とある学校―――眼鏡をかけた男子学生が一人、肩肘を立てながらぼうっと外を眺めていた。外は晴れやかな天気。雲一つない青空だ。そんな心ここにあらず、といった男子学生に話しかける女子生徒が一人。「…真志くん、どうしたの?なんか最近考え事してるよね。」「…小百合。」真志は話しかけてきた小百合という女子生徒に向き直る。「…なんか、最近変なんだよな…。」「変?」小百合が何が変なのかを尋ねようとした時だった。「真志!!」真志の友達と思われる男子生徒が2人、スマホを手に持ちながら近づいてくる。「なんだよ?」「これ見ろよ!お前ん家の近くだろ!」そう言って友人が見せてきたのは、スマホのネットニュースの記事だった。「んー?『…山の奥地へ、天からの落下物が!?』…なんじゃこりゃ。」「ほらこれ!写真!」そう言って友人がスクロールすると、ヘリ上空から撮影したと思われる写真が。真志と小百合は二人してそれに注視する。山奥の山林に、大きなクレーターが出来ている様子が撮影されていた。撮影場所住所を確認すると、確かに真志の自宅付近だった。それに目を見開くと、真志は友人のスマホを取り上げる。「はあっ!?マジかよ!!」「…まぁ幸い、被害とかは出てねぇみたいだけどな。山も奥の奥の方だったらしいから。」「…そうか…。」「そっかぁ。それなら良かった…。」その言葉に真志も小百合もほっとする。「つか、え?これいつの話だ?」「2時間くらい前らしいぞ。」「…全然知らなかった…。」「そこ周辺では結構デカい音したみたいだけど、こっちの方までは届かなかったみたいだな。」「…そうか…。」「そもそも、何が落ちてそうなったかもわからないみたいだぜ。」「は?」「警察とかマスコミが調査しに行ったけど、破片だか部品だか、隕石だか、辺り一帯なーんも見つかってないらしい。」「不自然にでかいクレーターだけができてたんだってよ。」「…へ~…。」そう言いながら、スマホをスクロールしていく真志。「しかも不自然なことに、誰も何かが落下した様子も見てないとか!おかしくね?」「誰かしら見ててもおかしくねえだろうにな。」スマホを友人の元へ返し、自分のスマホを開く。SNSを見るが、確かに誰も、「目撃した!」という投稿をしたり、動画を上げたりしていない。「もしかして宇宙人か?」「馬鹿言えよ。普通に隕石かなんかだろ。」「…」友人二人の会話が入らないといった風に、何か考えこむような真志。そしてそれを気がかりにしている小百合だった。
――――放課後、授業が終わるや否や急いで帰る支度をする真志。そこに近寄る小百合。「――…悪い、今日は先に帰る。」その真志の発言に、まるでわかっていたかのように「うん。」と答える小百合だった。―――走る、までは行かなくともやや足早に足を進める真志。「(さっき母さんの安全は確認した。家周辺も特に問題はなさそうだって確認は取れた。―――…でも…)」最近感じている違和感。その正体に関係しているのだとしたら…。そう思うと不安が募り、気づくと自然と走り出していた。――――「…っはぁ…っ!はぁっ…!」200段はある石の階段を息を切らしながら登りきると、大きな真っ赤な鳥居が真志を出迎えた。真志は敷地に入ると、辺り一帯を見渡す。ざあっと風が吹き、木々が揺れて葉を散らす。落ち葉がカラカラと地面を駆け、鳥がピィピィと鳴いている。それ以外の音は特に聞こえず、見た目にも特に異常は無いようだった。「(―――…考えすぎだったか…?)」呼吸を整えようと深呼吸を繰り返し、やがてはぁ~~~っと大きく息を吐きだす。先ほどまでの不安が嘘のように落ち着いた。「…なんか疲れたな…。」少し休みたくなって、足を動かす。石畳を歩き、古びた木造の建物を目指す。賽銭箱の前に立って軽く手を合わせて拝むと、その隣を通り過ぎて、木の階段を登る。そして上段に辿り着くと、ガラリとその扉を開けた。「――――…」上がろうと顔を上げた時だった。一瞬どきりとして、息を呑む。―――誰か、いる。「――…ッあんた何してんだよ!?そんなところで!!勝手に入っちゃ駄目だろ!!」思わず叫ぶ。何故ならここは、真志の生まれ育った家―――兼神社であり、自分の自宅であり、尚且つ神聖な本堂の中であるその場所に、着物を着た不審な女が畳の部屋の中央で横たわっていたからだ。本来そこは、参拝者が勝手に上がっていい場所ではない。『す、すみません!』などという言葉を期待していたが、現実はその予想と反する結果となった。「んだコラ、なんか文句あんのかこのクソガキ。賽銭泥棒かてめぇ。」そう言って若干振り返りながら言う女はものすごくガラが悪かった。しかも正しく注意してあげた奴を賽銭泥棒扱いかよ!!それを言うならあんたは不法侵入だろうが!!と思わず言ってやりたくなったが、それを言うならその前に言うべきことがあると言葉を飲み込んだ。「そりゃこっちの台詞だ!!俺はこの神社の神主の息子!!跡取りなんだよ!!そしてここは俺の自宅でもある!!」真志の言葉に、女の眉がぴくりと上がる。「――…そういうことか。そりゃ失礼した。」女は真志の言った内容にすんなりと納得すると、体を起こし、畳を裸足で歩きながら真志の方へ近づいてきた。立ち姿を見ると、この女、かなり身長が高い。美人で顔立ちはいいが、目つきは悪く、顔からもガラの悪さがにじみ出ていた。年齢は―――…30代くらいに見える。「(あれ、俺…なんかやべー奴と関わっちゃった?)」喧嘩腰で話しかけてしまったことを後悔し始めていた時、あることに気づいた。「――…怪我してんのか?」よく見ると、服の裾が汚れていたり、腕や足に擦りむいたような傷があった。俺の視線を追って、女は痛んでるであろう箇所を見回した。「大したことねえよ。ここに居ればすぐ治る。」「は?」ここに居れば…?という言葉に思わず固まる。「まぁ、取り敢えず…」真志がその台詞の意味を考えている間にも、女は真志の目の前に立つと、目を閉じ、軽く会釈した。「祀り、神社を守ってきてくれたこと、供物を捧げてくれていること、感謝する。礼を言わせてもらう。建物も境内も管理が行き届いていて、空気が良い。おかげで、ここら一体の力も衰えていない。すぐに回復できそうだ。」「・・・・・は?」急に礼儀正しくして、何を言うのかと思えば。なんであんたにそんなこと言われなきゃならないんだ?力ってなんだ?回復?真志はそう言おうとしたが、女の纏う堅苦しい雰囲気にのまれ、そんなことを口に出しづらかった。それほどまでに、女は真っ直ぐと、誠実に、心の底からそう思っているかのように述べている気がしたからだ。真志が更に混乱していると、女は上体を起こし、その鋭い目を開くと、その大きな身長で真志を見下ろした。「私は――毘沙門天と言う。回復の為、暫くここで世話になるつもりだ。よろしく頼む。」その瞬間、真志の中の時間が止まった。―――は?何言ってんだ、この女。毘沙門天?頭イカレてんのか?―――急に目の前の女が怖くなってきた真志。いい歳してそんなしょうもない冗談を…。「…いやいやいやいや…。確かにうちの神社では毘沙門天を祀ってるけど…。」「…あぁ。だから…。」何か言い訳を言いたげな女の発言を遮り、真志はたまらず叫び出す。「―――ッ毘沙門天は、男なんだよッ!!七福神の一人で、四天王の一人で、武将で、めっちゃ強ぇ戦闘神のッ!!」「…よく知ってるな。」「そりゃここの跡取りだしそのくらいは―――じゃなくてッ!!…女体化コスプレにしたって、こんなキャラ見たことねぇよ!!しかも戦闘神なのに着物って…!」「…にょたいかこすぷれ…?」真志がヒートアップして怒鳴るが、女は意にも介さず淡々と独り言をこぼす。二人の会話はすれ違う。「まぁ落ち着け。お前だって今まで“本物の毘沙門天”なんて見たことないだろ?人の伝聞と実際の姿が違う、なんてのはよくあることだ。」まだ言うのかこの女!?と真志はついにぷっつんと来てしまう。「はあッ!?それで押し通すつもりかよ!!ふざけるのも大概にしろよ!!そもそも!!俺がここの神社の跡取り息子だって言った後にその嘘はありえねえだろ!?完全に馬鹿にしてんだろッ!!警察呼ぶぞ!!」「…ったく、現代人はめんどくせぇな…。」女は、は~~とデカい溜息をつく。なんで俺がそんな反応されなきゃいけねえんだよ!?とまるで自分が間違っているような反応をされたことに余計に腹が立った。女は気だるそうに体の前で腕を組む。「…じゃあどうやったら信じてくれる。」「どうって…。」どう。どうったって、一体何ができるというのか。毘沙門天…毘沙門天といったら…「…虎…。」「…あぁ。」真志の呟きにどこか納得したように女が呟くと、次の瞬間、女のすぐ傍に―――虎が現れた。「………は?」「これでいいか。」体長2Mはあろうかという虎は、女に甘えるように体を擦り付けながら頭を差し出す。女も、慣れたような手つきで虎の頭を撫でた。「えっ、え!?はあ!?」真志は思わず後ずさりして扉にガタン!と背をぶつける。「(虎が!?なんで!?どこから現れた…!?)」どこからともなく突然現れた。しかもこの虎、体が若干透けている。「…!!」毘沙門天の遣いは虎だ。そしてこの神社では毘沙門天を祀っている関係で、狛犬ならぬ「狛虎(いしとら)」が鎮座している。「(いやいやいや、まさか…そんな…!!)」僅かでも目の前の女が本当に毘沙門天かもしれない、なんて思い始めてしまっている真志の目の前で、女は胸の高さまで手を挙げた。瞬間、その手には―――剣が。かちゃりと音を立てながら、その重みからか女の手が若干揺らぐ。「現代人にはこういうのがわかりやすいってことか?」そう言って今度は左手を上げて、今度は槍を出現させた。槍を立てながら、右手の剣を慣れたような手つきで回してみる。剣身が、光を受けてチカチカと輝く。そしてザク、という音をたてて畳に突き立てた。その鋭利さは、紛れもなく本物だ。「いい加減認めろ。」しびれを切らした女は、若干眉間に皺を寄せながら再び真志を見下ろした。真志は目の前のことが現実かもわからないまま、その場にへたり込んでしまった。
―――「おい、てめぇいつまで落ち込んでんだ。」真志と女―――毘沙門天(仮)は、境内の中に設置してあるベンチの上に腰をかけていた。日も陰ってきており、橙色の夕陽が境内へ差し込んでいる。「いや…だって…ありえねえだろ…。」真志は頭を抱えて俯いている。まだ頭の中の整理がついていない。「お前の中の常識じゃあな。だが、これが真実だ。受け入れろ。」「無理だ――って、言いたいところだけど…さっきの見せられちゃあな…。」そう言って真志がげっそりした顔で前方を見上げると、境内で先ほど現れた虎がうろうろと歩き回っていた。そして、いつもこの夕方の時間に参拝にしに来るよぼよぼのおじいさんが今日も来ているが、虎が目の前を通り過ぎても全く気づいていないようだ。おじいさんは真志に気づくと、人の良さそうな顔でふりふりと手を振る。真志も苦笑いでそれに振り返した。虎は、穏やかな性格のせいか、女に従順なせいなのか、俺も人も一切襲ってこない。「…この時代、こんなところにも人が来るんだな。」「…まぁな。最近はめっきり減ったけど…。」思わず普通に返してしまうが、真志の中ではまだ認めたくない気持ちが残っていた。だからもう一度、確認をしたいと思い問いかける。「――…じゃあわかった。神様ってのが存在するとして…仮にだぞ!仮に!!…その上、あんたが本当に、あの毘沙門天だとしたら、」「だからそうだっつってんだろ。まだ信じてなかったのかよ。」「…ッあんたほどの奴が、なんでこんなところにいるんだよ!?」その真志の質問には、若干答えづらそうにする毘沙門天(仮)。少しの沈黙の後、やがて重い口を開いた。「……船の甲板で煙草吸った後、うとうとしていたところまでは覚えてるんだが…。」「待て。ちょっと待て。…船?いや、そもそも煙草だと…?」「私達七福神は、福の力を授かっていてな。天上に存在する”天上海”っていう天の最下層にある雲海を宝船で漂って、地上にいる民達――つまり、お前等人間に福を振りまいているんだ。」上空を見上げて指さしながら説明をする毘沙門天(仮)に、少し引き気味の真志。「は…はぁ…。」「…信じてねぇな。」「いや、無理だって。突飛な話過ぎて。…つーかあまりにも非現実的すぎる…俺の頭が受け入れるのを拒否する…!!」「いや、しろよ。話が続かねえだろうが。」「…わかった。取り敢えず、続けてください。」「…まぁ、要するにアレだ。船の甲板でいつの間にか寝ちまって、落ちた。で、あそこらへんに墜落した。ダメージ負ったから、回復のできるここで、あいつら―――七福神どもの迎えが来るまで、しばらくここに居させてくれってことだな。」「・・・・。」「なんだよ。」「ツッコミどころ多すぎだろ。」「あ?」「さっきから思ってたが、なんで神様が煙草吸ってんだよ!!」「そこかよ。っつーか、神様が煙草吸っちゃいけねえのか?」「いけないだろ!!体に悪いだろ!!」「いいんだよ、バレなきゃ。」「たった今バレたわ!!!」「うるせぇな…。寿老人かてめぇは。」「っつーか、甲板で居眠りしてたら落ちたとか、間抜けすぎんだろ!!―――はっ!!」「あ?…つーかてめぇ聞き捨てならないこと言いやがったな、今。」ふと先ほどの学校で見たニュースを思い出す。「えっ!?あのクレーターお前なの!?!!?」「くれーたー?」「山奥の穴だよ、穴!!あそこらへんって…!!」そう言いながら毘沙門天(仮)が先ほど指さした場所を確認すると、慌ててスマホを取り出した。「なんだよそれ。」毘沙門天(仮)が興味深そうに覗き込んでくる。「携帯だよ!」「けいたい…。…あぁ、確か恵比寿が試しに買ってたような…。おいおい、二つ折りのボタン付きじゃなかったか?」「何年前の話だよ!」「…最近の地上は技術の進歩が目まぐるしいな…。すげぇな人間。」ベンチの背もたれに腕をかけると、はぁ、と言いながら遠い目をする毘沙門天(仮)。そんな彼女を尻目に、真志は再びスマホで検索を始める。「(――…やっぱり、映ってない…。)」落下物による大きな衝撃音が響く直前の、防犯カメラや定点カメラ等の動画がいくつか投稿されていたが、そのどれもに落下物が映っている様子はなかった。「…もしこれがあんただとして、…なんで映ってないんだ…?」そう言って真志はスマホの画面を女に見せる。それを問われた瞬間、女は真面目な顔になる。「…それについては私もわからない。さっきも言っただろ。落下途中の記憶がないんだ。気づいたら地面に居て、辺りには何もなかったし、何もいなかった。神社から漂う“気”を頼りに、ここに辿り着いた。」「…もしかして、落とされた、…ってことは…。」「…その可能性も無くはないな。だが、何とも言えない。」その毘沙門天の言葉に、真志が少し俯く。「…実は、最近この辺り変なんだ。」「…変?」「なんだかよくわからねぇが、嫌な予感がする。」「…」真志の発言に、何か思うところのある毘沙門天。いつの間にか陽がとっぷりと沈んでおり、辺りは暗くなり、電灯に明かりがついた。真志は、灯に照らされた毘沙門天を見て、ふとあることに気づく。「…そういや、傷は…?」真志の視線の先は、毘沙門天の首元に向けられていた。木の枝で擦りむいたであろう小さな切り傷があった筈だが、無くなっていた。毘沙門天も問われて指で触り、その指を見る。指には何も着いていなかった。「…言っただろ。“回復”したんだ。思ったよりも早かったな。」「…!」「やはりそれだけしっかりと手入れと信仰があるってことだな。」そう言って少し柔らかな笑みを浮かべる毘沙門天の表情に、思わずどきりとした真志。それはまるで、慈愛のある仏のよう。そんな真志に気づくことなく、毘沙門天は立ち上がり、数歩先を歩くと、町を見渡せる場所で立ち止まって腕を組んだ。「―――…実は私も、来た時から少し違和感があった。」「!」そして真志に振り返った。「――回復したら、調査をしよう。」そう言う毘沙門天の顔は至って真面目だった。これまでの言動、そしてその言葉、その表情に、いつの間にか彼女を「毘沙門天」であると認めていた真志だった。「あら、真志?」声のする方を振り返ると、そこには―――「母さん…!」そこには買い物帰りだろうスーパーの袋を腕からぶら下げた真志の母親がいた。「あら、ごめんなさいね。参拝の方?」毘沙門天に気づくと軽く会釈をする母親。「えっ…と、あの、」毘沙門天は回復するまでここにいると言っていた。ということは、この母――そして父の了解を得る必要があるということになる。そして同時に、この女が毘沙門天だと信じさせなければいけない。「(くそっ…なんて言う?さっき俺にやってみせたように、虎を出してもらうか?それとも…)」真志が一人で悶々と考え込んでいる間に、毘沙門天はスタスタと母親の元へ歩いていく。「私は毘沙門天だ。」「はっ!?あぁ!?お前何言っ…!!」振り返ると、ぱちぱちと目を瞬かせた母親の姿が。いやそりゃそうなるだろうよ!!何いきなり名乗ってやがんだよこいつ!!と、焦りながら二人の元へ駆け寄る。が、「悪いが、しばらく泊めてほしい。」「いやいやいやいや、勝手に話進めんなって!!マジでお前一回黙―――」近寄りながら、黙ってくれ、と言おうとした時だった。母親が持っていたスーパーのレジ袋がどさりと落ちる。そして、母親のキラキラとした目が目に入った。直後、興奮したように両手で口元を抑える母親。「まあっ!本当!?本当に毘沙門天様ですか!?」「あぁ。」「あぁ…っ!!なんて素晴らしいんでしょう…!まさか本当にお会いできるなんて…!!光栄ですっ!!」「……は?」母親は本当に嬉しそうに毘沙門天に話しかける。その反応はまさに推しに出会った時のようだ。握手してもいいですか!?、あぁ、なんてやり取りも聞こえる。「……」その光景を呆れたように眺める真志。「(さっきの俺はなんだったんだ…?)」そんな二人のやり取りを、しばらく呆然と眺めていた。――――「いやはや、まさか生きている内にご本人様にお会いできるとは…!光栄です!!」父親が帰って来たので、自宅の居間で母親と同じようにいきなり紹介したら、すぐに信じた。「なんでだよッ!!」思わずテーブルを叩く真志。「なんで二人ともそんなあっさり信じるんだよッ!!」「こらこら、落ち着きなさい、真志。」「そうよ!毘沙門天様の前で。失礼よ!」「そうだぞ。二人を見習ってもっと落ち着いたらどうだ。」「~~~お前が言うな~~!!」「…それで毘沙門天様。勿論、いくらでもいてくださって問題ありません。部屋でしたら、うちの娘―――真志の姉の部屋があります。」「姉はいないのか?」「大学生になり、東京へ引っ越しましたので、今は誰も使っておりません。」「そうか。悪いな。」真志を無視して勝手に話を進める両親。どんどんと話は進み、いつの間にか同居する話がついていた。
――――「お前の両親すげぇな。」部屋への案内の途中、毘沙門天がぽつりとつぶやいた。「…あんたでも流石に思ってたか…。」あの両親、確かに肝が座ってて天然で人が良いが、いくらなんでも…だ。「…そりゃあな。近頃の現代人の話は耳に入っていた。―――『幽霊も神様も信じない奴が増えてる』、ってな。」「―――…」確かに七福神信仰は遡ること古くは平安時代からあったという。幽霊や妖怪、神様などという、目に見えない不確かな存在を信じる者が多かったであろう当時に比べると、CGやAI等の技術が発達した現代人にはそれもなかなか難しい。その発言を聞いてふと思った。…当人として、その事実はどう受け止めているんだろう。「まぁでも、…歓迎してもらえるのは悪い気分じゃねぇな。」そう少し笑う毘沙門天はどこか嬉しそうだ。「…久々だ、民とのこういう交流は。」噛み締めるように呟く声が聞いた時、「(もしかしたら俺の反応も…。)」相手からするとショックだったのかもしれない、と思うと少し罪悪感が芽生えてきた。そんな時、「ここか?」毘沙門天が立ち止まり、思考が引き戻された。「…あぁ、ここは俺の部―――おおいッ!!」俺の部屋、と言いかけた途中で、無遠慮にガラリと扉を開ける毘沙門天。「お前ふざけんなよッ!!勝手に人の部屋開けんな!!」「―――…なんだこりゃ。」そこには、何かのキャラクターのグッズが多数置かれている―――という点以外は、至って普通な男の部屋が。少し異質なのは、そのグッズが全て、同じ女のキャラのものであるということだ。「…お前、こいつのこと好きなのか?」「!!」まさかストレートに聞かれるとは思っておらず、恥ずかしすぎて顔が真っ赤になる真志。まさに図星だった。「なっ…なんだよ!!キャラに本気で入れ込むのが気持ち悪いって言いてぇのかよ!!」だが、意外にも毘沙門天は意にも介さず淡々と返す。「誰もそんなこと言ってないだろ。私は別に気にしないが。」「へ…?」「生き物に恋する奴ばかりじゃねえよ。神の中にだってそういう奴はいるしな。それも一種の愛情だ。いいんじゃないのか。お前がそいつを好きなら。」その思わぬ反応に思わず気が抜ける。「な…なんか意外だな…。あんたがそんな風に言うなんて」「…。」前言撤回だった。毘沙門天は顔を背けて笑っていた。「笑ってんじゃねえよ!!やっぱり馬鹿にしてんじゃねぇか!!」「…いや、悪い。私の方が意外だったもんでな。」「クソッ…!」「しかしこいつは凄いな。よくできてる。」「あっ!!お前!!フィギュア触んな…ッ!!」かくして、奇妙な同居生活が始まったのであった。
―――「人生ゲーム…だと…?」「そうそう!一緒にやらない?寿老人!」「…弁財天。貴様、書類仕事はどうした?」「えっ?あ~~~そんなのあったっけかな~~…。」墓穴を掘った、とでも言わんばかりに冷や汗をかきながら視線を彷徨わせる、弁財天と呼ばれた女性のその発言に、寿老人と呼ばれた女性はばんっと近くにあった机を叩く。「遊ぶ前に仕事を片づけたらどうだ!!何べん言わせれば気が済む!!子供でもわかるぞ!!」「わわっ!!ご、ごめんって~~!じゃあ1回だけ!!1回だけやったら仕事やるから!!」「1回が長いだろうが人生ゲームは!!」「おっ!よくわかってきてるね~寿老人!」「貴様…!!」「まぁまぁ、落ち着いてよ、寿―ちゃん♡」そう言って笑顔で寿老人に横から抱き着くのは「福禄寿…!」福禄寿という女性。「寿―ちゃんあんまり怒ると皺が増えるわよ~?名前通りの老人になっちゃう♡」ツンツンと寿老人の頬をつつく福禄寿にわなわなと震える寿老人。「貴様…ッそのことは言うなと何度…!」「えーなんだよ事実じゃん。ガミガミ怒鳴っちゃってさー。」「大黒…誰のせいだと…!」「お堅すぎるんだよ、寿老人は。もっとあたしみたいに気楽に生きなよ。」「…お前ほど気楽に生きていたら仕事がいつまでたっても終わらん!!」「あはは、確かに。」「納得なんだ…。」「そもそも恵比寿ッ!!お前がいつもくだらんものばっかり貰ってくるからこうなるんだ!!」「だって皆と遊びたいし。面白いしね、民の遊具。次々と新しいものが出てきて飽きないよ。」「資金の無駄遣いはやめろと言っただろ!!」「そう言いつつこの前の人狼とかいうゲームはめっちゃ楽しんでたよね、寿老人。」「!…あれはだな、」「ほらほら~人生ゲームも本当はやりたいんじゃないの~寿老人~♡」「ねぇ寿―ちゃん~一緒にやろうよ~~♡」弁財天と福禄寿が両側からうりうりと寿老人を誘惑する。「やめんかーーっ!!」そんな二人を引きはがすかのように腕を振り上げる寿老人。そしてずばっと皆を指さす。「そんな状態で、今後もし何かあったらどうするつもりだ貴様らッ!!ここ数十年ですっかり腑抜けているぞ!!そもそもお前達には天部としての自覚が―――」寿老人の説教が始まろうというタイミングで、部屋の扉ががちゃりと開いた。「わわっ、何事ですか?」扉の奥からは、布袋と呼ばれる女性が現れる。「あ、布袋―!どう?毘沙いたー?」「弁財天…それが、どこにもいないんです。いつもの場所で煙草でも吸ってると思ったんですが…。」「自分の部屋にいるんじゃないの?」大黒天が問うが首を横に振る布袋。「一応見てきましたが、いませんでした。…念のため、台所とか、厠も確認してきましたが…どこにも。」そこで少し不安な表情になる布袋。「…もしかして、何かあったんじゃ…。」「…まさかぁ。」「…確かにこの宝船で天魔やら天狗に襲われたこともあったが…。ここ数百年はそんなことも無かったぞ。」「それに、そんな気配感じなかったわよね。」「…あの毘沙門天が、みすみすやられるなんてことあるかな…。」「…そういえば、むかーし甲板で居眠りして地上に落ちたことあったよね、毘沙…。」その言葉に一瞬時が止まったようになる場。「…毘沙門天の姿を見てないのって、何時間前から?」「…おそらく、4時間前くらいからだったかと…。」まさか、と思いつつも若干不安になる全員。「―――一先ず、船の隅々まで探すぞ。」そう言って寿老人が腕を振りかざすと、どこからともなく鹿が現れた。すると、弁財天の体には白蛇が、大黒天の周りには鼠達が、福禄寿の傍には鶴が現れた。「取り敢えず一旦船は止めよう。」「…っ私、もう一度船頭の方を探してきますっ!」「じゃあ私は船尾の方を見て来るわ。」「私も他の部屋確認してくるね。」「あーあ、めんどくさいな…。」そう言って各人バラけていったのであった。