「…」ブローニャは馬車を操作しながら、”ガラクタ”について考える。ワヘイ王国の盗難、ヘザーの姉の事件、デジャの組織が盗んだ数々…――――全ては繋がっていた。一体あの物体はなんなのか。アレ自体に価値があるのか?骨董品として?それとも、材料が貴重なのだろうか。希少な鉱物で作られているとか。まさか空から降ってきたわけではあるまい。もしくはあのガラクタの中に何かが入っているのか?「(同じようなものが複数あるのも疑問だ。)」どれかが偽物で、どれかが本物なのか?大多数が偽物で、一つだけ本物とか…。あるいは何かの――――…。その時ふと、国王の言葉を思い出した。――――『わけのわからないものだからこそ、盗人の手に渡ってしまった、というのが問題なんだよ。後に何か意味のあるもの、真に価値のあるものだと判明して、悪用でもされてしまっては困るからね。』――――「(奴らは”真に価値のあるもの”だと知っているのか…?)」そしてどのような価値があるのかも知っている?いよいよ国王の言っていたことも馬鹿に出来ない状況になっていた。…だとすると、「(やはり取り返す必要があるな。)」そして出来るならば他のガラクタについても、回収する必要があるかもしれない。そのためにはまず、この先の町で盗人達を捕えなければならない。「それにしても、ブローニャ怪我直るの早くない?」真面目な思考の中に一石投じられたのは、チェリの能天気な一言だった。荷台から身を乗り出してブローニャに声をかける。チェリの言う通り、まだ5日程だというのに、ブローニャの脚の傷は大分塞がってきていた。痛みも大分治まっているようだ。「元々の代謝が良いんじゃないのか。」「それもあるだろうが…あの医者の処置が良かったのかもな。縫合は丁寧で上手かった。出来も綺麗であっという間に終わったしな。あとは、あの村の薬草が効いたのかもしれない。」「薬草?」「なんでもあのあたりに自生している薬草みたいだ。すり潰したものを塗りながら、『これを使えば傷も忽ち治るよ!』と言っていたが、本当だったみたいだな。」「火山の力すげぇ…。」「火山の力なのか…?」「へ~貰っておけばよかったわね。」そんな風にいつものように話していた時だ。「わっ!そろそろワヘイ王国出ちゃうわよ!?」地図を見てふと気づいたチェリ。「…もうそんなになるのか…。」そして皆、馬車の進む先を見る。視線の先には、巨大な山脈が連なり、渓谷も見える。いよいよ隣国、『ダイア王国』へと足を踏み入れる。この国は、ワヘイ王国とリテン王国に挟まれた小さな国だ。盗人達の目的地はリテン王国のため、最短ルートを通るには、この国を経由するのは必須だった。「この身分証ももう使えないな…。」そう言って懐から王国付きの兵士の身分証を取り出すブローニャ。「どのみち最初しか使ってねーじゃん、それ。」ヘザーに笑いながら指摘され、「はは、確かに。」ブローニャも笑いながらあっさりと再び仕舞った。「―――…よし!お前ら、準備はいいか!」鼓舞するように仲間達に呼びかけるブローニャ。「おーーーっ!!」とノリよく手を掲げる3人。そして4人は、ワヘイ王国を出て、ダイア王国へと入国した。
――――それから、いつもよりもなるべく休憩時間を減らしつつ、馬車を走らせること数時間。ついにダイア王国での最初の町、そして盗人達も訪れているであろう目的地の町へとたどり着いた。「…ついに、…だな。」皆緊張した面持ちで町を眺める。荷馬車を預り所へ依頼をすると、4人は町へ繰り出した。「早速聞き込みに行くか。」ブローニャの言葉に3人は頷いた。――――それから何人かに暫く聞き込みをしたが、目撃情報は一切得られなかった。「まだ着いてないのかなぁ。」「その可能性も無くはねぇけど…。なんせでかい町だからなぁ。あちこち聞きまわった方がいいかもしれないぜ。」チェリとヘザーはくたびれ、壁に寄りかかりながら一息ついた。そのすぐ傍で、ブローニャとデジャが道行く男性に聞き込みをしていた時だ。「あぁ、その人達なら今さっき通り過ぎたよ。」「何…!?」その言葉に二人は驚愕する。ブローニャの驚く声に、チェリとヘザーは慌てて駆け寄る。「何なに!?」「いたのか!?」二人にくっつくようにして男性を覗き込む。その勢いに思わず引き気味になる男性。「あ…、あぁ。あっちの方角へ歩いて行ったけど…。…それより君、その耳の――――」「行くぞお前ら!!」「うんっ!!」「待て。ブローニャは走るな。」「ぐっ…。」方角がわかるや否や走り出すデジャ達。ブローニャもひょこひょこと早歩きでついて行く。ぽつんと一人取り残された男性は呆気に取られながらその背中を見ていた。「な…なんだったんだ…。」――――デジャ達は辺りを見回しながら走る。「店の中も確認しろ!路地裏も見逃すな!!」後ろからブローニャが叫ぶ。4人それぞれが道行く人の顔を確認したり、店の中をのぞき込んだり、曲がり角の向こうを見たり、ゴミ箱の中を確認したりと、決して盗人達を見逃さないよう努めた。女4人、慌ただしくあちこち探し回る様は町の住民からしたら不審者そのものだった。「あ~~もう!全然いない!!どこまで行ったの!?」盗人たちの影も形も見当たらず、チェリが音を上げ始めた時だった。「あー…君、ちょっといいかな。」「!!」何やら制服に包んだ男性3人に話しかけられたチェリ。「(うわっ!!何!?警備兵!?)」もしや不審者に間違われたか。職務質問!?と思い、慌てて言い訳をする。「あ…っ、あの、私決して怪しい者じゃ…!ただ人を探してまして…!」「?いや、君…その耳だ。」「?耳…?」そう言われて自分の耳を触るチェリ。そこには耳飾りがついているだけだ。「”質素倹約令”違反だ。没収する。大人しく渡しなさい。」「は?シッソケンヤク…何?」「その耳飾りを渡しなさいと言っている。」「はあッ!?なんでよ!!」男がチェリに手を伸ばそうとするが、ブローニャがその腕を掴んで止めた。「…なんだ君は。」「ブローニャ…!」ブローニャは怖気づくことなく、男達を睨みつけた。「あなた方こそなんだ?彼女は私の仲間だ。…警備兵か何か知らないが、いきなり不躾じゃないか。彼女の耳飾りに何かあるとでも?」ブローニャの言葉に顔を見合わせる男達。「…失礼。君達はどこから来た?」その質問に、今度はチェリとブローニャが顔を見合わせる。「…今日、ワヘイ王国から来たばかりだ。人を探して旅をしている。」「そうか。我が国では60年前に起きた戦争の時から、”質素倹約令”を施行していてな。『国や命を賭して戦う兵士、そして己のため、贅沢はせず、慎ましやかに生きるべし』という意向から、『装飾品の類は禁止』としている。」「…?戦争はもう終わっただろう?」「…こんな小国だ。いつ何時、脅威が再び訪れるかもわからない。そのためには、今からでも備えておかねばならないのだよ。…それに、戦時中の辛苦や戦死した者への弔いの心を忘れてはならないという戒めでもある。」「…」内心、終わった戦争のためにそんなことをする必要があるのかと思ったブローニャだったが、彼らなりの思いや信念があるのかもしれないと思うと下手なことを言えなかった。「…そうか。この国の事情と決まり事を知らなかったのは申し訳なかった。耳飾りについては外そう。だから、ここは一つ見逃しては貰えないだろうか。」「駄目だ。」「!」「ちょっと!!なんでよ!?」「決まりは決まりだ。没収させてもらう。ここで見逃すのは国民に示しがつかないからな。旅人だから特例というわけにもいかないのだ。…それに、一時的に外してまたつける、ということもあるからな。信用ならない。」「何故そこまで…。」「一言言わせてもらうがな、君達が余所から来たかどうか等、町ゆく者たちにはあずかり知らないことだ。装飾品を身に着けているか、否か。それだけが事実なのだよ。一つの綻びは、国民の気の緩みを引き起こす。」そして再び男がチェリに近づこうとするが、ブローニャが立ちはだかりそれを制止する。「…抵抗するのであれば、私達は君達を牢にぶち込まなければならなくなるが?」男とブローニャはにらみ合う。そこへ騒ぎを聞きつけたヘザーとデジャが駆け寄ってくる。「ぶっ…ブローニャ!もういいから!」そう言ってチェリは自分の耳飾りを外しながら男の方へ歩いて行くと、それを男へ手渡した。「チェリ…」「…ご協力感謝する。」男達はチェリの耳飾りを手に、颯爽と去っていった。その背中をどこか切なそうに見つめるチェリ。「…」そんなチェリに気遣う目線を送るブローニャ。「…おいおい、なんだよ。何事?」ヘザーとデジャが二人の元へ近寄る。「獲られたのか。」「…っいいから、早く盗人達追おう!!見失っちゃうわよ!?」そう言って盗人達が進んだと思われる方向を指さすチェリ。「チェリの耳飾りが没収された。」構わずブローニャが二人へ説明する。「ちょっと!」「…確かアレ、両親から貰った大事な物だって言ってただろ。」「…っ…」ヘザーは憶えていた。旅に出てすぐの頃に、『その耳飾り可愛いよな』と話したら、自慢げに『昔、親が誕生日にプレゼントしてくれたの!』と嬉しそうに語っていたことを。「…いいわよ、別に!あんな風に没収されたら、取り返しようもないだろうし…。…それに、私の両親健在だし!別にあんな物くらい…。」隠しているが、物悲しそうな表情が見え隠れしているチェリを見て、ブローニャも思い出す。チェリにとって人生初めての旅の中で、チェリがあの耳飾りに勇気を貰っていたことを知っていた。不安と恐怖に押しつぶされそうな時に、手に触れることで安心感を得ているのだと、両親が応援してくれる気がするのだと本人も語っていた。「それより、ほら!あっちの方が大事でしょ!!盗人!!ガラクタ取り返さないと!!それに、別に今取り返そうとしなくたって、目的果たしたらまた私だけでもまた取り返しに戻ってくるわよ!」チェリがそう言った途端、近くで見ていたのだろう女性が近づいてくる。「…あの装飾品は廃棄されてしまいます。」「えっ…?」3人も女性の方を見る。「没収された品々は、一晩倉庫へ保管された後、次の日には廃棄されてしまいます。…そういう決まりなのです。…私も、両親の形見を燃やされてしまいました。」「…!」「取り返せるのなら、取り返した方が良いです。…特にあなた方は、この国の方ではないのですから。従う必要等ありません。」「…っ…」「大事な物なんだろ。」「!」動揺するチェリへデジャが呼びかける。「親が生きてるからとか関係ない。お前にとっては、大事なものなんだろう。」「…!」チェリの反応を見て、ブローニャが心を決める。「よし。決まりだな。」その顔にはにやりと不敵な笑みが浮かんでいた。「チェリの耳飾り、取り返しに行くぞ。」「えっ…!で、でも、盗人が…!」「奴らなんて追えばまたすぐに追いつく。この先の道筋でも考えがあるしな。」「そ、そもそも取り返すってどうやって!?」「決まってるだろ。忍び込んで盗むんだよ。」「!!」その時の3人の悪い顔と言ったら無かった。「前にデジャが鍵開けの技術には自信があると言っていたしな、いけるだろう。」「任せろ。」「お前ほんと何でもできんのな…。」「ちょっ…ちょっと!待ってよ!!そんなことしていいの!?そもそもそんなの、あの盗人達と同じじゃない!!王国の、しかも隣国の遣いがそんな犯罪紛いな…―――いや、犯罪だよ!!」「人聞きの悪いことを言うな。私達の場合は自分達の物を取り返しに行くだけだ。”人の物を盗む”奴らとは違う。」「そっ…そうかもだけど~~~!!」「忍び込んで盗んで、さっさと逃げちまえばバレない!いいか、やるぞお前ら!!」ブローニャが拳を上げながら意気込みを語ると、その時、周りから拍手が沸き起こった。おそらく日頃から鬱憤が溜まっていたのだろう、町の人々も嬢ちゃんたちやっちまえ!という空気に包まれていた。それを見て、「(こっ…、この中の誰かがチクったらどうすんのよ~~~!!)」と焦るチェリだったが、「…」重要な任務を保留して、チェリのために奮闘しようとしてくれる仲間達の優しさが嬉しかったのも事実だ。「…っ捕まっても知らないわよ!?」「私達がタダで捕まるわけがないだろ。」「!」「任せとけって!」何と頼もしい笑顔だろうか。こいつらとなら、何でもできる気がしてきた。チェリは無意識に顔を綻ばせるのだった。「そうなれば作戦会議だな。」「それなら…」先ほど話しかけてきた女性と、他の町民たちがブローニャ達へ何事かを打ち明けてきた。
――――「ミッション:Cだな!」夜。ブローニャ達はチェリの耳飾りが保管されていると思われる倉庫近くにやってきていた。塀の裏に隠れながら作戦を再度確認していた。「C?」「チェリのC。」「捻りないな…。」「なんかやっぱりブローニャのネーミングってどこかずれてね?」「うっ…うるさいな!いいだろ、わかりやすくて!」「で?ミッション:Cとやらの内容は?」「お前馬鹿にしてるだろ…!」3人のやり取りを聞きながら、チェリは先ほどの話し合いの光景を思い出す。――――「私達も、過去に没収された品を取り返そうと画策しましたが、失敗に終わりました。」町民たちに連れられて、ブローニャ達は町の酒場に案内された。女性がテーブルに町の地図を広げ、それを取り囲むようにブローニャ達と他数名の町民達が覗き込む。「ここが兵営、そしてここが装飾品が格納されている倉庫です。」「…随分とでかい敷地だな。」「戦時中に増築した名残ですね。」「なるほどな。」「…倉庫は、ちょっと奥まったところにあるのね…。」「えぇ。敷地内は見張りも数人歩き回っています。」「留まっているわけじゃないのか。」「敷地の出入り口の二人は定位置にいますが、それ以外の数人は巡回しています。」「そうか…。厄介だな。」「それから、出入口はこちらにしかありませんので、侵入する際は塀を乗り越えるしかないと思います。」「塀かぁ…。」「ただこの塀、高さがあるので…梯子や脚立を使わなければ、登るのは難しいです。行きは飛び降りれば良いのですが、反対側から戻る時にどうするかですね…。」「…そこは考えよう。」「情報共有感謝する。…あなた方も、皆被害に遭われているのか。」「えぇ。何度も抗議もしました。ですが…聞き入れてはもらえません。戦争はもう終わったのに…。…まるで、まだ戦時中から抜け出せていないようです。」「…」その言葉の重みに黙り込むブローニャ達。――――「それじゃあ、作戦通りに。」「はいよ。」そう言ってヘザーは石造りの塀から、太めで長い棒をいくつか作り出した。ブローニャはそれを手に取ると、塀に次々と突き刺し、階段状にしていく。塀の逆側にも突き出せるよう調節する。「これで帰り道も大丈夫だな!」「さっすがブローニャ!」「登る時は気をつけろよ。」ブローニャに続いてどんどんと登っていく3人。やがて塀の上に辿り着いたブローニャは敷地内を覗き込んだ。「どう?」「…今のところ大丈夫だ。一先ず私だけ先に降りるぞ。」そう言って塀を跨ぎ、降りていく。降りた後、建物の影に隠れながら周囲をチェックし、次を促す。そして二番目のデジャは飛び降り、三番目のヘザー、四番目のチェリも後に続いて階段を下りて行った。全員が敷地内に降り立つと、こそこそと4人、物陰に隠れながら移動する。「…あそこか。」扉の場所を確認すると、デジャとヘザーがそこへ向かった。ブローニャとチェリはそれぞれが物陰に隠れながらポジションに着くと、周囲を警戒する。デジャは針金を取り出して、鍵穴に突っ込む。だが。「流石に月明りだけじゃ見づらいな…。」「やっぱり使った方が良さそうか。」そう言ってヘザーは持参した上着でデジャを覆うと、ランプを取り出して灯を点けてそこに入れてやる。「もう少し上。」「こうか?」「…あぁ、それで頼む。」そうしてカチャカチャと鍵を開けようと試していた時だ。「!!」建物の影の向こうから足音が聞こえてきた。足音はデジャ達がいる倉庫の方へと向かってくる。「(まずい…!!)」見回りが手にしているのであろう、明かりが段々と近づいてくる。その時チェリは、ブローニャの姿が無いことに気づいた。その次の瞬間、見回りが姿を表すと同時に、何かに警戒する素振りが見えた。「誰だ!!」「あっ…、ごめんなさい!」見回りの目の前には、ブローニャの姿があった。だが、いつもと様子が違う。「あの…すみません、実は…飼い猫が迷い込んでしまったみたいで…。探してたらこんなところに…。」耳に髪をかけながら、しなやかな動きでおしとやかな女性を演じるブローニャ。「ぶふっ!!」それを見て思わず噴き出すチェリに、「…」淡々と鍵開けに勤しむデジャ、「あははッ!!あんな猫被ってるブローニャ初めて見たぜ!!」小声で爆笑しながらデジャの背中をバンバンと叩くヘザー。「おい!邪魔するな、馬鹿!」――――「どうやって侵入を…?」「…ごめんなさい、出入り口の見張りの方の目を盗んで、侵入してしまいました…。猫がこちらに走っていくのが見えたもので…。…猫を捜して、だなんて入れてくれるはずも無いと思って…。」ブローニャが申し訳なさそうにしょげながら告げた言葉に、はぁとため息をつく見回り。「困りますよ…。兵営に勝手に入られては…。」「すっ、すみません…!」慌てて頭を下げるブローニャに見回りはまたため息をついた。「…一緒に捜しましょう。どういう猫ですか?」「…!本当ですか…!?」そう言って両手を合わせると、嬉しそうにぱぁと笑顔を咲かせる。その表情に思わずどきりとする見回り。「…え、えぇ…。」「真っ黒な猫です!暗闇だと少し見つけづらいんですが…。」「黒猫ですか…。」そして見回りが辺りをきょろきょろと見回そうとした時だった。「あっ!あそこ!!」ブローニャは倉庫と逆方向を指す。見回りがその先へ視線を移すと、黒いふわふわの何かが駆けて行くのが見えた。「タマです!間違いないです!」「!」別の物陰にスタンバイしていたチェリが力を込める。――――「もしもの時のために、ぬいぐるみに武器を取り付けたものを持っていく。」「ぬいぐるみに?なんで?」「それをチェリに動かしてもらう。」「あぁ、そういうこと。」「陽動ってことね。」「暗がりの中ならバレにくいだろう。」――――「ね…猫ってどういう感じだっけ…?こんな…?」動物の動きの練習はしたことが無かったため、動かし方に苦戦しているチェリ。「…なんだか、動きが変な猫ですね…。」「!もしかしたら、怪我をしているのかも…。」「それにしては動きが速いな…。」「ともかく追いましょう!また見失ってしまいます…!!」「え、えぇ。」そう言ってブローニャは見回りを連れて駆けて行った。チェリも移動する。――――「開いた!」「よしっ!ナイスだ!」鍵が開くや否や、扉を開けると二人で慌てて倉庫の中に入る。「どこだ!?」「―――…!」ランプの灯で中を照らすと、そこには多くの装飾品の数々が納められていた。「…おいおい、これ…。」「…処分している、とは…虚言だったみたいだな。」装飾品の数からして、町民から没収した装飾品が全てそのままとってあるようにも見える。「…なんでだ…?廃棄も売り飛ばしもしねえで、全部残してるなんて…。」「さぁな。」「―――…!」ヘザーはふと先ほどの女性の言葉を思い出した。「…もしかしたら、あの人の両親の形見ってのもこの中に…、」「…無理だ。」「!」「これだけの量、私達だけで全部運び出すのは不可能だ。…それに、探そうにも特徴も何も聞いてないだろう。」「そうだけど…。」「…ともかくだ。今回の私達の目的は、『チェリの耳飾り』―――これだけだ。残りは、後で町民達に伝えて、その後どうするかは任せればいい。これは、あいつらとこの国の問題だ。」「!………仕方ねえか…。まあ取り敢えず、すぐに廃棄されるわけじゃないってわかっただけでもな…。」「そうと決まればさっさと探すぞ。急げ。」「あぁ!」――――「(あいつらまだか…!?時間稼ぎにも限界があるぞ!!)」茶番を繰り広げているブローニャは、なんとか誤魔化しながらぬいぐるみとの鬼ごっこを続けていた。見回りの男がもう一人加わり、一緒に猫を捕まえようとしてくれていた。「(まずい…!)」もう一人の足が速く、ぬいぐるみとの距離をどんどんと近づけていく。「(チェリ!もっと早く!)」ブローニャは建物の影にいるチェリに必死にジェスチャーと目線を投げかける。受け止めたチェリは「(わかってるって!!)」と口パクで答えると猫の動きを加速させる。「なっ…速ッ!!」そうして捕まえようとした見回りの脚の間をすり抜けさせた。だがその時、「ん?」「!!」ぬいぐるみを進ませた先に、もう一人の人影が物陰から現れた。どうやら騒ぎを聞きつけて様子を見に来たらしい。「やばッ…!!」チェリは反応が追い付かずに直進してしまう。三人目の見回りは、ぬいぐるみをひょいと捕まえてしまった。両手でつかみ上げ、掲げて見る。「…?何だこれ…?」男の元へ二人が駆け寄る。「よくやった!」「!?おい、それ…。」3人してぬいぐるみを凝視する。これ以上は無理だ、と悟ったブローニャはチェリの元へ走り出す。「逃げるぞ!!」「!?」ブローニャはチェリに呼びかけられ、ブローニャに並走する。少し遅れて見回り達が叫んだ。「しっ…侵入者だ!!捕まえろ!!!」走りながらチェリがブローニャを気に掛ける。「ちょっと!足!!大丈夫なの!?」「大丈夫だ!」先ほどの叫び声が届いたのか、デジャとヘザーが倉庫の方から走ってきていた。「!!」ブローニャとチェリの様子、そしてその背後から迫ってくる男達の姿を見て状況を理解する。そして二人はブローニャの指す方――――出入り口の方へと走り出した。「なんだ!?」出入り口には情報通り、警備兵が二人待機していた。「―――…」デジャがすぐさま一人に駆け寄り、襲い掛かる。「えッ!?」体術を駆使してその場に倒れこませる。「ッの…!」チェリがナイフを飛ばして、もう一人を威嚇する。「うわあッ!?」そして4人、出入り口から表へ飛び出した。だが少しして、「―――ー…ッ…!」「!」ブローニャが少し出遅れていることに気づいたチェリ。すると、「!チェリ!?」チェリは咄嗟に急停止して後ろを振り返ると、追ってくる警備兵達に対峙する。そして背中の鞄からジャラジャラとナイフを落とすと、それらを警備兵達に向かって放った。「なッ…!」「なんなんだ!?」ナイフはぶんぶんとまるで虫のように警備兵達の周りを飛び回る。「今の内に早く!!ブローニャ!!」「!―――あぁ、ありがとう、チェリ!」そうしてブローニャが先に進んだことを確認すると、少しずつ後退しながらチェリも後に続いた。――――「うしッ!!良い感じだな!!あとは町の外に待機させてる荷馬車に乗って、さっさとオサラバだ!!」電灯の灯がぼやっと点く暗がりの町の中を4人、走っていく。「耳飾りは取り返せたのか?」「当たり前だろ。」そう言ってデジャがポケットから二つのそれを取り出した。「…!!」そしてチェリにそれを手渡す。「…ッ…、」チェリはそれを手の中に大事そうに握り締めると、「ありがとう…っ…。」と言って溢れそうな気持ちをこらえるようにして笑った。それをみて微笑む3人。だがその時だった。「!!」前方に、馬に乗った警備兵が現れる。慌てて立ち止まる4人。「クソッ…!先越されてたのか…!」「迂回してきたみたいだな…。」ならばと別方向の路地裏へ、と思ったがそちらからも警備兵が。「…!!」次から次へと現れる兵士達。「…これ、かなりピンチじゃね…?」「…」4人はあっという間に囲まれてしまった。――――「…」4人は縄で縛られ、兵舎の中で並んで正座させられていた。「…それで、ただの耳飾りを取り返すためだけに、わざわざ侵入したと…?」警備兵長と思われる男に問われる。「そうだよ!」「あんな手の込んだ仕掛けをして…。塀の階段はどうやって作ったんだ?」「…」黙り込む4人。「全く…。」呆れたようにため息をつく警備兵長。「…あんたがたにとっては”ただの”装飾品かもしれないがな。…持ち主にとっては、それぞれ思いが詰まった大事な物だ。」「!」その場にいた全員の視線がブローニャに注がれる。「こいつの耳飾りだけじゃない。今まであなた方が徴収したその全てが、誰か大切な人の形見だったり、思い出の品だったり、お守りだったりするわけだ。…それを、いつまでも古い慣習に従うまま、奪い取って良いとは私は思えない。」「ブローニャ…。」ブローニャの言葉に皆の視線が下を向いた。その時、「それもそうよね。」「!?」どこからか若い女の声が聞こえたかと思えば、ブローニャ達の背後から何者かの足音が近づいてくる。「王女様…!」「王女!?」4人が後ろを振り返ると、そこには――――…「久しぶりじゃない、デジャ。」「!?お前は…!」「えっ!?あの時の!?」それは、いつぞやワヘイ王国のとある町で悪漢に絡まれ、デジャが助けた少女であった。「なんでお前が!?っていうか王女って…!」「その節はどうもね。ご挨拶が遅れたわ。私、ダイア王国の王女、クレアよ。」「…!!」驚愕する4人。「私、あの時お忍びで友人のところに遊びに行ってたのよ。城下町への帰りにここに寄ったの。にしてもびっくりしたわー!騒動聞きつけたら、特徴があなたたちそっくりだったんだもの!慌てて駆け付けちゃった!」そう言って高らかに笑う姿は豪快だった。だが、次の瞬間には真面目な表情に変わった。「…私もずっと、この慣習はどうなのかと思ってたのよ。――――…あなた達もそうでしょ?」クレアに促されるが、警備兵達は俯く。「…倉庫に、装飾品がたくさんあった。」「!」ヘザーの呟きに皆の視線が集まる。「多分今までの没収品が全部あるんじゃないかってくらいにな。」「お前…ッ!」思わず警備兵長が動揺する。「そうなのか…?」ヘザーの暴露とブローニャの問いかけに、気まずそうに俯く警備兵達。その様子を見て困ったように微笑むクレア。そして、「こんな馬鹿げた命令、もうやめましょう!」「!」「装飾品どうこう含めて、『質素倹約令』なんて今の時代に合ってないわ!戦争は終わった。今や戦後なんだから!我が国民は、もっと自由で、伸び伸びと生きるべきなのよ!…ワヘイ王国を見てると、尚更そう思うわ。」その言葉に警備兵達はどこか遠い目をする。この何十年の歴史を慮っているのか。「私が許可するわ。お父様にも話しておく。―――…戦争が終わって数十年経った。もういいんじゃないの?私達は、いい加減前に進むべきよ。」
――――解放された4人は、体を伸ばしながら朝日が照らす町中を歩いていた。チェリが皆に礼を言う。「皆、改めてありがとう!―――…それから、助かったのはデジャのお陰ね!」「!…なんで私のお陰になるんだ。」「だってデジャがあの時、あの子を助けてくれたから、あの子も私達を助けてくれたんでしょ?なら、デジャのおかげじゃない!」「!」「そうそう。じゃなきゃ、ただの不審者として牢に閉じ込められて終わりだったぜ。」「…それは、」「お前のしたことは”意味のある”ことだった。お前の善意が、事態を好転させたんだ。」「…!」3人の言葉に、デジャは思わず足を止める。「デジャ!」そこに警備兵達と話をつけたクレアが駆け寄ってくる。「今日からでも、順次町の皆に品を返させるよう手配したわ。」「そうか…。それは何よりだ。」「迷惑かけて悪かったわね。チェリも。」「いいのよ!色々ありがとね!」「すげぇ助かったぜ!」「ふふ。デジャ、これで恩返しは出来たかしら?」「あぁ。十分すぎるくらいだ。」「そう!それなら良かったわ!」「クレア、」「ん?」クレアの元へブローニャが近寄る。「町の人達に助けてもらった。後で礼を言っておいてもらえるか。」「何よ?自分で言ったらいいじゃない。」「私達は先を急ぐ。」「えっ!?もう行っちゃうの!?ご飯でもご馳走しようと思ってたのに!」「悪いな。急がないといけない理由があるんだ。」呆れたように肩を落としたクレア。「…そもそも、あなた達の目的って一体何なの?こんなところまで来て…。」クレアの問いかけに4人は顔を見合わせる。言うべきか迷う4人だったが―――…「…実は、私達は王国から盗まれた品を取り返すために、盗人の後を追っているんだ。」「盗まれた品?そんなに大事なものなの?」「…わからない。」「はあ?」「見た目はただの”ガラクタ”なんだ。専門家に見てもらっても、価値は無いとされていた代物だ。…だが、悪党組織が同じような物を各地から複数個集めているらしくてな。何か重要な物である可能性がある。」「!」「私達はその正体を突き止めたいんだ。…そしてそれが、この世にとって良くないものだとしたら…その思惑を止めたい。」「…」「お前は何か聞いたことが無いか?」問われて考え込むクレア。「…そうね。そのガラクタのことは知らないけど…。巨大な悪党組織の存在は聞いたことがあるわ。そいつらが、各地から盗品を集めていることも、そして――――おそらくその本拠地が、リテン王国にあるであろうことも。」「!」「リテン王国…!」「…実は、盗人たちの目的地というのが、リテン王国にあるんだ。」「そう…。何か匂うわね。それに、その各地から集めてる盗品っていうのがその”ガラクタ”って言うのは―――…確かに奇妙ね。」そう言って懐からメモとペンを取り出すとブローニャへ差し出した。「どういうものか、イメージでもいいから描き出してもらえる?」「!…あぁ。」そしてブローニャはイラストを書き記す。描き終わるとそれをクレアに手渡した。「…ふーん…。確かに…”ガラクタ”、ね。」そして今度は次のページに自分で何かを書くと、千切ってブローニャに渡した。「私も情報を集めてみる。手伝えることがあれば教えて。ここに手紙を送ってくれれば、私に届くから。」「!」――――そうして4人は出立の準備に向かおうとした。「デジャ。」クレアがデジャを呼び止める。振り返ったデジャに「ねぇ。また会えるかしら。」とクレアが微笑むと、「…そうだな。きっと。」そう言ってデジャも微笑み返した。それにクレアが驚いたような表情を浮かべる。「…デジャ、あなたあの時と随分と雰囲気が変わったわね。…どこか、柔らかくなった気がするわ。」「!」「…あの子達のおかげ?」「…」そう問われて、先を歩く3人を振り返る。「―――…そうだな…。」そう言って優しく笑った。
――――馬車に揺られながら、チェリは手の上に乗せた耳飾りを見つめていた。「…私、今までよりもっと、これ大事にする。」「え?」ヘザーが問いかけると、チェリは嬉しそうにそれを握り締めた。「皆が頑張って取り返してくれたんだもん。…私にとって、一生分の宝物よ。」その言葉に、皆微笑むのだった。