会いに来たい。」ブローニャの言葉に、少女はこくりと頷く。「…わかった。」「…あぁ。」「…お姉ちゃん達、頑張ってね。」「…うん。」その時のブローニャの笑顔は、見たことがないくらい優しかった。そして村人に先導されながら、ブローニャ達は村を後にした。振り返りながら手を振っていると、村人達もしばらく振り返してくれていた。―――――それから数十分進んだところで、森の外へと出た。道案内してくれた村人達と別れると、広い平地を進んでいく。そのどこまでも続くような草原と空を見て、ヘザーは誰に聞こえるでもなくぽつりと呟く。「世界は広くて面白い、か…。」確かにこの数週間、色んな町を見て、色んな人を見た。そして3人を見る。「(…そして、この3人に出会えた。)」楽しそうにおしゃべりをしている3人を見ながら、「…確かにな。」そう言って笑みを浮かべるヘザーだった。


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