4月初め


「はい、秋津です。」瑞穂の母が家の固定電話に出ると、電話口から若い男の声がした。『こんにちは。突然で申し訳ないんですが、そちらのお嬢さんのお友達に、変なコスプレした人がいらっしゃいますよね?』「え、あ、…?」「大変恐縮ですが、その方に代わっていただけますか?」「はぁ…あの、どちら様ですか?」「代わっていただければわかります。」
――――「大和ちゃん、なんか変な人から電話来てるわよ?」「私にですか?」「えぇ。」「何?あんた知り合いいたの?」「…。」
――――「誰だ。」「初めまして。突然ですまなかったね。そうだね、何と言ったらいいか―――…。…僕は、アメリカの守護者だ。」「――!」大和が目を見開き、驚愕する。「…なんでここがわかった。」その声色は険しい。『僕のターゲットが情報通でね。ちょっと調べたらすぐにわかったよ。なんせ、人間っていう生き物は、自分達とは別の、異質な人間を発見すると、やたらと見世物にしたがる。特にマスメディアが発達していると、すぐに広まってしまうよね。個人情報どうこう言ってるくせに、だ。自分たちの弱点をひけらかすようなものなのに。』「…それで。何の用だ。」『ちょっとお誘いにね。』「誘い、だと?」『同じ立場にある者同士、互いに助け合おうじゃないか。』「…何のつもりだ?」訝し気に問いただす大和。男の意図を探る。『簡単な話さ。各国のターゲットと守護者達で集まって身を固めるんだ。どの国のターゲットが生きているか確認もとれるし、対策を話し合い、協力し合うこともできるだろう。』ちらっと横目で、盗み聞きをしている瑞穂を見る。「≪安全策とは言えないな。私は賛成できない。≫」『ここにきての英語…。もしかして、家の人に聞かれるのはまずいのかな。あまり詳しい話はターゲットにしていない、とかかい?』「≪…おかしいな。話すことは出来ない筈だが?≫」『口から話せなくとも、ある程度感づかせることくらいはできるさ。それは禁止事項じゃあないだろ?』「…」『…で?反対する訳はなんだい?』「≪…集まったやつらの中に、不穏なことを企む連中がいるかもしれない。そうでなくとも、何かあった時にまとめて死んだら元も子もないしな。“代表者”たちが情報を正確に把握できていない今、不特定多数の人間が集まって顔を合わせるなんてのは危険すぎる。…それに、現実的に考えて、期限が終わるまで同じ場所でじっとしているわけにもいかないだろう。安全な筈がない。…定期的に移動したり、会うとしても、不用意に移動を繰り返せば事故やら何やらに遭う確率が高まるだけだ。…それに、それはこちらが島国だってことを理解して言ってるのか、アメリカ人≫」『当然だろ、日本人。』「≪断る≫」『…』「≪移動手段は飛行機か船しかない。死にに行くようなもんだ。例え行けるとしても、私が行かせない。うちのターゲットは貧弱だしな。≫」『…日本国内にいるほうが安全だ、と?』「≪当然だ≫」大和のはっきりとした回答に、電話越しでも男が肩を竦める様子がわかる。『…わかったよ。これ以上説得しようとしても無駄なようだ。残念だが、君たちを参加させるのは諦める。そもそも、そんな強制はするつもりもなかったしね。』「…」『お互い、長生きをするといいな。』「あぁ。」『幸運を祈ってるよ。』「お互いにな。」
――――「…何の電話だったの?」 大和が受話器を置いたのを見計らって、瑞穂が問いかけた。「…なんでもない」 答えはいつもと同じだった。
――――数日後の平日の朝、テレビのニュースで、チャーター機が大勢を乗せたまま行方不明になったニュースが流れた。「やっぱ飛行機って怖いわー…。」歯磨きしながらつぶやく瑞穂に、「…そうだな…。」大和が重々しくつぶやいた。春休みも終わって、新学期が始まる。