「旅行、…ですか?」「そうよ。」にこにことした瑞穂の両親からの唐突な提案。「いや、しかし私は…、」一緒に暮らしているとはいえ、家族ではない私が――そう言おうとした時。「大和くんはもううちの家族みたいなものなんだから、遠慮しないでくれ。それに、大勢の方が楽しいだろ?」「そうよ。私達からしたら娘みたいなものなんだから。」そう立て続けに二人に言われて、なんだか照れくさい。…全く、この両親は。本当にドがつくほどのお人よしだ。こんな、得体の知れない女を娘のように思ってくれるだなんて。―――…おこがましいかもしれないが、親がいたらこんな感じなのかと、少し思ってしまう。それだけこの二人は包み込むような暖かさだとか優しさを持っている。―――…どの道、瑞穂を守る為には付いていかねばならない。だから、私はその誘いに、黙って首を縦に振った。ぱあっと笑顔になる二人。…その気持ちが、とにかく嬉しかった。「4日は、豊里が友達と遊ぶ約束があるっていうから、2-3日で行きましょうね!」――最近、豊里は仲の良い友達が出来たようで、よく遊びにいっているようだ。どうやら学校で上手くやれてるようで何よりだ。彼女の変化の変遷を見ていた身としては、その事実が自分のことのように嬉しく、私を安堵させた。
車で行くことになったため、「私が運転しましょうか。」と提案したが瑞穂に「あんた免許持ってないでしょ。万が一確認されたら、お父さんとお母さんまで罰則受けるじゃない。」と言われ、却下された。そのため、お父さんには私が何かを察知した時はすぐに、指示に従ってもらうようお願いをした。運転手がお父さん、助手席にお母さん、そして後部座席に、瑞穂、私、豊里、という座り順だ。車の中で、最近の出来事や、流行っていること、ハマっていること、テレビの話題、―――いつもだとじっくりと話さないような内容をたくさん話した。途中、高速道路上で逆走車が走ってきたため、ハンドルを切って事なきを得た。「マジでいんのね…。」等、皆肝が冷えたという。―――そうこうしている内に、足利フラワーパークとやらに辿り着いた。どうやら藤の花が有名な庭園らしい。入場するや否や、瑞穂はぱあっと笑顔を咲かせ、花園へ駆け寄った。「わぁ~~っ!!すごい!見てあれ!」その瑞穂の反応に、思わず噴き出す。「!!…何よ。」「いや…子供みたいだなと思って。」「!!うっ…うるさいなぁ!!」「拗ねるなよ。」「拗ねてないし。」「別にけなしたつもりはないぞ。綺麗なものに心から感動して、素直にそうだと言えるのは良いことだ。」「…」「たとえそれが普段から大人ぶってる奴だとしてもな。」「畜生!!」瑞穂が拗ねて先に歩き出す。「怒るなよ。」「だったらそうやって笑うのやめなさいよっ!!」「ほらほら、怒らないの。ね、皆で写真撮りましょう。」「じゃあ私が。」「何言ってんの、皆で撮るんだから!――あ、すみませーん!」撮影を申し出た私を押しのけて、豊里は近くを通り過ぎたご婦人に声をかけた。―――そういえば、修学旅行の時も陽葉達に写真に撮られてたな。彼女達にとってはなんてことないことだろうが、…それが、友達や家族の一員として認められている証のような気がして…―――少しくすぐったかった。
――――その後も、花を観賞したり、写真を撮ったり、お昼ご飯やソフトクリームを食べたりして、一通り園を見て回った。花に見とれる人間達を見ていて、やはり人は自然と共にありたいんだなと感じた。その後はまた車移動をし、足利学校へと到着した。豊里「学校とか見て何が楽しいの?」瑞穂「ただの学校じゃん…」大和「何言ってるんだお前ら。日本最古の学校だぞ。価値のある建造物なんだからな。」父「大和くん、わかっているな。君も古い物に関心があるのかい?」大和「そうですね、大変興味深いです。お父さんもですか?」父「ぼくも学生の頃からこういうのが好きでね…。」…瑞穂「あー…これ長くなるやつだ。」母「近くに売店があれば何か買ってきましょうか。」豊里「食べたい!」瑞穂「行こ行こ!」大和「おい、あまり遠くに行くなよ。」瑞穂「はいはい、わかってるって~。」豊里「ふふ、…大和、瑞穂の飼い主みたい。」瑞穂「誰が犬だって!?」母「瑞穂はどっちかと言うと猫ちゃんかしらね♡」瑞穂「そういう問題じゃ――…ん?なんで猫なの。」豊里「調子いいとことか。」母「素直じゃないところかな♡」瑞穂「私素直じゃん!」豊里「自分で言うかなー。」結局瑞穂と豊里はその後も興味を示さず、ただなんとなく見て回るだけだった。…お前ら、そんなんだから学校の成績良くならないんだぞ。と思いつつ、その場を後にした。
――――「…八雲神社…」「どうしたの、大和?」「…ここは、何の神を祀ってるんだ。」「素盞嗚尊(すさのおのみこと)…だってさ。」私の問いかけに、豊里が看板を見ながら答える。お参りをしようと歩き出す秋津家には付いていかず、足を止めたままにする。「大和―?お賽銭しないの?」「…私はいい。ここで待ってる。」「え?何?宗教上の理由…的な?」「そんなところだ。」「ふーん…」「じゃあ、すぐ戻ってくるから。ちょっと待っててね。」お母さんに促され歩き出した瑞穂。こちらを気にしているようだが、気づかないフリをした。
――――今日最後に訪れた「渡良瀬橋」は、お母さんの好きな曲のモデルになった橋だそうで。家族みんなで、川沿いを歩いていた。「お母さんよく聞いてるよね。私も結構好きだよ。知ってる?大和」「『渡良瀬~橋で~見る~夕陽を~♪』」瑞穂と豊里が二人並んで歩きながら機嫌よく歌いだす。…そんな二人の様子に、まだ子供なのだと改めて感じさせられる。「お母さんが個人的に見に行きたかったのよ。」「あの時のお父さんったら本当に素敵で…取られちゃうんじゃないかってひやひやしたものだわ…。」「こらこら、子供の前でやめなさい。まぁ、母さんも。」「子供の前でマジやめて。」「あ、ほら!アレだよ、渡良瀬橋!」そう言って豊里が指を指す方向には、その渡良瀬橋が。「うわぁー!!―――…って、なんか普通だね…。」「あはは…、まぁ、よくある橋だね…。でもほら、ご覧。」ちょうど夕陽がさす時間帯だった。夕陽に照らされた橋は、どこか幻想的な雰囲気がある。「―――歌の通りね…。」どこか感慨深げなお母さん。そのまま暫く、黙って5人でその光景を眺めていた。夕陽が、焼けるように赤い。ふと、一陣の風が吹いた。あたりは草が一面に生い茂っており、さわさわと音を立てて匂いを届ける。思わず目を閉じると、涼しい風に、初夏の空気を感じた。目を開けると、蝶がいる!とはしゃぐ姉妹に、昔の思い出話に花を咲かせる夫婦の姿が。「(あぁ、私は―――…)」改めて思った。私は、この家族が、この景色が、好きだ。
――――「温泉はいらないの!?」温泉旅館に着き、ご飯を食べて部屋に戻った後だった。さて、温泉に入ろうといそいそと準備する秋津姉妹が、何も準備をしない私を咎めた。「何かあったらどうするつもりだ。」「…あのねぇ…。旅館のお風呂で事故にあった人なんて聞いたことある!?」「…それもそうだが…。」そのまま強制的に風呂へ連行された。「でっ…!!」「…なんだ。」「…お、大きいとは思ってたけど、ここまでとは…!」余計なところは見なくていい。二人の視線に構わず、服を脱いだ。
――――豊里「まだ入んの~?…私上がる。先部屋戻ってるからねー。」「えー?早くない!?」長風呂が苦手な豊里は少し入ってさっさと出て行ってしまった。豊里を見送ると、露天風呂にいる大和のところへと向かう。硝子戸の重い扉を開けると、顔を赤くしてぼうっと外を眺める大和の姿があった。あいつ、今本当に私に気を配ってるのかな?と思ってしまうくらいには気が抜けているように見える。だってこっちにも振り返らない。でも、そうだったとしたら何より。大和にはいつも私のために気を張ってもらっているのだから、こういう時くらい心も体も休めてゆっくりしていてほしい。――…それにしても、いつもの服を身につけていない大和は、こうして見ると本当に、ただの普通の女性だ。後姿なんて絵になるくらい綺麗だし。…人間にしか、見えないんだけどなあ。結局、未だに大和の素性とかはわからないまま。この4ヶ月でわかったことと言えば、大和の性格とか、人間ではない、ってことくらい。大和がどうして私を守ってくれているのかもわかってないんだ。そう、もう4ヶ月経つ。今までなんとなく過ごしてきたものの…果たしてこのままでいいんだろうか?何かあるとしても、自発的に何か起こさなくてもいいんだろうか。大和になにか役目があるように、私にもできることがあるんじゃないだろうか。たまに、疑問に思う。…でも、“あの”大和が何も言わないってことは、きっと大丈夫なんだろう。結構あんな感じでのんびりしてるし。必要があれば言ってくれるだろう。私を守ると、真剣な眼差しで宣言してくれた大和なら。――…野暮なことを考えてしまった。今はそんなこと、どうでもいい。折角の旅行なんだから、そんなことを考えて不安になってもしょうがない。「どう?気持ち良いでしょ。」 私が入っていくと、ようやく大和が私の方を見た。「あぁ。」「入って良かったんじゃない?」大和の隣に座って、思わずドヤ顔で聞いてみる。すると、何故か返答の前に私の頬を抓む大和。「痛いんですけど!!」「…良かったが、その顔はなんか腹立つ。」「何それ酷くない!?」「…はっ、間抜け面だな。」「誰のせいよっ!!」つい声が大きくなってしまって、慌てて口を噤む。周りを確認するが、近くに人はいないようだ。一安心していると、どこか愉快そうな大和の顔に余計恥ずかしくなってきた。…修学旅行といい、旅ってのは本当に人を変えるなって実感する。「…で?どうなのよ、旅行の方は。」 取り敢えず話題を変えようと、今日一番聞きたかったことを問いかけてみた。「良かった。…楽しかった。」そう言う大和の顔には、優しい笑みが浮かんでいた。…こいつ、最近本当に素直だ。以前の大和だったら、ちょっと考えられない。「お酒でも飲んだ?」「…どういう意味だ。」ちょっとむすっとした大和。ほら、そういう顔だって、前ならしなかった。「いやだって…最近の大和、なんか前と違うんだもん。変わったっていうか…。」「…」「あ、いや、全然悪い意味じゃないのよ。寧ろ良かったなって…、」「…それは、私もそう思う。」「え?」「本来の自分でいられるようになった気がする。」どこか清々しそうな大和の横顔に、なんだか私も気分が良くなって「ふっふーん、さてはズバリ!私のおかげでしょっ!」ふざけ半分で言ってみたら、「そうだ。」と思わぬ返しが。「へっ?」「お前のおかげだな。」笑顔で言ってくる。「…ある意味、じゃないの?」「ああ。こっちは違う。」大和も、花見の時のことを思い浮かべているのだろう。「…」おちょくるでもなく、心からそう思っているかのような顔で言ってきた。…本当、変わったな。私の方もなんだか力が抜けて、ちょっと呆けた後にふっと笑う。「良かったよ。」「ん?」「大和のそういうとこが見られて。いろいろ知れて。良かった。」「…」「不審者不審者、ってそればっかり言って邪険にしてたから…ずっと悪かったなって思ってたのよ。」「…何言ってるんだ。当然だろ。実際私は不審者だった。」「あははっ!また自分で言うし!」そう笑いながら体勢を変える。「最近大和の仏頂面見なくなったしねー。」「…そんな顔した覚えはないぞ。」「してたよ!少なくとも、知り合って少しの頃はね。それに、私ばっ言われるけど、あの時のあんたのがよっぽど素直じゃなかった!」「…流石にそんなことないだろ。お前よりか?…いやいや…、」「えっ、自覚なし…?」そんな風に振り返りながら互いに笑い合っていると、ふと大和が、湯面に移る自分を見るかのように目線を落とした。「…感謝してるんだ。」「え?」「お前にも、豊里にも、両親にも。私は部外者だと言うのに、皆…分け隔てなく接してくれている。陽葉や清香だってそうだ。こんな私に、みんな…」「部外者って…。今更何言ってんのよ。あんたはもう、ほとんどうちの家族じゃない。」「!」顔を上げ、私の方を見る大和。「…少なくとも私達はそう思ってるわよ。だってもう少しで2ヶ月よ、2ヶ月!部外者なんて呼ぶ方がおかしいくらいなんだから。お父さんとお母さんなんて、あんたのこともうすっかり長女として扱ってるし、豊里はあの通り、あんたのことほんと気に入ってるしさ。だからこそ、今回の旅行も…。…私だって…――…あんたのこと、信頼してるしね。」「…瑞穂…」「勿論、陽葉と清香とかもそうよ。――…それもさ、あんたの人柄あっての皆の態度なんだからね。…感謝するのもいいけど、そこんとこもちゃんと理解しときなさいよ。」大和がそれほど受け入れられているのだと、もうただの余所者ではなく自分達の一員なのだと、はっきりと言葉で伝えてやる。こういう大事なことは、ちゃんと言葉で伝えてやらないと。「……そうか…」どこか嬉しそうに微笑む大和。だが、暫くすると、何かを思い出したようにその表情からは笑顔が消えた。再び湯面に視線を落とし、考えるような仕草をした後だった。「…瑞穂、」「ん?」呼びかけるように呟く。そして、どこか迷うように続けた。「…本当は、全て話してしまいたいんだ。でも…、」大和が、そんなことを言うなんて。その表情からは若干の苦しさが見えた。「待つよ。」「!」「待ってる。大和が話してくれるの。」まっすぐ大和の目を見つめて言う。「散々待たされたんだから。もう、これから何日何カ月待とうが一緒だよ。」「…ありがとう。」ほっとしたような様子で再び笑った。それはどこか、今の言葉に「救われた」とでも言いたげだった。初めて打ち明けてくれた大和の『気持ち』…私の答えで、その枷が少しでも外れて気が楽になれたのなら…これ以上のことはない。―――真実を話すことばかりが、「信頼に応える」ということではないのだから。現に大和は、ずっと、ずっと守ってくれている。そのままもう少し、二人で涼しい夜風にあたりながら、温泉のあたたかな空気に触れていた。
帰りの車の中、中央に座る私に寄りかかりながら眠りこける豊里と瑞穂。「…子供か。」それを呆れたような目で見つめる大和。「はは、ごめんな大和くん。」その光景をどこか暖かい目で見つめる両親。「…いつもありがとう、大和くん。」「え?」「瑞穂のことを、助けてくれているんだろう。」気づかないわけが無かった。急に痛い所を突かれたような気分になり、罪悪感が湧く。…親としては――しかも、この二人に関しては、娘が心配なことこの上ない筈だ。にも関わらず、瑞穂の身に何が起きているのか、どうして私が守っているのか、私は何者なのか、―――そんな質問を全てすっ飛ばして、ただただ感謝の気持ちを述べている。それは紛れもなく、私への信頼から来るものだった。「お二人は、…その、心配じゃないんですか。私のような奴が住み着いて…。」「はは、本当に悪い子だったらわざわざそんなこと聞かないだろう。」「何か事情があるんでしょう?」「この二人じゃなくてもいい、私達に相談してくれたっていいんだ。大和くんもまだ若いだろう。君達はもっと、大人に頼ってくれたっていいんだよ。」「…!」まさかそんなことを言われるだなんて、考えもしなかった。「手のかかる子だろうけど…これからもよろしくね。そんなこと言ったら、荷が重いかしら。」そう言って微笑み合う夫婦の様子に、自嘲の笑みが浮かぶ。―――…人間でないことを知らないとはいえ…この人たちからしたら、私もまだまだ子供なんだな…。二人の心遣いに感謝しながら、「…ありがとうございます。」と礼を述べた。…あぁ、より一層頑張らないとな。そう思わせた。