黒く長い髪を一つに束ね、鋭い目つきでニヒルな笑みを浮かべた女性が一人。スッと背筋を伸ばし、スーツに身を包んだその女性は、名をセイドと言った。乾燥した、建物も植物も少ない広大な大地の中、男性から説明を受けながら、周囲を散策する。その周囲には、同じくスーツを着込んだ男女が数人と、現地の人であろう民族衣装に身を包んだ人々が、その光景を見つめていた。その中の偉い立場にあるのだろう、周りとは少し身なりの違う男性が、秘書と思われる男性に耳打ちをする。「アレが噂のか。」「えぇ…。――――…『宇宙人』、です。」
―――――およそ1年半前。宇宙的に見れば、それまで 『平和』 を保ってきた地球へ、突如として宇宙生物が襲来してきた。人々は初めて見る地球外生命体に戸惑ったものの、地球人類の命を守るため、ありったけの軍事力を以て抵抗をした。だが、その歴然とした力の差を埋めることは出来ず、蹂躙されていく一方だった。そんな中現れたのが彼女達だった。上空から巨大な宇宙船が飛来し、地球人の誰もが『終わりだ』と悟った時。宇宙船の中から現れた彼女達“宇宙人”8人は、地球人類を襲うでもなく、宇宙生物達を次々となぎ倒していった。地球人の軍事力では到底適わなかった相手を、彼女達はあっという間に制圧してしまった。そして全てが片付いた時、その宇宙人の中の一人――――セイドは、宇宙生物の襲撃の中心地―――日本において、地球人に対し流暢な日本語で告げた。「到着が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。我々は、『宇宙統括本部所属』の『特殊防衛部隊』と申します。あなた方を保護しに参りました。」そしてどこか胡散臭さのある、あの怪しげな笑みを浮かべる。「我々はあなた方と争うつもりはありません。―――是非とも、友好関係を結びましょう。」
『宇宙統括本部』とは、地球外人類達により構成された大規模組織なのだという。彼女達はその中の『特殊防衛部隊』に所属しているという。今回のように、宇宙生物やその他外的要因といった脅威から、宇宙人類を保護するために各地を巡っている防衛組織の一員だというのだ。「あなた方は“見つかってしまった”のです。この宇宙に。あの化け物がその証拠です。」彼女達の話では、太陽系外に存在する、『亜空間』と呼ばれる空間が、現在のこの状況を生み出している原因になっているというのだ。「『亜空間』とは、通常の物理法則が適用されない特異な空間を指します。この空間は、大きさや範囲等について、長い時間をかけて大規模な周期で変動を繰り返している。」『亜空間』には水流のような“流れ”があり、特殊な環境のため、超高速で宇宙空間内を移動できるというメリットがある。そのため、宇宙空間内に存在している生物が、その亜空間を通って流されてきたり、宇宙人類が長距離移動をする際に利用するのだという。「現在の宇宙構造において、確認できる限り、複数の『亜空間』の経路の行き先がこの太陽系に集中してしまっている。あなた方にわかりやすい言葉で説明すると、亜空間が道路だとすれば、太陽系は言わば“交差点”のような立ち位置になってしまっています。」そのせいで、宇宙生物や宇宙人類が意図せず、もしくは意図的に流れ着いてしまう可能性が高いのだという。例えば移住先を探している者、寄生先を探している者、食料や資源を求めている者、等だ。「今回のあの宇宙生物はおそらく“移住”が目的でしょうね。そこも含めて、現在うちの生物研究班が調査を進めています。」冷静に告げるセイドに対して、とある男性が問いかける。「見つかってしまった―――…とは?」その言葉に、セイドは真面目な表情になる。「まず既存の亜空間のルートでは、これまでは宇宙構造的にこの太陽系に辿り着くのは困難でした。また、我々宇宙人類や宇宙生物が主に活動を広げている範囲からは距離もあったため、我々もこの辺り一帯のエリアにおいては調査を進めることが出来ず、生命体が生息できる環境の星について観測が出来なかった。…だが今は違う。我々も調査をしている中で、たまたまこの付近へ繋がる亜空間を通過して、太陽系を観測しました。おそらく私達よりも先に太陽系の存在に気づいた者達もいるでしょう。…宇宙の情報網は届くのが早い。ここに太陽系が存在し、地球が存在するということが、既に知れ渡ってしまっている。だからこそ、先日の宇宙生物が現れた。あなた方の住む「地球」は、豊かな大地と特殊な大気構成に、豊富な資源、しかもこれだけの人類含めた多種多様な生物が多数生息している。宇宙から見れば恰好の“標的”です。」セイドの話を聞いていた各国の重鎮たちは息を飲むようにして、戸惑いを見せるばかりだった。その様子を見て、セイドは再び笑みを浮かべた。「突然の話で混乱するのも無理はありません。私もこれまで数々の星を巡ってきましたが、惑星外の生命体に遭遇したことがある人類自体、珍しいですから。そもそも宇宙から見て、知的生命体がいる惑星の割合等、0.01%に満たないのです。更にその中でも人類がいる割合は、もっと少ない。」そして本題だと言わんばかりに、地球人類達へ真正面から向かい合う。「今後もあのような脅威がこの地球を襲ってくるでしょう。もしかしたら銃やミサイルなんて効かない宇宙生物かもしれないし、高度文明と高い軍事力を持った他の人類かもしれない。我々宇宙人類も一枚岩ではありませんからね。あなた方の言う、“海賊”や“山賊”などと言った“賊”も数多くいますし、我々『宇宙統括本部』とは別の組織も存在する。…申し訳ないが、あなた方の軍事力や技術力は、宇宙的に見ると“低層”レベルだ。」最後の一言で緊張が走った。探るような目つきでその様子を見た途端、セイドは笑みを深めた。安心させるように、だがどこか、裏がありそうな顔で。「ご安心ください。そのために我々が来たのですから。」そして自信満々に言ってのける。「我々は強いですよ。」
―――――その後も各国から様々な意見が出て、人々の間でも事態は混乱を極めた。だがその間にも、セイド達が地球を襲撃する宇宙生物を始末したり、彼女達が持つ技術や情報を地球人類側へ提供することで、紆余曲折はあったものの、徐々に協力関係を築いて行っていた。それでも、未だ納得の行っていない国や人々は存在している。セイド達からの情報共有や技術支援に対し、地球側の情報も提供する動きがあった際には、反発のデモ運動も行われた。1年半という、長いようで短い期間の中で、地球人は未だセイド達への不信感は拭えずにいた。
―――――時を戻して、現在。偉い立場にあるのだろう男性は、訝し気にセイドを見つめる。彼自体は彼女達を間近で見るのは初めてだった。見れば見るほどただの“女性のヒト”で、とても宇宙人とは思えない。「そもそもなんで宇宙人がスーツなんか着こんでるんだ。」「それは…何やら我々地球人の、『When in Rome, do as the Romans do』や、『郷に入りては郷に従え』と言う言葉を参考にしたようですね。彼女達なりの“正装”で、“友好の証”なのでしょう。元は別の衣服を着用していたようですが。」「我々の言語は何故話せるんだ。」「彼女達の人類は知能指数が高いようで、他民族の言語もすぐに習得できてしまうらしいですよ。」「……」今もセイドは英語で会話をしている。セイドは今回、この辺りで採掘できる資源の確認や、エネルギー問題、インフラ整備等、多岐にわたる内容について情報収集に訪れていた。「…宇宙人が何故我々のエネルギーやインフラ等を気にする必要がある。」「信用させるためではないでしょうか。それか我々地球人に対して、高度な文明があることをひけらかして、自分達の優位性を誇示したいとか。」「…そうして我々の地球資源の奪取や、地球そのものを乗っ取ろうという気じゃあるまいな。」「…中には、そういう意見もあります。過去に彼女達から、『レアメタル等の鉱物は宇宙的に見ても稀少だ』という発言もありましたからね…。」その発言に、男性は自らの内に広がる疑惑に対して確信を深める。「…本当に、あんな得体の知れない奴らに地球の防衛を任せてもいいのか…?」そうして秘書と二人、更に怪訝な顔でセイドを見つめる。その時、セイドが話の途中で何かの気配に気づいたように振り返った。直後、あたりに地鳴りが響き渡る。「な…っ…なんだ!?」周囲の人々は動揺し、慌てふためく。だがセイドは落ち着きながら、ある一点を見つめていた。そして。「!!」セイドが見つめた先の地面を割って、奇怪な生物が現れた。まるで“エイリアン”のような風貌だ。地球の生物で言うと、メンダコに近い。体長は5Mほどあるだろうか。「…あぁ。なるほど。」セイドは驚くことなく、いつもの笑みを浮かべながら冷静にその生物を見つめる。そして手に持っていた武器に手をかける。「うちの生物研究班が、このあたりに宇宙生物が潜んでいる可能性が高いと推測していましてね。まさかビンゴとは思わなかった。」そして慣れたように宇宙生物に対し視線誘導をかけながら、自分の背後に人が立たない方角へ歩いて、移動していくセイド。「皆さんはすぐ避難してください。何か投擲や範囲攻撃をしてくる可能性もあるので、建物の陰に隠れるなり、用意していただいた防衛盾を使うなりしてください。」そう言って一定の位置まで移動すると、今度は宇宙生物に向かって歩き出した。すると、宇宙生物はその頭の触手のようなものを2本、セイドに向かって掲げると、その触手の先端付近で青白い光を発する。すると直後、高速の鋭いビームのような線となって、その光の線はセイドに向かって放たれた。セイドは顔を反らして、それをなんてことなく避ける。セイドの背後では、ビームが当たった木がその幹に穴を開けて倒れ込む様子が見えた。その後も宇宙生物がビームを数度発射するが、セイドはまっすぐその宇宙生物を見つめたまま、敵に向かって歩きながら、体を若干ずらしたり、屈んだりすることで避けていく。すると今度は宇宙生物は口から何かを飛ばしてきた。それをセイドは、手に持った武器で弾き飛ばす。「…鉱物か。」そして宇宙生物はビームや鉱物を次々と放つが、セイドはそれらを全て避けて、弾き飛ばしていった。宇宙生物まであと数十M、というところで、宇宙生物にそれ以外の手立て無しだと判断したためか、セイドは徐に高速でダッシュして一気に敵に距離を詰めた。攻撃を避けながら高速で宇宙生物の脇に回り込む。そして、地面を滑りながら方向を反転すると、すぐさま宇宙生物に斬りかかった。素早い動きで、宇宙生物が抵抗する間もなく、触手や体が切り裂かれる。あっという間の幕切れだった。その一連の様子を、遠く離れた場所から隠れてみ守る人々。例の身なりの良い男性の脳裏に、先ほどここに来る前、秘書と会話した内容が蘇る。『ところで、何故彼女は一人で行動しているんだ。仲間の秘書などはいないのか。』『例の部隊の中では彼女がトップらしく、主に外交を担当されているようです。知能が高く、情報や技術といった面にも造詣が深いので、同じ部隊の研究班や調査班、技術班といった方々とも対等にやり取りができるとか。…相当優秀のようですよ。そもそも彼女が本来属しているのは、“戦闘班”で、有事の際の対応も問題が無いという話です。』――――「…」隣に潜む秘書を見ると、が戦慄したような表情で呟いた。「…そういえば、嘘か誠か真偽は不明ですが…彼女達は銀河の中を見ても相当な手練れのようで、銀河中に名を轟かせている、なんて話もあるみたいですよ。とある恒星系の争いをたった8人で制圧したとか、宇宙海賊を解体させただとか、そういう逸話もあるみたいです。」宇宙生物から浴びた血を拭いながら、セイドがこちらに向かって歩いてくる。その様はまるで、修羅のよう。この脅威が自分達に向いたのなら、と考えると背筋が凍るようだ。絶対的強者。セイドは笑みを浮かべて人々へ話しかける。「このような事態が発生するから、ここに探査機を置きたい、という話をしていたんです。ご理解いただけましたか?」人々は呆けたまま、セイドを見つめていた。だがその内の一人が、セイドに向かって問いかける。「い…今の1体だけでしょうか…?」その問いにセイドは快く答える。「おそらく。でももしかしたら、まだ他にもいる可能性はあります。」その言葉にきょろきょろとあたりを見回す人々。「後で研究班を派遣させます。推測するに、地下を掘り進めながら徘徊し、特定の鉱物を主食にしてあそこまで成長したのでしょう。あの生物が吐き出した鉱物の鉱床がわかれば、奴らの行動範囲もわかるかもしれません。」その言葉で、一人が慌てて鉱物を拾いに行った。それを眺めながらセイドは続ける。「地球到達時点では、もっと体躯が小さかったのかもしれませんね。だからこそ発見が遅れた。だが、今後探査機の精度を上げれば、それさえも探知できる可能性が上がる。我々も研究を進めています。」そして再び振り返り、笑った。「今後も何卒、ご協力をお願いしたい。」その目は鋭く、まるで捕食者のようであった。
文明も、戦闘力も、彼女達は地球人よりもはるかに上だということを思い知らされた。身なりの良い男性は、冷や汗をかきながら独り言のようにぽつりと秘書に話しかけた。「抵抗しようにも、今の我々に手立てはないのかもしれないな…。」「…今は、大人しく言うことを聞く他ありませんね…。」
セイドは仕事を終えて、仲間達が停泊する日本へと帰還していた。セイドは小型宇宙船を出て、歩き出す。周りには山脈が広がっているが、彼女が歩く土地一帯だけは平地にならされていた。かつて都市開発のために確保された土地だったが、計画が頓挫して国が借り上げたのだ。そしてセイドが足を踏み入れたのは、東京ドーム1個分よりも大きいであろう巨大宇宙船。これが彼女達が“基地”としている場所であった。船の中に入り、白い無機質な室内を歩いて行く。すれ違う船員たちが次々と声をかけてくる。「セイド!お帰り!」「今回はまた随分と出かけてたな。」それにセイドも応えながら歩みを進めていく。やがて彼女達の居住エリアへと入り込むと、いつもの憩いスペースへと辿り着いた。「久しぶりだな。」セイドはソファでくつろぐ仲間達へと声をかけた。皆、声に気づいて振り返る。「セイドさん!おかえりなさい!!」「うわっ、本物のセイドじゃない!」「ほんとよ。こんなに会わなかったの久々じゃない?」「何週間ぶりだよ。」久しぶりに会った仲間を皆が出迎える。「ただいま。長期間空けてしまってすまなかった。それにしても勢ぞろいだな。」「お前がいないから一度会議やっておくか?って丁度話してたんだよ。」「そうか。色々と対応もしてくれたみたいだな。ありがとう。」「気にするな。」「そっちの方が大変だったでしょう?」「一度帰ってくりゃ良かっただろ。」「燃料も無限じゃないんだ。それに、“公共交通機関”とか、“ホテル”とかも割と気に入ってる。」「ほんとセイドよね…。」そんな中、ヤオロアが淡々としたトーンで声をかける。「大丈夫か。」その意図する内容を察してセイドが答える。「あぁ。若干の疲労はあるがそこまでじゃない。暫くはここを拠点に活動をする。」「そうか。」「ねぇセイド、ルイボスティー飲まない?」「あぁ。丁度私もアフリカの南の方にも行って来たんだ。美味しいよな。」「あんたもまた!」「そうよね!やっぱりセイドはわかってくれるわね!」その時、どたどたと走る足音が聞こえてきた。「セイドさんが帰って来たって聞いたんですけど!!?!?」現れたのはケォンだった。「ケォン、遅くなってすまなかった。この前は連絡ありがとう。」セイドを見て目を見開くケォン。「本物のセイドさんだ!!!せ…ッ…会いたかったです…!!久々に会えてうれしいです!!!しかもありがとうって…!!!」「コーフンしてんじゃないわよ。」「落ち着けよ。」「相変わらずお綺麗ですね!!!」「うるせぇ。」「あまりに興奮しすぎて混乱してるな…。」するとはっと何かを思い出したケォン。「そうだセイドさん!!報告したいことが!!」その時、廊下の向こうからぞろぞろと人が現れた。調査班主任「ちょっと待って!私が先よ。」博士「待っていたぞ、セイド。例の宇宙生物の件についてだが…。」セイドの帰還を心待ちにしていたのは彼女達だけではなかった。セイドは皆の話を聞きながら、その優先順位を考えていた。そしてケォンに申し訳なさそうに振り返る。「すまないな、ケォン。後で時間は作る。」「うぅっ…仕方ないですね…。」ケォンの仕方ない、とばかりの悲しそうな顔に苦笑いを浮かべるセイドだった。
―――――憩いスペースには、セイドとムエラ、そして主任と助手、博士だけが残っていた。セイドとムエラは主任と博士に渡された書類に目を通していた。「各地の地質調査の結果が出たわ。…見てもらえるとわかる通り、この星も…。」その言葉を聞きながら書類の上に視線を滑らせるセイド。やがて該当の記載個所を見つけたのか、セイドの目が鋭く細められると、ゆっくりと閉じられた。「…そうか。」そして前のめりになっていた体を起こす。「…先日の視察で、アフリカにも探査機が置けそうだ。」「それは…例の宇宙生物か?」博士からの問いにセイドは笑みを浮かべる。「あぁ。全く良いタイミングで現れてくれたものだ。おかげで話がスムーズに進んだ。」「そういえば、そいつの研究結果も出たぞ。」そう言って新たに書類を手渡す博士。セイドが受け取ると、ムエラもそれを覗き込む。「遺伝子配列や分子構造から考えるに、奴らはおそらく“人工的に培養された生物”だな。」「!」「1匹だけ、“意図的に送り込まれた”んだろう。」「…」そうしてその後も溜まっていた分の情報共有が行われた。
数時間に渡る共有を終えると、皆解散とばかりに立ち上がった。ふと博士がセイドに問いかける。「ところで毎度のことだが、きちんと虫よけなどはしたんだろうな。」「勿論だ。博士の言いつけはきちんと守ってる。」「頼むぞ。この星の生態系を崩したくはないからな。」「わかってる。…私も、悪影響は及ぼしたくないからな。」そう言ってセイドは、スーツの上着を脱ぐのだった。