4月上旬


並んで登校日。「…なんか、変な感じ。あんたと並んで登校する日が来るなんて。」「私もだ。――…ここまででいいだろう。」学校の近くまで来た時、大和が立ち止まって言った。「学校の連中に見られると面倒だろう。まして、学校の中までついていくわけにはいかないからな。…心配するな、そんなに遠くまではいかない。」こいつはそうやって今までも、私のために気遣ってくれてたんだ。「…別に、心配してないし。」「そうか。それじゃあ、私は行く。」「ちょっと!」「なんだ。」「……いってきます。」なんだそれ、って感じできょとんとした大和だったけれど、微かに笑ってくれた。「いってらっしゃい」。
――――今日の3限目、女子は体育館でバレーボールだ。他のクラスの子と一緒に、コートの準備に取り掛かる。倉庫からネットを運び出し、ポールの傍へ。端っこを持って、もう片方のポールへ向かっている時だった。突然、私を呼ぶ声が体育館の中に響き渡る。「瑞穂!!!」叫ばれた時、何がなんだかわからなかった。その子の方を見た時、周りの子達は皆、上を見ていた。私が腕を引かれて反転させられ――――誰かの胸に抱きとめられた瞬間。体育館に似つかわしくない、重量感のある鈍い音と、何かが割れる耳を刺すような音が、この空間全体に反響した。音が収まると、私はゆっくりと目を開き、体を傾けて音のした場所を覗き込んだ。そこには、ガラスの破片をまき散らせた、ひしゃげた照明があった。今さっきまで、私が立っていた場所。ぞっとして目の前にあった何かに縋り付く。――――そこで、はたと気づいた。もうすっかり慣れたことなので私自身全く違和感がなかったが…私はちらりとやや上を見上げる。…大和だ。また、私を助けてくれた。本当良い奴だな。でも、なんとなく「どうしよう」的な雰囲気を醸し出してる。わかるよ。私も今、同じ気持ちだもん。…どうしよう。「…取り敢えず私は行く。お前は無関係を装え。わかったな。」そう小声で言うと、いつものように私から離れ、さっさといなくなってしまった。大和の壁がなくなって気づいた。皆、こっち見てる。二つ同時に起きた衝撃に、脳が追いつかないのだろう。…ここは先手を打つか。「や、…やぁー、助かった…けど、あの人なんだったんだろうなー。いきなり入ってきて、恰好は、ど、どう見たって、不審者だったなー。ねぇ、皆?」大丈夫。今のあれで、私とあいつに関係があるなんて、私が否定さえすれば誰も思わない。クラスの子達の第一声に耳を澄ませていると、予想の斜め上の発言が出た。「…何あれ…超かっこいい…。」「・・・・・・・は?」
――――「照明が落下する瞬間、どこからともなく現れて、瑞穂のこと身を挺して守ったんだよ!?」「怪我してなかったかな…大丈夫だったかな…。」「確かに恰好はなんか変だったけど…すごいかっこよかったよね!!」教室でさっきあった出来事を話しながら、きゃいきゃいと騒ぐ女子たち。その様を見て、なんだか微妙な気持ちになる。うちの両親といい、この子らといい…皆の感覚がおかしいのか、私の警戒心が強すぎるだけなのか。あの光景を、「かっこいい」の一言で片づけるのかあんたらは!?「皆、あんたみたいに深くは考えないのよ。」「そうなの!?アレが普通!?私が変なの!?私だけ!?」まぁ、それなら特に怪しまれる心配をせずに済むってもんか…。と気楽に考えられるのだと思ってた。――――「それにしても、あの人、瑞穂とどういう関係なんだろうね。」「実はさ、あたし朝見かけたんだよね、あの人。」「嘘っ!どこで?」「学校の近く。途中まで瑞穂と一緒に来てたみたい。」「…」そんな会話があるとは露知らず。
――――「ねぇ!!瑞穂あの人とどういう関係!?」「はぁ?」「あんたがあの人と一緒に歩いてたの見たって人いるんだけど!」うわ…なんかめんどくさいことになってきた…。「アレはただの…」なんて言ったら?姉?親戚の人?友達?―――少なくとも、”ストーカー”ではなくなったことは確かだった。なんて答えようか迷っている中。目の前のクラスメイト達は勝手に盛り上がり…「あれじゃない!?ボディーガードとか!」「確かにそんな雰囲気あった!」「もしかして瑞穂ってお金持ち!?」なんかこれはもう、なんて言っても肯定に取られそうだ。なんだかめんどくさくなって、「あー……、そんなとこ。」と答えたら「やっぱりー!!」と更に盛り上がっていた。
――――「なんか、すごい人気だね。」少し遠くからその様子を眺めている陽葉。そして―――「勘弁しろ。」呆れた様子でそれを眺めている大和。「でも…確かにかっこよかったよ、さっきの大和。…ううん、この前も、身を挺して瑞穂を守った姿、すごくかっこよかった。」「やめてくれ。」「…なんか、悔しいなぁ。」その陽葉の呟きに、陽葉の方へ振り向く大和。「…瑞穂が、知らない間に、いつの間にか危ない目に遭ってて…いつの間にか知らない誰かに助けられてて…。…私は、それに気づけなかった…。…ううん、ちゃんと知ろうとしなかった。その上、何も出来なかった。――親友として、失格だよ。」1月頃から瑞穂の身の回りの話は少し聞いていたが、まさかそこまでのことに巻き込まれていたなんて。落ち込む陽葉の様子に、思わず「それは…、」大和はフォローしようと口を開くが、現状、明確に説明できる事柄が無いため、続ける言葉が出なかった。代わりの言葉を続ける。「…瑞穂から、お前と清香の話は聞いてる。」「!」「昔、お前が瑞穂の助太刀に駆けつけてやったこと。清香の笑顔を引き出してやったこと。…あの二人は、お前のおかげで今ああして笑っていられる。…危険な状況に身を置かれようとも、私のような不審者につけられようと、瑞穂が笑顔でいられているのは、お前と清香がいつも傍にいたからじゃないかと私は思う。」「…!」瑞穂の相談に乗ったり、愚痴を聞いたり、何かあれば瑞穂の味方でいて。この3か月、3人の様子を見ていて、この3人の絆は強固なものであると感じた。瑞穂にとって、2人は必要不可欠な存在であるとも。「…ふはっ、不審者って…。自分で言う?」「まぁ事実だからな。」「…ふふ、そうなんだ。」「…私には、瑞穂の親友をやれるのはお前達くらいだと思うぞ。…あいつ、めんどくさいしな。」「…あははっ!それはそうかも。」笑って、目線の先の瑞穂を見る。第三者の目からしか見られない光景だってある。「…私はこれまで、結局人間とは、一人で生きるものだと思っていた。だが、お前達三人を見ていると、やはり人は助け合って生きるものなんだとよくわかる。」「…買いかぶり過ぎだよ。私じゃなくても、あの二人なら…。」「それでも、あの二人がお前に感謝し、慕っているのは事実だ。…ずっと一緒にいるんだろ。」「…」「もっと自信を持っていい。お前は、守りたい者をちゃんと守れている。―――…今、瑞穂に起きていることについては…今は、うまく説明できないが…。…きっと、その内話す。」「!」そういうことを言うからきっと、と、陽葉は大和のその誠実な人柄を心で理解した。「瑞穂のことは、私に任せろ。」意思表示のように、陽葉に宣言する大和。―――…大和は、少し不思議な雰囲気を纏う人物ではあるものの、瑞穂の言うように「悪い人」ではないんだろう。そう、改めて感じた陽葉。何より彼女には、“思いやり”の気持ちがある。瑞穂にだけじゃない、周りにいる私達にさえも。彼女は、何者なんだろう。
「――…うん。“親友”を、よろしくね。」いつか話してくれるその時まで、私も瑞穂と同じに、彼女を信じてみよう。…そう思えた。