【4話】変化と気まぐれ


「私はあっちの店を見てくる。」デジャが別の店を指してブローニャに伝える。「あぁ。こっちの買い物が終わったら向かう。」そうして2人は別れた。引き続き盗人を追う道中、立ち寄った町でブローニャとデジャは買い出しに出ていた。ヘザーとチェリは荷馬車で待機中だ。ブローニャは目的の店に着くと、店頭に並んだ品々を見て吟味する。「あと必要なものは…。」考え事をした一瞬の油断が命取りだった。ブローニャが金貨を確認しようと鞄から巾着を取り出した時――――通り過ぎざまに、帽子を目深に被った若い男が、それを引っ手繰っていった。手さばきと足の速さに自信があったのか、余裕綽々と言った様子でそのまま駆け抜けていく男。「へへっ、へっへっへ、すげー重さだぜこりゃあ!!いくら入ってんだ―――、ァ!?」男が大金の持ち主を確認しようと後ろを振り返ると、般若のような顔をしたブローニャが猛スピードで追ってきているのが見えた。長いスカートを履いているとは思えないほどの勢いだ。「待てッ!!!」男は、ブローニャの見た目に反した険しい形相と荒っぽい言動に異常さを感じる。そして、冷や汗を滲ませながら袋を握り直し、走る速度を上げた。再びちらりと後ろを振り返ると、ブローニャが懐から何かを取り出し、こちらへ投げてくるのが見えた。男は慌てて体を反らして身を躱す。が、避けきれずに肩を掠めた。飛んできたそれはナイフのようだった。「(あの女ッ…!!なんてモン投げてきやがるッ!!)」躊躇なくナイフを投げたその行為と、技術の精密さ、素早さに、男はただならぬものを感じる。とはいえ、折角の大金をみすみす返すわけにもいかなかった。男は民家を曲がり、ブローニャの死角へと逃げ込む。この入り組んだ町の構造を知り尽くしてる分、地の利はこちらの方がある。曲がり角をいくつか駆使すれば、ナイフを投げる前にヤツは俺を見失う…!!経験からそう考えて、男が次の角を曲がった直後だった。突如、男の体に鋭い痛みが走る。「…ッ!?いてェ…ッ!!!」痛みの出所を確認すると、いつの間にか腕にナイフが刺さっていた。「…!?」男はその光景を見て困惑する。「(いッ…いつだ!?いつ飛んできたヤツだ!?これッ…!!)」痛みを感じた瞬間―――つまりナイフが刺さった瞬間には、自分はもう女の視界から外れ、建物の陰に入っていたはずだ。走りながら思案するが、タイミングから考えても常識では説明のつかない軌道を描いていた。瞬間移動…!?それとも、ナイフの軌道が曲がったとでもいうのか…!?「(いや…、でもまさか…そんな馬鹿な…!!)」一度冷静になって思い返す。自分が角を曲がったタイミング、女がナイフを投げたタイミング、そして自分の腕に刺さったタイミング――――もしかしたら全てがただの思い違いかもしれない。そう思い、もう一度角を曲がり、すぐさま反転して軌道を確かめようとした。―――が、「うおわッ!!?」軌道を確認する間もなく、ナイフが眼前に迫っていた。慌てて体を反らして、それを避ける。曲がり角から現れた女からチッという舌打ちが聞こえた。「(いや…待て、今のはどう考えても…、)」"壁の方から"、飛んできたように見えた。慌てて進行方向へと身を翻し、再び走り出す。「(なんなんだよ…!!なんなんだよ…ッ!?)」わけがわからない、とパニックになりながら振り返る。背後の女は、変わらぬ表情で追ってきていた。男は思わぬ事態に焦り始めていた。そんな中、ブローニャが再びナイフを取り出す。「(あいつ一体何本持ってるんだよ…!?)」いよいよまずい、と思ったその時だった。男は進行方向の先に高い石塀を見つけた。男に光が射す。にやりと笑うと、走る速度を上げて塀に近づく。勢いを落とすことなく、男はその傍に積み重なる木箱に足をかけ――――飛び越えた。塀の向こう側へ着地した時、背後で木箱の崩れる音がした。日ごろ鍛えている男の身体能力ならば、わけのないことだった。「(よっしゃ!!これで時間が稼げる!)」そう思って、体を立ち上がらせようとした時だった。「ッ!!?」今度は、肩に痛みが走った。やはりナイフだ。ナイフが、肩に突き刺さっている。「はあああああッ!?あ…ッ、あり得ねえだろッ!!なっ…なんで、」想定外の場所から襲ってきた痛み。そして、これで逃げ切れる、という自信を崩されたことで、男は思わず足を止めてしまった。膝をついた拍子に、手にしていた巾着が地面に落ち、ガチャリと重く鈍い音を立てる。男はしゃがみ込み、傷口に刺さったナイフへ手を伸ばしながら、痛みに耐えた。背後からは、箱を積み上げる音が聞こえてくる。ということは、女はまだ塀の向こう側にいるということだ。―――男は麻痺する頭で考える。不思議なのはタイミングだけじゃない。ナイフが刺さっているその角度がおかしいのだ。俺が塀を飛び越えようとした瞬間に投げられたものなら、奴は当然、地面近くにいたはずだ。ならばナイフは斜め下から刺さるはず。しかし実際には、ナイフは地面とほぼ水平に突き刺さっていた。「…まさか…、」男の中で何かが繋がりかけた、その時。「悪いが、私に障害物は意味がない。」箱を足場にして塀を乗り越えたブローニャが、男の前へと降り立った。目の前に現れた不思議な力を使う女に対し、男は顔を引きつらせた。「…あんた、超能力者か何かかい。」「…まぁ、そんなところだ。」男は何をするでもなく、ブローニャが巾着を拾う様子をただただ見ていた。「手荒な真似をして悪かったな。…だが、私もこれを管理する責任がある。私のヘマで大事な資金を失ったとなれば、仲間に申し訳が立たないもんでな。」「はっ、通りで必死になるわけだ。」「あぁ。仲間内では最年長で、リーダーの役を任されている。それがこのザマだ。…全く、情けない話だ。」その若さでリーダーかよ、と思いつつ、巾着の中をごそごそと探る女の様子を訝しんだ。「くれてやる。これくらいあれば足りるだろう。」そう言ってブローニャは巾着の中から数枚の金貨を取り出し、男に差し出した。「はあッ!?」どう見てもそれは治療代だった。いくらか上乗せされた金額にも見える。男にとってそれは、屈辱的な行為だった。己の腕には自信を持っていたし、ましてや盗みを働いた相手―――しかも身なりの良さそうな女に、情けをかけられるなど…。そういった男の心情をくみ取ったのか、ブローニャは静かに告げた。「こちらとしてもあまり事を荒げたくはないんだ。これで手打ちにしてほしい。…それに、それだけの怪我を負わせないと取り返せなかったのは、私の注意力と腕が足りなかった証拠であり、代償だ。」「…あんた、相当プライド高そうだな。」「…私なりの信念があるんだ。…それに、お前の足の速さと柔軟な動きは称賛に値する。その金額だとでも思っておけ。」「クソッ…!足元見やがって…!」「はっ、何とでも言え。これを機に、盗みなんてやめることだな。」「…畜生…ッ!」悔しがる男をそのままに、ブローニャはその場を去った。
――――「大丈夫だったのか。」「!」裏道を出たところにデジャが立っていた。「…すまない、少し資金が減った。」「…どうせ、あいつの身なりを見て判断したんだろ。」「!」男は薄汚れた服を着て、やせ細っていた。ヘザーよりも、年齢がいくらか下に見えた。「…まぁ、別に大丈夫だろ。」そう言ってデジャは身を翻した。その様子を見て、ブローニャがふと気づいた。別れてから随分な距離を走ってきた筈だが、わざわざ駆けつけてくれたということか。「…悪いな、気にかけてくれたのか。」「騒動を聞きつけてみたらお前の後姿が見えたからな。」否定も訂正もしないデジャに、無意識に笑みがこぼれるブローニャだった。

「本日はここで野営とする!!」夕方、草原の真ん中に馬車を停めたブローニャが、仁王立ちしながら宣言した。それを聞いて驚愕したのはチェリ。「えっ!?うっ…うそでしょ!?」「嘘じゃない。ここから次の町まで距離があるからな。ここで野営とする!!」「二度も言わなくてもわかってるわよッ!!―――いっ…嫌よ!!虫いるし!!暗いし怖いし!!」「そう言うと思って、ここまで来てから言ったんだ。」「ハメられたあッ!!!」ぐああと頭を抱えるチェリ。「仕方ねえだろ、チェリ。いつかはこうなる日が来るってわかってたじゃねぇか。」そう言ってチェリの肩にぽんと手を置くヘザー。盗人の逃走ルート上、都会を離れて、山奥の辺境の地を通る必要があった。そうなれば当然、民家も何もある筈がない。野営もやむなしと言えた。「はぁ…。いよいよ来たって感じね〜〜…。」諦めて項垂れるチェリ。「まぁまぁ、そう嘆くな。出来るだけ快適にしようと色々と器具は揃えてきた。」「ほんと!?」ブローニャは目を輝かせるチェリに背を向けると、荷馬車をごそごそと探り、順番に物を取り出していく。「まずはテント!」「おぉ!」「そして寝袋!」「おおぉ!!」「それから野営食!!」「おおぉ…!?」盛り上がっていたチェリとヘザーが、ここにきて一気にテンションを下げる。「野営食ってあんまり期待できない…。」だがそんな2人を見て、得意げな笑みを浮かべるブローニャ。「ふっふっふ…侮るなよ。」そしてバッ!とデジャに手を向ける。「"野営のプロ"のデジャが、『本当に旨い野営食』ってもんを作ってくれるそうだ!材料もさっきの町で仕入れ済みだ!!」「おぉ~~~!!!」再びテンションを上げたチェリとヘザーが、ぱちぱちと拍手する。「誰が野営のプロだ。そしてハードルを上げるな。」デジャはスタスタと荷馬車に近づき、器具を取り出していく。「そういうことだから、私は飯の準備をする。お前らはテントを張れ。」「はーい!」その後、各々が準備へと取り掛かった。「ディーン…あなたこんなに重いものを背負って私たちを運んでくれてたのね…。ありがとう…!!」ひしっとディーンに抱きつくチェリを見ながら、ブローニャが「さっさと手伝え。」と冷静に突っ込む。デジャが料理をし、ブローニャ、チェリ、ヘザーがテントを組み立てていく。しかし――――「この棒ってどうすんの?」「この部品がここで、これがあそこで…。」「あれ?なんか形へんじゃね?」もたもたと、なかなかテントを組み立てられないでいる3人の姿があった。それにしばし聞き耳を立てていたデジャ。―――数分後。いつまで経っても進捗がない様子に、デジャはついにしびれを切らし、「この箱入り娘どもが…!」と半ばキレ気味に言い放った。「ちっ、違うぞ!私だってテント張ったことくらいある!」「このテントちょっと良いやつだからよくわかんないんだよ!」ブローニャ、ヘザーが慌てて言い訳をするが、デジャは我慢ならず、「貸してみろ!」と、ヘザーから強引に部品を奪い取った。―――すると、あっという間にテントが出来上がってしまった。「おぉ~~~~!!」完成度の高いテントに目を輝かせる3人。「流石デジャ!!結構器用よね~!」「すまん、助かった!ありがとう。」「すげぇ!お前割となんでもできんのな!」怒涛の誉め言葉に照れくさくなったのか、デジャは「…うるさいな…。」と呟くと、顔を服に埋めるようにして隠した。「おいおいなんだよ照れんなって!」「やだ~~可愛いとこあんじゃない!」そう言ってヘザーとチェリは、デジャを両側から挟んでいじり倒す。その鬱陶しさにたまらずデジャが叫んだ。「やかましい!そっち終わったんならさっさと手伝えっ!!」「はーい!」そう言って2人は笑うと、素直に手伝いに入った。その光景を見て、ブローニャも思わず笑ってしまうのだった。
――――「おお〜〜〜!!」出来上がった料理を見て、期待に目を輝かせるヘザーとチェリ。「…かく言う私も、ちゃんと作るのは久々だ。…期待するほどの味じゃないと思うが…。」そう言ってデジャは、少し気遣わし気に料理を取り分けていく。「どれどれ…。」と、配布されたお椀を手に、ヘザーは早速料理を口へと運ぶ。「!」「…どうだ?」「うまい!!」「!」「ほんと!?私も!」続いてチェリとブローニャも口に入れた。「ん~~~っ!!美味しいじゃない!」「…あぁ、確かに旨いな。風味が効いてる。」「オリカの実を入れた。」「なるほど~!隠し味ってやつね!」「にしてもめっちゃ旨いな!」「ね~!味付けめっちゃ良い!私これ好きよ!」うまい、うまい、とがっつく3人にほっと安心すると同時に、デジャの胸には密かに喜びが芽生えていた。そんなデジャにブローニャが話しかける。「私も料理はあまり得意とは言えなくてな。ありがとうな、デジャ。」「…別に…。」眉を顰めて顔を背けるデジャと、それを見て微笑むブローニャ。「こんなご飯ばっかりだったら野営でも全然良いわ!」「ははっ、現金なやつ!」「今回は町で仕入れたものの、今後基本は現地調達だろうな。」「あたし、野草とか食えるもんわかるから任せな!」「頼もしいな。」「魚とか動物の肉とか、やりようは色々あるしな。」「そっかぁ。なんか楽しみになってきた!」そうしておしゃべりしながら料理を綺麗に平らげた。片づけを済ませると、4人で焚火を取り囲んで話をする。「…それにしても、周りほんとに何もないのね。静かすぎて怖いわ…。」「空が晴れて、月明りが見えるのが幸運だな。野生動物やら野盗やらが襲ってくる可能性もあるからな。」「動物、はともかくとして、野盗かぁ…。」「そりゃそれも怖いけど…もしかしたらお化けが出るかもしれないぜ~~?」「は!?ちょっと!やめてよ!!!」「…幽霊なんているわけないだろ…。その話はやめろ。」「あれっ?デジャもしかして怖い?」「うるさい。」「デジャ信じてるの!?意外~~!」「~~~おいっ!頬をつつくな!!」静かな草原の中。焚火の火がパチパチと静かに燃える奥で、3人のはしゃぐ声を聞きながら、ブローニャはふと過去を思い出した。
――――ブローニャは兵士に拾われ、兵士に育てられ、兵士としての道を歩んできた。『ブローニャ…お前は今、なんのために生きている?』時たま大親様はブローニャに問いかけた。『当然だろ。この兵士団のため、そして王国のためだ。それ以上も以下でもない。私は兵士団と王国に命を拾われた身だ。生涯をかけて尽くしてもいいと思ってる。』決まってブローニャはそう答えたが、その度に大親様は少し悲しげな顔をした。そして、今回の"ガラクタ騒動"で、ブローニャがリーダーの役を仰せつかり、人員を集めるべく動き出した時のこと。地下倉庫を出た廊下で、大親様は今までの想いをブローニャに吐露した。『…この21年、お前を兵士として育ててしまった私の責任だ。年頃の娘には過酷な命を下してしまったこともある。現に今回のこともそうだ。―――…これまで何度も、お前は…王国のしがらみのない場所で生きてみるべきだと思ったこともある。』『…はぁ?いきなり何を…、』『外の世界を見て来なさい。』『!』『自由を感じてくるといい。…そして、お前自身を見つめ直してくるといい。』
――――3人を見ながら思う。「(…変わらないのに。)」その光景が、かつての王国内での情景と重なった。―――『ブローニャもついに18かあ!!いやぁ~~ほんと、おっきくなったもんだよなぁ~~!!』『…皆、もう酒臭いんだが。』『祝い事だろ~~!?固いこと言うなよブローニャ!』『お前は俺達のかわいい妹分なんだからよ!』―――「(…あの頃だって、私は自然体だった。皆がそうさせてくれていたからだ。)」そう思いつつもふと考える。「(…でも確かに、こいつらといる今の私は、それとはまた違った自分にも感じる。)」そして、王国では見られないような、地平線の彼方まで届く、広く、大きな、星が瞬く夜空を見つめる。「(…年頃の娘、か。)」今の私は…大親様の望んだような、普通の女としての…自然な私でいられているんだろうか。「(まぁそれも、帰ってみればわかることだ。)」任務を終えて帰還した後、大親様がブローニャを見てどう思うか、楽しみに思うブローニャだった。
――――「交代で火の番だな。」夜もとっぷり更けて、おしゃべり会はお開きとなった。皆で話し合い、2人ずつ交代で火の番をすることになった。「ヘザー、チェリ。先に寝ていいぞ。」「えっ?いいの?」「あぁ。だが時間になったら起こすからな。」「わかってるって!」「じゃあ悪いけどお先~。」そう言ってテントに向かって歩いて行く2人。中に入り、テントの入口の布を閉めようとした時。チェリがまだ名残惜しそうにしながら、ブローニャとデジャに振り向くと、「えへへっ!なんか…野営も悪くないかも!」と楽しそうに笑った。そんなチェリに3人も笑みをこぼす。「なんなら明日もやるか?」といたずら気味にブローニャが笑うと、チェリは「そんな頻繁にはいい!おやすみっ!」と言って布を閉めた。その答えに、「どっちなんだ…。」と苦笑いを浮かべるブローニャ。「全く…まだガキだな。」「それがチェリの良いところだ。」向き直ると、ブローニャとデジャは2人して燃える炎を見つめた。穏やかな時間が流れる中、少ししてからブローニャがぽつりと呟く。「…私は、思い違いをしていたかもしれない。」デジャが思わず顔を上げる。「?何をだ。」「お前のことをだ。」「!」「悪かったな、今まで。」「…」言わずともデジャも感づいていた。ブローニャはずっと、デジャの思惑に疑念を抱き、警戒していた。そのことを詫びているのだ。「…何を根拠に…。」"思い違いをしていた"―――…。今までのどこをどう見ればそんな結論に至るんだ、とデジャ自身が疑問に感じた。自分の何を見て『信用してもいい』と判断するに至ったのかと。だが、困惑するデジャをよそに、ブローニャは1人スッキリしたような顔をしていた。「あいつらとのやり取りを見ていればわかる。…お前は、悪い奴じゃない。」「…!」「私も疑い続けるのは疲れた。…もうやめた!」そう言ってブローニャは、両手を後ろの地面に着くと、空を仰ぎ見るように体をのけぞらせた。「…なんだそれ。」そんなブローニャの様子を見た後、遠い目をするデジャ。もし本当に敵だったら、心を許すよう誘導し、そこに付け入る気かもしれないというのに。まだ、たった数日一緒にいただけの奴を、どうして信じることができるというのか。遠い夜空を眺めながら、ブローニャの言葉に悶々とするデジャだった。
――――翌日の朝。朝食を取り、後片付けを済ませると、器具一式を荷馬車に積み込み、一行はその場を後にした。結局、チェリとヘザーが起こされたのは早朝近くになってからだった。「もっと早く起こしてくれても良かったのに!」と文句を言うチェリとヘザーに、ブローニャは「あんまり気持ち良さそうに寝てるもんだからな。」と笑って受け流した。道中、綺麗な川を発見して水分補給をしたり(ヘザーとチェリが魚捕りに挑むも、結果は惨敗)、使える立地があればチェリとヘザーの戦闘訓練を行った。景色のいい場所があれば、馬車を止めて眺めながら休憩し、昨夜デジャが用意した昼飯にありついた。そうして、途中途中休憩を挟みながら、荷馬車を進めるのであった。そして夕方に差し掛かった頃に、ようやく次の町に辿り着いた。宿を見つけて部屋に入るや否や、ベッドになだれ込んだチェリは「やっぱりベッドが一番~~~!」と気持ち良さそうに言った。それを見た3人は呆れたように笑うのだった。

次の日。早朝に目を覚ましたデジャは、眠る3人をそのままにして宿を出た。町中を歩きながらふと、ブローニャに言われた言葉を思い出す。―――『あいつらとのやり取りを見ていればわかる。…お前は、悪い奴じゃない。』―――「…」たった数日一緒にいただけだが、わかったことがある。ブローニャは面と向かって、そんなつまらない嘘をつくような奴でも、人を試すような奴でもない。「(お人好しなのか、ただの阿呆なのか…。)」同時に、デジャの脳裏にはチェリとヘザーから向けられた笑顔も過った。「…」何故、そんな光景が浮かぶ。そんな自分に自問自答していた時だ。「ちょっと!なんなのよ!どいてッ!」と、どこからか女の声が聞こえてきた。普段であれば素知らぬフリをして立ち去るところだが、今日のデジャは何故だか声のする方へと向かっていった。薄暗く入り組んだ路地裏を進んでいく。そして、曲がり角で声のした場所を覗き込んだ。するとそこには、男3人に囲まれた、気の強そうな長髪のブロンドヘアーの少女が。おそらくデジャと同じくらいか、少し下くらいだろう。「離しなさいよッ!!」「こんなところにお嬢さん1人で歩いてたら危ないぜ~?俺らが送ってやるよ。」「いらないわよ!自立してるし、自分で目的地まで行けるから!いいからさっさと離して!!用があるんだからッ!」男に腕を掴まれ、身動きが取れない状況であるにも関わらず、動じない様子で男たちに食って掛かる少女は、随分と肝が据わっているようだった。「(全く…)」早朝とはいえ、あんな身なりの良い少女が1人で路地裏なんかにいれば狙われるに決まっている。大通りを行けば良いものを、何故こんな裏道に…。半ば呆れながらも、デジャの足は4人の方へと進んでいっていた。「あ?」少女の腕を掴む男が、背後に気配を感じて振り返ろうとした時。既にデジャは、近くのゴミ箱に足をかけて飛び上がり、男の首元目掛けて蹴りを繰り出していた。「!?」他の輩が気づくも間もなく、男の体はゴミの山へと吹っ飛ばされる。蹴りは狙い通り、見事男の首元に命中。デジャは半回転して着地すると、低い姿勢で素早く2人の男の間を縫い、少女の腕を取って駆け去った。「あッ!?」男たちが何が起きたのか把握する間もなく、距離を離していく。「ちょっ…ちょっと!あなた…!」「いいから黙って走れ。」デジャにそう言われると、少女は素直に口を噤み、デジャの走りについていく。ちらりと後ろを振り返ると、状況を理解したのであろう、先ほどの男2人が追いかけてきていた。「(振り切るか。)」右へ左へと角を曲がり、障害物を倒しては姿をくらまそうと試みるが、なかなかどうして距離が離せない。「(…この町、直線的な一本道が多すぎて逃げるには不利だな。塀や壁ばかりで隠れられそうな場所もない…。しかもあの2人、相当足が速いぞ。)」暫く走ったが一向に振り切れないため、やむを得ず大きな通りへと出る。後ろの少女の様子を確認する。一応まだ走れそうではあるが、少しばかり息が上がっていた。体力的に時間の問題だろう。「(全く、1人だったらいくらでも逃げ切れるんだがな…。)」何故こんなことをしてしまったのかと若干の後悔が頭をよぎりながらも、次の作戦を考える。そして、急停止すると、体を反転させ、少女の腕を掴んで自分の背後へと押しやった。「えっ…、ちょっと!やるつもり!?」少女は、自分よりいくらか小さいデジャの背中に引っ付きながら叫ぶ。「邪魔だ。離れてろ。」こちらに向かってくる男たちに真正面から向き合うと、デジャは懐から短剣を取り出して臨戦態勢に入った。次第に距離を詰めてくる男達。少女も息を飲み、見守る。男達があと数M、という距離まで近づいてきた時だ。突如として、どこからともなく現れた何らかの物体が数個、男達に向かって飛んでいった。「!?」それを見た男達は慌てて足を止めると、それが何なのかを見極めようとする。その物体は、虫でも鳥でもない―――長さおよそ10cmほどの細長いナイフのような"何か"だった。「うわッ!!」その物体は、男達目掛けて猛スピードで迫っていく。それを思わず避ける男達。だがその物体は、軌道を変えて何度も何度も襲い掛かってきた。男達はそれを避けようと右往左往する。その光景を目の当たりにしながら、デジャの隣で少女が呟く。「なっ…なんなの…?」「(あれは…)」どこか見覚えのある光景に、それがなんであるかを瞬時に察するデジャ。物体はやがて、男達の肌を切り裂き、肉体をも貫いていく。「クソッ…!なんなんだよ…ッ!!」「気味悪ぃッ!!」男達はその異様な物体に付きまとわれ、傷つけられる恐怖に慄くと、少女達には目もくれずにその場を走り去っていった。その背中が小さくなるのを見届けていると、路地裏から3人の影が現れた。「よっしゃ!上手くいったな!」「名付けて『気味悪いやつから逃げたい』作戦だな。」「何そのダサいの。つーかそのまま過ぎね?」「デジャ!」現れたのは、ヘザー、ブローニャ、チェリだった。チェリはデジャの元へ駆け寄ると、そのままの勢いで詰め寄った。「朝起きたらデジャがどこにもいないんだもん!心配したのよ!?」「待ってても全然来ねえしよ。すげぇ探したんだぞ!しかもなんか追われてるし!」「…まぁ、どうやら無事なようで何よりだがな。」「…!」自分の元へ向かいながらかけてくる3人の言葉に、デジャは数年前の同行者との記憶が蘇った。―――当時のメンバーは、デジャが姿をくらました時には『逃げやがったな!』と血眼になって探し、見つけた暁には相応の"仕置き"をしてくるような奴らだった。集合場所に時間まで辿りつけなければ、遅れた分だけ平手打ちが飛んできた。心配など以ての外だった。―――それがこの3人は、自分を探し回って、身の安全の確認と心配までしてくれている。それは、彼女たちがデジャの事を、立派な1人の"仲間"として思っている証だった。それがデジャにとってはなんだか照れくさく、くすぐったく、そして―――暖かく感じられた。俯き加減に、デジャは答える。「……何も言わずに出たのは悪かった。少し外の空気が吸いたくて町へ出たら、こいつが奴らに絡まれていたもんでな。」「もう…。でも、助けてあげたなんて優しいじゃない。」「へ~!良いとこあるじゃねぇか!」「…別に、見ていて気分が悪かっただけだ。」「あなたデジャ、っていうのね!」いつもの4人で話していると、少女が割って入った。「助けてくれてありがとう!本っ当に助かったわ!あいつらなかなか見逃してくれなくて!あなた達も彼らを追っ払ってくれたんでしょう?是非お礼がしたいわ!」「いや、いい。」「何言ってるのよ!それじゃあ私の気が済まないわ!美味しくて可愛いお菓子がいい?それとも、綺麗で高級なアクセサリーがいい?」「いらない。いいからお前はさっさと目的地とやらに行け。奴らが戻ってきたら二度は助けねぇぞ。」そう言ってデジャは、スタスタと男たちが逃げていった方角へ歩き出した。置いて行かれた少女は、「ちょっと!」と言いながらも、デジャの言葉を受けて先に進めずにいた。チェリ達も「ごめんね~!じゃあまたね!」と少女に挨拶し、デジャに続く。少女はその背中を見つめ、やがて諦めたようにその場を立ち去った。振り返ってそれを見送ったチェリが、デジャに問いかける。「いいの?」「貰えるもんは貰っときゃいいのによ。」「それもまた面倒だろ。」そう言った後、デジャは突然立ち止まった。3人も不思議そうな顔で足を止める。そしてデジャは、ぽつりと小さな声で言葉を紡いだ。「…助けてくれて、ありがとう。…それから、心配してくれて、…―――――」そこまで言って急に恥ずかしくなったのか、服に顔を埋めて言葉を切る。早足で歩き出し、その先の言葉を言うことはなかった。それを見た3人は顔を見合わせながらにやっと笑うと、走ってデジャを追いかけながら追及した。「ねぇデジャ~!続きは~?」「なぁなぁ教えろよ~!」「言わないとわからないぞ!」「うるさいッ!!」すっかり日が高く昇った空の下で、少女達ははしゃぎながら歩みを進めていった。
―――――ブローニャから届いた手紙を読む大親様。その顔には笑みが浮かんでいた。「…あの人員を選んだのは、結果としてよかったのかもしれんな…。」手紙では主に、盗人を追う道中で起きたことの報告や、進捗状況が書かれていた。その端々に、ブローニャが年頃の子達との旅を楽しんでいる様子が感じ取れた。「…おっと。兵士としてはいかんな。」そう言って大親様は、緩んだ顔を引き締めながら、真面目に報告内容へと目を通すのだった。


前ページへ戻る