火山の麓の村を出てしばらく進むと、一行はとある町に辿り着いた。町の噴水広場に荷馬車を停車させると、チェリとヘザーは買い出しに、デジャは盗人についての情報収集に出かけた。ブローニャは怪我の具合がまだ万全ではないため、荷馬車の中で留守番をしていた。先に戻ったチェリとヘザーがブローニャに買った品々を見せていると、顎に手を当てて地図とにらめっこをしたデジャが戻ってきた。「どうしたの、デジャ。」「…」チェリに呼びかけられ、ようやくデジャが目線を上げる。「…それがな…。」
――――噴水付近に設置してあるベンチにブローニャを座らせ、その傍らにデジャがしゃがみこみ、地図を広げる。チェリとヘザーがそれを立って覗き込む。「まず結果として、盗人達とは大きく距離を引き離されたわけじゃないことがわかった。」「?…というと?」「宿の主人に聞いたところ、奴らがこの町を出たのはつい昨日のことだそうだ。」「!?なんで!?」ブローニャの負傷により、村での滞在日数が追加で2日増えてしまった。ただでさえ盗人達との間には距離があったため、もう追いつくことは難しいかと思われていたが…。「…それがだな…。」そう言ってデジャは地図に指を載せる。「これが、今私達がいるこの町だ。」次に、東の方へと指を移動させる。「これが、一つ前の町。」「うん。」「私達はこの、森の中を通るルートを進んだが…」例の火山の麓の村を経由するルートを指で辿る。「奴らはこっちの渓谷ルートを進んだらしい。」デジャが次になぞったのは、森のルートよりもいくらか距離が長い、渓谷を通るルートだった。「!」「…おそらく、この地図が手元になかったがために、こっちのルートを知らなかったんだろう。」「…なるほどな…。」そう言ってブローニャは顎に手を当てた。「確かに村人達は、あのルートを『下手すると迷う』『地元の奴以外はあまり使わない』と言っていたな。…もし一つ前の町でここへの行き方を訊ねていたとしても、遠方から訪れた者に対して、森のルートを提示することはないだろうな。」「あの道は近道だった、…ってわけね。」「そういうことだ。――…それから、更に朗報だ。」「!」皆の視線がデジャに集まる。そしてデジャは再び地図に指を置いた。「次の中継地はこの町だ。そして、一番の近道はこの道。…だが、奴らはこっちのルートへと向かったらしい。」盗人達が現在進んでいると思われるルートは、ブローニャ達が辿ろうとするそれよりも遠回りだ。「…?なんでだ?」「…何か目的があるのか…?」「それがだな…。」デジャは一度目を瞑り、一呼吸置く。「…この辺りでも有名な、温泉地があるらしい。」「は?」3人は固まり、デジャの言葉に己の耳を疑った。「…なんて?」「温泉地があるんだと。」「はぁ。」「温泉地…オンセンチ?」「つまり観光だな。」そこまできてようやく3人は、デジャの言葉の意味を理解する。「はあッ!?何だそれ!?」「何考えてんの!?」憤慨するヘザーとチェリに、拍子抜けしたようなブローニャ。「私だって知らない。長旅で疲れたんだろ。温泉で疲れを癒したいんだろ。」「何暢気に温泉なんて行ってんだよ!!」「何よそれ!!ずるくない!?私だって行きたいわよ!!温泉!!!」「そこか?」「…まぁ、ともかくだ。」荒れる2人をなだめるようにブローニャが口を出す。「奴らも急いではいないってことだな。」その言葉に冷静になる2人。肩の力を抜いて、前のめりになっていた体を戻す。「…雇われ連中なのか、下っ端なのか…。」「その暢気さはどっちもあり得るわね…。」「…ところで、思っていたんだが…。」ブローニャがふと何かを言いかけると、皆の視線がブローニャへと集中する。「ここまで来たら、取り返したくないか?」その言葉に、皆の表情が引き締まる。「…最初から言っていたように、正直私はあんなもの取り返せなくても良いと思っていた。…だが、これだけ皆で努力して、共に力を合わせて頑張って来たんだ。私達の旅自体は、どんな結末になろうと無駄にはならないとは思ってる。…だけど、こんなところまで来てしまったなら、どうせなら、と思った。」皆、しばらく黙った後、それぞれがにやりと笑みを浮かべた。「当然じゃない!お土産持って帰りたいしね!!」「折角なら報奨金も欲しいしな!」「…逃げられっぱなしも癪に障るしな。」皆の言葉を聞いて、笑みを浮かべるブローニャ。「―――なら、話は早い。狙いは次の町だ。」そう言ってブローニャは次の目的地を指す。「ここで奴らの捕獲と、ガラクタの回収、そして情報の確保を目指す。」いざ具体的な内容を言語化されると、緊張が走るチェリとヘザー。「ガラクタの回収が第一目標だが、この地図のマークや、今回の作戦の意図、依頼主の存在も気になる。…ヘザーの姉の話も気がかりだしな。」「!」「取り敢えずは奴らと会う。その先のことは後で考えよう。」その言葉に、3人は頷いた。「…なら、すぐにここを出ないとな。中継する村までもそれなりに距離がある。」「そうだな。」「うしっ!そうと決まったら準備して行こうぜ!」そして出立するため、動き出す一行だった。
――――次の町まではそれなりに距離もあった。中継地点の村もまだまだ先だ。移動時間の長さもあってか、ブローニャは馬車での移動中、読書に勤しんでいた。「ブローニャ、それ好きよね~。」チェリがブローニャに言うと、ヘザーも続く。「お前、静養中もずっとそれ読んでたよな。そんな面白ぇの?」チェリ達と話す時や、子供達と戯れていた時間以外は読書に明け暮れていたブローニャ。実は静養中、ブローニャは村人達へ依頼をして、研究所にあった本の束をブローニャのいる病舎まで持ち運んでもらっていた。ブローニャが手に持つそれは、その内の一つだ。何やらこの一冊だけ、空になった木箱の中に落ちていたらしい。それがやたらとブローニャの興味を引き付けたため、村人達から許可を得て貰ってきたのだ。「すまんな。続きが気になって…。なかなか面白いぞ。つい夢中になって読んでしまう。」「あれだっけ?『神の力』について書いてるだとか。」「そうだ。」「どんな内容なの?」「これまで読んだ本には、あの研究所で行われていたのだろう『神の力』に関する研究について書かれていた。実際に『神の力』を持つ者を協力者にして、様々な実験が行われていたようだ。当時の協力者は、"武器の大きさを自在に変える能力"を持っていたようだな。武器を瞬時に大きくして対象を貫いたり、又は重みによって身動きを取らせないようにしたり、武器を小さくしてポケットに入れて持ち運びをしたり…といったことが出来たようだ。」「へ~。」「その中で力の発生源や発動原理について、様々な仮説を立てて検証していたが、…そのどれもが決め手に欠けていたようだな。例えば、『神の力は脳波の電気信号が過剰に発生することにより、空気中の物質に影響し作用させている。』だの、『神の力と呼ばれる未知の物質が、武器や使用者、周囲の粒子の情報を書き換えている。』だの、『神の力とは、人体から発散される放射体を指すもので、人が元来持つ力が一部の人間のみ発現したものである。』…といった感じでな。そもそも『神の力なのだから、人智を超えたものであり、人間の理解が及ぶところではない。』―――なんて、最終的には結論を投げてしまっている感じだな。」「ふ~ん。なんかよくわかんないけど、結局わからなかったってことね。」「そうだな。」そう言ってブローニャが笑う。「その本は?」「これには、『神の力』の歴史について書かれている。」「へー。」「どんな内容?」「それが、私もまだ読み始めたばかりなんだ。読み終わったら貸してやるぞ。」「いやー…。本読むのだるいんだよな。」「後で簡潔に概要だけ教えて!」「今時の若いもんは全く…。」二人の答えに、呆れたようにため息をつくブローニャと、荷馬車を引きながら笑うデジャ。その時、ふとブローニャが思い出す。「そう言えば、お前達は村で何をして過ごしてたんだ?村人達を手伝ったり、子供達の相手をしてたとかは聞いたが…。」「大体そんな感じよ!あとは私とヘザーが、デジャに訓練つけてもらったりしてたくらいかな。」「そうなのか。」「あとはディーンと遊んだり、草むらでゴロゴロしたりかなぁ。」「子供か。」「あはは!まぁ、結構のんびり過ごさせてもらったよ。」「私達からしたら良い休暇になったな。」デジャが意地悪そうににやりと笑いながら振り返る。「…そうか…。」そんな3人の答えに苦笑いを浮かべるブローニャだった。
――――夕方に差し掛かってきた頃、中継地点の村が見えてきた。「おっ、村が近づいてきたぞ。」「疲れたぁ~。ベッドとかあるといいんだけど!」「飯食うとことかあるかなぁ?」「…?」その村の光景を目にした瞬間、デジャは胸の中からざわざわとした何かが湧き出て来るのを感じた。本人にもその正体がわからなかったが、近づくにつれてその違和感は大きくなっていく。―――そして。「―――!」村まであと十数M、というところまで来たところで、はっと何かに気づくと、急遽馬車を停めた。「わわッ!?」急停止により、馬はヒヒンと嘶き、荷馬車にいたチェリ達がバランスを崩す。ブローニャとヘザーは何とか踏み留まったが、チェリは荷馬車の中で転がり倒れた。「なっ…何!?どうしたの!?」「なんかあったのか?」ガバリと起きたチェリを含め、3人それぞれが馬車の周囲を警戒する。だが、注意深く見回しても特に異常は見られなかった。それを確認すると、3人は怪訝な顔でデジャを見た。「…デジャ?」「…」デジャは、ただただ村を真っ直ぐと見つめていた。その表情は見えない。しばし3人がデジャの言葉を待っていると、デジャは少ししてから、ようやく口を開いた。「…今日、私は馬車で寝る。」「は?」急に何を言い出すんだ、と疑問に思う3人。それに振り返るデジャ。「―――…こんな場所だ。盗みだとか、…色々不安だしな。」デジャにしては歯切れの悪い言い訳だった。デジャの不自然さに3人とも気づく。「…あの村に、何かあるのか?」「…」ブローニャの問いかけにデジャは何も答えない。それを見た3人は、互いに顔を見合わせる。何も言いたくなさそうな様子のデジャに、チェリとヘザーは窺うようにブローニャの顔を見た。2人の想いを感じ取ると、ブローニャは場の空気を切り替えるように、両手をぱん!と叩くと、明るい声で言い放った。「よし、それなら今夜は野宿だな。」「!」そんなブローニャにヘザーとチェリも合わせる。「しょーがねぇーな。もう少し行ったところに川がある筈だ。その近くでテント張ろうぜ。食材買っておいてよかったな。」「まぁ、デジャが美味しいご飯作ってくれるっていうなら野宿でもいいわよ!」そんな2人にデジャは「…おい、別にお前らは付き合わなくても…――」と言いかける。だが。「デジャだけ馬車に残して、私達だけベッドでぬくぬくなんて出来る訳ないでしょ!」「…!」チェリに追い打ちをかけられ、何も言えなくなるデジャ。「よしっ!そうと決まったらさっさと行こうぜ!」「ほらほらデジャ!早くしないと遅くなっちゃう!」「…」2人に急かされ、気が咎めながらもようやく馬車を走らせるデジャであった。
――――そして言った通りに、村を通り過ぎて川沿いに馬車を停める。テントを張り、食事の準備をして、夕食にありつく一行。3人のいつも通りの様子に、デジャはどうにも落ち着かない様子だった。そして我慢出来ずに、3人へ問いかける。「…なんで聞かないんだ。」デジャのその言葉に、3人は動きを止めた。そして互いに目を合わせると、チェリが切り出した。「だって、デジャが話したくなさそうにしてたから。」「!」なんてことなく言ってのけたように見えるが、その実、言葉を選んで話していた。そこには、デジャを傷つけないようにという配慮が垣間見えた。「言いたくないことを無理に言う必要ねぇよ。…あたしだって、あの話は暫く言いたくなかったしさ。」ヘザーも続く。そしてブローニャはデジャの目を真っ直ぐ見て、真面目な顔で語り掛けた。「話したくないなら話さなくてもいい。だが、お前が話したければ、私達はいつでも聞くぞ。」「…!」そう言うとデジャは、少し俯きがちに謝罪した。「…すまない。」「!」「…それは、何に対しての?」チェリからの純粋な質問だった。それにデジャも素直に答える。「…今日の宿のことと、――…私の過去について、黙っていたことをだ。」「!」チェリとヘザーは驚いたように目を丸くする。それは、旅が始まってから今まで、自分のことをひた隠しにしてきたデジャが、己を曝け出そうとする瞬間だったからだ。「…そうして律儀に謝罪ができるお前を、私達は信頼している。…話してみろ。」「――…まずは、私の過去について話す必要がある。」そしてデジャは、己の過去を語り出した。
デジャは南の国の山奥にある、小さな集落で生まれ育った。両親や親戚、仲間達と共に、狩りをし、手芸や工芸品を作りながら平穏に暮らしていた。大人達からは日々、生きるための術を教えられてきた。そこで培った体の動かし方や、技術、戦いの作法、サバイバル術等は、デジャの基礎を形作っている。デジャが12歳になった頃、それは突然やって来た。余所の地方から来た悪党の集団が、デジャ達の住む集落を襲撃してきたのだ。彼らは、デジャの集落の中で先祖代々受け継がれてきた"宝"を狙ってきていた。抵抗した仲間や両親たちが次々と襲われ、倒されていくのを目の当たりにしたデジャは、怒りに身を任せ、学んだ技術を生かして悪党たちに立ち向かっていった。1人目は、背後から襲い掛かって首を絞めて落とした。2人目は、攻撃を躱しながら喉元に突きを食らわせ倒した。3人目は、蹴りを入れようとしたが当たらず、一進一退の戦闘を繰り広げた後に、背の低さを活かして鳩尾へ拳を入れ、気絶させた。そして4人目―――というところだった。「!!」振り返り様に首を掴まれ地面に激しく打ち付けられてしまう。「がッ…!!」敵のあまりの力の強さに身動きが取れない。それどころか、「かッ…は、」容赦ない握力に首を絞められ、呼吸もままならない状態だ。「やるじゃねぇか、クソガキ。」デジャの脳内が、次第に息苦しさで支配されていく。ぼやけた視界の中、目の前の男が楽しげな笑みを浮かべて、こちらを見下ろしているのが見えた。やがてそのまま、デジャは意識を手放した。
――――「…!」次に目を覚ました時には、目と口を布で塞がれ、体が縄で拘束された状態で荷馬車に揺られていた。抵抗しようとした瞬間、「動くな、クソガキ。」と、先ほど自分を気絶させた男の声が聞こえた。肌に突き付けられた刃物の感触に、動きを止めざるを得なかった。圧倒的に不利な立場にあったデジャは、その場は黙って従うほかなかった。しばらく行くと、やがて目的地に到着したのか、馬車が停まった。デジャは男の肩に担がれ、どこかへと運ばれていく。「ッ!!」そして乱暴に床に転がされると、目隠しだけを外された。「…!」見回すと、そこは廃墟のような場所だった。おそらく、移動の合間、休憩に立ち寄ったのだろう。「随分と威勢のいいガキだな。」デジャは男を睨みつける。「そんな態度したってもう無駄だぜ。――…なんせ、」男は片手に、集落の"宝"を掲げた。「お宝は俺達の手に入って――」―――そして、冷徹な瞳でデジャを射貫く。「集落の奴らは―――"皆殺し"だ。」デジャは足を踏ん張ると、目の前の男に頭突きを食らわせようと飛び出す。だが。「ははっ、おいおい。」あっさりと避けられる。それどころか、その頭を鷲掴みにされた。「そんなことしても、自分が不利になるだけだぜ。」「………!!」その瞬間、デジャの中で思いが溢れた。みっともない、と思いながらも、額を掴まれたまま、目から涙が溢れて止まらなくなった。―――全ては、終わってしまった。デジャが気を失っている間に。両親の最後の顔も見られず、仲間達も埋葬もしてやれないまま。一人、知らない土地に連れて来られて。しかも、目の前の敵に軽くいなされる始末。今の一連の流れで、自分の弱さ、不甲斐なさをまざまざと思い知らされた。そして、そのせいで導かれた結末だったのだと理解させられ、絶望した。もっと強ければ、もっと大人だったら、皆を守れたかもしれないのに。「…はっ、」男は、己の非力さに嘆く目の前の少女を見て小さく笑うと、掴んだ手を振り回し、その体を床へと放り投げた。デジャは無抵抗に倒れこむ。「泣いても何にも解決しねぇぞ。」「…ッ…!」デジャが涙を止められないままでいると、男は冷淡な目でデジャを見下ろした。「お前は使える。」だが一転して、またあの楽しそうな笑みで笑うのだった。「お前はうちで"飼う"ことに決めた。」「…!?」
――――そしてその日から、デジャは強制的に悪党共の一員として迎え入れられた。男はデジャの教育係兼監視係となった。勿論、悪党達―――両親と仲間の仇であり、憎むべき存在―――の元で働く等、デジャが受け入れる筈も無く。これまでに、幾度となく逃亡や抵抗を試みた。隙を見て逃げ出したが、その度すぐに捕まり、仕置きを受けた。男を殺そうと何度も寝首を掻こうとしたが、全て防がれ、返り討ちにされた。抵抗の意志で飯を食わなければ平手打ちをされた。それでも食わなければ口に無理矢理飯を突っ込まれた。訓練や指令など、命令に従わなければ暴力を受けた。そしてこの日も、デジャは男に奇襲を仕掛けたが、あっさりと見破られ、地面に組み倒されてしまった。いつまでも反抗し続けるデジャに、男は呆れたようにため息をつく。そして、デジャの服の胸元を掴み上げた。「お前、何がしたいんだ?」「…ッ…!」「そんなことしたって、お前の両親は生き返らねえぞ。」「……ッ!!」その言葉は、目の前の男にだけは一番言われたくない言葉だった。「お前が…ッそれを言うなッ!!」ぶん殴ってやりたかったが、生憎両手は男の膝の下に潰されていた。「ははッ、声出るじゃねぇか。」ばたばたと暴れるデジャをものともせずに、男は笑って懐からナイフを取り出す。「悔しいか?憎いか?」そうしてナイフの平らな部分をデジャの頬にピタピタと当てた。「お前はなぁ、志も、やることも、動きも、戦い方も、ぜぇ~~んぶ中途半端なんだよ!だから俺のことも一生殺せねぇ。」「……!!」「テメェのやりたいことを明確にしてから挑んで来い。」そう言ってデジャの顔のすぐ横の地面に、勢いよくナイフを突き刺す。男は立ち上がると、高らかに笑いながら歩いて去っていった。「…ッ…!」デジャは悔しくて、憎くて、情けなくて。また、涙を流した。
――――一人、夜空を見上げながら考える。悔しいが、確かに男の言うことは事実だった。今のデジャの実力では、悪党達から逃げ切ることも、男を殺すことも出来ない。男には、デジャにそう確信させるだけの実力が確かにあった。そして、デジャがいくら抵抗しようと、終わってしまった事実が変わることはないのも真実。両親や仲間達は戻ってこない。そもそもここから逃げ出したところで、一人になってしまった自分はどうする?何をする?何がしたい?何をして生きて行けばいい?何を目標に生きればいい?「――――…」集落にいた頃のデジャは、両親や仲間達のために生きていたと言っても過言ではなかった。食料が自然と生まれるわけでもなく、生きるためには、人と人とが互いに協力する必要のある環境だったからだ。それは、彼らに対する確かな『愛情』があるが故にできていたこと。生きるため、戦うための技術を身に着けて、皆の力になることがデジャにとっての喜びであり、生きる目標だった。ゆくゆくは、自分が集落の若者達を率いていく立場になるのだと思っていた。皆と共に協力し、助け合いながら、ただただ平穏に生きていくのだと。それがデジャにとって、なんてことない、ささやかな夢だった。―――だが、その夢はもう二度と叶わない。男の言うことを真に受けるのは癪だが―――でも確かに、自分はこの先どうしたいのだろうと思うデジャ。自分がしたいこと、自分の目標とは―――…。そんな風に考えながら眠りについた夜だった。デジャはいつかあった日の夢を見た。――――『デジャが大きくなるのが楽しみだわ。どんな大人になるのかしら。』幼いデジャを膝の上に乗せながら、母親が笑顔で青い空を見上げる。『きっと凛として、皆に頼られる―――かっこいいお姉さんになるだろうな。』『ふふ、子供達になつかれてるデジャが見たいわ。』『そうしたら長生きしないと。』『勿論!』そう言って2人が笑うと、デジャもつられて笑う。そんなデジャの笑顔に2人は幸せそうな笑みを浮かべる。『デジャには幸せになってもらわないとね。』そう言って父親がデジャの頬を撫ぜる。『えぇ。…辛いことも、苦しいことも、もしかしたらこの先あるかもしれない。でもね、きっとその先に良いことがあるわ。』『そしてそこには母さんと父さんたちがいるよ。デジャは1人じゃない。ずっとずっと一緒だ。』父親はデジャの手を握り、母親はデジャの頭を優しく撫でる。『楽しく、笑って…健康に過ごして、…そして長生きするのよ。』『…あぁ、それだけでいいな…。それが一番だ。』『可愛いデジャ。私達の可愛い娘…。』そう言って両親は2人笑った。―――――「―――…」目が覚めると、目の端から涙がこぼれていた。そしてゆっくりと体を起こすデジャ。涙が頬を伝い、ズボンに落ちる。「(――…あぁ、そうだ。)」やりたいこと、あるじゃないか。沢山。「(…故郷に帰りたい。父さんと母さん、仲間達を弔ってやりたい。)」そして、出来ることなら彼らの分まで生きてやりたい。両親の願いを―――自分が幸せになるという願いを、叶えてやりたい。そして。「(あの男を、殺してやりたい。)」ぎゅっと拳を握り締める。「(それら全てを果たすためには―――…)」
――――デジャは、外で座りながら武器の手入れをしている男の元へと向かう。男はデジャに背を向けたまま振り返ることはない。デジャはその背中に呼びかける。「私の集落の場所を教えろ。」すると男は、にやりと笑って振り返る。「お前が1人で10個、仕事をこなせるようになったらな。」―――そしてデジャは、その日から訓練を真面目に受けるようになった。男は、組織や自分にとって有益となるようにと、デジャを育てあげた。厳しい訓練の中で、デジャが上手く出来なければ拳が飛んでくることも多かった。だがデジャは、以前のように抵抗したり反抗することはなくなっていた。拳を受けるということは、自分の実力がまだまだ足りないということ。それを甘んじて受け入れ、その怒りを次に繋げた。組織の他の者達は、デジャが現在の自分の状況を受け入れ、いよいよ諦めたのだと思っていた。大人しく組織に従う道を選んだのだと。だが実際は違っていた。全ては強くなるため。ただひたすら強くなることで、自分の目指す目標の、全てを叶えるためだった。やがて実力が認められたデジャは、組織としての任務もこなしていくようになる。その頃には、手を汚すことも厭わなくなっていた。組織の人間達と共に、盗みや、強奪、襲撃等、悪事を重ねていく。組織内の粛清や他の悪党との争いにも駆り出され、その実力を十二分に発揮するようになっていた。――――数年間組織に所属する中で、デジャにはわかってきたことがある。デジャが引き込まれたこの組織は、デジャが思っていたよりも凶悪で、巨大だったということ。そして、男が率いるこのチームは、組織の中の一角に過ぎなかった、ということだ。その構造はピラミッド状になっており、チームはその最下層にある有象無象の一つであった。つまりはただの"下っ端"だ。盗み等で回収した品を、自分達で利活用するだけではなく、組織の上層部へ"上納"することで報酬を得る、という仕組みのようだ。中には上層部から依頼を受けて、それを回収して納める、という仕事もあった。デジャ達の集落にあったような、"お宝"―――一見してまるでガラクタのようなそれも、その対象だった。"上納"する際は、上層部の足取りが掴まれないよう、複数個所、複数人を経由して品物が届けられた。そのため、デジャ達は上層部の顔ぶれを誰も知らなかった。――――デジャの活躍のおかげもあってか、チームは功績が認められ、下っ端から格上げされた。それにより、次第に大きな仕事も任されるようになってきた。デジャも、単独の仕事をこなせるようになってきていた。だが、そんなある時だった。―――「殺せ。」「…!!」デジャの目の前には、縄で後ろ手を縛られた男が1人、地面に正座させられていた。彼に罪は無い。だが、デジャの集落の時のように、組織に反抗したため、消されようとしていた。「…ふざけるな…!!」出来るわけがない、と男を睨みつけるデジャ。「これをこなせないと、お前は一生故郷に戻れねぇな。」「…!」デジャの心を見透かすように男は言い放った。だがデジャは、その一歩を踏み出そうとはしなかった。「全く…時間もねぇってのに。」そう言って男はデジャの前に出ると、いとも簡単に目の前の男の命を絶った。「―――…!」「次はねぇぞ。」そう言って男は、さっさとその場を立ち去った。そこに残されたのは、"さっきまでそこで生きていた"男の、肉塊だけだった。その虚空を見つめる瞳が、デジャは一生忘れられない。―――その日の夜。デジャは寝床で考え事をしていた。故郷に帰りたい。でもそのためには、悪党達の言うことを聞かなければならなかった。悪党達しか、故郷の手がかりを知らないのだ。「―――…。」何度も寝る向きを変えながら考えるが、答えが出ることはなかった。
――――それから数日後のことだった。「―――…。」デジャは心臓をバクバクと鳴らしながら、息を詰め、とある1点を見つめていた。デジャの視線の先では、少し開いた扉の隙間から、僅かばかりの月明りが差し込んでいた。「(これ…まさか、チャンスなんじゃ……?)」デジャは過去の度重なる抵抗や逃亡行為により、組織内で警戒と監視の目を強く向けられていた。夜の間、どこかの建物に泊まれば、部屋には鍵をかけられ閉じ込められて過ごしていたし、野営をする時は、朝まで手錠で繋がれる始末だった。それがここ最近、デジャが組織に従順になってきたせいか、監視の目が緩くなってきていた。そんな状況での、今回のこの鍵の閉め忘れだ。これは紛れもないチャンスだった。デジャは緊張で胸が高鳴る。だが同時に、迷いと不安で嫌な汗が噴き出してくる。「(逃げられるかもしれない…。でも、故郷の手がかりはどうする?今ここで逃げたら、もう二度と知る機会はないかも知れない。…それに、逃げてまた捕まったら…今度こそ殺されるかも知れない。…でも、)」混沌とした脳内に、1人の少女の顔も過った。どれを天秤にかけるべきか。この状況で、何を最優先に取るべきか。逃げた時の仕置きも思い出し、背筋が震える。思わず首元の傷に触れた。―――…今回は、それだけでは済まないかもしれない。下手をすれば、殺されるだろう。「―――…っ…、」だがふと、両親の笑顔を思い出した。いくつかある目標の一つ。両親が夢見た『デジャの幸せ』が、もしかしたらこの扉の先にあるかもしれない。"やりたいこと"の、"取捨選択"が必要なのではないか?「……っ…!」そう考えた直後、デジャはいつの間にか扉の前まで移動し、隙間から外を覗き込んでいた。――…今の私なら、出来る。そう思えるほど、強くなった自負がある。何度か呼吸を繰り返して、落ち着こうとする。見張りの位置は、もうわかっていた。
――――「はっ……はっ、はッ…!!」自然と息が上がる。息苦しい。息が足りない。喉の奥がカラカラだ。頭と肺が冷える感覚がする。デジャは必死に森の中の道なき道を走っていた。時折振り返っては、追手が来ないか確認する。誰もいない筈なのに、すぐ後ろに誰かがいるような不安がずっとついて離れない。どこをどう走っているのかわからない。自分の手足の感覚がわからなくなってきた。自分はちゃんと走っているのか?どれくらい走っているのか、どこまで走ればいいのか。何もわからないまま、ただただ足を進めた。逃げて逃げて、逃げて。足がもつれそうになりながらも、それを止めることは無かった。―――汗だくになったデジャは、やがて森を出て、背の高い草原が広がる土地に抜けた。近くに村が見えたが、奴らが捜しに来てはと思い、そこには寄らずに、そのまま更に別方向へと足を進めた。やがて走るのも疲れ、歩きに切り替える。変わらず胸は高鳴り、呼吸は荒い。とにかく奴らの目が届かないところへ、とにかく奴らに見つからないところへ、とにかく奴らが来ないところへ。とにかく遠くへ。何時間歩いたのだろうか、いつの間にか夜が明けていた。足が棒のようになり、体が疲弊してきた頃。幸いなことに、林の中で川を見つけた。疲れた体を奮い起こし、慌てて駆け寄る。そして震える手で水を掬って、飲んだ。あまりの美味さに泣きそうになった。立ち上がると、休む間もなく、更に足を動かす。「―――……」何度も何度も後ろを振り返る。そこに姿は見えない。奴らが通らないであろうルートを選んで逃げてきた。普通に考えれば、追ってくる筈は無かった。追ってこない筈なのに、すぐ近くまで奴らがきているのでは、と不安にかられる。もしかしたらすぐそこにいるかもしれない。自分が"来る筈がない"と思っているだけで、奴らにとってはお見通しなんじゃ?単に自分は泳がされているだけなのでは?そもそもあの扉だって、わざと開いてたんじゃ?と思えてくる。不安と恐怖がデジャをがんじがらめにした。段々と足が重くなってくる。積み重なった疲労と、まともな食い物を食べていないせいで、思考もままならない。そろそろ狩りをした方がいいか、と思うが、周囲に動物等は見当たらなかった。木の実や山菜等を食べて凌ごうとするが、それでも体は栄養を欲していた。そんな途中に、少し大きな町を通りかかった。「…っ…」我慢できずに町に寄り付く。なるべく人に目撃されないようにと、路地裏を抜けていく。しばらく歩き回っていると、飲食店の裏であろう場所にゴミ箱を見つけた。「!」急いでゴミ箱に近寄ると、その中を漁り、残飯を食い漁った。金など持っている筈が無かった。小遣いなど貰えたことは無く、金を盗んでくる余裕さえ無かった。持ってきたのは、懐の短剣だけだった。あまりの疲労に、食べた後動くことができなかった。路地裏で壁に寄りかかり、体中の力を抜く。建物の間に見える星空をぼうっと眺めながら考え事をする。「(―――…私は、どこまで逃げればいいんだ。)」このままずっと逃げ続ける生活を過ごすのか?いつか見つかるかもしれないと、脅えながら生きていくのか?『幸せ』を目指して飛び出して来たものの、どうすればそれを果たせる?―――先の見えない暗闇に、思わず膝を抱えて縮こまった。
――――「ッ…!!」朝日が顔に射して、慌てて体を起こした。思わずそのまま寝てしまったようだ。辺りを見回すが、近くに人は誰もいない。そのことに一先ず安堵する。「…」路地の向こうに、町中を歩く人々の姿が見えた。皆、朝日を浴び、綺麗な服を着て、友や家族と仲睦まじそうに歩いていく。それを見てふと、自分の両手を見たデジャ。「(――…私は、もうああはなれない。)」私の大切な人たちはもういない。この手も、悪事で汚してしまった。悪党共にも追われる身だ。「…」デジャは立ち上がり、路地の向こうへと消えていった。
――――山奥を当ても無く歩いて行く。「…」もはや自分がどこへ向かっているのかもわからなかった。この逃亡生活の中で、デジャは道の途中であらゆるものを落として、やがて空っぽになってしまった。段々と歩く速度が遅くなる。足が重い。歩いている意味さえわからなくなってきていた。そして、その内足が止まった。よろよろとしながら、木の幹に背中を預け、ずるずると座り込む。目の前には綺麗な青空が広がっていた。鳥がピィピィと鳴きながら飛んでいる。「……もう、疲れた…。」急に瞼が重くなり、デジャはそのまま意識を手放した。
――――デジャが次に目を覚ました時には、暖かいベッドの中にいた。「…!?」思わずがばりと起き上がる。「おや、起きたかい?」声のする方を見ると、穏やかそうな老婆が心配そうに近づいてきた。「良かったよ、もしかしたら死んじゃうんじゃないかと思ったんだよ。」「…なんで、」「わしが連れてきたんだよ。」そう言って今度は、開け放たれた扉の向こうから老爺が現れた。デジャが呆気に取られていると、老爺は狩りで獲ったのであろうウサギを老婆へ渡す。「今日はウサギだ。」「あらまぁ、お疲れ様。」そうしてウサギを受け取った老婆は、優しい笑みをデジャに向けた。「ご飯にしましょうか。」―――デジャは食卓に誘導され、椅子に座らされた。目の前のテーブルには、暖かいスープとパンが出された。デジャがそれを見ながら狼狽えていると、「お食べなさい。」と老婆が促す。「遠慮しないで。」老爺もそれに続く。その2人の優しい目を見た後、デジャは再びスープとパンに目を向けた。そしてそれらに手を伸ばす。器と湯気の暖かさと、久々の"ご飯"の匂いに、デジャの中で失われたと思っていた、人としての大切なものが、次々と蘇ってくる。そして、デジャは思わずその場で泣き出してしまった。「あらあら、辛いことがあったんだねぇ。」そう言って老婆は立ち上がると、デジャの傍に立ち、その肩に手を乗せた。その暖かさに、デジャは更に涙が止まらなくなってしまった。老夫婦はそうして、しばらくデジャを泣かせてくれた。
――――デジャは老夫婦に過去の話は何もしなかった。だが、2人は快くデジャのことを受け入れてくれた。「いたいだけいればいいよ。」老夫婦は惜しみなく、デジャに寝床や服、食事を与えてくれた。代わりにデジャは、狩りや食事の用意の手伝いをしたり、自分が知るサバイバル術等を老夫婦に教えた。デジャの人となりを理解し、互いに打ち解けていくにつれて、老夫婦はデジャに対して沢山の愛情を注ぎ、大層可愛がってくれた。デジャも、老夫婦の暖かさや優しさに居心地の良さを感じていたし、2人に対して精一杯の愛情を返していた。なんてことない平穏な毎日。優しく、暖かな日々がそこにはあった。風が吹き、太陽の光が降り注ぎ、鳥達はさえずり、木々が揺れる。そんな風景と老夫婦の笑顔が、デジャの心を穏やかにした。―――あぁ、世界はこんなにも綺麗だったんだなと、デジャは思い出した。ここで過ごしていくのも良いかもな、なんて思いもするが、そんな時には必ず、故郷のこととあの男のことが頭を過った。
――――ある日、デジャはふと老爺に「このままずっとここにいてもいいか。」と訊ねた。てっきり、「いつまでもいいぞ。」と言ってくれるものかと思っていたが、老爺の答えは違っていた。「…わしらは残りあと数年の命だろうが、…デジャ、お前は違う。」「…!」「ここでの生活を気に入ってくれるのはわしらも嬉しい。わしらも、デジャがいてくれて日々が楽しいんだよ。…だが、お前の将来のことを考えると…ここに引き留めてもおけんのだ。…わしらがいなくなった時のことを考えると…。…この気持ち、わかってくれるか?」「…」それは老爺なりの優しさだった。「わしも、お前のご両親と同じことを思っとるよ。お前の幸せを願ってる。それは、これからの未来のこともだ。」「…っ…」老爺の気持ちは痛いほどわかった。
――――丘の上で寝ころび、全身の力を抜く。風に揺られた草原の、さわさわと擦れる音が心地よかった。青く澄んだ空を見上げながら考える。今もこの空のどこかで、悪党達がのさばっているのだろう。「…」この数か月の平穏な日々の中で、頭の中が大分すっきりとしてきた。洗脳の言葉を聞かなくなり、余計なことを考えずに済むようになったことで、自分と向き合い、考えを整理することができるようになった。そしてその自由な思考の中で、デジャは心を決めていた。「…」青空を見つめ、真面目な表情を浮かべながら何かを決意すると、手を着いて体を起こした。
――――老夫婦と出会ってから1年後。デジャは、2人のもとを旅立つことになった。「…もしかしたらもう、戻ってこれないかもしれない。」振り返り様のデジャの言葉に、老夫婦は笑顔を浮かべる。「わしらはデジャのことを想っとるよ。」「!」「もし気が向いたら、遊びに来てちょうだい。」「…」デジャは改めて2人に向き直る。そして頭を深々と下げた。「…本当に、ありがとう。得体の知れない私のことを受け入れてくれて。…たくさんの多くのものをくれて。―――…私のことを、愛してくれて。…私も、2人のことをずっと想ってる。」デジャの言葉に、我慢していたのだろう、老婆がぽろぽろと涙をこぼす。すると老爺もつられて泣き出してしまった。顔を上げたデジャも、顔が涙で濡れていた。3人で互いを見て笑った。「…長生きしてよ。…じいちゃん、ばあちゃん。」そう言って優しい笑顔を浮かべるデジャだった。―――そしてデジャは旅立つ。歩きながら、何度も振り返っては手を振った。老夫婦も、デジャが見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けていた。やがてデジャは前を向いた。そして、改めて自分がこれからすべきことを考える。―――平穏な日々の中でも、故郷の惨劇と、悪党達のことが頭の中をちらついて離れなかった。纏わりつくのは罪悪感と、不安。デジャは真の意味で、まだ解放されていないのだ。この呪縛から解き放たれないことには、デジャにとっての本当の『幸せ』というのは掴めない気がした。―――デジャが最終的に決めた目標。それは、組織を潰して、思惑を止めること。男を殺すこと。出来ることなら、故郷の場所を聞き出して、帰ること、だ。
元々定めていた目標となんら変わりないように思える。だが、ここに来る前のデジャは、いつか男が言い放ったように、ずっと、"中途半端だった"のだ。組織を潰すも、男を殺すも、本当ならいつでも出来た筈だ。だがそれをしなかった。挙句、言い訳をしながら逃げ出してしまった。つまりは、『覚悟』が足りなかったのだ。老夫婦と出会い、体と心を静養し、思考と気持ちを整理したことで、自分の中での『覚悟』を、はっきりと決めることが出来た。「―――…」デジャは己の握った拳を見つめる。その先に、『本当の幸せ』があるのだと信じて。そのためにはやはり。「――…強くならなきゃな…。」そう呟いて、デジャは緩めた手を下におろした。そして背中に乗った荷物を背負い直し、歩みを進める。老夫婦から話を聞いた。このワヘイ王国の城下町には、歴戦の兵士達がいるのだと。志願者にはどんな者にも仕事を与えてくれるのだという。各地から商人等が経由する土地であるため、情報も集めやすいだろう。2日かけて歩いた後、デジャは、城下町の門を潜り抜けた。
――――「それからは、ブローニャが見たっていう記録のままだ。」焚火の炎がぱちりと弾ける。「秘匿部隊に拾ってもらって、それから1年以上働いた。盗人の件を通達で聞いて、"奴ら"が関わっていると思ったから、今回のことに志願した。」焚火を見ながら続けるデジャ。「…多分、さっきの村は…私が過去に襲撃したことのある村だ。見覚えがあるから、きっとそうなんだろう。…地図じゃ気づかなかった。あの頃は、わけもわからないままあちこち勝手に連れ回されて、どこなのか知らないまま仕事をさせられていたからな。…とてもじゃないが、村の人間に顔向けが出来なかった。…そんなところだ。」そう言って顔を上げるデジャ。皆、視線を落としたまま何も言わなかった。だが、デジャはあることに気づく。「…何泣いてるんだ、チェリ。」デジャの指摘にブローニャとヘザーの視線がチェリへと向く。「なっ、泣いてない!!」慌てて服の袖で顔をごしごしと拭うチェリ。「何もそんなに隠さなくてもいいだろう。」ブローニャの言葉に、両腕で顔を隠したままのチェリが、どこか申し訳なさそうに呟く。「…デジャに、失礼かと思って…。こんな、話だけ聞いて流した私の涙なんて…。…デジャはきっと、もっと大変な想いをして、辛い思いをしたのに…わかったような気になって…。」「!」チェリの想いにデジャの心が揺れる。「お前の涙はそんなものじゃないだろう。」「!」「純粋にデジャのことを想って流した涙だ。…私達はそれをわかってる。なぁデジャ?」「…そうだな。」そう言ってデジャは目を伏せて微笑んだ。「…ありがとうな、チェリ。」「…!」それを聞いてますます泣きそうになるチェリ。両手がそのまま離せなくなってしまった。ふるふると顔を横に振って応えた。それを見て3人は微かに笑った。「…故郷のことは、…残念だったな。」ブローニャが言葉を選びながらデジャを気遣う。「…もう昔のことだ。」「…本当に、手がかりは無いのかよ?」「…あぁ。場所もわからなければ、攫われた私は集落で作られた物を何も手にしていなかった。…手がかりは、ゼロだ。」「…そうか…。」再び重い空気が漂った。「…1個だけ、確認してもいいか。」そんな中、ヘザーが言葉を発した。皆の視線が集まる。ヘザーは冷静な目でデジャを見つめていた。「…あたしの姉ちゃんの件は、何か知ってるのか…?」ヘザーの言葉に、場に緊張が走った。ブローニャとチェリはデジャの出方を窺った。デジャはヘザーの目を真っ直ぐ見返した後、申し訳なさそうに目を伏せた。「…すまない。私は知らない。…ただ、先日のお前の話を聞いた時…。…もしかしたら、他のチームの奴らがやったのかもしれない、…とは思った…。…だが、私にはわからない…。」自分が疑われるであろうことも予見できたはずなのに、ヘザーの話を聞いた後に、こうして全てを曝け出したデジャ。そんなデジャが真摯に答えた内容を、ヘザーは疑える筈も無かった。「…心配すんなって。何もあたしはお前のことは疑ってねぇよ。」「…!」「あたしはお前のことを信じる。それから、お前がその組織にいたからって、お前が負い目を感じることもねぇよ。」「…ヘザー…。」全てを見透かしたようなその言葉に、デジャの胸が締め付けられる。それを見て、ブローニャとチェリは口元を緩ませた。「…ヘザーの話を聞いたから、この話をしたのか?」ブローニャがデジャに問いかけると、どこか気まずそうに俯くデジャ。「…それもある。このまま黙っていることに、…罪悪感があったのも事実だ。知っていながら話さないのは、ヘザーやお前達に大して、誠実じゃないと思った。」「…」デジャの気持ちを受け止める3人。「…そもそも初めは、私の過去なんて話したって仕方ないだろうと思っていた。…それに、自分の不審さは十分理解してたし、こんな話をしたら余計に信用してもらえるわけがないと思ってた。―――…何より…これまで手を汚して来たなんてこと…お前達には言いたくなかった。」「デジャ…」「…でも、」次に続ける言葉を発するデジャは、真面目な顔で、ためらいもなく、本心で言っていることが感じられた。「…今なら、…お前達なら、こんな話をしても…私のことを信じてくれるんじゃないか、…受け入れてもらえるんじゃないか、…なんて、淡い期待をした。――…だから、話した。」「!」先ほどの過去の話の後だ。その言葉には重みがあったが、同時に、3人に対する強い信頼も感じられた。「~~~~~デジャ!!!」衝動的に、チェリががばっとデジャに抱き着いた。「!?お…っ、おいッ…!」受け止めながら焦るデジャ。チェリのデジャを抱き締める力は強かった。「私はデジャの味方だから!!絶対ッ!!」「…!」少し涙声であるのと、抱き締める力の強さと暖かさ、そしてその言葉に、デジャの胸に暖かなものが広がった。「ていうか淡くするなよ!もっと期待しろよな!!」ヘザーも少し涙目になりながら笑う。それを暖かな眼差しで見つめるブローニャ。するとチェリが、デジャに腕を絡めたまま勢いよく振り返る。「ていうか、あんたら揃いも揃ってそんな重い過去持ってッ!!私があんた達のこと、守ってやるわよ!!手助けもしてやるし、愚痴だって聞いてあげる!!私はあんた達の味方だからッ!!」「…チェリ…。」そして空いた方の腕で拳を握り締め、遠い星空を見上げる。「組織だってぶっ潰してやる!!クソ男もぶん殴る!!それでデジャの故郷を聞き出す!!聞き出せなくても、私が一緒に探してあげる!!!」「……!」「へ~言ったな!」「言質取ったからな。」「えっ、あっ、まぁ、組織潰すは、皆の協力が必要だから!!」慌てて言い訳をするチェリだったが、「勿論決まってるだろ。私も全面的に同意だ。」ブローニャがいつもの強気な笑みを浮かべてそう言った。「!」「あぁ。気に入らねぇな、組織も、その男も。つーかよ、デジャの復讐=あたしの復讐ってわけだしな。」それはヘザーも同様だった。「ブローニャ、ヘザー…。」「"ガラクタ"も、ただのガラクタじゃないことがはっきりしたし、元々の目標に追加するだけだしね!」「それもそうだな。―――よし。なら、私達の目標は皆同じというわけだ。」そうして4人、目を合わせる。旅に出て数週間。4人はここにきて初めて、真に心を通わせることが出来た気がした。「…デジャ。」「!」「話してくれてありがとう。」「…!」ブローニャがデジャの目を見て言う。「…うん。気持ちが嬉しかったし、…デジャのこと、知れて良かった。」チェリが明るい表情で言う。「村のことも気にすんなよ。…お前がしたくてしたわけじゃねえだろ。」ヘザーも気づかわし気にそう言った。3人それぞれの顔を見て、デジャも微笑んだ。「…皆、ありがとう。」デジャの目の前にはもう、暗闇ではなく、陽の光が差し込んでいた。