「弱虫チェリ!」「なっ…何よ!!」ここはワヘイ王国。この辺り一帯の地域で見ると比較的大きな国で、多くの貿易や行路の中継地点となる王国だ。周囲の国とも友好的な関係を築いており、数十年の間平和を保っている。だがそんな平和な王国の中でも、小さなトラブルが起きていた。「ねぇチェリ、あんた飲み物買ってきてよぉ。」「はあっ!?なんであたしが、」「うわぁ、あたし達に口答えするわけぇ?弱虫チェリの癖にぃ。」「その呼び方やめてって言ってんじゃん!!」「ちょっと!貴族の娘に向かってその口の利き方は何よ~?」「あんた失礼じゃな~い?」「…ッ…!!」ブロンドの髪の女は“チェリ”と呼ばれた女に詰め寄る。「…わかってるわよね?」「・・・・・ッ」チェリは唇を噛みしめて暫く女を睨みつけたが、その後、ただ黙って拳を握り締め、飲み物を買いに行く他無かった。女達の馬鹿にしたような笑い声を背にしながら。
――――別の場所。森の中で、フードを被った何者かが弓を構えていた。その視線と矢の切っ先は走り回る鹿に向けられていた。タイミングを見極め、呼吸を整えると、その矢を放つ。と、その矢は見事鹿の頭部へ命中。「うしっ!!」それを見ていたフードの人物は自らの頭にかぶさっていたフードを取ってガッツポーズをする。その様を後ろで見ていた大柄の中年の男が、腕を組みながら呟いた。「…腕を上げたな、ヘザー。」その言葉に振り返りながら得意気に笑って見せるヘザーと呼ばれた女。「へへっ!当たり前だろ!」
―――――また別の場所では、石造りの建物の中で短刀の手入れをしている女がいた。鳥の鳴き声が聞こえると、女はふと窓の外を見上げた。窓の向こうには、澄み切った青空が広がっている。「…」それを切なそうな顔で見上げると、女は再び短刀へと視線を落とした。
――――高貴な装飾が施された建物内を闊歩する、ブロンドヘアーを三つ編みにまとめた長身の女が一人。凛とした表情で颯爽と廊下を歩くと、石造りの階段を下りていく。薄暗い廊下を暫く歩いていくと、兵士が二人並んで立つとある部屋の前で立ち止まり、その重厚な扉を開いた。「すまない、遅くなった。」女が入っていくと、そこには3人の人物が待ち構えていた。女はその3人の元へ歩いて行くと、大柄の大きな初老の男の隣に並んだ。「それで?何が盗まれたって?大親様。」「…例の “ガラクタ” だ。」“大親様”と呼ばれた初老の男は重い口を開いて小さく呟く。「他は?」「…何も。」「は?ガラクタだけか?」「そうだ。」その言葉に女はぽかんと口を開いた。そして目の前に広がる光景を見つめる。ここは王国の地下倉庫。古くから存在する美術品や、歴史的価値のある物品等が保管されていた。「…比較的価値の低いものばかりとはいえ、これだけの“宝”がありながらなんでまた…。」地下倉庫は複数個所有り、この倉庫は最下層ランクの物品が保管されていた。とはいえ、王国の“宝”には変わりない。「知らん。…昨夜、城の表門付近で騒ぎがあってな。今考えれば陽動だったんだろうが…。その隙に忍び込んで盗みに入ったらしい。たまたま警備が手薄になったここにたまたま潜りこんだだけか…。それにしたって…なぁ?」「なぁ?じゃねえよ。…まぁでも、逆に良かったんじゃないか。あんなのいらないだろ。」女の発言に大親様が怒る。「わからないだろ!いるかもしれないじゃないか!」「そうやってなんでもかんでも取っておくから、どんどんいらないものが溜まっていくんだ。これを機に捨てちまった方が良い。そうは思わねぇか王様。」そう言って女は恰幅の良い白髭を蓄えた“王様”に話かける。「はは…。まぁまぁブローニャ、落ち着きなさい。」それを見た黒いちょび髭の細身の執事が間に割って入る。「ブローニャ様。アレは確かに造形も不出来で、制作者も用途も不明な、“ガラクタ”のような物ではあります。ですが、遥か昔の1000年も前から、先祖代々受け継がれてきた大事な代物でございまして…。」「研究者だとか専門家に見てもらったり、書物を調べたって、結局何に使うものかもわからなかったんだろ?その先祖とやらも『先祖から取りあえず念のため取っておいてくれ』って言われてずっと保管してただけだっていうじゃねぇか。金銭的価値も無いらしいし、そんなもん…」「ただ、だ。ブローニャ。」ブローニャの言葉を王様が遮る。「わけのわからないものだからこそ、盗人の手に渡ってしまった、というのが問題なんだよ。後に何か意味のあるもの、真に価値のあるものだと判明して、悪用でもされてしまっては困るからね。我々にはそれを管理する責任がある。」「…まぁ、それは…御尤もだが…。」そこで4人の中で沈黙が落ちる。「まぁ…ともかく取り戻さねばなりませんな。」執事が言うと、大親様は「ならばここに適任がおりますぞ!!」と言ってブローニャの肩を掴んで王様へと差し出した。「は…?」寝耳に水、といった表情でぽかんとするブローニャ。だが少しして状況を理解したブローニャはその手を振り払い、大親様に向き直る。「だから私をここに呼んだってわけか!!」「そういうことだ。」「『そういうことだ』じゃないッ!!そもそもそんなにこの王国にとって大事な物なら、なんで私みたいな小娘に任せるんだ!!」「あのだな、ブローニャ。我々兵士は王国及び王国民を守るのが目的である。」「何を当たり前のことを…。」「その目的を果たすためには、王国の戦力を必要以上に削るわけにはいかんのだ。」「ほう…?私は外してもいい戦力だと…?」「お前がいれば最小戦力で、最短期間でこの任務を果たせると思っての判断だ。お前を信頼した上での依頼だ。」「はっ、物は言いようだな。」「…ブローニャ。今回の件については私の方からブラムに事前に相談させてもらっていたんだ。」王様が割って入る。ブラムとは、大親様の名前だ。「“信頼のおける誰かに任せたい”という前提で依頼をしたところ、彼から君の名前が出たんだ。彼としても、娘のように可愛がってきた君を外に出すのは心苦しいんだ。だが、それは彼の言うように信頼の裏返しなんだよ。」「…」「当然だが、共に作戦を遂行する仲間も数人連れて行って構わない。誰を連れていくかについては君の判断に一任する。それでどうかな?」「…全く…。」ブローニャは諦めたようにため息をついた。「…だがそもそも、奴らの向かった先に検討はついているのか?」「それなんだがな…。」そう言って大親様が懐から取り出したのは紙の束。「ちなみに盗人は阿呆かもしれん。」「は?」「これを見て見ろ。」そう言って紙の束を開くと、それが地図であることがわかった。そこには赤いインクでルートが記されており、アジトか、あるいは目的地がバツ印で囲われていた。「…これは…。」「おそらく盗人が落とした物だろう。ここに落ちていたらしい。」「…確かに、これほど重要なブツを落としていったのは余程の阿呆のようだな。」ブローニャが呆れたように目を細めた。そしてそれを見ながらふとあることに気づく。「この印はなんだ?」目的地と思われる場所に何らかの印が記載されていた。「さぁ…。奴らの暗号のようなものかもしれん。」「…そうか…。」「…というわけで、こういう相手ならお前でも対処できるだろうと思った。」「…やっぱりそういうことか。」「はっ!」うっかり口を滑らせたと大親様は自らの口を押える。その様を呆れたように見つめる王様。「それから、そこまで必死になって取り返すものじゃない、って判断したってことだろ?王国側は。」「…う…。」「…まぁいいさ、別に。その方が私としても気楽にできるしな。いいだろう、受けよう。」そう言って3人に向き直る。「王様からの提案の通り、人員は私が決める。それでいいか?」「あぁ。構わない。」「そうか。そうとなれば…後で王国民名簿を寄越してくれ。」「わかりました。手配いたします。」「それじゃあ私はすぐにでも準備に入ろう。」そう言って倉庫を後にするブローニャ。その後を大親様が着いていく。廊下を歩きながら、大親様がブローニャに話しかける。「…すまないな、ブローニャ。」「構わないさ。」そう言って立ち止まるブローニャ。振り返り、大親様の目を見つめる。「…あんたに拾われてこの方、私はこの王国の兵士としてこの歳まで育ててもらった。王国や、兄貴達仲間、そして大親様に、心から感謝してるからこそ私の出来ることをして役に立ちたいんだ。…さっきはああ言ったが、今回の任務はありがたく遂行させてもらう。親父の思いもわかってるつもりだ。だから心配しなくていい。」そのブローニャの言葉に、大親様が口を開いた。
―――――とある一室で、椅子に座りながら分厚い台帳とにらめっこをしているブローニャの姿があった。そこに一人の兵士が歩いてくる。「ようブローニャ、聞いたぜ。なんでもガラクタを取り返しに行けって言われてるんだって?」「あぁ。今そのための人員を探してるところだ。」「あっはは!大変な仕事任されちまったなぁ!難儀なことだぜ。…にしても、どうやって決めるつもりだよ?」「この台帳、国民の情報がまとめられてるんだ。その上、定期年数毎に、対象の国民に聞き取りをしてる項目があってな。『有事の際には、王国のために兵士相当の働きをすることに関し、自ら立候補する意思はあるか』って項目があるんだよ。それを参考にしてる。」「そうか…目星はついたか?」「まぁな。何人か見繕ったら直接話をしに行こうと思う。」「出立はいつだ?」「そうだな…早ければ明日か。遅くなれば追い付かなくなるしな。」「…そうか。気を付けてけよ。」そう言ってブローニャの頭をわしわしと撫でる。「…いつまでも子供扱いするな!」「ははっ!悪い悪い。俺達に取っちゃお前はいつまで経っても子供だよ。」「…ったく…。」ひらひらと手を振りながら去っていく後姿を見て、満更でも無さそうに笑うブローニャだった。
―――――それから数時間後のこと。「ねぇチェリ!あんたってさ~変な力持ってるって聞いたんだけど本当?」「は…」「何何!?何が出来るの?」「今までそんな素振り無かったじゃない。」「ねぇ。ちょっと見せてみてよ。」「…なんでそんな…、」「この前あんたが森の方でこっそりなんかしてるの見た奴がいんのよ。」「!」「ねぇ、こそこそとさ~何してたの?…まさか、私達に一泡吹かせてやろうって魂胆?」「…ッ…」「こわぁ~い。なんか企んでてその内なんか仕掛けようと思ってる!?」「え、何?急に襲われちゃう!?私達!」「弱虫チェリはそういうのに頼らないと自分の力じゃ何もできないんだよね~!」「…ッ…!」「すまない。」誰かから話かけられ、チェリと女達が振り返る。そこには、凛とした雰囲気を纏ったブロンドの長身の女が立っていた。「な、…なんですか…?」どことなく感じる威圧感に委縮した女が話しかける。「チェチーリアというのはお前か?」「え…あぁ、そう、…ですけど…?」「少し話がある。来てくれないか。」「えっ!?ちょっ…!」女は颯爽とその場を立ち去っていく。チェリはどうすべきか逡巡した後、慌てて女へと着いて行った。そこには呆気に取られた女3人が取り残されていた。――――女とチェリは町の中のカフェを訪れていた。「突然すまないな。私はブロニスラヴァという。ブローニャと呼んでくれていい。王国の兵士を勤めさせてもらってる者だ。」「兵士…?が、私に何の用なの?」「いきなり本題ですまないが、昨日の夜中に城の地下倉庫に保管されていた“王国の宝”が何者かに盗まれてな。それを取り返すための仲間を募っているところだ。」「は…!?」「良かったら私と同行してほしい。」「はぁっ!?宝!?なッ…なんで私!?」あまりにも突然の申し出に思わずその場を立ちあがるチェリ。「お前、王国登録台帳に『有事の際の選抜』の欄で“了承”にマルをつけていただろ。」「えぇっ!?台帳……?――――…あ…。」ふと思い出すチェリ。なけなしの勇気を以て丸を付けた記憶がある。だけど、これだけ大きな王国で、しかも何十年と戦争が起きていないこの平和な国でそんな事態など起きるわけがないだろうと高を括っていた。「そっ…そんな…!私なんか、ただのフツーの学生だよ!?しかも女だし…!私なんかじゃなくて他にもっといるんじゃないの!?」「お前の通う学校は由緒正しい名門校だ。お前の成績も確認させてもらったが、頭脳、基礎体力共に問題は無い。戦術訓練などの成績も悪くはない結果だった。」「そっ、そんなの…!」「それから――…お前、『神の力』を持っているだろう。」「!」「私も同じだ。その力、活かせる提案だと思うが。」「…で、でも…っ!私、王国の外に出たことも無いし…、野営の経験だって無い!それに何より、盗人って危ない人なんじゃないの…!?もしかしたら、それこそ戦ったりなんてことも…!」「勿論そういう場合も発生するだろうな。」「…私、悪いけど戦闘経験なんて学校で習った以外ないわよ!…そんな危険な…重要な任務、私なんかに頼むなんて…!言っちゃ悪いけど、頭おかしいんじゃないの!?」「…そうかもしれないな。」ブローニャは腕を組んだまま冷静に淡々と答えていく。まるで熱くなっている自分が馬鹿みたいに思えてくるチェリ。でも、おかしいのはどう考えても目の前の女の筈だ。だって、そんな提案どう考えたって。そう考えた時に、遠くを見つめていたブローニャの目がチェリを捉えた。それにびくりと体を強張らせるチェリ。「…お前、自分を変えたいんじゃないのか。」「えっ…」「だから丸を付けたんだろう。」「―――…!」チェリは目の前の女に先ほどのやり取りを見られていたことを思い出した。「…ッあんたなんかに、何がわかるのよ…!」恥ずかしさと怒りの入り混じった感情がチェリを包んだ。上手いこと誘い込もうとしたつもりなのか、そんな危険を冒してまで達成した何かを私が抱えていると思っているのか。勝手だ。リスクに匹敵するほどの何かが得られるとでも言いたいのか。「わからない。だが…お前にとっても悪くない提案だと思っただけだ。」「なんで…、」何故そこまでして、とチェリが言いかけた時、ブローニャが立ち上がった。「明日の昼過ぎに出立する。一晩良く考えて、同行しても良いという気持ちになったら西門前に来い。」そう言って金貨を数枚置くと、その場を立ち去る。「えっ!?ちょっ…!」困惑するチェリをそのままにブローニャは店を出て言ってしまった。テーブルを見ると、金貨はチェリとブローニャが飲んだ紅茶プラスアルファ分の金額が置かれていた。力なくどさりと椅子に座るチェリ。「なんなのほんと…。…そもそも、こんなことお父さんとお母さんが許す筈ないし…。」そのまま暫く俯いていた。
―――――ブローニャは山奥のとある小屋を訪れていた。そこに訪れる一人の人物。「なんだ?客とは珍しいな。」振り返ると、フードを身にまとった黒髪の女がくたっと力なく項垂れている鳥の首を掴んで佇んでいた。「…お前がヘザーか?」「…そうだけど…。」「少し話がある。」「…?」訝し気にしながらも、ブローニャの元へ歩いて行くヘザー。
―――――「おい。」時は夕刻。町に戻ったブローニャが己が文字を記したメモ帳を見ながら歩いていると、とある女に呼びかけられた。振り返ると、肌の色が黒く、帽子と服にすっぽりと顔が隠れた黒髪の女が佇んでいた。「あんたがブロニスラヴァだな。」「…そういうお前は?」「…私は王国の秘匿部隊に所属するデジャという者だ。」「!秘匿部隊…。」“秘匿部隊”とは、王国のために陰で暗躍する組織をいう。時には諜報員として活動したり、王国を脅かす存在の排除、制裁等を行っている。ブローニャ達兵士が表から王国を守り、デジャ達秘匿部隊が裏から王国を守っている、という図だ。「その秘匿部隊の構成員が私に何の用だ。」「…王国の大事なブツが盗まれたと聞いた。あんたがそれを取り返しに行く、部隊の編制を任されてるってことも。」デジャという女がそこまで言ったところでブローニャは彼女から発せられる次の言葉を察した。「私も同行させてくれないか。」「…」“秘匿部隊”に採用されるのは、その頭脳や戦力が認められた人物のみ。実力については申し分はないのだろう。だが、大事な王国の戦力であること、日頃“暗躍する”部隊ということもあり、今回の作戦では“除外”とする予定だった。その中での申し出。「…何故、今回の作戦に志願を?」「私も王国のために尽くしたいだけだ。それだけじゃ不十分か?」まるでお手本のような回答に、偽りはないかとブローニャはじっとデジャの目を見つめるが、まっすぐに見つめ返される。その表情は読めない。「…お前は何が出来る?」「近接戦闘は得意だ。特にナイフの扱いに長けているつもりだ。野営やサバイバルの知識もある。損はさせないと約束しよう。」王国の外での野営経験が少ないブローニャとしてはありがたい申し出だった。他の想定する面子から考えても、必要な人材であることは明白だった。「…検討しよう。」そう言ってブローニャは再び歩き出した。デジャはそれ以上何も言わず、立ち去るブローニャをただ見送っていた。「…構成員を少し見直すか…。」ブローニャは手にしていたメモ帳に再び視線を落とすと、そこに何かを書き込んだ。
―――――夜。兵士の本部に戻ったブローニャは、再び台帳を見直していた。そこに大親様が現れる。「人員集めはどうだ。」ブローニャは台帳から目を離すことなく答える。「…少し検討中だ。想定外の事態が起こってな。」「…そうか…。…断られでもしたか?」そう聞かれて視線が宙を舞う。「…秘匿部隊の隊員とやらが、今回の作戦に参加させてほしいと申し出てきた。」「秘匿部隊が?確かにあちらにも今回の件について情報共有はしてあるが…。…王国のために、自ら申し出てくれたというわけか。秘匿部隊所属であれば実力としても人柄としても信頼できるな。ありがたい話じゃないか。折角だ、受けるといい。」「…そのつもりだが…。」「?」どこか歯切れの悪いブローニャ。「…念のため、奴の情報を知っておきたい。調べておいてくれないか。名前は“デジャ”というそうだ。」「あぁ、わかった。…が、何かあるのか?」「…念のためだ。」「そうか…。後で調べて報告しよう。おぉ、そうだ。一つ報告があるんだ。例の盗人だが、対峙した兵士達への聞き取りや目撃者情報をまとめたところ、わかったことがある。」「!なんだ?」「どうやら盗人は3人組らしいな。身長はお前より少し大きいくらいだ。おそらく2人が陽動をし、1人が忍び込んだんだろう。黒ずくめの服を着ていて、マスクと帽子で顔が見えづらくなっていたそうだ。だが、その内の一人は顔に大きな傷があるように見えた、と。」「そうか…。」「早朝に馬番をしていた男が言うには、『不審な男3人が西方面に向かって出ていった』とのことだ。」「…目的地の方向と一致している、というわけだな。」「あぁ。」「わかった。助かる。」そう言って再び台帳に目線を落とすブローニャを見て、立ち去ろうとする大親様。部屋を出る直前にブローニャに振り返った瞳はどこか寂しそうに揺らいでいた。
―――――次の日の昼過ぎ。ブローニャは馬車と大荷物と共に西門前で準備をしていた。その傍らには、見送りに来てくれた大親様と仲間の兵士達がいた。だが、大親様は昨日と打って変わって元気が無く、目に隈が出来ており、衰弱した様子が窺えた。「…やっぱり、来ないじゃないか…。…それにしても、まさか年頃の少女たちを選ぶなんて…。だから言ったんだ…。もっと屈強で年齢の重ねた男にしておけと…。」ぶつぶつと呟く大親様の様子に周りの兵士達も心配そうに見ている。――――昨日の夜、デジャのことを調べた大親様はブローニャの元へと駈け込んで来た。『少女じゃないか!!』『少女…ではないだろう。もう年齢的に。』何か嫌な予感がした大親様は、ブローニャに『お前が見繕ったという人員を見せなさい!』と詰め寄った。ブローニャは今回声をかけた人物の情報をまとめた書類を渡した。『なっ…!な、なんで少女ばっかりなんだ!?他にもっといるだろう!!ほら!この筋肉男とか、経験豊富そうな老人やら、腕の立ちそうな青年―――…。せめてもう少し役に立ちそうな者をだな!!』『“人員は私に一任する”…だったな。なら、それに対して文句を言うのは筋違いじゃないか?』『だがしかし…!』『役に立つか立たないかは私が判断する。…私を信頼すると言っただろう。この選択も、信用してくれよ。』『…!!』―――――「…これでは、本当に安全に帰って来られるか…。心配すぎる…。やはり儂もついて…。」「いつまでもぐちぐちとうるせぇな!それから絶対付いてくるなよ!!」「儂はお前を心配してだなぁ!」「わかってるよ!!」「それに彼女達の親御さんも大層心配するだろう…。あぁ…なんと詫びれば…。」「…初めから無理だって決めつけるな!」「!」「…大丈夫だ。もしもの時は私があいつらを守るし、場合によっては引き返してくる。なんとか上手くやるさ。それに、私だって無謀に選んだわけじゃない。あいつらに“期待”をしている。」「…」「それに、女だけの集団の方が不信感も少ないってもんだろ。旅の道中、やりやすい部分だってあるだろうし。」「だがなぁ…。」「おっ、誰か来たぞ。」兵士の一人が呟くと、皆その方向を見た。「!!」その姿を見て、ブローニャ以外、一同驚愕の表情を浮かべる。「…来たか。」そこにはチェリの姿があった。チェリはどこか不安そうな表情でブローニャの元へと来た。「よく親が許してくれたな。」「あんたがそれ言う!?」ブローニャの発言に怒鳴るが、その後少し不貞腐れたような表情で目を反らす。「…土下座して頼み込んだわよ。」――――『あなた何を考えてるの!?』『そんな危険なこと…!許可できる筈がないだろう!!』『…お父さんとお母さんが心配してくれてる気持ちもわかる…。私も正直、怖い。不安でいっぱいだし、行きたくない気持ちだってある。』『なら…!』『でも!』『!』『私―――…今の自分が嫌いなのッ!!』『!』『“弱虫チェリ”って馬鹿にされて、何も出来ないままでいる自分が嫌いなの!!踏み出せないで後悔したことだって、これまで沢山あるのに…!未だに私は変われてない!!今の環境にいたんじゃ、私はこの先も、絶対変われない自信があるの!!でもそんな自分が嫌!!どんどん嫌いになる!!』『…』顔を見合わせる両親。『ブローニャに誘われて…なんで私が、って思った。そんな危ないこと、私なんかが、って。…でも、冷静になって考えてみたら、私にとっては良い機会だとも思った。自分を変えるための、足を踏み出す、良い機会だと思ったの!!』『…チェリ…。』『勿論、本当にヤバそうだったらどんな手段を使ってでも逃げ帰ってくるから!!手紙も書く!!だからお願い!!行かせてください!!…ッお願いします!!』―――――「…というわけで、取りあえずついていくけど、もしもの時は私すぐにでも退散するから。」「良いだろう。その時は責任持って私がお前を逃がそう。…来てくれてありがとう、チェリ。これからよろしく頼む。」そう言って微笑みながらブローニャは手を出す。それに少し驚いた素振りを見せたが、チェリはその手を取った。その様子を心配そうに眺める大親様と兵士の兄貴達。そこにそれぞれ別の方向から2人の人物もやってきた。「おっ?なんかもういるじゃん。」山の方から来た少女が呟く。「…」町の方から来た女は黙ったまま歩いてきた。それを見て驚いたのはチェリだった。「えっ!?ちょっと待ってよ!!同行するのってこいつらなの!?女ばっかじゃない!!しかも若い奴ばっか!!」そう言ってやってきた二人を指さす。「あ?なんだ、こいつ。」その発言に若干イラっとするヘザー。そしてチェリとブローニャの元へ近づくと、チェリの顔をジロジロと眺める。「な…何よ!」「…なんかお前、弱そうだな。役に立つのか?」「はあ~~~!?なんなのあんた!?初対面の相手に向かって!!」「お前だって似たようなこと言ってたろうが!!」初対面だというのにギャーギャーと喧嘩し出す二人を放ってデジャがブローニャの元へ近づく。「…選出してくれて感謝する。その期待に見合う働きはしよう。」「こちらこそ来てくれて感謝する。頼んだぞ。」「…にしても、なんであいつらを選んだんだ?」冷めた目で喚く二人を見やるデジャ。「…面白そうだからな。」「は?」若干引き気味のデジャがブローニャを見ると、何故だか笑みを浮かべていた。暫くその様をぽかんと見ていた大親様だったが、はっと引き締めると、前に出て彼女達へと話しかける。「…本当に、君達が同行してくれるのかね。」そう言うと喧嘩していた二人はぴたりと静かになり、大親様を見た。デジャとブローニャもそちらを見やる。「…まぁ、一応。誘われたし。」とチェリ。「ここに来たってことはそうだろ。」とヘザー。「勿論だ。」とデジャ。「…勿論、暫く衣食住に困らない程度の金や装備品は準備してあるし、任務が終わった暁には莫大な報奨金も用意すると王様も約束してくれている。…だが、旅には危険が付き物だ。今回の目的である盗人だけではない、野党や悪党、野生動物達もこの城下町の外にはたくさんいる。もしかしたら命を脅かされる可能性だって無くはない。…それを理解しても尚、君達は行ってくれるというのかね?」真剣な表情の大親様に、4人も向き直る。「…昨日一晩、よく考えたの。」チェリが先陣を切って口を開いた。「確かにそういう危ない目に遭うこともあるかもしれない。私に何が出来るかも、…正直よくわからない。…でも…行ってみなきゃわからない。」「!」「私は、そのリスクを背負うだけの価値があると思ってる。…ただの足手纏いにはなりません。私も、強くなります。」「…」その様子を見て少し見直すヘザー。そして次はと自分が口を開いた。「リスクなんて承知の上で来てるんだよ、おっさん。女子供だからって舐めんなよな!まぁ、なんとかするから任せてよ。」「…私は、元より今回以上に困難な任務も請け負ってきた。問題は無い。」デジャもそれに続いた。その言葉と彼女達の表情に、皆それなりの覚悟を以てここに集まっているのだと悟る大親様。そしてブローニャ――――自分の娘を見やる。「…手紙は書いて寄越してくれ。お前と、彼女達の無事を知らせるために。」それは暗に“この人員での旅を許可した”ことを指していた。「…わかってる。」当然のことのように答えるブローニャ。そして再び3人に向かって話かける。「君達の保護者には私からも改めて話をしておこう。」「そうしてもらえると助かるわ!」「頼むぜ。」「…」そして話がまとまったところで、馬車に乗り込んでいく4人。「ブローニャ、無理はするなよ。」「わかってる。」「気を付けてな。」「あぁ。王国は頼んだ。」兵士の兄貴分たちに挨拶されたブローニャは、馬を走らせた。4人が後方を見やると、大親様と兵士達が見送ってくれた。その向こうには、「!」チェリの両親が心配そうに見つめる姿が。見送りに来てくれたのだ。遠ざかる二人の様子と、その表情に少し泣きそうな顔になるチェリだったが、ぐっとこらえて大きく腕を振った。それを見た両親も、泣きそうな顔で手を振り返すのだった。3人は何も言わずにその様子を見ていた。
―――――とある小さな町で男が3人、飯にありついていた。「それで?ここからどこに行けばいいんだったか?」「ん?待ってろって!俺の地図ちゃんを――――」だが男は己の懐やカバンの中をごそごそと探すが目的の物がいつまで経っても見つからない。「あれ…?あれ!?どっ…どこにしまったかな…。」「おいおい…まさか失くしたとか言わないよな。」「お前ならやりかねねえな。」2人が茶化す中、男は必死に思い当たる箇所を探し回る。だが、青い顔をした男はその場に項垂れた。「………失くした……。」「はあッ!?」それを聞いた二人はテーブルに手を着くとガタン!と音を立てて椅子から立ち上がった。「何やってんだよ…!」「おいおいおい…勘弁しろよ…。」そう言って頭を抱える顔に傷のある男。「ほっ…ほんとに悪い…!!」「どこで落としたかは覚えてないのか?」「それが…さっぱり…。」「お前に持たせるんじゃなかったな…。」「だから俺が持つって言ったんだよ!!」はぁ~~~…とため息をつく二人に申し訳なさそうにする男。だが暫くして、顔に傷のある男が口を開いた。「…まぁいい。ただの一般人がアレを見たところで何かわからないだろう。…行先の町の名前と目的地は俺が覚えてる。あとは経由する町で聞きながら行くしかねえな。」「おっ、流石だな~!」「持つべきものは仲間だぜ~~!」「全くお前らは…。」「まぁまぁ。確かに最悪これさえありゃいいんだしな。」そう言って地図を失くした男が鞄から取り出したのは――――20cmほどの大きさの、歪な形をした黒い塊のようなもの。「おい!不用意に出すな!」「大丈夫だって。こんなの誰がわかるってんだよ!」「…しっかしこれなんなんだろうな。芸術品か何かなのか?」「さぁ…。俺も何かは知らされてない。ただ、『これを盗んで目的地まで運べ』としか言われてないからな。」「…つーか、お前に持たせてるのは不安だ。こっちに寄越せ。」「流石の俺でもこれは失くさねえよ!」「お前地図渡した時も同じこと言ってたぞ!!」
――――門を出て、暫く馬を走らせた後、ブローニャはちらりと自分の背後を見た。荷台に乗る三人は静かに、小さくなっていく王国を、ただじっと眺めていた。先程の問い。大したことのないように答えていた彼女たちだったが、その横顔が何処か寂しそうであるのは気のせいではないだろう。ブローニャは手綱を握りしめ、まだ見ぬ道の先に目を向けた。
そうして女4人の奇妙な旅が始まった。